加賀国編・第二話
加賀国編・第二話更新します。
今回は真面目です。前回のような遊びはありませんw
今回は内政、しばらくは戦はありません。ご了承ください。
永禄二年(1559年)九月、加賀国、金沢城、ゆき―
中食を終えて暫く経った頃。評定の間には十人ほどが集まっていた。藤吉郎殿の配下は弟の小一郎殿、美濃国人衆で出奔してこちらへ来てしまった蜂須賀小六(蜂須賀正勝)殿、前野将右衛門(前野長康)殿の四名。前田蔵人(前田利久)殿は私も知らぬ御方を三名ほど連れておられた。
「まず俺の考えとしては、加賀は米を主力としたい。これは加賀に限らず、北陸を武田家にとっての食料生産地帯にしたいという思惑があるからだ。無論、飢饉対策に稗や粟、サツマイモや金になる油菜、木綿、大豆も作るがな。ただここで重要になるのは、水源だ。ゆき、地図を」
「こちらにございます」
地図がバサッと音を立てて用意される。
皆様方が身を乗り出して、地図を覗き込まれた。
「加賀は広い。故にまずは金沢城周辺を優先する。まず水源として使えるのは主に三カ所、手取川、犀川、それから河北潟という湖とそれに通じる川だ。ここから用水路を引いて田畑の面積を増やす訳だが、ここで問題がある」
「問題と仰いますと?」
「田畑の形が滅茶苦茶すぎて、用水路をまっすぐ引けん。どこの国もそうだが、好き勝手に田畑を作っているのであろう?俺は聞いた話でしかないが、其方達ならその目で見た事があるであろう」
藤吉郎殿を筆頭に、皆が苦笑いされる。特に百姓歴の長い小一郎殿は、身をもって知っているのだろう。
確かに田んぼの形は、百姓達が勝手気ままに作っているのだ。確かに田んぼを使うのは百姓なのだが、それだと不便な面があるのも事実。
「そこで、だ。まずは検地を行い、田畑の面積を計算。これは大まかでいい。次に、それ以上の広さの土地を用意して、そちらへ移動して貰う。武田は気前が良いと言われるぐらいにな。これで用水路の用地を確保しつつ、田畑の形を整える。特に田んぼは四角形を基本とさせよ」
「それには如何なる理由があるので御座いますか?」
「収穫量を増やす為に正条法を行う必要がある。その為に田んぼは四角形の方が都合が良いのだ。正条法については後で俺の用意した農業書を見ておくように」
「仰せの通りに致します。しかしながら、疑問が御座います。米を主力とするのは良いのですが、油が銭になると分かれば、百姓は米よりも油を栽培するようになるのではないか?その点が不安に御座います」
蔵人殿の問い掛けに、二郎様が上機嫌に頷く。
口にこそ出さないが、良く気が付いた、と言った所だろう。
実際、遠江でも田んぼを潰して油菜を育てる者は増えつつあったのだから。加賀においてもその懸念は十分に考えられるのだ。
「蔵人、良き質問だ。だが、心配はいらぬ。民が率先して、米を作る様に仕向ければよいだけよ。結論から言おう。加賀の米の相場を高めに維持し続けるのだ」
「そのような事が可能なので御座いますか?」
「何、仕組みさえ理解出来れば簡単な事だ。そもそも米の価格が高騰する。その原因は何だ?」
皆様が考える中、藤吉郎殿が反応された。
「米が少なくなる事で御座います」
「うむ、そういう事だ。戦で米を買い占める、不作で米が取れない、全ては米が無いから値段が上がるのだ。故に、俺の策は『米を大量に消費させる』事にある。つまりは加賀で澄酒を大量に作って、米の売買を盛んに行わせるのだ」
『おお!』と小六殿が納得したように頷かれた。
例え加賀で大量に米を作っても、それを大量に消費すれば、米の相場は高めに維持できる。そうすれば、百姓は率先して米を作り続けるだろう。
「加賀守様、米の相場を高めに維持するのは宜しいのですが、武田家にとっての兵糧として使うのであれば、買い上げる時に困るのではないでしょうか?武田家の税は銭で御座いますが」
「小一郎、良き疑問だ。だが、その点は二つの方法で補う事が可能だ。一つ目は纏めて大量に買い上げる事で、少し値引きしろ、と価格交渉を行う事だ。商人とて、大口取引となれば多少は融通してくれる。これは分かるな?」
小一郎殿が『ははっ』と同意された。
それにしても、百姓とは思えないほどに礼儀正しい。
もしかしたら、虎殿が武家の作法を教え込んでいたのかもしれない。
「二つ目は、安い所で買い込んでくる事だ。例えばだが千貫文で五百石の米を買う。それを戦に明け暮れている場所――そうだな、三好辺りに売りつけて千三百貫文になったとする。その銭で安い所で買い込んで、八百石になったとする。それを売って、買って、と何度も繰り返す。これを一年を通して行ったら、どこまで増えるだろうな?」
「それは……確かに増えましょうが、そこまで増えるので御座いますか?」
「驚くなよ。堺では米一石が500文。だがこれを甲斐に持っていくとな、安くても千六百文。つまり三倍だ」
皆様、ポカンとされておられる。それはそうだろう。甲斐の相場は藤吉郎殿ならばご存知かもしれないが、堺の相場までは知らぬ筈だ。
「俺はな、甲斐の頃から子飼いの者達に諜報活動をさせてきた。その際、隠れ蓑として使っていたのが、富士屋と言う穀物商だ。藤吉郎は知っておるだろう?」
「はい!勿論で御座います!」
「うむ。俺は内政の費用を捻出する為に、富士屋に米の転売を繰り返させて、銭を捻出させていたのだ。北条家は良いお得意様だったぞ?関東は不作続きかつ、越後の長尾殿が攻め込んでいるからな。米はあるだけ売れたわ」
二郎様が笑いながら種明かしをされた。甲斐の頃から遠江を経て、今に至るが銭の貯えは相当な物だ。
大半を富士屋に預けているが、何かあれば使えるようにはなっている。
「そういう事なのでな、米の確保については心配はいらん。其方達も米を買うなら富士屋で買うとよい。加賀の家臣ならば、値引きするように伝えてあるからな」
「心得ました。その時には富士屋を頼らせて戴きます」
「それが良い。俺は家臣を虐めるつもりはないのでな。出来る限りの配慮はする」
米の相場を高く維持した結果、家中の方が高い値段で買う事になっては問題が生じる。俸禄が高ければ問題ないかもしれないが、低ければ死活問題だ。
だからこそ、二郎様は予め手を打たれていたのだ。
『これもまた人心掌握術だ。家臣が喜んで仕えてくれるようにならねばな』と。
「さて、話を戻すが米相場を高く維持するもう一つの方法だ。これもまた単純。百姓達にな、米を高い値段で商人に売らせるのだ」
「道理では御座いますが、可能なので御座いますか?いえ、某が分からぬだけで、加賀守様には何か方策があるとは思うのですが」
「前野、だったな。其方の申す通りだ。其方も国人衆であったならば、年貢として籾米を受け取っていたであろう?そこで俺は考えたのだ。籾米は保存の為に籾のままで販売されている。それなら、すぐに使う相手になら、籾を取り除いて高く売れないか?とな」
「それは……確かに道理では御座いますな」
前野殿が口籠もりながら同意された。
恐らく、そこまで深く考えた事は無かったのだろう。
かく言う私も、考えたことは無いのだが。
「結論から言おう。酒蔵だ。澄酒は仕込みの一番最初に大量の米を使う。そして玄米よりは白米の方が質の良い澄酒が造れるのだ。ならば、酒蔵相手に販売するのであれば、白米にしてから売ってやればよい。そうすれば民は儲かるし、酒蔵だって白米を手に入れられる」
「仰る通りで御座います」
「あとは酒蔵の数を増やせばよいだけだ。取引相手が増えれば増えるほど、白米の取引量は増えていく。そうすれば民は稼ぐ事が出来るのだ。結果、米相場は上がる事になる」
もしかしたら、中には自分で米は作らず、籾米を買ってきて、精米だけして酒蔵へ売る者も出てくるかもしれない。というより、十分考えられる事だろう。
だが二郎様は、それを取り締まるようなことはしないだろう。
思う所はあるかもしれないが、米相場を押し上げる一助にはなっているからだ。
「加賀守様、質問をお許し下さい。前田家家臣奥村と申します。酒蔵相手に白米で販売する事には某も賛同致しますが、白米にするには手間暇が掛かります。それはどのように解決されるので御座いましょうか?」
「うむ、その点も考えている。収穫後に稲穂から籾米を取る為の千歯扱ぎ。風の力で籾殻を吹き飛ばす唐箕。そして白米にする為、川の流れを利用して杵と臼で糠を取り去る絡繰りを作る。これらの機材は雷で試作中だ。完成したら実際に見せてやろう。きっと百姓達の生活は楽になる」
「ははっ!その時は是非!」
どうやら奥村殿は興味を惹かれたらしい。この奥村殿は内政に関しても、強い興味をお持ちのようだ。
二郎様と気が合われるかもしれない。
「次は米以外の物だ。稗や粟といった保存に優れた穀物は村単位で管理させる。収納する場所は『義倉』と呼称し、飢饉の時に食べるようにするのだ。古くなった穀物については、村で好きに使えば良い。サツマイモや油菜に綿花、この辺りは藤吉郎ならよく理解しているだろう。農業書と合わせて皆に情報の共有を頼む」
民には用水路の利便性と、より広い田畑の提供で妥協して貰うようにと二郎様が命じられる。今はきついかもしれないが、すぐに生活は楽になる、と。
それはそうだろう。特に何もしなくても、籾米が簡単に玄米となり、白米となって今まで以上の価格で売買できるのだ。しかも田畑が広がれば、収穫量その物も増える事になる。
その上で、米の消費を推し進めるのだ。澄酒もそうだが、武田家の軍事活動の為の兵糧確保もそれを後押ししてくれるだろう。
「農業政策の基本は以上だ、ここまでで何か質問はあるか?」
「ございませぬ」
「ならば次は塩の製造だ。こちらは主に山の担当になる。藤吉郎は責任者だ、よく聞いておけよ」
藤吉郎殿が了承された。
「まず現在の塩作りの復習だ。現在は海水を桶で汲み、柄杓で塩田に撒き、水が蒸発した所で塩が付着した砂を集め、海水で塩分を洗い落とし、煮詰めて塩にする。こういう工程だ。ただ塩田に撒く段階で職人技が求められ、加えて春から秋しか出来ない。この二点が問題と考えている。特に加賀は、冬は雪が降って仕事に束縛が生じる。故に、冬でも塩作りを行えるようにしたいと考えている」
「加賀守様。塩田についても新たな案をお持ちと言う事なのでしょうか?」
「奥村、其方の申す通りだ。これも逆転の発想だ。まず前提条件として、塩田を海より低い所に作る。そして塩田と海との間に海水を引き込む用水路を作成。必要に応じて開け閉めできる門を設置する。これで海水を人力で運んでくる必要が無くなる」
確かに、と頷く奥村殿。
塩作りに直接関わった経験のある御方はこの場にはいないが、それでも作り方については話の種として聞いた事ぐらいはあるのだろう。
皆揃って、面白そうに話に聞き入っていた。
「次に水をとばす為に、海水が薄く広く広がるような、緩やかな下り坂の斜面を設置。今までの塩田は太陽頼りだったが、新しい塩田は三つの要素で水の蒸発を促す。太陽と風、それから後で説明する排熱だ。これによって海水を撒くという職人技が不要になる。つまり初心者でもそれなりに作る事が可能になる」
「それは素晴らしゅう御座います。塩の生産量が一気に増えましょう」
「その通りだ。下り坂を下り切った海水は広く浅い水槽に溜まる。そこに長い棒に複数の笹を結わえた物、或いは簾を落とし、引き上げる。それを高い場所に設置。乾燥したら集めてかん水として煮詰める」
おお、と声が上がった。確かに不可能では無い。十分に可能だ。
塩田は海より高い場所。これは常識だ。何故なら塩作りは『砂浜』で行われるからだ。
だから海水を桶で何度も往復して運ばないといけないのだが、この方法ならその手間が一気に省ける事になる。
「次にかん水を煮詰める竈だ。竈の煙、つまり熱い煙――排熱を先に説明した下り坂の下を通してから外へ排出するのだ。可能であれば、煮詰める前のかん水も排熱で温めたい所ではある」
「大掛かりになりますな」
「排熱の煙は鉄の筒を通させ、その周りをコンクリートで固めるのだ。仮に鉄の筒が錆び落ちても、コンクリートが残る限り排熱を利用し続ける事は可能だ。後はどれぐらいの厚さにするべきかと考えないといかんが、これは実際に作ってみない事には何とも言えん」
大まかな説明だが、皆は納得できたようだ。藤吉郎殿も『これならいけるかもしれない』と納得出来たようである。
塩と米。この二つを加賀で大量生産出来れば、武田家全体が兵糧で苦しむ事は無くなるだろう。
本当に二郎様は凄い御方だ。こんな方法、どうして思いついたのだろうか?
「あとは嵐等で、塩田が水没した時の対策だ。場所が低くなる以上、これは避けては通れん問題である。まずは塩田全体の周囲に盛り土をして、余計な水が流れ込まぬ様に配慮するのだ。ローマンコンクリートで壁を作るのも良いだろう。かん水を貯める場所以外は、小石を敷き詰めて水捌けを良くする。その上で塩田の隅の地面下に余分な水が流れ込むような、部屋を作っておくのだ」
「なるほど。より低い場所へ水を流し込むのですな?」
「最悪の場合、そこから水を掻きだせるような道具も作るつもりだ。だがどうしても優先順位が低いのでな。暫くは、桶で掻きだす事になるかもしれん」
二郎様はすぐに問題を解決できぬ事が不満なようだ。
だが、それでも今よりずっと楽になるのだ。
それを考えれば文句を言う者はおらぬだろう。
「藤吉郎。お前から見て改良できそうな点は改良しろ。そして試作品を作って試してみるのだ。問題なければ海沿いの村々に提供する」
「心得ました!山とともに作成に入ります!」
「それとな、海沿いの村でもう一つ、作って貰いたい物がある。名前は魚醤。魚と塩から作る醤油だ。作り方は簡単だ。使う分を残して売れば、金になるだろう」
おお、と藤吉郎殿が声をあげられた。
醤油は遠江時代の貴重な収入源の一つであった。
その醤油は豆から作られたが、まさか魚からも作れるのでしょうか!?
「藤吉郎、賄い方と協力して製作せよ。お主の役目は、これの作り方を普及する事になる。作り方はこちらに書き出しておいた。目を通すがよい」
「ははっ・・・蓋の付いた樽や桶を熱湯で満たす。ゆっくり三十数えた後、湯を捨てる。鰯のような小魚を敷き詰める。上から塩を敷き詰める。塩の量は魚四に対して塩一。落し蓋をして蓋をする。涼しく雨の当たらぬ場所で半年から一年ほど熟成させる。最後に濾して取れた液体が魚醤、ですか。確かに作り易そうでございますな。本日中に賄い方と話して対応します」
「うむ。後は塩が取れない内陸の村での冬の仕事だな。本来なら養蚕を真冬にやりたいんだが、建築材料がまだ出来ていないのでな。代わりに他の物・・・どうした?」
皆が二郎様を凝視している。理由は多分、養蚕を冬にやるという事だろう。
その気持ちはよく分かる。蚕は寒さが苦手だからだ。虫なのだから当たり前と言えば当たり前だが。
「加賀守様、蚕は春にならないと卵から孵りませぬが」
「正確には寒いままでは孵らない、だな。これも解決策はある。単に材料をまだ作れていないだけだ。出来上がったら実行に移す。あとは焼き物も考えている。この地なら唐の焼き物が作れる筈だ。ゆき、あとで神屋に使者を出してくれ。大陸で粘土ではなく砕いた石の粉末を練って作る焼き物――陶磁器製作を指導できる者を探している。指南書もあれば理想だな。報酬や住居等の条件について煮詰めたいので、金沢に店を出すついでに俺の所に来てくれ、と。他にもいくつか打ち合わせをしたい事があるしな」
「心得ました。直ちに用意致します」
焼き物、か。遠江辺りだと、確か尾張の常滑が有名だったな。
しかし、神屋殿も大変だ。
きっと人使いの荒い御方だ、と嬉しそうに悲鳴を挙げるだろう。
「ところで、その陶磁器?でしたでしょうか。常滑とは違うのですか?」
「全然違うな。陶磁器は表面は非常に滑らかだ。以前、其方に製作中の玻璃を触らせたことがあったであろう。あれと同じ手触りになる」
「そうなのですか!?それは全然違うものなのですね」
やはり二郎様は違う。知識量が尋常ではない。
そう思っていた所、奥村殿が発言を求められた。
「お訊ねしても宜しいでしょうか?」
「いちいち許可を取らんでも良いぞ。気になる事があったら、いくらでも質問すると良い。それで奥村は何を訊ねたいのだ?」
「先程の話ですと、玻璃を作ったと聞こえたのですが。確か玻璃は日ノ本では制作方法が失伝していたと思ったのですが」
そうだったのか。初めて知った。二郎様が普通に作らせていたから、どこかで作っているのだとばかり……
「其方の申す通りだ。確かに失伝はしていたが、明の国では作られておる。あとは書物を頼りに実践させただけだ。だがこの技術は危険過ぎるのでな、暫くは武田の秘とする必要がある」
「何故なのか聞いても宜しゅうございますか?」
「ゆき、遠眼鏡を」
二郎様の執務室から遠眼鏡を持って来る。それを奥村殿に手渡した。
「それは目に近付けて遠くを見る物だ。その先端と目元に透明な物が付いているだろう?それは水晶を磨いたものだが、玻璃はその代用品で加工が容易い。奥村、それで外を見てみろ」
「では失礼して・・・これは!」
「其方も戦に携わる者なら意味は分かる筈だ。平和になれば、民に流しても問題は無い。だが今はマズイ。玻璃の皿や壺を作って売るぐらいは構わんが、製作法が漏れるのはまだ早過ぎる。あと二十年は待たんとな。分かるな?」
「心得ました」
丁寧に遠眼鏡を返却される。これを使えば敵の陣形などが高所から丸分かりになるのだ。危険なのは当たり前。尤もこれが源五郎殿のお気に入りの玩具だったりするのだが。
「故に玻璃製造の職人も俺の直属に限らせておる。まあそれも藤吉郎の配下になるのだがな。そういえばゆき、玻璃製造の進捗はどうだ?」
「透明度は問題無く、ほぼ無色との事に御座います」
「よし。ならば遠眼鏡と照準器の作成に入らせろ。研磨は水晶磨きの者達に任せればよい。遠眼鏡十組と照準器用が二十組だ。それが終ったら、今度は玻璃の着色と皿や杯、壺作りだな。より技術を磨かせなければ」
本当にこの御方は、先々とお考えになる。凄い御方だ。奥村殿もそうだが、この場にいる方で驚いていないのは藤吉郎殿しかいない。
藤吉郎殿の場合は、もうすっかり馴染んでしまわれたからだろう。
「それから藤吉郎。薪用の竹も植えねばならん。おもに川べりを使うと思うが、検地の際に植えられそうな場所があったら書き出しておいてくれ、後々使用するだろう。それと並行して、水さえあれば田畑として使える開けた場所も調べるように。いずれ開墾する事になるだろう」
「心得ました!」
「あとは城下町にも用水路を引かねばな。浜松と同じく銭湯を作ろう。暫くは蒸し風呂で我慢して貰うか」
そういえば、遠江にいた頃から疑問に思っていた事がある。ついでだから訊ねてみようかしら。
「二郎様は城を造られないのですか?遠江の時も、曳馬城の名前を変えたり補修をしただけでしたが」
「要らん。そもそも懐まで攻め込まれるような事態にならぬようにすればよい。遠くを見たければ物見櫓で十分だ。既存の物は補修して使えばよい。その分の金は内政や兵の装備に回す。その方が効率が良い」
そういう事か。以前、二郎様が仰っておられた費用対効果という物なのか。確かに城を造るのは良い。だが城は防衛戦にしか使えないし、出来た城を持ち運ぶなんて真似は不可能だ。それなら兵の装備を強化する、とかの方が応用しやすい。
兵なら守るだけでなく、攻め込む事にも使えるからだ。
城では、流石にそうはいかないだろう。
「それにな、これからまだまだ金が必要になる。ゆき、俺はな、疱瘡の病を駆逐するつもりだ」
「本当で御座いますか!?」
「知識の上では可能だ。出来る事なら、月が大きくなって孫が生まれる頃には、加賀だけでも疱瘡を無くしたい物だな。その為にも、神屋に取り寄せてもらう物がある。その為にも加賀の地を豊かにせねばならん。皆には励んでもらうぞ」
永禄二年(1559年)九月、越前国、穴山信友―
縁側で涼しい風に吹かれ、三日月を眺めながら、俺は手元に置かれていた澄酒をグイッと飲み干した。
不愉快極まりない。この気持ちを抑えるには酒しか無いのだ。
俺は大御屋形様(武田信玄)より、息子の嫁として娘を戴いた。いわば一門衆。信頼篤い立場だという自負がある。
実際、甲斐にいた頃から頼もしい猛将として、名を馳せていたのだ。俺自身、もう五十を越えて、白髪が増えて来てはいる。だが、戦場を駆け抜けてきた肉体に衰えはない。
誰もが、大御屋形様ですら、俺を褒め称えたのだ!
「気に食わぬ!あの小僧のせいで!」
御屋形様の御次男、武田加賀守信親。あの盲の小僧が頭角を現してきた頃から、俺の立場はおかしくなってしまった。
戦場では敵無しだった俺が、徐々に手柄を挙げられなくなった。
率いる兵が弱くなり、俺の思うように戦いを進められなくなったからだ。
足手まといな弱兵を押し付けるとは、何を考えているのだ!戦場はガキの遊び場では無いのだぞ!
炎のように燃え盛る憎しみと怒りを鎮める為に、俺は澄酒を呷った。
だが、炎はますます燃え盛る。同時に、気に食わぬ事を思い出してしまった。
最近、周囲の俺を見る目が、以前よりも冷たくなっている事だ。
きっと、俺のいない所で嘲っているのであろう。
何度、この太刀で叩き斬ってやろうと思った事か!
ふざけるな!精強無比な甲斐兵さえ手元にあれば、どんな敵であろうとも全滅させられる!それだけの実力が俺にはあるのだ!
「彦六郎(穴山信友)様」
「おお、楓か。どうした?」
「小山田様がお越しになられました」
「小山田殿か。分かった、通してくれ」
楓はまだ三十にはなっておらんが、俺の側室として付き従ってくれている女子だ。尾張の織田攻めの後で夜伽を務めてくれたのだが、すっかり気に入って連れ帰ったのだ。
以来、側室として俺の傍にいて、色々と気を遣ってくれている。
今も俺の身を案じて、与えてやった屋敷から、息子を抱えて越前まで追い掛けて来たというのだ。
実に愛いではないか。
「穴山殿。御邪魔致しますぞ」
「出羽守(小山田信有)殿か、まずは一杯どうかな?」
「おお、有難い。早速、戴きますぞ」
この男は小山田出羽守信有。年は確か四十を越えていたぐらいか。俺より十ほど年下だった筈だ。それにしても、この男とも長い付き合いになった物だ。
俺と同じように大御屋形様の信頼が篤く、戦場では多くの手柄を挙げてきた。
ただ俺と同じく、最近は思うように戦が出来ぬと悩んでいる。
酒が入ると、俺も出羽守も口が軽くなる。
そうなると、口に出るのは盲の小僧への不満だ。
「ろくに戦場に立った事もない盲如きが、偉そうに指図をしおって!何が京を支配する必要は無い、だ!京を奪ってこそ、武田家は天下の支配者となれるのだろうが!」
「御尤も。京を獲る事が支配者の義務!それを放置するとは、理解出来ん!三好を怖がる臆病者の所業!」
「その通りだ!さあ、呑め呑め!」
澄酒をグイグイと呷る。
そして酒が切れる頃になると、楓が次の澄酒を用意してくれるのだ。
本当に、良くできた女だ。今更だが、正室には楓のような気遣いの出来る女が良かったと思うわ。
「そういえば楓。風丸はどうだ?」
「はい、ぐっすり眠っております。最近ははいはいで暴れ回って御座います。旦那様のように強い男に育つでしょう」
「うむ、それは楽しみだな」
風丸の将来が実に楽しみだ。
だが、風丸の事を考えると、このまま消えゆく訳にはいかん。
何としても、以前のように手柄を挙げなければ。その為には……
次の酒と追加の肴を用意する為に、厨へと向かう楓の背を見ながら、俺は口を開いた。
「出羽守殿。武田家はこのままで良いと思われるか?三好を恐れ、長尾を恐れ。これで本当に良いと思うか?」
「思わぬ!美濃、近江、畿内、全てを平らげるのが武田家の在り方である!三好も長尾も六角も、正面から踏み潰せば良いのだ!小細工は不要!種子島も不要!精強な兵と駒さえあれば、他は要らん!」
「やはりそう思われるか!その為には、大御屋形様には目を覚まして貰わねばならん」
俺の言葉に、出羽守殿がうむ、と頷いてくれる。
やはり出羽守殿は頼もしい男だ。肩を並べて戦うに値する男よ。
「まずは佞臣を排除しなければならん」
「だが、出来るのか?あの佞臣、将来は帝の」
「だからこそ、今の内に排除するのだ。違うか?これ以上、調子に乗らせてはならんのだ!」
なるほど、と出羽守殿が頷く。
当然の決断だ。罷り間違って帝の娘婿となってから排除するのでは、面倒臭い事になるからだ。
だから、今の内に排除するべきなのだ。
「穴山殿。良い考えがあるのか?」
「あるとも。別に我等が動く必要は無い……という訳だ。どうだ?」
「妙案だ。あの小賢しい盲の小僧でも見破れはしまい。残念なのは、この手で首を挙げられない事だけだな」
決まりだ。
あの生意気な盲な小僧には死んでもらおう。
佞臣は忠臣によって、成敗されるべきなのだ!
今回もお読み下さり、ありがとうございます。
まずは内政の要について。
基盤はお米を選択。ただし民が喜んで米を作る様に、米相場を高めで維持する為に策を弄しております。ただ作れ、じゃあ不満が溜まりますからね。旨味が無いと。
なので、あの手この手で米の価値その物を上げます。
⇒籾について内容を訂正しました(9/19)
その為に、千歯扱ぎ以外にも、唐箕や精米の為の杵と臼を、水車を使って半自動化させる事を考えております。ただし奥村さんにも言った通り、まだ試作中です。数年以内に、加賀国は川の至る所に水車が回っているのが普通になるでしょう。
次は飢饉対策の義倉。これは江戸時代のパクリです。
次に塩。塩製作は、昭和30年頃の流下式塩田を参考にしました。
ただし、流下式塩田は①海水をポンプで汲み上げる②集めた海水をポンプで汲み上げて簾などにかける、と言う作業が必要。つまり『電力』が必要になります。
なので、この二点を『塩田その物を海面より下に作る』という方法で解決できないか?と考えてみました。電力がなければ、重力を使えば良いのです。
ちなみに浸水時の排水方法。これはポンプを考えています。ただ、作中でも言った通り、優先順位が低いので、今は後回しと言った状況です。青銅の確保も必要ですからね。
作中の図は大まかなイメージ。こんな感じだよ、程度に考えて下さい。
その次は養蚕。主人公としては冬でも養蚕やりたいな、といった所です。
現代風に言うなら、ビニールハウスですね。これを戦国時代でどう再現するか?雪国でどうやって熱を確保するのか。これについては、基本設計は出来ているのでその内書きます。
更に銭獲得の為に陶磁器作成。だって加賀には九谷焼がありますからね。しかも探せば漆だってあるし、本当に冬以外は恵まれた土地です。
最後にお城は建てません。お金、勿体ないじゃん。尾山御坊、そのまま流用すれば良いよ。敵襲恐れるなら、そうならないように立ち回りなさい、で〆。と思いきや、天然痘予防接種フラグ。一歩間違えればバイオハザードですがwまあ躊躇う理由ないしなあ、で実行。天然痘ウイルスの総数が若干増えても、あんまり悪影響無いだろうしなあ、という所です。
そして新たなチャレンジャー登場!彼らの奮闘に御期待ください!
それでは、また次回も宜しくお願い致します。




