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謀略編・第三十四話

 謀略編・第三十四話、更新します。

 

 今回は加賀と美作が舞台になります。

永禄五年(1562年)六月、加賀国、金沢城、武田信親――



 耳に優しい、シトシトという小さな音。

 生まれ変わる前は、こんな事に気を向けた事も無かったなあ、と改めて気づかされた。

 安月給でこき使われて、家に帰ればネット漬けの日々。そりゃ自然の音を意識して聞こうなんて考える筈もない。


 虫の鳴き声を『ノイズ』と捉えるか。それとも『声』と捉えるか。

 それだって同じ事だろう。どこで得た知識だったか忘れてしまったけど、日本人は虫、たとえばコオロギの鳴き声を『声』として認識しているという話だ。

 とはいう物の、俺自身はこの説はどうかと思うんだ。

 日本人だけが、という訳では無いと思う。日本人の場合、そういう土台が出来上がっていたからだと俺は考えている。


 あらゆる物に神が宿るという神道独自の考え方。

 前世は人間だったかもしれない、という輪廻転生という仏教独自の考え方。

 鳥獣戯画のような、まるで人を演じる動物達の絵。

 或いは動物の恩返しを題材とした昔話。

 こういった物が数百年単位で積み重ねられてきた結果として、日本人はいつしか、虫の鳴き声を『声』と捉えるようになったんだと思うんだよね。

 ただそれも心に余裕があるからこそ。

 生まれ変わる前の俺のように心が荒んでいたり、疲れたりしていれば、そんな事に気づく事も無かっただろう。

 

 今、俺が母上から教わっている龍笛についても同じ事が言える。

 生まれ変わる前の俺であれば、龍笛なんて絶対に興味も持たなかった筈だ。龍笛のどこが楽しいんだ?と馬鹿にしていたのは間違いない。

 自分の事だからな、断言できる。

 ……今なら、甲斐にいた頃に三条ママが教えてくれた香道にも、何と言うか楽しさというものを見出せるかもしれないな……


 「何か、考え事ですか?二郎」

 「つい昔のことを思い出しまして。こうして雨の音を聞いていると、心に余裕が出来て来ているな、と自覚したのです。だからこそ、龍笛にも興味を持てたのだろう、と。そう考えていたら、昔、母上に教えて戴いた香道の事を思い出しまして」

 「心に余裕が出来るのは良い事だと、私も思いますよ。いずれ暇が出来たら、香道もまた始めると良いでしょう。芸事は多く身に着けておいて、損はありませんから」

 三条ママは上機嫌に、そう返してくれた。

 孫に囲まれ、自分で言うのも何だが、独り立ちが早過ぎた息子が龍笛の指導という形で、今までより一緒に居る時間が増えているんだ。気分が良くなるのは当たり前だろうな。


 「月の箏はどんな塩梅ですか?」

 「筋は良いですよ。あの歳で書を嗜み、新たに箏も学び始めました。将来が楽しみでなりませぬ」

 「出来る事なら、月には楽しみを見出して欲しく御座います。あの子の書は、元を辿れば俺が戯れに『月が大きくなったら祐筆の真似事でもして貰おうか』と口にしたのが発端。書、そのものに楽しみを見出している訳では御座いません」

 「二郎に褒めて貰える、喜んで貰える。それが嬉しくて仕方がないのでしょう。それほど心配する必要は無いと思いますよ」

 それなら良いんだけどな。

 前世も含めて、俺にとっては育児は初めての経験だ。だからどうしてもうろ覚えの知識を頼りにしてしまう。

 俺がこんな心配をしているのも、そのうろ覚えの知識が原因だ。


 勉強を嫌う子供に、勉強させるにはどうすれば良いのか?

 親にしてみれば、至上命題と言うべき問題。

 俺が納得できた答えは、子供が勉強していたら褒めてあげる事だ。褒めてあげる事により、子供は勉強する→褒めて貰える→自分が嬉しい、という考え方が成り立ち、自然と勉強を忌避しなくなる、という物だ。


 これは産まれたばかりの赤子の面倒に両親がかかりっきりになった時、『お父さんもお母さんも自分の事を見てくれない』と思い込んでしまう幼い子供の心理に通じる物があると思う。

 これを解決するのは、弟妹の面倒を看れば親が褒めてくれる、と理解させる事なのだという。

 そうすれば、子供は弟妹に嫉妬する事無く、一生懸命、弟妹の世話を焼くようになるのだと。


 俺が考えたのは、そこから一歩踏み出し、子供に勉強に楽しみを見出させる事――好奇心を擽ったり、興味を引く、というものだ。

 例えば数学嫌いの生徒に、数学上の面白い話をしてあげる事。

 俺の知る限り、数学嫌いの生徒が偶然、三平方の定理に気づいて以来、数学に興味を持ったという話があった。

 この生徒、授業の時には三平方の定理なんて全く聞いておらず、授業中は内職に専念していたらしい。

 喜び勇んで先生に報告に向かった生徒であったが、幸いにも先生は叱らなかったそうだ。結果として、その子は授業態度も真面目になったというのだから、先生の選択は正解だったという事だろう。


 他にもよく聞くのは、数学が何の役に立つの?という不満げな言い分。

 これだって何の役に立っているのか?という事を実例として説明してあげればよいのだ。

 例えば、月までの距離。紀元前には、直角三角形を利用する事で地球の半径の約六十倍だったか?とにかく、かなり正確な値にまで近づいていたという実話がある。これも数学を利用しての計算だ。


 そして数学はその頂きにまで到達すると、計算によって世界の成り立ちを探る事も出来るのだ、と。有名どころならアインシュタインやホーキング。彼らは独自の考えを基に仮説を打ち立てた。その為に、それまで存在しなかった独自の方程式を考案した。

 それが正しいと言えるのは、後世の科学者達が情報を集めて、その仮説を立証してみせたからだ。だからこそ、こうして教科書で学ぶ事が出来るんだ、と。

 数学は未知の世界を切り開く為の羅針盤であり地図。宇宙が膨張し続けている事、ブラックホールの存在、これら全てが数学によって齎されたものだ、と。それでも役に立たないと思うのかい?と。

 こんな感じで話をすれば、数学に興味を惹かれる子供が出て来ても不思議ではない。特に宇宙に興味を持っているが、数学は嫌いという子供であれば猶更だろう。


 ……大分、話がずれてしまった。こんな話、三条ママにしても首を傾げられるだけだ。

 そこへ聞こえてくる足音。思わず練習を止めた俺の姿に、三条ママも誰かが来ていると気付いたようだ。


 「御歓談中、申し訳御座いません。長親に御座います。只今、越前より加賀守様宛に文が届きました」

 「分かった。貸してくれ」

 長親が手渡してくれた文に目を通す。

 ……なるほどな。これについては三条ママに報告。こちらについては考えておかないといけないだろうな。


 「母上。朗報に御座います。太郎(武田義信)兄上と典厩(武田信繁)叔父上が、無事に越前へ帰国されたとの事で御座います。園の婿になる浅井新九郎も、同様に無事との事。婚儀も予定通り、秋に執り行うとの事で御座います」

 「それは良き話ですね。尼子家という強大な御家を相手に、無事で何よりです」

 「三郎(武田信之)も尼子家当主を戦場で討ち倒したようで御座います。これなら無理攻めをせずとも済みましょう……長親、村雲衆が集めてくれた尼子家の情報があった筈だ。特に尼子家の跡取りに関する情報があれば持ってきてくれ」

 尼子家当主が首を獲られた、か。

 長親の足音が遠ざかるのを耳にしながら考え込む。

 それにしても尼子家。俺が知っている尼子家なんて大した事は無いからな。つくづく忍びに調べさせておいて良かったと思う。


 「それにしても、まさかここで宇喜多直家の名を聞く事になるとはな」

 「有名な武将なのですか?」

 「いえ、それほどでは。少し縁がありまして」

 文に書かれていた宇喜多直家という名。さすがの俺も、中国三大謀将、戦国三大悪人の一人に名を連ねている宇喜多直家の名は知っている。

 三郎君は直家さんの実力を認めてはいる。だがイマイチ信用しきれない、という事であった。

 本能的に察したのかな?

 ただ今の直家さんであれば、受け容れても問題は無いと思うんだよな。

 仮に三郎君の首を獲ったとしても、後釜に成り代われる訳では無い。そもそも三郎君の所領は駿河と甲斐。美作の地は浅井が入る予定。つまり山陰山陽に所領は無いのだ。無い所領を奪って采配を振るう。そんな事は不可能だ。

 それどころか武田家全軍が敵となり、宇喜多家に襲い掛かってくる始末。それが分からないほど、馬鹿ではないだろう。


 ならば、ここは一計を案じるか。三郎君が直家さんを軍師として利用できるよう、三郎君には安心感を与えられるように。直家さんには裏切っても利が無く損するだけという事を悟らせ、武田に忠義を尽くせばそれに対する見返りが与えられる、と悟らせるのだ。

 まずはしっかり腹案を練り、それから信玄パパや勘助に相談だな。問題無ければ実行に移すとするか。

 となると、宇喜多直家に対してもより詳しい情報が欲しい所だな。場合によっては、俺が直接会って、話をするのも有りかもしれん。


 「加賀守様。尼子家に関する情報をお持ち致しました」

 「ああ、助かる。どれ、跡取りだが……」

 尼子の当主だが、息子どころか娘もいない。弟の九郎兵衛尉(尼子倫久)君が十六歳。その下にも弟である八郎四郎(尼子秀久)君が八歳。

 有力な親族だが、こちらもいない。精鋭として名高い新宮党を結成していたらしいが、粛清されてしまったようだな。

 となると、跡取りは弟の九郎兵衛尉君と見て良いだろう。

 やはり以前に考えた通り、尼子家を取り込みたい所だ。


 「それにしても村雲衆は良い仕事をしてくれるな。これだけ分かっていれば、尼子を降すのもそう難しくはない。長親、其方が俺の立場であればどうする?」

 「まずは降伏勧告。受け入れなければ攻め滅ぼします」

 「普通ならそれで良いだろうな。ただ普通より上を望むのであれば、より広い視野を身に着けるべきだろう。武田対尼子ではなく、武田対山陰山陽地方として考えてみよ」

 長親君の視野には、毛利家という存在が浮かんでいないようだ。

 ただ若いからな。ちゃんと教えてあげれば、しっかりと身に着けてくれるだろう。


 「武田が出雲に攻め込んだ時、石見銀山は手薄になる。高笑いしながら攻め込んでくる謀神を忘れてはいかんぞ?」

 「毛利で御座いますか。向こうを裏切って、こちらに就くと」

 「毛利にしてみれば、石見の銀山を奪回し、その上で武田家に鞍替えする事で所領の安堵を実行できるのだ。まさに理想的な展開だろうよ」

 だからこそ、考えないといけないんだ。

 戦では毛利の一人勝ち。ならば、どうするべきか、と。

 長親君には、そういう発想の転換を身に着けてほしい所だ。


 「長親。其方には俺とは異なる才が秘められていると俺は思っている。まだその才は微かにしか使われていないだけだ。だから、色々と学ぶがよい。何か答えを得る時も、今回のように『他の方向から考えた時、異なる答えは出てこないかな?』と考える癖を身に着けるべきだろう。期待しておるぞ?」

 「は、ははっ!必ずや、御期待にお応えいたします!」

 「ああ、楽しみにしているぞ?其方に嫁も紹介してやらねばならぬしな。将来の嫁を楽させてやる為にも、手柄を挙げるのだぞ?」

 長親君、間違いなく頭の回転は早いんだよな。

 鍛え上げれば、それこそ別行動の総大将とか任せられるぐらいだと思うんだよ。早い所、嫁さんも探してあげないとな。


 

永禄五年(1562年)六月、美作国、津山城、松平晴康――



 武田家の三郎信之様の先陣として、美作国に攻め込んで早、二月。

 最大の敵と見做されていた尼子家相手に大勝した――とは言うものの、実は紙一重による奇跡的な勝利であったと聞いて背筋に寒気を覚えたが――武田家は、美作の支配を確実に進めていた。

 国人衆達は雪崩を打って降伏を宣言してきたのだ。

 尼子家及び浦上家の所領は、敗戦の為に兵を率いる将がおらずに身動きもままならぬ状態。これでは尼子家や浦上家がどれだけ威勢よく声を張り上げようとも、動く筈もない。

 その為、武田家は俺を含めて手分けをして美作国の支配を進めていたのである。


 「苫田郡もほぼ全て制圧できた。特に平地の大半を獲れたのは大きいな。山間は守りこそ堅いが、住んでいる民は少ない。後は調略でいかようにも出来るだろう」

 「仰せの通りに御座います。兵糧に関しても、何も心配は御座いませぬ。寧ろ問題としては、兵も将も戦い足りない、と不満を溜め込んでおる事に御座います」

 「弥八郎(本多正信)、そればかりは仕方あるまい。僅か一晩で尼子家が大将を討たれるとは、俺も想像すら出来なかったのだ」

 この城から八里ほど東の地で起きた戦闘。

 武田勢は警戒が足らず、尼子勢は内部に獅子身中の虫を飼った状態で起きた戦。勝てたのは文字通り、幸運があったからにすぎない。

 いや、正確には獅子身中の虫のおかげか。宇喜多某とやらが齎した情報無くして、武田勢の勝利は無かったのだ。

 実に甘かった。油断大敵とはこの事だ。

 武田は常勝不敗。その思いが驕りとなり、戦の経験が少ない俺ですらも、勝って当然と油断していた。

 目の前にいる弥八郎が、事実を知って『それに気づくべきは某の役目に御座いました。己の不明を恥じ入るばかりに御座います!』と平謝りしてきた事を思い出す。


 「それより、弥八郎。孫次郎(奥平定国)と忠勝を呼んでくれ。外に出る」

 「はは!孫次郎殿!忠勝殿!殿が外に出られる!護衛を頼むぞ!」

 「「ははっ!」」

 別室に待機していたのであろう、忠勝が槍を担いで、孫次郎が太刀を手に姿を見せた。

 孫次郎は三河松平家でも新参という三十半ばの男。だが加賀武芸大会で名を挙げた剣豪の一人でもある。加賀守様の御紹介という縁で召し抱えたのだが、なかなかに重宝している。

 忠勝は今年で十四歳。此度の美作攻めで初陣を果たしたのだが、随分と頼もしく成長してくれた。

 三河勢の中でも重きを成している鬼作左(本多重次)ですら『将来が楽しみだ』と誉め言葉を口にしていた。

 あの頑固者が素直に褒めるとは、と驚いた事を思い出す。

 だが、あの二人には戦に強く、俺に対する忠義心も強く、政にも真面目に取り組むという共通の姿勢がある。だからこそ、あの鬼作左も認めたのかもしれんな。


 「殿!お待たせ致しまして申し訳御座いません!」

 「構わぬ。それはそうと、まさか作左衛門(本多重次)も来るとは思わなかったわ。今日も政についての話し合いをしておったのか?」

 「殿の仰せの通りに御座います。忠勝は真面目に取り組む男。教える側としても、実に教え甲斐が御座います」

 片目に片足、籠手を着けていては分からぬが、指も欠損している猛者。それが今年で三十三歳になる作左衛門という男だ。

 その気骨、戦いぶり、全てが三河侍の模範と言うべき男である。


 「其方を一度、加賀守(武田信親)様にお会いさせてみたいわ。きっと話が盛り上がるだろうよ」

 「そうで御座いますな。総大将の三郎様の為人から判断する限り、加賀守様が一廉の御方である事は容易に推測できます。殿だけでなく北近江の浅井殿にも、決して傲慢に振舞ってはならぬ、と直々に釘を刺されたとか」

 「そうよな。三郎様の御立場を考えれば、傲慢でも不思議はない。寧ろ、それが当然であろうよ。だがそれは三郎様の御、いや三郎様にとって宜しくない、とお考えになられたのだろう」

 いかんいかん。危うい事を口に出してはならぬ。

 御命が危うい等と口にしては、どこに耳が有るか分かったものではない。俺には謀反の意志など欠片ほどにも無いのに、疑われる等愚か極まりないと言える。

 俺は加賀守様に多大な恩義があるのだ。それを返す事も出来ずに謀反人呼ばわりなど、御免被るわ!


 「さて、では外に出るぞ。護衛を頼む」

 「「「ははっ!」」」

 弥八郎に留守を任せて、城下を眺めて回る。

 城下に住む民が大半を占め、次に我が三河勢の兵。略奪や暴力に走る事も無く、しっかりと治安維持に当たっているようだ。

 それで良い。略奪などせずとも、しっかり働きには報いてやるからな。


 半刻程、城下を見て回った頃だろうか。

 城下町の一角。そこそこ大きな屋敷。そこに列をなす、民の群れにかち合った。

 彼らは棒状の物をゴザで巻いた物を担いでいる。俺にとっては初めて見る光景だ。


 「作左衛門。あれは何か分かるか?」

 「確か加賀守様が行っている、鉄の買い取りに御座います。あのように民が持ってきた太刀や槍の矛先を、重さに応じて買い取って御座います。折れたり曲がっていたり、或いは錆びていても構わぬ。鉄であれば何でも買い取る、という事で民は喜び勇んで戦場から搔き集めて来ているそうで御座います」

 「噂には聞いた事があるが、あれがそうか」

 加賀守様が種子島を用いているのは有名な話だ。だが種子島を作るのにも、鉄は必須になる。その鉄を工面する為に、加賀守様は戦場に近い場所で、こうして鉄の買い取りを行わせているのだ、と。

 買い取られた鉄は、兵糧を運んできた補給部隊が空になった荷の代わりに持って帰るのだ。

 まだ加賀守様が遠江を治めていた頃から始められた取り組みであるそうだが、よくもまあこんな事を思いつかれたものだ。俺なら間違いなく、商人に丸投げしているであろうな。


 「俺には分からぬのだが、どうして加賀守様はこの鉄集めを商人に丸投げしなかったのだろうな?」

 「某が考えるに、理由は二つ御座います。一つは商人を使えば余分に手間賃に銭がかかる。もう一つは補給部隊の帰りは荷が無い、という無駄な状況を利用できると判断したからであると存じます」

 「ああ、そういう事か。それなら納得できるな」

 少しでも銭を節約し、他の事に回そうという御考えなのだろう。

 三河でも与七郎(石川数正)や弥八郎が、良く唸り声を上げている事を思い出す。

 武田家は基本的に人頭税の為、生活が楽だ、善政が敷かれている、と他国から民が来る。だが武士にしてみれば、税が少ない為に苦労するという一面もあるのだ。


 それを補う為に、加賀守様は知恵を巡らしておられる。

 特産品を作り、販売する事で足りない税を工面するのも、その一つだ。

 俺も加賀守様の御知恵を拝借して、三河の税収を工面する為、三河木綿を始めとした特産品の奨励にも取り組んだ覚えがある。

 幸い、加賀守様が三河味噌を大層好んでいらっしゃる為、三河味噌は他国からも買い付けにくる商人に困る事は無い。おかげで随分と助かった物だ。


 戦でまともに働けなくなった者達に味噌だけでなく、酒や醤油を造らせ、それを松平家で買い取って尾張の津島に卸したりもしている。

 家臣の中には『商人の真似事など』と不満を口にする者もいる。それは事実だ。

 だが新しいやり方は、努力すればするほど、他家よりも多くの兵を率いる事が出来るという強味も有るのだ。

 民が増えれば、常備兵に志願する者も増える。

 商人が集まれば、取引だけでなく、情報も集まるようになる。

 何事にも、良い所もあれば悪い所もある、という事だろう。


 「某が気になっているのは、鉄ではなく右手城で御座います。二月前の戦の後、右手城を守っていた有本某とやらは所領に戻されたと聞きました。その後についての話を聞いた事は御座いますか?」

 「いや、何かあったのか?」

 「何でも、あの地で大量に討ち死にした、尼子や浦上の兵の遺体を右手城の中に積み重ねているというのです。そして右手城『だけ』が加賀守様の直轄地となり、向こう五年は城内に立ち入らぬよう、厳命が為された、との事」

 まて。それは以前にどこかで聞いたような話だ。

 ……そうだ!伊勢の長島だ!あの時も一向衆の遺体を長島の城内に積み重ねたと聞いた覚えがあるわ。

 理由が理解出来ずに首を傾げたまま、すっかり忘れてしまっていた。

 だが、此度も同じ。共通点は……大量の死体。それに五年と言う時間。

 これは偶然だろうか?


 「……長島で何か聞いた覚えは有るか?」

 「少し前の事になりますが、加賀武田家の者達が頻繁に出入りしていた、という話は御座いました。船も用いて、かなり大量に何かを持ち出していたようで御座います」

 「加賀守様の御知恵は凡人には理解出来ぬな」

 分からんわ。あの御方のお考えはサッパリ理解出来ん。

 そもそも人の体から、何が作れるというのか?それこそ神仏の領域。故に神仏ではない俺が分からぬのも当然の事なのだ。


 「孫次郎や忠勝はどうだ?心当たりは有るか?」

 「某には全く分かりませぬ。加賀にいたのも精々十日ほどで御座いました故」

 「某も分かりませぬ。藤吉郎殿なら何か知っているかもしれませぬが、文でお訊ねしてみますか?」

 忠勝の言に、俺は頭を左右に振った。

 もし知ってはならぬ事であった場合、加賀守様の御不快を買いかねぬ。いや、あの御方の事だから、一度ぐらいはお許し下さるだろう。

 だが、だからと言って進んでしてよい事かどうか、それぐらいは自分で判別すべきだ。

 仮にも武田家現当主である、御屋形様の従妹姫を娶った俺にも知らされていない事実。それが何を意味するのか?


 「恐らくは武田家の秘中の秘なのであろう。下手に探りを入れるべきではないかもしれぬな。松平家は武田家に従うと決めたのだ。ならば無意味な事はすべきでは無いのだ。此度の件は忘れるとしよう」

 「ははっ。仰せに従います」

 「気にかけさせておいてすまぬな。だが作左衛門、其方が常に周りを気にかけてくれている事は良く理解出来た。今後も頼むぞ」

 『ははっ』と作左衛門が応えてくれる。

 本当に俺は果報者だ。こうして俺を支えてくれる家臣に恵まれているのだからな。


 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 まずは加賀国。主人公視点より。


 【生まれ変わりだからこそ】

 ネット中毒者な半引き籠りwが龍笛に手を出すなんて、普通は考えられませんねw

 でもそれも心に余裕が出来てきたからでは?と考えてます。

 ちなみに虫の鳴き声に関しては、日本人は左脳で聞いているから、という学説が一般的。でも個人的に、この考えは答えになってないと思うんですよ。

 だって、左脳で聞いている理由にまで到達していませんからね。

 ⇒トンデモ説の御指摘。でも残しておきます。

 それと龍笛を習う理由を結んでみました。


 【三条ママ、すっかり上機嫌】

 一番、可愛がっていた息子との触れ合いの時間に上機嫌。

 孫も傍に居るし、下手すりゃ越前へ帰りたくないんじゃないかwという感じ。


 【子供の教育】

 子育て経験ゼロなので、悩むのは当然の事。

 それでも現代での知識を使っているので、戦国時代の常識とは違います。

 戦国時代はスパルタ上等な詰め込み式、かつ儒教最上位。

 主人公は子供のやる気を擽る方法。

 まあ礼儀作法ぐらいは、興味なくても教えるべきだとは思いますけどね。


 【三平方の定理】

 別名、ピタゴラスの定理。直角三角形の斜辺の長さの二乗は、残りの各辺を二乗した物を足したと等しい、という定理です(c²=a²+b²)。レオナルド・ダ・ヴィンチもこれを証明しているんですが、その内、加賀国で算術絵馬のような数学を趣味とする文化が発生するかもしれませんw


 【月との距離】

 この時の答えは、地球の半径の59倍という答えになりました。誤差は約3万km。紀元前という事を考えれば、本当に凄い話です。

 こういう事やってたから、天文学の発展から航海学への発展へと繋がったのかもしれません。


 【宇喜多直家】

 直家の悪名は知っている主人公ですが、何とかして三郎君に使いこなさせようと考えたようです。

 と言うのも、直家が裏切った後の将来の展望が描けないから、というのが理由。

 結果、今荀彧と極悪人の邂逅フラグが成立しましたwというか、ボンバーマンに続いて二人目やんw


 【長親君の教育と嫁取り】

 教育については、純粋に長親君の頭の回転の早さを評価してます。

 これは主人公が史実の河田長親を知らないからです。知っていたら、それこそもっと重要な御役目に抜擢していたかもしれません。

 そして嫁取りフラグ。

 ここにはそんな話を聞かせてはいけない御方が同席しておられましたw

 絶対に、御節介焼いちゃうでしょw


 次は美作国が舞台。松平晴康視点より。


 【美作の状況】

 最大勢力である尼子家の総大将が討ち死。浦上家当主も兄弟揃って……という状況に、国人衆は保身の為に陥落している最中です。

 三郎君には高坂さんと、やや距離を置かれていますが直家さんもいるので、総大将としては美作の外へ調略をかけている感じです。

 なので美作国内は秋山さんを責任者にして、降伏してきた国人衆を受け入れ作業中です。


 【三河衆不完全燃焼】

 戦に出たのは久しぶりですからね。もっと暴れたい!という所。

 兵糧は確保されているので、来年も暴れる?と聞かれたら、是非!と応えて来そう。


 【油断大敵】

 徳川家の謀将も気づいておりませんでした。

 完全に常勝武田家の名前に、油断していたという所。直家さん、マジで大手柄。


 【本多重次】

 通称:三河で一番面倒くさい三河武士w

 マイナーですし、十六神将にも名を連ねていませんが、本気で三河勢の中核だろう、という人物だと思います。

 片足・片目・指欠損。でも猛将。

 三河奉行衆の一人。即断即決、公平、非道な事はしないと優れた行政官。

 人質としてやってきた秀吉の生母・大政所を『殿に何かしたらこの糞婆を焼き殺してやる』と薪を積み重ねた人。

 拙作では忠勝君が政に目覚めたので、師弟関係を築いてしまいましたw


 【鉄の買い取り】

 以前から書こう書こうと思っていたんですけど、ここまで先延ばしになりましたw

 こうしてくず鉄を買い集めて、加賀で種子島に、という感じ。日本は鉄鉱石の入手自体が難しい国なので、リサイクルは重要です。

 ちなみに右手城から離れた場所で行われているのは、残党狩りとか、尼子家から離れられない者達を討伐した結果、という感じです。


 【武田家の税金】

 基本は人頭税。例外的に他に二つ。

 一つは商業税。現代風に言うなら商人専用の所得税。

 もう一つは湊の利用税。ただしこちらは上の商業税を払っていれば免除。


 【右手城の怪談】

 死体が一万以上生産されてしまった&すぐ傍に右手城。

 と言う訳で、急遽、五年後を目途にした硝石生産拠点にするという計画が持ち上がりました。

 死体を美作から長島まで運ぶ、何て無理過ぎます。


 次回はまだ構想中ですが、無名の一般兵から見た話を書いてみるのも面白そうだなあ、と考えてます。


 それでは、また次回も宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >虫の鳴き声に関しては、日本人は右脳で聞いているから、という学説が一般的 神経科学を専門にしています。これは左右逆ですね。「西洋人は右脳で聞き、日本人他アジア言語話者は左脳で聞く」とい…
[一言] そういえばこれだけ武田家が勢力を伸ばしているのに宣教師たちは武田家に接近しないんですかね❓信親さんは以前宣教師は要らない、みたいなことを言ってましたけど一回位は接触してくるんじゃないですかね…
[一言] 人材再生工場の主人公さんは、あの裏切りの代名詞の彼を再生出来るのか。 失敗したらえらいことになるぞー。 人間の死体から硝石製造、ここでもやるのか。 匂いやハエが凄いことになりそう。
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