謀略編・第三十一話
謀略編・第三十一話、更新します。
関東征伐終了に伴う、上杉側、北条側からの視点になります。
今回も短めです。まだ免疫が暴走しているのか、リンパ腺が痛いからです。誰か杉の木、全て燃やしてくれませんか?w
永禄五年(1562年)五月、相模国、鶴岡八幡宮、長野業盛――
この日、俺の目の前で山内上杉家家督、並びに関東管領職の相続が行われていた。
受け継がれるのは上杉弾正少弼政虎様。
新たな古河公方足利藤氏様を筆頭に、関八州の有力な御家の当主と有力家臣達が参列している。
その目的は、この儀礼を見届ける為だ。
亡き父上に、この光景を見届けて戴きたかった。心の底からそう思う。
しかし、俺が言うのも何だが、腹立ちを抑えられぬ。
一つは関東征伐が成らなかった事。北条家の小田原城を落とす事が叶わなかったのだ。
その原因が二つ目の理由。佐竹家、里見家、宇都宮家がこれ以上の戦は糧食が持たぬと言って帰国する旨を伝えてきたからだ。
上杉家と長野家だけでは北条家に対して兵力が劣る。故に弾正少弼(上杉政虎)様は、此度の儀礼をもって関東征伐に一区切りをつけられたのだ。
何と悔しい事か。
このような結末の為に、父上は御自身の命を擲ってまで戦ってきた訳では無い!
だが現実は現実として受け止めねばならん。
それに、戦いがこれで終わる訳では無いのだ。
まずは領地奪還に動き出すであろう北条家。
それを防ぐ為に、新たな所領の領主となり、古河公方様に忠誠を誓った者達が所領を守ろうと立ち上がる。
それを支援するのが我が長野家。
更にそこへ宇都宮家・佐竹家・里見家と言った御家が所領を広げようと乱入してくる。
未だ亡き父上には及ばぬ身。重責以外の何物でもないが、代わってくれる者はおらぬ。
ならば俺がやるしかないのだ。
弾正少弼様が上洛を終えて、再び、この関東の地へと舞い戻ってくるまで。
「新五郎(長野業盛)殿」
「ははっ!」
「そう硬くなる必要は無い。貴殿も古河公方様に仕える忠臣。そういう意味では同じ立場なのだ。今後も頼りにさせて貰いますぞ?」
恐縮極まりない事に、御声をかけて下さったのは件の弾正少弼様であらせられた。
どうやら俺が考え事をしていた間に、儀礼自体は終わっていたらしい。
いかんな。こんな有様では亡き父上にお叱りを受けてしまうわ。
「勿体なき御言葉に御座います。亡き父に及ばぬ若輩者では御座いますが、御役目に邁進させて戴きます」
「うむ、その言葉を聞けば、きっと亡き信濃守(長野業正)殿も満足されよう。俺も来年の上洛を終えた後、関東の地に舞い戻る。厩橋城に我が上杉家の兵を置いていく故、武蔵国の松山城を預けた太田美濃守資正殿と連絡を取り合って、関東の地を守って貰いたい」
「心得ました。必ずや御期待にお応えしてみせます」
唯一の救いは、弾正少弼様がすぐに越後へ御帰還される訳では無い事だ。
越後の敵対国は、現状は蘆名家のみ。武田家とも同盟を結んでいる為、攻められる事も無いのだという。その為、越後帰国間際まで関東の地に留まって下さるのだ。
まさに義の御方に相応しい。亡き父上が頼りにされたのも納得がいくわ。
「それにしても、小田原城。あの城を落としきれなかった事が悔やまれてなりませぬ」
「そこは北条家の実力と言う事。我らは鎌倉を落とす事は出来たが、北条家は小田原城を中心に玉縄城、武蔵国の河越城や滝山城を使って徹底的な籠城策に出て来ていた。大したものだわ。俺の得手を全て封じられた。これは北条家長老、北条駿河守長綱殿の策であったのかもしれぬな。上洛の間、同じ手で守り切られぬよう策を考案しておくとしよう」
「それにしても、どうして弾正少弼様の手の内が読まれたのか。これも噂に聞いた風魔とやらの仕業で御座いましょうか?」
『そうかもしれぬな』と弾正少弼様は苦笑いをされておられた。
我らは弾正少弼様の御発案に従い『敵対者は皆殺し』を基本方針として敵軍を殲滅してきた。故にこちらの、正確には弾正少弼様の戦い方を理解出来るほどの能力を持った敵対者が生き残っていた、とは考えにくい。
北条家に風魔がいれば、上杉家には軒猿がいる。
軒猿の監視の目を掻い潜って、落ち延びられた者がいたとは思えないのだ。
万が一、そんな者がいれば必ず旧領奪還に立ち上がってくる。その時には必ず討ち取らねばならぬだろう。
「こちらにとって幸運なのは、日和見の者達がおらぬ事で御座います」
「うむ。親・北条家は言うまでもなく、日和見の者達も武蔵や相模から消えている。その分、貴殿にとって有利に戦を行えよう」
「ははっ!」
北条家に従って、手足となって動く国人衆が激減しているという状況。
これが俺にとっての勝機だ。
例え北条家上層部が有能であろうとも、その指示を遂行する手足その物が少なくては、幾ら策を講じようとも効果は発揮できん。
寧ろ、北条以外の方が不安だ。佐竹・宇都宮・里見は糧食が足りないだけで、兵も将も健在なのだ。商人から銭を借りて米を買い占め、攻め込んできた日には厄介極まりない事になる。
この三家は此度の関東征伐で所領が増えていないからだ。今は弾正少弼様がいるから静かにしているだけで、越後へ御帰国されてから本格的に動き出すであろう。
「北条家に対しては地の利を熟知されている事、他は兵と将の損耗が無いという事。それは良く理解して御座います。非才の身では御座いますが、油断だけは決して致しませぬ」
弾正少弼様にだけ聞こえるよう、頭を下げながら小さく言葉に出す。
対する弾正少弼様は黙って俺の肩を叩いて下さった。
俺の言葉に同意されたという事だろう。
弾正少弼様も、三家の思惑を薄々気づいておられるのだ。だからこそ、他国で冬を越えながらも、すぐに御帰国されないのだ。
そのように頼もしい御方からの御期待。必ずお応えしなければならぬ。それこそが関東管領山内上杉家に仕え続けてきた、箕輪長野家の矜持なのだから。
永禄五年(1562年)五月、相模国、小田原城、北条宗哲――
「そうか。上杉は撤退に入ろうとしているか」
「はは。ですがまだ暫くは、厩橋城を拠点として睨みを利かせる思惑のようで御座います。越後へ帰国後は、留守居役がその任を受け継ぐようで御座いますが、誰が留守居役を請け負うのか?そこまでは不明に御座います」
「いや、十分な働きよ。おかげで今後の方針が立て易いわ」
報告に来た風魔を下がらせ、思索に耽る。
領地奪還に動くのは当然の事。幸い、武田家からの支援のおかげで米に関しては十分に貯えがある。民へ施す事も十分可能だ。
奪還した領地は今までと同じ四公六民に戻し、守り切れなかった事を詫びつつ、仁政を約束する。他家、特に上杉の支配下となっていた地を取り戻した後、これが大きな意味を持つ事になる。
軍神は再び、この地に戻ってくる。
その時に備えて、打っておくべき手なのだ。
だが、問題は佐竹、宇都宮、里見よ。
奴らは必ず、北条の旧領を我が物にせんと動き出す。兵も将も健在だ。そこが難点よ。
しかもこちらは北条家に忠義を尽くそうとした国人衆を奪われている。
まさか義に篤いと名高い軍神が、北条家に与した国人衆を皆殺しにするとは、儂にも予想出来なかった。
おかげでこちらは駒不足。殺された一族の者に奪われた旧領を返す事で、今まで以上に北条家に縋りつかせる。
これ自体は構わない。だが上杉から北条に鞍替えするであろう国人衆はどうにかせねばならんな。とは言え、殺す訳にもゆかん。駒が少ない以上は、今は生かして使わねば……
「御思案中、失礼致します。駿河守(北条宗哲)様、左京大夫(北条氏康)様がお呼びに御座います」
「そうか、すぐに伺うとお伝えするのだ」
与えられている一室から、足早に向かう。
今年で四十半ばを超えられた、唯一人の主にして我が甥。此度の上杉による関東征伐は北条家存続の危機であったが、それを乗り越えられたのは我が主があってこそ。
慌てず、怯えず、騒がず、怒らず。
悠然とした姿勢で生き延びるために的確な判断を下される姿に、家臣達は頼もしさを覚えたであろうな。
「おお、叔父上。わざわざ足を運んでもらって済まない。話しておきたい事があってな」
「話、で御座いますか?」
「うむ。上杉が攻めてくる前の事だ。加賀武田家から当家に陣借り名目でやってきた傾奇者を覚えておるか?後田、という偽名を名乗った前田という若武者だ」
思い出したわ。
今の今まですっかり忘れておったのだが、しっかりと思い出す事が出来た。
あの今荀彧と妙にウマが合っていた若武者。陣借りして三月ほどは念の為にと動向を監視していたのだが、馬鹿らしくなって止めてしまい、以来、一度も気に掛けた事が無かったのだ。
何というか、やる事なす事、全てが派手すぎたのだ。
あんな目立つ密偵、儂なら使わぬわ!顔も名も売れすぎて、工作等には使えもしない。
しかも刻が経つにつれて、生来の人柄故か、取り巻きが徐々に増えていく。
本当に忍びなら、本末転倒も甚だしいわ。
……いかんな、少し落ち着かねば。
「前田で御座いますか。奴に何か不審な点でも御座いましたか?」
「いや、そうではない。七月頃には加賀へ戻ってくるように、文が届いたそうなのだ。それで来月には加賀へ帰ると先ほど、挨拶に来てな」
「それは、加賀で戦が起きると見ておくべきで御座いますな」
今の加賀武田家が戦を起こす相手。
越後の上杉家とそれに与する越中の椎名家。ただこの両家とぶつかるのは、加賀武田家が背後の安全を確保してからになるだろう。
となれば、加賀の背後。能登畠山家と能登一向衆。
「加賀武田家は能登に攻め込むつもりに御座いましょう」
「能登攻めか。それならば、あれほどの猛者を放っておく訳にもいくまいな」
今荀彧は、恐らくは能登を一気に攻め落とすつもりでいるのだろう。
だからこそ、好きに遊ばせていた家臣を呼び戻したのだ。加賀国にとっての背後の安全を確保する為にも、手加減するつもりは全くない事も理解出来る。
この分では、能登畠山家は断絶する事も考えるべきかもしれんな。
「加賀が能登へ攻め込むとして、それが北条家にどのような影響を及ぼすのか。やはり越後の上杉で御座いましょう」
「儂も同感だ、叔父上。加賀が能登に攻めこめば、加賀の越中に対する注意は甘くなる。越中国は武田寄りの神保家、上杉寄りの椎名家で主導権争いをしている。椎名家はここぞとばかりに動き出すだろう。その際、椎名家が上杉に援助を求めぬとは思えぬわ」
「普通なら助力を求めましょうな。椎名家にとっては千載一遇の好機。上杉が助力を行えば、自然と関東の戦力は減少しましょう。ただそれをやれば、上杉は上洛を諦める必要が出て参ります」
それだけが問題なのだ。
あの軍神とまで呼ばれる男が、それを見落としている事などありえない。
故に、上杉が椎名に露骨に力を貸す事は無いと断言できる。
「ならば北条家としては反対側を攻めるべきで御座いましょうな」
「……蘆名家か?」
「蘆名家を動かして、上杉の背後。いや、下野国を狙わせるべきでしょう。そうなれば厩橋城に拠点を置く上杉としては、見て見ぬふりは出来ませぬ。特に下野国に出てきた蘆名が欲を掻いて三国峠にまで手を伸ばせば……」
上洛どころか越後への帰国すら不可能になる。
となれば、今の上杉にとっては蘆名が下野国に出てくる事自体が迷惑極まりないのだ。
蘆名は上杉と密約を結んでいるのであろうが、下野国は話は別と儂は睨んでいる。
「蘆名が下野国に出れば、上杉も佐竹もおいそれと動く訳には参りませぬ。その間に、我らは所領の奪還を推し進めます」
「下野国の宇都宮は防衛戦を余儀なくされる。となればこちらの相手は里見のみ、か?」
「仰せの通りに御座います。下野国の宇都宮家は糧食に難を抱えている事も説明して、動いて貰いましょう」
欲を言えば、下野国を舞台に宇都宮・蘆名・佐竹・上杉での潰し合いとなれば最良だ。
我らとしても、武蔵国の旧領までは奪還しなければならない。その為には刻が必要だ。
「武蔵国の支配体制を取り戻した後は、上野国に攻め入ります。三国峠を封鎖する事が目的に御座いますが」
「それが正解であろうな。確かに軍神の才は凄まじい。だがあれほどの才は、誰もが持っている物でもない。あの才は不世出。ならばその才を使わせず、朽ちるまで待つのも手ではあるな」
「誠、仰せの通りに御座います」
焦る必要は無い。
軍神が関東に戻ってくるのは、早くて再来年。時間は十分にある。
老骨にはちと堪えるが、泣き言を言ってはおられぬな。
今回もお読み下さり、ありがとうございます。
まずは相模国、長野業盛視点より。
【関東征伐終了】
兵糧を確保できない御家の帰国により、史実通りに関東征伐は終了。鶴岡八幡宮での関東管領就任を名目として終わりとなりました。
主人公は佐竹・里見・宇都宮辺りは所領を得られない事を理由に内部分裂を起すと見ておりましたが、実際には起きております。口に出さないだけで。
さすがに三家と言えども、露骨に口に出しては評判に関わりますからね。兵糧を理由にしているのはその為です。
【籠城戦】
竹中父子や風祭さんの決死の御役目によって判明した、政虎さんの戦術情報は北条家にも風魔経由で流れております。
その為、長綱(幻庵)さんは躊躇う事無く籠城戦を選択。城に籠る事で軍神の強味を潰す戦略に出ております。
【武蔵国の国人衆】
基本的に親・上杉。上杉に与した日和見。
生き残ったのはこれだけ。親・北条な国人衆は物理的に潰されました。
これも業正さんの献策による物。なので上杉側が有利、という状況です……あくまでも戦力では、ね?
【三家の関東侵略開始】
政虎さんも業盛さんも、三家の危険性は理解しております。これが今後二年でどう関東に影響を与えるのか?という所です。
次は北条長綱さん視点より。
【視点の違い】
政虎さんや業盛さんと違って、長綱さんは政視点から判断を下しております。
旧領奪還は当然の事ではありますが、同時に民が『北条家の御殿様が良いんじゃ!』と言うように仕向けるには、どうするべきか?と考えております。
武将数では上杉有利、兵数では三家有利ですが、民という存在が絡むと北条家は強いです。
【前田慶次帰国】
陣借りを終えて、今までありがとうね、という感じです。
そして関東でウマの合った独立愚連隊が、母衣衆筆頭直属として雇われる事になります。
ますます混沌と化す加賀武田家母衣衆w
正統派武術家派閥と、戦場での何でもありな荒くれ集団。どうなる事やら……
【能登攻めによる北条家への影響】
影響自体はありませんが、そこから発想を転換して、蘆名を動かせばよいじゃないか!と気づく長綱さん。
下野を蘆名に奪われたら、間違いなく佐竹は動きを掣肘されますからね。
【朽ちるまで待つ】
これも軍神殺しの一つの方法だと思います。
人間には寿命がありますからね。これから逃れるのは不可能です。
それでは、また次回も宜しくお願い致します。




