加賀国編・第十九話
加賀国編・第十九話更新します。
今回はお祭り前日譚というべき話になります。
あと信長のシェフに信親さんが出てたんですね。前話を読めなかった(コンビニで連載雑誌が売ってなかった)ので、今週号で知って驚きました。
永禄三年(1560年)九月、加賀国、金沢城、井伊虎――
夫から話を聞いた私は、翌日に登城した。加賀守様と最後にお会いしたのは、加賀守様が比叡山焼き討ちから御帰還された後。つまり二ヶ月ほど前の事なのだ。嫡男・石松丸を出産したのが昨年の夏。だが生まれたばかりで首も座っていない石松丸を抱えて、冬の雪道を強行軍など自殺行為でしかない。故に春まで井伊谷におり、五月に義母上達と一緒に加賀へと向かったのだ。
だがその頃、加賀守様は比叡山焼き討ちの真っ最中で御不在。その為に、御挨拶が御帰還された七月になったのである。
あの時の義母上は、加賀守様にお会いする事を畏れ多いと、なんとか御挨拶を御辞退しようとしていた。本人曰く『ただの百姓如きが御殿様に御挨拶なんて滅相も無い』『こんな薄汚れた女が御城へ向かったら御迷惑をお掛けしてしまう』である。
気持ちは分かるのだが、さすがにそれを認める訳にはいかなかった為、夫と必死になって説得したのだ。
ただ皆が笑ってしまったのは、同行していた夫の従妹である楓殿が、八歳という幼さを無邪気に発揮した一言であった。
『前に畑を耕しに来てくれた、目の見えない御侍様だ!』
『お?その声は確か、楓と言ったな?元気にしていたようで何よりだ』
『はい、楓は元気です!』
呆気に取られた一同。同席していた御側室のゆき様が説明して下さったのだが、義母上達が井伊谷に避難してきた後、加賀守様が数回、様子を見にお忍びで浜松から井伊谷まで足を延ばしていたそうなのだ。
最初はバレなかったそうなのだが、ある時、楓殿が加賀守様御一行を発見。加賀守様もこれ幸いと、楓殿から現状を聞き出していたそうだ。
その内に、加賀守様は義母上達には内緒で鍬を持たせてもらって、畑を耕す事に挑戦したりしていたそうなのである。
『そんな事をしていたら、内匠助(井伊直盛)殿に見つかってしまってな。慌てて逃げ出す羽目になったわ』
『加賀守様、御戯れが過ぎます。加賀守様が甲斐にいた頃、ゆき様達と共に畑を耕していた話は伺った事が御座います。しかし、御立場をお考え下さい。万が一があったら笑い話では済みませぬ』
『内匠助殿、そう怒らんでくれ。こちらとしても藤吉郎が役目に専念できるよう、憂いは無くしておきたかったのだ。まあ無用な心配だった訳だがな。内匠助殿もそれとなく、藤吉郎の御家族に護衛をつけていたようだからな』
ゴフウッと咳き込む父上。どうやら気付かれていないと思っていたらしい。
加賀守様はともかく、周りの方々は加賀守様をお守りする為に、四方八方に気を配っているのだ。それこそ、本職の忍びでもなければ、その目を欺く事は出来ないだろうに。
『さて、では改めて名乗ろうか。加賀武田家当主、武田加賀守信親。それが私の名だ。其方達の知っている井伊藤吉郎の主でもある。今後は其方達には加賀で暮らしてもらう事になる。藤吉郎も手足となって働いてくれる家臣が少な過ぎて困っている、と嘆いていたりもしたのでな』
『お、御殿様。それは息子を大将に、この場にいる者達の夫や息子が戦場に出るという意味で御座いますか?』
『その言い分だと、其方が藤吉郎の母御、なか殿か。答えは否だ。藤吉郎は槍働きが出来ん男だ。故に内政――町造りや農地造りといった加賀国を豊かにする役目の専門家として働いている。戦場に出る事を望むのであれば取り計らうが、そうでなければ出る事は無い。安心できたかな?』
『おありがとうございます』
頭を下げる義母上。何と言うか、緊張感で言葉遣いも怪しくなっている。
確かに気持ちがよく分かるのだが、そこまで緊張せずとも……いや、自分のせいで御不快にさせてしまったら、夫に迷惑が掛かると判断したのかもしれない。
『なか殿。其方には伝えたい事があった。私は藤吉郎を産んでくれて感謝している。藤吉郎がおらねば、私のやりたい事は半分も実現できなんだ。武田家がここまで大きくなるのにも、もっと時間が掛かっていただろう。藤吉郎は間違いなく私の右腕とも言える男だ。これからも虎殿と共に藤吉郎を支えてやってほしい』
『は、はい!』
『宜しく頼む』
そんな事があって二ヶ月。私達は城下町に戴いた御屋敷で新たな生活に勤しんでいた。
私は夫と石松丸、義妹の朝日殿、義母上、父上と共に暮らしている。近所には義母上の姉妹や従妹、義弟の小一郎(井伊秀長)とお寧殿の御夫婦、夫の家臣である小六(蜂須賀正勝)殿や将右衛門(前野長康)殿がそれぞれ屋敷を賜って生活中だ。
そして加賀での生活に慣れてきて、早めに冬の支度をしなければ、と相談していた所に夫経由で加賀守様から呼び出しを受けたのだ。
通された謁見の間には、前田殿の奥方様や、奥村殿の奥方様、義弟である小一郎殿の妻となったお寧殿もいらっしゃった。皆、夫の隣に座っている。何でも、気軽に相談できるように、そのように座るよう加賀守様が命じられたそうだ。
やがてゆき殿に案内されて、加賀守様がいらっしゃる。それを頭を下げてお迎えするのが私達家臣の礼儀だ。
「忙しい所を済まないな。ある程度は旦那から聞いておるかもしれんが、もうすぐ秋の催しを開催する。その催しを盛り上げるために、奥方殿達の腕をお借りしたい」
「腕、と申しますと『料理』という事で御座いましょうか?」
「正解だ。こればかりは男では、なあ。まさか戦場仕立ての不味い飯を振舞う訳にはいかんだろう?それを祭りで喰いたいと思うか?」
クスクスと笑い声が上がる。確かに仰る通りだ。こればかりは女衆の出番だろう。
それならこうして皆が呼び出されたのも理解は出来る。
「無論、本職の者達も店を出す。だがどう考えても店は足りぬ。そういう理由だ」
「作るのは構いませぬが、御馳走は作れませぬ。それでも宜しいのでしょうか?」
「構わぬよ。例えばだが、単なる握り飯だとしても、玄米ではない白米の握り飯、とくれば話は別であろう?そしてこれは、加賀武田家に仕える将兵達の命を守る事にも繋がるのだ」
どういう意味だ?皆の注目が加賀守様に集まった事はすぐに理解出来た。知将、今荀彧とも評されるこの御方は、今度は何を考えつかれたのだ?
「白米の握り飯を惜しげもなく振る舞う加賀武田家。比叡山を平気で焼き払い、石山を堂々と敵に回す加賀武田家。そんな家とどこが戦いたがる?そして加賀には幾らでも土地は余っている。加賀武田家の税が安い事も、な。それらの評判は越中や他国にも流れている。さて、この話を聞いた他国の民は、加賀をどう思うかな?己の領主をどう思うかな?」
「そういう事ですか。理解出来ました」
「さすがは女地頭と呼ばれた虎殿だ。私の目論見を理解されたようだな」
これから冬を迎える季節、どこも貯えをしなければならぬ時期に、此程の大盤振る舞いをしてみせるのだ。加賀はどれだけ兵糧があるのだ、と誰もが思うだろう。
そして恐らくだが、春先には隣国へ攻め込む予定なのだろう。この祭りは、その為の布石なのだ。
「米も塩も十分に用意してある。貯えてきた銭を投じて、安い所で大量に買ってあるのでな、何も問題は無い。それに握り飯以外でも構わぬ。汁物、餅、団子、饅頭、水菓子の干物、魚料理、鍋物、各々の裁量で扱うと良い。収益は三割をこちらが、残り七割を其方達の取り分とする。材料も米、塩、砂糖、味噌に関しては伝手があるので心配は不要だ」
どよめく奥方達。それは旦那方も同じ……ん?
「お前様、どうして驚いておらぬのですか?砂糖ですよ?」
「いや、俺は知っておったからな。加賀守様、松下様と松平様に御座いますな?」
「そうよ。計画を立てた折に、予め二人に話をしておいたのだ。そうしたら、損得抜きで安値で譲ってくれたわ。砂糖は遠江、味噌は三河よ。ただ先に挙げた物以外は各自で用意を頼むぞ。酒も販売して良いし、漬物は各自の自宅で作っておる物を使う事も可能だ。人出が足りぬのなら、他の家臣の奥方達に声を掛けると良い。私からも本日中に城内に触れを出しておくから心配は要らぬ。祭りは合計八日間だ、精一杯盛り上げてほしい」
これは皆が参加したがるだろう。家計の助けになるのもそうだが、女衆でもこの加賀の地を守る手伝いを出来るのだ。これほど遣り甲斐のある仕事をさせて頂けるとは思いもしなかった。
「あとは秘密だが、他国よりの来客もある。お忍びで出歩くかもしれぬが、護衛が付く故気付くだろう。だが気付かぬフリをするようにな?御本人にも言葉遣いや対応に不敬を感じるかもしれんが、それは祭りの醍醐味の一つとして受け入れるように頼んである。御本人も乗り気のようだったからな?」
「心得ました」
「うむ。話は以上だ。祭りは来月、十月の十五日から八日間の予定だ。出店は当日までに林部隊の者達が間に合わせで作り上げる。店の大きさが知りたければ、彼等に実物を見せて貰うと良い」
これは楽しい事になってきた。妻として家を守る以上、羽目を外す事は出来ない。だが祭りを盛り上げるという形なら、多少は許されるだろう。何せ加賀守様の御墨付だ。
本当に楽しみだ。早速、明智殿や竹中殿、小畠殿の奥方様にも声をお掛けしなければ。掛けなかったらきっと恨まれてしまう。
父上にも、暫く石松丸の面倒を見るように頼まなければ。
永禄三年(1560年)十月、加賀国、三条の方――
越前から東へ移動する事、約十日。
道中、平地では首を垂れる稲穂と空を飛び交う蜻蛉の群れを。山中では、僅かに赤く色付き始めた木々に目を楽しませながらの旅を楽しむ事が出来た。
膝の上には、まだ幼い五郎(仁科盛信)と菊が仲良く座りながら、嬉しそうに私を見上げてくる。
この幼い子達の笑顔。まだ幼かった頃の二郎をどうしても思い出してしまう。
今回の旅は、本拠地の移動ではない。加賀で行われる秋祭りに参加する為なのだ。
大御屋形様もとても楽しみにしておられた。それどころか『来年は越前で行うぞ!』と宣言しておられた程である。
本当の目的は、滅多に会えない孫娘の月と遊ぶ事なのでしょうけど。
『御裏方様。休憩の時間に御座います』
「ありがとう、五郎、菊、御外に出ましょう」
「「はい!」」
本当に素直で可愛い子だ。出来る事なら、この子達が戦に出ずに済んでほしい。そんな平和な世になって欲しいのだけれど、そう上手くはいかないのでしょうね。
頭を振りながら、輿から降りる。すると大御屋形様が笑いながら近付いてこられた。
「五郎も菊も、すっかり其方に懐いておるな。油川の傍に行きたいとグズるかと思ったのだが」
「二人とも、油川殿を困らせたくないだけなのです。その優しい心、きっと油川殿に通じておりますからね」
「「はい!」」
油川殿は別の輿で移動中だ。その腕には、二人の弟である六郎(葛山信貞)がスヤスヤと寝息を立てている筈だ。
太郎(武田義信)は金ヶ崎、二郎は加賀、三郎(武田信之)は駿河。三人とも離れてしまって寂しさを感じる時もありますが、それでもこうして五郎や菊が傍に居てくれると、その寂しさも忘れてしまう。
「申し上げます、只今加賀国より、先触れが参りました。出迎えの為、加賀守様の配下、明智十兵衛光秀殿が護衛の兵一千と共に近くまで来ているとの事に御座います」
「ほう?確か山城守(小畠虎盛)の後を継いだ二代目軍配者か。名前だけは聞いた事があるぞ。これは楽しみだわ」
「あらあら。殿方はすぐに戦に結び付けてしまわれるので御座いますね?」
直後、大御屋形様が大笑いされた。
仮にも日ノ本で名を馳せる名将と呼ばれる御方。戦を切り離す事が出来ないのは仕方が無いのでしょうけど、もう少しだけ、ここから見える光景を楽しんでほしいものです。
「並びに、明智殿の後続に続いている山城守様からも使者が参っております。御役目の為に御挨拶だけになりますが、どうかお許し下さいませ、と」
「山城守が?……ああ、そういう事か。確かにそれは仕方がない事だ。分かった、問題はない。主命を果すがよい、そう山城守に伝えよ」
「はは。それでは失礼させて戴きます」
そういえば後続には左京大夫(武田信虎)様がおられましたね。左京大夫様も二郎に会う為にお越しになられたとは聞いておりますが。
尤も、それだけではない事も。
山城守殿が別に動いているのも、それが理由なのでしょう。
「それにしても、まだここからでは金沢を見る事は叶わぬか。今度はどんな町を造ったのか、遠目でも良いから眺めたかったのだがな」
「そんなに焦らずとも良いでは御座いませぬか。楽しみは後に取っておく程、嬉しい物で御座います」
「確かにな。道中、色々と想像しながらというのも良いかもしれんな」
永禄三年(1560年)十月、加賀国、金沢城、三条の方――
「二郎、元気そうで何よりです。月も元気そうですね?」
「ばあば!」
そう言うなり、幼い孫娘は満面の笑みを浮かべながら私にしがみ付こうと走り寄って――直前で服の裾を踏んで転んでしまった。
思わぬ光景に、私の後ろにいた大御屋形様が、目を丸くしているであろう事が、何となく分かってしまう。
「……ううええええ……」
「あらあら、月は泣き虫さんなのね」
「嬉しくて舞い上がってしまったのでしょう。暫く、抱いてあげて下さい」
可愛い息子のたっての願い。母親として聞き入れるのは当然の事。それが可愛い孫娘の為なら、誰に言われずとも喜んで行動しましょう。
大御屋形様。月を抱きたいなら、しっかり言葉にしましょうね?それまでは譲りませんからね。
「「叔父上!」」
「「「兄上!」」」
今度は太郎(武田義信)の息子・太郎(武田信義)と娘・園を筆頭に、油川殿の幼い子供達が一斉に二郎に飛びついた。
これは想像もしなかった。確かに子供達が二郎を好いているのは理解していた。あまり会えないというのも理由の一つだろうが、まさかここまでとは。
「……園。貴女ももうすぐ嫁に行くのですよ?あまり御転婆だと突っ返されてしまいます」
「……申し訳御座いません」
「まあまあ、御裏方様。その辺りで矛をお納め下さい。初めて見る加賀の地で、少々、浮かれてしまっただけで御座いましょう」
窘めたのは太郎の正室である松殿。今は亡き今川治部大輔義元公の御息女。太郎や二郎にとっては従兄妹でもある。
当初は今川家の有様もあって、太郎との仲を心配したりもしていましたが、今なら取り越し苦労に過ぎなかった事は良く分かります。夫婦仲が良いのは良い事ですね。
「二郎、暫くの間、世話になる」
「そうお気になさらずに、兄上」
「あら?従兄妹同士なのに、私は御裏方様で御屋形様は兄上なのですか?」
松殿の揶揄いに、二郎が珍しく口籠もってみせた。
本当に珍しい。知恵の回る二郎が反論できないなんて。
「某の負けです。松殿、それで宜しゅう御座いますか?」
「ええ、公式の場でなければそう呼んで下さい。それで宜しゅう御座いましょう?大御屋形様」
「う、うむ。そうだな、松の申す通りだ」
何とか会話に参加できた大御屋形様が、ホッとしたような顔を見せていた。
この人も二郎の事を愛しているのに、肝心の二郎がケジメをつけようと一線を引く為に、なかなか父親として接する事が出来ないのだ。
不器用な父親、という言葉がこれ以上ないほどに当て嵌まる。
「世話になるぞ、二郎」
「何かありましたら気軽にお申し付け下さい。父上、母上」
「ええ、その時は頼みますよ」
松殿の気遣いには感謝しかない。私達のちょっとした悩み――二郎の私達に対する呼び方――に手を差し伸べてくれたのだ。本当に太郎は、良い嫁を貰いましたね。
「重元、済まぬが父上達を部屋まで案内を頼む」
「心得まして御座います。では某が案内役を仕ります」
「月、今の内に御祖父様と御祖母様にたっぷり甘えておきなさい」
「はい!」
私の腕の中で、月が手を挙げて元気良く返事をする。
二郎はゆき殿に案内されて、別室へと立ち去った。
二郎に群がっていた幼い子供達の残念そうな表情に、つい笑いを誘われてしまう。
「……三条、儂にも月を抱かせてくれ」
「最初から素直に言えば良いのですよ。月、じいじにも抱いて貰いましょうね?」
「はい!じいじ、だっこ!」
瞬間、大御屋形様の顔が、だらしなく崩れ切った事は言うまでも無い事であった。
大御屋形様、あまり人前でそのような御顔は見せるべきでは御座いませぬよ?
太郎が呆れておりますし、子供達が目を丸くしておりますからね。
永禄三年(1560年)十月、加賀国、金沢城、武田信虎――
息子達が加賀に到着して三日後。儂もさるやんごとなき御方と共に加賀へと到着した。
その御方は、今頃は湯殿で旅の塵を落としている事だろう。儂はそれほど気にしないタチである為、そのまま可愛い孫と話をする事にした。
「やはり、加賀はいつ来ても心が躍るわ。いや、正確には其方が差配した町だから、と言うべきか」
「嬉しい御言葉に御座います。御祖父様も御元気そうで何よりでございます」
「まだまだくたばるつもりは無いわ。今は亡き宗滴殿との約束も有るからのう。其方の成し遂げた土産話をもっと貯め込んでおかねば、あの世で酒の肴が足りなくなるわ!」
とはいうものの、二郎のやり遂げた事は大した物だと感心しているのは本音だ。
儂が甲斐統一を成し遂げ、太郎(武田信玄)と二郎(武田信親)が武田家を高く高く飛翔させた。今や武田家は日ノ本で上位五指に入るほどの大勢力。正面切ってぶつかれば、どこが相手だろうと負けはしない。其程に大きくなった。
「二郎、其方は儂の自慢の孫だ。太郎に不満がある訳では無いのだが、かつて当主であった儂としては其方は理想よ。太郎と其方の差異、故にな」
「父上の本質は気配りの出来る点に御座いますから。常に家臣に気を配り、不平不満を解消してこられました。合議制――評定を頻繁に行い、家臣の意見に耳を傾ける。それ故に、国人衆達も父上を支えてきたのです。この御方は自分の意見を聞いてくれる御方だ、と」
「それよ。太郎は儂と違って、人の話に耳を傾ける事の出来る男だ。だが其方は儂に近いのだ。自らの考えを持って、家臣を引っ張っていく。良く言えば自信家、悪く言えば強引と表現できるだろう。本来ならば家臣の反発を招くところだが、其方は上手い事、立ち回ったな」
二郎は常に『一家臣』としての立ち位置を貫いてきた。それ故に、二郎よりも上位に当主の意見が来る。
つまり、いざとなったら当主を動かせば制御できる、という事を意味しているのだ。そして二郎が当主の命令に従うのも、皆が理解している。それが二郎が自らに課した『枷』であるからだ。だからこそ、家臣達は太郎に比べて強引な二郎のやり方にも、割と素直に従っているのだろう。
それに二郎には当主から筆頭軍師として差配を委ねられているという形式もある。同時に図抜けた実績も有するが故に、家臣達も受け入れたのだ。
まあ反発した愚か者もおったようだがな。
「父上と太郎兄上という手綱が、私という暴れ馬を制御してくれる。その考えがある限り、家臣達は父上と兄上に忠義を尽くすでしょう」
「其方もそう見るか。それにしても割に合わぬ役目よのう?まあ、其方が理解しているのであれば、爺の忠告など不要か」
「何を仰いますやら。孫としては、御祖父様が心配して下さるだけでも嬉しゅうございます」
かっかっかっと、思わず笑い声をあげてしまった。今更、爺に甘えるような年頃でもないくせに、ふとこちらが喜びたくなるような孫としての言葉を聞かせてくれる。
仮にも甲斐の暴君と呼ばれたこの儂を喜ばせるとは。
もっと長生きする為にも、気を引き締めて日々、生きていかねばならんわ。
「ところで御祖父様。祭りの間、私は月と共に父上達の接待を行いますが、同席されますか?それとも勝手気ままに祭りを楽しまれますか?」
「悩ましいのう?月とも遊びたいが、祭りの雰囲気を直に味わうというのも捨て難い。予選の時は適当に歩いて、本選は太郎と同席させて貰うかの?」
「構いませぬとも。正直、私も接待など放り出して、町に遊びに出たいぐらいで御座います」
ブフウッと噴き出してしまう。いや、その気持ちは分かるが、それをやったら城は上から下まで大騒ぎになるわ。
「月に饅頭を買い与えてあげたりとか、串焼きを一緒に食べたりとか」
「これ、儂を誘惑するでないわ!月を攫ってでも町に繰り出したくなるではないか!」
全くこの孫は。油断していると、何の前触れもなく揶揄ってくる。
とりあえず、明日は月の顔を見がてら、太郎の所に出向くとするか。
永禄三年(1560年)十月、加賀国、金沢城城下町、武田信玄――
夜も更けた頃。儂は護衛役の今井信衡・窪田吉正を連れてお忍びで城下町へと足を伸ばした。
祭りは三日後からだが、既に祭りの準備で町は賑わっている。出店の準備に商品の確保。商売人は忙しいのだろう。
「それにしても賑やかだな。人も多いが、何よりも民が笑っている」
「仰せの通りに御座います」
「今井の申した通りだ。身なりは決して華美ではない。寧ろ粗末、いや、質素と言えよう。日々の暮らしにも、まだ余裕があるとは言えないのだろうが、それでも笑っている。それは今までよりも生活が楽になったという事であろうな」
かく言う儂も、今は旅の僧侶という格好をしている。護衛の二人も同じ姿。今の我等はどこから見ても、坊主以外の何者でもない。
まあ儂も経を上げるぐらいは出来るのだが。
人の多い大通りを半刻ほど、当てもなくうろついてみる。
あまりにも意外だったのは、一向宗が布教を許されている事であった。辻説法を行っている坊主の姿をたまに見掛けたのだ。
「二人とも、あの一向宗の坊主だ。周りに二郎の手の者が監視している気配はあるか?」
「いえ、御座いませぬが」
「今井殿の申される通りで御座います。それらしい監視がいるとは思えませぬ」
二郎の思惑は何だ?どうして一向宗の好きにさせておる?
坊主は声も高らかに、二郎を第六天魔王と非難しておる。最早、それだけで処刑に値するように思えるのだが。
……民でまともに受け取っておる者はおらぬな。皆、坊主の前で足を止める事無く、忙しそうに行き来している。
「……そういう事か。二郎め、えげつない真似をしおるわ」
「何かお気付きになられたので御座いますか?」
「二郎は坊主の心、信仰心を圧し折るつもりなのだろう。あの坊主の有様を見よ。往来のど真ん中で、あれほど叫んでも誰にも相手にされぬ。さぞや、心が擦り減るであろうな」
面白い事を考えおるわ。坊主がムキになればなる程、心が折れた時の傷は大きくなる。それにどれだけ励もうと、民は応えぬのだ。日々、徒労感が募るであろうな。
「あの高札も、その一助であろう」
「ああ、あの高札で御座いますか。某、アレを拝見した際、宣戦布告とばかり」
「確かになあ。あれはどう考えても喧嘩を売っておるわ」
『見所のある者は成績に関わらず召し抱えとする。その実力、春の越中一向一揆攻めにおいて見せて貰う。手柄を挙げれば褒美は思いのままである』
一昨日、加賀から北近江までの領内の高札が、一斉に取り換えられたのである。
明らかに二郎の指図であろう。取り換えた日が、全て同じ日だったのだからな。
それは越中一向衆に春に攻めるぞ、という圧を掛ける為だ。同時に、一向衆に攻める事を教える訳だが、あの二郎の事だ。きっと何か罠を仕掛けているに違いないわ。
「さて、では次は裏通りに参るぞ。事が起きた時は、其方等の判断で動いても構わぬ」
「「ははっ」」
護衛二人と共に、路地裏へと入っていく。
意外な事だが、路地裏は薄汚れたという印象は感じられなかった。
寧ろ、町人達の生活が感じられる。そんな印象を受ける。
「民が着ている綺麗に洗われた衣服。無邪気に遊ぶ幼い子供達。母親は子供から眼を離して四方山話を楽しんでいる。二人はここから、何を思いつく?」
「某は思ったよりも生活が楽なのでは?と。子供達も血色が良いように見えます」
「明らかに賊を警戒しておらぬと……」
良い所を突いておる。民は衣服を盗まれる事、子供をかどわかされる事、そういった事を心配しておらぬのだ。
子供の血色が良いというのは、日々の食事に事欠かぬ、という事。つまり飢える者が居らぬのだ。
飯を食うには銭が要る。銭を手に入れるには仕事が要る。となれば、金沢にはその仕事がある、という事になる。結果、民は罪を犯さずとも暮らしていけるのだ。
加えて常備兵達の巡回もある。所々に二郎が作らせたという、常備兵達の詰め所も有るお陰で、賊にとっては動き辛いのかもしれん。
常備兵の詰め所、確かに城下町に有効だが、支配したばかりの所領に置くのも良いかもしれんな。何かあれば助けてくれる。襲われたらここへ駈け込め。そう考えてくれれば、民が武田家に忠誠を誓うのも早くなるだろう。
「そういえば大御屋形様。この金沢にも銭湯を建築中のようでしたが」
「なんでも水と炭の確保に目途がついたそうだ。年明けから開始すると二郎は申していたな。これも良き考えよ。民が自ら望んで銭を払い、湯殿を使う。結果、民の体調を整えられ、病にかかりにくくなるのだ。武田家も民も両方が得をする。このような政策を執り行えば武田家の支配は盤石な物となるであろうな」
武田家が天下を握るまで、まだまだ時間は掛かる。
だが、その時間を確保する為には、内政は必要不可欠なのだ。
今後も二郎には励んで貰わんとな。
今回もお読み下さり、ありがとうございます。
まずは虎さん視点から。
遠江時代の事、主人公はお忍びで藤吉郎の家族の様子を伺っておりました。ところが女の子に見つかっており……という話。
母親のなか(大政所)さん、ガチ百姓w大河ドラマの『秀吉(主演:竹中直人)』のなかのようなイメージ。うつけ者を演じていた若い頃の信長に大根差し出すシーンは今でも覚えてますwその後で土下座して平謝りするという……
とりあえず藤吉郎ファミリーの藤吉郎に対する評価、主人公に対する評価は間違いなく爆上がりだと思います。
そして本題のお祭りに関して。
封建時代というか戦国時代は、女性の立場は下。あまり表向きの活動は、という感じ。なので主人公は大義名分を与えて、騒いで良いよ、稼いで良いよ、とお墨付きを与えます。
奥方さんにしてみれば、ストレス発散に加えて、臨時収入確保のチャンス。しかも材料は武田家で用意してくれる。その上、御家の為にもなるとあってノリノリで参加します。
石松丸君の面倒は、直盛お爺ちゃんが喜んで引き受けるでしょう。
次は武田本家視点。
月ちゃん、舞い上がってすっ転んでベソかきます。まあ二歳児ですからね。おかしくはないし、当たり前かな、と。
そして本家の子供&弟妹達は主人公に飛びついています。主人公は他の兄弟より、子供に甘い面があるので甘えやすいんです。
そして信玄、孫娘を抱くと爺馬鹿になります。奥さん呆れてますw
一方、信虎お爺ちゃん。
こちらも孫相手に爺馬鹿炸裂中。孫に弱いのは武田家の血筋なのかもしれませんw
最後に信玄お忍び話。
一向衆、ボッチ化計画は進行中。何というか、選挙前の候補者の路上演説みたいな感じです。でも誰も聞いてくれないw
信玄は路地裏(時代劇の長屋みたいな感じ)を覗いて、色々と調査してます。主人公の事は買っているが、油断はしとらんだろうな?見落としは無いだろうな?という感じ。
結局のところ、この人も息子が可愛いのです。
次回はお祭り本編。やんごとない御方も登場します。
それでは次回も宜しくお願い致します。




