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加賀国編・第二十一話

 加賀国編・第二十一話更新します。


 今回はお祭り(裏)になります。

永禄三年(1560年)十月、加賀国、金沢城、ゆき――



 武芸大会が終わった翌日の事。大御屋形様達が翌日の出立の準備をされる中、私は二郎様や近習の者達と共に新たな高札の準備を行っていた。

 武芸大会の結果を知らしめる。それを目的とした高札だ。


 『刀部門優勝者は中条流・冨田五郎座衛門入道勢源(冨田勢源)。準優勝者は新当流・雲林院出羽守光秀。敢闘賞(三位四位)は我流・浅野民治丸。中条流・冨田治部左衛門景政』


 「冨田勢源殿。私と同じで目を患っているというのに、全く相手を寄せ付けなかったようだな。準優勝の雲林院殿が唯一、掠らせる事が出来たと言うが。やはりその道に全てを捧げた人間は、強いという事だな。努力の度合いが違うわ」

 「御謙遜を。勢源殿が申しておられたでは御座いませんか。『加賀守様は生まれながらにして盲目。ですが智者として名高いのは、これまでの努力があってこそ。某と加賀守様は努力の方向性が違っているだけに過ぎませぬ』と」

 まだ三十六歳と聞くが、あの御仁は大した人物だと感心してしまった。家督こそ実弟であり敢闘賞を勝ち取った治部左衛門殿に譲っているとはいえ、今も弟子入り希望者が引きも切らないというのは、その実力が頭一つ抜きんでているからだろう。

 

 「雲林院殿も敗れこそすれ、満足されたようで御座いました。来年こそは優勝すると再起を誓って御座いましたが」

 「来年は越前でやると伝えてやったら、早くも参加希望申請をしてきた事には笑わせて貰ったな。父上が枠を確保しておいてやると、上機嫌に約束しておられたようだが」

 早くも来年の参加希望とは、私も面白い御仁だと思ってしまった事を思い出す。

 惜しむらくは、既にかの御仁は北伊勢の国人衆として武田家に仕えていたという点だけだ。

 優勝者の勢源殿も『隠居の身としては出世に興味は御座いませぬ』と仕官を断ってきている。やはり求道者たる人物は考え方が違うのだろうな。


 「敢闘賞の二人は仕官してくれるようだな。景政はすぐにでも、と申してくれたのは有難かったわ。門弟達も含めて遇してやらんとな」

 「もう一人の浅野殿については敵討ち達成後、と申しておりました。二郎様が『褒美として賞金以外に、仇の情報集めに力を貸そう。私の子飼いは耳も目も優れておるのでな』と仰られたのが、大きかったのでは御座いませぬか?」

 「その程度で仕えてくれるなら安い物だ。しかし抜刀術とはな、私も御祖父様と兵法を考案した時に考えはしたのだが、結局、抜刀術は捨てたな」

 それだ。浅野殿が二郎様からその話を聞いた時、心底、驚いていた事を思い出す。ただ二郎様は『戦場で鎧武者を一撃で殺す為の兵法』を求めた為に、抜刀術を断念した事を話すと、浅野殿は納得したように頷かれておられた。

 そしていずれは加賀武田家に仕える約束として、本名を名乗っていかれたのだ。

 林崎甚助重信。出羽国出身の武芸者である、と。


 『槍部門優勝者は宝蔵院流・宝蔵院胤栄。準優勝者は穀蔵院流・前田慶次郎利益。敢闘賞は鞍馬八流・川崎鑰之介。陰流・丸目蔵人佐(丸目長恵)』


 「宝蔵院胤栄殿。名ぐらいは俺も聞き及んでいたが、まさかあの慶次郎の馬鹿力を技で封じ込めるとは思わんかったな。世の中、上には上がいるものだな」

 「仰せの通りに御座います。惜しむらくは、宝蔵院殿も加賀武田家に仕官する気は無かった点。ただ只管に技を磨きたい。それだけが望みと言われてしまっては、無理強いも出来ませぬ」

 「それぐらいは構わぬとも。目くじらを立てるほどの事ではない。それに来年は弟子と共に参加すると申しておったではないか。父上の事だ、高弟を召し抱えるか、槍術師範として迎え入れるか、状況に応じて判断されるだろう」

 宝蔵院殿は、まだ四十を越えたばかりと申されていた。仏僧と聞いて良い意味で連想するような、柔和な容貌の持ち主でありながら、その腕前は規格外の一言に尽きる。

 栄達を求める事無く、日々鍛錬に取り組む姿勢は、刀部門の勢源殿や雲林院殿と通じるものがあったのか、互いの健闘を讃えておられた事を思い出した。


 「準優勝は慶次郎か。確かに決勝で敗れこそしただろうが、父上が仰っておられたぞ?戦場でなら、慶次郎が上だ、とな。宝蔵院殿の槍は基本的に一対一。対する慶次郎は乱戦が前提。単純に相性の問題だ、とな」

 「一個人としての有り様であれば、宝蔵院殿が圧倒的に上で御座います」

 「慶次郎もすっかり嫌われたものだな。あれは悪戯小僧がそのまま大きくなっただけだと思え。まともに取り合っていては疲れるだけだぞ?」

 二郎様が仰せられる事は私にも理解出来る。

 あの男は相手を揶揄うのが好きなのだ。大真面目に対応すればする程、あの男は楽しくなって更に揶揄ってくるであろう、という事は。


 「敢闘賞の二人が仕官してくれるのは有難いわ。もっとも丸目は修業が終わるまで待って欲しい、とは申していたが。上野の長野家に仕えている、師匠の上泉秀綱殿へ許可を得る必要もあるというし、気長に待つとしようか。恩を売っておいて損は無いしな」

 「やはり上泉門下生で御座いますか?」

 「そういう事だ。上泉秀綱殿と申せば剣豪として名高い。その門下生も実力者揃い。召し抱えるなら、話の分かる主と言う印象を植え付けておくに越した事はない」

 上野の箕輪長野家と言えば名将・長野信濃守業正殿が有名だ。大御屋形様も敵にするよりは調略で、とお考えになられたそうだが、全く靡く気配が無かったという。

 その御家に深く関わる上泉一門。その内の一人、それも四天王として名を馳せる丸目殿が武田家に仕えるとなれば、長野家にとっても大きな意味を持つ事になる。

 手を結ぶか、それともぶつかるか。そこまでは分からないが、どちらに転んでも丸目殿の存在は大きな意味を持つ事になる。上泉殿は知性も優れていると聞く。であれば、そこまで考えて武田家への仕官を許すだろう。


 「もう一人の川崎鑰之介。親父の時貞は刀で八強であったが、息子は四強まで勝ち残ったな。親父ともども仕官してくれると言うし、有難い事だ」

 「二人とも嬉しそうにしておりました。腕も立ちますし、年明けの戦では手柄を挙げられましょう」

 「手柄を挙げたら、城下に道場付の屋敷を褒美としてくれてやると約束したからな。あの二人、励み過ぎて逸らねば良いが」

 川崎鑰之介殿はまだ二十歳ぐらいに見えた。越前・朝倉家降伏後はそれなりに苦労していた事も有り、何としても名を上げ、仕官をという思いがあったのだろう。準決勝で敗れるまで、ずっと険しい顔つきであった。

 それでも己を負かした宝蔵院殿に対しては、恨み辛みを口にする事無く、素直に宝蔵院殿を褒め称えておられた。きっと御父君の教育がしっかりとしたものだったのであろう。


 『弓部門の優勝者は我流・大宮景連。準優勝は小笠原流・小笠原喜三郎貞虎。敢闘賞は日置流・佐々木次郎、我流・太田又助信定』


 「名前を見ているだけで、頭が痛くなってくる顔触れだな。大宮は確か北畠の家老の嫡男だと申していたな。武田への鞍替えは無理と思って余分な事は言わんかったが」

 「年の頃は二郎様とほぼ変わらぬように見受けました。弓が一番得意との事で御座いましたが、刀も槍も使えるそうで」

 「出来る事なら取り込みたかったが。まあ伝手が出来ただけでも良しとしよう。いずれ北畠家に何か起きた時には、改めて声を掛ければよい。そういう事だ」

 大宮殿の腕前は大した物であった。最後まで、的への的中を外す事は無かったのである。

 大御屋形様も弓は得意と伺っているが、その大御屋形様が感嘆した程だというのだから、その技量は推して知るべし、という所だ。

 それに大宮殿の腕前を知れたのは、実に大きい。仮に北畠家と戦になった際、大宮殿の預かる城を攻める際には要注意という事が判断できるからだ。前線に出た指揮官が油断して射殺されるような事態を未然に防げるだけでも有難い。


 「喜三郎は俺になら仕えても構わない、と申していたな。さすがに御家を滅ぼした父上には思う所があるのだろう。とは言っても、意地で飯は食えぬ。故に、と言う落し所を自分で決めていたのであろう」

 「敢えて失礼な事を申し上げますが、二郎様は盲に御座います。いつでも殺せる、そういう考えを持っている可能性も御座います」

 「無いとは言えんな。だが殺すにしても、今の俺を暗殺すれば小笠原一族全てが朝敵指定される事ぐらいは理解しておるだろう。戦場でならともかく、暗殺では言い訳も出来ん」

 言われてみれば、確かにそうかもしれない。それに二郎様が加賀武田家の弓術師範の座を約束された時、小笠原殿は本心から喜んでいたように見えた。

 私の考え過ぎかもしれない。問題児のやらかした一件と、杉谷善住坊の暗殺騒ぎの件で、疑い深くなったのだろうか?


 「敢闘賞の佐々木次郎。何でここまで来たのやら。わざわざ偽名まで使って参加とは。六角家の次男坊だろうに」

 「元服して間もないというのに、敢闘賞は十分な結果で御座いましょう。ご本人様も二郎様と会談が出来て、大層、お喜びで御座いましたが」

 「後で園姫の婚約破棄の件で、観音寺城へ赴かねばならんのだぞ?俺の身にもなってくれ」

 ああ、それが御座いました。

 あまり嬉しくない御役目ですが、二郎様以外に適任者がいないのも事実。六角家と最も仲が良く、尚且つ向こうが折れてくる相手。そのように都合の良い御方は他にはいないのですから。


 「太田(太田信定)は織田信長の家臣らしいな。丹羽に村井だけだと思っていたが、まさか敢闘賞に名を連ねる程の男が居たとは思わんかったな」

 「今は織田殿の近習を務めているとの事。あれだけの腕前を持ちながら、戦場に出る機会が無い為、腕を鈍らせたくない一心で参加したと申しておりましたが」

 「手頃な所で織田を戦に使ってやるよう進言するか。あれだけの腕だ、遊撃の役割を与えれば、それなりに手柄も挙げるだろう」

 あそこまで零落してしまった織田家に、此程の逸材が仕えていた事に大御屋形様も驚かれていた。

 文字通り文武両道の逸材。だが当の本人は織田信長を唯一の主と定めて、死ぬまで忠義を尽くす事を誓ったのだという。

 そこまで断言されてしまっては、誰にも主替えを口にする事は出来なかったのだ。


 『相撲部門の優勝者は佐々内蔵助成政。準優勝者は蒲生下野守定秀。敢闘賞は小畠三郎太虎貞、蜂須賀小六』

 「佐々は随分と喜んでいたようだな。刀に出ていた勝家は十六強、槍に出ていた利家は八強。それに比べれば優勝だ。さぞや鼻が高かっただろう」

 「その代わり、余興にチビッ子相撲ではアタフタされておりました。あの余興が一番盛り上がっていたのが何とも……」

 「佐々も困り果てたであろうな。参加者全員、優勝しなくて良かった、と安堵の溜息をついたらしいが」

 そうなのだ。チビッ子三十人に群がれる強面の荒武者。とは言え、怪我をさせるな、という命に従い、内蔵助殿は必死に立ち向かった。

 だがとある悪戯小僧がまわしを解こうとする反則技を実行。まさかの事態であったが『子供のやる事だ、目くじらを立てるでない』という二郎様の判断に、会場は爆笑の渦。最後はまわしを死守する佐々殿を子供達が圧し潰すという結末を迎えたのである。その大偉業に観衆達は挙って子供達を讃えたのだ。

 褒美の団子は蜜をかけた特製品。子供達が大喜びしていたのは言うまでも無い。

 ちなみに来年も、大御屋形様が同じチビッ子相撲を実行されるようだ。今から相撲部門優勝者の苦労が偲ばれる、というものである。


 「蒲生殿もなあ。次郎殿のお目付け役というか護衛役として来ていたと聞いたのだが、何故相撲に参加したのやら。共に来ていた目賀田殿も止めに入らんしなあ」

 「目賀田殿は『某は次郎様をお守りしなければなりませぬ故』と申して逃げられておりましたから」

 「まあ良いわ。終わりよければ全てよし、という所だ。蒲生殿との繋がりは、先を見据えれば必須と言える。親睦を深められたと前向きに考えよう」

 蒲生殿は美濃国での一件によるものか、以前にもまして二郎様と親しく交わる事を望まれるようになったようだ。

 二郎様としても都合が良いので何も仰せにならないようだが、同行していた目賀田殿は何も思われなかったのだろうか?

 まあ私が心配する必要は無いか。


 「三郎太や小六、八強の将右衛門(前野長康)も良くやったとは思うが、相撲に関しては在野の者が来なかったのは残念だったな。いや、来ていたかもしれんが勝ち残るほどの実力は無かったという事かもしれんが」

 「こればかりは『運』に御座いましょう」

 「まあ良しとするか。川崎親子、冨田景政、弟子の鐘捲通宗、小笠原貞虎。まずは即戦力として五名。小笠原や冨田、親父の方の川崎ならば部隊指揮も可能だろう。まずは御手並み拝見と言った所だな」

 そう二郎様が口にされると、廊下が騒がしくなってきた。

 耳が優れておられる二郎様がそれに気付き、苦笑いしながら肩を竦められる。


 「子供達が帰りたくないと我が儘を言いだしたようだ。月と子供達が仲良くなったからだろうな。少し宥めてくるとしようか。ゆき、案内を頼む」

 「やはりまだ幼いからで御座いましょう」

 「そういう事だ。暮れになればまた会える。そう約束すれば、大人しくなるだろう」

 『可愛い我が儘だな』と呟かれた二郎様の御顔は、優しい父親としての笑みを浮かべておられた。



永禄三年(1560年)十月、加賀国、金沢城城下町、冨田景政――



 「兄上、これで冨田流の名を轟かせる事が叶いますな!」

 「とりあえずは一安心という所か。それにしても同門同士で当たる事が無くて良かったと今更ながらに思うわ。まさか籤引きで相手を決めるとは思わんかった」

 場所は金沢の城下町にある旅籠。その一室で俺は兄上と武芸大会の間、ずっと寝起きしていたのだ。

 俺が注いだ澄酒を、兄上は一気に呷られた。

 そして満足そうに、長く長く息を吐きだされる。

 越中に出陣していた留守を突かれて朝倉家が降伏した時、俺は越中に。眼病を患っていた兄上は従軍出来る筈もなく、道場の留守を預かっていた。どちらにも朝倉家降伏の原因は無いのだが、降伏により朝倉家剣術師範の座を失った冨田流の名声は確実に落ちた。

 故に、此度の大会により、冨田流の名を加賀武田家で轟かせる。

 俺の案に、兄上が協力してくれたのは望外の喜びであったわ。


 「それにしてもこの金沢の城下町は大したものですな。町並みは京のように碁盤の目、頭の上を水が流れる石の水路が走り、住人はその恩恵に預かる事が出来る。僅かな銭で湯に浸かれる銭湯という施設。住むだけなら此処ほど住みやすい場所は無いでしょう」

 「其方の申す通りだ。治部左衛門(冨田景政)、加賀守(武田信親)様はどうしてこのような町を作られたのであろうな?明らかに守りにくい地。加えて街道も整備されつつあると聞いたぞ?」

 「……正直、俺には理解出来ませぬ。北には能登畠山と能登の一向衆、東には越中の一向衆、どちらにも敵を抱えているというのに、守りを無視するような国作り。今荀彧と名高い智者の知恵は、俺では計れませぬ」

 手酌で澄酒を注ぐと、俺も一息で呷った。

 濁酒と違った味と香り。一度味わうと、濁酒に戻ろうという気になれんな。


 「兄上は加賀守様をどうご覧になりましたか?」

 「努力の鬼よ。治部左衛門、加賀守様の体、肉のつき方を見たのであろう?」

 「はい。相当に鍛えこまれておりましたな。特に肩幅、あれは毎日、かなりの素振りをしていなければ、あそこまで大きくなりはしませぬ。それもかなりの重さを振りかぶっておられるのだろうと推察致しました。冨田流の高弟でも、あれほどにはなっておらぬでしょう」

 気になるのは、加賀守様には武術の師匠がいないという話だ。守役の小畠山城守(小畠虎盛)様や、兵法の師匠を務めたという山本道鬼斎勘助様の存在は有名だ。だがその御二人は、どちらも武術を教えた師匠では無いという。

 そして師匠らしき人物が、姿を見せた事も無いという。

 ならば、師匠は誰なのだ?いや、そもそも加賀守様はどのような武術を身に着けておられるのだろうか?


 「治部左衛門、儂は面白い話を聞く事が出来たぞ」

 「兄上?」

 「加賀守様が身に着けた兵法、この場合は武術というべきだろうが、実の祖父である左京大夫(武田信虎)様と試行錯誤して身に着けた代物だという話だ。基本理念は一撃必殺。やられる前にやれ、防がれたら力でごり押せ、躱される前に撃ち込め、という考えなのだそうだ。最初は儂も狂人か?と思ったが、加賀守様が盲目である事を考えれば、理に適っておると言えるな」

 それが事実だとすれば、あの肉のつき方も理解出来る。

 刀で準決勝において兄上に敗れた浅野殿を思い出す。小さい体という弱点を潰す為に、身につけたという『抜刀術』という特殊な攻撃。あの一撃もまた一撃必殺を理念とした攻撃であった。

 兄上に敗れたとは言え、あの一撃は俺では対応できなかったかもしれん。いや初見では間違いなく俺が敗れていた。

 亡き父の敵討ちの為に、更なる研鑽を積むと申されていたが、いずれは再会できる日も来るだろう。それまで、俺も研鑽を積まないといかんな。

 おっと。兄上の杯に注いで差し上げねば。


 「治部左衛門。儂はな、加賀守様の一撃は振り下ろしと見ている」

 「振り下ろし」

 「理由は幾つかある。まず一撃必殺、防がれたら力でごり押せ。これはどう考えても、上から下へ力を込めるのが筋と言えるだろう。横薙ぎや切り上げでは力勝負は難しい。刺突では防がれても逸れてしまう。正面切っての力勝負にはなり得ない」

 なるほど。確かに兄上の申される通りだ。

 力勝負に出る時点で、攻撃手段はかなり限定されていたのだな。俺も考えが足りんわ。


 「あとは加賀守様の目だ。単純に攻撃を当てるのが難しい。至難と言っても過言ではない。この場合、重要なのはいかにして一撃を当てるか?だ。振り下ろしであれば、基本的に肩より内側に食い込めば、重要な臓腑に一撃を食らわせる事が出来る。つまり一撃必殺となる」

 「ですが鎧が……力でごり押せ?」

 「儂はそう見ている。防御を完全に捨て去り、鎧武者を鎧ごと断ち切る捨て身の剛剣。それが加賀守様が出された結論なのだろう」

 なんとまあ。智者と聞くと豪快とは無縁のように感じるが、実際には豪快さ、ここに極まれり、と言った所か。

 どこの流派を探しても、そんな攻撃は無いだろう。剣豪として名高い塚原卜伝殿や上泉秀綱殿であっても身に着けておられるかどうか。

 

 「万が一を備えて常に努力を怠らぬ。故に努力の鬼。治部左衛門、其方も研鑽を怠るでないぞ?一乗谷の道場は気にするな。儂が留守を預かっておく。其方は思う存分、手柄を挙げてくるがよい」

 「はい、兄上になら安心して留守を託す事が出来ます」

 トクトクと徳利から注がれる澄酒。

 それを待ち焦がれたように、胃の腑へ流し込む兄の姿に、改めて心に刻み込む。

 兄に代わって冨田流を大きく成長させる。

 眼病故にそれを断念せざるを得なかった兄上の無念は、弟の俺が晴らしてやるのだ、と。



永禄三年(1560年)十月、摂津国、石山本願寺、慶寿院鎮永尼――


 

 「その報告は真なのですね?」

 「仰せの通りに御座います。加賀武田家は雪融け後に越中に本格的に攻め込む、との事。越中一向衆を束ねておられる勝興寺住職・顕栄様はこのままでは越中から一向衆勢力は根絶やしにされてしまうと申しておられました。前の戦では加賀武田家が退いた為に勝利を宣言して門徒を鼓舞致しましたが、恐らく加賀武田家の撤退は謀。真の狙いは、本格的な侵攻を行う為に、足掛かりを作る事にあったと見ておられます」

 もうすぐ十一月になろうかと言う頃。石山本願寺に急使が駆け込んできました。

 急使の所属は越中一向衆の拠点、勝興寺。つい少し前まで、加賀武田家と激しく争っていた者達です。

 内容は救援の要請。確かに見捨てる訳にはいかない。北陸は一向宗にとっても、重要な地域なのですから。

 だが相手は冷酷非情な知恵者として名高い武田加賀守信親。丁度、一年ほど前に石山から杉谷善住坊を派遣して暗殺を試みた相手。

 結果は失敗。それも成功したと思い込ませられた上での失敗であった。

 その事実を知った時、坊官はもとより、当事者の杉谷ですら『馬鹿な!?』と思わず叫んだほどだったのだ。


 「門徒達は集まりませぬか?」

 「仰せの通りに御座います。顕栄様は加賀武田家による流言工作による結果であると考えておられます。『南無阿弥陀仏と念じれば救われるというのなら、お前達は既に救われている。坊主など不要であろう?わざわざ高い年貢を払ってまで坊主が欲しいのか?それなら俺が京から浄土真宗の坊主を連れて来てやるぞ?』と。仏敵・武田信親の言との事」

 思わず呆気に取られてしまった。あまりにも衝撃が強すぎたからでしょう。

 周囲を見やれば、孫の顕如は元より、皆言葉もなく呆然としているようだ。

 痛い。あまりにも痛い一撃。確かにこの流言は効果的と認めるしかありません。一向宗の教義に従えば、門徒達は既に救われている事になるのですから。

 これを否定する事は、一向宗の教義を否定する事に繋がってしまう。敵ながら見事な策と言わざるを得ませんね。


 「ふ、ふざけおって!慶寿院様!こうなれば京の公方様にお願いして、朝廷に加賀武田家を討伐するよう、朝敵討伐の詔書を出して戴くべきで御座います!」

 「いかにも!その通りだ!」

 「待つのだ。武田加賀守信親は主上の御息女、春齢女王様との婚儀を控えている。それも主上からの強い働き掛けがあったという、専らの噂。その主上が娘婿となる男を朝敵認定するような真似をされると思っておるのか?」

 我が孫、顕如の静かな声に、一同が水を打ったように静まり返る。顕如の申した事は正しい。朝廷が武田家を朝敵認定する事は、まずあり得ないと言って良いでしょう。

 何より朝廷にとって、武田家は財政難を支えてくれる御家でもあるのですから。


 「しかし法主様。このままでは越中を失う事になりますぞ?」

 「下間の申す通りだ。だから指を咥えて見ているつもりはない。故に鈴木重泰、其方に門徒兵を預けて越中に援軍に向かってもらう。陸路で一千、こちらは表向きは流民や流れの商人のフリをさせれば良い。海路で二千、こちらは堺の商人に銭を多く払って船を出させる。雪が降る前に顕栄の所に到着させよ」

 「ははっ!」

 雑賀党の出である重泰殿が、頼もしい返答を返される。

まだ三十にもならぬが、多くの戦場を潜り抜けてきた一廉の大将。知勇兼備と言う言葉はこの者の為にある。そう断言しても構わぬほどの者。この者ならば、不覚をとる事も無いでしょう。

 加えて兵が少なくとも、こちらには城があります。そこに籠もって叩けば、数の差という不利を覆す事も可能。その上で指揮する者が百戦錬磨の猛者ならば、不安は欠片ほどにも感じませぬ。


 「その上で、だ。重泰。其方にもう一つ、策を授ける。越中で兵を集める際には、拒む者には破門を伝えよ」

 「法主様!?」

 「他に策があるか?加賀武田家は決して油断できぬ相手。三河も長島も、仏敵一人を相手に滅んだのだ。綺麗事で済ませられる相手ではない。打てる手は全て打つのだ!」

 おお、とどよめくような感嘆の声が上がりました。我が孫ながら、何と頼もしい姿なのでしょう。

 まだ十七。それも法主となって僅か五年。あの頃はまだ頼りなく幼かった愛らしい顔立ちも、今や総大将に相応しい、威厳に満ちた不敵な面構え。鎧具足を纏えば、誰もが御味方の勝利を確信するような御姿を見せてくれるでしょう。

 正に石山本願寺を背負って立つに相応しい男に成長してくれたのですね。


 「杉谷善住坊。其方にも役目を与える。武田加賀守信親暗殺、もう一度行うのだ。今荀彧と名高い知恵者であっても、まさか失敗した暗殺を再度、行ってくるとは欠片ほどにも思うまい。加賀に潜伏し、雪融け前までに事を終えるのだ」

 「……心得ました。名を変えて潜伏致します」

 「頼むぞ?いかに精強な軍勢と言えども、大将無くして戦う事は不可能。重泰の行動に気付けば仏敵・信親は必ずそちらに注意を向ける。それが隙となろう」

 見事な策。兵の増援と破門が表の策とすれば、暗殺は裏の策。どちらか一つであれば気取られても不思議はないが、まさか両方を同時に行ってくるとは欠片ほどにも思わぬでしょう。

 仏敵・信親によって殺された多くの罪無き門徒達の為にも、必ずやその首を挙げねばなりませぬ。

 どうか御仏の加護があらんことを。



 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 今回はお祭り(裏)になります。


 【結果発表】

 刀部門は冨田流・新当流・林崎流(この時点では我流扱い)。抜刀術の林崎さんは、旧名を偽名として大会に参戦。研鑽を積む為に参加したのですが、主人公に気に入られて敵討ちの支援をして貰う事に。ちなみに主人公幼少期の一撃必殺案は示現流と居合でした。


 槍部門は宝蔵院流・穀蔵院流・鞍馬八流・陰流。丸目さんには槍で参加して貰いました。師匠の上泉さんも槍を使っていたそうなので、問題はないかな?と。川崎さんは朝倉家で槍術を学んでいたそうなので、親子で潰し合いを防ぐ為に別部門でエントリーしました。この点、冨田流より柔軟でしたね。


 弓部門が我流・小笠原流・日置流。小笠原さんは加賀武田家に来て頂きました。信玄パパには思う所があるけど、主人公は息子でもかなり毛色が違うので受け入れて戴きました。そして六角義定君参戦。何でだwあと太田(太田信定に訂正。牛一と言う名は、この時点で名乗っていませんでした)さんは信長公記の作者です。若い頃は弓の名手で、信長の近習として抜擢されたそうなので、織田家からの参戦としました。


 相撲部門は流派無し。佐々成政は優勝者と言う名の道化ですw子供には勝てませんでした。帰ってから勝家や利家に揶揄われるでしょう。それから蒲生さんも電撃参戦。護衛の役目を放棄してはいけませんよw目賀田さんはどう思っていたんだろうか。


 【冨田兄弟】

 冨田勢源は『名人』『佐々木小次郎の師匠』として有名ですが、頭の方も優れてるよ、というイメージで話を書いてみました。弟の方は脳筋系wでも兄弟仲は良いという感じです。

 一撃必殺、力でごり押せ。ここから攻撃手段を推測してしまうあたり、眼病を患っていなければチートだったかもしれません。


 【石山の援軍】

 高札に触発され、石山が動き出しました。

 まずは表の策。これは真っ当な援軍。陸路と海路。援軍大将の鈴木重泰は史実でも石山から越中に援軍へ向かった方です。生年不詳なのでこれ幸いと登場して戴きました。


 【破門】

 伝家の宝刀。これで門徒兵の強制参戦を目論んでおります。成功すれば効果は大きいですけど、諸刃の剣ですよね?と言う感じ。 


 【暗殺計画再始動】

 杉谷さん再登場。加賀で冬を越しながら暗殺してね、という無茶ぶりw発案者はともかく、実行する方にしてみれば、ねえ?と言った所。


 【慶寿院】

 本願寺顕如のお祖母ちゃん。先代法主が死ぬ時に慶寿院に頼れ、と言い残した為に本願寺に強い影響力を持っている人して登場。孫の後見人、と言う感じ。

 能力は……推して知るべし。ハッキリ言って有能ではありません。今川の寿桂尼さんとは、その辺りが違います。

 なので顕如の欠陥作戦にも『うちの孫、なんて頭が良いの!?』と素通し状態。一も二もなく賛成してます。


 次回は視点を変えて加賀国の内情と、あとは婚約破棄の話を書く予定です。


 それではまた次回も宜しくお願い致します。


 



 

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― 新着の感想 ―
[一言] 罪なき門徒?記憶にないな
[一言] おとなしくしてれば良いものを、顕如が出張ってきて滅びの道一直線
[一言] 流石に日ノ本屈指の勢力になった武田家主催、 実に錚々たる面子······ 大島光義は元々長井道利配下なので、 流石に六角と敵対中の現状では無理だったのかな。 そして次郎(義定)君と左兵衛大…
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