加賀国編・第二十二話
加賀国編・第二十二話、更新します。
今回は加賀、石山、観音寺城が舞台になります。
永禄三年(1560年)十一月、加賀国、金沢城城下町、井伊お寧――
「義姉上、お呼びと伺ったので御座いますが」
「ええ、お寧殿に読んで戴きたい書物があるのです。私も読んだのですが、お寧殿もいずれは母となる身。覚えておいて損はないと考えたのです。朝日殿が来たら早速」
そう言いかけた所で、侍女が『朝日殿が参られました』と報せてくれた。
侍女の後ろから、まだ屋敷住まいに慣れていないように見える朝日殿が、おっかなびっくりといった感じで姿を見せる。
「朝日殿、まだ慣れませんか?」
「その……こんなに綺麗な小袖を着ても宜しいので御座いますか?それに野良作業をしなくて良いとは言われたのですが……どうも落ち着かなくて……」
「こればかりは慣れて戴くしかありませんね。とりあえず、こちらに座って下さい」
私達三人は、井伊一族を支える妻女。だからこそ、家の事は自分で面倒を見なければならない。それには赤子の養育も関わってきます。
私も足軽大将の娘。御家の重要性は理解しています。
だからこそ、義姉上が私達に読ませたい書物、と言う物に興味を惹かれました。
「この書物です。私が夫を迎えた際、加賀守(武田信親)様から頂いた書物です。加賀守様が御師匠様から教わった、育児に関する知識が書かれているのですが、その中には赤子にだけ有毒となる食物についても書かれているのです」
「そんな物があるのですか!?」
「加賀守様が仰るには、あるそうです。特に遠江国や甲斐国、正確には加賀守様が治められた地では身近にあった物でした。だからこそ、二人には知っておいて欲しかったのです」
それなら、と朝日殿と一緒に目を通しました。
書籍の名前は『育児注意覚書』と記されています。加賀守様は多くの指南書を書き記しているそうですが、さすがに指南書と銘打つのは躊躇われたのでしょうか?
「食べさせてはならない物。蜂蜜、砂糖?」
「ええ、そうですよ、お寧殿。生まれてから丸一年が経過するまでは、厳禁だそうです。何でも蜂蜜や砂糖には、まれにカビの種と言う物が潜んでいるらしいのです。その種が蜂蜜や砂糖と一緒に赤子のお腹に入ると、悪さをするという事でした。生まれて一年が経過すれば全く問題はないそうですが」
「蜂蜜や砂糖が駄目となると、当たり前ですけど菓子の類は禁止、になりますね」
朝日殿が申した通りですね。書籍に詳しい理由も書かれていましたが、このカビは熱にも強いとの事。少し火を入れた程度では死んだりしないというのだから、驚くしかありません。
何でも水が沸騰する熱さで、四半時の半分ぐらいは熱し続ける必要があるというのですから。
「芋飴も保管している間にカビの種がついている可能性が有る為、乳離れする為の食事として食べさせるなら、湯に溶かして火にかけて四半時の半分待つ必要が有るそうです」
「そうなると重湯や御粥が普通になるという事でしょうか?」
「お寧殿の考えは正しいでしょう。私も石松丸が可愛くて仕方ないのだけど、お菓子を与えるのは我慢しております。特に武田領は蜂蜜や砂糖は比較的、手に入れ易いですから」
私も聞いた事があります。加賀守様が甲斐を治めていた頃、孤児達の為に銭を稼ぐ手段の一つとして、蜂蜜を確保して売っていたという話を。遠江時代には、松下家でサトウキビ栽培を行わせていたのも有名です。
結果として、武田領は蜂蜜や砂糖が手に入り易い土地となりました。だからこそ、私も赤子が生まれたら、つい我が子に甘い物を与えてしまいそうです。いえ、寧ろ、率先して与えてあげているでしょう。
本当にこの書籍は重要です。もし読まずにいたら、将来、どうなっている事やら。
「銀杏についても書かれていますね。こちらは丸三年は我慢ですか」
「理由は赤子だと中毒を起こしやすい、と。これは知りませんでした。食べ過ぎると下痢になるというのは聞いた事が御座いましたが」
「私も同じですよ、お寧殿。さすがに石松丸に与えようとは思ってもみませんでしたが。でも少し大きくなったら、あげていたかもしれませぬ」
銀杏も駄目とは知りませんでした。もし手に入ったら、普通にあげていたかもしれません。
「他にも鶏卵、小麦、そばは要注意と書かれていますね。極まれに、爪の先程の欠片を食べただけで、発疹が出たり、呼吸ができなくなったりする事がある。その場合は、大きくなるまで無理に食べさせない事。最悪、命に係わる為。初めて食べさせる時も、何度も繰り返すが爪の先程の量だけにして様子を見るように、と」
「……義姉上、加賀守様はどうしてこのような事まで知っておられるのでしょうか?」
「天神様の御加護によるものでしょう。夫が申していましたが、加賀守様は今でも夢の中で天神様から知識を御教授戴いている、との事。私達もこうして、その恩恵に預かる事が出来ている。感謝の念しかありませぬ」
天神様は子育てにも御詳しい御方だったのでしょうか?天神様と言えば雷神様。あまり子育てには縁があるとは思えないのですが。
「あとは下半身を冷やしてはならぬ、とも書かれておりますね。妊娠中に冷やしていると、逆子になる可能性が出てくる。必ず下半身は温める事、と」
「確かに体を冷やしてはならぬ、という話は聞いた事が御座います。しかし、逆子になるので御座いますか?」
「義姉上、ここに理由が書かれていますよ。下半身が冷えると、腹の中の赤子が寒さから逃げようと、頭の向きを変えてしまう。上には心の臓が近くにあり、普通に考えれば赤子にとって温もりを得られる場所となってしまうのだ、と」
『そんな理由があったんだ』と朝日殿が納得したように頷いています。もしこの御話が事実なら、周りの方々が繰り返して忠告してくれたのにも、意味があったという事になりますね。
私は単純に体を冷やすと、体調が崩れる、風邪を引きやすい、その程度に考えていたのですが、遥かに重要な意味があったという事です。
これは絶対に覚えておかないといけませんね。いや、周りにも教えてあげなければ。
「他にも子育てにおける注意事項も書かれております。特に重要なのは、赤子は目が見えない間は、母の声・体温・体臭から母という存在を認識し、安心を得る事が出来る。ところがそれを得られない事が多すぎると、赤子は母と言う存在を認識できず、不安に苛まれていく。結果、心がゆっくりと、だが確実に壊れていく。そのような赤子は、長じてのち、他人を害する事に喜びを感じるような、攻撃的な性格になってしまうのだ、と」
「……凄く恐ろしい事が書かれていませんか?」
「朝日殿もそう思われましたか。私も同感です。しかし考えてみれば納得できるのです。親から愛されなかった子供が、家を飛び出て賊に身を落とす。割とよく聞く話です。であれば、赤子がそのようになったとしても、不思議は無いと思うのです」
そういえば、藤吉郎義兄上も義理の父親から疎まれ、家出していたという話を聞いた事があります。それでも義兄上には、義母上の存在が常に心の中に有った、と。
義兄上が人としての道を踏み外さなかったのは、それも理由なのかもしれません。
義兄上の孝行息子な言動は、一族どころか金沢の城下町でも有名な話なのですから。
「私が御二人にこの書物を読んでほしい理由は、分かって頂けたと思います。井伊家は夫である藤吉郎を頂点として、加賀守様を支えていかねばなりませぬ。お寧殿の夫、小一郎殿は井伊家当主である藤吉郎の弟であり片腕。朝日殿が嫁入りする風祭殿は、加賀守様に多くの情報を齎す、重要な御役目に就かれておられる股肱の臣。夫が御役目に専念できるよう、私達も励まねばなりませぬよ?」
「「はい」」
永禄三年(1560年)十一月、摂津国、石山本願寺門前町、下間頼資――
場所は門前町に多数ある旅籠の内の一つ。
時は夕暮れ。儂は流れの坊主を装って、その旅籠へ赴いていた。
目的は一つ。顔馴染みと一杯飲む為だ。
「明日、ここを発つと聞いたぞ?善住坊」
「はい、仰せの通りに御座います。恐らく、もう二度とお会いする事は叶わぬでしょう。それ故、今までお世話になったお礼の言葉を申し上げたく、お時間を割いて頂きました」
「何を弱気な事を申すのだ。其方の腕前なら全く問題は無いわ!」
般若湯を注いでやると、善住坊は一息で飲み干した。
相変わらず見ている方が気持ちが良くなるほどの飲みっぷり。見ている方が、この般若湯はどれほど旨いのだろうか?と期待をしてしまうほどだ。
「下間様。二度とお会いできなくなる、それは事実に御座います。某、石山を守る為に敢えて裏切り者の汚名を被る所存に御座います」
「……どういう事だ?説明せよ。其方ほどの男が、今更、己の命を惜しむとも思えん。それに石山を守ると申したな?」
「下間様。本音をお聞かせ下さい。某の暗殺が成功した場合、石山が朝敵の汚名を被る事になる。そうは考えませんでしたか?」
考えてみれば、無いとは言い切れない。少なくとも、善住坊の身柄を確保されてしまえば、ほぼ間違いなく石山は朝敵と断じられるであろう。
そもそも昨年の暗殺騒動の際に、善住坊という存在はバレているのだ。その時点で朝敵認定されたとしても不思議はなかった。武田家からは何も申して来なかったので、気にも留めておらんかったが。
「昨年の暗殺未遂も、武田家はわざと石山を糾弾しなかった?」
「某はそう判断致しております。来るなら来てみろ、今度はこちらが利用させて貰うぞ?それが今荀彧の思惑であると。故に放置していたのだと考えました」
「では其方が加賀へ赴けば」
確実に利用される。加賀は仏敵・信親の本拠地だ。特にあの男は子飼いの草を使っている事でも有名。こうなると手ぐすね引いて待ち構えていると判断すべきだろう。
で、あるならば別の機会を狙うべき。
新年の評定に出る為に、一乗谷へ向かうのだ。その前には京の目々典侍様にもご挨拶を行うという。そこを狙えば!
「いや、それも無理か。加賀から出たとしても、そこまで甘くはないか」
「仰せの通りで御座います。あの男は種子島を重視する男。その長所短所は誰よりも詳しいと考えて良いでしょう。であるならば、移動中も暗殺に備えて防備を固め、用心しておる筈。子飼いの草だけでなく、親父の甲斐の三つ者、浅井の子飼い、六角家の甲賀伊賀も協力している可能性も」
「無いとは言えんな」
これはまいったな。これでは暗殺という行動そのものが石山を害する為の牙となり果ててしまう。
善住坊が成功しても、身体を確保されたら石山は終わり。あまりにも分が悪すぎる。
手酌で般若湯を杯に注ぎ、クイッと干す。
「どうするつもりだ?」
「策は二つ。一つはこのまま逐電致します。杉谷善住坊はどこぞで野垂れ死んだ。それで終わりにするので御座います。もう一つは某が種子島を持たずに加賀に向かい、わざと殺されます」
「最初の策はまだ良い。だが後はいかん。そもそもわざと殺されてどうするつもりだ?」
敵は皆殺し。それが仏敵・信親の方針だ。
ましてや善住坊は、一度は己を殺そうと目論んだ男。そんな奴が懐に飛び込んでくれば、問答無用で殺すのは当然だ。
「だからこそ種子島を持たずに向かうのです。磔刑にかかるのは当然の結末となりましょう。しかし使い込まれた種子島を持っていない杉谷善住坊は、本当に石山本願寺の杉谷善住坊と断言できましょうか?」
「……出来んな。もし出来るのならば、そこらの流人を捕まえて死体にすれば良いだけの事だ。この死体は石山の僧、杉谷善住坊である、とな。それを名分として石山を朝敵認定させれば良いのだ」
「仰せの通り。種子島を持たぬ死体である限り、石山は言い逃れる事が叶うのです。仮に代わりの種子島を用意したとしても、石山に、正確には下間様にこの種子島を預けておけば良いだけの事。杉谷の種子島はここにあるぞ。杉谷は既に亡くなっておる。そちらの死体と種子島は、武田が用意した偽者に過ぎないのだ、と」
そうなった場合は、お互いに主張のごり押しとなるだろう。だが間違いなく本物の種子島はこちらにある。
あとは言い負かされる事の無いよう、主張を行うだけ。
そうすれば石山が朝敵認定される事は無い。
「そして言い負かす事が出来れば、武田は石山を攻める大義名分を失います。加えて、暗殺騒動を起こした杉谷と言う死体は、武田が準備した偽者であった。本当に石山は暗殺計画を目論んでいたのか?という流れに持ち込ませます。そうなれば、公方様がここぞとばかり動き出しましょう。石山にこそ正義はあるのだ、と」
「なるほど。そうなれば離れていった門徒にも、自発的に戻る者達が出てこような」
「少なくとも、一方的に武田が北陸を蹂躙するような事にはなりませぬ」
善住坊という犠牲にさえ目を瞑れば、大した策だと言えよう。
武田は善住坊の死体を出してきても、それが本物だと断言する証拠を持ちえないのだ。
「某は磔刑にかかる前に、面会を望むつもりでおります。法主様の御命だけは奪わないで戴きたい。昨年の暗殺騒動は某の一存である。責めは全て、某が負うものである、と」
「……善住坊、其方は生まれ変わったら舞台に上がると良かろう。其方は大した役者だわ。どう考えても其方が石山を庇っているようにしか見えぬであろうな」
「故にこそ、この策は成り立つのです。今荀彧と呼ばれるほどの知恵者。必ず某が石山を攻められぬよう、我が身を犠牲に出てきたと解しましょう」
認めよう。石山を守る為の起死回生の策。これは採らざるを得ん。
門徒の信心を取り戻し、窮地を脱するにはこれしか手は無いわ。
「下間様。策は密なるをもって良しとす、と申します。法主様にも内密にお願い致します。某は石山にとって醜い裏切り者でなければならぬのです。我が身可愛さに武器も持たずに加賀へ赴き殺された愚か者として。それでこそ法主様を初めとして、石山本願寺は某の死を思う存分に利用し尽す事が叶いましょう」
「……時が来たら名誉は回復してやる」
「忝う御座います」
無言で善住坊の杯に般若湯を注いでやる。それを呷るのを見ながら、儂も手酌で飲み干した。
不味い。
こんな般若湯、二度と飲みたくないわ。
永禄三年(1560年)十一月、近江国、観音寺城、六角義賢――
「園姫殿との婚儀の解消!?」
「はい、仰せの通りに御座います。正確には、そう判断せざるを得なくなってしまった、と申し上げるべきかもしれませんが」
木枯らしが吹き始めた晩秋。観音寺城を一組の来客が訪れた。
武田家筆頭軍師加賀守信親殿と側室であり補佐役でもあるゆき殿だ。加賀守殿は眼帯のせいで表情を読む事が出来ん。心中を察しようとする場合、此程の難敵はおらんであろうな。
ゆき殿はこちらを正面から見つめている。堂々とした態度からして、ゆき殿としては疚しい点は無いという事だろう。
それにしても、加賀守殿との付き合いは長いが、まさかの凶報だ。
儂が『何が起きた?』と考えた直後、隣で怒声が響いた。
「俺を愚弄するつもりか!盲の分際で!」
「此度の件は某の一存では御座いませぬ。武田家先代当主、徳栄軒信玄様の御決断に御座います。某は軍師たる者として、汚れ役を担う為に訪問致したにすぎませぬ」
「良い度胸だ!この場で手打ちに」
「兄上!お止め下さい!」
慌てて止めに入ったのは、同席していた次郎(六角義定)だ。加賀守殿とは文を通しての付き合いも深い。父親としては嘆かわしい事だが、右衛門督(六角義治)と次郎の関係は不仲。だからこそ次郎は加賀守殿に兄としての理想像を見出してしまったのかもしれん。
本来なら、この二人が互いに支え合う事で六角家が盤石となり得た筈なのだが。
「右衛門督様、お止め下さい!武田家との全面衝突となれば、御家が滅びますぞ!美濃に注力している今、武田家を敵に回す御つもりで御座いますか!」
「下野守!其方は六角の家臣であろうが!いつから武田に与した!」
「何を仰せになられますか!某は六角家家臣!御家の存続を思えばこその諌言に御座います!」
下野守の判断は正しい。今の六角家が武田と争って勝てる訳が無いのだ。何より六角家は美濃という問題も抱えている。今は武田家が美濃国境の封鎖を行って塩攻めの手伝いをしてくれているからこそ、有利に事を運ぶことが出来ているのだ。
にも拘らず武田家と争えばどうなるか?考えるまでも無いわ。
「某も下野守殿に賛同致します!ここで激情の赴くままに行動されてはなりませぬ!」
「平井殿の申される通りに御座います!」
平井や但馬守(後藤賢豊)を皮切りに、六人衆達は皆で、諫めに入っている。下野守の意見に賛同しているという事だろう。
チラッと視線を加賀守殿に向ける。すると補佐役のゆき殿が、僅かに手を動かして、加賀守殿の裾を引っ張っていた。
「左京大夫様、確かに武田家の行動は無礼極まりないものに御座います。しかし理由あっての事。まずは説明をさせて頂きたく願います」
「そうだな。まずは説明を聞こう。皆も落ち着け。右衛門督、其方も腰を下ろすのだ」
渋々とだが、右衛門督も腰を下ろす。小姓に命じて、右衛門督の太刀を預れと指示を出す。
右衛門督は不満そうだが、儂が無言で睨むと、不満そうではあるものの素直に太刀を小姓に手渡した。
「結論から申し上げます。園は婚儀を挙げられぬ体になってしまったのです。祭りの直後に疱瘡にかかってしまいまして」
「なんと、疱瘡に?だが葬儀を行ったという話は聞いておらん。一命は取り留めた、という事で良いのだな?」
「左京大夫様の仰せの通りに御座います。ただここで問題が発生しました。園の顔に痘痕が残ってしまい、女子としては辛い事に、醜くなってしまったので御座います」
これは予想外の事態だ。園殿はまだ十五にもなっておらぬと聞く。そのような若い身空で顔に痘痕が残るなど、確かに辛かろう。
周りを見やれば、皆、複雑そうだ。特に平井は娘・梅の件で思う所があるのだろう。心の底から、園殿の事を憐れんでおるようだ。
右衛門督はと思えば、こちらは呆気に取られているようだ。激情は霧散したようで一安心ではあるが。
「信玄様はこう申しておられました。近江守護を務める名家・六角家次期当主の御正室とするには、園は相応しいと言えなくなってしまった。痘痕面の醜女を御正室に迎えさせてみよ。必ずや六角家は指を指されて笑い者にされるだろう。六角家次期当主は、嫁に出せなくなった醜女を押し付けられたのだ、とな」
「……確かに」
「故に、信玄様は婚儀の破談を望まれたのです。六角家は武田家の下風に立つべき御家では無いのだ、と」
『そういう事か』とにこやかに笑みを浮かべる右衛門督。
頭が痛い。何でそこで喜ぶのだ!そこは園殿を心配するべきであろうが!
寧ろ、次郎の方が痛ましい表情をしておるわ。
「信玄様も頭を痛めておられました。園は降嫁する以外の使い道がなくなってしまった。家臣を一門にする為になら嫁がせられるが、対等な関係を築く為の政略結婚は不可能になってしまった。どうか武田家の長としての判断を御理解頂きたい、との事で御座います」
「加賀守殿、訊ねたいのだが園殿の代わりは?」
「そちらについても考えて御座います。信玄様の弟、典厩信繁殿の御息女を信玄様の養女として、嫁がせるというもので御座います。しかしながらまだ幼い故、信玄様は六角家次期当主殿が他に妻にしたい女性がおるのなら、先に側室を迎えて頂いても一向に構わないと申しておりました。六角家次期当主となれば、血を遺すのは義務。であれば、側室は必要に御座いましょう」
信玄殿の実弟の娘。妥当と言えば妥当な判断ではあるな。信玄殿にとっては姪だ。姪を犠牲にして近江を、とまでは考えはせんだろう。
問題は年齢か。すぐには嫁げぬ、と言うのであれば無理強いは出来ん。
武田家としても右衛門督の正室に娘を送り込みたい、という考えは持っているようであるしな。
となれば、美濃制圧における武田家の協力は維持できる、と判断できるな。
「御話は理解出来た。園殿の事は残念ではあるのだが……加賀守殿、園殿にお伝え戴きたい。どうか気を落とさないで戴きたい、と」
「必ずや左京大夫様のお気遣いをお伝え致します。園は心の傷も深く、一日中、自室に閉じ籠もり、幼い童達にしか笑みを見せない有様。少しは心の傷も癒されましょう」
「こういう時、凡人は困るな。気の利いた事、一つ口に出来ぬ。六歌仙の一人、在五中将(在原業平)であれば、慰めの歌の一つも詠んだであろうに」
そういえば在五中将は、菅公(菅原道真)とほぼ同じ時代を生きていた御仁であったな。
目の前には、その菅公の弟子と言われる男がいる。これも縁というべきかな?
「某もほとほと困って御座います。さすがに可愛い姪御を力づくで引っ張り出す訳にも参りませぬので。そんな事をした日には、母上を敵に回す事になります」
「さすがの今荀彧殿も、母君には頭が上がらぬか」
「幼い頃から、盲であった某を慈しんで下さった御方で御座いますから」
それは頭が上がらぬわ。同じ立場であったのなら、儂も間違いなく平身低頭するであろうな。
「男という者は、何歳になっても母には勝てぬ。そういう事なので御座いましょう」
「正に加賀守殿の申す通りだ。いかなる勇者であろうとも、母には勝てん」
儂の言に、家臣達が『然り然り』と頷き合う。皆、心当たりがあるのだろうな。
さて、武田家の意志は理解出来た。今回は受け入れるしかあるまいな。
問題は右衛門督だ。年が明けたら当主の座を譲るつもりであったのだが、まだまだ楽隠居を決め込む事は出来そうにないわ。
今回もお読み下さり、ありがとうございます。
まずは加賀・井伊家を舞台とした井戸端会議ぽい物から。
【食べさせてはいけない物・蜂蜜、砂糖】
乳児ボツリヌス症対策。当時はボツリヌス菌に関する知識なんて無かったでしょうから、赤子が罹患して落命していたとしても不思議はないでしょうね。
ボツリヌス菌は芽胞の耐熱性は120℃4分。毒素自体は80℃30分か100℃15分との事。ボツリヌス菌は黒砂糖にも含まれているし、井戸水から感染したという報告もあるそうです。リアルで赤ちゃんの世話をする際には、気をつけましょう。離乳食は熱処理した物でないと危険です。
【食べさせてはいけない物・鶏卵、小麦、蕎麦】
ようはアレルギー対策。まずは少しだけで様子を見ましょう、という物。リアルでも採用されている方法らしいです。タップリ食べさせてアレルギー発症なんて、命にかかわりますから。
【女性の下半身の保温】
逆子対策。これも現代医学では常識らしいです。足を冷やすと、赤ちゃんがお腹の中で頭を上に向けてしまうそうです。冬場のスカート要注意。ちなみに作者は逆子。母が出産前に毎日逆立ちして、腹の中でクルリと回転させようとしたそうです。生まれてみたら主産予定日半月前とか、生まれてみたらへその緒で首が締まっていたりとか、色々あったそうですw
【赤ちゃんの五感は嗅覚、触覚、聴覚】
目が見えるまでは、それだけで母親の存在を認識するとの事。これを得られないと、いわゆるサイコパスになる確率が上がるそうです。サイコパスを研究した学者さんが、逆説的に発見した内容らしいです。生まれたばかりでベビーカーばかり、は危険と言う事ですね。そういう子は、赤ちゃんの頃から感情が希薄になりがちらしいです。育児の際にはお気をつけを。
次は石山。
【杉谷さん、再始動】
杉谷さん、色々考えています。
ある意味、一番石山で主人公を警戒している人です。そして石山の現状を打破する為に、策を仕掛けます。
裏切り者の汚名を着ての策。主人公は見抜けるか?
最後は近江・観音寺城
【婚儀破談】
いきなり義治君ブチ切れ状態。まあ気持ちは分かるけどね。もうすぐ結婚と言う時に、婚約破棄されたら誰でも怒るわw
そして六人衆は冷静。武田家との衝突を気にしています。どうやら婚儀破談自体はどうでも良いらしいw
【痘痕顔】
どうも痘痕が残ると『醜い』とされていたようです。光秀の嫁さん煕子さんも、その一人。あとは吉川元春、高橋紹運の嫁さんもそうらしいです。そして三組共通:夫婦仲良し。作者個人としては気にならないんだけど。
【平井さんの加賀守呼称が無い件】
主人公の場合は正規の加賀守。平井さんの加賀守は通称(受領?)の為、非正規。なので正規の方の前で名乗るのは、という意味で平井殿呼びです。
【笑みを浮かべる右衛門督】
醜い女を嫁にするのは嫌!という事でしょう。政略結婚を舐めんな、という所。でも本人は受け入れてるし、向こうは辞退しているし、で義賢パパは受け入れるしか選択肢がありません。そして義治君は次期当主と念押しされて、良いように踊らされてます。
【在五中将】
在原業平。日本の歴史上、間違いなく上位五指に入るプレイボーイであり、六歌仙の一人。825年~880年。ちなみに菅公は845年~903年。藤原高子(清和天皇の后、藤原基経の妹)との駆け落ち騒動、伊勢斎宮孕ませちゃったw等、色恋沙汰には事欠かない御方。当然、基経との仲は悪いかと思いきや、互いの孫同士が夫婦になったりとかしてます。応天の門(灰原薬)からは想像も出来ません。
【六角家当主】
年明けに義賢パパは承禎入道となります。六角家の未来に幸あれ。
それではまた次回も宜しくお願い致します。




