謀略編・第二十七話
謀略編・第二十七話、更新します。
今回は美作国が舞台。今回は宇喜多さんが主人公wです。
永禄五年(1562年)四月、美作国、武田信之――
子の刻にはまだ早い頃合い。それでも夜空に浮かぶ月読命は、地上の事など知らぬとばかりに山向こうに姿を消そうとしている。
俺の目に飛び込んでくるのは、戦火に包まれる山間の陣。
山頂に陣取っていた尼子勢が、何故か山頂から駆け下って自らの先陣、浦上宗景の軍勢に襲い掛かっているのだ。
これは伯耆守(秋山虎繁)が、俺を叩き起こしたのも当然だ。
「何が起きたと考える?浦上の策がバレた、か?」
「そう考えるのが自然でありましょうな。もっとも、こちらにとって問題は御座いませぬが」
「そうだな」
先陣を務める浦上宗景の軍勢が、夜の内に全軍逃走。先陣が消えた隙を狙って武田勢が攻め込む、という予定であったが、念の為に宗景が動かなかった時、目論見がバレた時の事も考えてはいたのだ。
問題が無い、と言うのはそういう事だ。
もっとも、このように策を実行する間際になってバレるような展開は誰も予想しておらんかったのだが。
「それにしても、浦上宗景の軍は完全に寝込みを襲われたようだな。或いは逃走の準備をしていた所を衝かれたか。どちらにせよ、尼子勢は策の内容を完全に把握していた、と見て然るべきだろう」
「確かに仰る通りで御座います。こちらの警戒態勢は万全ですので、隙を衝かれる事は御座いませぬが」
少し経つと、本陣傍が騒がしくなり始める。
聞こえてきた声によると、誰かが夜更けに俺を訪ねて来たらしい。
近習に案内されて姿を見せたのは、随分とくたびれた感じの男であった。そして、俺は一度も会った事の無い男でもある。
「我が主、三郎信之様に何用か?」
俺の言葉に、伯耆守が何も言わずに柄に右手をかけた。俺が警戒しているのを察してくれたのだろう。
俺は二郎兄上のように才に恵まれた男ではない。凡人である以上、常に警戒心を忘れてはならんのだ。
「お初にお目にかかります、武田三郎信之様。某は浦上家家臣、宇喜多八郎直家と申します。此度、残念ながら主、遠江守宗景の裏切りを伝えに参りました」
「……まずは説明を求める」
「ははっ。主は某が武田徳栄軒信玄様にお伝えした策を実行するにあたって、臆病風に吹かれたので御座います。最後の最後で、尼子家に与して武田家を滅ぼそう、と」
宇喜多の名は、父上から聞いてはいる。
父上が『相当に有能な男である。二郎と知恵比べをさせるのも面白いかもしれんな』と評価するほどに。
実際、この男は俺が近習のフリをした俺の嘘を見抜いたのだからな。父上の評価は正しいと断言できる。
しかし、気になるのはこの男の目的だ。どうして、ここに?自ら暗殺働きする為に来るとは思えんが。
「某は御諫め致しましたが、聞き入れては戴けませんでした。我が家臣と付き従ってくれる兵達を武田家の怒りに晒したくなく、某は夜闇に紛れて離脱したので御座います。それが一刻ほど前の事。ですが、その後に尼子勢が主の軍に襲い掛かって来たので御座います」
「……尼子家に密告したのか?」
「某は何もしておりませぬ。ただ、某の愚痴を盗み聞きした者がいたとしても、その者が尼子勢に伝えたとして、何ら不思議は御座いませぬ」
なるほどな。
真実は分からぬ。こいつが主を裏切ったのか?それとも、宗景が武田家を裏切ったのか?ただ断言できるのは、目の前にある光景が、仲間割れによる物という現実だけだ。
だがまあ、結果としてこちらの行動を成功させる『陽動』となった事も確かだ。ならば本領安堵ぐらいは許してやっても良いだろうな。
「某としては、武田家に忠誠を誓いたく存じます。どうかお許しを願いたく」
「良いだろう。だが聞かせよ。どうして分かった?」
「三郎様の立ち位置に御座います。上座に居られた事が決定的で御座いました。加えて、鎧具足の見事さ。名を知らぬ無礼は謝罪致しますが、そちらの御仁が太刀に手をかけておられる事。他にも多々御座いますが、どう考えても近習とは思えませんでした」
大した男だ。
間違いなく有能な男だ。これほど知恵の回る男、俺の知る限り二郎兄上、勘助、真田弾正(真田幸隆)ぐらいしかおらん。
これほどの逸材が、美作の地に燻っていたとはな。
「我が宇喜多家の忠誠、結果で示します。尼子勢が陣取っていた山の反対側、東の山の陰に浦上政宗率いる三千の兵が潜んでおります。武田家が尼子勢に対して陣を構えた際、後背を衝くを目的としております。山頂から駆け下りてきた兵に背中を衝かれる。間違いなく致命の一撃となります」
「伯耆守!」
「心得て御座います。万事、お任せ有れ」
まずは隙を見せぬ事が肝要。だが伏兵の存在に関する情報は価値ある物であった。
尼子が囮だったとはな。やはり俺にも軍師と言える知恵者が必要だ。だが、この宇喜多と言う男。実力はあるが、あまり傍に置きたいとは思えんな。
知恵者がいないという弱点。此度の戦を終えたら、どうやって補うかを考えねば。
当面は弾正(高坂昌信)を頼るほか無いが……
「宇喜多。此度の功績に対して本領安堵を約する。其方の兵が手柄首を挙げてくれば、所領の追加も考えよう。それで、これからどうする?兵が手元に居ないのでは、其方が直接、戦に関わる事も出来まい」
「問題無ければ、質として滞陣をお許し願いたく。宇喜多家の兵五十は因幡街道の一里先に伏せております。この夜闇に乗じて、向こうの兵が逃げ出せば、山中を通るよりは街道を通って逃げようと考えましょう」
「良かろう、それだけの覚悟があるのなら許す」
身一つで質になるか。度胸も大したものだ。恐らく、武田家に歯向かうつもりは全く無いのだろう。だから、ここまで開き直っていられるのだ。
ますます二郎兄上を思い出す。
「申し上げます!」
本陣に入って来たのは近習の一人だ。戦況に何か変化があったという事か?
「先ほど、高坂弾正様の軍と思しき手勢が尼子勢がいた山頂に姿を現しました!合図の炎による連絡が確認できております!」
「秋山?」
「高坂殿ならば、尼子の後背を突きましょう。尼子は敗走を余儀なくされる。そちらの処理は宇喜多家の兵に任せて、我々は右手城と浦上家の伏兵に対応致しましょう」
宇喜多家の兵は五十。だが夜闇に乗じて大将首だけに狙いを定めるのであれば、話は別という事か。
ならば俺のする事は、堂々としている事だけだ。経験の少ない俺に出来る事。それは神輿として堂々たる振舞をする事だけだ。
それが兵を安心させ、伯耆守達が御役目に専念しやすくなるのだからな。
「三郎様。一つ、献策を致しても宜しゅう御座いますか?」
「申すがよい」
「右手城に籠っている有元殿は、かの菅原道真公の末裔にあたります。大変失礼な物言いでは御座いますが、加賀守様の御名前を使えば調略に応じて、城を明け渡すやもしれませぬ」
ここで兄上の名が出るとはな。
しかもあの天神様の末裔とは。確かに兄上の名を使えば、応じる可能性はある。
力攻めで落とすのも有りだが、無意味に兵を失うのは先を見据えると悪手だ。まだ美作攻めは始まったばかりなのだからな。
「宇喜多。其方の所領はいかほどだ?」
「五百貫(千石)になります」
「有元を調略せよ。出来れば所領は三倍だ。其方の実力、俺に見せてみろ!」
「ははっ!」
無傷で城を落とせる意味は大きい。その対価に二千石。今の武田家にとっては微々たる物だ。父上と兄上に対しては、宇喜多家の所領三千石を本領安堵した、と報告しておけば問題は無い。
本領安堵に加えて追加で二千石なら、宇喜多にとっても悪い話ではないだろう。
もしこれで逃げて戻ってこないようなら、改めて敵として処するだけだ。
俺はまだ若造だが、二郎兄上の背中を見てきたのだ。
甘さと優しさの区別をつける事が出来る程度には、な。
永禄五年(1562年)四月、美作国、長船貞親――
夜の闇の中、尼子義久、いや浦上宗景がいる筈の山の中腹が、炎で明るくなっているのがハッキリと確認できた。
ここは右手城から因幡街道沿いに一里ほど南に移動した場所。街道の道幅が五間も無いような、特に狭い場所だ。ここで大将首を獲るのが我らに与えられた御役目だ。
「又三郎(長船貞親)殿、殿の策、仕掛けを終えました」
「平助(富川正利)殿。暗い中、御苦労だったな。少し休んでおられると良かろう」
「御言葉に甘えさせて戴きます。これからが本番で御座いますからな」
姿を見せたのは、殿の小姓から頭角を現して武将として働くようになった平助殿だ。未だに二十四歳と若い男だが、殿からの評価は高い。松明の明かりに照らし出されたその顔は、大胆不敵にもこれから始まる戦を前に笑みを浮かべておる。
「僅か五十の兵で、尼子勢一万三千を手玉に取った。殿の名は天下に轟きましょう」
「そうする為にも、我らが励むのだ!」
我らはこれから大将首を獲るのだ。その為の策を、殿より授けられている。
策通りに逃げてくれば、上手い事、首を得る事は叶うだろう。
暫く待つと、少し離れた夜闇の中から、グルグルと回る松明の明かりが見えた。敗走してくる兵の姿を捉えた、という事だ。
「だが松明の明かりは一つだけであったな」
「そうで御座いましたな。浦上宗景、或いは尼子義久であれば松明の明かりは二つという手筈」
「ならば見逃せ」
我ら宇喜多勢五十が潜んでいる事も知らずに、百姓兵が逃げていく。
たまに敗走兵が手にしている松明の明かりに照らし出されている旗印は、平四つ目結。尼子の旗印だ。
という事は、浦上宗景の軍勢は完全に潰された、と言う所か。そして逃げてきたのは尼子勢。
やはり殿の予想通り、武田家は別動隊を動かしており、それが尼子勢の後背を衝いた、と言う所か。
そして四半刻もせぬ内に、その時が来た!
二つの松明が夜闇の中で回っている!
「皆、準備に取り掛かれ!手筈通りに動くのだ!」
そしてほとんど待つことなく、複数の松明が見えてきた。
中央にいるのは、見事な鎧具足を纏った、いかにも大将と言った男。周辺の武者達とともに馬に乗って駆けておる。だが暗闇かつ敗走兵で埋め尽くされた街道。全力で走れる訳もない。
機を待つ……今だ!
「やれい!」
伏せていた兵が立ち上がり、一斉に手にしていた縄を全力で引っ張る!
街道の反対側の樹木に結わえられた縄は五本。これまでは街道に埋められ、上から砂をかけられていた五本の縄、全てが一斉にピン!と張り上げられ、人の脛ぐらいの高さになったのだ。
直後、一斉に兵達が転び、それを後続の兵が踏み越え、或いは巻き込まれて転倒する。
夜闇に響く悲鳴。絶叫。そして生じる大混乱。
そしてこちらの思惑通り、尼子義久と思しき者達も混乱に陥っている。護衛らしい武者達も数名、落馬したようだ。
義久は『不幸』にも、落馬はしなかったようだ。
代わりに、その顔に数本の矢が次々に突き刺さっていく!
「殿!」
尼子家家臣らしい悲鳴。続いて『奇襲だあ!』という叫びが響く。
矢を放ったのは平助殿の手勢。奇襲と叫んだのは俺の手勢だ。
これで尼子勢は完全に逃げ惑うだけの群れと化した。
尼子家家臣達は、即死したであろう主を何とかしようとするのだが、後方から逃げてくる後続の敗走兵という波に呑まれていく。
これは大将首を探すのは骨が折れそうだわ。まあ仕方ない。これも御役目という事よ。
今回もお読み下さり、ありがとうございます。
今回からあとがきの量を減らします。
まずは武田信之視点より。
【武田の強みと弱み】
〇宗景の策が失敗した時の保険として、高坂昌信を別動隊としていた事。
●浦上政宗の伏兵を見落としていた事≒連戦連勝による油断・慢心。
【尼子側の強みと弱み】
〇浦上政宗による伏兵を気取られなかった事。
●高坂昌信の別動隊接近に気づかなかった事。
●宇喜多直家の策に引っかかってしまった事。
【宇喜多さんの策】
前々回に直家さんは『これから尼子の陣に行ってきます!』みたいな台詞を発しています。この台詞通りに尼子の陣へと向かったのですが、この時に尼子義久に『宗景、裏切っちゃった!子の刻に逃散するので、その前に!』と言う感じで吹き込んだ結果です。
【宇喜多さんに対する信之君の印象】
有能だけど怖い。あまり傍に置きたくないなあ、裏切りかましてるし、みたいな感じです。
宇喜多さん、少しやり過ぎましたw
【貫高表記】
石高はまだ武田家ぐらいでしか使っていないので、宇喜多さんは貫高で所領を表現しています。
次は長船貞親視点より。
【宇喜多家三家老】
この内、二人が登場。長船さん&戸川(この当時は富川)さん。残りの岡さんは、先導して松明で合図を送っているので不在です。
【五十対一万三千】
間違いなく名は売れますね。良くも悪くも。
問題は宇喜多さんに対して、尼子陣営の憎悪が向けられる事。まあ、距離もあるし即座に問題になる事もありませんが。
【浦上宗景】
某、四コマ作品では宴会好きな御殿様として出演中の御方。
拙作では生死不明となりました。
家臣達は真実を知らず、しかし生き延びた宇喜多さんの所領追加を知って、『何でお前だけ!』『何で宇喜多家の所領になってるんだ!ここは浦上家の所領だぞ!』と糾弾し始める展開になるでしょうね。
宇喜多さんはどうするのやら。
【夜闇の策】
転倒→混乱→暗殺のコンボ。
義久さんと供回りの連中は、後続の兵に踏み潰されるでしょうね。明るくなってから、遺体確認をしなければならない長船さん達、ご苦労様です。
今回もお読みくださり、ありがとうございました。
また次回も宜しくお願い致します。




