謀略編・第四十三話
謀略編・第四十三話、更新します。
今回は近江と伊勢が舞台になります。
永禄五年(1562年)八月、近江国、箕作城、蒲生定秀――
観音寺城で起きた騒動。悪夢の如き日から、すでに半月。もうすぐ月が変わるという頃に儂は手勢を率いて、箕作城へと戻ってくる事が出来た。
北西には観音寺城がある。だが火災の為に、その姿を見る事は出来ん。
まさか儂が存命の間に、このような事になるとは。
だが何よりも悔やむべきは、あの聡明な左衛門尉(六角義定)様を失ってしまった事。
あの御方こそ、雲光寺(六角定頼)様、承禎入道様に続いて六角家を更なる繁栄に導いてくれるであろう御方であった。
だと言うのに、あの疫病神のせいで!
ギリッと歯軋りしながら、儂は早足で評定の間に赴いた。
身に纏った具足がガシャガシャと煩い音を立てる。普段なら気にも留めんのだが、やはり儂も常とは違ってしまっている、という事なのだろうな。
怒りは勿論ある。だが悲しみを感じないのは、やはり御遺体を見ておらぬからなのだろう。
左衛門尉様の御遺体は、騒動の為に回収出来なかったと聞いている。
疫病神を討ち取った武者達は、息のあった承禎入道様を御救いする事を優先した為だ。
あの阿呆が死に物狂いで抵抗した為に、刻が無意味に浪費され、その間に火が回ってしまったのだと聞いた。
これでは責任を問う気にもなれん。
「遅くなり申した、各々方」
「いや、十分に間に合っておりますぞ、下野守(蒲生定秀)殿」
「御隠居様の御様子は如何で御座いますかな?」
加賀守(平井定武)殿は、首を左右に振りながら溜息を吐くばかり。数日ぶりの再会だが一気に老け込んだように見えてしまう。
御隠居様の御容態があまりにも御悪い故、なのであろうな。
「医師が申すには、毒を打ち込まれた可能性がある、と。最善は尽くすが、御覚悟だけは決めておかれるように、と言われてしまった。毒の為であろうな、体は弱り、見る影も御座らん。加えて御隠居様の御心痛を想像すると……」
「何とお労しい事か。それもこれも、あの疫病神のせいだ!」
「下野守殿。どうか落ち着いて下され。御隠居様が悲しまれます」
いかん。確かにあの男を悪し様に罵れば、御隠居様が悲しまれてしまわれる。
ただでさえ御隠居様は危ない状況なのだ。それを悪い方向へ後押しするような真似をしてはならん。
頭を下げつつ『御忠告、忝い』と返す。対する加賀守殿は『御気になさらず』と言葉短く返されてきた。
改めて周囲を見回す。
居合わせているのは六宿老。ただし亡き但馬守(後藤賢豊)殿だけは、次男の喜三郎(後藤高治)が並んでいた。
……喜三郎?
「喜三郎、どうして其方が?」
「叔父上。兄上は亡くなりました。父上とともに観音寺城の消火作業の陣頭指揮に当たっておられたのです。ですが……」
「そうだったか。すまぬな、辛い事を思い出させてしまったわ。其方は儂の甥、出来る限り力になる故、何かあったら気兼ねなく相談してくれ」
儂の妻は、但馬守殿の妹だ。そのおかげで、後藤家との付き合いは深い。
但馬守殿があの世で心配せんでも良いように、儂も喜三郎を助けてやらねばならんだろう。
喜三郎はまだ若いのだからな。但馬守殿もあの世で喜んでくれるだろう。
「ところで下野守殿。我らが不在の間、加賀守殿の下に加賀武田家より文が届いていたのだ」
「加賀から?」
「儂らは先に読ませて戴いた。下野守殿にも読んで戴きたい」
山城守(進藤賢盛)殿から手渡された文に目を通していく。
……御隠居様を御救いする為に、忠義を尽くすべし、か。
確かに一理ある。仮に武田家が此度の騒動を好機と捉えて進軍した場合、御隠居様という存在は邪魔者でしかない。
ならば、その御隠居様を御救いするには、策を用いる必要が有る。
「某は異存御座らん。忠義の士の願い。それを利用して、御隠居様を御救いする。それで良いので御座ろう?」
「話が早い。これで皆の賛同が得られたわ」
「そうなると、あとは武田家の動向次第。対馬守(三雲賢持)殿?」
「武田家の先陣は、三日前の時点で未だに浅井領だと甲賀衆より報告を受けております。足の遅い理由ですが、国人衆への気配りに加えて、三好家にも度々使者を送っているようです」
三好家への使者。これは三好家を敵に回さぬ為の措置であろうな。
美濃だけでなく近江も支配する。そうなれば三好家も不安を感じるだろう。それを解消する為に、予め手を打っておく、という事か。
さすがはあの今荀彧の父親、名将と謳われるだけの事は有る。
かつて長島で会った時には、少数で行動しておられた。更には迅速な行動も心掛けておられた。
それらを考慮すると、時には大胆に行動しつつも、先を見据えて慎重さも併せ持つ御仁と言う事になる。
実に厄介な御方よな。
「ところで某からも皆に諮りたい事があるのだ。まずこちらを見て戴きたい」
「この文は何方からの物なのか、伺っても?」
「能登畠山家へ輿入れされた艶姫様から届けられたのだ。加賀武田家からの文も届いているが、こちらとともに見て戴きたい」
儂としても隠す様な理由は無いからな。手持ちの情報は全て皆と共有しなければならん。
もし下手に隠そう物なら、表沙汰になった時に味方から意味もなく疑われかねん。ただでさえ厳しい状況であるというのに、自ら望んで更に己を追い込む意味など全く無いわ。
「艶姫様と若君様は加賀で留まられておられる、と。確かに今荀彧殿の考えは十分にあり得ましょうな」
「山城守殿もそう思われますか。加賀武田家としては能登畠山家を傀儡とする為に、若君様を殺される訳にはいかぬ。故に近江へ向かうのを止められた、と」
「……正直に申せば、些か腹に据えかねる所はある。だが近江へ通された日には」
互いに頷きあう加賀守殿と対馬守殿。
武田信玄公が非情の決断に出る。十分に考えられる事だ。艶姫様もそう考えられたからこそ、敢えて加賀に留まる事をお決めになられたのだろう。
この状況下で、武田家筆頭軍師を務める加賀守殿を信じるのは愚かな行為。だが、それでも信じざるを得ないほど、状況が悪いというのも事実。
まさか能登畠山家がそこまで腐っていたとはな……
「能登畠山家が危ないからこそ、御隠居様は艶姫様救出を託された訳だが、不忠の臣が忠臣面をしているのであれば、留まる事は出来ないと思われるのも仕方がない事」
「下野守殿が申される通り。主を平気で討ち取るような輩が重臣として仕えるようでは、安心して眠れもせん。能登に居れば寝首を掻かれる恐怖、近江に来れば非情の決断、加賀に留まれば少なくとも危害を加えられる事は無い。武に覚えのない艶姫様にしてみれば、最良の御決断かと存じます」
「……この件については、受け容れる他あるまいな」
御自身の顎を擦りながら、重々しい声で容認された山城守殿に、皆揃って頷きあう。
誰も艶姫様母子を招こう等とは口には出さん。
それこそ御命に関わるからだ。
「それによくよく考えてみれば、悪い話では無いかと。加賀武田家の姫君である月姫様を将来的に輿入れさせるつもり、との事。皆殺しの信親と謳われる悪名高き御仁では御座いますが、味方には親身になると聞いた覚えが御座います。娘婿が相手とあらば」
「……喜三郎の申す通りかもしれんな。月姫様との件、加賀へ留まる件、守役になるであろう長続連と申す者の件、ただ傀儡とするだけでは無いようにも感じる。某は付き合いがあるからこそ、甘く見ているのかもしれんが、各々方はどう思われた?」
「某は御二人に賛同致します。現状、最も安全かと」
摂津守(目賀田忠朝)がいち早く賛同してくれた。続いて、他の者達も頷いて賛同の意を示してくれる。
ならば艶姫様と若君様については、加賀にお預けしておくとしよう。
「気になるのは六角家の名跡の件。文の文面から察するに、今荀彧殿は御隠居様の御命が危ないと読んでいるのだろう。各々方に諮りたい。かの御仁が、此度の一件に関わりがあると思われるか?」
「加賀守殿が申される通りなら、叶わぬまでも一戦して怒りを示すべきで御座います!」
「落ち着きなされ、後藤殿。恐らく今荀彧殿は、その件には関与しておらぬだろう。そもそも右衛門督(六角義治)様はかの御仁を毛嫌いされておられた。繋ぎを取ろうとしても、怒号が響いただけであろうよ」
喜三郎を窘めた摂津守殿の言に、皆が一斉に頷いた。
あの疫病神にとって、今荀彧殿は憎むべき対象。それは直に顔を合わせた時の事を思い出せば、意図も容易く納得できる。その感情を抑えて、武田家を利用しようと考えるほど、疫病神は出来た男ではない。
もしそれが出来るようであれば、儂は忠誠を誓い続けていただろう。
『堪える』。それが出来る者は、須らく有能であるからだ。
「……御隠居様が御快復されれば何も問題は無い。無いのだが」
皆が沈黙する。
加賀守殿に限らず、御隠居様の御快復を願う気持ちは、皆に共通の思い。だが、御隠居様の状況が思わしくないという事実と、毒を打ち込まれているという話が、その思いを砕いてしまう。
何せ医師が『御覚悟を』と口にしているほどなのだ。縁起でもないが、目を逸らす訳にはいかん。
「あまりこのような事は口にはしたくないのだが、各々方に問いたい。最悪の場合、六角家はどうなると見られる?」
「下野守殿!」
「山城守殿。某を不忠の臣と罵りたければ、罵って下さっても構わぬ。恨みも怒りもせん。だが最悪の場合は考えておかねばならん。武田家が近江全土を掌握した場合、我らはどう動くべきかをな。六角家が絶えるという事態を迎えた場合、艶姫様からの文に書かれていた三十年後に名跡を復活させる、という目論見に希望を託すのか。それとも養子を迎えて、御家の存続だけでも願うのか」
自分で口にしておいて何だが、後者はありえん。
この場合、南近江は武田家の支配ではなく、あくまでも六角家の支配が続く事になる。その後の六角家の在り方は、養子の実家の意向を強く反映する事になるだろう。
あの信玄公が、それを認める訳が無い。間違いなく、後腐れない行動に出るだろう。
つまり、儂を含めたこの場にいる者達は全員、例外なく『首』だけになる。これは間違いなく断言できる。
「……託す他ありますまい。養子を迎えて、武田家を敵に回すなど、もっての外。武田家の意向を反映する養子、例えば若狭武田家の出であれば話は別かもしれませぬが、某は頭を垂れたくはない。確かに雲光寺様の血は継いておられるかもしれんが、若狭国を失った顛末を考えますと、近江にお迎えするには一抹の不安が御座いますな」
「摂津守殿に同じく。出来る事なら、承禎入道様の血縁に連なる御方が望ましい。艶姫様の御孫様、或いは孫娘の婿であるならば曾孫は承禎入道様の血を継いておられる。喜んでこの頭を垂れましょう」
「山城守殿の御意見は御尤も。某も御二人に賛同致します。養子を迎えるなど、あまりにも危険極まりないと某は判断致します。他家が横槍を入れてきた場合には、六宿老総意として拒むべきで御座いましょうな」
これを奇貨として、京の公方様が横槍を入れてきた日には面倒な事になるだろう。
間違いなく六角家は武田家や三好家と敵対せざるを得なくなる。そういう意味では、我らの総意として拒むのは当然の事であろうな。
「仮に対抗できるとするならば、三好家に人質とされている細川京兆家の右京大夫(細川六郎)様の弟君でしょう。近江にも影響を及ぼせるのは三好家にとって旨味がある。ただ問題なのは、三好家が武田家と不和になってまで、手を貸してくれるのか?加えて、近江を三好家の意のままにされる事。まあこれについては、相手が武田家でも同じ事は申せますが」
「対馬守殿。三好家の動向について、何か掴んでおられるかな?」
「山城守殿の問いにお答え致す。三好家がすぐに近江へ兵を向けてくる事は難しいかと。石山とぶつかる兆候があるとの報せを受けております」
それでは細川京兆家を受け入れるのは愚策であろうな。
今必要なのは明日の兵なのだ。一年後の兵を約束されても全く意味が無い。仮に公方様を味方につけて石山と三好家の間に和睦を結ばせ、三好家の兵を近江救援に向けさせても遅きに失する。
「ならば、決まりだな。今後の我らの方針だが、最悪の状況に陥った場合、我らは三十年後に向けて武田家に仕える。ただ若君様の御傍に、誰か一人でも良い。加賀武田家に近づき、若君様の近くにいるべきだと存ずる」
「下野守殿の言は正しいと存じます。であれば、今荀彧殿と親しい下野守殿が最適では?」
「それでも構わぬが、加賀守殿でも最適であろう。二人揃って加賀に赴く、という手もあるにはあるが」
ただ、儂が今荀彧殿の傍に居て良いのだろうか?
儂個人は美濃の件で大きな借りもあるし、その才を認めてしまっている。下手をすれば、儂が取り込まれかねん、という懸念を感じているのだ。
これについては、良く考えねばならんわ。絆されて、武田家に心酔するようになってしまっては、それこそ雲光寺様にあわせる顔が無い。
「某か下野守殿が適役と言うのであれば、某はお引き受けいたそう……シッ」
加賀守殿の動きに、皆が一斉に居住まいを正した。
誰かが近づいているという事だろう。幾ら六角家の事を考えた話であっても、他者に聞かれては不味い話でもあるのだ。
確実に誤解されかねん。
そんな事を考えると、ドタドタという何者かが走る音が近づいてきた。
「父上!」
「どうした!」
「御隠居様の御容態が!すぐに御越し下さい!」
板戸を開いて飛び込んできたのは、加賀守殿の嫡男であった。
具足を纏ったまま、加賀守殿の代わりに御隠居様の看病をしていたのだろう。ただ、その表情は明らかに険しい。
「各々方!」
「すぐに御前に参るぞ!」
永禄五年(1562年)八月、伊勢国、多気御所、一色藤長――
「儂が北畠権中納言具教である。わざわざ京から参るとは、御苦労な事だ」
「御目にかかる事が出来まして、恐悦至極に存じます。某は公方様にお仕えする一色式部少輔藤長と申します」
「うむ。暑い中、大儀である。早速だが、用件を伺おうではないか」
もうすぐ九月になろうかという頃。俺は公方様より命を受けて、伊勢国を支配する北畠家当主の居城、多気御所を訪れていた。
当主である権中納言(北畠具教)様は、三十半ばの御仁。太めの眉と吊り上がり気味の双眸が、ただならぬ気迫を醸し出している。この御方が公卿だとは、外見からでは想像すら出来んわ。
さすがはかの塚原卜伝殿を師として剣術を修めただけの事は有る。その腕前は公方様と同じく奥義一之太刀を伝授されたほど。味方につける事が叶えば、実に心強い御方ではあるな。
「公方様は、権中納言様の御子息の何方かを、六角家に養子として入れて貰いたい、との仰せにござります。権中納言様は、半月ほど前に六角家で起きた騒動については御存知で御座いましょうか?」
「観音寺城が焼け落ちたという噂は聞いておる。後継ぎも二人とも死んだと聞いたが?」
「仰せの通りで御座います。公方様は管領代を輩出した、名家である六角家の名跡が絶えてしまう事を何よりも御心配しておられるので御座います。確かに六角家の血をひく御方は多く御座いますが、公方様は北畠家こそが南近江六角家の後見を務めるに相応しい実力者であると仰せに御座います」
六角家を襲った悲劇。
先代当主、承禎入道殿も臨終間近だと専らの噂。何より後継ぎである息子兄弟が揃って死んだのは間違いのない事実。このままでは跡取り不在により、六角家の名跡が絶えるのは間違いない。
だからこそ、公方様は動かれたのだ。
「公方様は御懸念しておられます。このままでは南近江は甲斐の山猿が支配し、思うがままに支配するであろう。六角家と言う名家の庇護を無くした南近江の民の悲痛さを思うと、胸が張り裂けるようだ。ここは是非、権中納言様に南近江の民を救う為に決断して貰いたい、との事で御座います」
「その為に、公方様は北畠家に甲斐武田家を敵に回して戦え、と申されるのかな?」
「仰せの通りで御座います。甲斐の山猿の無礼千万ぶりは、誰もが知る所。このままでは日ノ本は山猿の天下となりましょう」
武田家。決して許す訳にはいかん。
奴らに奪われた、丹後の我が所領。今は武田家が我が物顔で支配していると聞く。
それを思い出すたびに、腸が煮えくり返ってくるわ!
「だがのう?武田家の強さは儂も理解しておる。北畠家単独では荷が重いわ。其方も少しは孫子に目を通すべきではないかな?」
「確かに一理御座います。しかしながら、勝算も無しに伊勢国まで参ったりは致しませぬ。既に公方様の御名の下、西国同盟が成立致して御座います。大友家・尼子家・毛利家・土佐一条家・石山本願寺が一致団結して、三好・武田に敵対しております。同時に越後上杉家も公方様に忠義を誓い、上洛致します。武田家は常に東西に注意を払わねばならぬ立場。いざ南近江で戦となれば、率いる兵が少なくなるのは自明の理に御座います」
「西国同盟、か。尼子は押され気味と聞いておったがな?」
意外に耳聡い御方であるようだ。
確かに尼子家は武田家に一方的に押されている。武田家は美作を奪っただけでなく、備前にまで手を伸ばすほど。
だが、それを口には出来ん。何としても北畠家を動かさねばならんのだから。
「尼子家は先年までの毛利家との戦で疲弊し、更には当主の交代が御座いました。いわば時期が悪かっただけに御座います。今は同盟成立に伴い、毛利家と大友家から支援を受けて反撃に転じております」
「新しく就任した尼子家当主、名を失念してしまったが、討ち取られたと聞いたぞ?」
「御心配は無用に御座います。尼子家当主は健在に御座います」
ああ、嘘は吐いてはおらぬ。
尼子家当主が健在なのは事実だ。ただし『就任したばかり』の当主であるがな。
ただ権中納言様は、俺の心の裡を見透かすかのように、ジイッと俺の目を覗き込んでくる。
ここで動揺しては悟られる。ここは堪えねば。
肚に力を込めて、権中納言様の額に焦点を合わせて見据え返した。
「……まあ良い。確かに堅城と名高い石山本願寺と門徒兵。そこに後方から支援が入るのであれば、そう簡単には攻め落とせる訳も無いか」
「はは。石山は難攻不落の地。加えて石山は、武田家筆頭軍師、加賀守信親に辛酸を舐めさせられてきました。文字通り、全滅するまで徹底抗戦を図りましょう」
「知恵者と名高い今荀彧か。噂には聞いた事があるな。確か二条御所で、民を誘導して御所巻を装ったとか」
堪えろ!面に出すな!
焦らず、慌てず、平然と受け流せ!
「加賀守殿が御所巻を装ったのは事実で御座います。昨年の暮れになりますな。ですが公方様は愛刀である大典太を加賀守殿に与えられました。事実、大典太は加賀守殿の祖父、左京大夫(武田信虎)殿がお預かりしております」
「ほう?何故、当の本人が持たんのだ?その理由を知っておるか?」
「何でも加賀守殿は、祖父である左京大夫殿を大層、慕っておられるとの事。加賀まで持ち帰るよりは、京で暮らしておられる左京大夫殿にお預けした方が良いと判断されたので御座いましょう。それに加賀守殿は盲目。太刀を手にしたとしても、それを扱う事も、手入れする事も自らでは出来ませぬからな」
ああ、思い出したくもないわ!あの一件で、どれだけ俺達が笑い者にされたか!
最後まで公方様をお守りしようとした兵部大輔(細川藤孝)殿は良いわ。その後の消火作業の陣頭指揮、公方様の臨時の滞在場所の確保の為に交渉まで行っていた。それを目の当たりにされた太閤殿下や慶寿院様は、兵部大輔殿こそ真の忠臣と評された。それを伝え聞いた京の民も、非常に好意的に評価している。文字通りの忠臣である、と。
だが、それ以外は面目を失ったわ!俺はまだあの場に留まっていたからまだしも、あの場から逃げ出した連中は、今や二条御所に居場所を見出せぬ状況にまで追い込まれている。
自業自得と言えばそうなのだろうが……
「今の話を聞く限り、公方様と加賀守殿の仲は良好に聞こえたが?」
「それは表向き。公方様は今は堪えるべき、そうお考えに御座います。武田家は東西に兵を配しており、本拠地である越前に配している兵は少ない。しかし、公方様が直々に率いる兵よりは多く御座います。故に公方様は今は臥薪嘗胆の時、とお考えに御座います。大典太を手にした加賀守殿は、さぞや有頂天だったでしょうな。西国だけを相手にしていればよい。それこそが油断という物。今荀彧の二つ名も、名前倒れという所で御座いましょう。公方様の深謀遠慮を見抜けなかったのですから」
「越後、か?」
俺はニヤリと笑いながら頷いた。
武田の目は西に向いている。北の守りは加賀武田家が一任されているが、越後上杉家と正面からぶつかれば、圧倒的に上杉家が有利だ。
「軍神とまで謳われる上杉弾正少弼政虎殿率いる上杉家の精兵。百姓上がりの加賀武田家の兵如きでは一瞬で踏み潰されましょうな。何せ加賀武田家の兵は、有利な戦いしかしてこなかった者達。それは自らより強い者との戦いをした事が無いという事。これがいかに危険な事か、権中納言様にならお分かり戴けると存じます」
「確かに。己より強き敵と戦わねば、真の意味で強くなる事は叶わぬ。それが剣の道、すなわち兵法という物」
「故に、加賀武田家の敗北は約束されて御座います」
権中納言様の口元が、ほくそ笑むように吊り上がった。
決まりだ。これで北畠家は動く。
あとは公方様の御名の下に、正当な六角家当主として凱旋させるだけ。あの憎き武田家に一泡吹かせてやるわ!
今回もお読み下さり、ありがとうございます。
まずは近江国。蒲生定秀視点より。
【箕作城】
観音寺城の南西方向に2・3㎞の地点にあった城で、史実における承禎さんの隠居城であったお城です。
本来ならここで楽隠居の筈だったんですが、文字通りこの世から隠居する事に……
【遺体を見ていない】
義定君は義治君のしぶとさと、息の合った承禎さんを優先する為に、遺体を回収する事が出来ませんでした。
四畳半の鉄板壁の密室&内部で失火。こんな状況で長期戦に持ち込まれたら、まあこうなるかなあ?と。
【疫病神呼ばわり】
そして誰も注意しないw
六宿老の間では義治君は過去の存在と化している感じです。平井さんも以前は義治君を気にかけていたけど、ここ暫くの間に考えを変えた感じです。
【後藤さん家】
実は長男も死亡。なので史実通り、次男が家を継ぎます。
史実との違いは死因だけです。
【今荀彧呼び】
平井加賀守と、武田加賀守を分かり易くする為です。
【六宿老の方針・優先順位】
①承禎さんに忠義を尽くし、それを利用して承禎さんの助命を図る。
②承禎さんが亡くなった場合は、三十年後の名跡復活を信じて雌伏する。更に具体的な手段として加賀武田家に、六宿老の誰か(平井さんか蒲生さん)を向かわせる。
【蒲生さんの動向】
蒲生さん自身は加賀に向かうのは消極的。
これは作者としての事情もあります。蒲生さんは使い勝手が良いんですが、主人公の傍に置くと、某・淡海作品のパクリだよなあ、と思いました。
なので『取り込まれると不忠』という理由をつけて、自発的に加賀から離れるようにしました。本来なら恩義もあるから、加賀へ率先して向かうべきなんですけどね。
【承禎さん、お亡くなりに】
合掌。
次は伊勢国が舞台。一色藤長視点より。
【六角家、欲しくない?】
と言う訳で、公方が動き出しました。
改めて言うまでも無いですが、公方としては近江兵を自分につけるのが目的。そして具教の子供達は、承禎さんの甥っ子に当たります。なので次期当主としての資格は十分にあります。
【西国同盟成立】
……え?
と言うのは読者視点だからですねw
【尼子家当主】
嘘は言っていない。ただし事実でも無い、という奴。交渉における技術の一つ。
【御所巻擬き】
具教さん、何気なく毒吐いて馬鹿にしてます。
そして明らかになる細川さんの株価上昇w
【常に有利な状況で戦ってきた&自分より強い敵との戦闘経験&約束された加賀の敗北】
一色さんの指摘は正解。何でもそうですが、確かに苦戦や敗北からしか学ぶ事のできない物はあります。兵法(戦術)においても、それは同じ事。だからこそ、自分より強い御師匠様に師事して、実戦で腕試しをする訳ですから。
それでは、また次回も宜しくお願い致します。




