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謀略編・第二十九話

 謀略編・第二十九話、更新します。

 

 今回も近江国。六角家視点の話です。

永禄五年(1562年)五月、近江国、観音寺城、六角義治――



 「誠に御無礼ながら、これも御隠居(六角承禎)様の御指示に御座います。どうか腰の物をお外し戴きたく願います。お聞き入れられない時は、手荒な事をしても構わぬと申し付けられております故」

 怒りが俺の脳裏を焼き尽くそうとする。

 目の前にいるのは六角家の家臣の中でも、特に腕に覚えのある者達。戦場では俺に付き従っていた強者達。

 それが俺に牙を剥いているのだ。それも鎖帷子と籠手、鉢金を身に着けた状態で。

 数は確認出来るだけで十名。廊下にいる者も含めれば二十は降るまい。


 「……父上の指示だと申したな?」

 「仰せの通りに御座います」

 「ふざけるな!」

 脇に置いていた徳利の中身を呷る。

 自室で酒を呷っていた所に踏み込まれたのだ。当然、俺は腰を下ろしていた。

 この状態で立ち上がり、腰の太刀を抜く。

 左手を鞘に近づけようとした所で、武者達が一斉に俺に覆いかぶさってきた。


 「この無礼者が!」

 「お許しを!腰の物をお預かり致す!」

 「ええい!放せ!」

 武者達は数に物を言わせて、俺を部屋から担ぎ出した。

 酔いの回っている体では、俺が抵抗しても何の痛痒も与える事は出来ぬ。寧ろ、鎖帷子のせいで俺の皮膚が裂ける。

 だが今の俺には関係の無い事。激情の赴くままに暴れるが、武者のたった一人ですら討ち果たす事も出来ずに、城内の一室に閉じ込められてしまった。


 「出さぬか!」

 「お許しを願います。これも御隠居様の御命令。今後、常に監視の目が付く事になります。どうか御理解をお願い致します」

 「出せい!出さぬか!」

 板戸を拳で叩き、足蹴にする。

 俺は全力で板戸に当たったが、どうも外側から補強されているらしい。ビクともしない。

 ならばと壁に狙いを変える。漆喰の壁はボロボロと毀れ落ち、中から鉄板がその姿を見せた。


 「漆喰の中に鉄板だと!?」

 嫌でも理解するしか無かった。

 此度の謀反は、用意周到に練られた物だという事が。

 改めて室内を見回してみれば造りが新しい。という事は、俺の知らない間にこの部屋を用意していた、という事だろう。


 出られない。閉じ込められた。

 だが、おかげで酔いが覚めてきた。同時に、妙に頭が冴えてくる。

 まずは状況を把握しなければ。


 部屋の広さは畳六畳分。

 出入口は一つだけ。俺を放り込んだ場所。つまり、厠に行きたい時は声をかけろという事か。

 何と不愉快極まりない。これが六角家当主に対する仕打ちか!


 部屋の中に幾らか物が置かれているが、武器に使えそうな物は何もない。太刀どころか脇差一つない。

 無礼討ちどころか、身を守る事すら許さぬという事か。いや、それどころか誇りを守る為の自死すら許さぬとはな。

 この仕打ちを仕組んだのが父上とは。そこまで次郎が可愛いか!


 どうしてくれようか?このままで済ます訳にはいかん!

 俺こそが六角家当主なのだ!俺だけが四方を囲まれ、詰んでしまった六角家の未来を憂いているのだ!その俺が、諦める訳にはいかぬのだ!

 ならば、どうする?……答えは一つだ。


 俺は狭い室内をグルグルと歩き回りながら、考えを纏めようとした。

 まず最初に必要なのは武器だ。この際、贅沢を言うつもりは無い。


 外にいる不忠者から太刀を奪う……さすがにそれを許すほど、連中も甘くは無いか。

 この部屋に持ち込まれる物を隠して、暗器として隠し持つ。箸など良いではないか?……いや、外の連中も馬鹿ではないだろう。箸が無ければ、俺が隠し持っている。そう判断して俺の身を探るだろうな。

 そうなれば、外の連中は警戒するだろうな。二度と箸を隠し持たれぬよう対応すると見ておくべきだ。


 「どうする?何か良い方法は無いか?」

 妙案が浮かんでこない。

 やがて冴えていた頭に、再び憤怒と屈辱が首を擡げてきた。

 腹の底から咆哮する。


 「俺が、俺こそが六角家当主なのだぞ!」

 外からの反応は無い。俺を無力化させた、好きなだけ叫ばせておけ、という所か。

 その対応が、ますます俺を苛立たせる。絶対に許せるものか!


 漆喰の壁を拳で殴りつけ、足で蹴りつける。

 四方の壁、全ての中から鉄板が姿を見せるまで、俺は壁を破壊する事を止められなかった。

 さすがに疲労を覚え、部屋の中央でドサッと座り込む。

 

 苛立ちの赴くままに、爪を齧ってしまう。酔いが覚めるにつれて痛みを感じていくが、それがどうした!

 必ず、その首を獲ってやる!父上も次郎も敵なのだ!

 その瞬間、俺の脳裏に妙案が浮かび上がった。


 「……良いだろう。必ず成し遂げてやる」

 もしかしたら屋根裏や床下には、甲賀忍びが監視役として潜んでいるかもしれぬ。

 屈辱極まりないが、決して口に出す訳にはいかぬな。寝ている時も、寝言で漏らさぬように布でも噛んで寝るとするか。

 策が成就する頃は夏になるだろう。それぐらいは刻が必要だ。


 六角家当主の座、必ずこの手に取り戻してやる!



永禄五年(1562年)五月、近江国、観音寺城、六角承禎――



 「右衛門督(六角義治)を閉じ込める事に成功したか」

 「ははっ。騒いでいるようですが、御疲れになれば静かになりましょう」

 「……覚悟はしておったが、良い気分にはなれぬわ」

 儂の心に、雨雲が広がっていく。見ている方が気を病むような、どんよりとした分厚く真っ黒な雨雲だ。

 可愛い息子に対する仕打ち。だが御家の為に、動かねばならぬと決めたのだ。

 ならば、走りきる他は無いだろう。絶対に次郎(六角義定)に業を背負わせる訳にはゆかんのだからな。


 「対馬守(三雲賢持)」

 「ははっ」

 「城下に噂を流せ。右衛門督が病で寝込んだ、とな」

 病で寝込み、病床から次郎に家督を譲らせる。これが筋書きだ。

 当面の間は次郎が当主代行。儂が後見役となる。

 いきなり当主交代では、対外的にも外聞が悪すぎる。今さらかもしれぬが、それでも手順は必要なのだ。急いては事を仕損じる、とも言うからな。


 これは家中の者達も納得済の事だ。

 表向き、次郎は当主代行。年明け後に正式に家督継承を行う事を。

 但馬守(後藤賢豊)、山城守(進藤賢盛)、下野守(蒲生定秀)も賛同してくれた。だが、その内容は次郎に知られる訳にはゆかんのだ。

 無意識の内に、目頭が熱くなってしまう。


 「御隠居様。いつかあの世で詫びを入れる時がやって来ましょう。我ら六宿老、皆揃ってお付き合いさせて戴きます」

 「……儂は自分が情けないわ。覚悟を決めたというのに……何と情けない!」

 兄の謀死。例えそれに正当性があろうとも、兄を殺したとなれば次郎の治政に良くない影響を与えてしまう。

 だからこそ、右衛門督を即座に殺す事は許されなかったのだ。同時に、その事で内心で安堵してしまった事も事実。

 何と情けない!これが六角家先代当主とは!


 「せめて苦しむことなく、か。次郎に気づかれてはならぬぞ?」

 「「「ははっ!」」」

 「苦い……苦いわ……この苦さが久政や新九郎が味わった物だと言うのか」

 目頭から熱い物が滂沱の如く流れ落ちる。

 儂がこの手で可愛がり、妻亡き後は常に儂が傍に居て愛してきた我が子。

 その我が子をこの手で殺す。国生みの夫婦神の一柱であらせられる伊邪那岐大神が、我が子である火之迦具土命を怒りに駆られて殺した逸話がある。

 伊邪那岐大神は、後で後悔されなかったのだろうか?仮にも実の息子であったというのにだ。


 「すまぬ。すまぬ……儂を思う存分、恨んでくれて良いからのう……それでも、それでも儂は其方の事を愛しておるぞ。右衛門督よ」



永禄五年(1562年)五月、近江国、観音寺城、六角義定――



 中止になった美濃攻め。結果として私の初陣も中止となったが、私自身はそれほど残念には思っていなかった。

 私の初陣は延期になったに過ぎない。今後、二度と初陣を飾れぬ訳では無いのだ。

 それまでの暇を利用して、初陣に必要な知識や技術の習得に勤しむのも良いかもしれぬ。下野守(蒲生定秀)に頼めば、きっと教えてくれるだろう。

 だが、今は真面目に教えてくれる出雲守(吉田重政)の為にも、日置流弓術を磨かねば!

 

 「出雲守。其方の弓は扱いが難しい物だな。私の力では、引くだけでもやっと。なかなか其方のようにはいかぬな」

 「次郎様はまだ御年十五歳。弓を十分に引くだけの体が作られておられぬのです。焦る事無く、一歩一歩進んでいけば宜しいので御座います」

 「分かった!」

 とはいう物の、己の決意とは裏腹に矢は的から逸れてしまう。

 本日の鍛錬は、愛用の弓ではなく強弓を用いての鍛錬だ。強弓は引くのに剛力を要求されるが、その分、矢の勢いや矢が届く距離において優位となる。だからこそ強弓の使い手は戦場で重宝されるのだ。

 頭を左右に振りながら、改めて次の矢を番える。その時、ふと気づいた事があった。


 「出雲守。訊ねたい事がある。もし答えたくなければ、答えなくても構わぬぞ。単に私の好奇心による物だからな。本音を隠さずとも良い」

 「如何なる問いに御座いましょうか?」

 「日置流弓術、息子に継がせたくないか?」

 ヒュンッと飛んでいく矢は、やはり的に掠りもしない。

 私では非力すぎるのだ。

 

 「正直に言うて構わぬ。日置流弓術の伝授を許されるのは一人だけである事。父上と其方の間で一悶着あった事も聞いた事がある。私は日置流弓術を受け継ぎたいとは思わぬ。日置流弓術は吉田家が使ってこそ。そう思うからだ。だから日置流の神髄を得られずとも構わぬ。武者の嗜みとして最低限の弓術を身に着ける。それぐらいで良いと思っているのだ」

 「し、しかし次郎様。武者にとって弓は第一の武術に御座いますぞ?」

 「それを否定するつもりはない。だが弓を使えずとも戦う事は出来る」

 私の脳裏に浮かぶのは、もう数年来、文の遣り取りをしている加賀の今荀彧殿だ。

 盲た身である為、戦場での差配は軍配者に丸投げ。だが御大将としての実力は、日ノ本でも五本の指に入るであろう賢人だ。


 「昔な、武田家の加賀守(武田信親)殿に教わった事があるのだ。上に立つ者は、家臣の心を掴む事こそが、もっとも重要な事だ、とな」

 「家臣の心、で御座いますか」

 「それは時に褒美であり、時に名誉であり、時に遣り甲斐である。それは家臣一人一人によって異なるのだ。だからこそ、その辺りの見極めが大切なのだ、とな」

 矢を番え、狙いを定める。

 狙いすました矢は、やっと的の端っこに突き刺さった。

 これが愛用の弓であれば、百発百中に出来る自信はあるのだが。自分の非力が恨めしい。


 「出雲守にとって大切な物は、日置流の存続と吉田家で伝えていく事では無いかと考えたのだ。褒美よりも名誉よりも、日置流が上に来る、とな。だから私は考えたのだ。日置流の神髄を得る代わりに吉田家が離れていく事と、神髄を手放す代わりに吉田家の信を得る事。どちらが六角家の次の当主として、大切にすべき事なのか」

 「次郎様……」

 「頼りにしているぞ、出雲守。私のような若輩者には、其方のような経験豊富な者達が必要なのだ」

 矢を番えながら、視界の片隅で出雲守を捉える。

 出雲守は嬉しそうにしていた。息子に日置流を継がせるお墨付きを得られたような物だからだろう。私としても、それで構わない。

 自ら日置流の神髄を使わずとも、神髄を使う者を使う。それこそが大将の役目。

 あとは嫉妬せぬ事。これらもまた、加賀守殿から学んだ事だ。


 狙いすました矢が放たれる。今度は少しだけ中央に近づいた。

 弓術の力量の差。正直に言うと、出雲守に嫉妬せぬ訳では無い。

 だが、私はそれが間違っている事を理解する機に恵まれたのだ。それが私と、兄上の決定的な差であったのだろう。

 私は生まれながらにして謙虚であった訳では無いのだから。


 兄上。私が六角家を守ります。

 それが兄上を諫められなかった、不出来な弟に出来る唯一の事ですから。


 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 まずは義治君視点から。


 【座敷牢】

 承禎さんの指示で、六畳間に閉じ込められました。漆喰の壁の中に鉄板仕込むって、かなり本気です。


 【不屈の精神】

 それでも諦めない義治君wそして何やら思いついたようです。


 次は承禎さん視点より。


 【家督継承】

 筋書きとしては義治君が病床で余命を悟り、義定君に当主を継承する、という筋書きです。

 いきなりズンバラリン→当主継承は外聞が悪い、という事で採用されませんでした。

 いかなる理由があっても、兄殺しという汚名は碌な事になりませんからね。


 【当主継承は年明け】

 平たく言えばタイムリミット。

 最終的に毒物で少しずつ弱めて、苦しむことなく年内に終わらせる、と言う所。


 最後は義定君視点より。


 【弓の腕前】

 愛用の弓なら武芸大会で上位入賞できるレベルですが、強弓だとまだ体が子供なので無理がある、という感じです。


 【日置流弓術】

 史実だと重政→承禎→重高と言う流れでしたが、重政さんは四男の重勝さんにこっそり奥義を教えて、京へ逃がしたという話があります。

 そんな重政さんにしてみれば、日置流を息子に継承させなよ、というお墨付きは、何よりも嬉しいだろうな、と考えました。


 少し体調が悪いので、今回は短めです。PCR検査、初めてやりましたよ。鼻の奥へ綿棒みたいな物を突っ込まれて、滅茶苦茶痛かったですw


 それでは、また次回も宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 〉そこまで次郎が可愛いか! えー……。でもまだこういうふうに考えちゃう年なんだよなと思うと、仕方ないのか。 親の心子知らず。 そして次男も覚悟を決める……。 長男も別の覚悟が決まっちゃって…
[一言] 次郎君、いい当主になりそうだなー
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 十年ほど前かな?発熱で内科に行きまして。 PCRではありませんが、インフルエンザの検査を受けまして。 何か棒状の物を鼻に突っ込まれて涙が出ました。 目出たくイ…
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