表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/296

加賀国編・第二十三話

 加賀国編・第二十三話、更新します。


 今回は補足資料の事も有って、短めになります。


 ついでに新キャラ登場。この方、私も結構好きな方です。


永禄三年(1560年)十一月、上野国、箕輪城、上泉秀綱――


 足の裏に伝わってくる、板敷のヒンヤリとした感触。これが暫くの間は続く事になるのだ。そんな事を考えながら、儂は心持ち早足で廊下を歩き続けた。

 やがて見えてくる目的地。そこには我が主がおわすのだ。

 年若い近習に声を掛けて、入室の許可を戴く。


 「信濃守(長野業正)様、お加減はあまり宜しくはないようで御座いますな」

 「仕方あるまい。人はいずれは死ぬものよ。儂ももってあと、一年という所か。次の正月は問題ないだろうが、その次は無理であろうな。いや、今からこんな事を口にしては、鬼に笑われるか」

 カッカッカッと、脇息にもたれながら笑われる御方。

 我が主、長野信濃守業正様。御年七十歳。かなりの御高齢だ。御自身の命が、そう遠くない内に尽きる事も御理解されておられる。それでも命尽きるその時まで、周辺諸国に睨みを利かせようとする御覚悟が、双眸に光となって宿っている。

 人望、実力、共に上野国において随一と謳われる御方。儂が北条氏康によって城を失って以来、お仕えするようになってから、もう五年になる。


 「今日は何用があって参ったのだ?あまり良い話では無さそうだが」

 「顔に出ておりましたか、まだまだ修行不足に御座います。真に情けない」

 「気にするでない。で、何があった?」

 脇息にもたれながら、信濃守様が話を聞こうとして下さる。幸か不幸か、後継ぎの新五郎(長野業盛)様は席を外されておられた。

 丁度良い、すぐに目的を果たす事にしよう。


 「某の弟子の一人、丸目と申す者が加賀で行われた武芸大会に出場した事は御存知でしょうか?」

 「ほう?加賀と言えば、あの今荀彧と名高い武田信親の領地であったな?」

 「如何にも仰る通りに御座います。丸目は修業が終わっておらぬ故、終わるまで仕えるのは待って欲しい、と言って戻ってきました。ですが、某に伝えてほしい事がある、と伝言を預かっておったのです」

 信濃守様の目に、一際強い光が宿る。ああ、この眼光。上野はおろか、関八州にその名を轟かせた名将だけの物。この圧倒的なまでの自信に、御味方は魂から鼓舞されたものだ。

 この光が失われた時、長野家は……新五郎様は決して愚かではない。だがあまりにも信濃守様が優秀過ぎただけなのだ。その為、どうしても比較されてしまい。結果として『父に及ばぬ若輩者』という評価をされておられる。

 いかんな、今はそのような事を考える時ではなかった。

 気を引き締め直し、口を開く。


 「長野家は二年で滅びる。そうなったら駿府の久能山城まで逃げてこい。決して悪いようにはせぬ、と」

 「くっくっく。化け物だなあ、今荀彧は。あの武田信玄が筆頭軍師として自慢するだけの事はあるわ。儂の見立てと同じ事を考えるとはな」 

 「信濃守様!?」 

 何と不吉な事を申されるのか!

 確かにこのような伝言を届けた儂もどうかしているかもしれん。だが、信濃守様の発言は素知らぬフリは出来ぬ!


 「我ら家臣一同、長野家に絶対の忠誠を誓っておりまする!何故に、そのような事を!」

 「儂が舵取りを失敗したからよ」

 「……失敗?何を仰るのですか」

 信濃守様は笑っておられた。何故、笑われるのだ?家が潰れる、それは後継ぎの新五郎様が死ぬという事だ。決して喜ばしい事ではない!


 「秀綱。儂は、いや長野家は関東管領山内上杉家に仕え、この地の国人衆を束ねてきた家だ。だが河越城の戦いで嫡男を失い、その数年後に当時の信玄から内応の誘いを受けた。その時、関東管領様に対する忠誠が揺らいだ。何故なら関東管領様は越後へ逃げられたからだ。だが儂は長野家当主としての義務感から、関東管領様が頼られた長尾景虎殿を信じて北条に敵対した。そして長尾殿は儂の期待に応えて下さった」

 「某がお仕えする前の話で御座いますな」

 「そうだ。だがな、今にして思えば儂は北条に与するべきであった。確かに忠義は大切な事である。だが忠義と言う言葉に、儂は酔っていたのではないか?そう思う時がある。何故、先を見ようとしなかったのだ、とな」

 先?どういう事であろうか?


 「秀綱よ、長尾殿が来年、関東征伐を開始される。だが、結果として上手くはいかぬだろう。何故か分かるか?」

 「いえ、分かりませぬ」

 「心よ。国人衆は強い者に靡く。それが御家を保つ方法だからだ。民も長尾殿、ひいては関東管領様を恨むだろう。何故なら長尾殿は大義の為に、ここへ戦を『置いて』いくからだ。そして長尾殿が越後へ帰還すれば、国人衆は北条の先兵となる。結果、上野にも北条が押し寄せてくる。民は恨むだろうな、何でだ?と。儂等が何をしたんだ?と」

 確かに理屈は分かる。だが長野家の積み重ねて来た物があれば、その程度の苦境は跳ね返せる筈。


 「秀綱。知っておるか?長尾殿はな、関東征伐後に上洛されるそうだ。公方様にお呼びされた為にな。その間、誰が関東管領としての責務を果たすのだろうな?北条が長尾殿に奪われた所領奪還の為に、全力で反撃してくるのは間違いないのだぞ?その時、長野が無事でいられると思うか?」

 「まさか!」

 「だから化け物なのよ、今荀彧は。長野の命脈は残り二年。そこまで読み切った、と言う事なのだ」

 思わず天を仰いでしまった。最早、伝えねばなるまい。戯言と思い、伝えるつもりは欠片ほどにもなかった。だが、こうも同じとは。


 「信濃守様。丸目が預かった伝言には続きが御座います、こればかりは伝えたく御座いませんでした」

 「申してみよ、秀綱。決して怒りはせぬ」

 「北条は数の暴力で、夏に襲い掛かる。そして田畑を焼き尽くし、秋の実りを台無しにして城を包囲するだろう。一方で上野と越後の境を封鎖する。これにより長野家は滅亡を余儀なくされる、と」

 これは、笑い声?何故、だ。どこに楽しい要素があるというのだ?儂には怒りしか感じられぬというのに!


 「えげつない男だな、今荀彧は。確かに効果的だ。間違いなく長野は滅びる。儂の見立て以上のえげつなさよ。皆殺の二つ名で呼ばれるだけの事はあるわ。これでまだ二十歳に届かぬと聞くが、恐ろしい男よ。越後が雪で閉ざされる事まで織り込み済みか」

 「雪で閉ざ……援けが来ない!?」

 「そういう事よ。越後の収穫が終わった後で百姓兵を動員してこちらに向かうとしよう。だが下手をすれば雪に閉ざされ帰還できなくなる。こちらの食料事情を察知して兵糧を持ってきたとしても、小荷駄は足が遅い。北条は焦る事無く時間を稼げばよい、雪が降るまでな。そして城の包囲を解いて小田原に帰るだけだ。あとは、分かるな?」

 詰んだ。信濃守様の見立ては、恐らく間違いない。それにしても武田加賀守信親。此程の知恵者とは。

 若者は知恵に優れていても、手柄を挙げる為に攻撃的な策を用いる事が多い。結果として隙を晒す事になる。良く言われる『脇が甘い』と言われるものだ。だが今荀彧は違う。北条の立場に立ったと仮定して、いかに味方の被害を押さえつつ、長野家を滅ぼすか?という策を立てたのだ。

 実にやりにくい。油断と言うものが無い相手だという事がよく分かる。


 「秀綱よ、伝言を預かったという丸目とやら、連れてきてくれぬか?」

 「……はい」

 「今荀彧、興味が湧いたわ。どんな男か詳しい話を聞きたい。それ次第では逆転の一手を打つ事も出来るであろう。この老骨の経験と知略の全てを注ぎ込んで、冥途の土産に今荀彧の予想を超えてやろうではないか。この苦境を乗り切る為、一世一代の策を講じてくれる!」

 不屈。正に不屈の御方だ。長野家を守る為、この御方はまだ諦めておられぬのだ。

 「直ちに連れて参ります!」

 「うむ、頼んだぞ」



永禄三年(1560年)十一月、越前国、一乗谷城、明智光秀――



 もうすぐ十二月になる頃。雪が降り始める中、私と同輩の竹中殿は、主である加賀守(武田信親)様や御側室のゆき様御一行と共に一乗谷城に来ていた。

 私達二人が来たのには、勿論、理由がある。

 加賀守様が山本道鬼斎様から築城の手解きを受けられるように、御約束を取り付けて頂けたからだ。


 期間は加賀守様が加賀へ戻るまで。つまりは三ヶ月ほどしか無いという事になる。

 越中に築城する二つの城。それを完璧な物に仕上げる為の前準備なのだ。

 面白かったのは、道鬼斎様が興味を持たれた事。

 加賀守様の御発案による、平地であっても強固な守りを発揮する新しい城。歴史上、誰も建てた事の無い城に『儂も縄張りに参加できるよう大御屋形様にお願いするか』と申されたほどなのだ。これは面白い事になりそうだ、更に築城の妙技を得られそうだ、と竹中殿と笑いあった事を思い出す。


 しかも新年の評定に参加する為、加賀守様とほぼ同時期にお越しになられた、知将・名将として名高い方々も興味を惹かれておられた。

 名を挙げれば信濃を治める真田弾正幸隆様、大御屋形様の副将である武田典厩信繁様、攻城戦の名手として名高い原美濃守虎胤様、二代目鬼美濃として期待されているという馬場民部少輔信房様等々。


 皆々様、新しい城の基本設計、具体的な防衛策を耳にすると、次々に感想を述べられていた。『そんな厄介な城、攻めたくもない』『攻め寄せてきた長尾勢に同情するわ』という事である。

 特に攻城戦においては武田家随一と謳われる美濃守(原虎胤)様ですら、落とせなくはないが被害は甚大だと認められたほどなのだ。城の強固さがよく分かると言うものである。

 

 『加賀守様は、落とす方法について何か申しておらんかったのか?』

 『大筒を五十ほど用意して、徹底的に破壊してから攻め込む、と申しておられました。まともに相手をすれば、城一つの代わりに全軍を犠牲にする、と』

 『……孫子の教えには合っているが、そんな真似が出来るのは加賀守様御一人だけであろうな』

 弾正(真田幸隆)様のぼやくような呟きに、皆々様が『然り然り』と頷いておられた。

 確かに大筒で城を破壊する、等、誰も考えた事が無かっただろう。

 それだけ大量の玉薬を用意する事が不可能だったからだ。唯一人だけの例外を除いて。


 『この城に名はあるのかな?』

 『典厩(武田信繁)様、この城は五稜郭と呼ばれる城砦との事で御座います』

 『最前線や主要拠点として使うには最適だな。応用としては山や崖を背後にして、山の部分を三つだけにする、という造りも有りかもしれん』

 そのような事を思い出していると、突如、道鬼斎様が『其方達が羨ましいわ』と口にされた。

 思わず竹中殿と顔を見合わせてしまう。


 「加賀守様はな、幼い頃から儂等が思いもつかんような事をされておられてな。案を聞いたり、結果を出されたりする度に、笑い転げそうになったものよ。そのような御方の御傍に居られるのだ。羨ましく思うのも当然と思わぬかな?」

 「そう仰られますと、確かにそうでは御座います。しかし幼い頃から加賀守様は?」

 「儂が覚えている限りだと、芋飴を作って銭を賄おうとされた時だな。大御屋形様に向かって『金山は要らなくなります』『やっぱり聞かなかった事にして下さい。相場が大暴落します、相場維持の為に芋飴を無駄遣いしないといけなくなります』と言うような事を申されてな。確か御年八つの頃だったか。孤児達の施設の原案を練られていた時であったわ」

 それはどう反応したら良かったのだろうか?道鬼斎様は笑われたようだが、大御屋形様も御困りになられたのではないのだろうか?

 そもそも甘味を無駄遣いしないといけなくなる、なんて誰が想像できるだろうか?


 「そのせいもあって、芋飴は武田家専売になり、今に至るという訳なのだ。お陰で武田家は銭に困る事も無い。足りない物があれば、全て銭で買う事が出来る。商人達も率先して武田家との取引に応じる。こんなに恵まれるとは、十年前には想像も出来なかった」

 「確かに武田家は今でこそ裕福で御座いますが、甲斐時代は厳しかったと聞いております。井伊殿が申しておりました。甲斐の業病に苦しむ者達の事を」

 「徐々に、減って来ているとは聞いておるが、薬が無いというからのう。腹を切り開いて、虫の卵を取り出さないと助からぬ。そんな真似は徳本殿でも出来はしないだろう。救う方法を知っておられても、実行できない加賀守様はお辛かったであろうな」

 加賀守様はそのような事まで知っておられるのか。流石は天神様の寵児と謳われるだけの事はある。

 

 「そういえば、内政と言えば、加賀守様が新たな遊戯をお造りになられておりましたな。戦場遊戯の内政版、との事」

 「ほう?内政遊戯という所か」

 「はい。最終的に稼いだ銭を初期手持ち資金として、戦場遊戯に繋げるのだ、と」

 道鬼斎様は大笑いだ。

 確かに気持ちは分かる。こういうやり方をされてしまっては、嫌でも内政の重要性を理解する事になるからだ。

 それが武田家家臣一同の底上げに繋がる事を、すぐに悟られたのであろう。流石は大御屋形様の知恵袋という所だろうか。

 

 「後で遊ばせてくれぬか?使えそうなら儂から大御屋形様にお伝えして、学び舎でも遊べるように取り計らおう」

 「心得ました」


 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 まずは上野・箕輪長野家の業正さんと剣聖の会話シーンから。


 【業正さん登場、でも寿命】

 史実だと、翌年に亡くなる御方。武田信玄が攻めるのを諦めたほどの名将として、知っている方も多いかと。私も六角定頼、松永久秀の次に好きな方です。


 【舵取り失敗】

 業正さんの有名な逸話としては『敵には降伏するな、運が尽きたら死ね』みたいな遺言を残しています。同時に忠臣として有名ですが、意外な事に『上杉家に義理立てした忠臣であった事を示す歴史的資料は存在しない』のだそうです。なのでファンの方には申し訳ありませんが、舵取り失敗したよ、という設定をつけさせて戴きました。


 【長野の命脈は二年】

 主人公は純粋に『北条が長野を滅ぼすなら、どうするのが効率的かな?』と考え、業正は長尾家の行動から将来を予測して、答えが合致した、という形です。

 ただし主人公の攻め手はえげつない為、業正さんも苦笑いw田んぼ焼き払って、雪が降るまで陣取っていれば飢え死に確定ですからw


 【一世一代の策】

 気づく人は気づきますよねw詳細はその時に書きます。

 業正さんとしては、冥途の土産に若造の思惑を超えてやる!と言った所。なので対北条の策の筈なのに、何故か主人公相手に喧嘩を売るような表現になってますw


 次は越前、一乗谷城


 【築城術教授】

 以前書いた、勘助に築城術を教えて貰えるように手を回しておくよ、という件です。これが現実の物となり、冬場に教えて貰えることになりました、という感じです。


 【大筒を五十ほど用意して~】

 城、という防衛施設が意味を成さなくなった最大の理由が大砲の出現。なので主人公はそれに沿って攻城戦を展開していきます。味方の兵の損失も防げますしね。

 もっとも硝石確保が難題wなので武田家限定の攻城戦となります。


 【五稜郭】

 これは主人公の勘違い。正確には星形要塞と言う名で分類されます。


 【内政遊戯】

 いわゆるアナログ版シムシティだと思ってくださいw町づくりが出来るなら、シムシティでなくても良いんですけどね。お好きなゲームに脳内変換をお願いします。

 これと戦場遊戯をセットにする事で、内政の重要さを理解させる、というのが目的。内政遊戯に『天災』等の要素をぶち込んでおく事で、万が一の備えも学ばせようと目論んでいます。


 次回は加賀国編最終話。本家新年の評定で〆にします。次々回から新章開始。


 それではまた次回も宜しくお願い致します。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 内政遊戯と戦場遊戯を合わせてcivだと思っておきますわ
2021/12/04 12:07 退会済み
管理
[一言] 上杉が上野救援に来ない状況を作るのが、武田なんですけどね。 北陸の一向宗を滅ぼして、上杉の西の憂いを無くし、領内通過を許すことで、らくらく上洛を実現する。 そのせいで上杉は上洛を止められず、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ