環境省からの電話
――恐竜が生きているのか。
あれから一週間が経過しても、あの画像が頭からひと時と離れることはなかった。
――見てみたい。実際に。この目で。
恐竜好きなら、だれもが夢見たことだろう。巨大な恐竜がこの地を雄大に歩く姿を。
しかし、場所は龍生島。日本本土から南に約70㎞先にある離島である。
――どうやって行けばいいんだろう?
私はインターネットをつけ、龍生島について調べた。
しかし、「龍生島」と検索して出てくる情報は5か月程前にあった噴火のことばかりである。
さらに調べていくと、いわゆる「掲示板」と呼ばれるサイトに龍生島の話題が出ているのが分かった。
それは、一か月ほど前の書き込みだった。
――0001 龍〇島の住民 2031/07/05
今さっき恐竜を見たんだけど質問ある?
僕は目が釘付けになった。
こんな偶然があるのだろうか。
当然のことではあるが、他の人の反応といえば、その存在を本気にしておらず、冗談めいたことばかり聞いていた。
その中で、まさに聞いてほしい質問を見つけた。
――0011 名無しさん 2031/07/05
恐竜オタクです。本気にしていない人が多いのですが、もし本当にいるのであれば大発見ですので、詳しくその姿や見た場所を教えてください。あと私自身、直接見てみたいです。
――0013 龍〇島の住民 2031/07/05
>>0011
俺が見たのは大きな犬くらいの大きさのやつだったよ。すぐ逃げちゃったから詳しくは見えなかった。近所の人の話だともっと大きい怪獣みたいなやつもいるって話だった。
あと、0011が島の人間じゃなかったら、来るのは厳しいと思う。いまだに外部の人間が島に近づくのを嫌っているから。仮に島に入れても、港で強制的に追い返されるよ。」
「え、そんな場所が日本にあるの?」
僕はパソコンの前で思わず声をあげてしまった。
――外部の人が立ち入るのを嫌う・・・
その時、僕の携帯に電話がかかってきた。山下課長からだ。
「もしもし。鳥島です。」
「鳥島教授ですか。お久しぶりです。山下です。その節はお世話になりました。」
山下課長は相変わらずの、高い声である。
「この度お電話させていただいたのは、その、突然決まった話になるのですが。例の島の調査に同行していただけないでしょうか?」
「龍生島に行けるんですか?」
心臓の鼓動が激しくなる。
こんな絶好のチャンスがあるとは思ってもみなかった。
「もちろん、行きます。絶対行きます。あれからあの画像が頭から離れなくて。個人的に行こうかな、と今ちょうど調べていたところなんですよ。」
山下課長は笑っていた。
「そうですか。それはよかったです。正直、鳥島教授には喜んでいただけると思っていました。ただ・・・断っていかないといけないことがありまして。その、島で何が起きるかは分かりません。『安全の保障』はこちらではできないので、ご理解のほどをお願いいたします。」
「なんだ、そんなことですか。大丈夫ですよ。未知の生物に会いに行くわけですから。危険はつきものですよ。」
それだけの理由で失うにはもったいないチケットだった。
「そうですか。そう言っていただけると、こちらとしてもうれしいです。ですが・・・」
山下課長は深刻な声になった。
「調査に行っていた研究員ですが・・・例の写真を最後に、連絡が一切途絶えてしまっているんです。」
「どういうことですか?まさか、恐竜に・・・」
「それはわかりません。そういった経緯を踏まえて、再度確認いたします。どうされますか。」
何を聞こうと――たとえ両親が危篤状態にあっても、僕の意思を変えることはできないだろう。
「行きます。絶対に行きます。」
「わかりました。ありがとうございます。時間は追ってご連絡します。鳥島教授は何も持っていく必要はございません。急な調査ですから、冒険の準備はこちらで全てやっておきますので。」
「わかりました。それでは連絡をお待ちしています。」
電話を切ると、僕は大声で叫んだ。
――やっっっっったーーー!!
僕はうれしさのあまりその場で何度もジャンプした。
どんな危険が潜んでいるのかなんて関係ない。それ以上に、恐竜が見れるという喜びが圧倒的に勝っていた。
山下課長は、用意しておかなきゃいけない物は何もないと言っていたので、堂々とその日を待てばいいのだが、このひと時すら何かしていていないといられなかった。
「そうだ、映画を見よう。やっぱりあれだよな。」
僕は、棚からDVDを取り出した。小学生のときに見て、古生物学者を目指したきっかけとなった映画である。
――ジュラシックパーク。遺伝子工学で現代に恐竜を蘇らせるSF作品である。
40年以上も前の映画ではあるが、タイトルロゴを見た時の、このドキドキ感は劣化する気配がない。
DVDを手に取って、僕はふと思った。
――龍生島でも誰かが遺伝子工学を駆使して恐竜を復活させたのではないだろうか? 琥珀の中に閉じ込められた蚊から恐竜のDNAを取り出して・・・まあ、冗談だけど。
・・・フラグを立ててしまったようだが、本当に冗談である。
現実では映画で行われた方法で恐竜を復活させるのは不可能だということが分かっている。
難しい話になるが、DNAの半減期が約500年であることが分かったのだ。つまり、500年経つと、元の半分にまでDNAが壊れてしまうということである。
例えば、有名な肉食恐竜、ティラノサウルス(genus Tyrannosaurus)は6600万年前に絶滅した。6600万年も経過したDNAの情報は、ほとんど何も残っていない。復活させることなど、到底不可能なのだ。
そんな中、龍生島に希望の光が差し込んでいる。
久々にお酒が飲みたくなった。
アルコールは、耐性のない体を巡り巡って、僕に睡魔を誘った。
大好きな映画なのに、最後まで見ることはなく、いつの間にか眠ってしまっていた。
◇◇◇◇◇
8月某日。雲ひとつない快晴の日だった。
港では朝から多くの人が集い、冒険の支度をしていた。
特に僕の目を引いたのは、巨大な船――海洋調査船新晴丸である。それは、恐竜でも驚いてしまうような迫力で、僕らを見下ろしていた。
「おはようございます、鳥島教授!」
この高い声の主は。振り返ると、やはり彼だ。
「おはようございます、山下さん。いやあ、初めて調査船というものを見たんですけど、すごい迫力ですねえ。」
「そうですよね。でも、実はこれ、ただの調査船ではないんですよ。今回の調査に向けて改良が施されているんです。例えば陸上調査のためのキャンピングカーを乗せる場所も作って・・・ほら、あそこです。」
山下課長の指差す方を見ると、一台のキャンピングカーが乗っていた。
「あの、そういえばその。何の用意も必要ないとおっしゃいましたので、格好はそれらしいものを着て、あとはほとんど手ぶらなのですが大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ。こちらで全て用意してありますので。そういえば、まだ大まかな日程と集合場所しかお伝えしていませんでしたね。この後しっかり説明しますので。さあ、さっそく乗りましょう。」
山下課長に連れられて、僕は船の中に入った。
それは、調査船とは思えない程にきれいだった。
山下課長は船内を軽く案内してくれた。
「ここが、食堂です。基本的に船で集合するときはこの場所に集まってください。あと、向こうには鳥島教授の部屋もありますよ。」
鳥島様と書かれた部屋に入ると、それはまさしく、ホテルの一室だった。
「すごいじゃないですか。いや、まさか、こんなにも快適な部屋があるなんて・・・」
僕は子供のように、ふかふかのベッドの上に飛び乗った。
「よろこんでいただいて光栄です。こちらの準備が終わり次第、すぐに出航できると思います。用事等ありましたらその際にお声がけしますので、どうぞ、それまで休んでいてください。」
「すいません。ありがとうございます。実は昨日も寝ることができなくて。少し仮眠をとります。」
昨日も興奮でほとんど睡眠が取れなかったのだ。
船の揺れも穏やかで、すっと眠りに入ってしまった。
目が覚めると、船はまだ港から出ていないようだった。
いや・・・部屋の窓から外を見ると、そこには見たことがない景色が広がっていた。
――龍生島に・・・もう着いたのか。
布団から飛び起き、支度をして部屋から出ると・・・
廊下は血の海だった。
そして、その海に浮かぶ人体。服は千切れ、腹から内蔵が飛び出た山下課長がいた。
「鳥島教授・・・逃げて・・・」
それは、今にも消えそうな声だった。
何が起きたのか、理解するのは到底不可能だった。ただ、ひとつ分かること。
ここは・・・危ない。
急いで船から脱出しようとすると、廊下の暗闇からギシ、ギシ、と床がきしむ音がする。
「誰だ!」
反応はない。
ギシッ、ギシッ。だんだんと音が近づいてくる。
それは一流のハンターが獲物に忍び寄るときのそれに近い。獲物に逃げられることがないように、気配を消した足取りである。
その時、闇の中に黄色く光る双眸が見えた。
ゆっくりと忍び寄るそれは、窓の外の日を浴びて、ついにその姿を現した。
早く走るのに適したスマートな体格。重心を取るために発達した長い尻尾。そして、最も特徴的な後ろ足のナイフのような鋭い鍵爪・・・
――ヴェロキラプトルである。
ジュラシックパークに出てきたあいつ。知能の優れた肉食恐竜だ。
――に、逃げないと
そう頭では思っていても、恐怖で体が動かない。
その無機質な両目で僕をじっと見ている。狙いを定めているのだ。まさに、蛇ににらまれた蛙。もう、何もできない。
じりじりと迫ってきて、大きく口を開き・・・僕にとびかかってきた。
「うわああああああああああああああああああああああああ」
――先生、先生。
「え?」
僕の目の前にいたのは。生きた山下課長だった。
「先生。起きてください。今から会議ですから。」
――どうやら、僕は夢を見ていたようだ。
一筋の汗が、額から首筋へと流れていった。
「うなされていましたよ。どんな怖い夢を見ていたんですか。まさか、恐竜に襲われたんじゃないですよね?」
山下課長は笑いながら聞いてきた。
――そのまさかですよ。
と返したかったが、今後の冒険に不吉な事態を招きそうだからやめておくことにした。
あまりにも、現実的な夢だった。
読んでいただき、ありがとうございました。