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今荀彧編・第十一話

 今荀彧編・第十一話更新します。


 上洛準備悪巧み編其の二、始めます。

弘治四年(1558年)三月、山城国、京、武田信虎邸、武田信虎――



 「よくお越しになられた。可愛い孫に代わって歓迎いたしますぞ、弾正(松永久秀)殿」

 「いやいや、左京大夫(武田信虎)様に比べれば、某など若輩者。このように自らお出迎え戴けるほどの者ではございませぬ。真に忝う御座います」

 「何を申されますか。あの三好家の家宰を務める、信任著しい弾正殿ですぞ?儂自ら出迎えるのは当然の事。特に孫からは、よくよく頼まれておりますのでな」

 儂が認めた唯一の孫、二郎(武田信親)に頼まれたのだ。この程度、大したことではない。

 それに、これから行われる武田、六角、三好の会談は日ノ本の行く末に関わる大事。

 我が孫がその大事を主導しているとは、祖父として鼻が高いわ。


 「既に御越しで御座いますか?」

 「奥に居ります。ささ、こちらへ」

 自ら弾正殿を案内した先。そこには、この会談の主役が待ち受けていた。

 一人は武田二郎信親。儂が認めた、唯一の孫。

 一人は蒲生下野守定秀殿。近江守護、六角家の重鎮。

 この二人に加えて、三好家家宰である松永弾正久秀殿を含めた、三者による話し合いがこれから行われるのだ。

 

 「お久しぶりに御座います、弾正殿」

 「お待たせして申し訳ございませぬ。二郎殿も元気そうで何よりですな。それから、六角家の蒲生下野守殿ですな。勇名は聞き及んでおります」

 「そう言われると面映ゆい。それに名声と言う意味でしたら、弾正殿の方が名高いでしょう。あの三好家の家宰なのですからな」

 挨拶を兼ねた、軽い応酬。

 互いに思う所はあるだろうが、今はそれを面に出すような真似はしないだろう。

 それぐらいには、知恵も経験も備えた二人だからだ。


 「誰か、焙じ茶を用意してくれ。寒い中、お越し下さった弾正殿に熱い茶を出して差し上げるのだ」

 「おお、これは有難い。さすがに年なのか、寒さが身に堪えましてな」

 「何を言われますか。まだまだ年寄りを自称するには若すぎましょう。某の御爺様は、まだまだ戦働きをこなせそうな程、若々しく御座いますぞ?」

 「はっはっは。二郎と戦場に立つか。そんな時が来るのであれば、喜んで復帰しようぞ。その時には其方の差配、しっかり見させてもらうがな」

 弾正殿と二郎、儂の軽口に、下野守殿が大笑される。

 だが儂は結構、本気だったのだがな。

 そこへ入室してきた、この屋敷の侍女が弾正殿へほうじ茶を差し出す。


 「これが焙じ茶ですか……普通の茶とは、また違った香り。それに行儀に煩くないのも良いですな。こうして話し合う場には、持ってこいかもしれませぬ」

 「やはり茶の湯というのは、しきたりのような物があるのですか?」

 「まあ茶を点てる者次第ですな。煩い者もいれば、大らかな者もいる。茶の湯という物に何を見出しておるのか?それはその者次第であるが故に、考え方にも差は出ます」

 茶の湯を嗜んでおらぬ二郎の問いに、快く答える弾正殿。

 弾正殿は茶の湯についても、相当な見識をお持ちと聞く。それが先程の言葉で、より一層確信できた。

 

 「熱い茶、忝う御座った。ところで、本日の本題で御座いますが?」

 「ええ。以前、話をした『落とし所』についての話し合いです。昨年の内に出しておいた文にも書かせて戴きましたが、三好家も六角家も武田家も、無駄に兵を失いたくない。無意味に兵を失えば、それは周りに隙を晒す事になります。そもそも公方様に、兵を失ってまで守るべき価値が本当に御座いますか?」

 くっくっく、と笑う弾正殿。下野守殿は声こそ出さないが、黙って頷くのみ。

 どちらも公方に対して、良い印象は持っていないという事だ。


 「六角家としては、公方様と縁を切りたい。だが弾正殿も御存知の通り、先代当主である雲光寺様は管領代として名を馳せてしまった。故に、六角家としては公方様に従わざるを得ない立場。だが、誹りを受ける事無く縁を切れるのであれば、これ以上の望みはない」

 「下野守殿の仰りたい事は某にも理解出来る。だが、公方様が六角家を手放しますかな?公方様にしてみれば、六角家は管領代を出した、実力ある御家で御座いましょう」

 「それは問題御座いませぬ。公方様を京へ戻し、三好家の傀儡と致してしまえば、六角家の願いは叶う。そして三好家は公方様を利用なされればよい」

 「しかし、それでは公方が逃げ出せば、元の木阿弥になる。違いますかな?」

 弾正殿の申す通りだ。だが下野守殿の顔に焦りはない。

 説き伏せるに足る交渉材料が、手元にあるという事だろう。


 「北面の武士を復興させるのです。承久の乱以降、北面の武士は単なる御所の警備部隊となってしまった。これを利用なされませ。単なる御所の警備だけではなく、主上と公方様もお守りする役目へと改めるのです」

 「北面の武士、ですか。もとは上皇をお守りする事が御役目として創設されたと記憶しておりますが。それを帝と公方様をお守り……ほう?なるほど。公方様を三好の手の中に囲ってしまえ、という事ですな?」

 「如何にも。公方様が逃げ出せば、それは北面の武士を信用しておらぬ、という事になります。それを兵部大輔(細川藤孝)殿や政所執事(伊勢貞孝)殿に理解させておくのです。二人とも、必ず三好家に味方して逃亡だけは防いでくれましょう。下手をすれば、征夷大将軍の位を剥奪されかねない、臆病な振る舞いと見られますからな。畏れ多くも、主上を『公方様が敵と見做した三好家による北面武士』の手の中に置き去りにしたまま、我が身可愛さに逃げ出すのか?と」

 下野守殿の言葉に、弾正殿が勢いよく膝を叩く。

 公方様が大人しくしていれば、何も問題は無い。足利の世は続き、三好家は足利家の実力者として天下の差配に乗り出そうとするだろう。当主の筑前守(三好長慶)殿は温厚な御仁と聞く。公方様に手は出さぬであろう。

 公方様が逃げ出せば、臆病者として天下に公方様の非を鳴らす。足利家は征夷大将軍職を剥奪され、足利の世は終わる。そうすれば、名実共に畿内の支配者である三好家が、次の天下人として名乗りを上げる。

 どちらに転んでも三好家に損はない。

 それにしても、下野守殿も良く考えられたものだ。


 「六角家の言い分は理解出来ました。しかしながら、武田家は如何なのですかな?何も利が無いように見受けられるが」

 「武田家にも利は御座います。公方様を京へ戻す事に協力した見返りとして、文を一通、書いて戴く事。それが武田家の利に御座います。三河、長島に続く第三の戦いを行いましょう。それは三好家に取っても利になります」

 「なるほど……石山は公方様にとって、数少ない好意的な勢力でもある。その勢力に陰りが出れば、背後に石山を抱える三好家にとっても有難い話」

 確か、越前朝倉家と石山本願寺の和睦は、公方様が仲裁していたという話だ。確か一昨年だったか?それ以来、公方様と石山は非常に仲が良いと聞いている。

 であれば、石山と言う存在は、三好家に取っては厄介極まりない存在だ。

 だが、それが弱体化を余儀なくされれば?

 三好家に取っては、間違いなく有難い話だ。


 「御話は分かり申した。三好家はこの話、呑みましょう」

 「六角家も同じく」

 「武田家も同様です」

 「となれば、まず落しどころとしては公方様を帰洛させる事。これが条件となりますな。そうしなければ、三家どこも利が生まれない」

 二郎の言葉に、弾正殿も下野守殿も頷きあう。

 これは必須条件だ。ここで揉めても、全く意味が無い。 


「あとは適当な所で、三好家と、六角・武田連合軍の間で和議を結ぶ事。その際、三好家は公方様を手中に収める代わりに、六角・武田に対して領土の割譲を始めとする、実質的な損害を与えぬ事を求めます」

 「公方様を手中に収めるという事は、形式としては勝者になりますからな。心得た、その点は密約として約束いたします。三好家としても、このような些細な事で、両家を本気で敵に回したくは御座らぬ」

 「出来ますれば、公方様の御身の安全と生活の保証をお願いしたい。雲光寺様への忠誠故の言葉として受け取って頂きたく願います」

 「それぐらいなら構いませぬとも。筑前守様に公方様を弑する御意志は無い。苦しませるつもりも無い。多少の束縛はあるかもしれぬが、惨めな生活はさせぬと誓いましょう」

 密約は成った。

 これで舞台裏の筋書きは全て整った。あとは上洛戦を演じるだけだ。


 「今回の密約、必ず話をしておくべき相手はいますか?」

 「いるとすれば……政所執事殿では?」

 「確かに。政所執事殿は公方様が朽木谷へ落ちた際、公方様から三好家に移った御仁だ。慌てる事の無いよう、しっかり話はしておくと同時に、三好家として政所執事殿を守る様に動くべきで御座いましょう」

 下野守殿の言葉に、弾正殿が重々しく頷く。

 政所執事殿は京の治政を司る者として、非常に有能と聞いている。

 三好家としても重宝しているのであろう。であれば、その命を守る為に動くのは当然の権利と言える。


 「あとは見せ掛けとは言え、戦を行う以上は時期が大切になります。武田としては来月、四月中頃に所領を出て近江で六角家、公方様と合流。その後に睨み合い、となりましょうか?」

 「そうして貰えると有難い。こちらも田植えは重要だ。場所は山城国と近江国の境辺りで如何ですかな?」

 「三好家としては構いませぬ。和議の使者は、そちらからお願い致しますぞ?公方様が挙兵しやすいように、口実はこちらで作ります故」

 それにしても感慨深い物がある。

 まさか甲斐の武田家が、見せ掛けだけとはいっても、こうして上洛戦を行う程に強大な御家に成長するとはな。

 儂が甲斐を統一したばかりの頃は、生きていくだけで精一杯であったというに。

 全く、信じられんわ。


 「あとは互いにやり取りする必要が有る時は、この三人を相手に使者を送るように致しましょう」

 「心得た。表向きは敵対していなければなりませんからな」

 「承知致した。ところで話は変わりますが、二郎殿。此度はゆき殿がおられぬようですが、何か御座いましたか?」

 弾正殿の質問に、下野守殿も同意された。

 確かに、それは儂も気になっておった。何せ此度の案内役は、柴田(柴田勝家)という質実剛健な男であったからだ。

 そして問い掛けられた二郎は無言で己の手を動かした。

 まるで腹が膨らんでいるかのように。


 「これはめでたい事ですな。二郎殿も親となられますか」

 「真、めでたき事」

 「それならそうと言わぬか、二郎!儂に曾孫が出来るという事ではないか!」

 「御二人とも、祝福して下さり、忝うございます。御祖父様には何というか、言い出す切欠を見つけられなかったというか……申し訳御座いませぬ。また浜松へお越し下さい。ゆきも喜ぶと思います」

 頭を下げた二郎。弾正殿と下野守殿は大笑しながら『めでたいめでたい』と我が事のように喜んでおる。

 だが一度ぐらい、足を伸ばしてみるのも悪くはないか。

 無事の出産を祈って、安産祈願のお守りを手土産に持っていくのも良かろう。

 

 「それで、産み月は?」

 「まだ暫く先になります。恐らくは夏から秋ぐらいではないかと。悪阻があったのが暮れでしたから」

 「なるほどな、妥当な所か。まあ良いわ、それにしても曾孫が産まれるとはなあ」

 そうなると、あのひねくれ者の太郎(武田晴信)がジジイ……祖父になる訳か。

 甲斐を出た時、儂は武田の御家に生まれた孫を抱く事は叶わぬと覚悟していたのだ。

 だが、孫どころか曾孫を抱けるとはな……

 

 密談を終えると、弾正殿は『政所執事殿に話を通しておきます』と、見送りも断って足早に立ち去った。

 あまり姿を見られたくないという事であろうな。

 まあ三好家の家宰が武田の隠居の屋敷を訪ねていた、となれば人の興味を引くのは間違いないのだが。


 「二郎殿、感謝致します。先に文で教えて下さったお陰で、弾正殿を説き伏せられましたわ」

 「ああ、北面の武士の件ですか。力になれたのであれば幸いです。尤も、弾正殿であれば、自力で思い付いたかもしれませんが」

 「いやいや、そうならなければ密談を成立させる事は出来ませんでした」

 あの策は、二郎の発案であったのか。てっきり下野守殿の発案だとばかり……二郎め、儂にぐらい教えてくれても良かろうに。

 まあ良いわ。孫の成長を知れただけでも十分よ。

 あとは上洛戦。さて、二郎の描いた絵図面通りに行けば良いのだがな。



永禄元年(1558年)四月、近江国、観音寺城、蒲生定秀――



 改元。

 三月に永禄と改められた元号は、朽木谷にいる公方様の御耳にまで届き、公方様は大層、激高なされながら観音寺城へとお越しになられ、上洛戦の決行を告げられた。

 三好家の弾正(松永久秀)殿から届いた文によれば、実は昨年の内から朝廷より三好家に対して改元の話があったそうなのだ。それを公方様の御耳に入るように伝えたらしい。これにより公方様は大義名分を得られたという事になる。


 落ち着いて考えてみれば、あまりにも偶然が過ぎると思いつきそうな物だがな。

 確かに上洛戦の計画自体はあったのだが、そこに後付けで征伐される側からの大義名分供与。公方様の御怒りによる上洛戦決行はとんとん拍子に準備が進み、僅か一月で実行に移された……どう考えても罠としか思えぬだろうに……

 中には危ぶんでいる兵部大輔(細川藤孝)殿のような例外もおられるが、上洛戦自体はもう取りやめる事は出来ぬ。武田勢も来ておるし、今更止めたら何が起こるか分かったものではない。


 その武田家から当主武田大膳大夫晴信様、嫡子武田太郎義信様、そして付き合いのある二郎(武田信親)殿が観音寺城に御挨拶に来られていた。

 そして、その事を知った次郎(六角義定)様が、二郎殿と話をしたいと申され、二郎殿はそれを快く承諾。

 某の立ち合いのもと、別室で会談が行われる運びになった。


 「私が武田二郎信親だ。いつも文を読ませて貰っている」

 「ありがとうございます!六角左京大夫義賢の次男、次郎(六角義定)と申します!」

 「元気で良い声だ。確か、十一になるのだったかな?もうすぐ元服となれば、左京大夫殿も嬉しかろう」

 次郎様の願いで始まった、文の遣り取り。内容については、万が一を考慮して、儂も御屋形様と共に目を通している。

 だが、今の所、問題はない。

 寧ろ、感謝したくなる程に、しっかりとした内容であった。

 御屋形様も満足気に頷いていた事を良く覚えている。


 「二郎様、以前からお伺いしたかったのですが、兄君とは仲が良いのですか?」

 「様はいらぬよ。互いに次男坊なのだ、殿で結構。話を戻すが、次郎殿の質問についてだ。仲は良いと断言できる。私はこのように盲の身。誰かに手を引いて貰わねば、躑躅ヶ崎館の中を歩く事すら出来なかった。幼い頃は、太郎兄上が良く助けてくれた物だよ」

 「そうなのですか、羨ましいです」

 次郎様と、右衛門督(六角義治)様の仲は、あまり良いとは言えぬからな。こればかりはどうしようもない。

 家臣としては否定的な事を口にしたくないが、右衛門督様は家督相続に強すぎる拘りをお持ちだ。

 その結果、次郎様に対して警戒心を持たれてしまっているのであろう。


 「まあ私と太郎兄上の場合は、相性が良かったというのもある。太郎兄上は優しい気性の御方だ。私は幼い頃から、そんな兄上を慕っていたし、家督も兄上が継げばよい。私は興味など無い、とハッキリ宣言していたほどだ。一時期は、妻を娶って子を作る事すら拒否していた事もある。お陰で父上や母上、御祖母様にまで窘められた事もあった」

 「そのような御考えをお持ちになられた事が!?」

 「うむ、私が九つの時だな。下野守殿、少々、次郎殿には汚い話になるが、構いませぬかな?」

 儂は即座に頷いた。

 それを理解する事で、次郎様はより大きく成長が出来るだろう。

 寧ろ、こちらからお願いしたいほどだ。

 二郎殿としても、武田家として晒してはならぬ事は口には出さぬだろう。


 「当時、私は御屋形様より四百石の所領を戴き、好きに差配せいと許可を戴いていた。そして私は結果を出し過ぎてしまったのだ。誰にもケチのつけようがないほどの実績付きでな。腹に一物抱える者がいれば、私を担ごうとするだろう。その様な者が出てくれば、当然の事だが跡目争いが発生する」

 「はい、仰る通りです」

 「だから私は妻を持たぬ事を決めていたのだ。それを口にしたのが、伯母上が私と自分の娘、今は亡き今川義元公の娘を娶せようとした時の事だった。そこには私の御祖母様も同席されていてな……まあ、御祖母様にしてみれば、僅か九つの孫がそんな事を口にしたのだ。周囲と相談するのは当然と言えるだろうな」

 その気持ちはよく分かる。

 可愛い、しかも有能な孫。それもまだ幼い九つの孫が『自分は功績を立てすぎた。跡目争いを起こしたくないから妻は娶りませぬ』と婚儀を拒絶した日には、困惑するのは当然だ。

 きっと大膳大夫(武田晴信)殿や御正室の三条の方様にも相談したであろう。

 武田家では大問題となったであろうな。

 

 「次郎殿。人というのは、奇麗な心ばかりでは無いのだ。むしろ汚い思惑で近付いてくる者が多い。利用価値があると思えば、その傾向は強くなるものだ」

 「はい、気をつけます」

 「まあこればかりは実際に経験して、自分で判断する他は無い。暫くは周りの者に訊ねてみるのも良いかもしれんな。だが、一つだけ言っておく。他人の意見を鵜呑みにしてはならぬ。何事もまずは自分で考えるようにするのだ」

 次郎様は、いまいち反応が薄い。

 何故、疑わねばならぬのだ?という所だろう。

 普通に考えれば、家中の者が次郎様を騙そうとする訳が無いのだから当然の反応かもしれぬ。次郎様はまだ素直な年頃なのだから。

 

 「例えば、そうだな……次郎殿に対して、とある家臣が厳しい諫言をしてきたと仮定しよう。これを受け容れる。良き事だとは思わぬかな?」

 「はい、それなら分かります」

 「だが、だ。もしその諫言が違っていたら、どうする?例えば、その家臣の持つ知識が誤っていた、とか。或いは家臣が騙されていた、とか」

 どうやら次郎様は納得できたらしい。そういう事かと何度も頷かれている。

 何でもかんでも鵜呑みにしてはならぬ。

 よく考えた上で、決めなければならぬのだ。


 「この辺りについて、どうしても判断できなければ、左京大夫様や下野守殿に訊ねられると良かろう。この手の事では経験が豊富な筈だ」

 「そう致します!下野守、頼むぞ!」

 「ははっ、仰せのままに」

 やはり次郎様は素直な御方だ。将来が楽しみになってくる。

 二郎殿に会わせたのは正解であったな。

 ……そういえば、右衛門督様はどうされておられるだろうか?



永禄元年(1558年)四月、近江国、観音寺城、六角義治――



 観音寺城に挨拶に来た武田家当主親子。父上は大膳大夫(武田晴信)様と、弟である次郎は文を交わしている二郎(武田信親)殿と会談中だ。

 必然、手の空いた俺は、武田家嫡男である武田太郎義信殿の相手を務める事になった。

 互いに次期当主。そして相手は俺より年上であり、尚且つ戦場を体験してきた男。更には、この御仁の娘と俺は許嫁なのだ。つまりは将来の舅になる。まだ若いが、猛将として多くの兵を率いてきたのだ。さぞや為になる話を聞けると期待していたのだが……


 「右衛門督(六角義治)殿。戦場の手柄話を聞きたい、との事だが……困った。満足させられるような話があるだろうか?」

 「何を申されますか。初陣以来、相当な戦場を潜り抜けてこられた筈です」

 「まあ数だけなら。初陣は信濃の佐久郡を攻めた時でした。武田家の支配を嫌がり、恐らくは村上家の調略に応じたのでしょう。反乱の中心を務めた知久家を討伐。落武者を三百程討ち取りましたな」

 おお、素晴らしい大手柄ではないか!やはり俺と同じ、跡目を継ぐだけの事はある。

 次期当主たる者、戦に強くなくては話にならん。

 これは為になる話を聞けそうだな。

 

 「武田家の支配を嫌がる遠江の国人衆は、踏み潰して終わり。次は東三河攻めでしたか。二郎が初陣の時でしてな。二郎の皆殺しの策により、父上と手分けして、各地の城の接収や国人衆の降伏受け入れに忙しくしていた記憶がありますな」

 「……それは戦、とは言わぬのでは?」

 「右衛門督殿の申される通り。ただ右衛門督殿は私の事を猛将と申されましたが、私は決して戦が好きではない。私は守役の飯富虎昌の言に耳を貸して、やるべき事を行ったまでです」

 どうしてだ?どうして笑っていられる?

 手柄無くして、誰が己を認めてくれるというのだ!


 「西三河一向一揆の時は、後詰として父上と共に出陣はしましたが、弁天島を越えた辺りで戦が終った事を聞いて、兵を退き返して終り。尾張攻めでは、織田家の支城を幾つか落とす手柄は立てましたな」

 「なんだ、謙遜で御座いましたか!やはり猛将と名高いだけの事は御座いますな!しっかり手柄を立てられているではありませんか!」

 「いやいや、そうは申されるが、私はあれを手柄とは思っておらぬのです。あまりにも兵力差があり過ぎましたからな。二郎の見立て通り、織田家も分裂しておりました。各個撃破という好機に恵まれただけです」

 また二郎……気に食わぬな。今頃、別室で次郎と会談中の筈だ。

 何故、あの男がここに出てくる?

 以前、ここに来た時もそうだ。知恵働きは出来るが、盲にすぎぬではないか!父上や下野守(蒲生定秀)は高く評価しているようだが、本当にそれだけの価値があるのか?

 実際には、入れ知恵している者がいてもおかしくないだろうに。


 「長島の時も、二郎の策のお陰で苦労はしませんでした。守備兵のいない城砦を、織田弾正忠(織田信長)と手分けして接収して回っただけ。総大将は私でしたが、実際には九割以上の差配を二郎が行っておりました。私は神輿のような物でした」

 「悔しくは無いのですか!?その申しようでは、まるで二郎殿の方が実力があるように、周囲が思いましょう!次期当主の座を奪われてもおかしくは御座いますまい!」

 「そこは右衛門督殿の申す通りですな。ハッキリ申しましょう。武将としての才覚は、二郎は私を上回る。跡目に相応しいのも二郎だと、私自身は思っている。私が上と断言できるのは、盲でないからこそ直接陣頭指揮を執れる事。あとは直接戦う事ぐらいですな」

 『はっはっは』と朗らかに笑いながら、太郎殿は焙じ茶に手を伸ばした。一口飲み、満足そうに息を吐かれた。

 分からぬ。自分より優れた弟。どう考えても、跡目争いの種。

 次期当主の座を奪うであろう、敵ではないか!


 「父上もその事は認めておられる。家臣達も、二郎の方が実力はあると認めておるだろうな。それは紛れもない事実。否定は出来ない」

 「跡を継げなくても良いのですか!?」

 「他ならぬ二郎が、跡目は兄上だ。私は跡目に興味は無い、と幼い頃から断言しておりましたからな。それは武田家の者であれば、誰もが知っている事。それに二郎は好んで私を支えて、常に私を立ててくれている。先に申した通り、私としては二郎の方が跡目に相応しいと考えているのだが、いやはや、我ながら困った兄弟だ。兄弟揃って武田家次期当主の座を押し付け合っているように聞こえますな」

 太郎殿は笑われているが、決して笑うべき事ではない。

 七ヶ国を支配する武田家次期当主の座を押し付け合う兄弟?そんな訳が無い!

 跡目を継げば、どれだけの兵を率いる事が出来る?継げなければ、それこそ僅かの兵しか操れないのだぞ!それで満足できるような手柄を立てられるものか!


 「父上も母上も喜んでおられた。この乱世、父子兄弟で殺し合いをするのも珍しくはない。それが現実。だが我ら兄弟は仲が良い。お陰で下の弟妹達も、同腹や妾腹関係なく、自然と仲良くなった。その点では両親に辛い思いをさせる事も無い」

 「それは……そうで御座いますが」

 「右衛門督殿はどうやら、思う所があるように感じました。ですが、兄弟は仲良くあるべき。左京大夫様も御先代の雲光寺様も、きっと喜ばれましょう」

 ……ふざけるな……次郎に跡目を譲る?そんな真似が出来るか!

 気弱な次郎では、六角家は食い潰される!俺でなければ六角家は守れないし、大きくなれんのだ!

 この男もそうだ!名門、武田家の名跡を守るという気概が感じられん!

 目を覚まして貰うしかない!


 そうだ。良い手を思いついた。

 この手を使えば、この男も目を覚まして、自らの過ちに気付いてくれるだろう。

 そして己の愚かさを悔いる筈。

 そうと決まれば、すぐに動かねば。時間はそれほど残されておらぬからな。


 今回もお読み下さり、ありがとうございます。


 まずは三家重臣による、表には出せぬ密談。三行に纏めると・・・

 ①武田は北陸進出の策の一手を確保。

 ②六角は公方と言うババを手札から捨てる。

 ③三好はババを拾って利用する。

 ?ジイジは曾孫だぜ、ヒャッハー!

 以上、今北産業でした。


 あとはゆき、懐妊しました。今回、というか上洛終わるまでは遠江で御留守番。


 武田・六角家の怪談(あながち間違いではない)。


 次郎(11歳素直):二郎殿、良い人だなあ。疑う事まで教えてくれるなんて・・・

 義信(20歳温厚):義治殿、大丈夫かなあ?娘(7歳)の婿になるのになあ・・・

 信親(17歳悪党):しっかり育てて、不和の種に仕立てあげないとな。※主人公です。

 義治(13歳ヒス):F〇CK!


 そして次郎君に期待を寄せてしまう蒲生さんw史実だと、義治の最後の砦だったのに・・・


 やはり戦国時代、人が好いと食われるという良い例ですね。

 伊達輝宗とか、武田義信とか。史実だとねえ・・・


 そして行動始める義治君で〆。


 次回は上洛戦。


 それでは、また次回も宜しくお願いします。

 

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― 新着の感想 ―
やっぱりダメかな〜義治……( ̄▽ ̄;)
[良い点] 義信兄ちゃん、本当にある意味逸材なんだなって改めてわかった回。 [一言] 次期当主会談。両人の反りの合わなさ具合がえげつないレベルw(白目 六角義治自ら地獄に突っ込もうとしてるけど。 義信…
[良い点] 名作に出会えました。 [気になる点] 六角崩壊&再興のフラグが…… [一言] 義信は信親や武田軍師ズみたいに兵力以外の活躍や成果を目の当たりにしてるし普通なら脅威筆頭の信親との関係は良好、…
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