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謀略編・第七話

 謀略編・第七話更新します。


 今回は加賀での一コマ。杉谷さんも再登場となります。


 念のために、先に注意書き。

 地名ですが主人公限定の地の文は現代の地名(昔の地名)という書き方です:山梨県(甲斐国)みたいな感じ。現代人メンタルの持ち主なので、やはり現代の地名で考えるだろうなあ、という所です。

 主人公以外と、主人公の台詞は昔の地名を使用します。

永禄四年(1561年)五月、加賀国、武田信親――



 やっと金沢へと帰ってこられた、都合二ヶ月ほど留守にしていた事になる。予定ではもう少し早く帰ってこられる筈だったのだが、こればかりは仕方がない。

 交通機関が発達した二十一世紀の日本ではないのだから。

 

 改めて考えてみると、この時代の不便さというものが骨身に染みる。

 金沢⇒小田原⇒静岡(駿府)⇒金沢という旅程も、この時代では二ヶ月近くかかるのだ。これが二十一世紀の日本なら、強行軍ではあっても日帰り可能なんだが。

 技術の成長がいかに社会の発展に必要不可欠なのかがよく分かる事例だ。


 情報についても同じことが言える。

 この時代は手紙を送るにしても、馬を走らせるか、商人に頼んで運んでもらうかが基本。どうしても到着までに時間がかかる。

 加えて敵対国等が間にあれば、遠回りもしないといけない。

 今の武田家は東西に伸びている。この点についても、もっと早くに手を打っておくべきだった。


 解決策はある。

 『伝書鳩』だ。主要拠点と各地方の拠点を結ぶ、鳩による情報ネットワークの構築。拠点から先は馬を走らせるようにすればよい。

 主要拠点は現状だと一乗谷城。だが先を見据えるとできれば長浜(今浜)が理想だ。

 それを実行するには、まずは浅井に退いてもらう必要が有る。その為には浅井の移封先――兵庫(美作や備中・備後)辺りの確保が必須。その上で長浜に築城して……

 すぐには無理だな。ならば急ぐ必要は無いか。


 「とりあえず神屋に命じて確認だけさせておくか」

 「直ちに呼ばれますか?二郎様」

 「いや、何かのついでで構わぬ」

 神屋が用事で来た時に頼めばよい。実行するには、まだ早いからな。

 そもそも明に伝書鳩があるかないかも不明だからな。まずは存在の有無から確認しないと。

 多分、あるとは思うんだけどな。江戸時代の日本で使われていたというぐらいなんだから。


 次に旅の途中で出会った一豊だが召し抱える事に決めた。ちゃんと真面目に書を読み込んでいたからだ。

 一豊は内容について問われると考えていたようだが、俺はそんな事は考えてはいなかった。俺の下で働く為に、本当に覚悟があるかを確認したかっただけだ。出来れば学び舎へ送り出したかったが、法度に違反する訳でも無いので直接育てる事にした。まずは藤吉郎に預けて、内政を学ばせるつもりだ。一方で暇があれば冨田流や鞍馬八流も学ぶように命じてある。護身は大切だからな。


 次に富山県(越中国)方面だが、かなり順調に進んでいた。雪融け直後の種蒔き時期に攻め込んだおかげで、一向衆はろくに防戦も出来なかったそうだ。おまけに兵糧の貯えも少なかった所に武田が攻めかかったのだ。一向衆側は破れかぶれで籠城することなく野戦を挑んできたのだが、勝家さんや昌盛さんの前にあっけなく散ったそうである。

 今は神保家とともに富山県(越中国)西部方面を切り取り中だ。とりあえず移動経路の確保だけ出来れば十分だと伝えてはあるが、それなりに領地も取ってきそうではある。

 そうなったら、今度は光秀の出番だ。色々と働いて貰わんとな。


 二人にも今回は大きな褒賞をくれてやれる。きっと二人も喜んでくれるだろう。その為にも、事前に根回しはしておかないといけない。特に昌盛さんというか小畠家にとって、五月の婚儀は都合の良い舞台なのだ。

 一乗谷城の信玄パパ宛に、既に文も送ってある。

 恐らくGOサインを出してくれるだろう。


 あとは石川県(能登国)だが、どうやら畠山家と国人衆の間に亀裂が走り始めたようだ。俺の仕掛けた策により、畠山家が国人衆を叱責したようなのである。だが国人衆も食わねば生きてはいけないのだ。

 この分なら、畠山家当主御正室を庇護するという名目で、本拠地である七尾城へ攻め込む事も可能だろう。当主の正室は六角家の出。彼女は何としても庇護してあげねばならん。旦那については、俺が面倒を見る義理は無い。生かしておいても面倒事になるだろうから、上手い事戦死して貰うつもりだ。


 「……一乗谷城へ出発するのは二日後か。ならまだ余裕はあるな。誰か、ゆきの所へ案内を頼む」

 小姓が出てきて、奥へと先導してくれる。普通は奥へ男の家臣が入るなど論外なのだが、俺の場合は別である。俺の案内役のみが許されるのだ。


 「二郎様、お呼び下さればお伺い致しましたのに」

 「気にするな、月を抱き上げたくなってな」

 「あらまあ。嬉しい事を仰ります。月、父上様が抱っこして下さるそうですよ」

 「とうしゃま!」

 月が俺に飛びついてきた。本当に可愛い子だ。盲で顔を見られないのが残念でならん。


 「月は可愛いなあ。もっと遊んであげられなくてごめんな」

 「うん、楽しみにしてる!」

 「ああ、勿論だとも」

 頭を撫でて上げると無邪気に喜んでくれる。本当に、いつまでもこうしていたい。

 ゆきとももっと時間を取ってやりたいのだが、そうもいかないというのが現実だ。それが申し訳なく思えてきてしまう。

 ゆきの腹を触らせて貰ったが、かなり大きくなってきていた。二人目という事になる。小田原へ連れて行かなかったのは、これが理由だ。出産時期は晩秋から冬にかけてらしい。木綿の産着も用意してあげないとな。


 「そういえば、ゆき、御祖父様は?」

 「さすがにこれ以上は留守には出来んと京へお帰りになられました」

 「彦五郎(今川氏真)殿が使者を寄こしてきたのかもしれんな。まあ御祖父様の事だ、暇を見つけたらまたこちらへ遊びに来られるだろう」

 もし雪の腹の子が男の子だったら、御祖父様に名付け親になって貰うか。それとも信玄パパにお願いするか、少々、悩みどころだ。まあ順当にいくなら信玄パパが先か。

 ……まだ男と確定した訳では無いからな。さすがに先走ったか。


 「月をこうして抱いてあげられるのも今だけだろうからなあ。嫁に行くのも、あっという間になりそうだ」

 「さすがに気が早過ぎませぬか?」

 「かもしれんな。この子を嫁にするのは、一体、誰になるのやら」

 自惚れでは無いが、加賀武田家の娘とくれば婿に困ることは無いだろうな。

 あとは性格だな。愚か者では御家が大きくてもくれてやるつもりはない。

 もしそんな輩に嫁に出す必要が出来たら、くノ一を娘にして寝首を掻かせてやるのも有りかもしれ……落ち着け、俺。暴走しているぞ。


 「そういえば、長親ももうすぐ帰ってくるな。あっという間だったわ」

 「昨年は加賀で学んでおりましたので会う事は容易でしたが、殿方は成長すると背が伸びるものなのですね」

 「俺はあまり大きくならんかったな。もう少し背が欲しい所であったが」

 俺の軽口にゆきがクスッと笑う。


 「そういえば、藤吉郎に二人目が出来たそうだな。俺の代わりに祝いの品も贈ってくれたと聞いたぞ。ゆき、ありがとうな」

 「いえ、それほど大したことでは御座いませぬ」

 「ゆきのおかげで俺は助かっているのだ。ゆきを妻にできた俺は果報者だ」

 「……かあしゃま?お顔まっかだよ?」

 月のおかげで、ゆきの状況が手に取るようによく分かった。

 ゆきが月に何か言っておるようだが、まあ恥ずかしがっているだけだろう。

 それにしても藤吉郎にも慶事があったのは喜ばしい事だ。

 話によれば、弟の小一郎の妻であるお寧さんも妊娠したそうだし、井伊家は一族揃って幸せな事である。特に井伊家にとっては、井伊谷を継ぐ子供になるかもしれないのだ。直親殿も一安心と言った所だろうな。一度ぐらい、顔を出してみるのも良いかもしれん。


 「またしばらく留守を頼む事になる、すまぬが頼むぞ」

 「はい、お任せください。ですが案内役は」

 「今回は虎盛に頼む。虎盛、というか小畠家の件で大御屋形様にお願いする事があってな。虎盛に報いてやりたいのだ」

 「以前、御相談のあった件ですね、良い事だと思います」

 虎盛も高齢だからな、なるべく早く実現させないとな。


 「話は変わりますが、越前への出立は明後日で御座いましたか。明日、お時間を戴いても宜しゅう御座いますか?」

 「そうだな。坊主と会うのが中食の後だから、その前か夕方なら構わんぞ?」

 「それは良う御座いました。真田喜兵衛殿、いえ源五郎殿が御挨拶を願っておりまして」

 そうか!今年は源五郎(真田昌幸)君が加賀で学んでいたな。

 という事は、源五郎君は学び舎の二期生であったのか。

 それにしても久しぶりだ。幸隆さんのところに帰って以来、文の遣り取りはしていたが、本当に懐か……


 「喜兵衛?昌幸ではないのか?」

 「喜兵衛と伺っておりますが、二郎様?」

 「すまんすまん、別の者と勘違いしてしまったようだ」

 俺が知らなかっただけで、若い頃は喜兵衛と名乗っていたのかもしれんな。

 真田昌幸は若い頃は真田喜兵衛と名乗っていたのか!初めて知ったよ!


 それはともかく、喜兵衛君の血を遺すのは武田家にとっても間違いなく利が有る。

 ……嫁を手配するか?加賀武田家と繋がりが強固になれば、対長尾でもより安心できる。何より将来、生まれてくるであろう兄弟との繋がりも出来るしな。

 待てよ?どうせやるなら徹底的に、だ。やっておいて損は無い。

 

 「ゆき。俺は喜兵衛を買っている。そこで嫁を手配しようと考えたのだが問題がある。分かるか?」

 「二郎様の養女として手配するにしても、加賀武田家重臣の中には年頃の娘御がおりませぬ。その点では御座いませぬか?」

 「その通りだ。さすがに月では幼すぎる。となると次善の策だな。あくまでも俺の紹介として御本家から嫁を手配するか」

 史実の真田昌幸さんが信玄パパの両目とまで評価されていた事ぐらいは知っている。

 となれば、俺が信玄パパに喜兵衛君を推薦。そこで信玄パパの人材収集欲を刺激すれば、学び舎卒業後に信玄パパの近習辺りに抜擢されても不思議はない。

 それだけの素質はある筈だからな。何より史実の昌幸さんと違って、俺が政の面でも鍛えている。高い確率で眼鏡に叶うはずだ。


 そうなれば、自然と『俺と信玄パパが揃って真田喜兵衛の将来性を買っている』という評価が成り立つ。となれば『我が家の娘を妻に!』『我が家の婿に!』と望む志願者は出てきそうだ。

 そこで信玄パパと俺で嫁候補を厳選して紹介する。勿論、幸隆さんにも根回しはしておかないといけないが……信玄パパに話してみるのも良いな。

 真田家にとっても、間違いなく良い話だ。家中での評判も間違いなく上がる。

 

 「決めた。父上に話を通す。その上で紹介を願うとしようか。いずれ喜兵衛の子が生まれたら、その時は狙わせて貰うとしよう」

 「何十年先の話で御座いますか」

 「笑う事は無かろうに。其方も弟みたいであった源五郎が身内になるのは嬉しかろう?向こうに着いたら仕事が増える事になるが、こればかりは仕方ないな」

 俺にとっても喜兵衛君は可愛い弟分だ。婚姻という形で身内に出来るのは喜ばしい。

 ……俺、いつのまにか見合いを薦めようとする世話焼きおばさんみたいになっていないか?

 老けたんだろうか?そうは思いたくないんだが。

 よし、気持ちを切り替えよう。その為には話題の転換だ!


 「あとは坊主の件だな。報告によれば牢内で大人しくしているという事は聞いていたが」

 「どのように対応なされる御積りで御座いますか?」

 「殺すのは簡単だ。だがそれが正解とも思えぬ。文字通り『飛んで火にいる夏の虫』だからな。藤吉郎の報告通り、俺も疑念を感じている。本願寺の策だとは思うのだがな、詳しい所までは読めておらん」

 死を対価にした策。

 歴史を紐解けば、実際に行われている策だ。分かりやすい例としては囮がある。

 それを考慮すれば、あの坊主を殺すのは賢い選択とは言えん。

 あとは坊主の主張だ。法主は悪くない、自分に責がある、だったか?

 となれば、あの坊主のアキレス腱は法主、本願寺顕如という事になる。


 「ゆき、明日の中食の後で、侍大将以上の者は謁見の間に集まるように指示を。可能な範囲で構わん。理由は牢内の坊主の沙汰を下す為、とな」

 「はい、仰せのままに」



永禄四年(1561年)五月、加賀国、金沢城、小畠虎盛――



二郎様が小田原からお戻りになられたのは一昨日。明日には実弟である三郎(武田信之)様の御婚儀の為に、一乗谷城へ出発しなければならないというのだから、二郎様も御苦労されておられるのだろう。

 儂もそれに同行するように申し付けられておるのだが、本日の用件はそれとは別件だ。

 冬に捕縛された杉谷某とかいう、生臭坊主に対する沙汰を下す為だ。


 近場におらぬ者達以外は集まっておる。

 やはり気になってはいたのだろうな。

 謁見の中央には、件の坊主が縄を打たれて座らせられている。そして上座には万が一の護衛役として、冨田殿と川崎殿が待機されていた。

 そしてゆき殿に案内された二郎様が入ってこられると、皆が平伏して出迎える。


 「さて、俺が武田加賀守信親だ。其方が俺の暗殺を実行に移した、杉谷善住坊であるな?」

 「はい、仰せの通りに御座います」

 「まず訊ねたい事があるのだが、その前に皆に申し付けておく。こ奴が妙な行動に出ない限り、太刀を抜くような事はしてはならん。言葉使いぐらいは大目に見てやれ。全て理由が有っての事。短慮はならんぞ?」

 『はは』という返事が家臣達からあがる。

 確かに二郎様は知恵働きに優れた御方だ。何かお考えになられているのだろう。だからこそ、それを果たす前に殺されては堪ったものでは無い、という事か。

 思う所は有るが、二郎様の御判断ならば従うのは当然だな。


 「杉谷。其方に訊ねる。其方が狙撃した時、何も思わなんだか?」

 「……その時は特に何も。しかし加賀守様御生存の報せを聞いた時に、全て理解できました。全て御膳立てされていたのですな?あの廃寺が無くなっていた事が証拠。加賀に来てから少し聞き込みましたが、拙僧の考えを裏付ける物ばかりでした」

 「当然よ。二十間もの距離を従来の種子島で狙い撃つなど不可能だ。そんな真似が出来るのは、十兵衛(明智光秀)旗下の種子島だけ。其方にそれを実行させるのであれば、場を整えてやるしか無い」

 儂の後を継いだ軍配者、明智旗下の種子島部隊は練度が異常と言って良いほどの腕前だ。勿論、使っている種子島の質の良さもあるが。

 その中でも特に二郎様が『狙撃部隊』として選抜を命じられた少数の者達は、二十間程度なら朝飯前という技量の持ち主ばかり。だがその強みは、特別に改良された種子島の存在が大きいとも聞いている。


 「さて、杉谷よ。其方に対する沙汰であるが、其方を放逐する。どこにでも消えるがよい」

 「は!?」

 「いやな、簡単な理由よ。其方と顕如の命では釣り合わぬ。そもそも俺は石山に籠っている全ての門徒諸共、顕如を見せしめの為に殺すつもりだ。その結果、日ノ本全土の一向宗門徒の心が圧し折れて従順になるという成果と、顕如を救って門徒共が暴れ続ける成果を比べてみよ。俺にとって、どっちの方が価値があるのか。少し考えれば分かるであろう?」

 なるほど、そうこられたか!

 確かにこの生臭坊主の思惑までは読めんかった。それは恐らく二郎様も同じだったのだろう。

 そして策とは、策を見抜いて潰したり、裏をかく事が当たり前だ。

 だが二郎様はどんな策か分からないが、とりあえず策が発動しないように立ち回ろうと考えられたのであろう。


 「お、お待ちください!法主様に罪は御座いませぬ!全ては拙僧の一存で御座います!」

 「罪の有無等関係ない。敵対した、ただそれだけが絶対にして唯一無二の真実なのだ。敵対したからには皆殺しとする。それもまた俺にとっての真実だ。死にたくなければ敵対しなければ良かったのだ。俺はな、趣味で書を嗜んでいる。そこで其方に問うとしよう。親鸞聖人が開いた浄土真宗。つまりは一向宗の事だが、どうして戒律が消滅したのか、どうして酒や肉、妻帯が許されたのか。その理由について知っておるか?」

 「……いえ、恥ずかしながら……」

 それは儂も知らんな。

 考えてみれば不思議な物だ。

 親鸞聖人が妻帯していたのは知っている。だが師匠である法然聖人が酒や女に手を出していたとは聞いた事が無い。

 そして法然聖人の浄土宗では酒も女も禁じられている。にも拘わらず、親鸞聖人が破門されたという話も聞いた事が無い。


 「そもそもな、戒律とは仏になる事を目指す修行者としての坊主が、己に課した規則なのだ。だが親鸞聖人は戒律は不要と考えた。末法の世において修行としての戒は不要。そして如来の戒行による功徳が衆生に降りてくる。分かりやすく言うと御仏が自分達の代わりに修行をしてくれているから、我々には修行者としての戒律は不要である。酒も女も蓄財も許される、と説いたのだ。故に酒や女、蓄財は正当化される事になる」

 「ならば猶の事、問題は無い筈!」

 「それがある。何事も過ぎれば毒となるのだ。つまりはやり過ぎた、という事。天文法華の乱が良い例であろうが。親鸞聖人は決して贅沢や、戦を推奨するような教えは残しておらんぞ?民を戦場に送り込んで同じ民から略奪を働け、等とは申しておらんぞ?」

生臭坊主め、どうやら言葉も無いようだな。

 それにしても二郎様は本当に知識が豊富だわ。

 これも天神様の教えだろうか?それとも、幼かった頃に恵林寺に出入りされていた時期があったが、そこで得られた知識なのだろうか?


 「分かるか?其方達は欲を掻き過ぎた為に、武田家と敵対する事になったのだ。故に顕如は死なねばならぬ。顕如を殺す。それが武田家にとっての大きな利となるのだ」

 「お待ちください!何卒、何卒法主様の御命だけは!」

 「釣り合わぬと申しておろうが。一向宗門徒全てが従順となる。それに見合うだけの価値がある物を、一介の坊主にすぎない其方が差し出せる訳も有るまい」

 この生臭坊主、本当に杉谷某とやらで間違いなさそうだな。

 ここまで必死になって顕如を庇うとは。その忠義の姿勢は見るべきものがある。だが二郎様の心を揺さぶる事は叶わぬ。

 しかし、分からぬのは二郎様の思惑だ。

 何故、このように嬲るような真似をされておられるのだ?

 さっさと放逐して、門の外へ叩き出してしまえばよいものを。


 チラッと周囲を見やれば、皆は満足そうに頷いておる。

 恐らく『良い気味だ』と思っておるのだろうな。つまり儂と同じ疑問を感じておらぬのであろう。

 ……ん?十兵衛は笑っておらぬな。無表情のままではないか。

 もしや気づいた、という事か?それとも感情を面に出さぬ。それを愚直に貫いておるだけだろうか?


 やはり、二郎様には何らかの思惑があるのであろうな。

 もしや、これは二郎様にとっての時間稼ぎという事、か?

 となれば、この生臭坊主が自ら対価として釣り合うだけのものに気づく事を待っている、という事になるが。

 これは少し、背を押してみるとしようか。


 「いい加減、諦められたらどうかな?本願寺顕如には死ぬ以外の道が残されておらぬのだ。主に忠義を尽くすなら、潔い最期を迎えるように忠言する事こそが家臣としての礼儀と心得るが」

 「そ、そのような事は出来ませぬ!拙僧は顕如様を死なせる訳には参らぬのです!」

 「仕方あるまい。顕如は武田家を敵に回したのだ。それとも、其方が顕如を救うに値するほどの何かを差し出せる、とでも申すのか?それなら話は別であろうが」

 チラッと二郎様を見やれば、口元が微かに吊り上がっていた。

 どうやら、儂の考えは正しかったようだな。二郎様は杉谷の方から何かを言わせたいのだ。


 「山城守(小畠昌盛)様の申される通り。其方には何も差し出せまい。其方の命では顕如の命とも釣り合わぬ。潔く諦められよ。其方に支払える対価は無いのだからな」

 ふふ、十兵衛も乗ってきおったか。

 よいよい、二郎様の思惑に気づいたという事。それでこそ二代目軍配者に相応しい。

 となれば、間違いなく顕如助命の対価となるだけの案がある、という事だ。

 そして二郎様の口元も相変わらず、だ。


 となると、重要なのは生臭坊主が諦めて立ち去らぬよう時間を稼ぐ事。

 あとは対価となるであろう条件に儂が気付き、それとなく生臭坊主に悟らせるのが最上と言えるのだが……問題は、その対価だな。

 二郎様の事だ。決して不可能な事は考えておらぬ。必ず実行可能な事を条件とする筈。


 「杉谷殿、諦められよ。其方に出来る事は無い。顕如の命を救う為に、その命を差し出す覚悟はあっても、汚名を着て生き延びるような覚悟は無いのであろう?だからこそ殺される為に加賀へ来たのであろう」

 「何を申されますか!拙僧は顕如様の為であるなら火の中水の中!汚名程度、幾らでも着る覚悟は御座います!」

 「そうは思えぬがな。先程から顕如の代わりに自分を殺せ、としか申しておらぬではないか。どう考えても、貴殿の言は疑わしい」

 十兵衛は気づいたようだな。少々悔しいが、あの言い方では二郎様が求めておられる対価に気づいたようにも思える。汚名を着てでも生き延びろ、と遠回しに告げているのだからな。

 やれやれ、儂も歳をとったという所か。


 「加賀守様!拙僧の命で釣り合わぬと申されるのでしたら、対価に見合う条件を拙僧に御教授願います!どのような条件であろうとも、拙僧は受け入れます!」

 生臭坊主め、取引の対価に気づけなんだか。

 だが、この申し出なら、二郎様の方から教えてやる事も出来る。

 最上では無いが、受け入れられる展開ではあるな。


 「ならば石山の情報を流せ。さすれば顕如に関しては助命してやろう。どこぞの寺に閉じ込める、という条件になるがな」

 「拙僧に……同胞を裏切れ、と申されますか」

 「当然だ。それぐらいはせねば釣り合わん。門徒や坊官という名の手足が無くなれば、顕如には何も出来んのだからな。故に助命してやる。他はその時任せ。生きるも死ぬも、そ奴らの才覚次第だ」

 なるほど。これが二郎様の求める対価、埋伏の毒であったのか。

 石山は堅牢と聞く。ならば内部の協力者は大きな意味を持つ。

 問題は、こ奴がどう動くか、だな。


 「其方が虚言を弄すれば、石山の地において長島が再現される事になる。長島で生き延びた者達が如何ほどであったか。噂ぐらいには聞いて居ろう?良く考えよ。肚が決まったら、そこの十兵衛に申し出るがよい。十兵衛、こ奴が狗となる事を引き受ける覚悟を決めたら、軍配者として必要な情報を入手させろ。細かい差配は其方に任す」

 「はは、心得ました」

 「さて、誰でも良い。こ奴に対する沙汰は済んだ。城外へ出して解放してやれ。俺は忙しいからな、これで終いとする」

 「お、お待ちを!」

 生臭坊主が何か言っておるが、婿殿(小畠虎貞)の剛腕には抵抗できずに、そのままズルズルと外へ引きずられていった。

 遠くから、未だに声が聞こえてくるが、あの生臭坊主はどう動くかな?


 「虎盛、十兵衛。見事だ、よく俺の思惑に気づいたな」

 「「ははっ」」

 「二人とも、耳を貸せ。今後の方針について説明しておく」

 二郎様が告げられた内容に、儂は思わず目を見開いてしまった。

 そんな攻め手があると言うのか?だが、二郎様が不可能な事を口にするとは思えぬ。


 「十兵衛。必要な情報も其方なら分かるであろう?」

 「はは。正しい情報なら、顕如は救われる。間違った情報を手渡されたとしても、顕如は巻き込まれて死ぬ可能性が有る。だがそれは奴の自業自得に御座いましょうな」

 「そういう事だ。だから奴が狗になってもならなくても、どちらでも構わん。そういう策を講じたのだ。後の事は任せたぞ」

 『お任せ有れ』と十兵衛が平伏する。

 これは儂が出しゃばらぬ方が良いな。儂では二郎様が教えて下さった物の扱いがよく分からんからだ。

 種子島に通じている十兵衛の方が遥かに分があるわ。

 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 【伝書鳩】

 日本では江戸時代には使われていた伝書鳩。この時代には、すでに中国には存在してます。ただ主人公はその点について知らないので、まずは調査から、といった所です。

 狼煙でも良いんだけど、情報量と言う点で伝書鳩より劣るというのが難点です。


 【一豊仕官決定】

 内政官として採用。武の方は期待してません。真面目にコツコツやってくれれば十分。この年から鍛えていれば、史実の五奉行ぐらいには成長できるんじゃないかな?と期待。


 【越中一向衆】

 米蔵を焼き払われ、でも越中の米問屋に十分な米が無い。だって昨年の内に買い占めちゃったからwそこへ種蒔きの時期に、常備兵の強味を活かして攻め込む加賀勢。大将は小畠昌盛、副将は柴田勝家。

 ちなみに補給網管理の仕事は、前田さんちの利久さんと奥村さんが担当してます。

 前田さんちも家臣が増えていそうだw


 【小畠家絡みの根回し】

 これは次々回ぐらいかな?一乗谷城でのお話の時に関係します。


 【能登内乱の兆し】

 国人衆だって、食っていかなきゃならんのですよ。それを邪魔されたら不満が溜まるのは当然の事。折角、儲けられる機会だというのにねえ。


 【ゆき二人目】

 小田原欠席であった理由です。

 そして信虎お爺ちゃんは、ちょくちょく、加賀まで遊びに来てますw京に憧れていた信虎お爺ちゃんはどこへ行ってしまったのやらw

 その尻拭いの為に、意外に苦労しているであろう氏真君も大変です。


 【寝首を掻かせる】

 娘の為なら、父親は悪鬼羅刹になれます……あれ?

 それはともかく、今の主人公なら平井さんと談笑できるかもw


 【井伊家家族が増えます】

 藤吉郎二人目。小一郎は一人目。

 藤吉郎の方は二人目は井伊谷の後継ぎ候補でもあるので、舅の直親さん大喜びです。


 【真田喜兵衛】

 主人公、盛大に勘違いwその為、最初の源五郎のところも(真田昌幸)になってます。勿論、違います。

 真田昌幸さん。史実だと元服してまもなく武藤家を継いでいるみたいですが、これは信玄パパの傍に居たからこそ、だと思います。

 なのでまだ、拙作では武藤家を継いでおりません。というか信玄パパの傍にもいないw

 そこで主人公がテコ入れ(パパに情報リーク⇒学び舎卒業⇒近習抜擢⇒嫁紹介、というエリートコースw)に、という感じです。

 ちなみに主人公は武藤家の事は知りません。

 ……下手すると本家一族から姫を降嫁されてもおかしくないような……


 【世話焼きおばさん】

 主人公に新たな属性追加w

 でも戦国時代なら政略結婚は常識ですので、意外に普通かもしれません。


 【其方を放逐する】

 結局、主人公は杉谷さんの狙いを読み切れておりません。他にやる事多すぎる上に、そちらに時間を取られまくったのも理由。

 つまり考えている暇が無かった。目が見えない人が、馬で揺られながら思索に耽るとか危険すぎるw

 なので方針変更。策を潰す、のではなく策を発動させない、です。カウンターではなく、攻撃を受け流すような感じ。

 杉谷さんの死がトリガーというのは分かっていましたからね。


 【埋伏の毒】

 石山本願寺攻めを睨んでの策。攻め手が三好だとしても、恩は売れる、という考えです。

 気づいたのは光秀さん一人。虎盛さんは近い所まで。半兵衛というか竹中パパがいれば、気づいていたかもしれませんが、今は関東の為に不在。藤吉郎は内政の為に、少し遠出しております。

 

 【狗】

 引き受ければ確実に落とせるし、顕如は助命する。引き受けなければ長島再現。

 どちらに転んでも構わんよ、という考え。

 つまり攻め方自体はすでに考案済み、という事です。

 種子島に通じている光秀がヒント。まあ分かる人には分かりますよね。


 今回もお読み下さり、ありがとうございました。


 それではまた次回も宜しくお願い致します。

 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 凄いとしか書きようがない。お見事です。 [一言] まあのんびりと書いてください。
[一言] 越中一向衆。 「パンが無いならお菓子を食べれば良いじゃない」 のノリで 「お米が無いなら、ある所から貰って(奪って)くれば良いじゃない」 をやろうにも周囲は一向宗信者だから貰える所が無い。 …
[一言] 喜兵衛は字で昌幸は諱だと思ってたから「加賀守?信親ではないのか?」「いいえ、加賀守ですよ」みたいな会話になってるように見えるんだけど、諱ってないときもあるの?
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