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甲斐国編・第八話

 甲斐国編、第八話投稿します。


 主人公十三才、今回はガチ内政の話になります。


 あと今回から、仮名や官位の後に()でその人の諱を書くようにします。これは分かりやすさを重視した為です。

天文二十二年(1553年)十一月、甲斐国、躑躅ヶ崎館、ゆき―



 徐々に寒さが感じられるようになった頃、私は躑躅ヶ崎館内に『執務室』と二郎様が名付けられた部屋で今年の状況報告を行っておりました。


 「まず内政状況からご報告申し上げます。現在、甲府に定住している住人は、今年十月の時点で一万二千五百四十一名になります。甲斐国全体で見れば、十万九千五百三十二名になります」

 「昨年に比べて明らかに増えている気がするな。ただ赤子が生まれただけじゃない、何か理由らしい物は分かっているか?」

 「恐らく他国からの流民ではないかと存じます。各地の村を束ねる者には、必ず定住者の名前を戸籍簿に記載させる事を義務付けております。ご興味があるのでしたら、流民に絞って再度、情報を調べ上げますが」

 「いや、構わない。ただ気になっただけだ」

 二郎様が軽く頭を振られる。かつて私達を助けて下さった二郎様は、今年で十三歳。年が明ければ十四歳になられる。年明けには駿河の御屋形様の下にご挨拶に伺うのだが、その後に元服をなされるそうだ。

 元服後の名前は御屋形様が一生懸命、悩まれておられるという事を伺った事が御座います。それだけ御屋形様にとっても、二郎様に御期待なされておられるのでしょう。


 「報告を続けてくれるか?」

 「はい。まず甲斐国内における楽市楽座です。これは商人からも定住者からも評判は良いようです。商人からは関所の税が無いから行き来しやすい、定住者からは物の値段も前より下がった、との意見が大半を占めております」

 当初、甲斐国は関所を設けていた。と言うのも、楽市楽座を行う利が無かったからだ、と二郎様が仰っておられました。と言うのも、油も木綿も躑躅ヶ崎館に集めて、そこで売買出来るようにしていたからでございます。

 結果、甲斐国内を商人が歩いて回る必要が御座いませんでした。商人側としても、国内の関所に税を払ってまで売りたい物と言っても塩ぐらいしかありません。他には人買いが子供を買いに来るぐらいでしょうか。

 だから二郎様には、楽市楽座を推し進めるつもりは全く無かったそうで御座います。その方針を変更させたのは、年貢――税を米ではなく銭に切り替える為で御座いました。


 銭で納税を行うには、銭の使用が当たり前になっていないといけません。物々交換では、銭が普及しないからです。ならば、どうするべきか?二郎様は、その答えとして楽市楽座を利用する事を思いつかれたので御座います。

 躑躅ヶ崎館で、各村の民から納められた油の代価として銭を渡す。そして油を買い取りに来た商人には情報を提供する。『この村は食料確保が難しいそうだ』『この村は麦の収穫が期待できるそうだ』『この村では木綿が豊作だそうだ』と。

 そうすれば商人達も品物を用意して、積極的に村へ足を伸ばすようになる。つまり、銭を利用して売買する事を当たり前にする。それを国中に広める事を思い付かれたのです。加えて、将来的にはサツマイモの焼酎を造らせるとの話も御座いました。それの買い取りも進めば、更に銭は普及していく、と。

 そして銭が便利であり、価値のある代物だという事を理解させる為、二郎様は更に別の手も打たれました。

 ……いけない、今は報告中だった。


 「二郎様、楽市楽座に反対する少数の者としては、治安悪化を懸念しております。しかしこれはやっかみの類と存じます」

 「実際の治安状況は?」

 「甲府内における咎人ですが、入牢する程の重犯罪者は昨年比で五名減少、軽犯罪者は十二名増加。軽犯罪者の内訳ですが、大半がひったくりや酔っぱらっての乱闘騒ぎになります。ただどちらも、兵が駆け付ける前に周辺住民によって制圧されております」

 甲斐国は貧しかった。本当に数年前までは食う物も無い程に貧しかった。その為に甲斐国の民は生きる為に他国へ侵略を繰り返す武田家を支持し、その戦力となる為に武も磨いておりました。印字打ち(投石)が良い例と言えましょう。

 早い話が民一人一人が単純に強かったのです。それは齢を取れば取るほど――苦しい時代を知る者ほど、その傾向が非常に大きいという特徴も御座いました。

 酔っ払い程度なら、鼻歌交じりで制圧――どころか撲殺しかねないほどです。それを二郎様が聞いた時『甲斐は修羅の国だな』と呟いておられた事を覚えております。


 「次に年明けに得られる予算の予想額から御報告させて戴きます。まず人頭税対象者からは八万七千二百五十四貫文。こちらは規則通り十歳以下と五十歳以上は納税対象外としております。また各地の村からの徴収の手間も考えると三月までかかると存じます」

 「ああ、問題ない。三月までに終わらせてくれればよい」

 「はい、仰せのままに」

 各村々でも定住者の名前を帳簿に記載した物――二郎様は戸籍と申しておられたが――のお陰で、税の回収が遅くなっても、滞納が見過ごされる事は無い。誰が税を支払い、誰が税を支払っていないかが、しっかり記録されるからで御座います。


 「次に商人からの納税額ですが、合計三千六百貫文。こちらは甲府に定住している神屋、友野屋の支店からが主になります。他には専売商品である油・及び石鹸の販売になりますが、こちらは差し引き合計で十四万貫分の利益が出ております。現在は二万反分の土地で油菜を栽培しております。また各家での椿が増えてきた事も要因で御座います。それから芋飴の利権として御屋形様から二万貫が決まっております。以上、合計二十五万八百五十四貫文になります」

 「予定支出額はどれぐらいだ?」

 「まず常備兵ですが、足軽大将以下が現在五千名。こちらの分で五万八千七百五十貫文。彼等用の装備品の補修費や新規購入予算として五千貫文が計上されております。続いて甲斐国で定住しておられる与力以外の方への俸禄は侍大将六名でこちらが六千貫文。毎日の常備兵達の鍛錬における中食の費用として一食三文換算で年間五千四百貫文。人件費は七万五千百五十貫文で御座います」

 常備兵が多い分、やはり経費は増えます。特に御貸具足。御屋形様の頃から残っている物もあるが、それだけでは足りないというのも事実。だからこそ、毎年こうして購入して増やさなければなりません。必要な事では御座いますが、本当に頭が痛い問題でもあります。

 しかし御貸具足無しに戦場へ送り出す訳にも参りません。

 そのような事を強制する為政者がどのように評価されるか?敢えて口にするまでも御座いません。


 「次に釜無川堤防建設費及び人工代になります。こちらは昨年と同様、一日二百人を雇います。内訳は漆喰の扱いに慣れた左官二十名に雑役担当百八十名。嵐の時期を除いた九ヶ月間作業を実行。人件費も昨年同様、左官は一日二百文、雑役は一日十五文として千八百九貫文になります。どちらからも待遇について、不満の声は出ておりません。これに堤防に使われるコンクリートの材料である軽石や駿河からの塩の運搬費、中食代等として七百貫文を計上しました。都合、二千五百九貫文となります」

 「コンクリートの材料調達目途がついたお陰だ。労ってやらんとな」

 「はい、きっと喜びましょう」

 ついに甲斐の業病を断ち切る為の工事が始まるのです。病で苦しむ者達を救う事は出来ませんが、新たな犠牲者を減らす事は出来ます。加えて今回の工事自体が洪水対策も兼ねており、結果として新たな農地も増えます。

 民だけでなく、国人衆からも喜ぶ声は多いと聞いております。


 「次に用水路の作成ですが、こちらは一日三十名規模、内訳は左官五名に雑役二十五名。作業時期も九ヶ月。人件費も昨年同様で年間三百七十二貫文。同じく材料費及び中食代ですが、こちらは四十五貫文となります。都合四百十七貫文。ここまでを合計して七万八千七十六貫文。ここまでで何かご質問は御座いますか?」

 「いや、特に無いな。続きを頼む」

 「はい。続けて報告致します」

 作成した報告書をペラッとめくる。本来、二郎様ほどの実力のある御方なら目に通すだけで終わるのに、こうして読み上げねばなりません。

 全ては目。目さえ問題なければ、と常々思う。

 しかし、そのお陰で孤児でしかなかった私が補佐役として働く事が許されているのです。嬉しい反面、複雑な思いも御座います。


 「二郎様直属の六部隊の運営費についてです。情報収集専門の『風』部隊ですが、こちらは諸国間で交易しつつ諜報に当たる為、現状は活動費用不要です。人数も昨年と同じく二百人規模を維持可能です」

 風は『富士屋』という穀物商を隠れ蓑として、情報収集を行う者達になります。富士屋は駿河、津島、小田原、堺に店を出している。

 大半の者達は忍びではない為、敵の拠点に潜り込むような真似は出来ません。しかし物価の変動から戦の兆候を掴んだり、他国の大名に仕える武士とのやり取りから得られる情報は、とても価値が御座います。

 そして表向きの富士屋としての活動――米の転売等により、二郎様の政策を実行する為の予算を稼ぎ出している者達でもあります。まさに縁の下の力持ち、と言うべき者達です。


 「土木工事担当の『林』部隊ですが、俸禄として足軽大将以下百名分、年間で千百七十五貫文、現地での人工募集も含めた街道整備費として二百貫文、都合、千三百七十五貫文になります」

 「駿河と甲斐を結ぶ街道は最重要だ。追加費用が必要なら、いつでも言えと伝えておいてくれ。甲斐が栄えるも衰えるも、彼等の働き次第だ」

 「はい。必ず伝えます」

 林は領内の街道整備、治水工事を専門として行う者達の集まりだ。彼等の大半は、戦、というより戦うという行為を苦手とする者達である。その為に良く言えば温厚な者達、悪く言えば気の弱い者達が多い。

 だが、乱世においては、それが悪い方へ作用する事も多い。事実、彼等は二郎様に出会うまでは、周囲から『臆病者』『木偶の棒』呼ばわりされていた者が多かったのです。

 そんな彼等を何とか活用できないか?そう二郎様はお考えになり、思い付かれたのが土木工事専門の林部隊で御座います。

 彼らの真面目な働きぶり、街道の整備による恩恵。それを民や商人が目にし、或いは実感していくにつれ、彼等に対する言葉は徐々に良い物へと変化しつつあります。それは彼等の仕事が報われている事を意味します。きっと彼等も自分達を誇る事が出来るようになるでしょう。


 「戦働き専門の『火』部隊ですが、こちらは二千名二万三千五百貫文と侍大将三名の俸禄が三千貫文。また爆裂筒等の装備費や既存装備修理費等として三千貫文が申請。都合に二万九千五百貫文です」

 「いつ戦になるか分からぬからな。有事を想定して、備えはしておいてくれ」

 「はい。こちらについても後ほど、伝えておきます」

 火部隊は戦う者達。私の兄も、ここに所属して足軽大将を拝命しております。普通の常備兵と違うのは、甲斐国ではなく、武田二郎様の手足となるのが御役目と言う点で御座います。特に二郎様に対する忠誠心が強く、構成員の半分近くが二郎様によって救われた孤児達なのです。

 中には女の身でありながら、所属している方もおります。二郎様はそれを聞いた時、却下するのではなく、優先的に種子島部隊に所属させたそうです。

 二郎様曰く『文句があるなら巴御前を越えてこい。大の男を二人同時に絞め殺した猛者だぞ?』と。

 これを聞いた時、反対者は何も言えなくなったそうで御座います。そんな真似、男でも出来るかどうか。 


 「産業支援担当の『山』部隊ですが、俸禄は百名千百七十五貫文のまま継続。新年は新たな産業開発費として五百貫文が昨年分に追加、都合千六百七十五貫文の予算請求となっております」

 「新たな産業か?何をするつもりだ?」

 「養蚕との事です。担当者からは二郎様が常々仰られていた、との事でございます」

 「ああ、思い出した。よし、進めてくれ。蚕の糞は『雷』部隊に渡すように、と」

 産業支援担当の山。内政面における二郎様の片腕的存在です。二郎様の御発案を実験したり、必要な情報を集めたり、百姓に新しい作物の栽培方法を教えたり、時には百姓達からの訴えを聞いて現地まで赴いたりと、日々忙しい者達です。

 そして、今回の養蚕。これは細々と続けられていた養蚕を本格的に支援するという計画になります。二郎様が以前に仰せになられていた事ですが、現在の生糸は明からの輸入頼りなのだそうです。その為、質の良い物を作れれば価格の点で有利に勝負が出来ると仰っておられました。いよいよそれを実行に移す余裕が出来た、という事なので御座いましょう。


 「それからこちらが、今回提出された農作物に関する情報を纏めた物になります。やはり油菜は同じ畑で二年連続栽培は難しいようです。収穫量の減少が報告されております」

 「そうか。後で時間を取って目を通すが、やはり連作障害は出るか。百姓達に情報を共有するとしよう。彼等の専門だ、上手くやってくれるだろう」

 連作障害と言われる、同じ作物を同じ場所で連続して作ると成長が良くない作物についての情報でした。最初、二郎様から豆がそうだと聞かされた時は、まさかと驚いた事を覚えております。

 他にも、山では同じ作物に別々の肥料を与えて成長の度合いを比較して調べたり、害虫を捕獲して実験したり等、色々な事を行っております。

 例えば干鰯。これは花が増えたり、実を収穫する作物に影響を与える事が分かっております。特に実については田んぼで比較した為、結果は一目で分かったと聞いております。


 次に油粕。武田家では油を専売するようになってから、油を搾った際の種のカスが大量に出るようになりました。これを有効利用できないか?と言う事から、二郎様の御発案により、水にカスを混ぜて発酵させた『液肥』として使われるようになったのです。

 結果、葉の枚数が増えたり大きく成長するという事が分かりました。今では葉を食べる野菜を中心に広く使われております。

 液肥自体、造るのが簡単で材料は捨てるしかないゴミと水だけ。民としても、手間がかからず効果が高く、なおかつ銭がかからない為に大層、喜んでいるそうです。


 他には竈の灰。こちらは根物の成長や、根自体の成長が見られる事が分かりました。こちらも各自の家で手に入る為、広く使われております。

 二郎様は『薬も過ぎれば毒となる』という教えがあるから、適度に使う必要があるだろう、と仰っておられました。だからこそ、山では色々と実験を繰り返して、最適な使い方も模索しております。

 この他にも回収された糞便と稲わら等を発酵させた堆肥も評判は良く、近隣の民から引っ張りだこ。もっと量を増やしてほしい、という要望が出て来るほどで御座います。

 そして特に力を入れているのが害虫対策になります。テントウムシが良い例ですね。二郎様が『艶のあるテントウムシは害虫を餌とする』と仰っていたので山で調べたそうですが、事実だという報告が上がってきておりました。このような感じで、害虫駆除の方法も色々と調べております。


 「続けて工作専門の『陰』部隊です。こちらも俸禄は百名千百七十五貫文継続。必要装備品として新規追加申請があり都合二百貫文。スコップ、針金、ツルハシの配備を求められております。こちらは合計千三百七十五貫文に御座います」

 陰は林と違い、戦場での作業が専門だ。いかに短時間で馬防柵を設置するか?堅牢な砦を短期間で作り上げるか?そういった役割を担っている者達である。

 とは言っても、決して彼等を馬鹿には出来ない。スコップもツルハシも針金も、戦場で使えば凶悪な武器に早変わりする。彼等は平時においては林の仕事を手伝う者達。当然の如く、体は鍛えあげられている。そんな彼等を敵に回せば?敢えて言葉にする必要は無いでしょう。


 「製造専門の『雷』ですが、こちらは俸禄が一万五千貫文。いつ見ても相変わらずで御座います」

 「鉄砲鍛冶は全て侍大将待遇だからな。それに鉄砲は四人一組で作ると聞いている。それが二組いれば、それだけで侍大将八人だ。そこに火薬と弾丸鋳造の専門家各一人が侍大将扱い。更に追加で技術研究兼指導役が五名。それなりの額にはなる」

 「弟子の面倒は自分で見る、という職人気質な方々ですから、その分は良いのですが。報告に戻りますが、材料の購入費用、及び硝石製造拠点の追加の為に千貫文の申請が出ています。また半年ほどすれば新たな鉄砲鍛冶が八名独立予定との事です。こちらも武田家との関係を望んでおり、順調に進めば、その方々の俸禄と買い取り代金で合計九千貫文の予算を確保しております。合計二万五千貫文で御座います」

 雷は二郎様の最高機密部隊だ。種子島の製造をしている事は言うまでも無いが、他にも色々な新技術の研究を行っている。二郎様が仰るには、将来間違いなく必要になる物だから、研究しておかねばならないそうです。

 二郎様を疑うつもりは無いのですが、一体、二郎様はどれほど先を見据えておられるのでしょうか?私にはサッパリ分かりません。


 「最後に風と雷以外の二千三百名の中食として一日三文換算で費用計上し二千四百八十四貫文。以上、合計支出総額は十三万九千四百八十五貫文となります」

 差し引き約十一万貫文の黒字になる。ここから二郎様の生活費、甲斐国内の城砦の保繕費等が引かれる訳だ。

 二郎様は甲斐を任されたのち、色々と改革を行われた。中でも大きなものが税制改革と軍制改革である。

 まず税の方だが、これは分かりやすい。米ではなく銭。納税対象者は一年で一人一貫文納めるように、としたのである。

 問題は銭の工面だが、油菜と綿花の二毛作で約八貫文の売り上げ。武田家で油を買い取るとは言え、それだけでも十分に納税額は賄える。後は野菜や穀物は自分の好きなように作りなさい。売ろうが食べようが貯えようが、それは自由だ。という方式にしたので御座います。

 これは当たりました。甲斐はもともと天候不順や旱魃で不作が当たり前。そこで稲作をすること自体、無理があるのです。しかも栽培箇所に制限も御座いました。

 だからこそ、無理な稲作から解放された事により、民の生活は一気に楽になったのです。

 今では甲斐で作られる米の量は半減しております。大半が畑作や葡萄等に切り替えたのですから。


 この時点で従来の納税制度に慣れきったお偉い御侍様は白旗を揚げてしまったのである。

 曰く『理解出来ん』『税の徴収、お願いできないか?』みたいな感じで。

 それが現在の城主が激減した、という現状になります。二郎様の改革に賛同し、だが立場上は隠居している小畠様は与力家老として二郎様付き。自分には関係ない事と気軽にしておられます。

 その分のしわ寄せが、息子であり現在の小畠家当主を務める、現在二十歳の孫次郎(小畠昌盛)様に圧し掛かっているのですが。

 二郎様は孫次郎様が義務感と責任感で倒れないかと心配らしく、何かにつけて気を掛けておられます。

 

 次に軍制改革について。今の甲斐は常備兵主体となり、総兵力も増えております。率いる兵が格段に増えた事に関しては、皆、喜びの声を上げておられます。

 実際、五年前は侍大将の率いる兵は百二十名でありました。しかし同じ侍大将が今の甲斐国だと兵三百を率いているのです。しかも常備兵で。

 最下級の兵である小物は年間五貫文の俸禄。他国の雇われ兵が年一貫五百文なのを考えれば破格の俸禄です。加えて兵達は鍛錬に参加すれば中食が支給される。そのため、生活は意外に何とかなってしまうのです。更に領内巡回で害獣を退治すれば、それも自分達で山分けしてよし、という特権が与えられております。文字通り食えなくて罪を犯すぐらいなら、小物になった方がマシと申せましょう。

 その為、常備兵募集の高札は常に掲げている。各地の村にも、人手が余っていたら甲府に寄こせ、と冗談交じりに伝えるほどです。


 「とりあえず余った予算の内、二万を風に、友野屋と神屋にも二万ずつ貸し出せ。彼等に運用させて増やすんだ。そういえば昨年の運用結果はどうなった?」

 「お待ち下さい……四万貫文を元手に、差し引き六万二千貫文まで増えております。こちらは全額使わずにおります」

 「よし、それならいけるかもしれんな……この際だ、父上に相談してみるか」

 どうやら二郎様にはお考えがあるらしい。何を思いつかれたのかは分からないが、きっとまた凄い事を考えつかれたのだろう。


 「それから雷に命じていた、硝石の作成の方はどうなった?」

 「二郎様がお命じになられた、土間や厠、床下の土を集めて煮出す古土法により、暫くは保つとの事。ですが五年は厳しいと見ております。三年前から開始した硝石培養法はまだ少し時間がかかるとの事です」

 「それは仕方ない。雷には気長にやるように伝えてくれ。培養法は甲府を清潔に保つ役割も担ってくれているからな。一石二鳥だ」

 汲み取り式の厠が義務付けられている甲府では、糞便は肥料の作成の為に回収され、そして農村へと格安で譲られる。だがその内、少量は硝石作成の材料とされている。この事は二郎様と私、そして雷部隊のみの秘密だ。

 硝石は玉薬の主要な材料。そして硝石は日ノ本で採取できず、南蛮頼り。

 それを二郎様は根本から覆してしまわれたのだ。ただそれが他国に漏れれば、碌な事にはならない。故に秘密厳守になっているので御座います。


 「孤児達はどうなっている?」

 「こちらも昨年同様に八百名確保されました。ただし半分は甲斐ではなく、他国の子供達になります。風が奴隷売買のフリをして連れ帰った者達です」

 「そうか、ならばそちらの教育も行うように。それから春にそこを出る連中は、鍛冶職人の弟子に優先して回すようにな。種子島を実際に扱い、それを作る所を見せ、侍大将と同等の俸禄を得ている事を理解すれば、希望者は増やせるだろう」

 「心得ました」

 種子島が足りない、という事か……と言う事は?


 「二郎様は種子島を主力とお考えなのですか?」

 「是であり否でもある。種子島は主力となり得るだろう。だが今のままでは危うさを秘めているとも考えている。俺が鍛冶職人の育成を進めるのは、それが理由だ。種子島の存在価値は使う事だけではない」

 よく分かりません。使わない道具に意味はあるのでしょうか?二郎様の頭が良い事は分かっておりますが、正直言って私には理解出来ませんでした。


 「ところで、現在の種子島は何丁ある?」

 「現在二百を越えております」

 「二百か……雷に指示を。春に配属される新弟子が一人前になったら、従来の種子島は其奴らに作らせろ。多少、質が落ちるのは承知だ。代わりにお前達には新型を作って貰う、とな」

 思わず目をパチパチ瞬いてしまった。だが辛うじて『分かりました』と返す事は出来ました。

 新型?どういう事なのでしょう。

 種子島は十年ほど前に南蛮から伝わってきた筈です。それなのに新型?そんな事、有り得るのでしょうか?


 「それとな、以前に頼んでおいた木下藤吉郎の件はどうなった?」

 「主の松下様からは、とても光栄な事と返事を戴いております」

 「よし。ならば藤吉郎には約束通り足軽大将扱いとして召し抱えると伝えるんだ。それから松下殿には今回の件について、俺が礼を言っていた事。それから澄酒を送り、今後、何か困った事が有れば俺に言うように伝えてくれ。今回の件、決して忘れぬ、と」

 木下藤吉郎?正直、風も首を傾げていたわ。どうしてそこまで高く買っているのか、二郎様の事が分からない、と。

 それは私も同じでした。わざわざ遠くから呼ぶほどなのでしょうか?


 「それから中食を食べ終えた後で良い。虎盛にここへ来るように伝えてくれ。外へ出るから護衛を頼む、とな」

 「心得ました。必ず伝えます」

 いつもの見回りだ。民の声を聴く為、五日に一度は行う。兄上も呼んでおかなければ。万が一にでも、二郎様に何かあってはならぬのだから。


 「それから、神屋殿がいらしております。年明けはご挨拶に伺えない為、申し訳ないとは思いましたがご挨拶に伺いました、との事です」

 「分かった、ならばすぐに会おう。こちらからも手配を頼みたい物がある」

 控えていた侍女が神屋を連れてきました。名前は神屋紹策。働き盛りの豪商です。そして二郎様が懇意にしておられる方でもあります。


 「御多忙の所、申し訳ございません。新年に伺えない為、本日はご挨拶に伺いました」

 「いや、気にする必要は無い。其方にも付き合いはあろう。足場固めは大切な事だ。ところで其方に明より取り寄せてもらいたい物がある。急ぎではないが、手配を頼みたい」

 「ええ、喜んで承ります。それでご希望の物で御座いますが」

 「生薬として使われている杜仲を知っておるな?あれをここで育てたいのだ。あと可能であれば、成木もな。成木については無理にとは言わぬ。可能であれば、で良い」

 神屋殿が『承りました。とりあずは二十本ほど苗木を確保致します』と応えられました。その後、たわいない雑談と言う情報収集を終えて、神屋殿は退室されました。


 「二郎様、今度は何を作られるのですか?」

 「出来上がったら教えよう。まだ物が無いので何とも言えんからな」



天文二十二年(1553年)十一月、甲斐国、甲府、小畠虎貞――



 「これ三郎太(虎貞)、そんなに急ぐでないわ」

 「おっとと、申し訳御座いませぬ」

 義父殿に窘められ、慌てて歩く速度を落とす。やはり気になって仕方がないのだ。

 やっとの事で、たった一人の妹に会えるのだから。


 「そこまで心配せずともよかろう。ゆき殿とは昨日も会っているのだろうに」

 「今日はまだ顔を見ておりませぬ」 

 「全く、少しは妹離れせんか」

 今から三年ほど前。当時、三吉という名だった俺は妹のゆきと一緒に親に売られた。その時、俺達兄妹を買い取ってくれたのが、主である二郎様だ。

 二郎様はお優しい御方だ。何も知らないただの百姓の子倅に、飯と寝床、更には勉学まで教えてくれた。お陰で俺は武田家に侍として召し抱えられた。本当に有難い事だ。

 それだけではない。守役の山城守(小畠虎盛)様が俺を認めて下さり、娘婿にして下さった上で、名前まで与えてくれたのだ。今の俺は三吉改め、小畠三郎太虎貞。小畠家の分家として、小畠姓を名乗る事を許されている。義兄であり本家当主を継いだ孫次郎(小畠昌盛)様も、俺の事を頼りにして下さる。

 今の俺は小畠家一門として足軽大将を務め、兵百を率いる身だ。


 「其方がくっついていては、ゆき殿が嫁げなくなるぞ」

 「ゆきは俺が認めた男でなければ、嫁にはやりませぬ!」

 グイッと力瘤を作ってみせる。腕っぷしなら負けるつもりはない。こっちは毎日鍛えているんだ。

 腕っぷしの強さなら、同年代は言うまでもないが三つぐらい年上が相手でも何とかできる自信はある。俺は頭が悪かったから、代わりに腕っぷしを鍛えたのだ。


 「ゆき殿の幸せを考えてやらぬか。全く、それだからゆき殿が一人暮らしを始めてしまうのだぞ」

 「うぐ」

 義父殿の言葉が心を抉る。確かにゆきは俺と一緒に暮らしていない。しばらく前にゆきから『兄上と一緒に暮らしたくありませぬ』と言われた時は泣きそうになった。本気で気落ちした俺を、妻が慰めてくれなかったら、どうなっていた事か。

 それを伝え聞いた義父殿や孫次郎様は『気持ちはよく分かるがな』と全く同じ言葉を戴いたものだ。

 御二人は俺の気持ちを理解して下さる。その事に感謝の言葉を伝えた時、何故か奇妙な表情を浮かべておられたのは何故だろうか?


 「せめてもの救いは、ゆき殿が躑躅ヶ崎館に一室を与えられた事か。身の安全については保証されておるからのう」

 「二郎様には感謝しかありませぬ!」

 義父殿が何か言いたげに、義父殿の家臣が肩を震わせながら俺を見ているが、一体、何だろうか?



天文二十二年(1553年)十一月、甲斐国、甲府、小畠虎盛――



 さて。二郎様の呼び出し。いつもの民の陳情に耳を傾けるのかと思っていたが、全く違っていた。

 向かった先は、穀物を取り扱っている店であった。


 「邪魔するぞ」

 「これは二郎様!申し訳」 

 「気にするな、少し尋ねたい事があっただけだ。すぐに退散するから、店主か番頭以外は仕事に戻ってくれ」

 店の者や客が土下座しようとしていたのを二郎様が慌てて止められる。二郎様は堅苦しいのが嫌いなのだ。まあ御立場もあるので、教えてやることは出来んが。

 ただ二郎様がそういう性格である事は、民の間にも知れ渡っている。そのお陰で二郎様は民にはお優しく、気さくで真面目な御方であると評価されているのだ。


 「用件は一つだ。ここで取り扱っている穀物で、在庫確保が容易な物はあるか?あくまでも甲斐で採れる作物で、という条件でな」

 「それでしたら麦が御座います。麦は腐らない上に、冬になればどこでも作ります。他は冬前には売り切れてしまう為、他国からの買い入れが必要でございます」

 「麦だけか。サツマイモもダメか?」

 「まだまだ足りないようで。奥の山村から種芋として買いに来るほどで御座います」

 店主の答えに、納得したように二郎様が頷く。また何かお考えなのだろうか。


 「分かった、邪魔したな。繁盛を願っているぞ」

 「も、勿体なきお言葉で御座います」

 店主に見送られ、店を後にする。本来ならゆき殿が先導するのだが、今日はゆき殿は不在だ。二郎様から命じられた仕事を行っているらしい。

 その為、本日の先導は三郎太の役目である。

 ……柄にもなく緊張しておるわ。まあ良い、これも修行だ。

 そのまま二郎様は穀物商を数軒回られ、同じ質問を為されていた。


 「少し休むか。適当な店に案内してくれるか?」

 「は、どうぞこちらです」

 三郎太が案内したのは、いわゆる茶店だ。少し前の食料不足だった甲斐では見られなかった店。だが今では少しだけ見られるようになっている。

 適当に注文し、品が来るのを待つ。二郎様は民に顔を知られている為、ここの店主も緊張しておるようだ。いやはや、民の陳情に耳を傾けすぎるのも問題かもしれんな。


 「店主、最近、物の値段はどうだ?」

 「二郎様のお陰で助かっております。二郎様が塩を武田家で専売にして下さったお陰で値が下がり、皆が喜んでおります」

 まあそうであろうな。少し前まで、甲斐では塩が一升百文もしていたのだ。それを問題視していた二郎様が、専売として一律一升五十文として販売。武田家直轄の塩専門店も甲斐国中に建築し、駿河の塩を半額で手に入れられるようにしたのだ。

 お陰で民は喜んだが、友野屋は苦虫を噛み潰していた。代わりの対価として、油等の売買を優遇する事で納得させたのである。あの交渉の手腕は大したものだと感心した事を今でも覚えている。

 丁度、この頃からだろうか?甲斐国中で、永楽銭が頻繁に使われるようになったのは。二郎様が仰るには『まるで塩本位制だな』と笑っておられたが、儂にはよく分からんかった。


 「ところで二郎様。本日の目的について御聞かせ願えますか?」

 「そろそろ新しい産業を生み出すべきかと思ってな。穀物の余裕について確認しておきたかったのだ」

 「ほう?これは面白そうな話で」

 二郎様は次から次へと新しい物、従来の物の改良を思いつかれる御方だ。

 今度は一体、何をお作りになられるのか?興味をそそられるわ。


 「芋の焼酎だ。今、薬代わりとして米の焼酎を少し作っておるだろう?あれと製法は同じだ。材料が異なるだけよ」

 「では、薬として使うと?」

 「それも良いが、売ったり献上したりも良いだろう。それに焼酎は寝かせるほど旨くなるそうだ。俺は酒は好まんが、虎盛は違うだろう?」

 いや、誠にその通り。儂は酒が好きだ。

 野菜の煮つけや漬物、或いは生の野菜に味噌をつけながら酒を呷る。これが儂の楽しみなのだ。


 「若い頃から濁り酒が楽しみでしたからのう。澄酒は儂には上品すぎて。旨いとは思いましたが、どうも物足りぬ、と」

 「ならば丁度いい。焼酎は強い酒だ。きっと気に入るだろう。三郎太も酒は好きか?」 

 「い、いえ。どうも酒は苦手でして」

 婿殿が頭を掻きながら恥じ入る。何、誰もが酒に強い訳ではないのだ。別に恥じる事もあるまい。


 「民にも楽しみは必要だろう。材料費を抑えれば、酒も安く作れるからな。だがまだ全ての民に種芋が行き渡っていない、となるとしばらくは我慢だな。虎盛には悪いが、焼酎は暫く我慢してくれ」

 「何のなんの、楽しみに待つとします」

 「そうか、なら際物の焼酎も作ってみるか?南の琉球ではハブ――毒蛇を漬け込んだ焼酎があるそうだぞ?精がつくと評判だそうだ。蝮酒が有っても良いだろう」

 さすがにこの年で赤子はなあ。


 「婿殿、どうだ?」

 「義父殿!俺にそんな物飲ませないで下さい!」

 さすがに毒蛇酒は嫌か。まあ下戸であるし、仕方ない事だが。

 「さて、では次の場所へ向かおうか。三郎太、最初の地だ」

 「はい、ご案内仕ります」


 いつ来ても変わらんな。ここは。

 古びた木の橋。その下の暗がりで、二郎様は手を合わせていた。

 神仏は人を救わぬ、人を救うのは人だけだ。

 そう考える二郎様が手を合わせるのは、祈る為ではない。ここに眠った、小さな命に誓いを立てているだけなのだ。


 あれから五年以上経っている。痕跡は何も残っていない。いや、掘れば骨ぐらいは出てくるかもしれんが。

 三郎太も真面目な表情をしている。ここに眠っている者の事を知らされているからだ。場合によっては、ここに眠る命が掛け替えのない仲間になっていたかもしれない。いや、この命が二郎様と巡り会ったからこそ、三郎太やゆき達は救われたのだ。


 「行こう。まだ何も終わってはいない」

 小さく返事をし、再び歩き出す。その時、視界の片隅に数人の人影が飛び込んできた。

 彼等は親子らしい。夫婦と手を繋ぐ小さな子供が二人。

 どこかで見覚えが。そう思った時、夫婦が突然、膝をついて頭を下げたのだ。

 思い出した。あの時、間引きをした夫婦か!


 「二郎様。あの時、間引きをした夫婦が」

 「よい。あの者達に罪はない。この目には見えんが、耳には聞こえてくる。謝罪の声がな。虎盛、それで良いではないか。衣食満ち足りて礼節を知る。あの夫婦は、飢えから解放された事で人間としての心を取り戻したのだ。良い事ではないか」

 「心得ました、そ知らぬふりを致します」

 親子を置いて、二郎様は先へと進む。その先に有るのは、二郎様が初めて御屋形様から与えられた領地。

 今もそこは孤児達の生活の場となっている。だがその近くに、新しい施設が作られているのだ。

 孤児達の邪魔にならぬよう、そっと新しい施設へと向かう。

 

 「邪魔するぞ」

 「これは二郎様。本日はどのようなご用件でございますか?」

 「進捗状況を聞きに来た。まず耐熱煉瓦についてはどうだ?」

 耐熱煉瓦。儂にはよく分からんが、土だか粘土だかを焼いた石材だという。ただし、非常に熱い炎にも耐えられる石材だと聞いた。問題は、一体、何に使うのだろうか?という事なのだ。鉄を鍛つだけならいらんと思うのだが。


 「かなり高い熱まで耐えられます。鍛冶師に火を見て貰いましたが、鉄の温度よりは高いだろう、と申しておりました」

 「よし、ならば性能試験を行う。壊れても構わぬので、思いっきりやれ。材料は砂を使うのだ。砂が溶ければ合格とする」

 「心得ました。直ちに行います」

 「失敗した場合は、窯を破壊せよ。そして瓦礫となった煉瓦を練りこんで、新たに煉瓦を作成。同じように試験を行うのだ。これを成功するまで繰り返せ」

 砂を溶かす?いや、そもそも砂とは溶ける物なのか?無学な儂にはよく分からん。


 「次は金剛砂の方だ。柘榴石は手に入ったのであろう?」

 「はい。奈良の金剛砂を手本に、選り分けました」

 「よし。ならそれを使いやすいように改良する。紙や革に膠を塗り、そこへ金剛砂を貼り付けろ。それで研磨しやすくなる筈。出来上がったら水晶を磨きあげてみるんだ」

 こちらも『心得ました』と返事が返ってきた。


 「次は灰吹法だ。神屋に探らせた方法で、上手く行ったか?」

 「まだ苦戦中でございます。もうしばらく時間を頂きたく存じます」

 「分かった。だが灰吹法は体への負担が大きいと聞く。無理はしない程度に進めればよい。急ぎではないのだからな。作業法の確立を成功の基準とする。それとな、焼酎の製造に使う機材があるであろう?あれを利用すれば、安全に作業が出来ると思うのだ。余裕があったら試してみてくれ」

 灰吹法?神屋に探らせた?二郎様は神屋と懇意にしているとは聞いているが、一体何を考えておられるのか。


 「次はコンクリートだ。試験結果については聞いているが、よく頑張ったな。その後、何らかの不測の事態は発生しているか?」

 「問題御座いませぬ。材料さえ揃えば、直ちに本格的な施工を実行したく存じます」

 「分かった。ならば林、山、陰にも情報内容を共有。コンクリートによる血吸虫撲滅作戦を実行に移す。釜無川の流域をコンクリートで埋め尽くせ。水量の少ない時期を狙い、流れを片側に集中させ、半分ずつ埋めていくのだ。一度にどれぐらいの広さを埋めるかは、現場の判断に任せる。確実に虫を殺すのだ。あと用水路が出来た場所も、池や沼は埋め尽くせ。水は用水路と井戸から確保させろ」

 血吸虫。甲斐を蝕む業病。その撲滅の第一歩が踏み出されたのだ。いつ解放されるかは分からんが、それでも希望は見えてきたのだ。

 小畠家の所領にも、犠牲者はいる。此度の対策で、新たな犠牲者が少しでも減ってくれれば良いのだが。


 「最後、椎茸栽培と醤油製造はどうだ?」

 「まず椎茸ですが幾つか採取出来て御座います。ご指示通り、収穫した物は胞子を確保後、乾燥させて干し椎茸と致しました。確保した胞子は、こちらも既に原木へ植え付けております」

 「まだ安心は出来んが、それでも望みはあるな。あと椎茸の収穫数も記録に取っておくのだ」

 なんと、椎茸を栽培していたとは。手土産という訳では無いだろうが、干し椎茸が二郎様に手渡された。


 「虎盛、持っていけ」

 二郎様が三つほど干し椎茸を渡して下さった。これほど貴重な物を戴くとは。


 「残りは父上への土産に使う、きっとお喜びになられるだろう。それで醤油の方はどうだ?」

 「試作品になりますが」

 柄杓に入った黒い液体。食欲をそそられる香りが漂ってくる。その柄杓を受け取った二郎様は、香りを嗅いだ後、指先に醤油とやらをつけて味見をされた。


 「味は良いな。表面のこれは油だな?」

 「はい。最後に油の除去をすれば問題ないかと」

 「であれば、最初に大豆から油を搾ってしまえばよかろう。その搾りかすを醤油に使うのだ。それなら油は売れるし、一石二鳥だ。試しにやってみてくれ。問題なければ、製造の手順書を纏め上げるんだ」

 心得ました、という返事。柄杓を返した二郎様は、楽しそうに笑顔を浮かべておられた。


 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 今回は甲斐の内政改革、軍制改革を推し進めた結果の話になります。そもそも食料最重視の甲斐国で、どうやったら永楽銭が根付くのか?とか常備兵を増やす為に、具体的にどうしたのか?みたいな事を書いてみました。


 同時に掲載される、補足資料・其の二と合わせてみて下さると有難いです。まあ内容は・・・言わぬが花ですがw


 それでは、また次回も宜しくお願いいたします。

 次回は天下人様が登場します。

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― 新着の感想 ―
さつま芋は蔓でも増やせるので種芋無くても良いんですけど… やろうと思えばあっという間に甲斐程度なら芋だらけにできるはずw この歴史だと特産は果樹じゃなく芋関連商品になりそうですね
[一言]  三吉たちが立派な侍に…! でもシスコンか…。二郎の嫁は候補いるんでしょうか?
[気になる点]  前書きの誤字報告なので、ここに書きます。 ×忌み名 ○諱(いみな)
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