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加賀国編・第十話

 加賀国編・第十話更新します。


 今回は前回の続き。ただし舞台は京。あとは近江での一コマ、と言う感じです。

永禄三年(1560年)三月、山城国、京、武田信虎邸、武田信虎――



 「おお、よう来たよう来た。元気そうで何よりじゃ」

 「御久しゅう御座います、御祖父様。月、じいじだぞ、覚えておるか?」

 「じいじ?」

 舌ったらずな曾孫が、不思議そうに儂を見上げてくる。まだ二歳。儂を覚えておらずとも、それは当然よ。

 ゆきから預かり抱き上げる。柔らかい頬を突いてやると、嬉しそうにキャッキャッと笑い出した。

 うむ、この曾孫は実に愛い。思わず甘やかしてしまいたくなるな。

 

 「寒かったであろう、中に入ると良い。護衛の者達もな」

 「忝う御座います」

 「気にする必要は無いわ。この屋敷には、基本、儂と身の回りの事をする者達しかおらんからのう?」

 一応、彦五郎(今川氏真)が毎日のように儂の仕事を手伝う為に顔を出しに来るが、あれは自らの屋敷から通ってくるからのう。

 そういえば、あれと梅との間に産まれた子も、大きくなってきたな。確か上の息子が五歳、下の娘が三歳だったか。彦五郎が申すには夫婦仲も良いと聞く。まあそうでなくては困るのだがな。

 儂もいつまでも生きていられる訳では無いのだ。いずれ儂が死んだら、武田家の朝廷工作は彦五郎が継ぐ事になる。その彦五郎と武田家との間が悪くなってしまっては、どちらも困る事になるだろう。

 部屋に案内しようと廊下を歩きながら、そんな事をつい考えてしまう。


 「そういえば彦五郎で思い出したわ。於豊が亡くなって十年。大井が亡くなって八年になるのだな。彦五郎と梅との婚儀が決まったすぐ後に於豊が亡くなり、二人の婚儀を見届けた後に大井も後を追うように亡くなった。婿(今川義元)殿が亡くなったのは、いつだったかな?」

 「確か定恵院(於豊)様の葬儀の翌年で御座います。三条御祖父様が陶に殺された年で御座いましたな。御祖母様と同じ年には雲光寺様もお亡くなりになられました」

 「そういう事もあったのう。月日の経つのが早く感じるわ。考えてみれば、五年前には宗滴殿も亡くなられた。知った顔も、随分と減った物だわ」

 古くから付き合いがある人物で生きている。そんな者は片手で足るほどだ。

 山科権大納言様に寿桂尼殿。今やそんな所か。

 本当に減った物だ。そんな事を考えながら、書院に入り腰を下ろす。同時にほうじ茶を用意するよう侍女に命じておく。


 「寿桂尼殿も婿殿が亡くなって、大分気落ちしたようだな。今は彦五郎と一緒に暮らしているおかげで、曾孫と触れあう事が出来て、かなり持ち直してきたようだが」

 「それは良う御座いました。京で公家として家を立てる事が出来れば戦で命を落とす事も無い。寿桂尼殿も安堵しておられる事で御座いましょう」

 「そうである事を願うわ。寿桂尼殿は聡明な御方だ。婿殿が亡くなった事も、元を辿れば武田家の策謀である事ぐらいは気づかれておるだろうな。口には出さんだろうが」

 寿桂尼殿が今川復興や息子の仇討ちを目的として動く事はあるまい。武田家現当主の正室が己の孫娘の松姫。孫の彦五郎の正室が太郎(武田信玄)の娘の梅なのだ。加えて今川家旧家臣団で彦五郎についてくる者はおらんかった。

 これでは謀反を起しても、失敗以外の光景が思い浮かばんわ。

 そんな事を考えながら月をあやしていると、侍女がほうじ茶を持ってきた。

 湯気の立つほうじ茶は、この寒い頃合いには最高の御馳走だろう。では、そろそろ本題と行くか。


 「それで二郎。其方はこの爺に何をして貰いたくて、ここへ来たのだ?」 

 「御爺様から細川兵部大夫殿を通じて、公方に策を授けて戴きたく」

 二郎の策。武田家を守る為とあらば、儂としても動かねばならぬな。

 まあ良いわ。最近は殿上人の御機嫌取りに付き合ってばかりだったからのう。偶にはこういう役目も良かろうて。


 「分かった。だが儂からよりは政所執事(伊勢孝考)殿の方が適任であろうな。どう考えても儂が武田家を追い込もうとする理由が無い。その点、政所執事殿は三好家に与している立場。三好家が武田家に対して牽制をしている、と思わせた方が上手く行く気がするのだが?」

 「その辺りは御祖父様の御判断にお任せいたします」

 「良かろう。儂から頼んでおく」

 しかし、二郎め。儂に頼みごとをするだけが目的とは思えぬのだがな。

 確かに重要な話ではあるとは思うのだが。

 ほうじ茶を啜り、一息ついた所で切り出してみた。


 「用件はそれだけではあるまい?それなら其方の事だ。最初から儂ではなく政所執事殿を動かす方が良い事ぐらい、気づいていたであろうに」

 「仰せの通りに御座います。御祖父様、北近江の浅井家について、何か聞いてはおりませぬか?浅井家が米を買っている、という話が昨年の秋からありました。六角家には戦の準備をしている兆候はなく、三好家はこちらの誘いに乗って丹波・丹後攻めに同意。となれば相手は消去法的に武田になりますが、浅井単独で武田に打ち勝つなど不可能。御祖父様の所で何か気になる情報が無いかと思いまして」

 「まず訊ねたいが、三好はともかく六角に戦の兆候は感じられない。それは真か?」

 まずその点だな。三好は丹波の波多野を始めとして、西側に矛を交える敵対国を抱える身だ。常時、戦の兆候があると判断した方が良い御家。

 六角家は武田家同様に、所領である北近江に国境を接する御家であり、浅井家を従属させている御家だ。六角家がどこかへ攻め込む為に、浅井家にも援軍を要請した結果として、浅井家が米を買いだした、となれば納得出来るのだが。

 問題は六角家には周囲に攻め込めそうな国が無いという事だ。


 「六角家には米を買い入れている気配は御座いませんでした。子飼いの者に調べさせましたが、逆に米を売るほどだそうです」

 「確かに浅井家が武田家に攻め込もうとしているとしか思えんな。しかし、単独で?有り得ぬだろう!浅井家当主の久政は、そこまで愚か者だったか?寧ろ、臆病と揶揄されるほどに慎重極まりないと聞いた覚えがあるぞ?」

 「某も同じ考えです。とりあえず怪しいから警戒だけはしておくように指示は致しましたが。しかし御祖父様でも浅井絡みの情報を掴んでいないとなると、動き出すまでは警戒態勢を取るしかありませんな。大御屋形様が丹後攻めを行う間は、御屋形様が越前防衛を、某が加賀から後詰として兵を出す事になりましょうが」

 北近江浅井家の石高は二十万石相当。率いる兵は最大で六千程度。加賀から二千ほど後詰を出しておけば、例え丹後攻めを行っても越前は守る事が出来る。

 それにしても浅井家の思惑が理解出来ん。

 

 「丹後攻めを取りやめる事は出来んか」

 「はい。浅井家が攻めてくればともかく、攻めてこなかった場合が問題となります。一年を無駄にしますから。それに浅井家の動員可能な百姓兵を考えれば、留守居部隊と城砦を利用すれば、十分に迎撃可能である事も間違い御座いませぬ」

 「……わざと隙を見せて様子を伺う、か」

 二郎は無言で頷いた。

 考えてみれば、今年の丹後攻めを中止して越前防衛に注力しても、来年に同じ事をされたらどうするのか?という問題が残る。

 ならば思い切って動いてみるのも有りと言えば有りか。

 少なくとも、警戒だけはしているのだ。不意打ちを食らう事だけはないだろう。


 「儂の方でも情報を集めてみるとしよう。何か分かればすぐに使者を走らせる」

 「お願い致します」



永禄三年(1560年)三月、山城国、京、土御門東洞院殿、目々典侍――



 「お久しゅう御座います。御元気そうで何よりで御座います」

 「加賀守殿こそ元気そうで何よりです。そういえば御息女の月姫殿も二歳になられたと伺いました。今日は左京大夫殿の所で御座いますか?」

 「はい。ゆきとともに御留守番で御座います。御祖父様も月と一緒に遊べるとあって、朝から御機嫌で御座いました」

 「あらあら、やはり左京大夫様といえども曾孫は可愛いのですね」

 本来、加賀守殿には案内役が必須。それは加賀守殿が盲目である為だ。

 普段は側室のゆき殿が案内するのだが、ここは御所。無位無官であるゆき殿が立ち入る事は許されない。

 その為、この場には居合わせてはいないのだ。御所での案内役も、私に仕えている侍女が行う事になっている。


 「それにしても加賀守殿の無事な姿を見られて安心致しました。昨年から不穏な噂が流れておりましたから」

 これは嘘偽りない本音。

 武田加賀守信親暗殺の噂が、昨年、市中に噂として流れた事があったのだ。

 当然、主上の御耳にも入る事になった。主上はすぐに事の真偽を調べるようにお命じになられたのである。

 もっとも、この件はすぐに解決した。

 京には加賀守殿の祖父、左京大夫(武田信虎)殿がおられるからだ。そして左京大夫殿を通じて武田家が多くの品々を朝廷に献上した際、噂の確認を行ったのである。

 結果、加賀守殿の無事は確認できたのだが、それでも直接会うまでは一抹の不安があったのだ。


 「御心配をお掛け致しました。真に申し訳御座いませぬ。春齢女王様にも謝罪致します」

 「謝ることは無いのじゃ!加賀守殿は何も悪くないのじゃ!」

 「そう仰って頂けると、気が楽になります」

 春齢はニコニコ笑いながら、加賀守殿と言葉を交わしている。

 最近は二月に一度程度の割合で、春齢との文の遣り取りを行っている為か、加賀守殿の言動も最初の頃に比べて柔らかくなった印象を受ける。

 少なくとも、こちらに対して厳しい物言いはしてきていない。

 

 「一向衆が関わっているという噂では御座いましたが、真ですか?」

 「その通りで御座います。余計な騒ぎを起こさぬ為にも、他言無用でお願い致します。襲撃犯は石山の杉谷善住坊という坊主で御座いました。協力者も捕らえているので、間違いは御座いませぬ。まあ、それがしは一向門徒から恨まれておりますからな。こういう行動に出る者が現れても、不思議は御座いませぬ」

 「主上が申されておりましたが、加賀守殿の肝は鋼で出来ているというのが真で御座いますね。普通は殺されかけて、こうも平然とはしていられぬでしょうに」

 本当に加賀守殿は豪胆な御仁だ。これで盲目でなければ、間違いなく武田家当主の座に就いていただろう。

 大膳大夫(武田信玄)殿も、きっと残念に思われた事でしょうね。


 「加賀守殿、ちと訊ねるのじゃ。加賀守殿が生きている事を、本願寺の者達は知っておるのか?」

 「そうですな。まず越中勢は半信半疑ですな。某の暗殺成功の報告は受けた。その後で某が激怒している、という情報を流している。どちらが事実か判断する前に、雪で加賀まで調べに来る事が出来なくなった。故に現在は判断できなくなった、という所で御座います」

 「……ひょっとして、加賀守殿は雪が積もる直前に、怒っているという情報を流したのか?」

 ニッコリ笑う加賀守殿。ほうじ茶を口に運んだ加賀守殿は、春齢がどう答えるかを待っているようだ。さて、春齢は加賀守殿の思惑を理解出来るのかしら?


 「越中一向衆の動きを止める、で良いのか?」

 「概ね、正解で御座います。正確には、某の死を利用して春先に攻め込もうとしていた事を掴んだので、それを逆利用しようと考えました。門徒を煽った直後に、この情報を流したのです。坊主どもも馬鹿でなければ、雪融け直後はまず調べようとするでしょう。つまり足を止める事になる。あとは越中の神保家と挟み撃ちにするだけ。越中の門徒は、今まで以上に坊主どもを見限るようになりましょうな。暗殺に失敗した挙句、良いように踊らされたのか、と」

 「加賀守殿は悪党なのじゃ」

 「お褒めの言葉として受け取らせて戴きます」

 加賀守殿は笑いながら応じて下さった。今回ばかりは春齢の言い方が失礼に当たると思ったのだが、加賀守殿が受け流して下さった。

 春齢がまだ幼い事も考慮してくれたのかもしれない。

 あとで春齢にしっかり教えなければなりませんね。


 「加賀守殿。先程の話ですと、今年で越中一向衆を滅ぼす御つもりなので御座いますか?」

 「いえ、今年中に滅ぼすつもりは御座いません。今年は蹴散らす程度で済ませるつもりで御座います。そもそも越中の門徒を殺しても、こちらに利は御座いません。某としては門徒が本願寺を見限る様に仕向けたい。無駄に殺すより、生かして田畑を耕させる。どう考えても、その方が得で御座います」

 「やはり加賀守殿は普通の武家の方々とは、変わった考え方をなされるのですね。民など幾らでも生まれてくる。そう考える方々が多いでしょうに」

 確かに加賀守殿は冷酷非情だ。だが暴君という二つ名は、明らかに誤りだ。先程の言葉を聞けばよく分かる。

 必要なら殺すという事は、必要のない殺しはしない、という事だ。

 これだけでも暴君とは異なると理解できる。


 「越中の一向衆はそれで良いとして、石山はどうなされる御つもりですか?石山も加賀守殿が新年の評定に出ていた事を知れば、暗殺は失敗だった事に気づくでしょう。いえ、すでに気づいていなければおかしい。それは石山が加賀守殿による報復の対象になる事を意味する。となれば、石山は死に物狂いになるのではありませんか?」

 「確かに仰る通りでは御座います。しかし三好家のおかげで、石山とは国境を接しておりませぬ。出来る事があるとすれば、煽る事ぐらいでしょう……煽る?……いや、だが、ありえなくもないか?」

 「加賀守殿?」

 何やら加賀守殿が考え込まれたようだ。話を振り返るに、石山が武田家討伐の為に門徒を煽る、という事に何か気づかれたようだが。

 

 「……御礼を申し上げます。どうやら、懸念の一つに答えを得られたような気がいたします。帰ったら、早速調べなければなりませぬな」

 「お力になれたのでしたら、良かったのですが。ですが、あまり無茶はなされませぬよう」

 「はい、御心遣い、忝う御座います」



永禄三年(1560年)四月、近江国、小谷城、浅井賢政――



 春と言う暖かさが来るには、まだ時が必要。それゆえに、外は寒風が吹きすさんでいる。

 天守から見下ろすと、外を行きかう者達は寒そうに縮こまりながら行きかっていた。

 そんな俺の視線が、つい先ほどまで密談をしていた人影を捉える。

 彼等はこれから報告の為に、寒い中、旅をしなければならないのだ。実に御苦労な事だと思う。

 そんな事を思っていると、背後に気配が近づいてきた。

 

 「殿。武田家の件での報告に上がりました。加賀守信親殿、間違いなく健在との事。年明けより、三好家、六角家、京での活動が確認されたという報告が届いております」

 「やはり暗殺に成功したとは嘘であったか。仮にも今荀彧と謳われる男なのだ。そう簡単に殺されるほど甘くはなかったという事だろう。であれば、正解でしたな、父上」

 「そうだのう。連中との同盟は断っておいて正解であったな。あくまでも此度だけ。互いに互いを利用するだけ。それだけに留めるべきであろうよ」

 臆病。それが父、浅井左兵衛尉久政に対する周囲の評価だ。

 だが息子として言わせて貰えば、それは大いに誤りだ。

 臆病などではない。実の息子である俺が『嫌悪』を感じるほどの冷徹な判断能力を有する男なのだ。浅井家存続の為なら、何でもする。それが浅井久政という男の真骨頂。

 

 「御苦労であった。下がって体を休めるがよい。まだまだ働いて貰わねばならんからな」

 「ははっ。それでは失礼いたします」

 遠ざかる気配と、聞こえぬ足音。領内で罪を犯した賊共を捕えて、草のように情報を集めさせているのだが、なかなかに使い勝手が良い。

 再び天守から視線を落とす。

 先ほどまで捉える事の出来ていた人影は、もう完全に見えなくなっていた。


 「それにしても、越前朝倉家がこうもあっさりと滅びるとは思いもしませんでした。本来、父上の計画では朝倉家の庇護下に入る筈だったのですが」

 「朝倉がここまで不甲斐ないとは思わなんだ。一月保たずに武田に降伏するとは。こんな事なら十年前に動くべきであったな。其方と阿古は殺されたであろうが、浅井家独立は叶っていた。本当に失敗したわ」

 「……代わりに雲光寺(六角定頼)様が敵に回ったでしょう。それに亡き宗滴殿が受け入れたかどうかも分かりませぬ」

 本当に嫌になる。実の息子をあっさり犠牲にするか。冷酷非情にも程がある。

 だがそうでなければ、浅井家という御家の舵取りを誤らずに、ここまで御家を保つ事が出来なかったのも事実だ。

 

 「それより父上、今は過去を悔やむより、明日を考えるべきです」

 「分かっておるわ。儂は其方に力づくで隠居を強要されたと言う体で、竹生島に向かう。浅井家独立が叶えば、其方がそのまま当主を続ける。失敗した時には、分かっておるであろうな?」

 「その時、某は生きてはおらぬでしょうな」

 外を見るのを止めて、父上と正面から向き合うように腰を下ろす。

 父上は三十四歳になるが、何度見ても十は年がいっているように見える。年の割に白髪が多いのも、その理由かもしれないが。

 祖父は武勇で名を馳せた一方、父上は武勇に劣っていた。生き延びる為に六角家の庇護下に入る決断を下したのは父上だ。その為、家中からの不満もあったと聞いている。白髪はその心労のせいかもしれんな。


 「まともにぶつかっても勝利は不可能だ。分かるな?」

 「心得ております。その為に準備を続けてきたのですから」

 「ならばよい。儂は十日以内に城を出る。良いな」

 父上が静かに立ち去る。父上の冷酷非情さには嫌悪を感じるが、それでも為政者としての父上の為さり方には学ぶべき点が多々あるのも事実。

 力なき者が生き延びるには、耐えなければならないのだ。

 それがどれだけ屈辱であろうとも。それがどれだけ悲痛であろうとも。


 「六角は危うい。浅井はこのまま、六角の庇護下にいるべきではないのだ」


 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 まずは信虎お爺ちゃんから。

 こちらの目的は、武田上杉同盟成立の為に細川さんに情報を流す事。その実行犯として白羽の矢が立ったのが、伊勢貞孝さん。三好家が武田家を牽制しているように思わせる事で、三年の同盟成立⇒関東征伐⇒公方から武田家討伐の命令という流れに持ち込ませよう、という物。


 あとは信虎お爺ちゃんの京での生活。氏真君とは別居してます。それにしても、作中での登場人物、大分亡くなったなあ、と思いました。氏真君の周囲なんて、親世代より上だと寿桂尼と信虎しか生きてないし。


 次は目々典侍。

 こちらは春齢ちゃん含めた三者会談。ゆきと月は信虎お爺ちゃんの所で御留守番。春齢ちゃんに教える形で、思惑の説明と言った所。

 

 ただ典侍の言葉で、主人公は何かに気づいた様子。


 最後は北近江、浅井家の一コマ。

 史実であれば、西暦1560年は『野良田の戦い』が起きた年。ただし拙作では①越前朝倉家は武田家に降伏済②六角家は史実と違って美濃を有している、という大きな違いがあります。この状態で浅井家が六角から独立し、更にその後も御家を維持するには?といった所です。


 それでは、また次回も宜しくお願い致します。


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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど……言われてみれば我慢して我慢して最悪身内を切り捨ててもまだ我慢して、 そういうスタンス確かに家康と通ずる物があると言えなくもないですね。 ただ久政の不幸な点は近江という要衝だけに皆…
[良い点] 春齢ちゃん可愛いなぁ無垢で生きてくれ! 六角?知らね…武田の骨と成ってどうぞ? [一言] 投稿有難う御座います!
[良い点] いつの間にかフェードアウトした方々の最期が説明された事。 [気になる点] 史実通り浅井が動くけど『野良田の戦い』って六角側から浅井側に寝返った奴がキッカケを作った筈…… 今作六角家 南…
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