謀略編・第二十五話
謀略編・第二十五話、更新します。
今回は播磨・美作が舞台。いよいよ武田家の侵攻が始まります。その前夜、と言った感じ。
浦上政宗・宇喜多直家視点になります。
①前回の反響が凄かったです、義輝君大人気w
②いいね、機能を〇にしました。×だった事に事に今まで気づきませんでしたw
永禄五年(1562年)四月、播磨国、室津城、浦上政宗――
「兵の集まりはどうだ!」
「それが芳しくない状況に御座います。現在、山に隠れた百姓を連れ出し、集めている最中に御座いますが、出陣にはまだ十日は必要かと」
「それでは月が明けてしまうわ!急がせよ!」
家臣を追い立てた俺は、苦々しく感じながら城下へと視線を移した。
美作の領地を守る為、出陣しなければならぬ。このような時に、兵が集まらぬとは!
「だが武田家の行動がこちらよりも早ければ、美作の地を奪われてしまう。ここは手持ちの兵だけでも出陣せざるを得ないか?」
数は少ない。だが向こうも長い道のりを歩いて移動してくるのだ。疲れも溜まっているだろうし、そういう意味ではこちらが有利ではある。
足りない兵の数は尼子や弟・宗景の兵を頼りにすれば良かろう。あとは搔き集めた兵を後から向かわせればよい。
「誰か!」
「ははっ!」
「出陣の支度じゃ!美作へ出るぞ!後続の兵は後から向かわせよ!」
たちまち城内が騒がしくなる。
だがこのまま手をこまねいていては、領土全てを失う事になる。ならば、打って出るべきだ。
幸い、地の利はこちらにあるのだからな。
出陣し、美作へ向かう。
それから数日の後、後から追いかけて来た者達も合流し、兵の数は三千ほどにはなった。
まずは尼子勢がいる筈の矢櫃城へ向かおうと考えた俺は、軍をそちらに向けた。その途中で、寺を借り受けて休憩を取っていると、そこに朗報と凶報が舞い込んできた。
朗報は援軍の報だ。
尼子勢一万二千。加えて宗景の兵が三千。両方、当家と同じく後続の兵が追いかけてくるそうだ。
それにしても、尼子家はともかくとして、弟がここまで兵を連れてくるとは欠片ほどにも思わんかった。この兵で先陣を務めると申すのだから、武田に対する敵意は本物と見るべきだな。
正直、見直したわ。
凶報は武田勢の動向だ。
鳥取城を中心に、武田家当主越前守義信率いる兵は二万以上。城には兵糧が運び込まれており、戦支度は順調に進んでいるそうだ。加えて、兵数こそ不明だが、援軍が因幡に向かっている、との事。
これでは因幡に攻め込むのは悪手であろうな。城攻めは城側の三倍の兵が必須になるというのに、同数でぶつかるのは愚策と言える。
であるならば、向こうに不利な地に誘き寄せるのが上策と言える。
そうなると、やはり山岳戦であろうな。山中の戦いは、平地以上に指揮がしにくい物。単純に木々のせいで視界が遮られるからだ。
となれば武田軍は指揮を執る為に、山頂に陣取ろうとするのは間違いない。
こちらは城砦に籠るのだ。そうすれば向こうは野晒しになる。長期戦になればなるほど武田勢の士気は下がるだろう。
後は具体的な場所だな。
武田家がどういう道を選ぶか?だ。武田家は鳥取城を拠点としている。そこから美作へ攻め込むとすれば、まずは因幡街道を下る事になる。
一番可能性が高いのは、英田郡に出る事だ。因幡街道をまっすぐ道なりに下れば到着するのだから、道に迷う事も無い。街道自体も狭隘ではあるが平地に道が走り、傍に川もある。地の利に明るくない軍勢が行軍するのならば、これほど良い道はない。
この場合、武田勢と最初に接するのは英田郡を始めとして五郡を有する有力国人衆である草刈三郎左衛門尉衡継か。我が浦上家に歯向かい、所領を奪った挙句に毛利と手を組んだ仇敵。武田家に降る事を選んだ、山名家とも敵対していたな。
こ奴については、特に問題は無い。今更武田家に降ろう、等とは考えもせんだろう。
何せ山名家から奪い取った、因幡の所領二郡を奪われたのだからな。恨み骨髄と言った所だろう。
次に武田勢が来そうな経路。それは因幡街道を途中で逸れる道を選ぶ事だ。
因幡国智頭郡杉ヶ尾城を足場として、勝北郡に攻め込むだろう。この場合は大別当城の有元佐綱が対峙する事になる。
有元は名の違う一族とともに尼子家に服している。普通に考えれば、有元もまた武田相手に徹底抗戦をするのは間違いない。
間違いないのだが……
取られると痛いのは大別当城の方だ。近隣の永光城も有本と同じ一族が治めているのだが、あの辺りは後は広大な平野部なのだ。
つまりは大軍を展開するのに、圧倒的に有利な地となる。
何より、あの地を取られると尼子家と浦上家の連携が難しくなるのも問題だ。美作国を真ん中で両断される事になる。
その点を考慮すれば、恐らく武田はこちらを狙うだろう。ならば、どうするか?
やはり大別当城と永光城、その南にある加賀尾城に俺が入る。尼子殿には東にある矢櫃城に入って戴くべきだろうな。南西にある久常城に弟の軍勢が入り、そこから出陣して二城を直接支援。その後方から我らと尼子で援護に入る。
「殿。只今、尼子家当主、右衛門督義久様が御越しになられました!」
「俺自ら出迎える。失礼があってはならぬぞ!」
何と、まさか右衛門督(尼子義久)殿が向こうからお越しになるとは思わなかった。俺は矢櫃城まで挨拶に出向くつもりだったのだが。
早足で寺の外へと向かう。そこには軍勢を引き連れた右衛門督殿が、家臣の方々とともに姿を見せておられた。
「援軍、忝う御座います!」
「何、武田家を討伐するのは公方様の御命令でもある。足利家にお仕えする者として、当然の事よ」
「誠、仰せの通りに御座います。ささ、まずは中へ。たいしたもてなしも出来ませぬが」
お互いに床几へ腰を下ろし、一息ついた後、早速俺は右衛門督殿との打ち合わせに入った。
主題は、やはり武田家がどこから攻めてくるのか?だ。
「美作守(浦上政宗)殿は、武田が攻めてくるのは勝北郡と見ている訳か。確かに納得できる理由ではあるな」
「正直に申すと、理由は他にも御座いますが。こう申すのは心苦しいのですが、某は尼子家に服している有元一族に懸念を抱いて御座います」
「有元に裏切りの気配が?」
さすがに首を左右に振る。
俺の懸念は、証拠など何もない。ただ、先祖がそうだから、という理由に過ぎないからだ。
「大別当城の有元殿、正確には菅家七流、美作菅家党の出自で御座います。初代の事は御存知でしょうか?」
「初代?確か殿上人の数代後の者だと聞いた覚えはあるが?」
「初代の名は菅原真兼。かの有名な天神様、菅公の血をひく者に御座います」
右衛門督殿も、尼子家家臣達も御理解なされたようだ。俺の懸念に。
武田家には『天神様の寵児』と謳われる武田加賀守信親がいるのだ。つまりは、御先祖様の愛弟子という関係になる。
「右衛門督殿。某の領内では、あの加賀守(武田信親)が暮れに洛中で起こした騒ぎについての噂が広まっておりました。恐らくは弟、宗景も同じでしょう。尼子家では如何でしたか?」
「百姓兵の集まりに、常より時がかかったわ。領内で同じ噂が流れていたからよ。恐らくは武田の草が流したのだろうよ……まさか、それも?」
「某はそう判断致しております。こちらの行動を遅らせ、それとは別に有元殿を寝返らせる一石二鳥の策。それが狙いでは?と」
有元が武田に戦わずして下ったとしても不思議は無いのだ。
それどころか、率先して先陣を務めたとしても、誰もが頷いてしまうだろう。
神として祀られている御先祖様に寵愛を受けている男を相手に、誰が戦おうと思うだろうか?それも雷で身を守るほどに愛されている、というのに、だ。
「有元殿を寝返らせぬ為にも、手を打っておく必要があると存じますが、いかがでしょうか?」
「質か?」
「妥当な所では。ただ質を取れば、有元殿が不満を抱えるでしょう。場合によっては質を見殺しにしてでも、武田に着く事も考慮しなければ。ならば質よりかは監視役を援軍として派遣するという体裁を取るべきではないかと」
右衛門督殿は、顎を撫でながら『一理あるな。其方達はどう考える?』と尼子家家臣達に問いかけられた。
問われた者達は『御随意に』と短く返す。悩むことなく即答という事は、有元に懸念を抱いたという事だ。ならば監視役が油断する事も無いだろう。
そこへ『軍議中、失礼致します。只今、遠江守(浦上宗景)様が御到着なされました』と近習が伝えに来た。
「すぐに通せ。右衛門督殿、弟も来たようです」
「うむ。あとはこちらの後続と、武田の総兵力次第であるな」
そんなやり取りをしていると、弟も家臣を引き連れて姿を見せた。
同行者は二人。確か明石某と、宇喜多直家だったか。宇喜多は此度の共同作戦について使者として俺の下に赴いた男だからな。名前も顔も良く覚えているわ。
戦場ではこちらを相手に大分暴れた男だが、味方となれば頼もしいわ。
「遅れて申し訳御座らぬ。兵を集めるのに時がかかり申した」
「遠江守殿、そう気にする必要は無い。我ら二人も同じよ。まずは一息吐かれるがよい」
「忝う御座る。ただ、先に報告しておかねばならぬ事が」
床几に腰を下ろしながら、弟が口を開く。それほど急ぐとは、一体、何があった?
「馴染みの商人からの情報です。先月の事ですが、こちらへ進軍中の武田勢の中に、鏖の旗を掲げる軍勢が居た、との事」
「やはり来たか!武田加賀守信親!」
「ただし総大将は加賀守ではなく、三男の三郎信之との事。加えて軍勢は三河松平家、北近江の浅井家の旗印も翻っていたそうです」
天神様の寵児、今荀彧とまで謳われる男が総大将を務めておらぬのか?
おかしな話だ。格という点から考えても、奴こそが総大将に相応しいだろうに。
……だが、鳥取城には当主である越前守義信がいる。あくまでも『援軍』ならば、総大将は越前守義信。三郎信之が総大将を務める訳ではない。
「どう考える?美作守殿」
「総大将を越前守義信が務めるならば、おかしくはありませんな。その場合、加賀守が軍師役を務めるのでしょう。であれば、三郎信之には経験を積ませる為に、行軍中の大将役を経験させている、という事も考えられます。それなら矛盾はありませんな」
「確かにな。そうなると敵兵力は総計四万と見ておくべきか。まともにぶつかれば、勝ち目はないな」
右衛門督殿の仰る通りだ。
ここで勝つには策を練る必要が有る。
奇襲で隙を衝くか。或いは地の利を制して、数の不利を補うかだ。
改めて、勝北郡周辺の地図を開く。
奇襲。それも夜襲だな。総大将を務める越前守義信の本隊を狙うのだ。となれば山間の狭隘の地で襲撃を仕掛けるべきか?
武田家も馬鹿ではない。奇襲を防ぐ為、行軍中は物見を先行させるはず。その目を掻い潜って、兵を率いて襲い掛かるのは難しいだろう。となれば、足を止めた所を狙いたい所ではあるのだが。
……妙案を思いついたわ!
「右衛門督殿。大別当城から東に一里。山の中に右手城という山城が御座います。ここに囮の兵を詰めておいて、夜間に越前守義信の本隊を衝く、というのは?」
「良き案だな。ならば、その囮役を有元にやらせるのも手だな。有元には右手城の西に我らが兵を伏せていると説明しておく。ただこの情報も囮。本命の奇襲は、反対側の東に伏せた兵だ」
「なるほど。良き案かと。ならば、奇襲役は某が務めましょう。この辺りの地の利は、多少は覚えが御座います」
弟には、右衛門督殿の先陣を務めて貰わねばならぬ。右衛門督殿率いる尼子勢は頼りになる御家ではあるが、浦上家としては頼りきりになる訳にもいかぬのだ。
それに武田家は山中を行軍してくる。幾ら精強な武田兵でも疲労は誤魔化せぬ。
となれば、手柄を挙げる絶好の機会であるとも言える。ここは浦上家として手柄を挙げる事で、浦上家が如何に役に立つのかを見せねばな。
「万が一、有元が武田に与すれば、越前守を城に招いて一泊させる筈。この場合は城外の兵を蹴散らす事に専念し、翌日に城へ総攻撃を仕掛ける。右手城の規模を考慮すれば、籠れる兵は少ない。短期決戦総攻撃を仕掛ければ、一日で落とせるだろう。有元が徹底抗戦するのであれば、越前守を狙う。そんな所で御座いますな」
「兄上、有元が裏切る、と?」
「かもしれぬ、という事だ。だからどう転んでも良いように、両方の対策を用意しておく。遠江守、其方には右衛門督殿の先陣を務めて貰う」
弟は『心得た』と頷いてきた。
だが、何だ?何やら俯いておる。顔色も悪いようだが、何かあったのか?
どうやら弟の家臣も気づいたようだ。その内の一人、宇喜多が進み出てきた。
「殿。近習に葛根湯を用意させております。昨夜から調子が悪いと申しておられたでは御座いませぬか。皆様方に御風邪をお染つしになられては」
「何だ、遠江守。風邪を引いておるのなら、早う申せ!」
「主に代わり、お詫び致します。右衛門督様、美作守様。主は先陣を務めるつもりでおりますが、風邪を引いた事を悔やんでおられました」
そういう事なら仕方がないわ。戦の前に本格的に体調を崩されても、意味が無い。
やれやれと苦笑いしていると、右衛門督様も『風邪は万病の元。今は少しでも体を休めるがよい』と度量の広い所をお見せになられた。
それにしても、宇喜多直家。弟には勿体ないほど、気の利く男だ。
「其方には久常城に入って貰う。武田の動向は調べておく故、今は風邪を何とかするのだ。何かあったら使者を送る。良いな?」
永禄五年(1562年)四月、美作国、久常城、宇喜多直家――
美作国防衛戦。対武田家の為に参戦した我らが入った久常城。
とは言え、城の規模が小さい為、率いてきた兵の大半は城下に振り分けて休息させている。出陣の時までは、英気を養っていてもらうとしよう。
それよりも、問題は殿(浦上宗景)の事だ。先程から顔色が悪い。
「八郎!俺はどうしたら良いのだ!有元の事を其方も聞いたであろう!」
「落ち着いて下され、殿。どこに目と耳が有るか」
そう小さく囁くと、殿も御自身の不注意さにお気づきになられたのだろう。
小姓に用意させた葛根湯を一息に飲まれると、甘味で落ち着かれたのか、僅かに顔を綻ばせた。
どうやら急場は凌げたか。あの場では風邪を引いた事にして退場させようと目論んだのだが、やはり正解であったようだ。あのままにしておいたら、間違いなく不信を抱かれたであろうな。
「建前上は御風邪を召された事にしております。明日には完治されましょう」
「……問題は無い。そういう事か?」
「はは、仰せの通りに御座います。確かに当初の予定とは食い違って御座います。しかしながら、十分に修正は可能で御座います。寧ろ、二度と御風邪を召される事は無いと断言致します。それほどの手柄となりましょう」
当初の予定との食い違い。それは大別当城の有元家の事だ。
まさか有元家に裏切りの疑いがあるとは。確かに武田家の勢いの前に膝を屈する、というのは考えられる事ではある。
だが、それはこちらにとっても有難い誤算だ。
武田家に高く売りつけるには、絶好の機でもあるのだからな。
「手柄を挙げてこそ、高く評価される物で御座います。それが想定外の事態であればあるほどに。そうは思いませぬか?殿」
「確かにそうだな。飛騨(明石行雄)、酒を、いや百薬の長を支度するのだ!皆も付き合え!勝利の前祝よ!」
殿の不安も消し飛んだようだな。殿には明るく振舞って戴かねばならぬのだ。
万が一にも、策が露見する訳にはいかないのだからな。
これで良い。
私も励まねばならんな。
御家を大きくする為に。
今回もお読み下さり、ありがとうございます。
まずは播磨(途中から美作)国、浦上政宗視点より。
【兵が集まらない!】
主人公の流言工作(やったのは村雲衆だけど)による、百姓逃走が始まり、思うように百姓兵が集まらない、と言う状況です。
それでも山狩りとかして、無理矢理集めてる感じ。
【総兵数】
美作側が当初は18000。そこに後続が追加。
武田側は信之君IN義信兄ちゃんOUTなので、約20000。でも尼子・浦上側は義信兄ちゃんが帰るとは欠片ほどにも思っていないので『40000ぐらいで攻めてくる!』と誤解してます。
でも、そう考えるのが普通ですよねw
【武田の侵攻経路予想】
因幡街道って、凄く行軍に向いてるんですね。地図見たんだけど、平地が続くし川はあるから水に困らんし。
地の利に詳しくなければ、ここを基本とするだろうな、と言う感じです。
【英田郡】
この辺りは草刈氏が支配していたようです。この頃の草刈家当主は、かなりの実力者だったみたいです。尼子・山名・浦上を敵に回して毛利と組むとかw
こちらに来た場合は、兵を返しても十分間に合う、という考えです。武田に降る可能性は低いと見ているからですね。
【有元】
菅公の子孫一族。
道真公の曾孫である資忠の次男、良正が美作に隠棲(出家?)。数代経過し、子孫の知頼は美作守となり、在職中に勝田郡で死去。息子、真兼は帰郷せずに押領使となります。
この四代後、満祐は子沢山。息子達は菅家七流と称され、嫡男が有元(在本)という姓を名乗ったそうです。
【大別当城】
ここを抜かれると、本気で平野部になるんですよね。武田の総兵力40000とみている政宗さんにしてみれば、ヤバいと思うのは当然です。
【尼子義久】
尼子家を一代で滅亡させた御方。とはいう物の、急逝した先代が解決しきれなかった家中の内紛(新宮党粛清)が原因なので、一概に義久が悪いという訳でもないんですが。
ただ元就さんに、良いように踊らされた(雲芸和議)点は、この方に非があると思いますが。戦国時代を生きぬくには、甘すぎたのでしょう。
【一石二鳥の策】
政宗さん、穿ち過ぎw主人公は菅家七流なんて欠片ほどにも知りませんからwマイナー過ぎますしね。
野望シリーズでも、下手すりゃ出てないのではw
【宇喜多直家】
政宗さんからすれば、これまでは仇敵。史実でも政宗陣営相手に、宇喜多さんは大暴れしてますから。
【総大将】
鳥取城に武田家当主が居れば、そりゃあ義信兄ちゃんが総大将と考えますよねえwまさか信之君が総大将なんて思わんだろうし。
【右手城に囮】
籠らせるのは有元。奇襲作戦も教えておきます。
武田に与したら、夜襲で兵を蹴散らした後、城で一泊しているであろう義信兄ちゃん諸共、という考え。右手城は小さいので、武田の兵を全て入れるのは無理。大半は外になります。
奇襲作戦が洩れれば、武田勢の目は西側(尼子・宗景)に向く。秘密裏に潜んでいる東側(政宗)から見れば、無防備に背中を晒している状況。こうなると数の差なんて意味が無い。
武田と戦っていたら、文字通り時間稼ぎをして貰う。夜襲で武田を追い払うと分かっていれば、心が折れる事も無く籠城するだろう、という考えです。
【宗景さん不安】
有元裏切りの可能性あり。それを聞いて『遠回しに俺が疑われているんじゃあ!?』と誤解しまくりwやましい所があるからこその、自縄自縛状態です。
これでは三流ですね。
【風邪】
見かねた直家さんが助け舟。
風邪ひいたから、と言う理由でこの場から立ち去れる。それに気づいた宗景さんは、素直に風邪を引いた事にします。
次は宇喜多直家視点より。
【目と耳】
周囲の状況も考えずに、ゲロりそうになる宗景さん。家臣からしたら頭痛を感じるだろうな、と言う感じです。
【御風邪】
尼子・政宗陣営に対する裏切りの策を、風邪に例えてそれとなく励ます直家さん。
【二度と御風邪を召される事は無いと断言致します】
なんと頼もしい一言!主にとって、頼りになる家臣は宝ですね!
【有元】
これは直家さんにとっても想定外でしたw
【手柄を挙げてこそ】
苦しい戦ほど、手柄は高く評価される物です。
【御家を大きくする為に】
……デジャビュ?
今回もお読み下さり、ありがとうございました。
また次回も宜しくお願い致します。




