加賀国編・第二十話
加賀国編・第二十話更新します。
今回はお祭り(表)になります。
永禄三年(1560年)十月、加賀国、金沢城城下町、ゆき――
ついにこの日が来た。秋の祭り――武芸大会の開催。
大会は刀、槍、相撲、弓の四種類。それぞれ予選と決勝で一日ずつ使う事になる。基本は屋外。雨の場合は屋内で進める事になる。どうか晴天が続いてほしいものだ。
余談ではあるが、家中からも参加者がいる。
私が知っているだけでも、槍は前田家の慶次郎殿(正直言って『殿』などつけたくもないが)、柴田殿の家臣である又左(前田利家)殿、学び舎に通っている松平家の本多忠勝殿。刀は柴田殿と孫次郎(小畠昌盛)様。相撲は兄と柴田殿の家臣である内蔵助(佐々成政)殿、藤吉郎殿の家臣である小六(蜂須賀正勝)殿。弓は竹中殿が出場されるそうだ。
そして私は、今は町中にいる。護衛の火部隊の者達と共に御客様をご案内している為だ。その間、二郎様は武芸大会の予選会場で静かにしている、との事。こちらはこちらで大御屋形様や御屋形様、御方様に御裏方様、それに若君様を初めとするお子様方が勢揃い。これらの方々を二郎様と幼い月が御相手をお努めになられるのだ。
面白いのは、大御屋形様が月に『じいじ』と言われると、厳めしい御顔が面白い程に崩れてしまわれる点。名将と謳われる御方ですが、孫を前にすると名将の面影は消えてしまわれる。御方様が必死に笑いを堪えておられた事を思い出してしまった。
ふと、町中に改めて立てられた新しい高札に目を向ける。
これまでの高札は、開催日時と会場の場所、褒美の額のみが書かれていた内容。
その高札が五日ほど前に、全て一斉に更新されたのだ。内容が追加された上で。
『見所のある者は成績に関わらず召し抱えとする。その実力、春の越中一向一揆攻めにおいて見せて貰う。手柄を挙げれば褒美は思いのままである』
誰がどう見ても、間違いなく越中一向一揆勢に対する宣戦布告。しかもこの高札は武田領内と浅井領内に立てられているのだ。当然、一向衆の放った草も知り、慌てて石山や越中へと報せているだろう。
それを見越した上で、二郎様は既に風を越中へと潜り込ませておられる。目的は越中一向衆に対する布石。それは冬の間に二郎様が仕掛けられる策の為に、必ず必要になる行動なのだ。
富士屋も大忙しだ。だが彼等の働きに、春の一向衆殲滅作戦の成功の是非が掛かっている。ここは励んでもらわねばならないだろう。
二郎様は次の戦で越中から一向衆勢力を完全に消し去るつもりでおられる。それも門徒達から、完全に信仰心を失わせるという完全勝利を得る形で。その為に、このような大掛かりな催しを行われたのだ。
だが今は越中の事は忘れるべきだ。今の私の役目は、貴人たる御方の案内兼護衛。火部隊の女衆が三名傍につき、周囲には火部隊の男が五名、一般客として紛れている。加えて御客様の護衛として付き従っている忍びが五名。その上で何かあれば巡回中の常備兵がすぐに駆け付けられるよう、少し離れた所から私達の後を追うように歩いている。
これほど護衛が必要な御方は、当年十歳の少女だ。名は『春』。すなわち春齢女王様である。言うまでもないが、数年後には、二郎様の正室となられる、帝の姫君にあらせられる御方だ。
「ゆき殿、これは何じゃ?見た事も無いのじゃ」
「こちらは領内で少数だけ生産が始まった、玻璃の器です」
「これが玻璃か。妾も初めて見るが、キラキラして綺麗だのう」
こう申しては無礼討ちされそうではあるが、帝の姫君とは思えぬ程に素直で元気な少女である。二郎様と出会ったのも一人で御所を抜け出していた時だったと伺った。きっとお付きの女房達も手を焼かれる程のお転婆なのだろう。
ちなみに今の格好は、少し裕福な商家の娘、と言った装いだ。さすがに十二単とやらで出歩かれるのは、護衛役としても勘弁してほしい。折角の綺麗な着物が、砂と埃で汚くなってしまう。
ちなみにこの御方が加賀へお越しになられた理由は、此度の祭りを聞きつけて参加したいと主上におねだりをしたからだと、御本人からお伺いした。
最初は主上も、母君の目々典侍様も渋られたと聞いている。
だが御本人の粘り強い説得と、二郎様から送られてきた『女王様にとって良い御経験になるからと』という文をお読みになられて、秘密裏にという条件で了承されたのだそうだ。
公にできないのは当然だ。そもそも女王様がお付きの者だけで御所どころか、遥か加賀の地まで旅をします、なんて口に出せる訳がない。
道中の護衛は六角家と武田家の合同で行ったと聞いている。南近江は六角家が、北近江から越前は御本家が、加賀は火部隊が護衛を務めていた。
更に移動の際には、左京大夫(武田信虎)様も御傍で護衛を務められたそうだ。可愛い孫の御正室となる御方の為なら、それぐらいは祖父の義務だ、と仰せになられていたという。女王様も義祖父になる御方という事で、二郎様の幼い頃の話を強請られたらしい。そのせいか、御二人の関係もかなり良好なようだ。
そんな女王様は、玻璃の器が御気に召されたのか、次から次へと御手に取られて、感嘆の溜息をつかれておられた。
「御気をつけ下さい。落としたら簡単に割れてしまいますので」
「そうなのか、ではなるべく触らぬようにするのじゃ」
このような感じで出店を回って女王様の好奇心を満たして回っている。そして当然の如く、顔見知りとも出会った。事前に二郎様から通達があった為に、丁寧過ぎない客対応をしているが、緊張していたのは誰の目にも明らかだった。
御客様が帝の姫君で、将来の主の御正室でしたなんて、想像すらできなくて当たり前だ。せいぜい、どこかの御公家様だろうと思っていたのだろう。
「そういえば、春殿は何か買いたい物はありませんか?」
「出来れば母上に何か持ち帰りたいのだが、加賀守殿が用意してくれていたのでな」
そうだった。二郎様はどうせなら、と試験的に作り始めた物を土産として用意していたのである。制作が始められたばかりの漆器や陶磁器に玻璃。まだまだ出来栄えは甘いが、これから更に美しい物を作り上げます。それを献上した時に、本日の物と比較して、どれぐらい美しくなったのか楽しんでみて下さい、という言い分であった。
遠回しに『武田家は今後もお支え致します』という所だ。真意が伝わってくれれば良いのだが。
ふと、目についた物。そこで思い付いた事があった。
「春殿。春殿が食べた事のない物を食べてみたく御座いませぬか?」
「良いのか?」
「ええ、なかなか美味しいのですよ。二郎様も製作に携わっているのです、きっと御気に召されますよ」
女王様を連れて立ち寄ったのは、立ち食い蕎麦屋だ。蕎麦自体は、弾正(真田幸隆)様から相談を受けられた二郎様が『小麦の粉と混ぜて麺にしてみては?』と作り方を教えられたのが切欠だった。そして作り方を弾正様経由で教えて貰った信濃の民が、ここぞとばかりに独自の蕎麦を作ったのだ。
蕎麦は忌避されがちな穀物だが、これなら美味しいと好評である。しかも材料は安いし、作る時間も早い。結果、金沢でも蕎麦屋がチラホラと姿を見せ始めている。
「ここは立ち食い蕎麦というお店です。主に民が働く合間を縫って、中食として食べたりします。特徴は立って食べる事ですね」
「なんと、立ったまま食べるのか?」
「はい。時間を掛け過ぎると、美味しさが損なわれるのです。御試しになられますか?」
好奇心旺盛な女王様はコクコクと頷かれた。やはり興味を惹かれたのだろう。それも美味しいとくれば猶更だ。
「お付きの方々がいたら、血相を変えられるでしょうね」
「ふふ、そうじゃのう。絶対にお説教してくるのじゃ。はしたない、とか申すに決まっておる」
「じゃあ内緒と言う事で」
中食として頂いたのだが、女王様はすっかり気に入られたようであった。案の定、作り方を訊ねてこられたのだが、材料が蕎麦と小麦と聞くと驚かれていた。
「蕎麦と聞くと貧しい土地の民が食べる物、と教えて貰ったのじゃ。だが、このように美味しいとは思わなかったのじゃ」
「蕎麦は米が育たたぬ貧しい土地で植えられております。だからこそ味が悪いと敬遠されがちですが、実際にはこのように美味しい物なのです」
「本当に驚いたのじゃ、父上や母上に良い土産話が出来たのじゃ」
……もしかしたら信濃の蕎麦が献上品になるかもしれませんね。まあ弾正様であれば、問題なく対応なさるでしょう。
ふと視線に気付く。そちらへ目を向けると、そこには私を見つめる女王様がいた。
「のう、どうしてこんなに優しくしてくれるのじゃ?妾の事、嫌いではないのか?」
「……嫌ってはおりませぬ。ですが、気にかかりますか?」
コクリと頷かれる女王様。
「ゆき殿は加賀守殿の側室ではあるが、唯一の妻であろう?そこへ妾が我が儘から割り込んだのだ。嫌われても仕方ないと思っておった」
「そうですね。全く嫌っていないか?と言えば嘘にはなります。春殿は私の出自を御存知ですか?」
「その……百姓と言う事は教えて貰った」
百姓、まあ嘘ではありませんね。実際には人買いに売られかけた、口減らしの子供でしたが。
「私は出自故に、側室止まりに御座います。大御屋形様が私を側室として娶る様に二郎様に命じたのも、それなりに理由があっての事でした。まあこの辺りは春殿にはまだ早い話ですので、いずれ時が来たらお話しします。話を戻しますが、二郎様から春殿の事を伺った際には、僅かですが嫉妬も感じました。何故?と。二郎様を取らないで、と」
「そうであろうな……」
「ただ、何度も口にしますが、それはホンの僅かな事。僅かな嫉妬の為に、心の全てを塗り潰されるのは、御免被ります。春殿、人というのは奇麗な心だけではありません。醜く汚い心も持っている。両方を持って、初めて人と言えるのですよ」
女王様が何度も瞬きされた。多分、こういう事を教えてくれる御方が周囲にはいなかったのだろうな。まあ教える必要も無かったのだろう。
二郎様と出会わなければ、将来は尼寺へ行く筈だったとも聞いた事がある。
そして生涯、そこから出られる事もないのだ。言い方は悪いが、籠の中の小鳥に、厳しい世界の生き抜き方を教える必要は欠片も無いのだ。
「ですから春殿、そう気に病む必要は御座いません。私は春殿を歓迎致します。信じて頂けませぬか?」
「……ありがとうなのじゃ」
ぐす、と小さな嗚咽を漏らす少女。きっと優しい子なのだろう。自分の我が儘で私を傷付けたと思ったのかもしれない。
だが私はこう見えても一児の母だ。この程度で音を上げるほど弱くはない。
さて、もう少しこの御姫様の御相手をしなければ。個人的には嫌っておらぬし、初めてお会いした際にも月の事を可愛がってくれた。将来は仲良くお付き合いしていきたい物だ。
永禄三年(1560年)十月、加賀国、金沢城城下町、武田義信――
『せいッ!』
『なかなか鋭い突き!大したもの!』
『童扱いするな!』
目の前では、文字通り大人と子供の戦いが繰り広げられていた。
槍部門の予選。その中で加賀前田家家臣、前田慶次郎と三河松平家家臣、本多忠勝の戦いが繰り広げられているのだ。
この二人の事は私も父上も良く知っている。
前田慶次郎は春から行われた丹後攻めにおいて、陣借りをして丹後国中山城城主であった沼田某とかいう男を討ち取るという大手柄を挙げた男だ。二郎から『危険地帯に遠慮なく放り込んでほしい』と書かれた文を貰ったと父上から聞かされた時には、思わず眼を剥いた物だ。
尤もその話を聞いた本人は『流石加賀守様!俺の事を良く御理解されておられる!』と楽しそうに笑っていたそうなのだが。
一方の本多忠勝はまだ学び舎通いの少年。ただ面白いのは、諱を公然と名乗り、諱で呼ばれる事を好むという変わった紹介を試合前にされた点だ。
何でも名付け親は二郎であり、主に忠義を誓い、主に勝利を齎す男になる事を願ってつけられた名だという。それ故に名に誇りを持ち、諱を堂々と名乗るようになったそうだ。
父上もそれを聞いて大笑なされていた。どうやら忠勝の在り方が気に入ったらしい。
そして肝心の試合だが、圧倒的に前田有利に進んでいた。
体躯の大きさも違い過ぎる上、踏んできた修羅場の数にも天と地程に差がある。何せ忠勝は初陣も済ませておらぬのだ。正直、前田が手加減しているとはいえ、ここまで食らいついている事に、驚きを感じざるを得ない。
「父上。あの忠勝、五年すれば良い侍大将になりましょう」
「そうだな。なかなか将来が楽しみよ。まだ学び舎通いと聞いているが、二郎、何か知っておるか?」
「家臣、藤吉郎の報せによれば、加賀へ来た際に政に興味を持ったようで御座います。藤吉郎と文を交わし、次郎三郎(松平晴康)の為にもっと学びたい、と」
『ほう?』と父上が満足げに頷かれた。
あの年で武だけでなく、政にも興味を持つとは非常に珍しい。父上が興味を惹かれるのは当然だ。
「良い事ではないか。其方の右腕と評判の井伊藤吉郎に教わるのならば、三河の将来は安泰であろう。晴康には勿体ない程の家臣よ」
「確か次郎三郎が人質であった時から仕えていると聞いております。まだ赤子も同然の時からであった、と。某が初めて会った時、忠勝は某の腰より小さく御座いました。幼いながらも忠誠心は三河侍の中でも随一。傍に居た酒井小五郎(酒井忠次)が手を焼いておりましたな。忠誠心が高すぎて困ります、と」
「それほど小さな時から忠義を誓っておるとはな。まさに股肱の臣よな」
二郎も上手い言い回しだな。そう言われては、父上も直臣に取り立てようとは口に出せぬだろう。
忠勝の生き方、忠誠心。この場でそれを誰よりも熟知しているのは、他ならぬ二郎。もし直臣に取り立てられれば、忠勝という男の在り方が捻じ曲がると考えたのかもしれん。
瞬間、会場から大歓声が沸き起こった。
「ああ、分かってはいたが、残念であったな」
「兄上?やはり忠勝は敗れましたか」
「そうだ。ただ、年を考えれば十分すぎる。前田もその辺りを配慮したのだろう」
前田は忠勝が突き込んできた所を、己の槍で巻き込むようにして空中に撥ね上げたのだ。
腕力にも技術力にも差があり過ぎた結果、忠勝は槍を撥ね飛ばされるのを防ぐ事も叶わなかった。
「これで本選進出十六枠の一つが埋まったな。残りは十五枠。次の出場者は誰だ?太郎(武田義信)」
「次は元・越前朝倉家家臣、川崎鑰之助。朝倉家降伏後は浪人をしていたようです。流派は父親より鞍馬八流を学んだそうですが、今回は槍で出場したようですな。対する相手は北近江浅井家家臣、浅井助七郎。流派は我流との事」
「ほう?それは楽しみよな」
そんな父上の膝の上では、まだ幼い月はウツラウツラと船を漕いでいる。どうやら昨夜は同年代の幼子達と会った事で興奮してしまい、しっかり眠れなかったらしい。母親のゆき殿が苦笑していたのを思い出す。
一方で五郎(仁科盛信)と菊、私の嫡男の彦太郎(守随信義)は二郎の膝の上で大人しく座って、『今、槍を持った人が突きました』と、二郎に戦いを説明している。ただ幼いので説明内容もハッキリ申せば説明になってはおらぬ。そもそも槍同士の戦いで『槍を持った人が』と言っても『どちらだ?』となるからだ。
ただ二郎は幼い弟妹や甥っ子が一生懸命説明してくれる事自体が嬉しいのであろう。笑顔で頭を優しく撫でている。その姿に母上や油川殿も嬉しそうに三人を見つめていた。
こうも幼い頃から慕っているのなら、五郎は大きくなったら加賀で学ばせてあげるのも良いかもしれん。彦太郎は出来る事なら二郎を烏帽子親にしたい所。父上といずれは相談してみるか。
そして沸き起こる歓声。会場に視線を戻せば、そこには片手を押さえて蹲る浅井と、油断なく両手で槍を構える川崎の姿があった。
「鞍馬八流と言えば九郎判官。刀だとばかり思っておったが、違うようだな?」
「某も父上と同じように考えておりました。もしかしたら朝倉家に仕えていた頃に、誰かに師事していたのかもしれませぬが」
「それも有りうるな。だが本選は前田とぶつかるのか?二郎」
「いえ、どうせなら相手が誰か分からぬようにした方が盛り上がると考え、一回戦開始直前に籤で相手を決めます。二回戦・準決勝も同じように開始前に籤を引きますが」
カッカッカッと笑う父上。まさかの対戦相手が分からない、という仕掛けは想像もしていなかったようだ。
それは私も同じだが、二郎は本当に良くこんな事を思いつくわ。
「二郎、他にも何か面白い事を考えておらぬか?」
「そうで御座いますな。チビッ子相撲と銘打って、相撲部門優勝者に、十歳以下の三十人程の挑戦者を一斉に嗾ける、と言うものを考えて御座います。条件としては試合時間は四半刻。子供側は何度倒れても再挑戦可能。優勝者は怪我をさせない事。子供側が勝ったら、一人当たり団子を二十本くれてやるつもりです」
「そういうのも良いかもしれんな。見所のある子供がおったら、近習見習いとして採用するのも手か」
そういう考えもあったか。
だが、それ以上に祭りを盛り上げるという意味では良い手ではある。何より子供達も主役になれるというのは、実に面白い案だ。
「他には賭けも御座いますな。誰が優勝するか。賭けに興じている者達も、さぞや興奮致しましょう」
「賭けも行われていたのか。よく其方が許したな」
「胴元は某で御座います」
一拍遅れて、母上が激しく噎せ返った。直後に父上が腹を押さえて笑い崩れ、油川殿と私の妻である松、娘の園は唖然としたのか、口をポカンと開けている。
「一部門辺り、誰が優勝しようが五十から百貫文は手元に残りますな。越中一向衆を潰す為とはいえ、散財したので少しは貯えを増やさぬと後で困りますから」
「ようやるわ。それにしても、良く収入を確保できたのう?」
「賭けが集中した者は配当が少なく、集中しない者は配当が多くなるようにしました。最初は四部門通して収入があれば御の字と考えておりましたが、思ったよりも上手くバラけてくれましたな。意外に大穴を狙う者が多いようで」
祭りで酒が入って気が大きくなっているのだろうな、賭けた連中は。そういえば町に出ている屋台も、家臣の妻女の参加を認めていたと聞いたな。幾らか加賀武田家で材料を用意する代わりに売り上げの三割を貰えるようにしたとも聞いている。
二郎は武将よりも商人の方が向いているのではないだろうか?
「後で菓子でも買うてやるからな?」
「「「はい!」」」
「本当に商才も豊かだな、二郎は」
首を左右に振りながら会場へ視線を戻す。
そこでは次の対戦相手、興福寺僧侶、宝蔵院胤栄と加賀武田家陪臣、前田利家が準備を終えて、対峙していた。
まさか僧侶が仏敵と呼ばれる二郎の主宰する大会に出場するとは思わなかったな。
いや、これは本当に楽しい祭りだ。本当に加賀まで来て良かったわ。
永禄三年(1560年)十月、加賀国、金沢城城下町、細川藤孝――
秋の祭り、或いは武芸大会で金沢の町は賑わっている。
そんな中、私は武芸大会の『刀』部門に偽名で参加を申し込んでいた。
偽名を使う理由は、公方様に知られるとお叱りを食らうと判断した為だ。公方様が加賀守(武田信親)殿を嫌っているのは周知の事実。故に公然と参加をすれば、間違いなく私の想像通りの結果になるだろう。
幸い、加賀守殿は私の考えに賛同して下さり、表向きは素知らぬフリをしてくれると約束して下さった。周囲にも根回ししておくので、気軽に祭りを楽しむようにという返事も貰ったのである。実に有難い事だ。
私の出番は明後日。予選からの参加になる。『刀』部門は参加希望者は百名近いという。中には剣豪と名高い上泉秀綱殿の弟子も参加しているという噂を聞いた。名前は分からぬし、真偽のほども不明だが、対峙する事になれば全力で御相手する事になるだろう。
だが今は英気を養う事が重要。
たまには少しぐらい贅沢をと思い、出店で旨そうな団子を買ってみれば、隣に見覚えのあるような顔が……
慌てて足早に立ち去った。
何で、ここに女王様がおられるのだ!?隣にいたのは加賀守殿の御側室のゆき殿であった。きっと案内役なのだろう。という事は、加賀武田家は把握しているという事になる。
少し離れて落ち着こうと深呼吸する。
瞬間、周りを囲まれる雰囲気。それとなく柄に手を掛ける。
「無礼を承知の上でお尋ね致す。何故、慌てて逃げられたのか理由をお尋ねしたい」
背後から聞こえてくる声。油断していたとはいえ、まさか背後を取られるとは!
「見知った御尊顔をお見受けした為。こちらの素性を往来でバラされては、加賀守殿の御配慮を無にする事になる」
「……失礼致した。どうやらこちらの心配が過ぎただけの様子。申し訳ござらぬ」
スッと気配が消える。察するに御尊顔でこちらが女王様を知っている事、加賀守殿の名で知り合いと判断してくれたようだ。
しかし、さすがは主上の御息女をお守りするだけの手練れ。まともにぶつかれば勝つ自信はあるが、常に正々堂々とはいかぬのが現実。常在戦場の心構えを忘れてしまった、私の失態と言わざるを得ない。
「まだまだ修行不足。師匠にバレたら大目玉を食らってしまうわ」
我が師、塚原卜伝様。もう七十にもなる筈だが、あの御方は厳しい御方だ。決して、先程のような失態は許されぬだろう。
軽く溜め息を吐きながら、振り返る。すると近寄ってくる人影があった。
年の頃は四十代。肉体は鍛え抜かれ、やや短身ではあるが見ているこちらは圧迫感を感じてしまう。
そしてどこなとなく見覚えのある、愛嬌のある顔。
「御久しゅう御座いますな、兵部大輔(細川藤孝)殿」
「まさか、出羽守(雲林院光秀)殿か!?」
「最後に会ったのは、公方様がまだ朽木谷におられた頃で御座いましたな?」
私にとっては兄弟子にあたる方。我が師、卜伝様の高弟である御仁だ。確か北伊勢の出自だと聞いた覚えはあったのだが、まさかここで会う事になるとは。
「出羽守殿も武芸大会に?」
「うむ、その通りよ。己の腕を試す機会として、な?某ももう四十。さすがに立身出世を望むつもりはないが、鍛えた業を試したいという欲はある。そこに今回の話を聞いてしまってはな?」
「そうで御座いましたか。かくいう某もで御座います」
優勝者への褒美にも興味はあるのだが、まあこれは言わぬが花と言う物。公方様の使いとして他国へ赴く身としては、先立つ物は不可欠なのだ。
此度の越後への使者の件も、旅費は全て自己負担。なかなかにきついのだ。
「出羽守殿。今宵は飲みませぬか?」
「勿論、付き合いますとも。互いに昔話を肴に飲み明かすと致しましょう!」
幸い、明日まで酒が残っても問題はない。
今宵は久しぶりに楽しい時を過ごせそうだわ。
今回もお読み下さり、ありがとうございます。
まずはゆき&やんごとなき御方こと春齢ちゃん登場。
常識で言えば、春齢女王が来られるはずも無いのですが、そこは創作物という事で大目に見て下さい。そうしないと話にならないのでw
話を戻して春齢ちゃんですが嫁入り希望したものの、長じて情報を集めたり、文を交わしたりする中で、ゆきと言う存在についても認識するようになりました。まあ、当然の結果です。
で、春齢ちゃんとしては、下世話な表現をすれば自分は『泥棒猫』なのか?と自己嫌悪というか、ゆきに嫌われていてもおかしくない、と自覚できるぐらいには成長しました、という話になります。
それにしても帝の姫君が立ち食い蕎麦ってw春齢ちゃん、一応、皇室の忍びが遠巻きに守ってるんだからね?
ちなみにゆきが慶次郎を嫌っているのは御愛嬌wでも主人公と慶次郎はウマが合うので、別の意味で悩みの種になりそうです。
次は義信兄ちゃん視点in武芸大会。
参加者は武田領と近畿地方中心に参加してます。仕官に興味は無くても、技を競いたい、自分を試したい、という人もおります。宝蔵院胤栄さんとか、浅井助七郎はそういう感じ。
川崎鑰之助は朝倉家降伏時に、武田家に降らなかった、と言う設定。そのまま浪人して、いっそ剣術道場を父親と開こうかと考えていたのですが、朝倉家降伏の影響で弟子が集まりませんでした(降伏した朝倉家の指南?本当に役に立つの?的な感じ)
生活は厳しくなる。でも意地を張ってしまって、今更どの面下げて……そんなところに武芸大会の御報せ。しかも後から知った(高札の一斉変更)主敵は越中一向衆。
まあこれなら面目も立つよね?って感じなのが裏設定。父親は『刀』部門で参加しています。
【賭けの胴元】
予選は十六枠に誰が残るか、当てれば賞金と言う感じ。確かJリーグにも似たようなのがありましたよね?優勝から最下位までの順位を当てる奴。今回は単純にメンバー当てるだけです。
本線は誰が優勝するか、それを当てるだけ。
【チビッ子相撲】
この手の御約束ですw当時の相撲は蹴り技有りの総合格闘技なので、手加減は必須になります。間違いなく子供が死ぬ。
30分間、優勝者が立っていれば優勝者の勝ち。土俵の外に押し倒されるか、倒されたら子供の勝ち。子供は何度でも再挑戦可能。ただし数え10歳(8歳)以下限定、となっています。
最後は細川幽斎こと藤孝さん。
塚原卜伝の弟子という事で参加させました。ただし偽名でw知られたら煩い上司がおりますからね。少なくとも良い顔はしない。
そして兄弟子(設定)の雲林院松軒も登場。生没年不明。北伊勢出身。信長の北伊勢侵攻(1569年?)時に本家を潰されて柳生に隠棲。松軒と号したとの事。なので兄弟子扱いとして登場させました。
多分、長島攻めの時には素直に義信兄ちゃんに降伏したんだと思います。本家も存続しているので、松軒フラグは立っていません。
なのでここで頑張れば、信玄の目に止まって栄転と言う可能性もあるんだけど、本人に出世欲が無いwどうなることやら。
次回はお祭り(裏)になります。祭りで賑わう加賀の裏舞台のお話です。
それでは、また次回も宜しくお願い致します。




