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今荀彧編・第十三話

 今荀彧編・第十三話更新します。


 今回は上洛編其の一。新キャラも登場します。

永禄元年(1558年)七月、山城国、京、武田信親――



 三好との講和は無事に結ばれ、上洛軍は京に到着した。

 三好家は長慶(三好長慶)さんが幕府の御相判衆となり、幕府での実権を握る、という利を得た。いわば幕府を乗っ取る第一歩を踏み出したのだ。

 六角家は悩みの種であった公方(足利義輝)との縁を切る事に成功した。仮に公方が逃げたとしても、今度逃げれば逆賊呼ばわりされる可能性があるからだ。なにせ、公方を守るのは帝の信任を受けた北面の武士=三好家なのだから。これを信用できないと言えば、それは帝を信用できないと拡大解釈する事も可能になる。余程の馬鹿でない限りは、行動に移しはしないだろう。公方の傍に居る藤孝(細川藤孝)さん宛に忠告しておいたからな。三好と険悪になったとしても、逃げるのは最終手段にするだろう。

 武田は加賀一向宗への強制停戦命令を石山に命じてもらうという利を得た。これで北陸支配に向けた足掛かりが出来たと言える。


 今更だが、策に見落としが無いか確認する意味でも、時系列順に纏めてみるか。

 暮れの密談の際に、勘助(山本勘助)が偽書を作る事を命じられた。

 次に偽書を加賀一向衆へ送る必要がある。その為には使者が必要だ。そこで一計を案じた。信虎祖父ちゃんの知り合いの公家の中から本願寺と親しい者を紹介して貰い、本願寺に忠告をして戴いたのである。『加賀に不穏な気配ありとの噂を聞いた。和睦を一方的に破って越前への再侵攻のおつもりなのですか?』と。

 当然、顕如(本願寺顕如)は『自分は知らんし命じてもいない。問い質す文を送ろう』となる。そして『使者』が派遣される訳だ。間違いなく本物の使者だ。


 ここで活躍するのが武田の忍び。目的は文をすり替える事。

 要点を纏めると①朝倉家に侵攻しちゃえ。向こうは戦準備を始めてるぞ②和睦に先に違反したのは朝倉家だ!加賀一向衆は何も悪くない!③だが石山本願寺内部には反戦派が強い。しかし法主である自分は、御仏の教えに忠実に従う加賀一向衆を誇りに思っている④そこで外聞もあるので『詰問』と言う形式で使者を送る。この使者は反戦派だ。馬鹿正直に対応してはならんぞ?⑤朝倉家を押さえてしまえば、反戦派も加賀一向衆の事を見直すだろう。自分も胸を張る事が出来る。

 要は使者には余分な事を言うなよ?その代わり手柄を立てれば切り取り自由だ!という侵略戦争お墨付きの許可状にすり替えたのだ。


 そして加賀一向衆は動き出した。和睦なんて、何それ美味しいの?状態だ。

 朝倉もふざけんな、この野郎!と殴り返している。やや朝倉が押され気味だが、それでも崩壊には至っていない。それが現状。

 ここで公方の命令による顕如への強制戦争停止命令。御題目としては京周辺の治安維持の為、争いを止めましょう、という物になっている。


 だが顕如はどう思うか?詰問状送ってるのに、加賀一向衆が加害者として先制攻撃。その後も顕如は武田の与り知らぬところで使者を送って戦を止めようと努力はしただろうな。だがその効果は一切見受けられない。だって門徒達は軍ではない。命令系統なんて無いのだ。故に簡単に指示が通ることは無い。

 万が一、公方の命令を受けた本願寺法主による強制戦争停止命令に門徒達が従わなかったら、周囲はどう判断するか?まず公方と顕如の評判は間違いなく下がる。顕如は門徒を抑える事すら出来ない、と言う評価だ。そうなれば『石山』本願寺の屋台骨を揺るがす事態になる。それを考えれば顕如が伝家の宝刀『破門』を口に出して迫ってもおかしくはない。


 そのような事態に陥れば、流石に今回の朝倉家侵攻が仕組まれた事では?と本願寺も疑うだろう。そこで重要になるのが『犯人は誰だ?』になる。

 そこで役に立つのが御題目である『京周辺の治安維持の為に、争いを止めましょう』になる。朝倉家は割と近いが、わざと放置するのだ。ここで攻めたら『武田が領土を狙った犯人だ』と自白するような物だから、当然の判断と言える。

 何より、武田が加賀一向衆を滅ぼすのはまだ先だ。民から本願寺が見捨てられたら行動開始なのだからな。

 だから予想外の若狭武田家の領内で起きてしまった一揆は鎮めるが、朝倉家と加賀一向衆の争いは鎮めない。若狭武田家は武田家の分家だから、義信(武田義信)兄ちゃんを総大将として本家が助けるという建前を使う。でも朝倉家については『皆殺しの武田信親が出ても良いの?』と問い返す訳だ。当然だが、本願寺が飲む訳が無い。こんな形で俺の悪名が役に立つとは思わんかったわ。


 まあそんな訳で、今は結果が出るのを待つ最中だ。若狭武田家については義信兄ちゃんが、弟の三郎(武田信之)君と出陣した。鬼美濃(原虎胤)さんや秋山(秋山虎繁)さんもついているから、まあ問題は無いだろう。

 そしてやる事の無い俺は、公方にも嫌われて室町第に入る事を禁じられている。まあこれ幸いと信虎お爺ちゃんの所に顔を出したりしているから、暇で困るということは無い。

 ちなみにお爺ちゃんと氏真(今川氏真)君は、意外に仲良くやっているようだ。仕事を得意分野で住み分けができるのが最大の理由らしい。


 話を戻すが、さすがに遊んでばかりは問題だとは思うので、俺は三日に一度ぐらいの割合で京の警邏を自発的に行っている。連れは火部隊三十名程。上洛用に誂えた、新品の装備一式を纏っている。

 俺の馬の手綱を取って先導するのは、もはや当たり前となった源五郎君。その隣を俺の家中で最強の個人的武力を誇る勝家(柴田勝家)さんが、馬に乗って移動している。腰には上洛用に与えた村正の太刀が佩かれているそうだ。


 そして自分で言うのもなんだが、俺達は非常に悪目立ちしている。

 まず俺は上洛してから眼帯をするようになった。どうせだから俺の悪名を確立しようと思い至った訳だ。デザインは黒地に白い目が一つ。三河でついた盲目の殺戮者の二つ名は、京でも広まるだろう。

 そんな俺を先導するのが幼い源五郎君。健気に案内する姿は、俺と違って良い意味で受け入れられるだろう。

 そして髭面・巨体・強面が売りの勝家さん。それに続く三十名の精鋭による警邏。こんな奴等に喧嘩売る奴がいる訳が無いのである。

 ……ああ、認めよう。俺の考えが甘かったわ。


 「おお、其方が噂の武田信親殿か?盲目と言うのは本当のようじゃな」

 声からして女の子だろうか?源五郎君に『止めなさい』と命じた。


 「私の事を御存知かな?」

 「うむ!その目隠しで気付いたのじゃ!戦場では知将として采配を振るい、治政では善政を敷く為政者だとな」

 まずい。俺は憎まれ役でなければならん。その為に必要なのは悪名であって、名声ではないのだ。

 だが周囲は止めに入らない。恐らくだが、俺の事を良い意味で評価していると思ったから止めに入らんのだろう。いや、頼むから止めに入れ。というか勝家さん、仮にも護衛なら素性不明な奴を近付けるな!って、受け入れたの俺じゃんか!


 「あの伊勢長島をわずか二日で落としたのも其方の策だと聞いておる。飛騨から川下りで美濃を通り越して伊勢長島まで一気に下って奇襲攻撃を仕掛けた、と」

 おい、誰か止めろ。周囲が感嘆しているだろうが!おい勝家さん、お前も喜ぶんじゃない!

 いかんな、話を変えんと。


 「済まないが、私は其方の名を知らぬ。何と呼べばよいのかな?」

 「……春、春と呼んで」

 「春殿か。どこぞのやんごとなき御家の姫君かと推測したのだが」

 春が口籠もった気配がする。どうやら当たりのようだ。もしかしたら時代劇とかでよくあった『お忍び』という奴か?それにしてはお付きの者がいないようだが。

 だがここで見捨てる訳にもいかん。

 何の為の警邏かと批判を受けてしまうわ。


 「権六(柴田勝家)、近くに護衛らしい者はおるか?」

 「いえ、それらしい者はおりませぬ」

 「ならば仕方あるまい。春殿をこちらに乗せよ」

 『二郎様!?』と勝家さんが悲鳴を上げる。

 まあ落ち着け。相手は子供だぞ?


 「春殿を放っておく訳にもいくまい。それに歩かせる訳にもいかんだろう」

 「それは……そうで御座いますなあ」

 「そういう事だ。そのまま警邏を続けていれば、向こうから接触してくるだろう」

 そして引き取って貰えば良い。

 皆殺しの信親が、女の子を馬に乗せている。

 間違いなく、京中の噂になる。そうすれば、この子のお付きの者が必ず来るからな。


 「だがその前に一服するか。権六、全員で一服できる場所を探してくれるか?代金は俺が出す故、心配は不要だ」

 「はは、かたじけのう御座います。暫しお待ちを」

 悪名も大切だが、家臣の人心掌握も大切な事だ。恐怖と畏怖は別物。そして畏怖と気前の良さは両立可能だ。

 厳しいだけでは人はついてこない。飴も必要なのだ。


 源五郎君に案内され、近くの茶屋に入る。この目では確認できないが、多分、店主は緊張していたんだろうな。

 挨拶の声が震えている。

 せめてもの詫びだ。気前よく銭を使うとしよう。


 「主よ、全員分の茶と、茶菓子を頼む。銭はここから好きなだけ持っていけ」

 財布代わりの銭袋を丸ごと渡した。

 直後、勝家さんが溜め息を吐く。

 ……俺は何も悪い事はしていないよな?

 

 「二郎様にゆき殿が必要な理由がよく分かりますな」

 「どうした?権六」

 「いえ、ゆき殿が優秀な補佐役だという事実を、改めて思い知っただけに御座います。出産が無事に終わり、早く復帰出来ると喜ばしいのですが」

 確かにそうだな。ゆきは俺の右腕だ。初めて会った頃は、俺の目を不思議そうに撫でてきた子供だったのに、ここまでの付き合いになるとは不思議な物だ。

 帰ったら、労わってやらないとな。初産で不安だろうに。傍に居てやれなかったのだ。

 せめて夫として、それぐらいはしてやらんと。


 「二郎殿、ゆき殿と言うのは其方の正室なのか?」

 「いや、側室だ。俺は正室は取らんと決めたのでな」

 「理由を聞いても良いかの?」

 まあ、隠しておく事でもないか。それにこの際だ、勝家さんを通じて家臣達も理由を知れば、変な事を考えたりはしないだろう。

 俺の正室という立場に身内の女が収まれば、大きな利権に預かれるのは事実だからな。仮にそういう女がいなくても、裏で話を付けてどこぞの姫を、という事は有りうる。

 そういう意味においても、問答無用でシャットアウトを明言しておく必要があるんだ。まあその程度の事しか思い付けないような奴等なら、アッサリ諦めるだろう。問題は、その先を見据えて動く奴等だ。


 「将来の御家騒動を防ぐ為だ。自慢する訳では無いが、俺は手柄を立て過ぎている。もし俺が正室を娶り、嫡男が生まれたとする。だがな、その嫡男が成長した時、佞臣が神輿として担ぐ可能性が無い、と断言できるかな?」

 「それは……でも庶子なら良いのか?」

 「ゆきは口減らしの為に売られた孤児だ。出自を考えれば、神輿として担ぐ者はおらん。それにな、愚か者ほど血統に拘ると相場は決まっている。故に庶子であれば結果として御家騒動になる事は無い」

 『お待たせ致しました』と出されたのは香しいほうじ茶だ。

 俺が領内の特産品として作り始めた物だが、どうやら京においても作られ始めたようだな。茶の湯には使わない部分を使う訳だから、ぼろ儲けは間違いない。真似るのは当然か。

 それにしても、ここは京だ。という事は、これは宇治の茶になるのだろうか?

 

 「店主よ、これは宇治の茶になるのかな?」

 「へ、へい!宇治茶でございます!」

 「良い香りだ。気分が落ち着くな」

 毒見もせずに口をつける。

 直後、勝家さんが慌てたが笑って受け流した。


 「焦る必要は無い。ここで毒殺など有り得ぬわ。寧ろ、餅を喉に詰まらせて死ぬ方がよっぽど有り得るな。だが権六の忠心を理解出来ぬ訳では無いぞ」

 「いえ、御理解して頂けたのでしたら幸いです」

 そこへ源五郎君が饅頭を手渡してくれる。うむ、旨いな。甘みが控えめで食べやすい。

 そのまま四半刻ほど雑談した後、春を前に乗せて警邏に戻る。京の通りをゆっくり歩き、治安維持業務に勤しむ訳だが、春が気を遣って色々と説明してくれた。

 そんな時だった。

 

 「源五郎!二郎(武田信親)様を連れて退がれ!火部隊、戦闘準備!」

 「はい!二郎様、敵襲に御座います!こちらへお退がり下さい」

 ……マジ?ここは京だぞ?それも京の往来だぞ?

 なのに、襲撃?しかも俺に?

 

 「第六天魔王!覚悟しろ!」

 「……源五郎、相手の数は?」

 「正面に百程に御座います」

 ……ふむ、ならば相手の度肝を抜いてくれるか。

 俺を第六天魔王と抜かしたからには、恐らくは伊勢長島か三河一向衆の生き残りであるのは間違いないだろう。

 虚を突いて、しっかり利用させて貰おうか。

 

 「権六。細かい差配は任せた。その内、後ろに回ってくれるだろう」

 「ははっ。お任せ有れ」

 「念の為に、可能なら生け捕りも頼む。無理なら皆殺しで良い」

 これが単なる復讐心なら問題無いんだがな。

 あまり期待は出来ないが、それでも調べておくに越したことは無いか。

 無意識の内に、溜息を吐いてしまった。俺は敢えて皆殺しの二つ名通りに動いているが、良心の呵責を感じていない訳じゃないんだ。無意味に俺の罪悪感を募らせるような、軽挙妄動は慎んでほしいんだけどな。


 「春殿、掴まっておれ」

 「う、うむ」

 「源五郎。敵の状況報告を頼むぞ」

 勝家さんの指示に従い、火部隊が爆裂筒を撃ち込む。爆音。悲鳴。怒声。更に俺の腕の中で、小さな悲鳴が上がった。

 しかし、この襲撃。もし仕組まれた物だと仮定すれば、恐らくは使い捨ての駒であろうな。生け捕りを命じたが、俺の予想通りなら期待は出来そうもないな。

 さて、どうしたものか……いや、燻りだしてみるか?失敗しても失うものは無いしな。


 「二郎様!敵増援!敵の背後に五十程!」

 「分かった。まあ焦る事はないだろう」

 「てめえら!俺の主に何しやがんだ!」

 相変わらずでかい声だなあ、三郎太(小畠虎貞)は。お陰でそれとすぐに分かる。

 確かに俺は警邏の為に、三十しか火部隊を連れて来てはおらぬ。

 だが、火部隊に留守番をさせた覚えはない。

 風部隊と組ませて、民のフリをさせて周囲に潜ませていたのだ。

 

 「てめえら、吹っ飛びやがれ!」

 まさか、突撃しやがったのか!

 慌てて爆裂筒を止めさせようとしたが、勝家さんが気を利かせて俺より早く攻撃停止の命令を出してくれていた。

 弓騎兵部隊も素直に従ってくれたようだ。やっぱり同じ釜の飯を食った同胞だからな。殺すのは嫌なのだろう。

 

 「虎盛(小幡虎盛)に命じて、もう少し戦場の立ち回りを覚えさせるべきか?権六、どう思う?」

 「良き御思案かと。こういう場合、飛び込むのであれば、それとなくこちらに報せて欲しい物です。我等とて、味方を殺したくは御座いませぬ」

 「同感だ。俺も殺したくはないわ」

 三郎太は俺や虎盛が制止しないと、猛犬の如く相手に飛び掛かってしまう癖がある。落ち着いていれば、その癖は表に出てこないのだが、俺が襲われた事で理性がトンだのかもしれんな。

 それを一概に悪いとは言わぬが、もう少し成長してほしいのだ。

 たった一人の兄を失って、嘆くゆきをどう慰めろと言うのだ。


 「三郎太!皆殺しにはするでない!俺に考えがある!」

 「心得ました!殺しても生かして連れて参ります!」

 「……おい、誰だ。三郎太にこんな事を教えた馬鹿は」

 俺の呆れたような言葉に、周囲がクスクス笑っているのが分かる。

 三郎太は俺の古参の臣。付き合いが長い故のボヤキだと皆が理解しているのだ。

 

 襲撃は割とアッサリ終わった。

 襲撃者はやはり一向衆。故に、防具なんてものはつけていない。

 その為に、初撃で撃ち込まれた爆裂筒で、地面を転げ回る者達が続出したのが原因らしい。


 「春殿、怪我は無かったか?」

 「う、うむ。妾は大丈夫じゃ、どこも痛くはないのじゃ」

 ……うん、やはり庇護して正解だったか。

 一人称が妾なんて、明らかに良い所の御姫様だ。

 本人としては隠していた一人称が、つい表に出てきてしまったという事か。

 そこへ勝家さんが呼び掛けてきた。


 「どうした?」

 「お探しの御方が参られました。かなり血相を変えておられます」

 「……ではこう伝えよ。俺は『春』と名乗る幼子と話をしただけに過ぎん、と」

 要はお前等の素性を探るつもりは無い、という遠回しな意思表示だ。

 向こうにとっても、その方が都合は良い筈。

 自分達の御姫様が、屋敷を抜け出して遊んでいました、なんて経歴に傷をつけるような物だからな。そんな事を表沙汰にしようなんて、馬鹿な事は考えんだろう。そうすれば、俺も厄介事から距離を取ることが出来る。


 「では呼んで参ります」

 暫し待つと、迎えの者達が来たようだ。春に仕える侍女らしく、春も知っている者達のようだ。これなら帰しても問題は無いだろう。


 「権六、護衛の者はついておるか?」

 「はい。五名程」

 「ならば我等がこれ以上、関わる必要はあるまい。春殿、御自宅へ帰られる時間が来たようだ。これは土産に持っていくと良い」

 懐に入っていた、芋飴を小分けにして固めた物――要は飴玉を入れた袋を取り出す。だが口を縛る物が無い。

 まあ良いかと考え、目隠しを外して乱暴に袋の口を縛った。

  

 「献上品にもなっている芋飴だ。御家族と共に楽しまれよ」

 「良いの?」

 「構わん。京の案内をしてくれた礼だ。もう会う事も無いだろうが、元気でな」

 勝家さんに命じて春を下ろさせる。

 春は離れたくないのか、俺の袂を掴んでいたが、それも俺が自ら外した。

 我ながら随分と懐かれたもんだ。もしかしたら、春には兄や姉がいないのかもしれんな。まあ他人様の家庭事情に口を挟む必要も無いか。


 「春殿、達者でな」

 「待って、もう、会えないの?」

 「春殿の名が偽名である事ぐらいは分かっている。そして俺は目が見えん。故に、春殿が名乗り出たとしても、それが春殿だと断言は出来ん」

 春殿が『うう……』と唸る。

 さすがに本名を名乗る訳にはいかぬ事ぐらいは理解しているか。

 やはりそれなりの御家の御姫様らしいな。


 「ではお付きの方々、確かに春殿はお返し致しましたぞ?」

 「真に感謝致します」

 「失礼する。権六、行くぞ」

 この時、俺は当然の事だが、これで終わったと思っていた。

 そう、俺は『春』という女の子の行動力を甘く見ていたのだ。



永禄元年(1558年)七月、山城国、京、武田信虎邸、山本勘助――



 「二郎様、勘助が参りましたぞ」

 京の警邏に出た筈の二郎(武田信親)様からの急使。左京大夫(武田信虎)様の屋敷に来て欲しい、という事だったので来てみたのだが……

 一体、何があったのだ?

 この無数の流民は?呻き声をあげておるが。


 「勘助、済まぬな。警邏中に襲われてな、出来る限り生け捕ってみたのだ」

 「なるほど、そういう事で御座いますか。それで儂は何をすれば宜しいのですかな?」

 「此奴等はどうせ使い捨ての駒だ。何も知らんだろう。だからな?」

 二郎様が続けた言葉の内容に、思わず笑ってしまう。

 良い案だ。どうせ二郎様を襲撃した此奴等に、命は無いのだ。

 ならば徹底的に利用すべきなのだ。

 

 「まずは場所の確保ですな。ここは三条河原を使わせて貰いましょうか」

 「あとは京中に噂をばらまく。御祖父様にも御協力願うつもりだ」

 「それぐらいは任せよ。二郎を狙うとは、不届き千万よ!」

 まさか甲斐の暴君まで敵に回すとは、首謀者も予想だにしておらんだろうな。

 だが武田家としても、此度の事は見過ごす事は出来ん。

 ケジメはつけんとな。



永禄元年(1558年)七月、山城国、京、三条河原、山本勘助――



 呼び出しから三日後。

 三条河原で不届き者の公開処刑が行われ、群衆がそれを見物に来ていた。

 よく見れば、牛車も停まっている。暇を持て余した公家が覗きにきたと言った所か。

 そんな事を考えていると、種子島の轟音が河原に鳴り響いた。


 「よし、次だ、撃て!」

 二郎(武田信親)様の策は、処刑場で不届き者を磔にした上で、種子島の的にするという物だ。

 ただし狙いは四肢。

 決して楽には殺さん。残酷に殺す事に、意味が有るからだ。


 磔にして、四肢を撃ち抜かれた者達は当然、弱る。

 それを止血して、その上で火炙りにしたのだ。

 まだ種子島を撃ち込まれていない者達は、どうやら捨て台詞を吐くだけの気力も無いらしい。すっかり意気消沈しておるわ。

 さて、そろそろ一芝居といくかの?


 「次は其方じゃ。そろそろ覚悟は決まったであろう?儂は自分で申すのもなんじゃが、話は分かる男でな。其方達が念仏を唱えるぐらいの事は許してやるつもりじゃ」

 「こ、この罰当たりめが……」

 「何、安心するがよい。其方達の同胞の中には、命惜しさに白状した者もおった。それに比べれば、其方達は見所がある。誇りと共に逝くがよい」

 そして始まる惨劇。

 それを無視して、儂は次の者に話し掛けた。

 向こうがある事を問い返してくるまで、これを続けるのだ。


 そして五人目だろうか?

 やっと問い掛けがきた。


 「ま、待ってくれ!俺は死にたくないんだ!どうすれば良いんだ!」

 「いや、別に其方には何も求めておらんぞ?もう白状した者がおるのでな。わざわざ其方を生かしてやってまで、尋ねたき事など無いのだ。素直に念仏を唱えるがよい」

 「いやだ!何でも言う!だから……嫌だああああ!」

 「そうそう、良い事を教えてやろうか。其方達は許される事は決してあり得ぬのだ。其方達が襲撃した時、二郎様はあるやんごとなき御家の姫君を庇護されておったのだ。そこに襲撃を仕掛けた其方達を生かしておく訳にはいかん。其方達でも理解出来よう?」

 磔にされた男の顔が絶望で歪む。

 そして足下につけられた炎の熱さで絶叫しながら、男は逝った。


 「では次だが……」

 さて、黒幕が疑心暗鬼に陥って、ボロを出してくれれば良いのだがな。



永禄元年(1558年)七月、山城国、京、大徳寺、三雲定持――


 

 「お呼びで御座いますか?右衛門督(六角義治)様」

 「ああ、長島の残党の件だ」

 やはりそれであったか。

 武田の手中にあるという『生存者』。彼等が何を口にしたのか。

 それ次第でこちらの対応も変わってくる。だが。 


 「心配はいりませぬ。連中は何も知りませぬ」

 「対馬守(三雲定持)、そうは申すが、奴等がこちらの目を掻い潜って、何か知っていたという可能性もあるだろう。断言は出来まい」

 そういう事か。今更の事ではあるが、不安に感じ始めたのだろう。

 さすがに考えすぎだと、儂は思っている。

 だが、御指摘の通り、断言は出来んのだ。

 

 「まずは調べましょう。下手に動けば余計な騒ぎになるやもしれませぬ」

 「分かった、任せる」

 席を立ったのは良いが、具体的にどうしたものか。

 下手に相談すれば、御屋形(六角義賢)様の耳に入る。

 そうなれば、六角家内部は紛糾するだろう。

 

 「最悪、儂の腹一つで抑えんとな」

 御屋形様に御迷惑はかけられぬ。

 雲光寺(六角定頼)様、思ったよりも早く、そちらへお伺いする事になりそうでございます。


 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 まずは前話で公方に嫌われた主人公。室町邸への出入りも許されず、自主的に治安維持パトロールに従事しています。

 そして新キャラ『春』登場からの、長島残党襲撃。


 そして主人公は黒幕、どうやって炙り出そうか?と思案。

 考えた末が公開処刑。それも思いっきり残酷に。手足を撃ちぬいた上で、簡単に血止めしてから火炙りとか正気じゃねえw

 そして白状したという奴を確保していると流言工作中。広める役は、見物に来ていた連中。


 一方、みんな大好き義治君は、疑心暗鬼に陥って、これからどうする?対馬守、と言った状態です。


 それでは、また次回も宜しくお願い致します。

 

 

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― 新着の感想 ―
あー…淡海乃海の主人公の従姉妹姫かな?
[一言] てっきり春も一味で 襲撃に目が行ってる間に ぶっすり刺す とばかり思ってました
[一言] 伯母様と皇女様どっちですかねこれ。 伯母様だとすると史実では三家の悪巧みから一年以上前に顕如に嫁いでる筈で、 だとしたら都にまだいるのおかしい……? 一向宗に容赦無い武田の正室の妹だから婚姻…
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