今荀彧編・第九話
今荀彧編・第九話更新します。
長島攻め後日譚其の二。中途半端な量だった後日譚に手を加えたら、上洛準備まで辿り着けませんでした。
弘治三年(1557年)七月、尾張国、清洲城、武田晴信――
論功行賞は終った。今回は二郎につけていた与力、原虎胤を家老へ、小畠昌盛を部将へ昇格。それと織田信長に伊勢で五万石を与えた事が目玉であった。
信長の領地は桑名郡の一部。今回の騒動で民は激減している。信長め、表向きはともかく内心では憤慨していたであろうな。だが蝮の遺言に免じて、命は取らずにおいてやる。せいぜい、政に専念するのだな。
長島については、城のみを二郎の所領――飛び地とした。ただ論功行賞の場で『本当にそれだけで良いのか?』と俺が口にした時の家臣達は目を丸くしておったな。確かに城だけ土地無しでは何の価値も無い。もっとも、二郎にとっては、その方が都合が良いらしいから認めたのだが。
正直、聞きたくなかったわ。長島城に無数の遺体を積み重ねてきた、等という報告は。上手くいけば五年後には宝の山に変わると言っておったが……
まあそれは良い。重要なのは今後の方針だ。
「今後についてで御座いますが、まずは北陸、主に越前・加賀への進出を目指します。問題は加賀一向衆と越前朝倉家をどうやって落とすか、ですが」
「厄介な連中だな」
「はい、今回のような奇策は使えません。今後の事を考えれば、門徒を改宗させたく存じます。理想としては、北陸の地を武田にとっての一大食料生産地帯としたい所。その為には五体満足な百姓が大勢必要となります」
良き考えだ。米は幾らあっても困る事は無い。無ければ買えば良いが、いつでも安く買える訳では無いのだ。商人もこちらの足下を見てくるからな。であれば、常に米を自国だけで賄えるようにしておくべきなのだ。
それには北陸の平野は最適だ。特に広いというのが素晴らしい。しかし、それも民あっての事だ。民の大半を一向門徒が占めるのに、それを皆殺しにしては、旨味は半減しよう。
今、この場で俺と密談をしているのは、二郎、典厩(武田信繁)、勘助(山本勘助)、太郎(武田義信)のみ。
二郎の案内役のゆきは隣室で待機中。
他の者達は、既に宴を先に始めておるだろう。
「で、どうするつもりだ?」
「現在、越前と加賀に関して調べさせております。しばしお待ち頂きたく存じます」
「当然の事よな。それまでは内政に専念するか。常備兵も増やしておきたいしな」
常備兵だが、甲斐の五千、信濃三千、飛騨二千、駿河四千、遠江六千、三河二千。尾張千五百。尾張は募兵を始めてまだ一年、北伊勢はこれから募兵を行う事になるが、必要になるのは刻と銭だ。その事に思い至る者達こそ今の武田家に必要なのだが、本当に頭が痛い。
乱世である以上、槍働きは必須。だが槍働きで奪えば良い、という者達が多すぎる。
これが巡り巡って、今の俺の悩みへ直結しているのだ。
二郎ほど出来が良くなくても良い。内政の出来る家臣が欲しいわ。
「……ところで、遠江の状況はどうだ?」
「順調で御座います。気候も温暖、恵まれた土地と申せます。何より、海に面した土地と言うのが大きいかと。この地も武田家の胃袋を支える要の地となりえます」
「二郎。今はまだ考えているだけに過ぎぬが、加賀を取ったら、お前に任せるつもりだ。理由は分かるか?」
二郎は少し考えたようだが、すぐに答えに至ったらしい。明快な答えを返してきた。
「要衝の地で御座います。特に越後に対する盾は必須でしょう」
「そういう事よ。信濃の弾正(真田幸隆)とお前がいてくれれば、不安は無くなる。場合によっては四郎を諏訪、弾正かお前を加賀でも良いのだがな」
武田は大きくなった。もはや、家臣に求める水準も変化の時を迎えようとしている。
今の武田に必要なのは、国を治めうる者達だ。二郎と弾正、典厩は文句のつけようも無い。太郎は今少しかかろうな。勘助は俺の隣に置いておきたい。四天王は政で支える者がいれば、何とかなるだろう。信長は牙を収める事を覚えなければ使えぬ。三河の晴康(松平晴康)もまだだな。二郎を師と仰いで学んでおる所は、評価に値するとは思うが。
「まだまだ先は長いな。せめて信長がもう少し大人しくなれば、使いようもあるのだが」
「危険を承知で、御屋形様の膝元に置くと言う手もありますが、あまりやりたくは御座いません」
……一考の価値はあるな……
額を扇子で軽く叩きながら、フーッと息を吐く。
この悩み。理解してくれるのが、たった三人というのがなあ……
「話を変えよう。先日、公方様から使者が来た。上洛の件でな」
「傍迷惑な事ですな。不可能では御座いませんが」
「こちらは疲弊しておるので、暫しお待ち頂きたい、とは言っておいた。裏で話もつけておかねばならぬしな……全く、少しは自重しろと言うのだ。どうして筑前守(三好長慶)殿が公方様を殺さないのかを、な」
上洛となれば、兵は必須。領内の治安維持はともかくとして、隙有りと見て襲い掛かってくる馬鹿もおるやもしれぬ。
越後の長尾、上野の長野、相模の北条は問題はない。
越中は真田が飛騨で食い止める。
越前はやる気もなければ、朝倉宗滴に匹敵する男もおらぬ。油断は禁物だが、隙を見せねば問題は無かろう。
南伊勢の北畠……六角に動いてもらうか。確か縁戚だった筈。文ぐらいなら融通してくれるだろう。
二郎を通じて、下野守(蒲生定秀)殿経由で伝えて貰うか。
弘治三年(1557年)七月、伊勢国、桑名城、織田信長――
バキッと音を立てて、俺の手の中の扇子が砕け散った。
分かっている、俺は舅殿の命を対価に生きる事を許されたのだという事は。
だが!
「弾正忠(織田信長)様、今は堪える時に御座います。どうか御気を御鎮め下さい」
「分かっておるわ、五郎左(丹羽長秀)!だが俺は自分が歯痒くてならぬ!お犬(前田利家)も蔵(佐々成政)も手放さねばならんかった!その挙句が……くっ!」
ドスンと拳を板敷に叩きつける。伊勢にまで俺についてきてくれた直臣は二人だけであった。
五郎左に吉兵衛(村井貞勝)だ。他の連中は、全て武田本家に鞍替えした。兵ですら、全てはついてこなかった。いや、この二人だけでもついてきてくれた事は感謝してもしきれぬのだがな。
「弾正忠様。まずは現状を把握致しましょう。ここで諦めてしまわれては、円覚院(斎藤道三)様の死を無駄にしてしまいます」
「……そうだな、吉兵衛の申す通り……分かった、まずは国内からだ」
「心得まして御座います。弾正忠様に与えられた所領は表向きは五万石。しかしながら、実情は二万石に届きませぬ。理由は民が少ない為。先の長島攻めにより、一向門徒が多く死んでいる為に御座います」
吉兵衛の言っている事は理解出来る。幾ら田畑があっても、民がいなければどうしようもないのだ。
放っておけば田畑は荒れ果てる。この事態を打開しなければならぬ。
「次に隣国との状況になります。最大勢力である近江・六角家は武田本家と友好関係が有る為、攻め込まれる事は御座いませぬ。伊賀国は六角家の勢力下ではありますが、国人衆が群雄割拠中。こちらに目を向ける余裕は御座いませぬ。南伊勢には北畠家がおり、ここが最も警戒すべき相手であると存じます」
「尾張さえ手元にあれば、容易に踏み潰せたと言うのに!……北畠が攻めてくる可能性について、何か聞いておるか?」
「今の所は御座いませぬ。これは推測になりますが、北伊勢は武田家を主と仰ぐ地域。であれば、そこへ攻め込む事は武田家に喧嘩を売るという事。そう簡単に決断は下せぬのでしょう」
まあ当然か。特に武田家は清洲城を本拠地としているのだ。当然、主力部隊である常備兵が常駐している。事が起これば、即座に駆けつけてくるだろう。
この城であれば、五日も持ち堪えれば、応援が来るだろうな。
「軍備についてですが、常備兵百五十のみ。武器は槍と弓、種子島は二十丁。百姓兵を動員しなければ、戦は行えませぬ」
「税収も人頭税のみだからな、そう簡単に兵は増やせぬ。種子島もだ……待てよ?二人とも、知恵を貸せ。常備兵に手を加えるのだ」
二人がキョトンとしている。いや、これは俺の説明不足だな。反応が鈍いのも当然だ。
「良いか、常備兵一人ずつに主のいない田畑を一定の土地、例えば五反ほどくれてやる。そして常備兵は無税とする。代わりに一定の期間ごとに常備兵として治安維持の役目を果たしたり、戦の際には兵として駆け付けるようにするのだ」
「面白き案ですな。別に田畑を耕すのは常備兵自身でなくても、家族でも宜しいでしょう。ただし本当の家族である事を条件とすべきですが」
「それは五郎左の申す通りだ。騙りは厳罰に処す事を事前に申し付けるとしよう。話を戻すが、作った作物の余剰は、織田家が買い取る。その買い取った作物を、織田家が津島で販売するのだ。津島なら顔も利くからな」
これによって不足する税を補うのだ。武田家は戦に明け暮れている。米は作れば作るだけ買い取ってくれるだろう。
そして銭を貯めて、織田軍を編成し直すのだ。
せめて南伊勢を単独で攻め取れるぐらいにはならぬとな。
「吉兵衛、今の策を実行に移した時の試算はできるか?」
「お任せ下さい。明日までに試算を出して参ります」
「任せた」
退室する吉兵衛。本当に仕事のできる男だ。あれほどの才覚があれば、武田本家でも優遇されただろうにな。
噂に聞く次男坊と良い勝負が出来るのではないだろうか?
「五郎左、長島城のある中州について、何か分かった事は有るか?」
「はい。凄まじい悪臭が漂っております。こちらまで来ないのは、風の向きと川の影響かと」
「何が原因だ?」
次男坊は褒美として、長島城だけを貰っていた。何が目的なのか、気になって五郎左に調べさせたのだが。
「長島城は死体で埋め尽くされて、この暑さで腐り始めております。下手に近寄れば、悪夢で魘されましょう」
「死体だと……何を目論んでおると言うのだ」
「某にも判断がつきませぬ。門には『武田二郎信親の許しなく、入城を禁止する』という看板が置かれておりました。何らかの理由は有るので御座いましょうが」
五郎左の申す通りだ。知恵者として評判の男が、無意味な事をする訳が無い。ならばきっと理由がある筈だ。
ただ、今気にしていても意味は無さそうでもある。
となれば、やはり今は国力の回復に努める。その一択のみだ。
「五郎左、数年は戦をせず、力を蓄えるぞ。まずは五年で常備兵千まで回復させる事を目標とする」
「心得ました。某も御役目に励みます」
弘治三年(1557年)七月、安芸国、吉田郡山城、小早川隆景――
ある日、突然来いと父上に言われて、俺はすぐに呼び出しに応じた。
父上と共に居たのは、二人の兄上だけであった。
「父上、何か御座いましたか?」
「其方、甲斐の武田家次男、二郎(武田信親)殿と文を交わしておったであろう?二郎殿が、少し前に東海で面白い事が起こるから、忍びを数名派遣しておくように、と言っておった事を覚えておるな?」
「ははっ。父上が忍びを出すと仰せになられました」
確か、尾張を奪った時に報告がきたな。まさか六角と組んで、尾張と美濃、同時侵攻を仕掛けるとは予想しなかった。
尾張は圧倒的兵力差に物を言わせて陥落。美濃は国境を封鎖して、半年に及ぶ塩攻めで落としたという話だった。
実に良き話であった。
そんな攻め方も有ったのか、と感心したものだ。
「良いか、其方達。これから話す事を忘れるでないぞ。伊勢長島一向衆が滅ぼされた。攻め手の総大将は後継ぎの武田太郎義信殿、副将は二郎殿。長島側の死亡者は少なく見ても五万は超えるそうだ」
「それは、余程の大戦で御座いましょうな?」
「違うぞ、太郎(毛利隆元)。僅か一日で終わった戦。七ヶ国を支配する武田側は総兵力では一万二千ほどしか動員しておらぬそうだ」
太郎兄上も次郎(吉川元春)兄上も、言葉が無いようだ。いや、かくいう私も驚きで声が出ない。
確か長島は難攻不落の地と聞いておったのだが、間違いだったのだろうか?
「見事な盤面よ。儂ですら、考えもつかんかった。良いか、二郎殿は飛騨国から木曽川を下って、美濃を通り過ぎ、一気に伊勢国の長島城がある中州まで移動して夜半に襲撃。中州の城砦、全てを一晩で陥落させてしまったというのだ」
「真に御座いますか!?」
「事実らしい。その後、奪還しようとする一向衆を地の利を利用して防戦。十分に引き付けた所で、川上に用意していた堰を切って鉄砲水を誘発。見事な水計により、長島一向衆は壊滅を余儀なくされたそうだ。故に、死者は恐らく五万人。詳しい事はこの文に書かれている。読むがよい」
太郎兄上が目を通して感嘆の声を上げ、次郎兄上も『御見事』と呆れたような声を上げた。
渡ってきた文の内容に目を通したのだが、まさか一年に及んでいた飛騨での練兵が陽動を兼ねていたとは。
一向衆は越中へ攻め込まれると思い込み、戦慣れした坊官の多くが越中一向衆を助けるべく向かってしまったのだという。結果、長島の地は手薄になってしまった……
「しばらくは、儂の子飼いを武田に貼り付けておくつもりだ。最早、武田は遠くだからと無視できる存在ではない。常に注意だけは払っておかねばならぬ。所領の広さだけなら、三好家や尼子家に匹敵するだろうよ」
「心得ました。しかしながら、父上。これほどの大事となりますと、足元が煩くなるやもしれません」
「そうだな。そればかりは悩みの種よ」
父上は意外に信心深い御方だ。そして安芸国は一向宗の門徒が多い国でもある。
門徒達が騒ぎ出せば、父上は板挟みとなって困る事になるだろう。
……最悪、私が手を汚す事も考えておかねばならぬだろうな。
弘治三年(1557年)八月、遠江国、浜松城、武田信親――
最近、体調が悪い。頭も頻りに痛むし、全身が怠い。食欲も落ちている。其れにつられるように、機嫌が悪くなっているのも自覚している。
原因は把握している。
ただ、どうしようもないのだ。
だから俺に出来る事は一つだけ。他人に当たらないよう、己の心を殺す事だけだ。
そんな俺が清洲城から遠江へ帰還。そして俺の家臣達の論功行賞を終えたのが、半月ほど前になる。
まず柴田勝家は家老に昇格させた。もともと家老だった男、実績としては十分だろう。まあ立場としては三番手であり、筆頭家老の虎盛(小畠虎盛)と虎胤(原虎胤)さんは信玄パパからつけられた与力。立場的に二人の方が上なのは仕方ない。
それでも常備兵三千を指揮できる立場となったのは喜んでいた。これからもますます励んでくれるだろう。
そして戦後に分かった事だが、勝家さんの下に有名どころがいたのには驚いた。前田利家に佐々成政。てっきり信長についていったと思っていたんだが、どうやら違ったらしい。主家と切り離された実家は、後継ぎでは無かった彼らに自力で稼ぐ事を期待したそうだ。
だがどうしたら良いか分からない。そこに顔見知りの勝家さんから声を掛けられ、飛騨に向かった、と言う流れだったそうだ。
正直欲しいなあ、とも思ったが我慢した。勝家さんの下の方が二人も働きやすいかもしれん。俺は、彼らの家を潰した立場だからな。
代わりに二人の実家を取り立ててくれと頼んできたので、それは喜んで受け入れておいた。本当に俺の所は人手不足なんだよ。
侍大将だった三郎太(小畠虎貞)については、今回の部将への昇進は見合わせた。と言うのも千人単位を指揮する能力があるだろうか?と言う点が気になったからだ。虎盛さんにも相談してみた所、同意してくれた。千人はまだきつかろう、と。婿殿は儂が説明して鍛えるので、出世はもう暫しお待ちを、と言われたよ。
現状の構成は、軍配者に虎盛さん、事実上の全軍を率いる者だ。常備兵三千ずつを虎胤さんと勝家さんが率いる。火部隊は種子島四百を光秀(明智光秀)さん、弓騎兵部隊八百を重元(竹中重元)さん、大楯、長槍隊各八百ずつを孫次郎(小畠昌盛)、弓隊六百を三郎太が率いている。これに加えて、陰や林部隊等も合算すると、都合一万前後。かなりの大所帯だ。今の遠江の国力ならまだ五千は行けるだろうが、そこまでしなくても良いだろう。
というより、増やしたくても増やせん。率いる者がいないからだ。
一番不安なのが、鬼美濃こと虎胤さんがパパの下に帰る事態だ。虎胤さんが家老へ昇格したという事は、パパの感情は大分治まっている事を意味する。冷静になって、公平に評価しているという事を意味するからだ。家老への昇格も、手元に戻す為の布石ではないかと睨んでいる。
そうなると、滅茶苦茶痛い。虎胤さんは攻城戦が大得意で、その上で常備兵を自在に操ってくれる有能指揮官だ。本当に頼りになるんだよなあ。
最悪を見越して、穴埋めできる人材を用意しないといけないんだけど……
そう簡単に行く訳が無い。簡単に行くなら、こうして俺が悩む必要はないからだ。
「ゆき、孤児出身者の中で、頭角を現してきた者達の情報を纏めておいてくれ」
「……抜擢なされるのですか?」
「一度に千を任せるのは無理でも、三百ずつ三人で、百人ずつ十人でなら不可能では無いだろう。或いは、それらの者達を補佐役として孫次郎や三郎太につけて、負担を軽減させるという使い方もある。更に宣伝効果というのもあるな。頼むぞ」
ゆきは『心得ました』と応じて下がる。
しばらくは内政だな。北陸の一向一揆、本当にどうしたものか。ここは戦ではなく策で屈服させたい所だが。加えて、飛騨から加賀へ直通の街道が存在しない事も問題だ。
越中一向衆と戦になれば、間違いなく加賀から援軍が来る。越中の奴らも、それを見越して戦を行うだろうしな……
上策は策で攻め取る。
中策は飛騨から越中西側を制圧した後に、釣りだして各個撃破。この場合は東の盾として神保家辺りを武田側に付けたい所だ。
下策は越前朝倉を正面切って数の暴力で踏み潰した後に加賀を狙う。飛騨から越前へ向かう街道はあるから、理屈の上では不可能ではない……だが間違いなく手間がかかる。時をかけすぎれば、加賀一向衆が漁夫の利を狙ってくるかもしれん。やっぱり、何とかして上策を考えなければ。
「門徒から信心を失わせるには、やはり門徒が坊主どもを見限る必要があるな。ついていけないと思わせれば良い訳だ。ならばどうするか?流言による評判の低下、同僚間での争いや権力闘争、醜態を晒させる……待てよ?」
脳内に浮かんだ思い付きを再検討してみる……いけるかもしれんな。だが、もっと正確な所を知る必要がある。
こういう仕事は、あいつに任せるに限る。
「岩鶴丸、長次郎を呼んでくれ」
「呼んで参ります、少々お待ち下さい」
少し待つと、風の副将を務める長次郎(風祭為好)が姿を見せた。前回の西三河動乱の際に、侍大将へ昇格させた男だ。
少し痩せ気味の男であり、槍働きは得意ではない。
だが情報の扱いに関してなら、俺の家中では最も手練れと言える。
……多分、この手の才能が眠っていたんだろうな。幼い頃に、親に捨てられたほど、貧しい百姓の出だと言っていたからな。どう考えても、眠っていた才能を活かす機があったとは思えないわ。
「長次郎。一向衆、特に石山と越中について出来る限りの事を調べてくれ。よく考えてみると、俺は連中の事を詳しくは知らん。正確な事を知りたいのだ。些細な事でも構わんから、色々と調べてくれ」
「分かりました、少し余裕を頂きたく」
「年内には報告を頼む」
生まれ変わる前に、どこかで聞いた事がある。本願寺顕如は本来は穏健派であり、織田信長に恭順していた頃がある、と。もしかしたら上手く行くかもしれん。
駄目だった場合の事も考えて、他の案も考えておくか。
こうして何かを考えている間だけ、目を逸らす事が出来るからな。
……自分の弱さから……
「そういえば、近江から文が届いていたな。返事を書いておらんかったわ」
ゆきは調べ物の為に下がっているので、岩鶴丸に筆と硯、文を書く為の紙と文机を用意して貰う。
しかし、聞こえてくる声からすると、岩鶴丸は源五郎君にも声をかけたようだ。
まるで仲の良い兄弟だな。少しだけ、苦しみを紛らわせる事が出来た。
「しかし、六角家の次男からの文、か……」
さて、何を書くか。
まずは、意図というか基本方針を決めなければならん。
武田家の六角家に対する基本方針は、友好的に接するが、時が来たら食らう、という物。
美濃攻めの際に武田が協力したのも、全てはその為。
美濃の民の恨みを六角家に背負ってもらい、武田家に対して民が縋ってくるようにする為だ。
つまり、美濃奪取と六角家を切り捨てる事は=で結ばれると言える……決めた。
「……源五郎。ゆきの仕事を手伝ってくれるか?」
「はい!」
「うむ。さて、岩鶴丸。其方には学んでもらうとしよう。貴重な機会だからな」
岩鶴丸は緊張したようだ。まあ言い方が悪かったかもしれんな。
ただ、学んでおくに越した事は無いだろう。
俺は状況を説明した上で、岩鶴丸に問いかけた。
『其方ならどうする?』と。
「某でしたら……傀儡になるよう、二郎様を盲信するように仕向けます」
「良い考えではあるが、まあ上手くはいかぬな。向こうとて馬鹿ではない。文の内容ぐらい確認した上で、読ませるようにするだろう。俺も、そうだったからな」
考え自体は悪くはない。ただ経験が足りず、それに伴って視野が狭いだけだ。
まだ元服すらもしていないのだから、これは仕方がない。
「二つ、助言をやろう。まず嫡男は気が強すぎる」
「仲違い、で御座いますか?其方の方が期待できる、というような内容で」
「それではいかんな。こちらの悪意に気づかれる」
そう、悪意を感じ取られてはならぬのだ。
「もう一つの助言として、南蛮の言葉を教えてやろう。地獄への道は善意で舗装されている。舗装と言うのは、覆われている、という意味だな」
「地獄への道……これを悪意と言いかえれば、悪意は善意で覆われている?」
「そうだ。俺の思惑が読めるか?」
悩んでおるな。だが、それで良い。考えろ、頭を使え。知恵を巡らせる事を忘れるな。
寄る辺の無いお前が生き残るには、誰よりもお前自身が強くならねばならんのだから。
「まさかとは思いますが、普通に教え諭し、有能な男となる様に導くのですか?」
「正解だ。気が強すぎる嫡男。有能な次男。家臣達は当然、比較するだろう。それは御家騒動の火種となるには十分すぎる理由だ。それに、この策が仮に不発に終わったとしても、六角家が武田家に対して矛を向ける理由にはならん。不発に終わったら、改めて策を講じるか、或いは利用し尽すか。それはまあ、その時次第という所か」
武田家の場合は、義信兄ちゃんが温厚で誠実、悪く言えばお人よしだったから、俺が有能と認められても兄ちゃんは気にしなかった。
俺自身、盲だし、常に義信兄ちゃんを立てていた事も影響しているだろう。家督にも拘りを見せていなかったから、誰も神輿に担ごうとはしなかったしな。
「さて、岩鶴丸。それを踏まえた上で問うぞ。最初に書くべき内容、どんな内容が相応しいと思う?仮に其方が源五郎を育てる立場になったとして、考えてみよ」
今回もお読み下さり、ありがとうございます。
今回は後日譚其の二になります。
まず織田家は常備兵を一旦やめて、屯田兵に方針変更。それまでは武田本家に守って貰え。武田家に物を売って銭を蓄えるんだ。しばらくは我慢するぞ、という状況です。
毛利家は武田家の勢力拡大に、警戒態勢を取り始めます。ただ毛利家は、まだ尼子家という最大の敵がいるので、情報収集止まり。
ちなみに毛利隆元について調べてみたんですが、この方、実は内政チートだったんですね。隆元亡き後、毛利家年間の税収が4000石減少したという話があるらしいです。全ては大内家の英才教育が発端。経済特化型の大内家の強さが分かる逸話でした。
そして主人公こと二郎君は、将来を見据えての謀略開始。同時に忍び寄る不穏な気配。
前者はともかく、後者は次回、答え合わせ致します。まあ勘の良い方は分かるかな、とは思いますが。
それでは、また次回も宜しくお願いします。




