暴嵐編・第六十七話
暴嵐編・第六十七話、更新します。
今回は肥後国が舞台になります。
永禄九年(1566年)六月、肥後国、武田信之――
街道を進軍して、定石通りに軍を進めた我が手勢。その数と街道の道幅の為に進軍は思うように進まず、それなりに時を要してしまった。
つくづく狭い道は使いづらい、と思わされたものだ。武田領は二郎兄上の進言によって街道を整備し、広く歩き易く使い易いように改良されている。そのおかげで民からの評判は高いのだが、逆に攻め込まれた時には不利益を被る事になる。
……上に立つ者として、どちらを採るべきか?万が一を考えて不便さを甘受するか、それとも使い易さを優先して守りを弱めるか。私一人なら前者を選んだだろう。ただ私には二郎兄上がいる。あの智謀がある限り、武田家は後者を選び続けていく事になるのだろうな。
そう考える理由だが、商人から得られる銭や噂話だけではない。
重い物を運ぶには、絶対に街道整備は必要となるからだ。特に武田家においては、加賀で作られている大筒という存在がある。
基本的には船で運ぶ代物だが、問題は山を越えて運ぶような時。ただ歩くだけでも苦労すると言うのに、大筒と言う重い物を持ち運ぶのなら……正直、気が滅入るわ。
「太宰少弐(武田信之)様、御加減でも?」
「下野守(蒲生定秀)か、別に気分は悪くない。ちと考え事が有ってな。大筒は便利な代物であろう?堅城を攻めるには、もうこれ無しではやれぬと言って良い程に便利な代物だ。ただ、もう少し運び易くならぬかと思うてな」
「確かに仰せの通りで御座いますな。大筒は基本的に、攻撃する側が使う物。守る為に使う事は御座いませぬ。となると道が整備されていない、敵領の中を運ばねばならなくなります。その点が悩みの種で御座いますな」
髪がすっかり白くなってしまった下野守の言に、まさにその通りだと頷き返してやる。
一応、加賀で作られた大八車と呼ばれる物に載せて運ぶ事は出来るのだが、そもそも道が荒れていては、そう簡単には運べぬのだ。
もしかしたら、二郎兄上はそこまで見通しておられたのかもしれぬな。大筒を船に載せて海から砲撃する、という使い方を考案なされたのも、その辺りも理由の一つだったのかもしれぬ。大筒だけでなく、玉薬も弾も、持ち運ぶのは大変だからな。
「二郎兄上の母衣衆が使っていた、小さめの大筒があったであろう?ああいう物も一つの答えかもしれぬが、それで威力が落ちては意味が無いと思うのだ」
「至極、御尤もに御座いますな。であるのなら、運搬する為の大八車、で御座いましたか。あれを更に使い易くするか、人ではなく牛や馬に引かせるのも良いやもしれませぬ」
「それは有りだな。あとは街道の状況を事前に調べておいて、幾らかマシな道を選んでおくのも良いやもしれぬ……目途が付いたら、伊賀衆にその辺りも調べさせるか」
仮に大友家を打倒しても、まだまだ九州は統一されていないからな。戦は終わり、とは簡単にはならぬだろう。
肥後や筑後一帯の龍造寺や有馬。薩摩の島津。二郎兄上は潰すつもりで考えておられる。早い内に調べておいて損は無いだろう。特に肥後や筑後は早い内に攻め込まれるだろうからな。何せ後回しにすれば、それだけ毛利が所領を増やしていく事になるからだ。損得勘定だけで考えれば、こちらを優先するのは当たり前と言える。
薩摩は後回しでも構わない。毛利が手を出してくる事が出来ぬからだ。それに島津は大隅国に攻め込んでいる。島津が大隅国の国人衆を根絶やしにしてくれれば、武田としては実に有難い。大隅国を丸ごと直轄領にする事も考えられるからだ。
「ところで、下野守。美濃守(馬場信春)からの文の件だ。鬼若子(長曾我部元親)についてだが、此度の件は功の方が大きいと見ている。どう思う?」
「その点は某も同感に御座いますな。確かに命令を悪用しての単独行動。これは抜け駆けで御座いますが、美濃守殿の窮地を救い、敵軍を隈本城へと撤退させております。この功績は褒め称えるべきであるかと……」
「うむ。ただ下野守としては、素直に褒め称えるのでは無さそうだな?だからこそ、妙に口籠ったのではないか?」
笑いながら問いかけると、下野守は『かっかっか』と笑い声を上げてきた。
傍に仕えてくれるようになって数年。本当に下野守の老獪さは頼りに出来る。とは言っても、人はいつかは終わりを迎えるのだ。それまでの間に、下野守から学べる事は全て学ばなければな。
伯耆守(秋山虎繁)や弾正(高坂昌信)も励んでくれている。下野守から見ても、二人の力量は十分に後を任せるに値する、と高評価を受けている程だ。
「まず鬼若子殿の功績は讃えますが、褒美は実家の方の所領を増やす形を献策させて戴きます。鬼若子殿は元々、実家の長曾我部家の為に奉公している身ですからな。この点は問題無いと存じます」
「それについては同意だ。ただ実家に、と言うのには理由が有るのだろう?」
「仰せの通りで御座います。長曾我部家は所領が小さく御座いますからな。褒美自体はそこまで広くなくても良う御座います。後は分家のような形で認めるのが望ましいと存じます。この理由、御分かり戴けますか?」
笑みを浮かべつつも、私を試すかのような下野守。こういう表情を見ていると、如何にも師匠という感じがするわ。
勿論、その目的は分かる。
当面の事だけではなく、将来的な事まで考えての献策であろうと言う事はな。
「これは例え話だが……大きな熊を一頭倒すより、数頭の小さな山犬を相手にする方が楽ではあろうな。群れられると困るが、それも引き離してしまえば……」
「然様に御座います。あとは土佐一条家への配慮も御座いますな。こちらについては如何ですかな?」
「……土佐一条家より所領が広がると、不満と言う名の火種になりかねぬ。だがそれも小さく分散しているのであれば、話は変わって来る」
その気になれば力攻めで落とせる。その余裕がある限り、土佐一条家は長曾我部家に対して優越感を抱く事になる。つまりは不満を抱えにくい、と言う事だ。長曾我部としても所領を与えられる事で自分達は評価されていると満足するし、全体で見れば土佐一条家よりも広い所領を持っているという自負を持つ事が出来る。結果、土佐で争いが起きる事は無くなる。
いざとなれば踏み潰せば良いのだろうが、地の利を考えると土佐には堅固な国でいて欲しい。最低でも内輪揉めはして欲しくないのだ。
それが下野守の懸念なのだろうな。
「……もし土佐が荒れると、阿波にそれが伝わる。仮に阿波の三好家が土佐に手を伸ばしてくると、伊予は四国の中で孤立する事になりかねぬな」
「……それだけでは御座いませぬぞ。伊予さえ健在であれば、最悪の事態が起きても瀬戸内を封じられる事は御座いませぬ。太宰大弐様は以前、讃岐と伊予の交換を三好家に打診した事があったようで御座いますが、その辺りの事も御考えになられていたのやもしれませぬ」
「つくづく、二郎兄上との差を感じるわ。私では所領の交換という考え自体が浮かばぬ。絶対に手に入れた所領は手放さぬぞ!と意地を張るだろうな」
私のボヤキは、下野守にも理解出来る物であったらしい。私の言に驚く事なく、御尤もと返してきたのだから。
そんな事を会話している間に、先行させていた物見からの報せが届いた。
目指すべき地、隈本城。そこには大友家の旗印が翻っている、と。ただし兵がどれほど籠っているのか?それについては全く分からぬらしい。
「どう考える?」
「空城の計、ではないでしょうな。あくまでも兵の数を悟らせぬ様、静かにしているだけではないかと存じます。向こうはあくまでも、太宰少弐様の御首を挙げ、逆転勝利を狙っている筈で御座います故」
「それならやるべき事は一つだな。城は大筒で破壊。他は堅固な陣を築いて、城が落ちるのを待つ。念の為に、城内の兵が捨て身の攻撃を仕掛けてきた時の事は想定しておかねばならぬだろうな」
満足そうに頷く下野守。大筒自体の数は十門。加賀勢が所有している大筒が十門。計二十門。数は少ないが、そもそも大筒の大半は九鬼水軍に回されている為、どうしても数は少なめになるのだ。
そうなると戦力的には心許ないが、そこは使い方次第だろう。
大筒は強力だが、城を落す手段の一つに過ぎないのだから。
「まずは城に向かって降伏の矢文も射ち込んでおくのだ。返答があるまでの間に評定を行う。兵は交代で休ませておくように」
翌朝――
隈本城を南側から攻める事になった我が手勢。
本隊の陣形は方円の陣。万が一、敵の伏兵を見落としていた場合に備えての選択。
先陣は美濃守。城の東門は加賀勢。西門は四郎(諏訪勝頼)が受け持つ。ただし攻めかかる事はしない。じっくりと大筒を用いての攻撃に専念する為だ。
「……ついに降伏の使者は来なかったな」
「仕方御座いませぬ。向こうは誇りを選んだ、と言う事に御座いますからな。それに伊賀衆からの報せによれば、城には左少将(大友宗麟)はおらぬとの事。十中八九、隙を突いて太宰少弐様の御首を挙げようと目論んでおりましょう」
「そうだろうな。では評定通り、大筒を使う。最初に狙うは天守閣だ」
左少将が城におらぬのに、降伏してこない。間違いなく、城の中では援軍が来ると考えているだろう。
ならば、もう攻めるしかない。嬲るようで気が進まぬが、一度は情けをかけた。二度もかけるつもりはない。
法螺貝を鳴らせる。遅れて大筒の轟音が轟いた。狙うはただ一つ、城の留守を預かる大将がいるであろう、天守閣。
「ところで北門は空けておいたのだろうな?」
「仰せの通りに御座います。兵が逃げ出し易いようにしております」
「よし。天守が落ちれば、百姓兵は逃げ出す筈だ。百姓兵には大将に殉じる理由が無いからな」
轟音が轟くが、弾は天守に届かない。城内には届いておるし、時折、激しい土埃のような物も見えるのだが。
まあ、慣れと言うのも有るからな。焦る必要はない。大将たる私は、堂々と構えていれば良いだけ。周囲に当たり散らした所で、何の意味も無いのだから。
それに失敗も糧になる。大筒での攻めはまだ経験が少ないのだ。先々の事を考えれば、失敗も良しとすべきだろう。
……それにしても、大筒の轟音は耳を劈くような音だな。つい耳に指を突っ込んで、耳栓をしたくなってしまう。
ただ、そんな事をする訳にはいかぬ。いざという時に、警告の叫びを聞き逃すような真似をする訳にはいかぬしな。
……む、何やら城内から大きな音が聞こえてきたな。目を向けてみれば、崩れていく物見櫓。どうやら大筒の弾が命中したようだ……それでも敵兵が外に出てくる気配はないな。確かに城門から先陣までの距離は五町程あるが、流石にこのままでは拙いと判断出来そうな物だ。それとも、近くまで左少将殿の手勢が近づいてきていると分かっているのか?
「……いや、それは無いな。伊賀衆の目を掻い潜れる訳がない」
床几に深く座り直す。あまりにも敵勢に動きが無い為に、何となく不安が芽吹いてしまったようだ。
だが、向こうが勝つには私の首を挙げるしかないのだ。
であるのなら、やはり用心には用心を重ねるべき。例え笑われる様な事になっても構わない。私の一番重要な役目は、討たれない事なのだから。
永禄九年(1566年)六月、肥後国、隈本城、吉弘鑑理――
天守閣から見える、武田勢の姿。その数、少なく見ても優に万を超えるのは間違いない。
城の東西と南に兵を配置。北は空いているが、間違いなく兵の逃げ口としてわざと開けているのであろうな。窮鼠猫を噛む、という言葉もある。死兵と戦うつもりはないのだろう。
つまり向こうの目的は、儂を殺す事と言う事だ。大将である儂が死ねば、それに殉じて最後まで戦って名誉ある討ち死にを遂げる……ような兵はおらぬ。百姓兵など、そういう物であるからだ。
「遂に左少将(大友宗麟)様は間に合わなんだか……」
まあ、分かってはいた事だがな。いや、民部大輔(田原親賢)殿が気を利かせて、そのままどこぞの城に案内してくれておるのやもしれぬが。
それならそれで構わない。儂は名誉ある最期を遂げるまでよ。
それでも……早々に諦めるのは誤りであろうな。家臣思いの左少将様を信じて、少しでも時を稼ぐべきなのだろう。
そう思っている所に、響いてきた轟音。立ち上がる土埃。
……大筒、か。敵兵に動きは見られない。間違いなく、向こうは大筒だけで城を破壊するつもりなのだろう。
こうなると、名誉ある最期すらも期待出来ぬやもしれぬな……寂しい物よ、武士たる者、誉れある最期を求めて戦うべきなのだ。だが、それも変わりつつある。多くの銭を要する大筒。それを前にすると、武には何の意味も無くなってしまうのだ。
「これも世の移り変わり、と言う物か」
遥か昔、源平の頃より前から武士は刀槍と弓矢で戦ってきた。
儂もそれが続くと思っていたのだが、二十年程前から種子島が徐々に戦場に姿を見せるようになった。
とは言っても、銭がかかる為に種子島を見かける事は少なかった。まだまだ刀槍や弓矢だと思っていたのだがな……こんな光景を見せつけられる事になるとは思わなんだわ。
轟音とともに崩れ落ちる物見櫓。土埃が立ち上がり、兵の戸惑う悲鳴が聞こえてくる。
城門と武田家の先陣までの距離、およそ五町と言った所か。
ここで門を開けて打って出る。武士の誉とともに討ち死には出来るだろうが、それでは左少将様の為に時を稼ぐ事は出来ぬ。儂は堪えられるが、兵はそうはいかぬであろうな。北門から逃げ出す者達が出てくるのも、時間の問題か。
……それでも儂は待つ。左少将様がお戻りになられる。その事を信じて。
天守閣から見下ろす北の地には、まだ大友家の旗印は見えぬ。
……足に伝わってくる揺れ。どうやら近くに大筒の弾が着弾したようだな。これは間に合わぬか?
「いや、信じて待つべきよな」
武田の兵は城の遥か外。天守から矢を放ったところで、届く事も無い。
城から打って出ても、時を稼ぐ事すら出来ぬ。
出来る事は、少しでも被害を減らして堪える事だけ。そのように屈辱極まりない方法でしか時を稼げぬのだ……その時だった。
北の地に何かが見えたような気がしたのだ。
一縷の望みを抱いて、窓に駆け寄る。そして必死になって目を凝らしたのだ。
……あれは……あの旗印は!
永禄九年(1566年)六月、肥後国、大友宗麟――
筑後より儂は戻ってきた。儂の代わりに城に残り、儂を救おうとしている忠臣、吉弘伊予守鑑理を助ける為に。兵の数はそれほど変わらぬが、機を捉えて奇襲を仕掛けるなら十分。儂は只管に、我武者羅になって馬を走らせた。伊予守(吉弘鑑理)は真の忠臣だ。決して死なせてよい男ではない。
だが遥か遠くからでも見えてしまった。
天に昇る黒煙、城を飲み込む赤い炎。そしてトドメとばかりに、崩落する天守閣。
「伊予守!今行く、死ぬでないぞ!」
「お待ち下され、左少将(大友宗麟)様!もう無理で御座います!」
「放せ!伊予守を見殺しにしてはならぬ!儂の為に城に残っておるのだ!救わねばならぬのだ!放せ!」
一騎駆けしてでも駆け付けようとする儂を、儂に付き従った家臣達が数で抑え込んできた。
それでも儂は、抑え込まれまいと全力で抗った。
家臣達が儂を案じる気持ちは分からぬでもない。それでも、儂は伊予守を救わねばならぬのだ!
「民部大輔(田原親賢)!左衛門大夫(吉岡長増)!越中守(臼杵鑑速)!放せ!儂を放せ!伊予守を助けるのだ!伊予守を殺させてはならん!」
「皆、左少将様を下がらせるぞ!」
「放せ!放すのだ!」
儂が必死に伸ばした右手が、無残な姿へと変わっていく天守閣を掴もうとし――掴むどころか城自体が遠のいていく。どうしてだ、どうして伊予守のような忠臣が死なねばならんのだ!
伊予守は死んでよい男ではないのだ!儂の為に命を賭けて、儂を信じて待ち続けてくれた男なのだ!
頼む、放してくれ!
「伊予守!伊予守!」
「一旦、内山城まで下がるぞ!左少将様をお守りするのだ!」
「左少将様!もう間に合いませぬ!伊予守殿の御覚悟を無駄にしないで下され!」
すまぬ、すまぬ伊予守!儂が、儂が愚かだった!喉が裂けても構わぬとばかりに、必死に叫ぶ!
涙で前が曇って、満足に城を見る事すら出来ぬ。きっと儂の顔は醜く汚くなっているだろう。そして儂の心は後悔と怒りで埋め尽くされ、もう何が何やら分からぬ有様だ。
それでも、一つだけ断言出来る事がある。儂は……信じてはならぬ者を信じてしまった愚か者であると言う事実だ。
もっと早くに気づくべきであった。考えてみれば、幾らでも根拠となる物はあったのだ。
文の遣り取り。筑前を犠牲に引き込む策。越前守(角隈石宗)の討ち死。何故か商いを許されていた神屋。そして実行されぬ城攻め。
全てが示していたではないか!儂は目を逸らしてはならなかったのだ!
……道雪……道雪ううううううっ!
今回もお読み下さり、ありがとうございます。
肥後国。武田信之視点より。
【小さめの大筒】
母衣衆の丸目さんのハルバードの続く第二の専用武器は小さめの大筒です。これもその内、本格的に登場させます。
【讃岐と伊予の交換】
讃岐はより堺に近いですからねえ。まあ主人公としては、別の思惑があるんですが。ただ伊予でも可能なので、しつこく食い下がらなかっただけで。
次も肥後国が舞台。吉弘鑑理視点より。
【天守閣】
隈本城の頃に天守閣があったかどうかは調べきれませんでした。ですが拙作ではあった物として書かせて戴きます。
別に物見櫓でも構わないんですけど、そこで最期というのは可哀そうかなあ、と……
【寂しい物】
確かに種子島も大筒も強力ですが、史実においては数はまだまだ少数でした(伊達家みたいな例外も有りますが)。だからこそ関ヶ原でも、後の島原の乱でも、刀槍や弓矢が幅を利かせていたのだと思います。ちなみに島原の乱でオランダの協力で使われた大筒は五門らしいです。
それが拙作だと主人公がやりすぎてるから。
最後も肥後国が舞台。大友宗麟視点より。
【崩落する天守閣】
きっと天守閣の中に居た吉弘さんは『戻って来た!』と喜びの中で、背後から衝撃を受けてお亡くなりになったのだと思います。
【涙で前が曇って】
何となく主人公属性が付いた感じの宗麟さん御年三十六歳w
【道雪ううううううっ!】
と言う訳で離間の計、重臣一人を犠牲に成立しました。
角隈さんの時は、まだ条件満たしていなかったので。
それでは、また次回も宜しくお願い致します。




