補足資料・其の一
盲目の軍師・補足資料・其の一になります。
盲目の軍師・補足資料・其の一
御題:甲斐国、本当に貧しいの?
まず、共通となる前提条件。
①収穫量の比較
・コメ収穫量の推移(平均)
1反=10a
現代農法:10~12俵/600㎏
『有機農法≒戦国時代:3~4俵/200㎏』
明治時代:有機農法同様。豊作=300㎏
太閤検地:1石(150㎏)収穫できる土地を一反とする、と決められる
②升と俵の基準
・甲州升(5.4ℓ)と京升(1.8ℓ)が基準
・甲斐国では年貢は『俵』で『籾米』で納める。『一俵籾二斗入』という甲州俵の基準がある。2斗=20升。使う升は甲州升なので、1俵=甲州升5.4ℓ×20升=108ℓとなる。
・重量に換算。『籾米18ℓ=15㎏』この比率で計算すると108ℓ=90㎏。
③甲斐国の収穫量
・甲斐国では1反の田んぼから2俵採れれば『今年は良く採れた』と評価された。つまり文句のつけようのない、甲斐国的に合格点扱いが2俵=180㎏。そして戦国時代の平均収穫量は200㎏(①コメ収穫量の推移より)。この時点で終わっている事は言うまでも無い。
④百姓が実際に食える量
・年貢は五公五民。1反から最高で180㎏収穫できても、半分は年貢で半分しか残らない(90㎏)
・籾米を玄米にすると、重量は×0.8。なので玄米換算で72㎏。
・百姓一家で田んぼを10反と仮定(戦前日本では、農家一家族の耕地面積が5反以下が5割を占めている。30反越えは全体の8%。そして甲斐国は平地が少ない山国。なので10反というのは、恐ろしく甘い設定数値。加えて畑は別扱い。そもそも耕地面積=畑+水田です)
・10反から玄米720㎏収穫。これを一年かけて食べる(ちなみに精米にすると×0.9で640㎏になってしまう)
⑤食生活(お米消費量)
・現代日本人の一日のお米消費量は119g(平均)これは麺やパンの影響の為。
・なので消費者庁の一日当たりの炭水化物摂取量320gを基準とてしてみる
・320g×360日(約一年)=115㎏。これが現代日本人の一年のお米摂取量と仮定。これは精米なので、玄米にすると130㎏相当になる。
・一日、玄米四合、味噌と少しの野菜を食べ(宮沢賢治の雨にも負けず)。宮沢賢治は裕福な家庭なので、あくまでも参考。
・玄米4合は籾米5合≒0.9ℓ×360日(約一年)=324ℓ。これを『籾米18ℓ=15㎏』で換算すると270㎏。これは籾米なので、再度玄米に換算する為に×0.8=216㎏。
⑥玄米換算消費量比較(一年換算)
・現代日本人:130㎏
・昔:216㎏
・甲斐の玄米生産量:大甘10反で720㎏
※ただし家族が一人住まいな訳がない。祖父母、両親、兄弟姉妹4人の8人家族だと、一人当たりの玄米割り当ては年間90㎏。どう考えても大赤字。そして普通はこれ以下になる。
結論。大甘10反水田で、畑は別扱いにして、更に甲斐国的には豊作な収穫量でも大赤字。一人当たり年間216㎏玄米欲しいのに、90㎏しか割り当てが無い。
・・・餓死者が出るのも当然です。年間必要量の半分収穫出来たら豊作?そりゃ無理ゲーだ。
で、今回更新分(甲斐国第六話)のサツマイモの場合。
① サツマイモ収穫量(1反辺り)
・現代日本:2.5t(ただし『不作』の場合)。最高で19tという記録もあるらしい。ちなみにお米は平均0.6t。
※この時点でチート作物です。日本のお米は小麦の5倍の収穫量がある筈なんですけど?
・サツマイモ初めて、と言う事で収穫量を×0.7として1.7t。
・貧困層8人家族の玄米必要量は合計1728㎏=1.7t。この時点で相殺。
・念の為に、2反の水田を畑にしてサツマイモ栽培すれば、飢え死には無くなる。
・とある部族は一生、サツマイモしか食べないそうです。
※改めてチート作物です。
・サツマイモ、土地が痩せている方が成長する。乾燥に強い。
※何度も言うがチート作物です。
・切り干し芋にすれば保存性向上。芋飴にすれば高値で販売(黒砂糖一斤250文、或いは20斤が銀9匁)。芋焼酎だって造れる。当時の日本は砂糖は輸入物。あとは天然の蜂蜜、水飴、果物が甘味であり、非常に高価であった。
※以下略
結論:無人島に行く時は、必ずサツマイモを種芋として持っていきましょう。水源確保すれば飢え死には有り得ません。
こちらもお読み下さり、ありがとうございます。
テーマはいかにサツマイモがチートなのか?甲斐の貧しさはvery easyモードでどれほどだったのか?これを数字を使って表してみる事にしました・・・結論は、無人島の御供はサツマイモ。この答えに至りました。
また思いついたら、何か書くかもしれません。その時は宜しくお願いします。




