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今荀彧編・第三話

 今荀彧編・第三話投稿します。


 総合評価1万が見えてきました。今後も、是非、応援宜しくお願いします。


 それと新キャラ登場。今回は純粋だったころの表裏比興の御方です。


天文二十四年(1555年)五月、遠江国、浜松城、ゆき――



 今日も二郎様は、いつも通りに領内の仕置に専念されておられました。

 戸籍の作成、銭での納税への切り替え、それに伴う換金作物――特に油菜と木綿の二毛作、各地の特産品やサツマイモ栽培の奨励、大きな河川からの用水路作成による新たな農地の確保と言った所で御座います。


 戸籍の作成は各地の村長頼りになります。字が書けない場合は、こちらから人を手配させて戴きますが、それも今年中には終わらせる事が可能でしょう。

 銭での納税切り替えですが、二郎様は向こう五年を移行期間と定められました。それまでは人頭税で納税するも、米で五公五民で納税するも自由だ、と。単純に考えれば、広大な水田を有する者ほど人頭税の方が得ですが、どれだけの者達がこれに気付くのでしょうか?気付いてしまえば切り替えは一気に進む事になるでしょうが。

 換金作物の奨励は、作りたいけど何を作れば良いのか分からん、と言う人達への説明も兼ねております。油なら武田家で買い取りますし、木綿なら流れの商人が買い取ってくれる、一反でおよそ八貫文稼げるぞ、という内容です。お陰で遠江は油菜と木綿栽培で沸き立っております。

 油造りに必要な玉絞り機は各村の共同設備として設置中で御座います。大まかな説明としては、一番下に中が丸くなっている石臼。そこに嵌まる大きさの半球状の石があり、油菜の種がその間で潰されて油になります。半球状の石の上には大きな木枠と、内側に小さな木枠。形状としては大きな升を想像すれば良う御座いましょう。小さな木枠は一辺が半間を少し超える程度の板を組み合わせた物。これの中に水を入れて重しとします。木枠が二重なのは、万が一、木枠が壊れた時を考えたからである、との事。後は絞り終わったら栓を抜いて水を抜くだけ。二郎様が仰るには、水なら子供でも作業できるだろう、との事でした。


 そんな中、浜松城周辺では二郎様主導により大豆の栽培も奨励され始めました。大豆を浜松城で買い取るぞ、という触れも出ております。これは油菜や木綿と同時進行で行われております。

 何で大豆なのか。それは二郎様が『醤油』と呼んでいる物の量産を始めたからです。既に神屋や友野屋だけでなく、堺からも噂を聞きつけた商人が買い付けに来ているとの事でした。特に神屋と友野屋は浜松城城下町に店を出したと聞いております。今後、大きく発展すると考えているのでしょう。


 内政に励んでいるのは、直轄地だけでは御座いません。

 松下様の領地では、黒糖の本格的な量産が始まったそうです。二郎様が手を回し、御屋形様を通じて献上品指定して頂く根回しも進めている、との事。年明けには許可が下りるだろう、との事で御座いました。

 相良の井伊家は早速、塩で銭を稼ぐ方針を実行に移しているそうです。拠点を完全に移すよりも早く、商隊を用意して信濃に向かわせたと言う報告を受け取った二郎様は、随分と大笑いされておられましたね。それはそうとして、相良の商隊は頻繁に塩を持って信濃目指して歩いていく、との事。相良はこれからますます繁栄するでしょう。

 代官である直盛殿が差配する井伊谷は、以前に二郎様が手配した焼酎作成の職人達が残って製造を続けております。代々、住み続けたこの地を離れたくない、という思いを持っている方々。いずれ井伊家の血を継ぐ者にこの地が返還される事も聞いております。皆、いずれ次郎法師殿を驚かせようと頑張っているそうで御座います。


 逆に進んでいないのは、用水路で御座います。

 用水路作成は、まだ計画中の段階である為です。人をやって、水が有れば有望な土地になる。未だにそういう土地を探している最中なのです。やはり銭を使うからには、見返りの大きい土地が良いという事なのでしょう。二郎様曰く『費用対効果を考えねばならん』との事。最初は意味が分かりませんでしたが、二郎様が書いて下さった文字を見て意味が理解出来ました。確かに重要な考えで御座います。

 そして最近の事になりますが、私の所属する秘書方に新顔が追加されました。それもまだとても幼く御座います。


 「源五郎殿、次はこちらです」

 「はい、わかりました、ゆき殿」

 「源五郎殿は本当に良い子ですね。私も助かっておりますよ」

 私の後ろについて帳面を運んでいる子は真田源五郎殿。今年で八歳。信濃を差配する真田様の三男にあたる御方。今はこの浜松城で、二郎様や私と一緒に暮らしております。

 なんでも源五郎殿は生まれつき聡明であった為に、真田様が二郎様の政のやり方を習得させたいと考えられたとの事。三男である為、継ぐべき御家も御座いません。ですが政を得手とするのなら、道は拓けるだろう、との事で御座いました。まだまだ親に甘えたい年頃だろうに、と可哀そうにも思ってしまいます。

 同じぐらいの年の頃、私は……兄上の傍にしがみついておりましたね。

 その事を思い出す度に、まるで可愛い弟が出来たみたいで嬉しくなってしまうのです。内緒で芋飴をあげたりもしてしまいました。素直に喜んでくれるのが、とても嬉しいのです。


 「二郎様、帳面をお持ち致しました」

 「御苦労。後ほど確認する。ところで中食にしよう。二人も一緒に食べようか」

 最近、私達三人は一緒に食事を摂っております。源五郎殿も最初は驚いていておりましたが、今はすっかり慣れてしまいました。

 『ここにいる間、其方は俺の家族だ』

 二郎様の言葉が余程に嬉しかったのでしょう。源五郎殿は二郎様に懐かれてしまわれました。今では私が不在の時には、二郎様の先導役を務めたりもしているとの事。侍女達からの源五郎殿の評判も良う御座います。大半は『可愛らしい』という物で御座いますが。

 親である真田様からも頻繁に文が届いております。中には内政に関する話題もあったりしますが、二郎様は親身になって応じておられるようです。真田様宛の文は源五郎殿に代筆を命じておられる為、真田様からも息子の糧になると喜ばれているとの事で御座います。


 会話を楽しみながら(源五郎様はまだ不慣れなようですが)中食を進めます。本日は玄米とサツマイモの混ぜご飯、野菜の味噌汁、大根の漬物という組み合わせ。二郎様は意外と粗食が御好きなので御座います。肉や魚も好まれますが、単純な味噌汁が一番好きなのだそうです。

 ちなみに味噌汁の出汁は煮干しになります。

 海で採れる鰯を砂浜で一月ほど放置して乾燥させた物が干鰯と言われて、畑の肥料として珍重されておりました。それを聞いた二郎様が『海水で煮てから五日ほど干した物を持ってきてくれないか?』と注文を出したのが一月ほど前の事。そして運び込まれたそれを賄い方に持っていき作らせたのが、この煮干し出汁の野菜味噌汁。正直言って、美味しゅう御座います。源五郎殿もすっかり気に入ったようで、お代わりをしている程ですからね。


 「二郎様。この煮干しですけど、商品として販売できるのでは御座いませんか?」

 「……可能だな。漁師に販売させて収入を増やしてやろう。腐らないよう、幾度か作らせる必要はあるがな。産業支援担当の山から人を派遣させるとするか。椎茸に代わる安価な出汁取り商品として使える筈だ。試作品が出来たら、御屋形様にも献上するとしようか」

 「山の方々も充実しているようです。色々と新しい物が作れると喜んでいると伺っております」

 二郎様が満足そうに頷かれました。

 ちなみに二郎様は目が悪い為、食事は非常にゆっくりです。魚を好まれますが骨を取れない為、私が代わりに骨を外しております。

 そんな二郎様が特に好まれる魚は、鰯のような小魚であるそうです。骨を取る必要もなく、頭から食べられるから楽だと仰せになられておりました。

 ……骨ぐらい、私が取って差し上げますのに。


 「二郎様、中食の後はどこへ行かれるのですか?」

 「山や雷に命じた新しい物や設備の進捗状況の確認だ。そうだ、源五郎はもっと大きくなりたいか?」

 「はい!」

 元気の良い返事です。

 まだ小さな体を目一杯使って、全身で二郎様の問いかけに答えられました。

 その姿を見ていると、こちらも心が温かくなります。


 「煮干しを毎日に一匹か二匹、食べると良い。以前書物で読んだのだが、小魚を骨ごと食べ、日差しに当たりながら体を動かす事で、背が大きくなるそうだ」

 「本当に御座いますか!?」

 「少なくとも書物にはそう書かれておった。ただこれは年齢に制限があるみたいでな、俺ぐらいでは手遅れらしい。だが源五郎なら十分に間に合うだろう」

 『毎日食べます!』という源五郎殿の言葉に、二郎様がにこやかに笑われました。まるで兄弟のようですね。源五郎殿も、二郎様を兄のように慕っている為、猶更、そのように思ってしまいます。

 本当に楽しい日々で御座います。こういう日が続けば良いのに。



天文二十四年(1555年)五月、遠江国、ゆき――



 中食の後、私は二郎様、源五郎殿、護衛役の兄上とその配下の兵十名ほどと共に場外にある山の研究施設と呼ばれる場所へと赴いた。

 建物自体は華美な装飾の無い、質素な造り。完全に二郎様の命に従って、研究する事だけを目的とした建物であり、敷地もかなり広く取られておられます。


 「邪魔するぞ、調子はどうだ?」

 「二郎様、本日は良いご報告が出来ます!」

 「それは良い、期待させて貰うぞ」

 この施設の管理責任者であり、山に所属している侍大将の浜名鶴貞殿が二郎様を出迎えられました。浜名と言う姓は浜名湖から取られた物であり、こちらに二郎様が異動されてから侍大将に任じられた、元・孤児の第二期生で御座います。

 年の頃はまだ若く、私よりも五つほど年上。

 それでも浜名殿の待遇は格別な物であると申せます。そのお陰で、浜名殿は日々の御役目にも懸命に励んでおり、二郎様の御期待に背いた事は一度も御座いません。


 「まず新たな炭として命じられた竹炭から説明させて戴きます。鍛冶師に見て貰いましたが、鍛冶に使うには火力は弱い、だが燃焼時間は長く感じる。煮炊きに使うなら十分だろう、との事で御座いました。通常の炭と比較も致しましたが、竹の方が長く燃えるのは間違い御座いませぬ」

 「竹の栽培についての目途は?」

 「問題御座いませぬ。この周辺でしたら天竜川の川沿いのような、農作に使えぬ堤防のような土地を利用できます。二郎様がお取り寄せになられた、明の竹を植える予定でおります」

 確かに竹は成長が早い、と聞きます。火力は低くても、賄い等で使うなら十分なのでしょう。木よりも簡単に入手できるし、作れる炭の量も増えます。結果として炭の価格を抑えやすくなる効果も御座います。

 特に浜松城は、二郎様が居城と決められた事により、人の流入が始まった城下町を持っておられます。炭の安定供給は、国を支える重要な要因となりましょう。


 「ゆき。竹の計画的な増産計画を後で考える。忘れぬよう、記録をつけておけ」

 「心得ました」

 携帯用の筆と墨壺、小さな紙の束を取り出し、サラサラと書きつけます。

 これも私の重要な役目。二郎様の目となり、手となって支える事。

 いかなる事であっても、疎かにする事は許されませぬ。


 「次に水晶を用いたレンズで御座います。こちらが試作品、大小の組み合わせで五組出来上がりました。ご覧ください」

 「ふむ、手触りは俺の想像通りだな。ゆき、試しにこれを使ってみてくれ」

 「分かりました」

 これがレンズ。

 凸型で大きく薄い物と小さく厚い物。以前から二郎様が作りたがっていた物。試しに自分で書いた文字を見てみるが……逆?

 もう一度、見直してみましたが、やはり逆のままでした。


 「二郎様、これは欠陥品です。文字が上下逆様になります」

 「なに、それで良いのさ。ではそのレンズを大小一組として、以前作らせておいた木の筒に嵌めてくれ。大小のレンズの間の距離を調整することで、とても見やすくなる距離があるからな」

 「調整が必要なので御座いますな。では調整させておきます。平八!これの調整を頼む」

 まだ二十にも届かないような、若い男が奥から姿を見せました。この者が平八なのでしょう。

 平八はレンズを受け取り指示を受けます。

 すぐに内容を理解出来たのか、少し時間を下さいと言って奥の作業場へ消えました。

 

 「時間がかかるだろう、次を頼む」

 「はは。次は玻璃で御座います」

 玻璃?それは何だろう?正直、聞いた事が御座いませぬ。

 少し興味を惹かれた為、二郎様の肩越しに何が出てくるのか、期待しながら覗き込んでしまいました。

 出てきたのは、布を敷いた更に乗せられた、透明な物で御座いました。ただ赤みが混じっておりますね。


 「こちらが試作品で御座います。今は透明度を上げるため、材料を変えながら試行錯誤をしております」

 「ゆき、これはどんな色あいだ?」

 「赤みがかった水のような感じで御座いましょうか。肌触りはとても滑らかですが」

 綺麗だ。こんなの見た事が無い。

 ついつい手放すのが惜しくなってしまいますが、グッと堪えて更に戻しました。ですが、二郎様はこれをどのように使われるので御座いましょう。

 朝廷への献上品に使われるのでしょうか?


 「色が混じっているというのなら、それは砂の中に不純物が混じっている為だろう。砂を川で洗ってみると良い。金属は砂より重い。皿に載せてかき回すようにゆっくり洗えば、砂だけが流れに乗って皿の外に流れ出る。それを別の皿で受け止める、というのも手だろう」

 「心得ました。直ちに取り掛からせます」

 「あとは、そうだな……貝殻を細かく砕いた物を焼いた石灰を、砂に混ぜ込む、という方法もあるらしい。ただどんな貝殻なのか、どれぐらいの割合で混ぜ込めば良いのか。その辺りまでは覚えておらんのだ。済まぬが、色々試してみてくれ」

 浜名殿も大変で御座います。

 ですが、これも武田家にとって必要な事。二郎様が無駄な事を為される訳が無いからです。

 浜名殿の顔が責任感で引き締まるのがよく分かりました。


 「灰についてだが、海水に平気な地上の植物の灰も確保は出来たか?」

 「ははっ。半年分は確保できております。今後はそれらの植物も栽培しながら、灰を確保していく予定で御座います」

 「頼むぞ。水晶は全て透明とはいかぬ。何とかして玻璃でレンズを作れるようにしてくれ」

 『心得ました』と浜名殿が返事をする。どうやらこれまでの分が、浜名殿が直接携わったもののようですね。

 全体の指揮を行いつつ、自分でも直接携わる。どれだけ忙しいのか、素人の私には想像すら出来ませぬ。


 「次は硝石の件で御座います。担当者が製造場所におりますので、御案内致します」

 浜名殿の案内の元、外へと出る。

 少し歩いたところに、屋根だけ設置された風通しの良い場所が作られていた。

 ただ困るのは、若干、臭い事でしょうか?厠のような臭いが立ち込めております。


 「長治!二郎様が御越しになられたぞ!準備は出来たか!」

 「問題ありません!完成しましたぜ!」

 桶を手に走ってくる長治という若者。私は見覚えが無いので、恐らく第三期以降の孤児なのだろう。

 年の頃は私よりも少し年上という所でしょうか?朴訥そうな顔から、本来なら百姓として生きていても不思議は無い、そう思わせるような方で御座います。


 「見て下せえ!まだ一部では御座いますが、これだけ採取できました!」

 桶に入っているのは大きな白い石。

 見た感じ一貫の半分ぐらいはあるようです。結構な量ですね。

 

 「甲斐から運んできた原料をこちらに移し替えて、継続した結果です。やっと日の目を見る事が出来ました」

 「うむ。触った感じ、相当な量だな。よかろう、では東にある猿投の浦(佐鳴湖)の近くに土地を与えるので、そこで継続的に製造開始だ。甲斐から持ってきた土も、硝石採取後にそちらへ移動するように。ただし表向きは百姓へ提供する肥料製造場所だ。精製は一次精製した物を肥料に紛れて持ち出し、浜松城の城内で二次精製を行うとする」

 「心得ました」

 長治殿が頭を下げます。


 「其方は長治と申したな。今の役職は?」

 「小物頭で御座います」

 「よし、ならば其方を足軽大将とし、今後は雷の所属とする。侍扱いとなるからな、姓もつけねばならん。それは其方の好きに名乗るがよい。決まったら浜名を通じて申告しろ。それから浜名、山から三名ほど長治につけて雷の所属に変更させろ。硝石作成に従事させる。ただし表向きは肥料作りだ。そちらも成果を出してもらうぞ?」

 「有難き幸せに御座います!」

 ついに玉薬の本格製作開始で御座います。

 ただ玉薬も今までと違う物を作ると聞きましたが、一体、どのような物をお造りになられるのでしょうか?


 「次は揚水水車です。こちらにお越し下さい」

 案内された先は、西へ少し向かった先にある馬込川でした。

 街道からは少し外れた場所。そこに大きめの家が建っておりました。

 一見するとただの家。ただし中は違います。

 中はがらんどう。ただし一間ほどの高さの水車が御座いました。奇妙な事に、水車の両側に木でできた四角い壺のような物がつけられております。


 「では始めます」

 浜名殿が水車の脇にある、木の棒のような物を押し込まれました。

 すると水車がゆっくり下がり、小屋の中へ引き込まれていた川の流れに触れます。

 ゆっくり動き出す水車。そして両側に取り付けられた壺のような物から水が流れ落ち、高い場所から水が落ちてきました。


 「これで高い場所へ水を引き込む事が可能になります」

 「ゆき、高い場所へ水が出ているな?」

 「はい。大丈夫です」

 「よし、浜名。これを盗まれないように分解して山の研究施設で保管だ。用水路が完成したら、早速作って貰うぞ。あとは揚水水車と用水路を複数組み合わせて、より高い場所へ水を運べるかどうかも検討し、まずは模型で試作しろ。それが出来れば、小高い丘程度なら稲作も可能になる」

 言われて初めて、これの価値に気付きました。

 ただ水を引き込むだけでは御座いませぬ。やり方によっては高所へ水を運ぶ事も可能であったのです。それも人の手を介さずに、勝手に水を運び続けるのです。これほど便利な道具が御座いましょうか?


 「心得ました。平八も遣り甲斐のある仕事を任されて喜ぶでしょう」

 「これの担当も平八か。ということは木工は全て平八が担当か?」

 「御意に御座います」

 思ったよりも平八殿は大変なようですね。単に木工を得意とする者が少ないだけかもしれませぬが。

 後で二郎様に申し上げて、木工を得意とする者を増やすように進言させて戴きましょう。


 「次は茶の栽培に御座います」

 浜名殿が案内したのは、小さい畑で御座いました。

 広さにして、一反の半分にすら届かない程度。本当に小さい畑で御座います。

 そこには茶の木が植えられておりました。


 「二郎様が御取り寄せになられた茶の木の成木を植えております。しっかり根付いてくれたようで、来年には若芽を確保できるかと」

 「霜対策は?」

 「二郎様の御指示通りに行いました」

 一列に並ぶ茶の木。

 その両脇に、木の柱が一定間隔で設置されておりました。高さは茶の木より僅かに高い程度と言った所でしょうか。

 それにしても、この柱には何の意味があるのでしょうか?


 「茶の木の欠点は、春先の霜に弱いという点。二郎様の御指示通り、夜の霜は柱の上に戸板を置くようにする事で、防ぐ事が叶いました。あとはゴザを同じように使って比較試験を行いましたが、こちらも問題は見受けられませぬ」

 「民へ普及する際に、少しでも仕事の負担を減らせるように更なる改良を行うようにな。あとは茶の木だが、日光に当たる時間が長いほど渋味が、短いほど甘味が増すと聞く。そちらの比較試験も頼む」

 「心得ました。他にも何か御座いますか?」

 「確か、火で焙じる焙じ茶は、霜でダメになった若芽や、抹茶に使えぬ部分であっても材料として使えるそうだ。そちらの確認も頼む。これは賄い方と連携して対応すれば良かろう」

 『ははっ』と浜名殿が応じられました。

 お茶とは大変高価な物であると聞いております。薬として飲まれる方もいる、と。なのに霜で駄目になった程度で使わないなんて、勿体無さすぎますね。二郎様が焙じ茶をお考えになられなかったら、今後も捨てていたのかもしれませぬ。

 それにしても焙じ茶とは、普通のお茶とは違うのでしょうか?正直、どちらも飲んだ事が無い為、私には分かりませんね。


 「暫くは数を増やす事を優先にな。茶の実もそうだが、枝木の植樹による増産も試してくれ」

 「結果が出次第、再度、御報告させて戴きます」

 一通りの説明を終え、再び研究施設へ戻って参りました。

 丁度そこに平八殿が駆け寄ってこられます。


 「調整が終わりました、ご確認をお願い致します!」

 「ゆき」

 「では失礼して」

 受け取った木の筒を目に当ててみます。驚いた事に、本当に遠くが良く見えました。


 「凄いですね、空を飛ぶ鳥までハッキリ見えました。源五郎殿、見てみますか?」

 少しウズウズしていた源五郎殿に話し掛けると、源五郎殿は大きく頷かれました。

 渡された物を手に取り、目に当てられます。

 そして驚いたように声を上げておりました。


 「凄い!こんなにハッキリと……これは戦で使われるのですか?二郎様」

 「そういう使い方もあるな。物見が使えば敵陣を探る事も出来る。だが俺は他の使い方もするぞ。例のやつは出来ておるのか?」

 「はい、こちらです」

 私が使った物より、一回り、いや半分以下の長さしかない物を、平八殿が手渡して参りました。

 これを何に使うのでしょうか?思わず首を傾げてしまいます。


 「浜名、新型の種子島、狙撃銃を用意させろ」

 「はい、こちらに」

 雷が作っていた新型の種子島。二郎様は狙撃銃と名付けていたが、これはまた異形の銃だと思いました。銃身の長さは、通常の二倍は御座います。どう考えても取り回しは難しいでしょう。

 後ろに控えていた兄上達も、目を丸くしているのが見ずとも分かります。


 「平八、その照準器を新型につけろ。浜名、試し撃ちだ」

 「心得ました。狙撃用の三脚も準備してございます」

 再び場外へと出る、向かった先は見通しの良い馬込川の河原でした。先ほど同様、街道からは外れた場所。

 そして平八殿が的らしい物を持って駆けていきます。的との距離は目算で三町はあるでしょう。

 普通の種子島では、どう足掻いても命中は不可能だと分かります。


 「では私が射手を務めます」

 慣れた手つきで弾込めを行う浜名殿。

 河原に三脚を立て、銃身を載せて自身は平八殿が用意した戸板の上に寝そべるようにして銃を構えた。


 「撃ちます」

 轟音と共に放たれる弾丸。的は……遠くを見る事が出来る筒で確認させて戴きましたが、命中しておりました。見事に中央を貫通しております。


 「使い心地はどうだ?」

 「当て易う御座います」

 「よし、ならば成功とする。照準器の量産に入るのだ。それから大きい方、そうだな遠眼鏡と名付けよう。遠眼鏡は取り敢えず五つ作ってくれ」 

 浜名殿が心得ました、と返されます。

 二郎様は満足そうに頷き返すと、更に続けて口を開かれました。


 「平八には揚水水車の件も任せよう。浜名、後で説明をしておくように。それと平八、其方の役職は?」

 「小物頭です」

 「分かった。其方も本日から足軽大将だ。所属は山のまま。浜名、平八にも三名つけろ。それと長治と同じだ。姓が決まったら申告するように」

 「あ、有難き幸せに御座います!」

 平八殿が地面に膝をついて、頭を下げられました。自分の事が認められて嬉しいのでしょう。

 長治殿もそうですが、孤児だった私達にとって、認められるというのはとても嬉しい事なのです。自分がここにいる事を許された、そんな気持ちになるから……


 「遠眼鏡と照準器は、他の者に任せて良かろう。重要なのはレンズだからな、取り敢えず使用に問題が無ければ合格とする」 

 「お任せ下さい。必ず作り上げてみせます」



天文二十四年(1555年)六月、尾張国、清洲城、織田信長――



 「……なるほどな。三河、及び遠江にはすぐに軍を発する気配は無い、か」

 「仰せの通りに御座います。常備兵の募集は常時行っておりますが、米や味噌の価格が上がっているという情報は御座いませんでした」

 「分かった。五郎左(丹羽長秀)が申すのであれば、間違いはあるまい。武田も今は足場固め、松平も内乱からの回復で手一杯という所か」

 しかし、まいったわ。まさか竹千代の暗殺事件が起きるとはな。竹千代は片足を失ったと聞く。だが問題は、それによる悪影響だ。

 松平どころか、三河侍どもは武田二郎信親に心酔していると聞く。確かに自分達を追い詰めた一向衆を全滅させたとなれば、そちらに擦り寄るのは理解出来るが。


 「……全く、誰が企んだのやら分からぬが、お陰でこちらは頭が痛くて仕方ないわ」

 三河の騒動は、織田家にとって最悪の終わり方であった。

 一番都合が良いのは、武田家が一向衆を恐れて三河を見捨てる事。そうなれば織田家は一向衆の支配領域となった三河全体を東の壁とし、北は蝮の親父を頼み、尾張統一に専念。その後は海路で志摩へ上陸。北畠を攻めるという戦略があった。

 それら全てが崩壊したのだ。武田は間違いなく京を目指す。そして尾張統一すら出来ておらぬ俺では、太刀打ちは不可能だ。

 せめて武田家が種子島を有していなければ!


 「武田二郎信親!まさか十年も前に鉄砲鍛冶を招聘していたとは!どれだけ先を見据えていたというのだ!」

 近江の国友村に種子島五百丁を依頼した時、鍛冶師の長から聞いた話だ。

 十年前、当時はまだ幼子であった奴が、六角管領代を通じて鍛冶師を招聘していた、と。

 ゾッとした。あれは間違いなく、恐怖と言う感情だ。


 「五郎左、一益に命じて草に岩倉を調べさせろ。武田家が押し寄せる前に、尾張統一を成し遂げねばならぬ。それには情報が必要だ」

 「心得ました。しかしながら、末森はいかがされますか?」

 「今は手が出せぬ。尾張は三竦みだからな。まずはどちらかを封じてからにしたい所だ」

 背後を突かれるのだけは勘弁だ。

 舅殿に牽制して貰うのも手ではあるが、美濃国内も怪しい雰囲気と聞く。頼り切っては危険と判断すべきだ。


 「強いのは末森の勘十郎(織田信勝)だ。柴田が厄介極まりない。奴さえいなければ、どうにでもなるのだがな」

 「末森の家老として遇されておりますからな。調略もままならぬでしょう」

 「そう言う事よ。であれば岩倉から攻めるべきであろうな。末森を封じる為に、三河を利用すべきだろうが」

 その三河は内乱の悪影響から抜け出しきっていない。この状態で三河が攻めてくると流言工作を仕掛けた所で、引っかかる馬鹿はおらんだろう。

 ……騙し討ち、も手かもしれんな。

 戦で決着をつける事が出来ないのなら、それも考慮しなければならん。


 あとは常備兵を増やす。いずれ攻めてくるであろう、武田家から御家を守る、という大義名分を使うのだ。

 そして集めた兵力を以て、一気に岩倉を落とす。勘十郎には武田に対する盾となって貰うのも手かもしれんな。

 いや、それは悪手か。末森と那古野は近距離だ。間違いなくこちらも被害を受けるし、勢いそのままに攻め込まれる事も考えねばならん。

 やはり尾張統一は必須か。

 或いは、勘十郎に三河へ攻め込ませるか?いや、幾ら煽っても、そこまで馬鹿では無いだろうな。いくら何でも柴田や林が止めるだろう。


 「末森は情で封じる。その為に母上との関係修復を試みつつ、岩倉を攻めるしかないな。こちらが関係修復を行動で示していれば、勘十郎が攻め込もうとしても母上が止めるであろう。それに那古野には孫三郎(織田信光)叔父上がいる。ハッキリと俺の味方を宣言している叔父上がいれば、勘十郎としても動けまい」

 「であれば、あとは大義名分に御座いますな」

 「それこそ役立たずな守護殿を利用するまでよ」

 あの無駄飯ぐらいの役立たず。この程度の事でしか役に立たんからな。せめて岩倉を奪う程度には使わせて貰おうか。

 そして末森は騙し討ちにするか。兵を損なうと、武田家に対抗できん。

 あとは武田家の侵攻を遅らせる事を考えねば。だが動いてくれる者がいるか?


 越後の長尾、相模の北条、上野の長野。

 だがそのどれもが武田家と矛を交わしておらぬ。特に北条は武田と繋がりがあると聞く。甲斐と武蔵、信濃と上野は隣接しているのだ。北条としても武田を敵に回したくはないと考えているだろう。

 ならば長尾か長野しかない。

 やってみるしかないな。動かずとも流言を仕掛けるという手もある。

 「年内が正念場だ。何としても岩倉を落とすぞ」

 


天文二十四年(1555年)六月、尾張国、末森城、織田信勝――



 「権六(柴田勝家)、清洲に動きはあるか?」

 「草を放っておるようで御座いますが、目立った動きは御座いませぬ」

 「ふん。普段から威勢の良い割に、武田家の前に竦みおったか!」

 愚かな男だ。

 普段の行状を見ておれば理解出来るが、あの男ほど愚かな奴はいない。愚かな振る舞いを続けていれば、家臣から見放される事すら理解出来んとはな。


 「新五郎(林秀貞)、清洲を奪い取るべきではないか?」

 「それは危のう御座います。那古野に孫三郎(織田信光)様がおられます」

 「叔父上も、どうしてあの男に味方するのやら。織田家が滅んでも良いとでも考えているのだろうか?」

 孫三郎叔父上は敬意を払うに値する御方だ。

 にも拘らず、何故かあの男を陰に日向に守っている。その点だけが理解出来ず、その為にあの男を滅ぼす隙を見出せないのだ。

 叔父上は有能な御方だ。敵に回すよりも、味方にしたい所。出来る事なら、戦いたくはない物だ。


 「ならば岩倉と組んで挟み撃ちはどうだ?」

 「岩倉が納得せぬでしょう。城を空けた所を、蝮に突かれては」

 「美濃の蝮か。それがあったな」

 信光叔父上と美濃の蝮。この二人があの男の盾なのだ。本当に厄介極まりない。

 織田家当主の座は、この私、弾正忠(織田信勝)にこそ相応しいというのに!


 「三河が動けぬ今が好機だというのに!尾張さえ統一すれば、武田にも対抗できるのだ!」

 「仰る通りに御座います。行軍で疲弊した軍など、如何程の事が御座いましょう」

 「そうだ!かの伊勢宗瑞(北条早雲)ですら、今川家の配下であった時に、相模より今川家の先陣として三河まで攻め入ったが、疲弊によって退却を余儀なくされたのだ。武田家にも十分対抗できるわ!この私ならば!」

 そうだ!織田家、ひいては尾張国はこの私でなければ守る事は叶わぬ!織田家の重臣達も大半が、あの男の下を去っているのだ!戦慣れした者が碌にいないのに、戦える訳がないのだ!

 何か良い案は無いか?……そうだ!


 「新五郎!三河国人衆に調略を仕掛けさせるのだ!三河内乱で松平宗家の求心力は低下していて当然だ!武田家が尾張に侵攻した所で、裏切らせて武田の背後を衝くようにするのだ!」

 「心得ました。直ちに取り掛かります」

 「三河を奪い、尾張統一を成し遂げ、武田家を撃退する!それが出来るのは私だけだ!」

 織田家当主の座、名実共にこの私の物にしてくれる!



天文二十四年(1555年)六月、尾張国、岩倉城、織田信安――



 「全く、どうしたものかな。北は蝮、南はうつけ、東に甲斐の虎。どう考えても詰んでおるわ」

 今すぐに尾張統一を成し遂げたとしても、御家の力に差があり過ぎる。清洲の信長が有する津島の銭を牛耳ったとしても、武田の前には歯が立たぬ。

 早い段階で武田に降伏するのが正解であろうな。負けると分かっていて戦うのは、愚か者のする事だ。

 

 だが、今の時点で降伏は出来ぬ。万が一、使者が捕まれば、それを口実にして岩倉は圧し潰されるだろう。

 織田氏の裏切り者という烙印を押されて。

 であれば、武田が侵攻してきた所で降伏するべきだな。

 だが、清洲や末森が問題だ。


 「但馬守(山内盛豊)、信長と信勝の動きは把握しているか?」

 「清洲は武田を睨んで、常備兵の募集を行って御座います。しかしながら、末森は特に動きがありませぬ」

 「信長はともかく、信勝は何をしておるのだ。武田が攻め込んできたら、最初に攻められるのは末森だぞ?」

 呆れた。

 信長と違って、品行方正な男と聞いておったのだがな。いや、何で家臣達は諫めぬのだ。林も柴田も、先代からの家老であろうが!

 織田家が滅んでも構わぬのか!


 「但馬守、信勝に東方面の防備を固めている気配は感じられぬか?」

 「そのような報告は御座いませぬ」

 思わず溜め息を吐いてしまった。これは、考えを改めるべきだな。

 信長と関係を修復すべきか?いや、どちらにしろ武田相手に降伏するのであれば、信長と仲直りしても意味は無いか。

 ならばお家存続の方法は唯一つ。


 「但馬守。この岩倉が攻められぬよう、防備を固めよ。その気配が感じられれば、蝮も信長も岩倉を攻めようとは思うまい」

 「どちらかと手を組まぬので御座いますか?」

 「そうだな・・・」

 これは正直に答えてはならぬ問いだ。降伏すると口にする事は出来ぬ。どこから情報が洩れるか、分かった物では無い。

 ……待てよ?であるならば!


 「但馬守、信長に使いを送れ。和睦の使者だ。武田家相手に尾張国内で争っている余裕は無い、とな」

 「心得ました。末森は宜しいので?」

 「構わん。信長に信勝を攻めさせる」

 信勝が真に愚か者ならば、信長には勝てんだろう。清洲の信長と那古野の信光が、俺という背後を気にしなければ、信勝に勝ち目は無い。

 もしこの策が成れば、信長は本気で武田相手に挑もうとしていると判断すべきだ。

 そして俺にとっての利は、岩倉織田家の存続を図る好機を得られる事だ。

 武田家に挑む信長を犠牲に、俺は武田家に降伏するのだ。


 「それから遠江に草を放て。悪名高い武田信親に出陣の気配があるかどうかを監視させるのだ」

 「ははっ。直ちに取り掛かります」

 三河で名を馳せた殺戮者が出陣するかどうかで、こちらが降伏の使者を送る機が変わってくる。常に監視させておくべきであろうな。

 信長、信勝。悪いが、其方達を利用させて貰おう。

 安心しろ。織田家の名と血は俺が残す。



天文二十四年(1555年)六月、美濃国、鷺山城、斎藤道三――



 少し蒸し暑くなってきた時季。儂は城から外の光景を眺めながら、思索にふけっていた。

 だが妙案が見つからぬ。

 パシッと音を立てて、扇子を掌に叩きつけた。


 「打つ手が無いとは、正にこの事よな」

 昨年の暮れに三河で発生した一向一揆。それを企んだのは他ならぬ儂だ。

 儂も年を取った。息子である新九郎(斎藤義龍)は国を統べる器ではない。故に、型破りではあるが、理の有る婿殿に美濃を託そうと考えたのだ。

 

 だが問題があった。

 それが武田家。数年前に今川を吸収し、甲斐・信濃・駿河・遠江・三河を統べるに至った大敵。それが西を目指す以上、尾張は戦場となる。

 だから儂は三河を盾とする為に、謀略を用いたのだ。三河が一向一揆の支配する国となれば、武田は西進に手間取る事になる。そもそも武田家としても、一向衆を敵に回すほど愚かではない。当主、武田晴信はそれだけの判断力を有する名将であると思ったからだ。


 「まさか、一向衆を皆殺しにしてのけるとはな」

 報告を聞いた時には、思わず聞き返してしまった程だ。この日ノ本を探しても、一向衆を好んで敵に回す愚か者はおらぬ。

 だが、それがいたのだ。武田晴信が次男、武田二郎信親。今では盲目の殺戮者と謳われる、暴君の再来。其奴が自軍の十倍にも及ぶ一向衆を、夜襲で撃滅したというのだ。

 それも自軍の被害はほぼ無かったという。

 愚か者ではない。ただの暴君でもない。正に知恵ある盲いた虎。朝倉宗滴の再来と評しても何の違和感も無い。間違いなく、十年以内には日ノ本屈指の名将として名を馳せるであろう逸材だ。


 草に調べさせてみれば、戦場での評判とは裏腹に、殊の外に内政を好む為政者であり、僅か五年で甲斐国を飢餓地獄から解放した実績を有する程だという。

 護衛こそ引き連れているが、頻繁に領内を見回り、民に接する。民の悩みを解決する為に、惜しみなく知恵と知識を用いる民政家。

 その行動は、かの北条早雲を思い起こさせる程だという。


 国内の改革についても次から次へと手を着けているという。納税は人頭税のみという税制改革に始まり、常備兵制度を採用した軍制改革、出自を問わぬ人材登用、特産物の奨励と楽市楽座による領内の富裕化。

 間違いなく武田家の大飛躍は、この男が絡んでいる。

 そして、其程の男が遠江を任されているというのだ。


 ああ、儂が甘かった。

 まさか、儂の思惑を打ち破る程の天才が、この世に生まれておったとはな。

 最早、尾張も美濃も風前の灯火よ。美濃だけなら何とかできるかもしれぬが、尾張は確実に落とされるであろう。


 「何とか策を講じねば。死ぬのは老人からというのが世の理だ。若い者には生きて貰わねば」

 不幸中の幸いと言うべきか、武田家は今すぐに尾張侵攻を行うつもりはないらしい。残された僅かな時間、どうやって事態の打開を図るべきであろうな。

 武田家の飛躍の要、武田信親の弱点を挙げるとすれば、反感を持つ者達の存在であろう。どれだけ天才的な力量と実績を有していても、それによって損を被れば、人は反感を覚えてしまう。或いは妬み嫉みという感情もあるだろう。

 特に相手が元服したばかりの若造となれば、な。


 「何とかして、遠江という足元を燻らせてみるか。少しでも侵攻を遅らせねば!」

 まずは武田家の内部情報を探らせる。不満を持っている者を調べだすのだ。不安と不満を煽り、その上で暗殺を唆す。

 暗殺は一向衆を通じて、門徒である雑賀を動かすのが妥当であろうな。一向衆にとっても武田信親は大敵だ。儂の策に乗ってくるのは間違いない。


 あとは背後の安全確保も重要になる。美濃が落ちれば、越前、近江が武田家と隣接する事になる。

 美濃が武田を封じる盾となるのであれば、朝倉や六角も儂の声に耳を傾けるかもしれん。特に朝倉は、加賀の一向衆という大敵を抱える身であるしな。


 「使者を派遣せねば。六角と朝倉に背後を突かれぬ為にも、同盟は必須だ。尾張救援の隙を突かれる訳にはいかぬ。飛騨・信濃からの侵攻も考えて要所を抑えておかねばならぬ。だが国境の砦や城の数は十はある……。それら全てに兵を配置となると……頭が痛いわ。いっそ国境の街道をがけ崩れで封鎖するのも手かもしれん。であれば信濃方面だな。馬籠宿と落合宿を結ぶ十曲峠辺りか。人をやって調べるか」

 信濃と違い、飛騨は民が少ない。飛騨から攻め込まれたとしても、率いる兵の数は信濃からに比べればまだマシだろう。であれば、防衛も楽になる。

 他に打てる手は無いか?残された時間は僅かだ。

 足掻くのだ。儂には『諦め』は許されないのだからな。


 今回も、お読み下さり有難う御座います。


 今回は遠江、尾張、美濃の現状説明回。根回しは次に回す事にしました。

 主人公は内政に励みつつ、ゆきと一緒に『源五郎君マジ理想の弟』とホッコリしてます。一方で尾張は三者三様『尾張統一!』『うつけが邪魔!』『うつけ兄弟は捨て石にするか』の考えをもって行動中。美濃は『やべえよ、失敗した』と頭を抱えて足掻いてる感じです。


 正直な話、今の武田家(甲斐、信濃、駿河、遠江、三河)の勢力だと、現時点で日本で上位五位に入るほどの大勢力なんですよねえ。これより上だと三好、尼子、大友。強いて挙げれば本願寺。互角なのが北条、六角。蝮が頭抱えるのも当たり前です。


 それでは、また次回も宜しくお願い致します。


 追伸。次回も新キャラ登場します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 織田が対武田で統一早めそうだし、 蝮が武田の狙いに気づいて対処し始めたみたいだし、 六角が美濃を攻めるというプランは成るのかねぇ。
[気になる点] 今荀彧 じゃなくて 今文若 なのでは? 今諸葛亮 じゃなくて 今孔明 なのだから 荀彧の方が分かりやすいけど
[気になる点] ガラスは玻璃だと思うんですけど
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