加賀国編・第七話
加賀国編・第七話更新します。
今回は一乗谷城で起きる、不満分子の御話です。ちょっと短めになりました。
永禄二年(1559年)十二月、越前国、一乗谷城、武田信親―
「凄い、凄い!兄上、凄いです!」
「流石に二つが限界だな」
年始の評定に参加する為、俺は三日ほど前から一乗谷城に詰めていた。
ただ評定まで部屋に閉じ籠もっているのも意味が無い為、今は家族サービスに力を注いでいる。
聞こえてくる声から判断する限り、俺の前には九歳の妹、真理。そして俺の膝は腹違いの弟妹で三才になる五郎(仁科盛信)と二才になる菊によって占拠されていた。
この状態で、尚且つ目が使えない状態で『お手玉』をせがまれたのである。
「にいさまあ!もっと見せて!」
「見たい見たい!」
「分かった分かった。失敗しても文句を言うんじゃないぞ。ゆき、一個追加だ。貸してくれ」
ゆきから手渡された三個目を手に挑む。
お手玉なんて、前世の記憶の中にぐらいしか無いから自信は欠片ほどにも無い。
ただ弟妹達が喜んでくれるのだから、付き合うのも悪くはない。まあ。俺としてはそんな感じだ。
だが、当然の如く失敗に終わる。盲と言うハンデは、所詮は素人に過ぎない俺にとってはきつすぎるのだ。
「やれやれ、少し兄を休ませてくれ。さすがに腕が疲れてきた」
「「うん!」」
元気なのは良い事だ。だが五郎に菊、お前達はどうして俺の膝の上から降りないのだ?胡坐をかいているから、足の痺れを心配しなくて良いのは有難いのだが。
そこへ、足首に重みがかかる。
「私も座ります!」
「真理、其方もか。別に構わぬが、太郎兄上や三郎や四郎にもやってやれ」
「嫌です。二郎兄上だけです。笑って許してくれるのは」
別に甘やかしているつもりはないのだがな。真理はまだ九歳。それも数えで九歳だ。西暦二千年代なら、小学一年生か二年生と言った所。
前世も含めれば、相応の年齢になる俺にしてみれば、妹と言うより娘が甘えてきているような物だ。どうしても可愛がってあげようという気になる。
「俺はそこまで甘い男に見えますか?油川の方様」
「私には、そうは思えません。ただ五郎も菊も、加賀守(武田信親)殿に甘える事が出来て嬉しいので御座います。加賀守殿はほとんどこちらにはおられませんから。だから余計に甘えたくなるのでしょう」
そう返してきたのは、腕の中で生まれたばかりの六郎(葛山信貞)をあやしている、信玄パパの側室、油川夫人だ。
最近、パパの子供は、この人がほとんど産んでいるらしい。
実際、三条ママや諏訪の方は子供を産んだという話を聞いていないからだ。
そこへ、俺の後ろから「たあしゃまあ!」という舌足らずな、可愛い声が聞こえてきた。
「やれやれ。ゆき、月を俺の背中にしがみつかせてくれ。見ていて羨ましくなったのだろう」
「少々、お待ちを。失礼致します」
案の定、月は俺にしがみつくと満足そうに頬ずりしてきた。
その光景に、油川夫人の小さな笑い声が聞こえてくる。
そこへ廊下から足音が聞こえてきた。
「二郎、少し……何をしておるのだ?」
「まあ実家になかなか帰ってこない、仕事中毒の兄に対する弟妹の御仕置のような物です」
「それにしても慕われておるではないか。真理、二郎は好きか?」
『はい!』という返事。続いて『わたしも!』という二つの声が続く。
その返事に豪快に笑ったパパは、用件を果たす為に口を開いた。
「二郎。問題が起こった。知恵を貸せ」
「心得ました。済まぬが仕事だ。終わったら、また遊ぼうな」
「「「はい!パパ!」」」
うむ、良い返事だ。素直な子が一番……?
思わずパパがいるであろう方向へ顔を向けてしまった。
「……そこまでしてパパと呼ばれたかったのですか?」
「三条ばかりずるいではないか!儂とて可愛い我が子にパパと呼ばれたいわ!」
「分かりました、善処いたします」
「欠片ほどにも呼ぶ気が感じられんわ!」
油川夫人の苦しそうな笑い声が聞こえてくる。
いかんな、これから先は仕事なのだ。気を引き締めんと。
そんな事を考えていると、どうやらパパも同じ気持ちだったらしい。軽く咳払いするとゆきに声を掛けていた。
「ゆき、月は乳母に預けて、いつも通りに補佐をするのだ」
「心得ました」
「うむ、では移動するぞ」
それにしても、信玄パパ自ら案内とは、本当に何が起きたのやら。
ゆきに手を引かれて、向かった先。そこは謁見の間ではない。
足元に伝わる感触からすると、書院か?畳の感触がするな。
「勘助、典厩、待たせた。それと二郎、紹介しておく。信濃の真田に与力としてつけている、木曽中務大輔義康だ」
「木曽……ああ、なるほど。旭将軍の系譜ですか」
「すぐにお気付きになられるとは、天神様の寵児という評判に偽りがない事がよく分かりました。某、木曽義康と申します。此度は、愚息の愚行を謝罪する為に、お伺いさせて戴きました」
愚息の愚行?ちょっと記憶に無いぞ?
「ゆき、加賀で木曽殿絡みのいざこざがあったか?心当たりが無いのだが」
「いえ、御座いませぬが」
「言葉が足らず、申し訳御座いませぬ。加賀守様は武田家中において、不満が溜まっている事を御存知でしょうか?引き金は、穴山殿と小山田殿の病死なので御座います」
木曽パパの説明を聞いて、俺はやっと理解出来た。
同時に、この人が俺に謝罪に出向いた理由も。
確かに俺は悪名高いし、冷酷非情だよ。でも、不満程度で殺す様な真似はしないぞ。そんなことしたら、恐怖政治の始まりだろうが。
「木曽殿。最初に申しておきますが、御子息をどうこうするつもりは某には御座いませぬ。某が相手を殺すのは、それが必要だと判断した為。御子息には、そのような判断を致しておりませぬ。それに不満を口に出す程度で、その者を殺す様な事もしませぬ。まあ少々考えが足りぬな、とは思いますが」
「真に申し訳御座いませぬ」
「意外だな。其方を制するつもりでおったのだが」
パパからの信用の無さ。幾ら何でも酷すぎないか?
俺はあくまでも必要だから、殺しているだけだぞ?
「大御屋形様。話を聞く限り、不満分子は相応の数になりましょう。であれば、それら全てを処断すれば、間違いなく武田家が揺らぎます。また処罰を受けた御家からの恨みの矛先が、御本家にまで向けられる事になります」
「確かにな」
「それに、某は甲州法度の喧嘩両成敗の項目を無視するつもりは御座いませぬ。これを破れば、大御屋形様は某を罪に問わなければならなくなります。だからこそ、某は二ケ月前の事件も、自ら手を下すのではなく、大御屋形様に御報告申し上げたのです」
馬鹿二人に対する復讐。その考えが無かったとは言わない。
だが甲州法度は当主である信玄パパすらも、その対象と明言しているのだ。それにより、法の支配を確約しているのだ。
それを破壊してまで、復讐するのは愚行。だから、俺は合法的手段――報告に出たのだ。
「ならば、どうするのだ?」
「暫し考える時間を……盤面……家中に不満分子多数……理由は俸禄よりも所領が良いという価値観……馬鹿二人が引き金……それまでは静かであった理由……抑止力……」
決めた。まずは確認だ。
「ゆき、済まないが御屋形様の所に向かって、確認してきて欲しい事がある」
「何で御座いましょうか?」
「木曽殿の御子息を始めとする不満を抱える連中が、御屋形様を神輿とする為に接近を図っている可能性が有る。分かる限りで良いので、御屋形様に接触してきた者達の名前を書きだしてきて欲しい。御屋形様には、決して命は奪わぬし、苛烈な処罰もしない。これを機に、彼等には学んでもらう。俺がそう申していた、と伝えてくれ」
『直ちに』とゆきが退室した。
雰囲気が変わったのは、俺以外のメンバーだ。
「今のはどういう意味だ?二郎」
「叔父上、あくまでも推測です。不満分子は馬鹿二人の誤報を引き金として動き出しました。その理由は何なのか?一言で言えば俺に対する恐怖と、武田家の新たな方針に御座います。故に、これまでは静かだったのです。言い換えれば、我慢していた、となります」
「なるほどな。納得できるわ」
まあそうだよね。俺に喧嘩を売るなら、最悪の事態を考えなければならない。そうなれば喧嘩を売るには、相当な度胸が必要だ。
馬鹿二人の場合は、それを考慮せずに動いたのだ。この場合は度胸が有るのではなく、単に愚かなだけだが。
「しかし、木曽殿の御子息が口に出していたように、数が多いのであれば話は別。同調する者が多くなれば、自然と気が大きくなるものです。叔父上も、戦場でそのような光景を見た事が有るのでは御座いませぬか?」
「ああ、あるな。臆病な連中でも、数が揃えば打って変わって暴れる奴等はいる。まあ上に立つ者としては、当てにするつもりはないが」
「例えは悪いですが、今の彼等はそんな所です。ですが、少し頭の良い奴が混じっていれば、自分達の行動に正当性を持たせようとするでしょう。つまりは御屋形様を後見人とする事です」
そうだ。武田家現当主である義信兄ちゃん。
兄ちゃんが不満分子の後見につけば、俺の動きを掣肘出来る。なぜなら、俺より立場が上だからだ。
まあ、そんな所だろうな。
「御屋形様は御優しい御方です。かと言って武田家の事を考えれば、主張を受け入れる訳にはいかない。だが、不満を持つ彼等を見捨てる事も出来ぬ。きっとお悩みで御座いましょう。何故なら、俺がその程度で行動を躊躇う程、甘い男ではないと思っているからです。二郎にバレたら、俺の気付かぬ間に不満分子を粛清しかねない、と」
『確かに』という声が重なる。
自分で言っておいてなんだが、少し辛くなってきた。俺はどこまで冷酷非情な男だと思われているんだろうか?
だが、言いたい事は伝わったようなので良しとする。
「だから助け舟を出したのです。俺は粛清なんてしません、教育し直すだけで済ませますと」
「代わりに近寄って来た奴等を教えろ、という訳か」
「はい。実際、不満分子は全て教育する必要が御座います。木曽殿が気付かれた事について、彼等は全く気付いておらぬ様子。将来の事を考えれば、ここで躓く代わりに、色々と学び直す機会を与えるべきと考えました。それが巡り巡って、彼等自身だけでなく、武田本家の利に繋がるでしょう」
具体的な方策についての説明に入る。
三人とも納得できたようだ。特にパパは『とりあえず若狭を使うか』と決めたらしい。
「木曽殿にもご協力をお願いしたい。ゆきが同調した者達を調べてきますので、その親に接触を頼みます。そして木曽殿と同じ不安を抱いているようであれば、暫くは様子を見るように伝えて下さい。間違いなく連中は失敗するでしょうが、代わりに領地を継いだ時に困らぬよう、加賀で内政官として徹底的にしごいておく、と」
「心得ました。どうか宜しくお願い申し上げます」
さて、あとはゆきの持ち帰ってくる情報次第だな。
これが上手く転べば、武田家を更に成長させる事ができるんだけど。
永禄二年(1559年)十二月、越前国、一乗谷城、武田義信―
もう数日で年が変わる。
そんな事を思いながら、父上や二郎、勘助や叔父上達と政についての雑談をしていた時の事だった。
譜代衆の若い連中を代表して、木曽義昌が面会を申請してきたのは。
「どうやら来たようだな」
「大御屋形様の申す通りに御座います。問題無ければ、早速」
うむ、と頷く父上。
そして通されたのは木曽義昌と、後に十名ほど。皆、二十代という若い者達ばかりだ。
まあ、かく言う私も二十代なのだが。
「大御屋形様、御屋形様。御面会をお許し戴き、まずは感謝申し上げます」
「よい。で、本日は何用か?申してみよ」
「はは。では説明させて戴きます」
内容については言うまでも無かった。つまりは俸禄ではなく、土地が欲しいという物だ。
もっと戦場で手柄を挙げる為にも、俸禄ではどうしても足りない。どうか土地を戴きたい、という主張だ。
しかし、本当に動き出すとはな。こうなっては欲しくなかったのだが。
「古来より、武士は土地を得る為に奉公をして参りました!どうか、お願い申し上げます!」
「我ら一同。武田家に対する忠誠に嘘偽りは御座いませぬ!戦場で恐れる事無く、最前線で手柄を挙げてみせまする!」
歎願者が頭を下げて願い出てくる。
二郎はこの者達を教育し直して武田家の利へと繋げるとは言っていたが。一体、何を考え出したのやら。
「其方達、その発言に間違いはないな?この場にいる者、全てが証人となるのだぞ?」
「間違い御座いませぬ!」
「……良かろう。だがまずは其方達の適性を見極めるとしよう。侍大将は五千石、足軽大将は一千石の土地を与える。税は基本的に人頭税や油の専売になる。詳しい事は、後ほど伝える。また戦の際には一千石につき常備兵二十名の割合で連れてくる事を義務とする。良いな?」
「「「ははっ、有難き幸せ!」」」
要望が叶った彼等は、ごねる事無く満足そうに退室した。
足軽大将は百の兵を率いるのだが、それにも関わらず用意する常備兵は二十名。侍大将は三百名の所を百名。
きっとあの者達は容易い事と判断したのだろうな。
それがとんでもない見当違いである事にも気付かずに。
「大御屋形様。あの者達は必ず失敗致しましょう。故に、その後は再教育と言う名目を兼ねて、内政官としての職務につけて、戦から遠ざけて徹底的に学ばせます」
「うむ、差配は其方に任せる。その時が来たら、与力として加賀へ送ってやる。あの者達が領地へ帰った時に、困らぬ様にしっかり仕込んでやれ。連中の親父からも、宜しく頼むと言伝を預かっておるからのう」
今回もお読み下さり、ありがとうございます。
今回は前書き通り、少なめ(5000文字)の文章量になってます。
というのも、そのまま新年の評定に繋がるんですけど、ちょうど良く切れる場所が無いwなので、今回はこのようになりました。
まずは家族サービス編。弟妹の子守。普段から傍に居ないので、ここぞとばかりに幼い弟妹に懐かれています。まあ主人公は努力家(と思われている)なので、色々と手本にしなさいね、みたいに母親の油川の方から言われているんだと思います。
真理はブラコンになりそうですね。史実だと木曽義昌の正室になるんですが、どうなる事やら。反省してくれれば、パパも気分よく嫁に出しそうですが。
菊は史実だと上杉景勝の正室になる人です。
まだ生まれていない松が、織田信忠の婚約者だった人ですね。本能寺の変が起きていなければ、松姫は正室に収まる事ができたかもしれないみたいですけど。丁度、信長のシェフで登場中の方です。
そして久しぶりに親馬鹿炸裂させるパパ。幼い頃からパパ呼びを定着させるという作戦に出ておりましたw
馬鹿二人について。悪く言えば密告で片を付けたのは、甲州法度の為。勝手に殺したら、主人公も喧嘩両成敗の対象です。まあバレると思えんし、パパが握り潰すとは思うんだけどね。
まあ主人公は『危ない橋を渡る必要ないから、パパに任せよう』って感じです。
土地についての補足。
大雑把ではありますが、およそ四石につき一人の民がいる。これぐらいが目安っぽいです。
・侍大将(俸禄1000貫文)五千石⇒人口1250人⇒常備兵100。人頭税(納税者8割と仮定)1000貫文。
・足軽大将(俸禄200貫文)千石⇒人口250人⇒常備兵20。人頭税(納税者8割と仮定)200貫文。
これに油の専売を加えて、さあ領地経営やってみよう!って感じです。
これが百姓兵なら余裕でクリアできるんですけどね。
皆さん、落とし穴は分かりましたか?
木曽パパが嘆くのも仕方ないです。
次回は新年の評定編。
それでは、また次回も宜しくお願いします。




