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謀略編・第二十話

 謀略編・第二十話更新します。


 今回は越前国が舞台。新年の評定の後に行われた密談という設定です。評定自体は省略したので、『評定は何処?』と探さないで下さいw


 あと今回もボリューム増です。

永禄五年(1562年)一月、越前国、一乗谷城、武田信玄――



 新年の挨拶に続き、新年の評定も終えた儂は、一部の者達だけを集めて内密の相談を行っていた。

 参加者は筆頭軍師武田加賀守信親、相談役山本道鬼斎勘助、同じく相談役原美濃守虎盛、真田弾正幸隆、武田家四天王筆頭馬場民部少輔信春。これに加えて三郎(武田信之)と四郎(諏訪勝頼)という顔ぶれだ。

 本来なら四天王筆頭は美濃守(原虎胤)なのだが、暮れに隠居の申し出があったのだ。


 『齢六十を超え申した。最早、老骨が出しゃばるよりは後進の育成に専念する事で、某の攻城戦の技術を若手に教えたい』という申し出があったのである。

 その為、美濃守は学び舎での若者の育成に携わる事になったのだ。余程の事が無い限り、戦場に出る事は無いであろうな。

 『民部少輔(馬場信房)がいれば、某の代わりは務まりましょう』

 確かに民部少輔の実力は、美濃守を感じさせるものがある。

 武の民部少輔、智の二郎(武田信親)がいれば、武田家は安泰であろうな。


 そう言えば、その二郎だ。

 暮れにゆきが不在の理由を訊ねてみた所、その理由が判明した。先月、ここへ来る前に側室のゆきが子供を産んだ。

 出産は無事に済んだのだが、産まれたのは男と女の双子。すわ畜生腹と騒ぎになったそうだが、即座に二郎が一喝したと言う。


 『俺は甲斐の虎の息子だ!獣の子?上等ではないか!俺を凌ぐ賢き猛獣に育て上げてくれるわ!』

 畜生腹と口にした家臣達は一斉に平伏したと聞く。ゆきは涙を流して喜んだそうだ。それにしても二郎め、父親として激怒したのだろうな。アレが本気で怒るなど、儂ですら見た事が無いわ。三条にも教えてやったが、唖然とした後に腹を抱えて笑い出しおったわ。

 側室の油川も禰津も、二人とも面白そうに笑っておったな。幼い子供達や孫達は、純粋に出産を喜んでおった。実に喜ばしき事だ。一族の仲が良いのは、父或いは祖父として、何より御家の当主として有難い限りよ。

 武田家で二郎の双子が軽んじられる事も無かろう。寧ろ、将来に期待するであろうな。

 息子は文若丸、娘は花と名付けられた。息子については儂が名付け親だ。以前から名付け親になって欲しいと頼まれていたからだ。荀彧の字を使わせてもらったが、我ながら良い命名だと思う。

 いかんいかん、今はそういう場合ではなかったな。気持ちを切り替えんと。


 「さて、二郎よ。これより真の評定を執り行う。まずは六角家に対して、だ」

 「はは、昨年行った、六角家重臣平井家と、我が家臣柴田家の見合いから御報告致します。見合いは無事成立致しました。雪解け後に加賀へ嫁入りとなります。平井家の息女梅は浅井家を離縁され、実子とも引き離されて以来屋敷に閉じ籠っておりました。ですが柴田の為人を認めた平井が、是非に娘を嫁にと頭を下げたとの事」

 「其方の目論見通りにいったな。平井は娘を策謀の結果として、不幸な目に遭わせてしまった。ならば娘を再婚させるのなら、策謀や冷酷非情さとは無縁の、面倒見の良い男を望むだろう、と」

 その上で、六角承禎入道(六角義賢)が、嫁がせても良いと考える相手。それには親交深い加賀武田家が最も都合が良かった。

 二郎はそこまで読み切った上で、柴田に娶らせようと考えたのだ。


 「見事であったぞ。三郎、四郎、其方達に問う。何故、二郎がこの婚儀を進めたかは理解出来るか?」

 「六角家との関係修復が目的では無かったのですか?」

 「私も兄上と同じ考えでしたが、他に目的が?」

 ともに首を傾げる二人。さすがに分からぬか。だが仕方あるまい。

 こればかりは策謀に長けておらねば読めぬだろう。もっとも二人には策謀に関する経験が絶望的なまでに足りない、という部分もあるがな。

 まあ良いわ。策謀に関しては若い者達が育ってきておる。三郎や四郎は、それらの若手を使いこなす事が肝要よ。


 「平井家と柴田家は縁続きになる。それは平井家が武田家と誼を通じる事になるのだ。そして六角家当主義治は、当主の器に非ず、嫉妬の強い男だ。そこに噂を流してやるのよ。平井が柴田に頻繁に文を送っている、と」

 「父上、それは婚儀を行うのであれば、当然の事に御座いましょう?」

 「否。当主義治にしてみれば、平井は六角から離反しようとしていると見えるだろう。例え先代当主承禎入道殿が庇ったとしてもな。そして義治にとって面白くないのは、この話は二郎が承禎入道殿に通した話である、という点だ」

 三郎と四郎の目が二郎に向く。対する二郎は『考えてみろ、これが何を意味するのかを』と返してきた。

 実に良い。兄として弟を鍛えてやるのだ。

 

 「ひょっとして、当主の立場が無い、という事でしょうか?」

 「それよ、三郎!当主義治は実績も無く人望も無い。そこへ当主である自分を無視して先代当主が家臣と他家家臣との婚儀の話を進めたのだ。腸が煮えくり返るのは当然であろう?例えそこに武田と六角の関係修復という大義名分があったとしても、な?」

 「そういう事で御座いましたか!」

 どうやら理解出来たようだな、二郎は承禎入道殿とは非常に親しい仲だ。そこへ話を持っていくのは、至極当然の事。誰もおかしいとは思わぬ。

 だからこそ、その当然の対応が毒となるなど誰一人として理解出来ないだろう。

 

 「平井はいずれ義治による粛正を恐れて、婿の柴田を頼って加賀へ逃げざるを得なくなるだろう。今では六角六宿老とまで呼ばれ、若い頃は管領代(六角定頼)に仕えた名高き重臣が逃げ出すのだ。近江には激震が走るだろう?」

 「そして俺は平井を柴田付きの与力として手厚く遇する。近江には、それがどのように見えるだろうな?義治はさぞかし平井を悪し様に罵るだろう。父親である承禎殿が諫めるだろうが、聞く耳を持つとは思えんな」

 「さらに義治を追い詰める。すでに忍びが、美濃でも流言工作に取り掛かっているのだ。美濃は六角家への恨みが募っている地だからな。稲葉山で抵抗を続ける長井道利の軍勢に、百姓兵が自発的に加われば、美濃側の兵力は跳ね上がる。結果として、六角家の信望は地に堕ちる。そうさせぬ為、当主としての実績を作らんが為、義治は自ら出陣しようとするであろう。たかが国人衆、たかが百姓と舐めてかかるだろうな」

 平井の逃亡、美濃の反乱、どちらが先に起きるかまでは儂にも分からん。だがこの二つが重なれば、間違いなく義治は当主失格の烙印を押されるだろう。

 義治はますます家臣との間に亀裂を作る。親父の承禎が生きている間は防壁となるだろうが、それが無くなれば義治は終わりだ。

 その間に武田は調略を行う。表向きは国人衆が自発的に武田家に忠誠を誓ったという体裁を取る。六宿老達重臣は後回しだ。まずは淡海乃海周辺の末端から切り崩す。


 「美濃は強い。それも復讐者だ。加えて、義治に近江国人衆が素直に従うか?承禎入道殿であれば従うだろう。だが義治ではな。半分応えれば良い方だろうな」

 「では承禎入道殿が旗頭になれば……あ、そういう事ですか!」

 「気づいたようだな、四郎。義治が当主として実績を作るには、親父が旗頭でないと作れないのだ。だがそれでは義治は納得できない。しかし親父を頼らなければ、戦に負けて面目を失う。結果、義治は意地を張り、そして美濃は六角の支配から離れる事になる。あとは時を見て、武田が攻め込むまでよ。飛騨、尾張、北近江からの同時侵攻。そしてかつての美濃の主である道三の命を引き換えにした最期の頼みに免じて、長井道利を始めとする全員の罪を免じる。望むなら武田家に仕えるがよい、とな。旗頭となるのは四郎、其方だ!いずれ諏訪を治める男に相応しい手柄を挙げて、堂々と諏訪へ凱旋出来るようになれ!」

 『はい!』と四郎が返事を返す。内藤の補佐に加えて、真田と松平の助力があるのだ。失敗はまずあるまい。

 そしてこの後、松平には三河全土を任せる。ついでに三河守の申請もしておいてやるとするか。嫁いでいる姪の福も喜ぶだろう。


 「話を戻そう。武田家が美濃を手に入れた時、六角家は武田の脅威を理解するだろう。義治はそれ見た事かと、武田を悪し様に罵った己を正当化するだろうな。俺の言った通りだろう?と。だが家臣にしてみれば、そもそもの原因は誰が作った?となる。比叡山焼き討ちで、武田に宣戦布告した馬鹿はどこの馬鹿だ?とな。その時、家臣団はどう動くかな?普通に考えれば、御家第一に動き出すだろう」

 「そうなれば、武田家への伝手が必要となる。第一候補は加賀へと逃げた平井、話を通すなら最適だ。加えて、俺は敵は一族全てを滅する冷酷非情な男だが、味方には親身になる。ならば降るなら戦っておらぬ今の内に、と考えても不思議はない」

 「二郎によれば、下野守(蒲生定秀)もかなり参っているようだ。次郎と義治、二郎と雲光寺殿を比較して、肩を落としておるのだろう。改めて考えてみると、幼かった其方が雲光寺殿に挨拶出来たのは幸運であったな。当時八歳であった其方を知る六宿老は、其方を亡き主に匹敵する実力者と思っておるだろうよ」

 二郎は謙虚な事に『自分は未だ管領代様に届かずにおります』と返してくる。うむうむ、謙虚な姿勢こそ第一よ。天狗になってはならぬ。二郎はそれを理解しておるからこそ、先が楽しみなのよ。

 太郎(武田義信)は己の力量を弁えておる。その上で、二郎に対する嫉妬を持たぬ。そういう点では、太郎は上に立つ者として得難き資質を有しておるのかもしれん。

 家臣に嫉妬しなければ、家臣としても仕え易いであろうしな。


 「平井と蒲生、二人が武田に下れば六角は降伏を余儀なくされる。そうすれば南近江は武田の物だ。見事な献策であったぞ、二郎」

 「お褒めの言葉、忝く存じます」

 勘助と真田は満足げだ。見事に南近江と美濃を食らう事が出来るのだ。だが三好を刺激するのは確実。ここは、三好との関係維持を図らねばなるまい。

 三好には対本願寺、対公方という大事な役目があるのだからな。

 西国攻めが終わるまでは、ぶつかる訳には行かぬのだ。


 「二郎。三好に対する献策はあるか?」

 「美濃や近江占領後、三好の武田に対する警戒心は跳ね上がります。故に、三好の警戒心を和らげねばなりませぬ。そこで四郎に三好家から嫁を貰います」

 「わ、私にですか!?」

 四郎よ。其方も元服済なのだ。妻がいて当然なのだぞ?

 まあまだ十七となったばかり。とは言え、やや遅かった感はあるが、まあ良いわ。


 「候補としては、私と文の遣り取りがある三好家重臣、松永弾正殿の孫娘を、修理大夫(三好長慶)殿の養女とした上で四郎の正室と致します。松永殿は外様という出自ながら修理大夫殿の信頼も厚く、相住を許されていたほど。加えて御継室は広橋権大納言(広橋国光)様の妹君になります。家格、血筋、どちらをとっても申し分ない御方です」

 「武田からも嫁を出すのか?」

 「それも有りかと考えます。ただ問題は当主である筑前守(三好義興)殿にはすでに御正室がおられるという点に御座います。であれば、筑前守殿の幼い御嫡男と、武田家の娘を大御屋形様の養女とした上で婚儀を挙げ、娘は武田家で養育致します」

 良き案に思えるな。互いに娘を、という条件ならば否とは言うまい。

 だが相手は三好の正当な当主。となると、家臣よりかは一族の娘を養女とするべきであろうな。

 三好にもメンツというものがあるだろうしな。

 この辺りは一考の余地あり、か。


 「これにより三好家の警戒心を和らげます。同時に武田勢と共に西進を再度、提案致します。三好が領土を増やすには西以外は存在しません。であれば、まず三好本家は足元の本願寺、紀伊畠山を制し、分家は四国制圧を行うべきである、と判断するでしょう」

 「南近江と美濃を手に入れれば武田の石高は一気に百万石は追加される。であれば危機感を覚えような。さすがに領土拡大を考えるか」

 「同盟相手と言えども、力関係は重要に御座います。私からも松永殿に働きかけて、三好家の西進を提案致します。松永殿も修理大夫殿も聡い御方。武田に力で負けてはならぬと考えましょう」

 確かにその通りよな。であれば、三好家による本願寺攻めを行うならば、援軍を求められるのは必定となるか。太郎は西を攻めねばならん。であれば、これは儂の役目。まあ良い、久方ぶりに儂の指揮を見せつけてやるとするか。名将と名高き三好修理大夫殿との指揮比べというのも一興よ。


 「二郎よ、三好から援軍要請がある場合は儂が対応する故、心配はいらん。それで肝心の其方の方だが?」

 「はは。能登ですが暴発させる為に、元畠山家臣の温井、三宅の両名に流言工作を命じております。国人衆を調略してしまえば、畠山も降伏するでしょう。当主は隠居、跡取りの子供を私が傀儡として傀儡政権を築き上げる。将来的には某の娘、月との縁組も視野に入れております。これにより、国人衆も七人衆も下手な動きは出来なくなります。万が一ですが、当主義綱が乾坤一擲の博打に出た場合、義綱は重臣に見放されると見ております。義綱は自身に権力を集中させる為に、少々やり過ぎておりますゆえ」

 「あとは領地は本領安堵。直轄地のみ、加賀武田家で領する、という所か」

 まあ妥当な所だろう。不安点があるとすれば長尾による調略だが、二郎がその事を失念しておるとも思えぬ。恐らくは対策を考えてあるのだろう。


 「兄上、質問をお許しください。畠山が降った場合、家臣団は信用できるのですか?」

 「まあ出来ない連中はおるな。四郎、其方に質問だ。仮に其方に降った家臣の中に、旧主に忠実に仕えてきた者と、領土や欲で簡単に寝返った者がいたとする。その時、其方はどちらを警戒する?」

 「それは欲で寝返っ……そういう事で御座いますか」

 「温井も三宅も、権力を奪おうとして失敗した男達だ。であれば、後は分かるであろう?畠山家臣団の中で信用できる者がいるとすれば、それは畠山家の為に真剣に考え、動いて見せた者だけだ。そういう者達ならば、私は外様であろうと重用するぞ。私の責任において、な?」

 三郎、四郎、大いに二郎から吸収するのだ。譜代だけを重用してはならん。武田が領土を広げるにつれて、外様も使わねばならなくなる。二郎のように育てる事が出来ぬのならば、外から連れてくるべきなのだ。

 三郎も二郎に助言を貰って、色々と動いてはおるようだがな。

 問題は四郎よな。儂の下では、直属の家臣登用は厳しいかもしれん。適当な城を与えて、登用し易くしてやるか?これも考えてやらねばならんな。


 「次に越中についてですが、恐らくは現状維持のままでしょう。長尾の留守を預かる者達が下手に椎名に力添えをして、武田との全面戦争の火蓋を切るとは思えぬからです。あくまでも神保と椎名の小競り合いで止まるかと。こちらからは手出しはしませぬが、椎名家の菩提寺を通じて不安を煽っている所に御座います」

 「菩提寺か、良い所に目をつけた物だな。だがよくもまあ、菩提寺が武田の言い分を信じてくれたな」

 「直接、菩提寺に干渉はしておりませぬ。椎名の菩提寺は常泉寺、宗派は曹洞宗。となれば越前には本山、永平寺が御座います。あとは伝手を辿って、本山から常泉寺を心配する文を届けさせるだけに御座います。長尾は関東で越年すると聞いたが、大丈夫か?商人から越中の米の値が上がっていると聞いたが、戦が起きるのではないか?と」

 「どうせ其方の事だ。本当に買っているのだろう?」

 ニヤリと笑う二郎。やっぱり買っておったか。神保の領内でも買っておけば、矢銭という形で神保が兵を集めるための金銭支援も行える。武田は米を確保し、西国攻めへと回す事が出来る。本当にえげつない。

 これなら長尾と戦になる事も無いし、表立って神保に援軍を送る事も無い。

 椎名にしてみれば堪った物ではあるまいな。神保の攻勢が一気に強くなるのだから。もし長尾が出張ってきたら、それを大義名分に儂が出る。

 軍神がおらぬ内に、越中を物にしてくれるわ!


 「さすがに神保が椎名を潰せるとは思えませぬが、ある程度は領地を削ってくれるでしょう。軍神の関東征伐、そして上洛の間に神保には励んで貰います」

 「可能なら越中東部を物にしたい所だがな。さすがにそう上手くは行きそうもないか。まあ良い、ほどほどで十分よ。あとは関東だが」

 「正直、長尾が関東で越年するのは想像できませんでした。間違いなく私の力量不足。申し訳御座いませぬ」

 まあ二郎が謝る必要は無いのだがな。儂とて長尾は越後へ帰ると思っておったのだ。武田家中で長尾の越年を想定していた者がいたとは、正直、思えぬわ。


 「構わぬ。其方とて人の子。万能ではないのだ。それに、その後に計画を修正し、即座に対策を講じたのだ。それで十分よ。ところで、軍神の手の内だが、分かった事はあるか?」

 「あくまでも途中報告に御座いますが、長尾景虎が得意とするのは平地戦。騎馬隊を中心とした素早い移動からの連続攻撃こそが軍神の得手ではないかとの報告が来ております。一方で攻城戦は堅実な戦ぶりを見せているとの事。山岳戦に関しては、未だ検証出来ておらぬ、との事に御座います」

 「面白い報告ではないか。出来る事なら報告者から直接聞きたい所であるが、まだ関東におるのであったな?」

 「はい。文は武蔵国から届けられておりました」

 平地戦か。確かに越後は平野部が多いと聞く。であれば兵の移動力を重視し、次から次へと兵をぶつける戦い方に特化するのは当然の事かもしれん。それは攻撃を重視した戦い方であるが、一度ついた勢いを制御するのは難しい。指示の伝達も難しくなる。それでも長尾景虎が戦で失態をやらかした、という話は聞いた事が無い。となれば、まさに戦場の差配に関しては、軍神の二つ名に相応しいと言えよう。

 一方で攻城戦は堅実な戦ぶりを見せている、との事。それは平地戦と違って、尋常ではない戦では無かった、という事でもある。

 ここから導かれる結論。攻城戦において、軍神の実力は一流止まり。超一流とまでは言えないという事だ。

 恐らくは騎馬兵による足の速さを利用した戦いを、城攻めでは活かせぬからであろう。

 であれば、越中の新城二つは正解かもしれん。


 「二郎。其方に北条への支援兵糧、本家から五万石ほどくれてやる故、上手い事使うがよい。代わりに更なる情報を入手させよ、良いな?」

 「心得ました」

 「民部少輔、美濃守、勘助、弾正。どうやら甲斐の頃からの最大の敵、徐々に手の内が見えてきたようだ。時が来たら励んで貰うぞ?」

 四名ともに平伏する。甲斐時代から最も警戒してきた男が相手なのだ。二郎の献策により、今までは矛を交えることは無かった。だが、これからは違うだろう。恐らくは長尾の上洛が終った後、であろうな。

 その時に先陣を受け持つ事になるのは二郎。

 幾ら今荀彧と言われる二郎でも、軍神相手に戦では分が悪い。だからこそ二郎は新城を作るなど智謀を尽くしておるのだが。

 出来る事なら、もう一押し、欲しい所であるな。


 「それと長尾についてですが、以前に御相談した軍神封じの策を更に練り上げて参りました。出来れば、この場をお借りして検証をお願い致したいのですが」

 「ほう?楽しみだな、申してみよ」

 二郎の口から語られた策。策謀に長けた勘助、真田、儂ですら唸り声を上げた。まさかの策よ、これは今川義元を堕とした時以来の謀略だ。義元の時は盤面の存在を気取らせぬ事を肝としていた。そして今回もまた、同じく盤面を気取らせぬつもりなのだろう。

 と言うより、此度の策は兵を用いず、武を用いずに軍神を封じる。いや『軍神としての長尾景虎』を葬り去る策なのだ。

 兵も武も用いなければ、軍神と言えども気づく事は無いだろう。


 「これは仮定になります。長尾景虎と言う男は、一種の天才。毘沙門天の化身という二つ名に偽りなし。ですがそれは戦に限定された天才であると見ております」

 「何故そう思った?」

 「此度の関東侵攻に御座います。まず関八州は飢饉続きで食糧不足。そこへ自ら軍を率いて進軍しました。その軍は大軍となってきましたが、全軍の兵糧確保にまで気を遣っておりません。加えて足りない分は現地で徴発。飢えている関東の民がどれだけ苦しもうと、さほど気にはしていないと見ております。まだ関東での越年は越後の収穫に悪影響を及ぼします。翌年以降の収穫を減らしてまで、関東侵攻で得る物があるのか?あくまでも己の掲げる『義』を果たす以外の利が無い。それどころか、所領である越後に掛かる負担も大きくなるばかり。果たして、そこまで考えて出陣したのだろうか?そのように考えたのです」

 なるほどのう。確かに納得できる所はある。

 儂とて武田家を束ねる男だ。戦が長引けば、それだけ家臣にも、民にも負担は大きく圧し掛かってくる事ぐらいは理解している。それは補給網を構築している二郎であれば、容易に推測できる事でもある。


 「長い目で見れば悪手よな。飢饉で苦しんでいるのに、戦に巻き込まれた挙句、少ない食料まで奪われる。文字通り関東の民にとって軍神が率いる長尾勢は略奪者でしかない。そんな目に遭った民が長尾の統治を受け入れる訳が無い」

 「仰せの通りで御座います。武田家、いえ常備兵の真の強味は『略奪とは無縁』の集団である事。それは将来の統治に良い意味で影響を与えます」

 「その通りよ。武田家は殺さぬ、犯さぬ、奪わぬを徹底しておる。だからこそ所領の急拡大によって多少の不備が出ようとも、民は武田家を信じてついてくるのだ」

 だが軍神は、それを考えておらん。少なくとも、民の負担など欠片ほどにも考えておらんだろう。だから平気で徴発を行ってしまうのだ。

 戦とは、政の一手段に過ぎないというのにの。

 まさに愚行。亡き朝倉宗滴がこの場に居れば、間違いなく愚か者と一喝したであろうな。

 民の忠誠心こそ政の基本。まさに至言よ。 


 「もし軍神が関東管領として関東制圧を目論むなら、関東を完全制圧しなければなりません。それは小田原城の落城と北条家の全滅が前提条件となります。これを実現するなら、最低でも数年は必要となるでしょう。そうなれば上洛など不可能になります」

 「であれば、上洛の為に関東侵攻を中断する必要がある。それでは、また一からやり直しとなるが、今度は痛めつけられた民草が敵に回るのは確実だな」

 「あの男はその事を理解しているのだろうか?というのが私の疑問です。上洛の際に留守居役は置いていくでしょう。ですが、北条家の全兵力を敵に回して堪えられるとは思えません。地の利は北条、人の和――民草の心も北条にあります」

 軍神封じの策が発動した後に、景虎は再度、関東征伐を再開する。これは間違いない。

 だが、その時に理解するだろう。

 自分は嵌められた、と。


 「皆、二郎の策をどう思った?忌憚なく申してみよ」

 「某はまさに神算鬼謀であると思いました。故に賛同致します」

 「同じく、某も賛同致します。この策、軍神が回避できる要素が見当たりませぬ」

 勘助と真田は賛成か。

 正直、儂も同感よ。軍神の名声は『義』にあるのだからな。

 それを軍神が自らの意思で覆えさせる事が此度の策。日ノ本において、二郎にしか出来ぬ策よ。儂ですら、策を完遂できる自信はないわ。


 「某は策は苦手で御座いますが、効果はあると判断致しました。ですが、できればより成功の確度を高める為に、更なる検証を行うべきであると存じます」

 「美濃守様と同じく、某も賛同致します」

 美濃守も民部少輔も賛同か。

 更なる検証は儂も賛同できるな。策は素晴らしいものだが、どこに穴があるか分かったものではない。いざと言う時に困らぬよう、念には念をいれる。それは良き事よ。


 「私も賛成です、ただ問題は甲斐の情報が洩れる事に御座います。この点は何とかならぬでしょうか?」

 「難しい所に御座いますな。しかし、その点は更なる検証によって解決策が出てくる可能性は御座います。仮に解決策が無く、越後へ甲斐の情報が漏れたとしても、越後がそれを活用するのは難しいでしょうな。甲斐の民を甘く見てはなりませぬぞ?特に大御屋形様と加賀守様への甲斐の民の忠誠心は絶大なものが御座いますからな。竜王堤、血吸虫の排除、食料の安定供給、減税、そして甲斐の民は苦しみの中で生きてきた者達に御座います」

 「確かに勘助の申す通りだな。分かった、私も賛成する」

 三郎も賛成か。四郎もしっかりと頷いておる。

 反対意見は無し、か。決まりだ。


 「二郎、いや我が荀彧よ。儂が許可する。更なる検証を行い、策を実行に移すのだ!」

 「ははっ!」

 「言うまでも無いが、此度の件、決して漏らすな。例え妻子や近習、守役であってもな。良いな?」

 皆が平伏した。



 軍神、長尾景虎。其方は其方のままでいられるかな?

 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 今回はずっと信玄パパ視点です。


 【虎胤さん引退】

 史実だと翌年ぐらい?に亡くなってる攻城戦の達人、虎胤さん。今後は勘助さん同様に相談役兼、学び舎での若手育成に携わる事になります。


 【四天王筆頭】

 馬場信房(信春)さんが受け継ぎました。飯富源四郎(山県昌景)は義信兄ちゃんとこに出向中(叔父が義信兄ちゃんの守役の飯富虎昌)。高坂昌信は三郎君の守役。内藤昌豊は四郎君の守役。なので本家付きの馬場さんが筆頭です。

 見事に四天王がバラバラwまあこの四名は史実だと、勝頼期の四天王なので、まだ四天王名乗れなくても問題は無いんですが。


 【男女の双子】

 二卵性双生児ですね。

 主人公が現代人メンタルあるし、双子=畜生腹なんで迷信だと理解してます。なのでブチ切れました。

 ゆきの心労は、御産疲れの所に畜生腹という声が聞こえた為です。

 お母さん大好きな月が、心配するのは当たり前。


 【信玄パパの正室&側室】

 神仏なんて信じていない主人公らしい行動に、大笑いしてます。

 書いてはいないけど、義信兄ちゃんの正室である松さんも笑ってると思う。


 【双子の名前】

 文若丸:荀彧の字が元ネタ。

 花:母子揃って雪月花が元ネタ。


 【平井家と柴田家の婚儀】

 目的公開。

 義治君のメンツを丸潰しにし、不快感を募らせて平井さんに八つ当たりをさせる。やがて平井さんは婿を頼って逃亡する事に……という目論見。


 【美濃の流言工作】

 対六角家に対する挙国一致体制の確立w

 義治君の悪評とか流せば、民が自発的に長井さんに与する事も考えられます。そうなれば戦においても美濃側に天秤が傾き、六角が敗れる目が出てきます。


 【義治君の人望】

 主人公視点では、六角領内に義治君の悪評が流れている事は把握してます(流したのは浅井)。なので兵は集めにくいだろうし、国人衆も参戦を嫌がるんでは?と読んでます。

 想定外なのは、六角家内部で蒲生さんが暗躍し始めているという事実w


 【美濃吸収】

 義治君が失敗し、美濃から撤退した後ですね。

 総大将役は四郎君。美濃の人材を根こそぎ掻っ攫います。

 仮に六角が美濃制圧に成功しても、手は有るので問題はありません。


 【晴康君の三河全土支配】

 浅井賢政が美作辺りに転封なので、晴康君には三河全土となります。

 福は今川義元と信玄パパの姉の於豊さんの間に産まれた次女。長女の松は義信兄ちゃんの正室。

 福は周囲から見れば格落ちの家に嫁いだような物なので、その辺りにフォロー的な意味合いもあります。

 もっとも晴康君は主人公の初めての弟子であり弟分なので、知名度は意外に高いんですけどね。


 【美濃制圧後】

 六角家内部はガタガタになりますね。前後して平井さんが加賀へ逃げていれば?

 間違いなく『平井さん、口利きお願い!』となる事は間違いありません。六角家内部での平井さんの名前は有名ですから。

 こうなれば南近江も時間の問題。


 【蒲生さんへの対応】

 こちらは主人公の担当。面識あるし、繋がり深いですから。


 【義信兄ちゃんに対する評価】

 嫉妬心を持たない男。これに尽きます。

 こういう上司だと、下は働きやすい。結果として、下から慕われます。


 【対三好】

 四郎君にボンバーマンの孫娘を。三好長慶さんの孫に武田の娘を。

 本来ならボンバーマンは三好の家臣なので四郎君の相手として相応しくありません。でもボンバーマンは例外です。長慶さんからの絶大過ぎる信頼、大和一国の差配(1560年大和一国を統一)、広橋家と言うコネ。

 これらを考慮すると、割と良い御相手なんですよね。


 【本願寺攻め】

 三好長慶&武田信玄VS本願寺&毛利元就。

 ありえねえ組み合わせですw


 【能登方面】

 能登畠山家は傀儡政権にして取り込む。

 月の嫁ぎ先も決定致しました。まだ十年はかかるだろうけどね。


 【温井&三宅】

 信用度0。まあ信用してと言われても、ねえ?


 【四郎君の人材登用】

 信玄パパの下にいると、どうしても四郎君の家臣(陪臣)よりは、信玄パパの家臣(直臣)になるのを望むでしょうからね。

 なので親心発揮と言う所。美濃攻め後に、美濃の人材がどれだけ四郎君に入るか、それは不明。


 【越中】

 まずは菩提寺を通じて情報工作。

 椎名は『武田と長尾が同盟中』という事を、長尾から教えられています。だから万が一、神保家と戦になっても長尾からの援軍は来ない。自力で何とかしないといけない訳です。

 そこに菩提寺から『戦になるの?越中の米の価格上がってるって本当?軍神不在なのに大丈夫?』と聞かれれば『何で!?そんなつもりは無いぞ!』となります。理由は椎名家から戦を吹っ掛けても不利だから(神保には加賀武田の本軍が近くにいるけど、椎名は長尾の留守居部隊だけ)。当然、椎名としては不利な戦なんてする気はありません。

 でも戦の気配が有れば、米は買わなきゃいけない。でも米相場高騰w

 神保も米相場は高騰しているけど、矢銭徴集で補う事は出来る。

 結果として、加賀が能登に集中しても、越中は神保優勢となります。


 【軍神封じの策】

 ①武力は用いない

 ②軍神としての長尾景虎を殺す

 詳細はもうしばらくお待ちください。

 

 【殺さぬ、犯さぬ、奪わぬ】

 これを徹底していれば、多少の問題があっても支配は受け入れられると思います。

 少なくとも、他の御家とは違うわ、とは思ってくれるでしょう。

 史実の武田家ではありえないw


 【上洛後の関東征伐予想図】

 軍神にとってはハードモードどころかナイトメア設定になりそうですw

 敵勢が北条家主力&民兵の大軍勢とか悪夢でしかない。加えて、多分百姓兵のゲリラ活動とかも発生しそう。


 今回もお読み下さり、ありがとうございました。


 また次回も宜しくお願い致します。

 



 

 

 

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― 新着の感想 ―
うーむ、確かに謙信公が優れた為政者だったとは伝わってないですね… 武将としては一級品というかもはやチートだけど この手の逆行ものだと大体仲良くなるから、 軍神と敵対するだけでも新鮮だなぁ
[一言] 〉例え妻子や近習、守役であってもな。良いな? ふと、これが成立するのって、聞きたがるやつが「待て」を心得てるからなんだよな、とちょっと思った。 無論上司(信玄)命令が相手を問わず効果を持って…
[一言] 軍神封じについて 憶測ですが、負担が増えた越後の民が軍神を否定する とかですかね?
2022/02/13 21:00 退会済み
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