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謀略編・第四十四話

 謀略編・第四十四話、更新します。


 今回は近江が舞台になります。


 あと今回で謀略編終了。次回は新章開始ですが、〇〇編がまだ思いつかないので、名前は未定w

永禄五年(1562年)九月、近江国、金堂城、山本勘助――



 一乗谷城を発って約二十日。火災に見舞われた金堂城に入城したのは、昨日の事だ。

 地理的には観音寺城まで目と鼻の先。承禎入道殿が避難しているという箕作城までも、やはりほぼ同じ距離。つまりはどちらにも向かえる城であり、裏を返せば観音寺城や箕作城の最後の盾となるべき重要拠点であるとも言える。

 そんな重要拠点に、同盟相手であるとはいえ、他家である武田家の軍勢が入城しているのだ。

 これが意味する所。それは六角家が混乱の極致にあり、統制が全く取れていない事を意味する。喉元を守れ、という指示すら守られていないのだから推して知るべし、と言う所だ。


 何より、この城を預かっていたであろう者は姿を消していた。恐らくは所領へ戻ってしまったのであろう。

 それは六角家が見限られた、命を懸けて守るべき理由が無い、という事。

 儂が大御屋形(武田信玄)様に目を向けると、大御屋形様はニヤリと笑っておられた。これが何を意味するのか、正確に御理解されておられるという事だ。実に頼もしい。


 大御屋形様は明るくなってから、箕作城へと使者を出された。

 表向きは承禎入道殿の安否を気遣う使者。承禎入道殿を御救いする為に来ているのだから、当然と言えば当然の事だ。

 例え、それが無意味な行為であると理解しても、だ。


 「大御屋形様。加賀守(武田信親)様の策、見事にハマりましたな」

 「全くだ、平井を見事に躍らせたわ。これで平井は、いや六角家家臣団は武田に降る事になるだろう」

 本来の筋書きとは違う流れであるが、御家騒動の結果を知った加賀守様が急遽、用意した策。それが見事に決まった事に、大御屋形様は満足気に頷かれていた。

 本来は居場所を無くした平井が加賀へ逃亡。南近江はガタガタとなり、国人衆を調略しつつ、六角家を吸収するという流れであった。

 ところが御家騒動で六角家の名跡が絶える可能性が出てきたのである。

 これを知った加賀守様は、大御屋形様に急使を走らせ、策の変更を提言してきたのだ。


 「実に御見事と申しあげるべきですな。承禎入道殿を御救いするという名目の為、わざと籠城策を奨める。武田家はわざと進軍速度を遅らせる。さすれば、刻が経てば経つほど、承禎入道殿が亡くなる可能性は高まる」

 「承禎殿が亡くなれば、六宿老は目的を失う事になる。そうなれば、武田家に素直に降る事になるだろう。武田は六角家の所領を労せずして入手できる、という事か」

 「六宿老には悪う御座いますが」

 六宿老は箕作城に入り、籠城している事が判明している。大御屋形様は降ってきた国人衆を丁寧に対応しつつ、三好に使者を送っては警戒心を和らげようとしている。つまり時間稼ぎだ。

 後は入道殿が亡くなった後にその死を嘆き、六宿老を忠臣と讃えて家臣とするだけだ。旧六角家家臣団の中で、少数ではあるだろうが反武田派と言うべき者達を靡かせる為には、重要な役目を果たす事になるだろう。

 それが近江の安定へと繋がっていくのだ。

 

 「だが、二郎(武田信親)もまだ甘いわ。最後の一押しで失策を犯しておった。まあ齢を考えれば、十分すぎるとは思うがのう?」

 「さすがに厳しゅう御座いませぬか?大御屋形様が加賀守様に大層、御期待されておられる事は察しがつきますが」

 「有能な者には、より厳しい事を求めるものよ。それだけ期待できるという事だからのう?二郎は将来が楽しみだわ」

 大御屋形様は実に機嫌よく大笑なされた。

 此度の加賀守様の失策。儂や大御屋形様以外では、老獪な弾正(真田幸隆)殿なら気づかれたかもしれんな。


 「父上。二郎兄上が何を失敗したのですか?」

 「ふむ、良き機会だ。四郎(諏訪勝頼)、此度の策の要点は理解しておるな?」

 「はい。わざと遅れる事で御座います」

 即答なされた四郎様に、大御屋形様は『そうだ』と頷き返される。

 承禎殿が武田家とは無関係の死因で亡くなる事により、六角家の名跡を絶えさせる。これにより武田家は一切、手を汚す事無く近江を入手できるのだ。


 「此度の策だが、二郎が能登畠山家救援に赴いた時に、用いた策とほぼ同じ。違いはわざと手遅れにしたかどうか。同じ点は国人衆が降ってきた事。ここまでは分かるな?」

 「はい、分かります」

 「国人衆を受け容れる。これが失策なのだ。素直に受け容れてしまっては他家から『本当は所領が狙い。だから国人衆を家来としたのだろう?』と責められる口実を作ってしまう。また旧主に忠誠心篤き者にしてみれば、やはり不審の念を持つであろう?それが二郎の犯した失策よ」

 四郎様が『あ!』と驚いたように声を挙げられた。

 まだお若いのだから仕方ない事ではあるが、それも経験を積めば話は変わってくる。四郎様にとっても、此度の攻め手は貴重な経験の場となるであろうな。


 「では父上。国人衆をどうすれ……まさか、それがここまでの叱責だったので御座いますか?」

 「そうだ!其方達は大恩ある六角家を見限るのか?そうではなかろう?そのような輩であれば、武田家は受け容れる事は出来ぬ。もう一度だけ問うが、其方は六角家の忠臣であるのだな?……ならば承禎入道殿をお助けする為、六角家の忠臣である其方の力を借り受けよう。承禎入道殿の為、武田家に同行する事を許す、とな?」

 「そういう思惑があったのですか。全く気付きませんでした」

 大御屋形様は『良い。しかと学ぶが良い』と慈父の表情で四郎様を諭しておられる。

 四郎様が此度の件から何を学ばれるのか。実に楽しみではある。


 「父上。父上は国人衆一人一人と個別に目通りをしておりましたが、某は時間稼ぎとばかり考えておりました。それも別に思惑があったのでしょうか?」

 「無論よ。個別に目通りする事で、国人衆に恥をかかせぬようにしたのだ。国人衆もそうすれば面目を潰されぬし、恨みから反旗を翻す事も無くなる。そして六角家が絶えた後は、武田家を新たな主として仕えようと考えやすくなる。そこに二心を抱く者はいないであろう?不満や不審が無いのだからな」

 「納得出来ました。まさかそこまで御考えとは」

 人の心を掴む。それが出来る御方が大御屋形様なのだ。同時に、二郎様ではこの御考えにまで至る事は出来なかったのも道理。

 敵は皆殺し。この御考えを基本とする二郎様では、敵を取り込むだけで満足された筈だからだ。無理に殺さずに済んだ、と安堵なされた事であろうな。もし反旗を翻せば、その時は踏み潰す、と。その御考えゆえに、僅かな不満や不審を見過ごされてしまわれたのだ。

 とはいう物の、加賀守様の本領は政にある。能登の差配次第で、その失策は十分に挽回できるであろう。それぐらいには、儂は愛弟子である加賀守様を信じているのだ。


 「さて、話は変わるが勘助。其方にやって貰いたい仕事がある。儂から浅井には話を通しておく故、年が明けたら今浜で縄張りをして貰う」

 「本拠地を今浜に移すので御座いますな?」

 「そのつもりだ。二郎から今浜を拠点とするよう、以前から進言を受けていたからな。同時に伊勢の北畠家も狙う。そうすれば三好家は東進は不可能になる。あとは美濃の内政にも力を入れねばならん。となると、やはり近江は都合が良い」

 「老骨には有難い事に御座います。越前の寒さは腰に来ますわ」

 大御屋形様が豪快に笑われた。とはいうものの、寒さはそれほど辛くは無かった。加賀守様が下さった、木綿を使った肌着のおかげで寒さを気にする必要がなかったからだ。

 肌着に限らず、木綿を使った綿入れも冬には重宝している。加賀守様が考案なされた炬燵とならんで、冬の生活には手放せないと言えような。


 「伊勢攻めは、松平と織田に協力させるか。伊勢を落としたら、松平には尾張の西、織田には南の志摩をくれてやるつもりだ。美濃はしばらく直轄地だな。いずれは一族の誰かに美濃を任せて、太郎(武田義信)を補佐させる。浅井には美作と備前を任す」

 「宜しい事かと。加賀守様は北陸、四郎(諏訪勝頼)様は諏訪を含めた東海道、そうなると三郎(武田信之)様も転封で御座いますか?」

 「そのつもりだ。できれば三郎は西に向かわせたい。四郎は子が出来たら諏訪家として信濃一国。四郎自身は東海道を抑えさせたい所ではあるがな」

 ノンビリと今後の計画について話し合いながら時を過ごす。だが急に周りが騒がしくなった。

 何事が起きた?思わず眉を顰めていたが、すぐに理由は判明した。


 「何事だ?」

 「大御屋形様!京の左京大夫様が単身でお越しになられました!」

 「父上が?……単身と言う事であれば、話があって来た、という所か。どうだ、勘助?」

 恐らくはその通りだろう。そうでなければ、護衛も無く単身で来る事はない。


 「ご賢察の通りかと。ただ内密の話の可能性は御座いますな」

 「そうだな、通せ」

 少し経つと、先々代武田家当主、左京大夫信虎様が姿を見せられた。かなり年を取られたようだが、まだまだ気力に満ち溢れている。甲斐の虎の二つ名は伊達ではない。


 「お久しぶりです、父上。何か異変でも起きたのですか?」

 「その通りだ。二郎(武田信親)と典厩(武田信繁)には使者を走らせておいた。儂が来たのは、其方が近江に攻め込んだと聞いたからよ。近江なら直接来た方が早いわ。もっとも相手が二郎なら、どこであろうと儂自ら向かいたい所だが」

 甲斐の虎も孫は可愛いらしい。だがこの老人が目にかけているのは、加賀守様ただ一人と伺っている。当主である越前守(武田義信)様ですら、虎の目には物足りなく見えるらしく、曾孫にも全く興味を示さぬそうだ。可愛がられている曾孫も、加賀守様の御息女である月姫様のみ。ただ最近は、そこに花姫様と文若丸様を加えられたようだが。


 「太郎。四天王と勘助、四郎以外は下がらせよ。この情報、漏れてはまずい」

 「皆、下がれ……で、一体、何が?」

 「用件は二つ。一つ目だが、公方が三好・武田家討伐の為に文を出しておるのは知っておるな?」

 無言で大御屋形様が頷かれた。この話は武田家にとって公然の秘密だ。誰もが知っているが、敢えて口には出さない。そんな所だ。

 下手に口に出せば、知恵の足りない輩が後先考えずに動き出しかねない為だ。大御屋形様も加賀守様も、両者ともに『時期尚早』と御判断されておられる。

 儂も全く同感だ。


 「本願寺、尼子、毛利、大友、土佐一条家による西国同盟が公方の名において正式に成立した。いや、正確には公方が宣言した。同時に本願寺が三好家に宣戦布告したそうだ」

 「確かに漏れるとまずいですな。跳ねっかえりが京へ攻め込め、公方を討てと騒ぎかねんわ」

 「そういう事だ。西国攻めもこれまでより難しくなるだろう。十分に注意するのだぞ?」

 ついに公方が西国同盟を表に出したか。

 今までは対外的には伏せられていたというのに。ここで表に出してきた、という事は公方は勝負に出たという事だろうか?

 しかし、勝ち目があるとは思えんのだがな。尼子が崩れかけている現状を考えれば、あまりにも時期が悪いと判断できそうな物だが。


 「二つ目の用件だが、これは彦五郎(今川氏真)が掴んできた情報だ。公方に仕えている一色式部少輔藤長と申す男がいる。こ奴が東に向かって出立したそうだ」

 「東?北なら越後でしょうが、東?……まさか、北畠?」

 「儂もそう見ておる。考えてもみろ、意外に有効ではないか」

 ……なるほど。西国同盟、特に石山本願寺に注意を引き付けておいて、南伊勢の北畠に背後を突かせる。

 石山で刻を稼げば稼ぐほど、武田家の注意は伊勢から逸れていく。確かに有効な策であるな。

 だから公方は西国同盟を表に出したのか!背後から注意を逸らさせる為に!


 「父上、貴重な情報、感謝します」

 「うむ。では儂は戻る。武運を祈っておるぞ」

 それだけ告げると、左京大夫様は立ち去られた。同時に大御屋形様が儂へと顔を向けられる。


 「今は近江を物にする事を第一とする。北畠は甲斐忍びに調べさせる。本願寺についてだが、三好家は常に警戒していた。そう簡単にやられはせんだろう。美作の三郎には秋山や高坂がついている。こちらも滅多な事では失敗はせんだろう。そこでだ。勘助、近江を静かにした後、儂と四郎で三好家の支援に入る」

 「妙案かと。幸か不幸か、ここまで軍を進めておりますからな。園姫様の御婚儀については、越前守様に万事、委ねれば宜しいかと存じます」

 「そうだな。四郎と修理大夫殿の養女である橋姫との婚儀も控えている。修理大夫殿も実父の松永弾正殿も、婿となる四郎の顔を直接見る事も出来る。まさに一石二鳥であろう」

 園姫様には申し訳ない事だが、今回ばかりは致し方あるまい。凶事は待ってはくれぬのだから。

 しかし、石山、か。


 「石山と申せば、確か加賀守様が何やら策を仕掛けておったと思いましたが」

 「そういえばそうであったな。石山の坊主を一人、内通者に仕立てたとか聞いた覚えがあるわ。ふむ、二郎に使者を送っておくか」

 「良き御思案かと。早速、手の者を送りましょう」

 良き案があれば使わせて戴く。無くても内通者から情報を入手できれば御の字。

 事は手堅く運ばねばならん。勝算も無く戦に望んではならんのだ。


 「しかしながら西国同盟。公にされてしまいましたが、毛利はどうするつもりで御座いましょうな」

 「慌てて使者を送ってくるであろうな。ただこちらとしても石見を確保したい所ではあるのだ。尼子はかなり傾いている状況。降伏勧告を行って傘下に収める事が叶えば、それが一番楽ではあるのだが」

 「尼子も残る所領は出雲と石見、伯耆と隠岐の四ヶ国のみ。正直、隠岐は不要で御座いましょう。残してやっても構わないとは存じますが。ただどこを残すかは、考える必要が御座いましょうな」

 西国の情勢に詳しく、顔が利く者が欲しい所ではある。加賀守様にも相談したい所ではあるな。

 文を書いて、例年より少し早く御越し願えないか、確認をするのも手かもしれん。

 それにしても、この老骨が加賀守様の御知恵を借りるとはな。幼かった頃の加賀守様を思い出すと、感慨深いわ。


 「そういえば、以前、大御屋形様に目通りした宇喜多という暗い男を覚えて御座いますか?あの男、かなり出来ると思いましたが」

 「三郎からの使いによれば、策を用いて備前浦上家を潰したそうだ。兵を使わずに、な。浦上領はそっくりそのまま武田家の物となったと聞いている」

 「それはそれは……ただ使い道に困る、という所で御座いますか」

 大御屋形様は腕を組みながら、唸り声を上げるように『うむ』と頷かれた。

 宇喜多と言う男、間違いなく有能だ。使いこなす事が出来れば、万の軍に匹敵する知恵者であろう。ただ切れすぎるが故に、いや、恐ろしさ故に三郎様では使いこなせない、という所か。

 そのお気持ちは分からんでもない。恐らく使いこなせる者がいるとすれば……


 「三郎では気づかんかったようだな。今の宇喜多は、裏切りたくても裏切れぬのだ、という事が。だからこそ使いこなす絶好の機会であったというのに」

 「仕方御座いませぬ。三郎様は、まだお若く御座います。加えて、気質という物も御座いましょう。三郎様は生来、策謀とは無縁の御方であるからこそ、宇喜多とは相いれぬので御座いましょう」

 「それでは困るのだがな。清濁併せ呑まなければ」

 それが出来るのは、大御屋形様を除いては加賀守様御一人だけだろう。

 三郎様が策謀とは無縁であるのも、その手の事は加賀守様が全て担われて来られたからでもある。加賀守様は御家族を大事に思うからこそ、汚れ役を全て請け負ってきたのだが、その弊害が出てきた、と言うべきか。

 これは儂も見落としていたわ。ある意味、加賀守様に甘えてしまった、というべきか。


 「加賀守様はお気づきだと思われますか?」

 「恐らく気づいておるだろう。もし気づいておるなら、宇喜多を加賀へ引き取るという選択肢を採る事も考えられる。与力として加賀へ派遣し、手柄を立てればいずれは本家直臣として所領を、となれば悪い話では無かろう。そうなれば宇喜多の代わりに汚れ役をこなせる者を三郎の下に派遣せねばならぬが、どうしたものかな」

 「最もやってはならぬ事は、宇喜多を転封、或いは俸禄制にして越前守様の下に就ける事で御座いますからな」

 無言で重々しく頷かれる大御屋形様。やはり大御屋形様はお気づきであられたか。

 仮に宇喜多を使いこなすのであれば、越前守様以外が正しいお考えである事に。


 「父上。只今の御話で御座いますが、どうして太郎兄上ではいかんのでしょうか?」

 「簡単な話よ。太郎は常に居城である金ヶ崎に常駐しているからだ。それは太郎を討ちとれば所領を我が物に出来るという事。儂が常に傍で睨んでいれば動く事は出来んが、此度のように動いていれば、欲に目が眩んで動くかもしれぬ。可能性は低いがな」

 四郎様の問いに、大御屋形様は簡単にお答えになられた。

 それが理由なのだ。討ち取った後に、物に出来る所領があるのか?それが重要なのだという事に。


 「三郎が宇喜多を傍に置くと仮定しよう。三郎も警戒しておる。宇喜多に二心有りとしても、奴は即座に動いたりはせん。そして美作確保後、いや正確には備前も物にするだろうが、その後、三郎は駿河に帰ってくる。そして美作には浅井が入る。宇喜多は国人衆故に所領のある備前から離れる事は出来ん。その状態で三郎を討ち取って、駿河を我が物に出来るか?」

 「備前で三郎兄上を討ち取り、駿河の所領を奪う。不可能で御座います。あまりにも遠すぎます」

 「今すぐ謀反を起こすには時期が悪い。間を空けば、肝心の三郎が帰国して近くにおらん。浅井を討ち取って、美作や備前を奪うなら可能だがな。ただし、その後に武田家が美作や備前に攻め込んでくる事は馬鹿でも理解出来よう。何より浅井を討ち取られても、武田家としては大して痛くはない。だから使いこなして服従させるなら今が最良だったのだ」

 宇喜多に武田三郎信之の器の大きさを示す。暗殺・裏切りすら行う男ですら、平然と傍に置くという行為。それ自体がその後の宇喜多の謀反を未然に防ぐ要因にも繋がる。

 三男ですら、これだけの度量。ならば長男次男は如何ほどか?と。

 それに気づき、更に加賀守様に直に会えば宇喜多は従順になるであろう。少なくとも表向きはな。


 「しかしながら父上。どうして二郎兄上の下なら大丈夫なのですか?加賀国は二郎兄上の差配する国。二郎兄上を討ち取れば、加賀を奪う事が出来るのでは?」

 「加賀は例外なのだ。仮に加賀を奪っても、二郎直下の兵がついてこないからな。直属六部隊の大半は、二郎が主だから仕えておるのだ。仮に儂が相手でも、あの者達はついては来んだろうよ。それどころか、その場で敵討ちの為に動き出すわ。止める間もなくな」

 謀反を起した宇喜多が、文若丸様を仮初の主とし、神輿とすれば話は別ではある。だが文若丸様は幼い赤子。加賀の家臣達は文若丸様が大きくなるまで、臥薪嘗胆の時を過ごすだろう。

 つまり、いつかは討たれるのだ。

 まあその前に大御屋形様自ら、裏切り者掃討の為に軍を起こすだろうが。


 「それにしても、三郎がこの有様では、其方の教育面についても不安があるな。落ち着いたら、しっかり見直さねばならんわ」

 「大御屋形様は大層、三郎様と四郎様に御期待なされておられますな」

 「当たり前よ。我が子だから期待もするし、期待もするから難しい事を望むのだ。清濁併せ呑むと言うのは、口で言うほど簡単な事では無いのだ。だがそれを実行できるようになれば、将として間違いなく有能と言えるであろう。四郎、焦る事は無い。儂がしっかり其方を鍛えてやるからな」

 この御方の我が子に対する惜しみない愛情と期待の表れ。

 三郎様。叱責はされましょうが、それは期待の裏返しなので御座います。この年寄りも期待しておりますぞ?


 「まあ良いわ。宇喜多だが、暮れに挨拶に来るように使者を出す。二郎と会わせ、武田家を舐めてはならぬ、と肝に刻み込むとしよう」

 「良き御思案かと……大御屋形様、宇喜多に尼子への降伏勧告の使者を命じるのも宜しいのではないでしょうか?」

 「それも良いかもしれんな。尼子の兵力は一気に削れた。来年の主敵は尼子から毛利へと変わるだろう。ならば策を用いて降伏させるか……」

 西国同盟成立直後に、尼子家降伏による同盟離脱。

 不本意にも同盟に与する事を強制された毛利家にしてみれば、噴飯物だろう。しかも矢面に立たされるのだ。公方の事を疫病神呼ばわりしてもおかしくはない。

 公方にしてみれば、自身が認めた八ヶ国守護が最初に脱落。面目は丸潰れという所だ。


 「対毛利、三好家支援、対北畠。さすがに本家兵力を三つに分けるのは危険で御座いますが」

 「それは儂も同感よ。だがまだ猶予はある。二郎が来たら、少し相談するとしようか」

 「申し上げます!」

 張り詰めた声。思わず視線を向ける。


 「只今、箕作城より使者が戻りました!六角六人衆より、武田家に降伏する、との事に御座います!」

 「詳しく申せ」

 「五日前、六角家先代当主、六角承禎入道様がお亡くなりになられた。籠城する意味も無くなった、との事に御座います」

 ……加賀守様の策はなったか。

 わざと足を遅らせて、承禎入道殿が亡くなるのを待つ、という策。

 これで南近江は全て武田家の物となる。武田家は更に強大な御家となったわ。


 「六人衆より、御慈悲を持って、どうか承禎入道様の御葬儀を行う許可を戴きたい、との嘆願書が届けられております」

 「良かろう。その願い、武田大膳大夫信玄の名において聞き届けた、と使者を出すのだ。承禎殿は素晴らしい武人であり、名門六角家当主に相応しい為政者でもあった。その死を辱めるような事は、武田家は決してせぬ。葬儀には儂も参列させて戴く事も伝えよ」

 「はは!御命令、承りました!」

 あとは六人衆の心を掴む事が肝要。それには大御屋形様の一世一代の大芝居が必要となる。

 承禎入道殿の死を殊更に嘆き、惜しむのだ。

 それが迫真に迫れば迫るほど、六人衆は武田家に仕える事を良しとするだろう。


 さて、これからは近江を鎮め、三好の支援に入らねばならん。まだまだ休めそうもないわ。


 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 近江国。山本勘助視点より。


 【一乗谷を発って二十日】

 まるで物見遊山なペースで行軍w

 観音寺騒動勃発→主人公からの策の変更について連絡→それに合わせて行軍開始。

 月が変わってもおかしくありませんwなので今は九月です。


 【金堂城】

 ①城主不明。建築年代不明。ただ平景清(??~1196年)が通ったとされる間道を押さえる目的も持った『城』という情報有り。

 ②金堂城跡地に建てられたという大城神社が嘉応二年(1170年?)に現在地(金堂城跡地)に社殿を改造し~との情報(滋賀県神社庁ウェブサイトから)も有り。

 ③観音寺城・箕作城から直線距離2㎞という至近距離。

 ①②③を総合的に考慮して、拙作では金堂城内に大城神社を建てていた、としました。

 ちなみに祭神の内、一柱は菅公でしたw


 【主人公の失策】

 能登七人衆の一人、長続連と綱連親子の会話(四十話)ですね。

 幸い、何とかなっておりますが、こんな感じです。能登攻めの際、三十九話で『御正室救出を謳っているのに、武田家に臣従を希望している』と書いてます。この時に叱責していれば、というのが信玄パパの希望でした(後出しじゃんけんですけどね?)。

 求めるレベル、高すぎませんか?w


 【一人一人と目通り】

 六角家に与する者が同席していたら、間違いなく『あいつは主家を裏切って、信玄公から窘められた』と指さされます。

 なので、それを防ぐ為に個別面談しました。それが信玄パパの配慮です。

 無駄に時間がかかるので、時間稼ぎにも使えるという一石二鳥の考え。


 【無理に殺さずに済んだ、と安堵なされた】

 勘助さん、主人公が心の底では殺人を肯定していない事に気づいています。

 本音では殺したくない。けど必要だから殺す=理性で殺す、という考え。

 だからこそ、不安でもあり頼もしくも有り、という複雑な師匠心です。


 【西国同盟オープン&北畠への密使】

 地味に活躍している氏真君w

 多分、蹴鞠友達とか和歌友達から伝え聞いたのでしょう。


 【宇喜多直家、実は裏切れませんでした】

 三郎君は駿河が所領なので、そこまで同行しないと裏切っても所領を奪えないんです。

 だから今なら安全に使いこなすチャンスでした。秋山さんや高坂さんが目を光らせているし。

 秋山さんが気付かなかったのは、謀略方面は得意では無いから。高坂さんは史実ほど磨かれていないから(史実ほど厳しい戦いを経験していない。対村上は真田家。川中島は未発生)。 


 【三正面作戦】

 悪手。武田本家だけで三正面は危険すぎますね。


 【死者に対する礼儀】

 超重要。人心掌握の要の一つでもあります。

 信玄パパはしっかり理解しています。 


 それでは、また次回も宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] アメリカも太平洋戦線と欧州戦線の二方向では楽勝とはなりませんでした。 三方向を相手取るなんて、戦略ではありえませんね。 目的を持った戦術としてはあるかもしれま…
[良い点] 信虎と信玄が対面して会話してるシーン良いですね。 歴史改変物の醍醐味の一つですね。 [一言] 御無沙汰しております。 自分の作品に行き詰り、先輩方の作品を読み返しております。 書きたい事は…
[一言] 「情けは味方、仇は敵なり」……ですね。 些細な仇でも蟻の一穴に成り得る、と。 まあ信親の場合は裏切る時・裏切る奴は何しても裏切る、 だから裏切られた時のケアの方を重視すると考えてる節があるの…
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