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甲斐国編・第三話

 甲斐国編・第三話投稿します。

 ブックマーク登録も600突破致しました。拙作を読んで下さり、ありがとうございます。これからも週一投稿で続けていきたいと思いますので、応援宜しくお願いします。

 

天文十五年(1546年)十月、甲斐国、躑躅ヶ崎館、武田信繁――



 兄である御屋形様から呼び出しを受け、私は評定の間へと赴いた。その場にいたのは原美濃守殿、小畠山城守殿、横田備中守殿、多田淡路守殿、そして相談役として傍に控える事の多い山本道鬼斎殿が既に待たれていた。


 「御屋形様はまだで御座いましたか」

 「今暫く掛かりそうだと。悪いが、少し待ってくれ、との事に御座います」

 「そうか、御屋形様をお待たせしなくて良かった」

 いつもの場所に腰を下ろす。そこでふと、気になった事を口にした。


 「山城守(小畠虎盛)殿、数日前に二郎と外へ出られたようでしたが、いかがでしたかな?率直な所を伺いたいのですが」

 「先が楽しみで御座います。確かに目の問題故に戦働きは難しいと存じます。ですが二郎様はあの年にして、虎として目覚めつつあります。必ずや、御屋形様にとっての典厩様のようになられましょう」

 山城守殿はいつになく上機嫌に感じられる。それに大層な評価だ。虎として目覚めつつある、とは。どうやら二郎の事を大層、気に入られたようだ。

 周囲を見ると、他の者達も同意しているらしい。


 「皆々様も同じで御座いますか?」

 「然様に御座います。二郎様は我等に様々な事をお尋ねになられました。あの行動には感じ入るものがございましたな。二郎様が兄である太郎様を御支えになれば、武田家はますます栄えましょう」

 兄を支える弟。その先達として、私も気を引き締めねばならんな。信濃を目指す今、御屋形様のご負担を少しでも軽くしてさしあげねば。


 「おお、揃っておるな。待たせて済まんな」

 一斉に頭を下げた。御屋形様―武田家十九代目当主、武田大膳大夫晴信様。我が兄であり主たる御方だ。

 「戸を全て開けよ。その後、其方等は別室にて待機せよ。俺が命じるまでな」

 小姓達が指示を実行に移す。戸を開けば盗み聞きも出来ぬ。恐らく、屋根裏には三つ者が待機しておるのだろう。これにより盗み聞き対策は万全。つまり、それだけ重要な内容と言う事だ。


 「其方達に訊ねる。遠慮無く申せ。今、我が武田家は信濃村上家を相手に攻めている。このまま攻め続ければ、いずれは村上家は潰せるだろう。だが、そうなれば今度は越後の長尾が危機感を感じて北信濃に攻め込んでくると俺は考えた。その辺り、どう思う?」

 同席していた者達が考え込む。具体的に指摘されて気付いたが、確かに御屋形様が申す通りだ。北信濃は欲しい。それは間違いない。だが、長尾と事を構えたくはないのが本音ではある。強き者と戦うのが武士の本懐と口にする者もいるだろうが、将としては愚の骨頂だ。失われる将兵の補充は時間が掛かる。なるべく楽をして勝ちたいものだ。


 「御屋形様。某は御屋形様の仰ることに賛同します。確かに長尾は出てくるでしょう。山を越えれば、春日山がございます故に」

 「勘助もそう思ったか」

 「はい。それを考慮すれば、北信濃、村上は程々の状態で生かさず殺さずのまま放置するのが得策やも知れませぬ」

 うむ、と頷く御屋形様。どうやら道鬼斎(山本勘助)殿が口にした内容は、御屋形様の思案と同じだったようだ。

 同席されている方々を見てみるが、特に反対も無いようだ。やはり長尾と戦になる、という事に気付いたのだろう。


 「俺の考えは勘助と同じだ。故に、村上は五万石程まで削ったら放置しておこうと考えておる。そして長尾とも事前に話をつけておくつもりだ。長尾としても武田と無意味に矛を交わしたくはあるまい」

 「良き御思案かと」

 「特に反対が無ければ、雪が降る前、明日にでも文を届けに向かってもらう。多田淡路守、この役目、其方に任せる」 

 淡路守(多田三八郎)殿が『承りました』と頭を深々と下げられた。淡路守殿であれば、今回の大役も必ず果たされるであろう。


 「次に勘助。其方は駿河に詳しかろう。駿河、できれば府中にある酒造りを生業とする職人を蔵ごと武田で囲いこみたい。出来れば評判の良い所をな、できるか?」

 「可能で御座います」

 「よし。金は用意する。囲い込みに成功したら、府中にて澄酒を造らせよ。試行錯誤を繰り返せば造る事は可能だ。造る方法は、これに書いてある」

 知恵者である道鬼斎殿をしても、御屋形様の内心を推し量れぬのか、勘助殿は無表情だ。だが策とは秘すべき物。今、説明が無いのは何故なのか。勘助殿なら理解されておられるだろう。恐らく、それなりに時のかかる策なのだ。

 当然、時間がかかれば策が漏れやすくなる。だからこそ、勘助殿は理由を訊ねなかった。御屋形様もその事に満足されている。


 「典厩」 

 「は、某は何をすれば宜しいですか?」

 「親父に連絡を取るのだ。息子、二郎が会いたがっている、とな」

 美濃守(原虎胤)殿達が騒めいた。いや、私も驚いた。まさかここで追放した父上が出てくるとは。だが二郎が話をしたい事があるという事か?


 「今すぐではないが、親父には二郎と共に京へ向かってもらう」

 「分かりました。ですが父上は駿河へと追放された立場。話をするとなれば、二郎が駿河へ向かう必要が御座いますが?」

 「構わぬ。二郎と話をすれば親父は気に入るだろうよ。それに二郎には太原雪斎がいる臨済寺で暫し寝起きさせるつもりだ。その時に会わせればよい」

 まさか二郎を人質に?その疑念は口に出せなかった。何故なら、私より早く言葉にした者がいたからだ。

 小畠山城守殿。二郎をいたく気に入られた御仁だ。


 「御屋形様!もしや二郎様を人質にされるおつもりですか!?」

 「否。これは二郎が望んだ事よ。表向きは寺で書物を書き写させてもらいたい、という事にするつもりだ。山城守、これから面白くなるぞ?其方の人を見る目は間違いでは無かったという事だ。其方の目を信じろ」

 御屋形様がニヤリと笑われた。御屋形様は何を考え付かれた?北は攻め手を緩める。となれば西は信濃経由で飛騨、東は北条、南は今川。だが北条も今川も強大だ。そう安々とはいかぬ筈だが。

 だが気になったのは二郎。臨済寺へ向かうのは二郎が望んだ事、と言われた。加えて書物を書き写すのは表向きの理由。となれば真の目的は?というより、まさか今回の一件、二郎の発案なのか?


 「それと横田備中守。其方には明日、御礼の品を持って京の北野社へ向かってもらう。府中の友野屋の船に乗せて貰えば、堺経由で京へ向かえるだろう。京についたら三条の実家である左大臣、三条公頼様に御挨拶をするのだ。ここに事情を記した文がある故、快く協力してくれよう」

 備中守(横田高松)殿が緊張も露わに頭を下げる。北野社への使者。間違いなく重要な御役目だ。加えて左大臣様へのご挨拶も兼ねている。正直、割り振られなくて良かったと安堵した。

 重要な御役目を受けるのは光栄な事ではある。家中でも特に認められているという事でもある。だが本音を言えば、田舎者には殿上人たる御方と話すのは荷が重い。


 「美濃守。其方には山城守と共に北信濃攻略計画の見直しを行ってもらう。条件としては飛騨への経路確保と米子鉱山の確保。その上で村上の領地をどこを残し、どこを奪うのか。その後の村上が旧領奪還に動く筈。故に迎撃のしやすさまで考えた上で、見直しを命じる。出来るか?」

 「腕が鳴りますな。お任せ有れ、御屋形様」

 「うむ。信濃は確保したいが無理強いはせぬ。なにより村上義清は親父にとって盟友だった男だ。その戦歴と経験は軽んじて良い物では無い。最悪、領地を取れずじまいでも問題は無い」

 やはりそうだ。御屋形様にとっては北信濃の優先順位は低下している。つまり北信濃より優先順位の高い地が出来たということ。恐らくは駿河か?だが、今川義元率いる駿河・遠江の軍勢に勝てるのか?


 「御屋形様に申し上げます。御屋形様は信濃の地を無理攻めなさらぬと御判断されたように見受けられます。であれば、調略に力を入れるべきかと。諏訪の地からの圧力もあれば、幾らかは反応するかと」

 「そうだな、三つ者に調べさせるか」

 「一人、推挙したき男がおります。もし其奴が功を挙げたならば、取り立てて戴けぬでしょうか?」

 道鬼斎殿の言葉に、御屋形様が頷く。有能な者はどれだけいても足りるということは無い。功を挙げたのなら、御屋形様は出自に囚われず取り立てられよう。


 「では、早速話を通します」

 「勘助、其奴の名は?」

 「真田源太左衛門幸隆殿。五年ほど前に御先代様によって、信濃国小県の領地を追われた真田一族当主にございます」



天文十五年(1546年)十月、甲斐国、山本勘助――



 「父上、御客様です」

 「客人?誰だ?」

 「典厩様に御座います」

 なんと、典厩様が?一体、何事だろうか。

 すぐに通すように娘に命じる。その間に身嗜みを整えると、娘に案内された典厩様が姿を見せられた。


 「夜分に申し訳ない。少し相談したい事がありまして。これは手土産です」

 「これは忝う御座います。早速、肴を用意致しましょう」

 手土産の濁酒に、我が家の漬物と野菜の煮物。質素ではあるが、これが今の甲斐で出来る最高の贅沢でもある。御屋形様ですら、いつもの食事は質素な物だ。守護にして大膳大夫たる御方が、玄米に味噌汁、漬物に野菜の煮物ぐらいしか食べておらぬと言っても、他国の者達は信じないであろうな。


 「ところで、御相談とは?急用にしては焦りが無い、だが余裕があるのであれば、城でも出来た筈で御座いますが」

 「……御屋形様の思惑よ。恐らく、御屋形様は海を望まれている。それ自体は構わない。私も諸手を挙げて賛成する。ただ、な」

 「御屋形様の御考えが、本当に御自身の発案による物なのか?そこで御座いますか?」

 うむ、と典厩様が頷かれた。やはりお気付きになられたか。儂も『まさか』とは思ったが、典厩様も同じご意見ならば、間違いは無いだろうな。


 「正直、信じられませぬが……二郎様で御座いましょうな」

 「やはりそう思われたか」

 「然り。御屋形様によれば、駿河行きは二郎様自らの御意志である事。二郎様を高く評価した山城守殿の事を、御屋形様が『見る目がある』と評価された事。その辺りを考えれば、答えは一つで御座います」

 グイッと茶碗に注がれた濁酒を呷る。塩の利いた大根を、音を立てて齧る。


 「此度の策、儂は全て見通しておりませぬ。ですが、此度の策は京まで含まれている様子に御座います。正直、頼もしさを越えて、恐ろしさすら感じますな」

 「道鬼斎殿の申す通り。私も気付いた時、背筋に冷や汗が流れたわ。山城守殿は虎として目覚めつつある、と申しておられたが、まさか世辞ではなく事実だったとはな。私もまだまだ甘いという事だろうな」

 「それはあまりにも、御自身に対して厳し過ぎましょう。そう仰せになられては、老境に入った儂など、どうなる事やら」

 典厩様が笑いながら、儂の茶碗に濁酒を注いでくださった。有難く戴く。


 「二郎様の御成長が楽しみでなりませぬわ。そうは思われませぬか?」

 「そう言われてしまっては、頷くしか出来まい。恐ろしいなどと言ってはおれぬわ。叔父として、鍛えてやらねばな。それが武田家の為になるのならば本望だ」

 「誠、仰る通り。儂も知りうる限りの知識を教えて差し上げねばなりませぬな」



天文十七年(1548年)四月、駿河国、臨済寺、武田二郎――



 あれから二年。俺はその内の一年を、ひたすら文字の勉強に費やしていた。正直、甘く見ていた。まさかここまで文字が違うとは思わんかったよ。それでも読み書きは何とかできる程度には慣れた。あとは経験を積むだけだ。

 文字の読み書きを教えてくれたのは三条ママだ。貴族の御姫様だけあって、この手の知識量はとても多い。先生とするには最適だ。それに三条ママも、俺と一緒の時間を過ごす事が出来ると喜んでくれた。お陰で三条ママが驚く程の早さで、文字を覚える事が出来た。


 ただ問題は文字の意味の違いだ。例えば『悪』。西暦二千年の日本では、悪いという意味だ。だが戦国時代では、強いという意味になる。こんな感じで知識を修正するのに、思ったより手間が掛かった。

 幸いだったのは、幼い、という点だった。よく小さい子供は外国語を簡単に覚えるという話がある。これは脳の発達に関係があるそうだが、どうやら今の俺もそうらしい。本当に有難かった。


 残りの一年は習得し直した文字の知識を確認する為に、武田家にある書物を読み漁った。信玄パパの孫子は勿論だが、三条ママの源氏物語、枕草子、伊勢物語とかも借りて読み漁った。その内、読む物が無くなったので、武田家菩提寺の恵林寺まで足を伸ばして、経典まで読み漁った。

 御住職の鳳栖玄梁さんが『仏様も喜びましょう』と褒めてくれたが、俺は文字の知識を再確認するのが目的なんだよ。でもそれを口にする程、俺は馬鹿ではない。適当に話を合わせながら、目的を果たす事に専念した。

 元々、読書は嫌いではなかったから、苦しいとは思わなかった。特に内容とかについて質問すると、パパもママも住職も、みんな喜んで教えてくれた。そうしていたら、俺が読書家だという噂が家中に広まり、興味を惹かれた人達が、顔を出すようになったのである。お陰で勘助さんが虎盛さんと一緒に俺の軍略の先生を務めたりもしてくれた。貴重な経験だったと思う。


 そうして二年と言う時間は、あっという間に過ぎ去った。準備を整え終えた俺は、太原雪斎が住職を務める駿河の臨済寺で生活を開始した。

 大まかな一日のスケジュールを説明すると、朝、暗い内に起床して読経。朝食(粥、みそ汁、漬物)の後は写本や木刀の素振り(本当なら清掃があるのだが、俺は弱視で危なっかしいという理由で免除)。これは中食無しでぶっ続けだ。そして空きっ腹を抱えた頃に夕飯(粥、みそ汁、漬物、あと何か一品)を済ませて、少ししたら就寝。大まかな流れはこんなところである。


 俺が信玄パパから貰った十反の領地は、取り敢えずパパに管理して貰っている。どうせだから『私が不在の間は友野屋に命じて取り寄せたサツマイモやホウレン草、白菜、ケシを植えて、種を増やすのに使って下さい』と言ったら『なら遠慮なく使わせて貰う』と言っていた。今でも毎月一度は帰郷するのだが、どうやら結果は順調なようである。やっぱり冬栽培の野菜や、どこでも育つ上に蔓まで食べられるサツマイモは甲斐と相性が良いらしい。

 そういえば、ここに来る前、三条ママにワンワン泣かれた。改めて考えてみれば、そりゃそうだ、と思ったよ。だって、俺、少し前まで盲目だよ?しかもまだ数えで八歳だもん。公家の御姫様が耐えられる訳ねえわ。考えが足りなかった、と反省したよ。


 だから毎月一度の帰郷を約束した。俺だって、そこまで鬼畜外道じゃないし、三条ママの事は嫌いではない。加えて書き終えた写本を間借りしている部屋にいつまでも置いておくのも問題だ。だから持ち帰るのに丁度良いタイミングでもあったのだ。

 そして書物の持ち帰りを通じて、更なる食糧確保に取り組んでみた。例えば稲の塩水選や正条植え、田鯉の放流による除草や害虫駆除。ザクロが寒さと乾燥に強い事。ウコギを垣根に使う事を奨めてきた。

 特にウコギは衝撃だったらしい。俺も直江兼続の実績の一つとして知っていたから奨めたのだが、新芽が食べられる事は誰も知らなかったそうだ。庭で食糧が取れるなら、これほど便利な事は無いだろう。

 そして今後も千歯扱ぎや備中ぐわ、ツルハシやシャベルといった便利道具の情報を、帰郷する度に提案していく予定だ。俺がここにいる間に、試作品を作っておいてもらうのである。実用性を認められれば、信玄パパの判断で量産化されるだろう。


 ちなみに今更だが、三条ママの事は母上様ではなくママと呼んでいる。明の国の言葉で母親を媽媽と呼ぶし、南蛮でもママと呼ぶそうです、偶然って不思議ですね、と言ったら母の事もそう呼びなさい、と言われてしまった。

 信玄パパは父上である。パパでは威厳に欠けるからだ。父上には尊敬できる頼もしい父上であってほしい、と言ったら渋々納得してくれた。それを伝え聞いた家臣達が必死に笑いを堪えていたらしい。虎盛がこっそり教えてくれたよ。

 他に俺に関わりがある事といえば、やっぱり文の遣り取り。要は人間関係の構築だろう。以前に信玄パパにお願いした、日本国内の有力者との文の遣り取り。信玄パパにしてみれば離れた地方の情報を入手できる良い機会。勿論、情報操作される可能性が無い、とは言えない。だがその可能性は低いだろうと見ている。


 遠く離れた人なら、武田に嘘を教えてもあまり意味が無いからだ。

 近場なら意味はあるが、武田は三つ者を使っている事で有名だ。裏を取られればすぐにバレる。

 有りうるとすれば、事実の中に少しだけ嘘を混ぜる。詐欺師のやる手段だが、実に効果的だ。信玄パパもその辺りは理解しているらしく、任せておけと自信満々だった。


 具体的な相手は、と言うと北条宗哲(幻庵)さん、北条氏康家臣。蒲生定秀さん、六角定頼家臣。松永久秀ボンバーマンさん、三好範長(長慶)家臣。林秀貞さん、織田信秀家臣。戸次鑑連(立花道雪)さん、大友義鑑(宗麟)家臣。小早川隆景さん、毛利隆元家臣。朝倉宗滴さん、朝倉孝景家臣。山科言継さん、京在住公家。細川藤孝さん、足利義藤(義輝)家臣。長尾景虎さん、長尾家当主。こんな所である。

 そして最初に返書が来たのは北条家の長老、百歳近くまで生きたと言われる妖怪幻庵さんである。明らかに情報操作目的だな、と信玄パパが笑っていたよ。でもまあ文の遣り取り自体は悪い事ではない。俺も盲目故に出来る事は少ない。だから少しでも父上のお役に立ちたい。これからもご指導ご鞭撻お願い致しますと低姿勢を貫いた。下手な事を書いても風魔に裏取られてバレるから、事実しか書くつもりはない。今のところはな。


 越後の景虎さんからも返事は早く来た。二年前に秘密裏の和議というか相互不可侵を提案する密使を送っていた事もあり、武田家の動向は気にしていたようである。仮にも次男坊。それなりに情報元として使えるかどうか見極めようという所か。信玄パパと相談して、信濃攻めの情報を少しずつ流す事になるだろう。村上家は緩衝地帯だから、絶対に攻め滅ぼしませんよ、という意思表示も兼ねているのだ。

 三番目に来たのは意外な事に近江の蒲生定秀さん。最初に俺が文を送った時、管領代(六角定頼)様のようになりたいです、と書いたのが効いたらしい。今後も楽市楽座を始めとした、政の実績について教えてくれることを約束してくれた。まあ逆に言うと、今の武田は警戒に値しない、そう見られているのだろうけどな。


 ほぼ同時期に来たのが戦国チートお爺ちゃんの双璧の一人、朝倉宗滴お爺ちゃん。この人は目の付け所が違っていた。俺は弱視。だから文の書き方が普通とは違う。普通は巻物状態な紙に、筆でミミズがのたくったような字を書いていくのだが、俺は違う。紙を切って、それから三センチぐらいまで目を近付けて一文字一文字楷書でゆっくり書いていくのである。当然、書き方に違いが生じる訳だ。だから祐筆が書いたにしてはおかしくない?と興味を持った、との事。

 ええ、返事には事情を事細かく書きました。そしたら偉く気に入られてしまったようで、速攻で二通目まで頂いてしまった。お爺ちゃん、戦場暮らしが長過ぎて安らぎを感じてしまったようである。或いは主も周囲もボンクラ過ぎて、色々と思う所があったのかもしれん。確か朝倉家当主って、このご時世に公家趣味爆裂させていた気がする。現在の当主がそうなのかどうかは分からんが、おいおい訊いてみるとするか。

 とりあえず、こちらとしても越前の情報は価値があるので、今後もまめに文の遣り取りをしていきたいところだ。向こうも武田家が北信濃を取れば飛騨に接する。そして飛騨と越前は街道で繋がっているのだ。朝倉としても無視はできないだろう。


 それにしても、織田家の林さんが文を送ってこない事には意外さを感じてしまった。確か織田家は、信長が濃姫さんと結婚したぐらいの頃だと思うんだが。北は油断しなけりゃ問題無し、東は三河松平。後の徳川家康こと、竹千代君が家臣に裏切られて織田家に売られたぐらいの時期だと見ている。だって三河が尾張に従っているからな。

 それはともかくとして、織田家が仮想敵を定めるなら、国内の同族や今川の次ぐらいに武田家を見ておくべきだと思うんだけどなあ。舐められているんだろうか?


 そんな事を思っていたら、忘れた頃に戦国ボンバーマンからお手紙が来ちゃいましたよ。何でも本人も忘れていたらしいが、朝廷工作の一環で山科言継さんとお話しした時に、山科さんから会話のネタとして俺の事が出てきたそうである。『そういえば俺、文、貰っていたわ』と思い出したらしい。なかなか愉快なボンバーマンである。

 その為に文は若干、遅れたらしい。思わず笑ってしまったので、いずれ祖父と共に京へ向かう予定があります。その時に機会がありましたら、一度ご挨拶したいです、と書いておいた。さあ、戦国武田家最恐の暴君、信虎お爺ちゃんVS戦国三大悪人の一人、松永久秀。どちらが勝つか、非常に見物である。できれば三好長慶さんともお会いしてみたいが。


 そして山科さんから手紙が来ていないのは、単純に信玄パパの所へ送られていたかららしい。山科さん、諸大名から献金を集めるのが仕事なので、どうしてもパトロンに目が向いちゃうんだろう。

 細川さんも山科さんと似たような物。というか、それ以上に悪い。どうやら細川晴元という人と将軍である義輝の仲が悪く、その呷りを喰らって、お手紙どころではないみたいである。それでもコネ作りの重要性は理解しているらしく、あまり無理し過ぎない程度に遣り取りしましょう、とあった。

 丁寧な人だわ。まだ年若い、というか下手すりゃ十代前半ぐらいの筈なのに、もっと年上な気配を感じた。どうやったら、この人をパパにして戦国DQN四天王の一人が生まれてくるんだろうか?それともこの人がパパだったから、四天王唯一の良心になったんだろうか?興味が引かれる所である。

 他の人達からは、まだ手紙は来ていない。さすがに遠方という理由もあるのだろうが、小早川さんとコネ作っておけば後で意味が出て来そうなんだよねえ。


 そういえば、信玄パパの信濃攻略だが、力攻めをやめた事で歴史と少し違ってきた。

 まずチート一族である真田のお爺ちゃんこと幸隆さんが、早くも家臣になった。どうやら勘助さんとコンビ組んで、三つ者使いながら調略しまくってるらしい。お陰で国人衆が武田に靡いてきたそうだ。現状、武田は諏訪郡、佐久郡、伊那郡、を領していたのだが、もうすぐ小県郡も大半が領土になるらしい。だが砥石城という堅城があるらしく、軍師コンビは色々考えているようだ。幸隆さんも旧領復帰目指して、毎日やる気に満ち溢れているらしい。素晴らしい事である。


 一方で甲斐国内はといえば、こちらはまだまだ現状維持。サツマイモや白菜植えるのは、まだ少し掛かるらしい。植えるにしても、手持ち―種を増やさないといけないから、仕方ないんだが。

 代わりという訳ではないのだが、葡萄は増えてきたそうだ。俺がかつて見た記憶のある葡萄栽培、棚架法と言うらしいんだが、あれって武田家に出入りしている永田徳本という御医者さんが、信虎お爺ちゃんがいた頃に考えた物らしい。

 それから、この前帰郷した時に信玄パパに椿の増産を提案してきた。狙いは椿油。各家庭や農作できない土地とかに椿を植えて、種を収穫。それを村単位で集めて武田家で購入。で、集めた種を絞って椿油を生産。友野屋を通じて売っても良いし、或いは石鹸を作るのも良いだろう。

 甲斐は山国だから、楽市楽座やっても商人側にとっても旨味がイマイチなんだよね。馬で運べる量なんて知れてるし、山道移動するのも一苦労だし。だったら友野屋が農村を一軒一軒回るより、躑躅ヶ崎一ヶ所で用が済むようにした方が良くない?と考えた訳。それなら武田家専売にしちゃった方が楽だし分かりやすい。江戸時代の仙台藩がお米を全て買い取っていたのと同じだな。その分、民に利がある様に買取価格は勉強するが。問題はお金より穀物、塩との物々交換が喜ばれるという点なんだよね。


 そういえば、農村だと計算できない人が多い。考えてみれば当たり前だよ。江戸時代みたいに寺子屋がある訳じゃないし、御寺で教育とかしてる訳でもない。これじゃあ楽市楽座やっても、ボッタクリ商人に入られたらいいようにカモられるだけだ。いずれは楽市楽座を実行したい所だし、何とか対策考えないといけないだろうな。昔、民主主義の普及には基礎教育の充実が必要だ、という主張をどこかで見た記憶があるんだが、それと同じだ。民には読み書き計算を身に着けて貰わないと、彼等が裕福になる日は来ないだろう。

 あと父上に提案したのは林業だ。京の都は荒れ果てていると聞いた。甲斐の木材、売りに出したらどうかな?って聞いてみたら真面目に考えてたよ。売り先を探すなら、友野屋も協力してくれるだろうしな。

 伐採した跡地は、果樹栽培したり、植林したりと色々考えている。ただ将来的な事を考えて、栗の木や柿の木にリソースを割り振るようにお願いしておいた。理由について説明したら、父上も納得してくれた。木の成長には時間が掛かるからな。その頃になれば、俺の計画も実行に移せるだろう。

 何としてでも、日本住血吸虫の被害を減らさないといけないからだ。


 最近、ふと思った事がある。

 日本住血吸虫の被害エリアって、実は釜無川流域が最大のレッドゾーンなんだよ。特に巨摩郡の北から東部分。そして釜無川と合流する笛吹川流域が第二の危険地帯。そして信玄パパは信玄堤を釜無川に作っている訳だ。そして長い時間を掛けて工事は完了し、希望に満ち溢れた耕作地帯が出現する。

 以上の事実から俺が出した結論。

 それって虫の被害者も大量に生み出しちゃってませんか?と。


 いや、別に責めたい訳じゃない。そもそも食料生産の代価に虫の被害者増えるのと、虫の被害者を維持する代わりに食料無くて飢え死にするの。どっちが良い?って質問されたら間違いなく前者を取るよ。

 ただね、信玄堤って構造的には洪水を弱める目的の堤だ。結果として、所々に洪水の水が残っちゃう訳よ。そこに虫がいたら、どうしても被害は出ちゃう訳だ。

 で、俺なりに考えたのが、残った洪水の水を強制的に排水する為の排水路や、安全な上水を使う為の用水路の作成な訳。


 最初はローマン・コンクリートの施工を考えていたんだが、あれって淡水だと性能イマイチぽいのよ。海水が良いらしいが、山梨まで海水運べ?無茶だよ、それ。

 現実的な案としては海水塩を持ってきて、海水と同じ濃度の食塩水を作る方法だが、今やるには金が掛かり過ぎる。せめて静岡を獲ってからだ。

 それに材料の火山灰の入手も問題だ。鹿児島のシラス台地みたいに剥き出しなら簡単に入手できるが、山梨だと崖降りてく必要があるんだよ。確かどこかに断層の火山灰部分を掘り抜いて、仏像安置した場所があった気がする。

 なので火山灰が駄目なら代用品を、と考えてみたんだが、こちらは要検討中。可能かなあ?というのはあるんだが、実験すらできてないから何とも言えん。

 だから駄目だった時の事を考えて、木材による水路を考えてみた。耐水性がトップクラスに高い栗の木をベースに、防水・防腐性能に優れている渋柿の汁を発酵させたものを塗りたくる、という案だ。定期メンテナンスは必須だが、何の罪も無いお百姓さん達の命には代えられん。

 ……愛を思い出す。犠牲者は見たくない。


 話を戻すが、用水路を作って強制的に水流を発生させればミヤイリ貝は踏みとどまる事無く流されてしまう。もし引っかかってるの見つけたら、箸で摘まみだして殺せばよいし。その結果、日本住血吸虫が存在しない安全性の高い水を確保できる訳だ。

 そうなれば、池や沼を埋め立てても問題なくなる。池や沼はミヤイリ貝、すなわち日本住血吸虫の生息地域。それが無くなれば、被害者も減らす事が可能になる。欲を言えば水田から畑作に切り替えれば、安全性はより高まるだろう。

 信玄パパにその事を伝えたら、黙って俺の頭を撫でてくれた。俺も黙って頷く事しかできなかったよ。下手に口に出せる事ではないからな。

 だから『駿河を獲るまで待て』と言ってくれただけで、俺は十分だ。気持ちは理解して貰えたと思っている。

 俺はその時が来るまで我慢すると決めた。その間に、出来る限りの事をしよう、そう決めた。


 今の俺は無力だ。でも、諦めたくはない。

 こんなの妄想だと分かってはいるが、俺の腕の中で赤ちゃんの愛が笑いかけてくれたら、どれだけ幸せだろうか?

 だから俺は……地獄に落ちる覚悟を決めたのだ。


 今回もお読み下さり、ありがとうございます。

 今回は後半部分が、主人公の回想や計画を立てるシーンになっています。駿河で動くのは次回からになりますので、期待して下さった方は、もう暫くお待ちください。

 策については、既に出来上がっています。必要な情報も出揃っておりますので、良かったら考えてみてください。

 それでは、また次回も宜しくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ものっそい今更ですが水中なら実は腐食がないのは松材です。江戸の浄水の樋とかに使われております。
[気になる点] サツマイモの到達が早すぎる。 (中国への伝来が1584年、日本最古で1597年) [一言] 現職ですが石灰や製鉄時に出るスラグ(残りかす)からもセメント造れますよ。 硫黄取得…
[気になる点] 話の内容以前に文の書き方がつたないな。 同時対話する人物を多く登場させる書き方をしているが、発言者ごとに行間取るなり、段落わけるなり、しないと発言人物の分別がつかんし対話が渋滞してう…
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