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今荀彧編・第八話

 今荀彧編・第八話更新します。


 戴いた感想の中で『読みにくい』という物があったので、所々一行空けてみました。会話主が複数いて誰の発言か分からない、というのも有ったので意識して直してみたつもりです。

 問題が有ったら、また変えてみますので教えてください。


 話は変わりますが、今作を投稿した日にロード・エルメロイⅡ世の冒険2巻を買って読みました。

 そして思った事。

 『何でこんなに読みやすいんだろう?』

 

 本当に、文を書くって難しいです。


弘治三年(1557年)六月、伊勢国、蒲生定秀――



 二郎(武田信親)殿の奇策を見届ける為、儂は長島を見下ろせる山の上に少数の護衛達と潜んでいた。そして一部始終を見届けたのである。


 「……御見事」

 眼下では武田騎馬隊による蹂躙が始まっている。主力の百姓兵は大半が濁流に消えた。寺も砦も守る者は少数だろう。いや、少数どころか皆無と言ってよいに違いない。北伊勢陥落は時間の問題だ。

 これにより、北伊勢は武田の支配下に入る。長島一向衆は願証寺を落とされ、住職父子も殺された。旗頭を失った事により、一向衆に恐れを抱いていた国人衆は確実に離反。門徒達も信仰心が篤くない者は同じように離反するだろう。

 篤い者は頑なに反抗して、武田騎馬隊の前に踏み潰されるか、石山あたりに逃げ込むと言った結末を迎える事になるな。


 「それにしても、全く考えもつかんかった。このような攻め手を講じるとは」

 「なかなかの物であろう?」

 顎を撫でながら呟いていた儂の耳に飛び込んできた聞き覚えのない声。咄嗟に振り向くと、そこには壮年の鎧武者と、護衛と思しき者達。そして鎧には武田菱。

 鎧武者は笑みをこちらへ向けてはいるが、明らかに上に立つ者としての貫禄を漂わせている。なおかつ武田菱とくれば、該当者は一人しかおらぬ。

 刀を抜きかけた護衛を慌てて制した。無礼があってはならぬ。


 「御初に御目にかかります。武田家当主、大膳大夫晴信様とお見受け致します」

 「蒲生下野守殿だな。二郎から聞いておる。六角家随一の知恵者だとな」

 「お恥ずかしい。此度の攻め手を見て、我が知は及ばぬと思い知らされました」

 これは本音だ。飛騨から越中へ攻め込むぞ、という演技まで見せて、僅か一晩で美濃を乗り越えての奇襲攻撃。それに加えて、まさかの地の利の逆利用と水計で一向衆を一掃とは……儂では到底、真似は出来ぬ。世の中には天才と言うべき者がいるものなのだな。

 これが本当に盲に出来る事なのか?

 盲故に陣頭指揮は出来ぬというが、それを補って余りあるほどの知恵だ。


 「我が主も、この報告には腰を抜かしましょう。正直、某も夢でも見ているのではないかと不安になってきました」

 「はっはっは。下野守殿は面白い事を言われる。ところで、一杯どうだ?駿河の澄酒だ」

 「頂戴致します」

 なんと大膳大夫(武田晴信)様自ら酒を注いで下された。これほどの戦を肴にした一杯、終生、忘れる事はないであろう。

 クイッと一息に呷る。

 ふと、思いついた事があった。


 「大膳大夫様、一つだけ質問を御許し願います」

 「良かろう、何を訊ねたいのだ?」

 「二郎殿の事で御座います。大膳大夫様は、どのようにして二郎殿を育てられたので御座いますか?単に兵法書を学ばせたりしただけでは、ここまで成長はしないでしょう」

 大膳大夫様は、ニヤリと笑みを浮かべた。そして、改めて長島城の方へと視線を向ける。

 そこにいる筈の、次男坊を見ているかのように。


 「俺はあれをやれ、これをやれ。そんな事すらもしなかった。なぜなら、二郎は自らの意思で書を読み、体を鍛え、民の生活を体験し、文を交わす事を行ったからだ。俺がやったのは、二郎の問いに答えてやる事と、二郎が望んだ物を用意してやる事だけだったのだ」

 「真に御座いますか……幼い頃から、傑出した才をお持ちだったので御座いますな」

 「才、か……才であったのならば、二郎ももっと楽に生きられたのかもしれんな」

 その時、大膳大夫様の顔に浮かんだ感情は、一体、何だったのであろうか?後悔、とは違った気がする。負の念でもない。だからと言って、喜びや楽しみといった物でも無い。

 敢えて言うなら、それら全てがごちゃ混ぜになった、複雑、とでも言うべき物。


 「下野守殿、二郎は我が荀彧、王佐の才たる男。武田は強いぞ?」

 「肝に銘じます。両家がともに栄える事を願います」

 「うむ、それでよい。その澄酒は餞別だ。俺はここにいない事になっておるのでな、一足先に失礼させて貰う。ではな」

 速きこと風の如く、だったな。孫子の教えのように、あっという間に消えてしまった。二郎殿もそうだが、大膳大夫様も油断できぬ御方だ。武田の牙が六角家に向かわぬよう、慎重を期する必要がある。

 一度、長島を見てから頭を振る。やらねばならない事があるからだ。


 「城へ戻るぞ。御屋形様にご報告せねば、な。二郎殿は武田の荀彧である、と」



弘治三年(1557年)六月、三河国、岡崎城、酒井忠次――



 「小五郎、真なのだな!」

 「はい。数日前、太郎(武田義信)様を総大将として、二郎(武田信親)様が伊勢長島を壊滅させたそうにございます。夜の内に木曽川を筏で下って飛騨から奇襲攻撃を仕掛けて長島城を占拠。そこで時間を稼ぎ、予めせき止めておいた長良川と揖斐川の濁流による水計により、一向衆は万単位で死者を出したとの事。一向宗の寺も全て灰燼となり、国人衆も次々に武田家へ鞍替え。最早、一向衆が巻き返す事は不可能だろう、との話に御座います」

 「飛騨から川を下り、美濃を飛び越えて伊勢長島を奇襲!?そんな事が可能なのか?」

 殿の仰る通りだ。私もその報告を受けた時、驚きで声を出せなかった。それほどの衝撃を受けたのだ。

 だが指摘されて初めて気づき、そして道理であると納得した。

 いや、納得せざるを得なかった。

 恐らく、日ノ本に住む者で初めて、その事実を戦に利用された御方であろう。


 「それだけでは御座いませぬ。その後に中州以外の一向衆の主要拠点も、総大将を務められた

太郎義信様の率いる騎馬隊によって占拠されて御座います。恐らく、いえ、間違いなく二郎様の御考えによる物で御座いましょう」

 総大将は太郎様とされているが、実際の所は二郎様の差配だろう。だが武田家の嫡男であり、次期当主である太郎様の功績としたいと思われる。二郎様の事だ、御自身の評価を高めたくないのだろう。

 あの御方は、兄君である太郎様を常に立てておられるからだ。


 「すごいな、二郎様は。あの御方の高みには手が届かぬ。どうすればよい、小五郎?」

 「ご案じ召されるな。殿には我ら三河侍がついております。皆で御支え致しますれば、どうかお気を強くお持ちください」

 「そうだな。確かにその通りだ」

 ならば、まずはこれからどうするかを考えねばならぬ。やはりまずは三河の掌握だ。足元が揺らいではどうにもならん。まずは殿に与えられた所領、即ち三河を発展させる。それには、参考になる物が……


 「小五郎、与七郎を呼べ」

 「数正をでございますか。何か思いつかれたので?」

 「そうだ。与七郎には浜松を始めとして遠江を見てきてもらう。そして三河の発展を促すのだ。出来る事から始めればよいのだ!」

 そうだ、それが良い。確かに殿の仰る通りだ。どのような事であれ、弟子とは師匠を模倣するところから始める物。そして殿にとっての師匠は二郎様だ。

 何より幸運なことに、この三河領は遠江の近く。こんな大事な事に、今更気づくとは。

 学ぶのだ。殿だけではない、この私も学ばねばならぬのだ。殿を信じる三河衆の為に、殿も私も成長しなければならんのだ。



弘治三年(1557年)七月、近江国、足利義輝――



 「伊勢長島が壊滅したという噂、真であるか?」

 信じられぬ。一向一揆は諸大名ですら手を出しあぐねる者達の集まりだぞ?長島にしても、もう五十年ほど自治を行っていたと聞く。それをたった一晩で落とすなど、信じられぬ。信じられぬが……


 「攻め手の総大将は武田太郎義信殿、先陣は武田二郎信親殿が務めたと聞いております。長島城のある桑名郡の敵対した者達は皆殺しにあったとの事です。桑名郡周辺の者達も、武田軍の追い打ちの前に降伏した模様で御座います」

 「門徒達が降伏?ありえぬであろう。あの者達は死ねば極楽浄土へ逝けると心の底から信じる者達の集まりと聞く。そのような者達が、どうして降伏を?」

 「公方様の仰る通りです。まず寺の坊主達は突然の出来事にまともに対応できなかった、との事。その理由は、戦慣れした坊官が留守にしていた事によると推測致します」

 ふむ、納得できる理由だな。一向衆が戦をするときは、戦慣れした坊主――坊官が指揮を執ると聞いた覚えがある。その坊官がいなかったとなれば、残っているのは無力な坊主だけになる。対応できなくても当然だな。

 何故、留守にしていたのか。その理由については気になるが。


 「しかし、どうして奇襲を許した?長島は川の中州。守りやすい、天然の要害の地であると聞いていたが?」

 「真に信じられぬ話ではありますが、飛騨から美濃を越えて、伊勢長島へ奇襲を仕掛けたというのが真相のようでございます。飛騨から長島城まで繋がっている木曽川、これを経路として一晩で移動した、と。詳細は現在、調査中に御座います」

 「……信じられぬ方法で落とした物だな……よい、兵部大輔(細川藤孝)、事実について調べる事を改めて命じるぞ」

 木曽川を一晩で降って、奇襲攻撃。戦慣れしていた坊官は不在。これが偶然とは思えぬ。ならば坊官不在も策であったと見るべきだな。

 しかし、このような策を立て実行してのけるとは。

 これほどの軍略を立てうる知恵者を、武田家は抱えているという事になるな。

 噂に聞く、武田晴信の懐刀という、山本某という男かもしれぬ。

 

 「御命令、承りました。話を戻しますが、奇襲により長島城、願証寺等の中州主要拠点は一晩で全て陥落。坊官のいない一向衆は烏合の衆となり、思い思いに武田家へ反撃を仕掛けては撃退される、という事を繰り返しました。そこへ武田家が更なる挑発を仕掛けて、一向衆は一斉に川を渡って全面攻勢に転じます」

 「挑発?何をしたのだ?」

 「願証寺住職、証恵・証意父子を一向衆の眼前で火炙りにしてのけた、との事」

 それは激怒するのは当然であろうな。おおかた、一向衆は坊主を助けようとしたのだろう。しかし指揮官である坊官がいなければ、組織だって動く事は出来ぬ。

 武田家にしてみれば、数が多いだけの相手だったのであろう。

 見事な物だ。この相手の心の裡を読み切った策。老獪さを感じる。やはり山本某とかいう輩の仕業に違いあるまい。


 「一向衆の兵力は、二万以上。対する武田家は六千五百。ですが武田家はこの事態になる所までを読み切っていたようで御座います。敵対した門徒達を水計によって、海へと押し流しております」

 「海へ押し流した、だと?」

 「はい。どこの川かまでは某も把握できておりませぬ。武田家は長島に流れ込む川の上流部を堰き止めて、鉄砲水を起こす準備を整えていたので御座います。後は狼煙で合図を送り、それを見た待機兵が堰を切れば……」

 なるほど、大した物だ。住職父子を激怒させたのも、鉄砲水で敵兵を大量に押し流す事が目的だったという訳か。

 ここでも坊官という指揮官のいない事が、計略の成就を手助けしておる。

 少しでも戦勘のある者がいれば、怪しいと睨んだかもしれぬな。

 となると、やはり坊官がいなかったというのも、武田家、いや山本某とかいう輩が仕組んだ一連の策の一つと見るべきか。実に恐るべき男よ。

 武田大膳大夫晴信、まだ若いが名将と聞く。やはり抱えている家臣も有能なのであろうな。

 実に羨ましいわ。


 「最後に、桑名郡周辺を総大将の太郎(武田義信)殿率いる武田騎馬隊が攻めております。太郎殿は慈悲深き大将として名高く、先陣を務めた弟の二郎(武田信親)殿とは真逆の評判を持つ御仁。故に、門徒達にとっても降りやすかったのかもしれませぬ」

 「だが、門徒達が降るのか?死ねば極楽往生と謳っておる連中だぞ?」

 「これは某の推測になりますが、理由は二つあると存じます。一つ目は信仰心の篤い門徒達は、大半が此度の争いで命を落とすという結末を迎えた為。二つ目は桑名郡周辺の門徒達は、そこまで信仰心の篤い者達ばかりではなかった為であると存じます」

 確かに一向門徒達は信仰心が篤いと聞く。だが全ての者達が、そうとは限らぬ。大名に支配されたくない、重い税を取られたくない、厳しい土地から逃げてきて行き場が無い、そんな考えを持つ者達がいてもおかしくはない。そういう者達ならば一向宗の教えに殉じる事無く、生きる為に下ったとしても不思議はない、か。


 「武田家は敵対する信仰心の篤い門徒だけを効率よく殺した、という事か」

 「御意」

 「そして残った信仰心の薄い者達を支配する。よく考えておるわ」

 後から来た、信仰心の薄い者達に家や田畑が与えられるとすれば、離れた場所を与えられるだろう。利便性に優れた良き地には、古参の者達がいるからだ。

 長島の場合、後から来た者達は北伊勢でも、長島から離れた場所――桑名郡周辺に住んでいた、と考えるべきだな。

 そこへ攻め込んだのが、慈悲深いと評判の武田義信。

 なるほど、見事だ。それならば、降ったとしても不思議はないであろうな。

 そこまで読み切ったとは、やはりとてつもない力量を持っていると見るべきだな。山本某という男は。


 「周辺の国人衆にも一向宗を信じるは多く御座いますが、武田と矛を交える覚悟は無いように御座います。彼らも武田に臣従したらしく、どこからも批判の声は上がっておりませぬ」

 「……石山は?」

 「本願寺からは非難の声が上がっております。しかし法主である顕如は父の後を継いだばかりの十三歳。寧ろ、周りが動いたと見るべきかと。しかし、具体的にそれ以上の事は叶わぬでしょう」

 兵部大輔の申す事は尤もだ。

 石山は武田家を非難するだろうが、それ以上の事は何も出来んだろう。それにこうも短期間で三河、伊勢長島と立て続けに失ったのだ。石山は権威を維持する事に必死になる筈だ。

 その為に、石山がどう出るか。武田家に対する非難以外で出来る事があるとすれば、戦で勝利を掴むか、或いは天下に対して功績を挙げるか……

 ふむ、良いやもしれぬ。

 武田に上洛を命じ、石山には三好の背後を牽制させ、そして余は帰洛を果たすのだ。

 石山には、余が帰洛を果たしたらその功績を天下に知らしめると約束しよう。

 武田は破竹の勢いで領地を拡大しておる。しかも武田は名門の一族であり、正当な甲斐守護職の家だ。陪臣の三好如き、単純な武力であっても鎧袖一触であろう。

 その上、そこに山本某というとてつもない軍才を秘めた男の知略が加わるのだ。

 これはもう、必勝と断言しても構うまい!


 「兵部大輔、其方、武田に伝手があると申しておったな?」

 「は、仰せの通りに御座います」

 「上洛を命じよ。三好を武田に討伐させるのだ!」

 うむ、よき考えだ。足利将軍家たる者、いつまでも京を留守にしてはならぬ。三好を討伐し、京へと舞い戻るのだ!



弘治三年(1557年)七月、近江国、観音寺城、六角義賢――



 「……以上が、長島攻めの顛末に御座います」

 下野守(蒲生定秀)の報告は、皆から言葉を失わせていた。俺自身もそうだが、元服したばかりの右衛門督(六角義治)も言葉を失っていた。

 いつも強気な息子にしては、珍しい事ではある。

 その程度『俺にも出来る!』ぐらいの事を言い出すかと思っていたのだが。


 「北伊勢国人衆は武田家に靡きましょう。慈悲深い大将と評判の太郎(武田義信)殿がいる間に降伏しようとしても、おかしくは御座いませぬ。下手に抵抗すれば、皆殺しで名高い二郎(武田信親)殿が出陣してきます故」

 「さすがに責める事は出来ぬだろうよ。となれば我ら六角家としては、ますます武田家との友誼を深めるべきであろうな」

 「仰せの通りに御座います」

 以前、武田家の姫である園姫と、右衛門督との婚儀を口にした但馬守(後藤賢豊)が重々しく頷いた。

 他の者達も同じか。皆、満場一致で頷いておるわ。


 「それにしても、飛騨から美濃を飛び越しての奇襲攻撃。更に水計での一掃とは。二郎殿の頭の中身が不思議でならぬわ。あの時に提示された三つの条件、全てがこれらを計算済の事であったのだろうな」

 「恐るべきは、まだ二十にもなっておらぬという事。ですが武田家当主、大膳大夫(武田晴信)様も大した御方で御座いました。某が秘密裏に潜んでいた山を調べだし、少数の護衛だけを引き連れて某に接触を計って来たので御座います」

 「そのような事もあったのか。虎の子は虎、という事か。猛将、名将、知将と三代続けて名を馳せる男が生を受けたとは。武田家は恵まれておるな」

 隣に座っていた右衛門督がギリイッと歯軋りしたのが分かった……それではいかぬ。嫉妬するなとは言わぬが、学ぶべき所は学ばねばならぬ。

 俺も怠惰であった己を恥じ、変わろうと励んできたのだ。この目が黒い内に、少しでも其方を成長させてやりたいのだがな。


 「父上」

 「どうした、次郎(六角義定)。其方には発言を許した覚えはないぞ」

 「申し訳御座いませぬ、どうしてもお願いしたき儀が御座います」

 ふむ、話だけなら聞いてやっても構わぬが。

 次郎もまだ七つだ。幼い面があるのは当然と言えば当然。

 余程の無理難題でなければ、我儘を叶えてやっても良いか。


 「文を書きたいのです。武田家の二郎殿に」

 「二郎殿とか?」

 「はい、駄目で御座いますか?」

 皆が『なんと』と驚いたように声を上げていた。だが悪い話ではない。

 幼い頃から、色々と体験するのは良い事だ。特に文を書いていれば、自然と読み書きにも長じる事になるし、言葉遣いについても自然と身に着ける事が叶う。

 何より、武田家との結びつきを強くする事になるのは大きな利と言えるな。


 「……そういえば、武田家の二郎殿が下野守と文を交わしたのも、七つぐらいであったか?」

 「はい、確かそれぐらいの頃であったかと存じます」

 「良かろう、段取りは整えてやろう」

 「お待ちください、父上。次郎はまだ字が拙う御座います。恥を晒す事になるやもしれません」

 右衛門督の言う事にも一理ある。だが、二郎殿がそれを嘲るような事はせんだろう。

 武田家当主、大膳大夫殿も同じだ。

 武田二郎という盲の幼子が、必死になって文字を覚えたという逸話。

 その当事者と、それを間近で見ていた父親が、幼子の努力を馬鹿にする訳が無いからだ。そのように器の小さい男であれば、ここまで御家を大きくする事は叶わぬ。


 「構わぬ。次郎が恥を晒すことは無い。武田家の方々は、盲であり幼子であった二郎殿が必死になって文字を覚えた姿を目の当たりにしているであろう。それを笑えば、かつて二郎殿を嘲ったという今川家家臣達と同等と言う事になる」

 「ですが!」

 「良い、俺に任せよ」

 しかし、右衛門督には困ったものだ。いずれは俺の跡を継がねばならぬと言うのに。どうやって諭してやるべきかな……


 今回も、お読み下さり、ありがとう御座います。


 剣豪将軍様については、少し遊びもいれています。この人、主人公という存在を知らないからです。その状態で武田家の長島攻めの顛末を聞けば、まあこうなっちゃうかなあ?と考えました。主人公は筆頭軍師でも、まだ表沙汰にはなってませんし。

 あくまでも戦では冷酷非情な暴君、治世は民政家、というだけですからね。


 そして将軍様の思い付きで実行に移される上洛要請wすっげえ迷惑な話です。

 少しは我慢しろよ、とみんなが思うでしょうねえ。

 

 次回は後日談其の二。文章量が中途半端だったので、2つに分けてみました。

 場合によっては上洛準備まで行くかもしれません。


 それでは、また次回も宜しくお願いします。


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― 新着の感想 ―
義治……観音寺騒動だけは起こしてくれるなよ?(フラグ)(笑)
[一言] ダイナミック過ぎてワクワクする長島攻略でした。 そして、武田、六角、松永も、幕府を見限ってることで同意してるのも面白い。
[一言] 六角崩壊ルート回避かな? 六角の当主改心で回避は珍しいかも、残ってもその後で出てこないパターンが多いので… 楽しみにしてます。
感想一覧
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