謀略編・第三十三話
謀略編・第三十三話、更新します。
今回は豊後国と近江国が舞台。新キャラ登場です(名前だけは出ていたけど)。
永禄5年(1562年)六月、豊後国、大友氏館、戸次鑑連――
シトシトといつ止むとも知れぬ梅雨の季節。今年もこの季節がやってきた。
長雨の為か、ここ数日は少し冷え込んでいる。そのせいか、足に微かな痛みが走る日々が続いている。
上手く動かぬこの足は、儂にとっての誇りである。だがこういう時には困ったものだと考えてしまう。そんな自分の身勝手さに、思わず苦笑してしまった。
ただし、足の不具合は儂個人の問題。今はもっと大きな問題がある。
それは領内の治水についてだ。梅雨で川の水かさが増える。これはどうしようもない事。天に向かって文句を言うつもりはない。
ただただ、増えた水かさによって堤防が切れてしまわぬか?或いは山が緩み、崖崩れなどが起きぬか?という事を心配してしまう。
民有っての国なのだ。民無くして国は成り立たぬ。だからこそ仁政を心掛けねばならぬのだ。
幸い、我が主である御屋形様(大友義鎮)は、その辺りについては心配の要らぬ御方である。やや好色気味な所や、耶蘇教に寛容すぎる点は問題ではあるのだが、世の中に欠点の無い人間はおらぬ。
他ならぬ、儂とて欠点が無いとは言えぬ。戦においては自信も実績も有しているが、時に戦に注力しすぎか?と思わぬでもない。そもそも孫子は戦で国を奪う事を、最良とは言っておらぬのだ。であれば、儂は最良ではない、という事になるだろう。
それを考えれば、この程度、欠点とも言えぬ。もし欠点と言うのであれば、それこそ家臣一同力を合わせてお支えすれば良いだけなのだから。
ふと、文の遣り取りをしている武田家の加賀守(武田信親)殿の事を思い出した。
かの御仁は政こそ最上と認識しているようだ。そしてその実力も二つ名の今荀彧に相応しいほどに成長した。
儂が集めさせた情報によれば、税も安く、かと言って戦で敗れた事は無い。民は心の底から安んじて生活を送っている、と。
例えば人頭税という銭による納税。その銭も米にすれば二公八民程度。だが民は幾ら稼いでも税が増える事は無いと分かって、遮二無二働いているとか。
その噂を聞きつけて、周辺諸国から民が武田領に流入。そして子を為し、ますます民は増えていく。
その民を食わせる為、加賀守殿は新田開発や、新しい政策を実行に移し、決して飢えさせぬ、と民に豪語しているという。
儂はこのような新しい政というのは考えた事すらなかった。
改めて考えてみると、儂は仁政を実行する事で満足していたのだと思う。ただ最近になって、満足とは『停滞』を意味していたのでは?と考えるようになった。
大友家は強大な御家だ。九州最強と言っても過言ではない。
だが武田家は、その大友家を上回るのだ。所領の広さだけなら、日ノ本随一と言っても良いだろう。
武田家は元を辿れば甲斐守護の御家だが、甲斐国はとても貧しいと話には聞いている。
その上、その甲斐国ですら、武田家は全てを支配できていた訳でも無い。今の当主の祖父にあたる左京大夫信虎殿の代で、やっと統一出来たのだ。
そこから一気に勢力を拡大し、今や日ノ本最強と言っても良い御家にまで強大化したのが現状だ。
恐らく、どん底から這い上がってやる。この執念とも言うべき思いが、武田家を突き動かしているのだろう。
そのような御家であれば、停滞とは無縁であるのは当然よな。
現状に満足していた儂と、常に前に進み続けた若者。
差がつくのも当然。だが人とは過ちから学ぶ事の出来る存在なのだ。
ならば、儂がやるべき事は唯一つ。そういう事だ。
気を引き締め直し、一旦、思考を切り替える。
これより御屋形様に目通りを願うのだ。失礼があってはならぬ!
謁見の間には御屋形様と傍付の小姓、あとは偶々居合わせたのであろう近臣達の姿があった。
最早、走る事が叶わぬ足を引きずりながら御前に参る。
「伯耆守(戸次鑑連)、目通りを願っていると聞いたが、何か厄介事でも起こったのか?」
我が主である大友左衛門督義鎮様。まだ三十を越えたばかりの男盛りの頃合いであらせられる。
儂より十五近く年下であらせられるが、主として頼もしき御方。
儂が命を擲って御奉公するのに、誠に相応しい御方よ。
「厄介事、では御座いませぬ。ただ今後の大友家の行く末に関わりのある情報が手に入りました故、御報告の為に目通り願いました」
「ほう?それは聞きたい物だ」
「はは。情報源は商人の神屋紹策。先月、加賀国で得た情報との事。お伝えするべきかどうか悩み、某に相談に来たので御座います」
御屋形様の御顔が引き締まった。
儂の言が冗談ではない事を御理解して下さったのだろう。
この聡明さこそが、大友家を大きくした要因なのだ。その事を、儂を含めた老臣達は良く知っている。
儂は神屋から伝えられた情報について、ありのままにお伝えした。
御屋形様は何度も頷きながら、思案するように目を閉じられておられる。
「……伯耆守、そちはどのように判断する?」
「毛利に不信の気配。確かに考えられる事で御座います。毛利家の思惑は、御家存続に御座います。その為なら、裏切りも是と致しましょう。大友家・尼子家・毛利家・土佐一条家・石山本願寺。五つの御家が一枚岩となれば武田を上回りましょうが、毛利がいる限り一枚岩とはなり得ませぬ」
「四家を贄に、毛利のみの生存を図る、か。思惑は分からんでもないが、醜いわ。仮にも山陽五ヶ国を治める大領の御家であろうに」
醜態を見せても御家を残すか。
それとも御家を滅ぼす事を承知の上で、意地を貫くか。
賢い生き方をするのなら、前者が正解であろうな。乱世は弱肉強食の世なのだから。
とは言うものの、毛利の振舞には嫌悪感を感じなくもない。
公方様が余分な事を致さなければ、とも思うが、それは結果論に過ぎぬ。そもそも公方様が毛利家に圧をかける為、大友家に大義名分を与えて下さったのだが、それが無かったとしても毛利は裏切ったであろうな。
そもそも毛利は強者に靡いて御家を保ってきた、小さな国人衆という出自を持つ。足利将軍家に対して、心の底から忠義を尽くしてきた訳では無いのだ。であるならば足利将軍家が滅んだとしても、眉一つ動かさぬだろう。
「大友家が生き延びる為にも、毛利家には武田家に対して弓を引いて貰わねばなりませぬ。その為には、やはり毛利の背後に兵を置くべきで御座いましょう。裏切れば、攻め込むぞ?と」
「門司城、か?」
「ははっ。可能であれば長門国や周防国に対しても圧をかけたい所で御座います。大友家の後背については、公方様から大友家に攻め込まぬよう命じて戴く事を献策致します」
公方様には大層不安が残るが、その影響力は未だに大きい。
それは、我ら武士の中に足利将軍家を頂点とする考えが、根強く残っているからであろう。そこから脱却しつつあるのが、三好家であり武田家なのだ。
ただ三好家当主、修理大夫長慶殿には公方様を弑する印象は無い。公方様がどんなに動こうが、見て見ぬふりを貫いておられる。
武田家は京どころか、山城国その物に食指を伸ばそうとしない。ただただ貪欲に、西に向かって勢力拡大に励んでいる。
……恐らく、武田家が山城国に攻め込む時が、三好家との同盟が崩れる時。武田家は時期尚早と見て、力を蓄える事を選んだのだ。
それを先代当主、大膳大夫信玄殿に献策したのが、まだ若い加賀守殿なのであろう。
「そして毛利家を裏切らせぬ為、更なる策を用意致します。まず石山の法主、顕如殿に門徒を出来る限り集めて、籠城戦を仕掛けて刻を稼いで戴きます」
「だが、今の石山にそれが可能か?それに門徒を搔き集めたとしても、兵糧の問題が残っておろう」
「可能に御座います。まず初手として、公方様に動いて戴きます。公方様の名において毛利家を含めた西国同盟の成立を公に宣言して戴き、毛利家を反武田・反三好陣営という立場であると、周囲に誤解させます」
これが可能なのは、公方様をおいて他にはおらぬ。
西国同盟こそが足利家の忠臣であり、乱世に終止符を打つ者達である、と日ノ本中に文をお送り戴くのだ。これにより、武田家は『毛利家は敵対した』と一方的に決めつけるだろう。
この状態で毛利家が裏切れば?間違いなく、タダでは済まぬ。日ノ本の歴史に名を残す裏切り者と決めつけられよう。何より武田家筆頭軍師を務めている加賀守殿は、裏切り行為を殊の外に嫌う性質だ。
毛利家には災難しか待っておらぬ。
「更に石山に門徒を搔き集める際にも、公方様に御協力戴きます。公方様と法主殿の連名にするので御座います。そして不足するであろう兵糧は、毛利家から石山へ運ばせます」
「……それはかなりの量になるであろうな」
「毛利には、蓄えた富を絞り出して戴きましょう。石山に兵糧を運び、石見の銀山奪回の為に兵を懐に用意し、その上で我らが門司城周辺に兵を置いておけば警戒を余儀なくされる。そして石山に籠る門徒が増えれば増えるほど、石山は難攻不落となる。兵糧さえ確保されていれば、落ちる事は御座いませぬ。それこそ年単位の城攻めとなります。そして長引けば長引くほど、情勢はこちらに有利となります」
石山と言う最前線拠点を、三好家は落とす事が出来ないという事実を前に、三好家はどう判断するか?まっとうに考えれば、同盟相手に応援を頼む事になる。
だが石山がそれに堪えれば、結果として三好家・武田家の求心力は低下する。
それは両家の足下に、火を放つに相応しい事を意味するのだ。
「周囲に『三好も武田も大した事は無い』と思わせる事が肝要。それが例え勘違いであったとしても、数が揃えば両家の所領の至る所でボヤ騒ぎを起こす事は叶います」
「情勢がこちらに有利になれば、毛利も考えを変えるか」
「毛利家の実力者、先代当主陸奥守元就は高齢。彼の者が没した後、毛利の非を鳴らして攻め込めば良いのです」
毛利家は残しておいても碌な事にはならぬだろう。
御家第一という考えは理解出来る。だが、物には限度という物があるのだ。
裏切りを用いるのであれば、己が裏切られる事も覚悟しておくべきだろうよ。
永禄五年(1562年)六月、近江国、観音寺城、六角承禎――
長雨の季節。庭の紫陽花が咲き誇る中、珍しく天照大神様がその姿をお見せ下された。
久しぶりに肌で感じる日差しの熱さに、思わず頬が綻んでしまう。
とはいう物の、いつまでも陽射しを楽しんでいる訳にはいかぬ。今日は評定が行われる日なのだ。次郎をしっかりと後見せねばな。
やや足早に廊下を歩く。
評定の間に到着すると、すでに皆が揃っていた。
そして当主の座には、まだ年若い次郎の姿がある。その姿を見ると、つい眦に熱さを感じてしまうのは、儂が甘いという事なのであろうな。
「すまぬな、待たせてしまって。次郎、始めてくれるか?」
「ははっ!ではこれより評定を開始する!」
改めて下座を見渡す。
六宿老達は、大いに己の意見を口にして、活き活きと今後の方針について相談しあっている。
儂が当主であった頃、毎回のように見られた光景。それが見られなくなったのはいつ頃であっただろうか?その時に、儂は気づくべきだったのだ……
後悔を抱えつつ、だが儂は改めて下座に注意を戻した。
「武田家からの文によれば、美濃の長井は武田家に降伏の使者を送ってきたそうに御座います。ただ武田家としては当家との友誼もある。まずは六角家にも話す故、降伏の受け入れは待って貰っている、との事」
「厳しゅう御座いますな。美濃を失えば、当家は力関係において完全に武田家の下となります。何とか美濃は当家で獲りたい所では御座いますが……」
「美濃の民が最後の一人に至るまで、当家に対しては徹底抗戦をする覚悟を決めている、と言われてしまっては……かと言って美濃の代替地と言うのも……難しゅう御座いましょうな」
今の時点で、六角家が武田家に矛を向けても、勝つことは不可能だ。それは儂にも分かる。
越前には先代当主信玄殿が指揮する兵が一万近く控えていると聞くし、後詰として加賀国からの援軍も来るだろう。更に周辺からも兵が集まり、三河や尾張の兵が南近江へ攻め込んでくる事も考慮しなければならん。
……武田家の戦を手伝い所領を譲り受け、そこに六角家の分家を置く、と言う手も考えるべきかもしれんな。
三好家と敵対するつもりは無い。伊勢国は姉の嫁ぎ先である北畠家。これではどこにも攻められんからな。加賀守殿に相談するのも有りかもしれん。
「皆に問いたい。美濃を手放す事に関しては、問題は無いのか?」
「無いと言えば嘘と申せます。我らは武士。所領は命に等しゅう御座います。しかしながら民のいなくなった美濃を手に入れても、当家にとっては利が御座いませぬ。さすがに全ての民が最後の一人に至るまで、というのは誇張しておりましょう。ただ恨みの矛先が当家に向けられているのは事実で御座います」
「難しい物だな。塩攻めは当家の兵の損失を最小限に食い止める戦い方であったのは私にも理解出来る。だが、それがこのような反応に繋がるとはな」
次郎は唸り声を上げながら考えているようだ。
……もし塩攻めの後、美濃国人衆を皆殺しにしていれば……此度の問題は起きなかったであろうな。
これも儂の判断の甘さ、か。
「美濃を手放す代わりとして、武田家の戦を手伝い、他の地を譲り受けて分家を置く。分家当主は次郎と、武田家の姫の子という条件にすれば、何とかなるとは思わぬか?」
「武田としては、長い目で見れば六角家を血で取り込む事が出来ます。同盟軍として南近江の兵を利用できるという強味も御座います。武田家が断るとは思えませぬが……」
「武田家の下風に立つ事になる事が問題で御座います。御隠居様が苦渋の決断を下した事、我ら全てが理解しておりますが、国人衆達は御隠居様の深謀遠慮に思い至らず、過激な行動に出る者も出て参りましょう」
それも悩みの種よな。
どこの御家にも血気盛んな者達はいるものだ。気合さえあれば何とかなる、それだけで全てを解決しようとする。
そんな訳があるまい。世の中、そんなに甘くは無いのだ。
武田家では家臣の子弟専用の学問所を作って、様々な事を学ばせていると聞いたが、我が六角家でも行うべきかもしれんな。
いかんいかん、今考えるべきはそのような事ではないわ。
皆の意見に耳を澄ましてみたのだが、下野守(蒲生定秀)と但馬守(後藤賢豊)の二名だけは伊勢を攻めるべきとハッキリ口にしていた。
理由は海があれば、将来の展望が開けるからだ、と。
……海、か。確かに塩の重要性を考えてみても、六角領内に海は欲しい。だが、その為に姉上の嫁ぎ先を敵に回すのは、なあ……
「次郎、其方はどう考える?」
「例え声望が落ちようとも、今は堪える刻であると存じます。伊勢国へ攻め込めれば話は変わって参りますが、北畠家には伯母上がおられます」
「そうよな」
北畠家当主、権中納言具教殿とは頻繁に文を交わしている。
剣の腕に覚えがあり、かなり強気な御仁である事も知っている。甲斐の山猿如き、攻めてきたら返り討ちにしてくれる。そう楽しみにしているのに、全く攻めてこないのだ。きっと北畠家の名を恐れているのだろう、と。
真実は違う。何かの折に加賀守殿に訊ねてみたのだが、加賀守殿は六角家と北畠家が縁戚関係である事を知っていた。だから攻め込まぬのだ、と。
さすがに権中納言(北畠具教)殿に教えようとも思わぬがな。
「皆に異論無ければ、儂から加賀守殿経由で手伝い戦について訊ねてみるとしよう。六角家としては分家の設立による、六角家全体で見た時の所領の拡大を狙っていく」
「「「ははっ!」」」
堪える時、か。
所領の大きさを考慮すれば、堪えるような御家ではないのだが、これも儂の判断の甘さ故であろう。この罪は、儂自身が償わねば。
少なくとも、次郎や家臣達に担がせるべきでは無いのだ。
儂が責任をもって、対応しておかねばな。
「そういえば対馬守(三雲賢持)。最近、右衛門督についての報告を受けておらぬが、何も変わらぬか?」
「申し訳御座いませぬ。あまりにも変化が無い為、報告しておりませんでした。毎日、寝るか、酒か、暴れるかのどれかで御座います。一度、杯を所望されましたので、漆器の杯をお渡しいたしました。焼き物では、砕いて暗器にする事も出来ます故」
「そうか」
可愛い我が子の現状。この身を切り裂かれるように辛い。
だがこれも我が身の不徳。我が子を育てきれなかった、愚かな儂に対する罰なのであろう。
「しかしながら、暴れる頻度は徐々にでは御座いますが、日が空きつつ御座います。その分、横になっておられる日が増えつつ御座いますが」
「そうか」
反省してくれ、とは言えぬ。
我が子を殺めようとする男が、今更父親面をして何を言えるというのか。
だが早くに落ち着いてくれれば、一縷の望みはあるかもしれぬ。どこぞの寺に入れるとかすれば……いや、この期に及んで、未練がましくこんな事を考えているから、儂は甘いのだろうな。
すまぬな、右衛門督。
愚かな儂を許してくれ、とは言わぬ。
好きなだけ恨み、罵ってくれて良いからな。それが儂に出来る、其方に対する唯一の償いなのだから。
今回もお読み下さり、ありがとうございます。
まずは豊後国、戸次鑑連視点より。
【状況は武田家優勢】
自分は足を止めてしまっていた、と真摯に反省中。だから武田家がここまで大きくなる前に九州統一まで持っていけなかったのだ、と言う所。
仮に大友家が九州統一していたら、間違いなく苦戦は必至です。
【大友家の対毛利姿勢】
毛利の好きにさせて堪るか!という所。
大義名分と、後背の危険(大友兵)と、兵糧の強制でガンガラ締めにしてやる、という所ですね。
舐めた真似したからには、骨の髄までしゃぶり尽くしてやるよ、と。
この状態で元就さんは石見銀山奪還に動けるのでしょうか?
【石山籠城戦&ゲリラ戦】
雷神様の献策により、石山長期籠城戦が基本戦略として決定致しました。
というか、他に方法が無いw野戦挑んで加賀勢が来たら、防具無しの一向衆は爆裂筒の餌食でしかありませんし。
【公方の権威】
かなり落ちてはいますがwそれでも使える物は全て使うぞ!という感じ。
京から遠くなれば、公方の権威は相対的に上がりますしね。京での権威は……聞かないであげて下さいw
次は近江国、六角承禎さん視点より。
【美濃の扱い】
美濃については断念という基本方針。ここで我がまま言っても勝ち目無いですからね。もし公方がもっと真面であれば、公方を神輿に反旗を翻して……と言うのもあったんでしょうけど。
【塩攻めの恨み】
焼き討ちも含めて色々やった結果、民に対するダメージがでかすぎたんですよね。
そうなると、恨みの矛先は……最前線にいる六角家に。これは主人公の思惑通りになりました。
【伊勢国】
ここで伊勢を落として所領にすれば、十分に御家発展の目はあります。
水軍を編成すれば、やれることは山ほどありますから。そうなると武田としても、六角は利用できると考えを改めたのでしょうけど。
そういう意味では蒲生さんと後藤さんは、しっかり考えて非情な決断を求めています。
【北畠具教】
塚原卜伝さんの教えを受けているのは、史実と同じ。
義輝さんとは兄弟弟子です。
強気なのは脳筋お坊ちゃんだから。
【義治君】
最近は横になっている時間が多くなってきたようです……
それではまた次回も宜しくお願い致します。




