甲斐国編・第十話
甲斐国編、第十話投稿します。
今回は初陣、東三河侵攻の話になります。
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天文二十三年(1554年)四月、三河国、小畠虎盛―
ああ、ついにこの時がやってきた。待ちに待った、二郎(武田信親)様の初陣だ。
恐れ多くも、儂は二郎様から軍配を預けられた。
『虎盛、其方を信じる。皆を鍛えたのは虎盛だ。その強さは誰よりもよく知っているだろう』
これほど嬉しい言葉があるだろうか。ここまで言われて奮起せねば、それは男ではない。
二郎様は隊の中央におられる。隣には補佐役のゆき殿が。それとは反対側に軍配者である儂がついている。
ここへ来る前、駿府城で甲斐の兵を見た時の御屋形様は驚いておられた。
まず血色が良い事に気付いたのである。毎日しっかり食事を摂って、厳しい鍛錬を積んできたのだ。それに見合う肉体なのは当然だ。
次に女子の兵だ。さすがに多数ではないが。だがこれには御屋形様だけでなく、武田家家中の者達全てが目を丸くしていた。
儂も最初は反対したのだが、女子達が配属される部隊と、その利点について二郎様の説明を聞いた時には、頷かざるを得なかった。確かに、二郎様が申された通りであったからだ。
家中の者達も昔の儂のように反対しておったが、結果を出せば認めざるを得まい。その時が楽しみでならぬわ。
そして指揮する者、すなわち指揮官だ。
頂点に二郎様。次が軍配者である為に形式上は儂。その次が美濃守(原虎胤)殿になる。
そして連れてきた兵四千二百の内、半分に当たる常備兵二千は美濃守殿に預けられている。美濃守殿の実力もあるが、正直な話、今の武田家で二千を超える兵を指揮した経験があるのは、御屋形様ぐらいしかおらぬのだ。儂も美濃守殿も戦の経験は豊富だが、それでも千を超える兵を預けられた経験は全くない。かと言って、儂等よりも適した男もいない。故に美濃守殿を交えて相談した結果、半分の二千ずつ担当しようという結論に至ったのである。自ら鍛えた兵なのだ。足りない分は、兵を知悉している事で埋め合わせよう、と。
常備兵は長槍と弓矢、刀が標準装備だ。ただし槍の長さは三間半もある。二郎様が強硬に主張されたのだ。きっと理由があるのだろうとは思ったが、鍛錬を始めてすぐに気付いた。
槍が長過ぎて、敵役が懐に飛び込めないのだ。上から叩きつけるように振るう事で、敵役は頭を守るだけで必死になっていた事を覚えている。当時はまだ経験が足りなく、戦の素人であった常備兵達が使って、其程であったのだ。その時と違い、今の常備兵は儂と美濃守殿の厳しい鍛錬を乗り越えて来た者達。必ずや戦場で手柄を挙げるだろう。
次に残り半分の兵――二郎様直属の精鋭部隊『火部隊』『陰部隊』は、儂に預けられている。
火部隊は一言で言うなら専門兵の集団だ。
まず火部隊二千の内訳は大盾部隊が五百、長槍部隊が五百、種子島部隊が二百、弓部隊が二百、弓騎兵部隊が六百と言う編成である。そして種子島、弓騎兵部隊には女子達も配属されている。
まず大盾部隊。これは人がゆうに隠れてしまう程の巨大な盾と片手槍を装備している。だが最大の特徴は盾の形状だ。
形は長方形。これによって真上から矢が降り注いだ時、盾を真上に構える事で矢による損害を減らす事を目的としている。
盾の特徴はそれだけではない。盾の前方に付けられた、槍の穂先を太くしたもの。これで盾での直接攻撃を可能にするのだそうだ。これは二郎様の発案による物。二郎様が仰るには、異国ではシールドスパイクと呼ばれているそうだ。
更に楔と呼ばれる絡繰り。盾の下部に仕込まれており、地面に楔を突き刺す事で、盾で敵の突撃を食い止めやすくするのが目的である。
二番目の長槍部隊。常備兵と同じ長槍、刀、弓矢を装備した者達。だが最大の違いは、大盾部隊との連携を日頃から積んでいるという点である。この二部隊が連携する事で、前線で敵を食い止めるのだ。
その大きな要因となるのが、彼等に与えられた長槍。常備兵と同じ代物であるのだが、大楯部隊の背後から敵を攻撃する為の修練は、長槍部隊独自の物なのだ。
三番目は種子島部隊。文字通り種子島による狙撃部隊だ。高い玉薬も日頃から使い、徹底的に射撃に特化した者達。
玉薬は高いのが難点だが、二郎様はその問題を解決してしてしまわれたという。正確には、その目途がついた、という所か。南蛮から買うしかない硝石という問題。日ノ本で採掘できないのなら、自分で作ってしまえ、という答えを二郎様は導き出されたのだ。この答えを知った時、思わず呆気に取られてしまった事を思い出すわ。
話を戻すが、彼等の役目は敵軍を崩壊させる一撃を叩きこむ事。そして兵の半数は女子達が射手を務めている。後方にいるとは言え、女の身で戦場に出てくるのだ。肝の太さは大した物だと感心したわ。
四番目は弓部隊。基本は牽制が役目だが、こちらも一撃必殺の牙を隠し持っている。無防備に突撃すれば、木っ端微塵になるのは保証できる。
彼等の役目は、主に相手を待ち受けての襲撃。その性質上、守りに特化しているとも言える。大楯部隊と長槍部隊の背後から、相手に矢の雨を降らせる者達なのだ。
最後に弓騎兵部隊。弓に特化した騎乗兵達。
最大の特徴は奇襲からの一撃離脱戦法による攻撃専門部隊。その基本方針故に、鎧も兜も無しという代わりに、頭まで覆う特製の陣羽織を纏っている。刀すらも身につけておらず、とにかく一撃離脱しか行わない。接近戦は死を意味する。故に距離を取れ。攻撃したらさっさと逃げろという二郎様の御考えは、本当に儂の考えの及ぶところではない。儂なら命尽きるまで戦え、としか考えなかったであろうな
ちなみにこの部隊にも女子が所属しているが、こちらは一割程である。
御屋形様を初めとして、皆が驚く気持ちはよく分かる。だが鍛錬した者として言わせて貰う。この火部隊は強い。道鬼斎(山本勘助)殿や弾正(真田幸隆)殿が鍛錬を見に来た事があったのだが、眼を剥いていた。
『本当に、これを初陣前の二郎様が考え付かれたのですか?』と。
疑問に思うのは当然だ。だが事実なのだ、嘘を言う訳にもいかん。
そういえば、もう一つ、他とは違う点があった事を思い出した。大将である二郎様。そのすぐ傍に、幼い少女――ゆき殿が控えているのだ。
二郎様は御目が使えない。故に戦場でも案内役や補佐役が必須なのだ。口にはしたくないが、武運拙く撤退する際、ゆき殿には二郎様を誘導して貰わねばならんのだ。
「ゆき。東三河の国人衆だが、武田に味方すると表明した者はおるか?」
「いえ、おりませぬ。せいぜい中立止まりに御座います、二郎様」
「本当か?あの文を読んでなお、協力せんのか」
戦には大義名分は必須。それはこの乱世であっても同じ。
今回は『三河国は今川家に支配されていた』という過去を利用した。今川家は武田家に組み入れられた。故に三河国も、今後は武田家の支配下に入るべきである、と。
「ならば仕方ない。虎盛、美濃守、遠慮も情けも無用だ。敵は皆殺し、だ。ただし百姓兵は逃げるなら見逃せ。指揮を執る者を優先して殺れ。降伏は認めるな。敵には恐怖を、味方には畏怖を。最少の犠牲で戦を終わらせる」
「心得ましてございます」
「戦場での差配は任せた。私に出来る事があるなら、遠慮なく声を掛けてくれ」
この部隊は二郎様の考案した基本戦術に特化している。
曰く『兵を殺しても意味は無い。殺るなら指揮官を殺る』だそうだ。
言われてみればその通りだ。普通、兵とは百姓兵。それを殺せば、田畑を耕す者がいなくなるのだ。損以外の何物でもない。
故に、二郎様は指揮官を殺せ、と命じられたのである。侍大将、足軽大将、小物頭といった中堅から下級の指揮官。これらを殺せば、まともな戦術は実行できなくなる。上手く行けば敵は逃げ出す、と。
このお考えには、美濃守殿も驚かれ、そして頷かれた。
さあ、二郎様の言が正しい事を証明してみせよう。
丁度、どこの連中かは知らんが、城へ籠らず突撃してきたようだ。土埃が遠くからも良く見えるわ。
「法螺貝を二度!」
響き渡る法螺貝の音に、厳しい鍛錬を受けた精鋭達が陣を作る。前に大盾と長槍部隊。これは儂の弟である弥左衛門尉(小畠光盛)が指揮を執っている。その後方に陰部隊が走り込み、背追っていた木の棒を組み合わせて、高さ三尺程の足場を作り始める。種子島部隊はこの足場に乗って射撃する事になる。この高さにより、真っ直ぐ弾が飛ぶ種子島は、前にいる味方を誤射する事無く、射撃に専念できるのだ。
更にその後ろに弓矢部隊が待機し、その時が来るのを待つ。同時に美濃守殿が指揮する常備兵二千が千ずつ分かれて左右を固め終えていた。それぞれを美濃守殿と、原家の跡取りである甚四郎(原盛胤)殿が指揮を執っている。
相手は喚声を上げて突撃してくる。まずは前方に騎馬武者か!
「弓部隊は相手が二町の距離で放て!孫四郎(小畠昌盛)が指揮する弓騎兵部隊は法螺貝一つで右翼、甚四郎殿の部隊側から回り込んで矢を放て!種子島部隊は敵が一町の距離まで近付いたら、一斉に撃て!」
儂の指示に、侍大将や足軽大将達が『応!』と応える。
ふと二郎様を見れば、さすがに緊張しておられた。こればかりは仕方ないが、あの二郎様でも緊張するのだと思うと、小さく笑みが浮かんでしまった。
しかし、初陣で緊張しているのに、隣にいるゆき殿を気遣うぐらいには、まだ余裕があるらしい。大将として頼もしい肝の太さよ。
視線を正面に戻す。やがて矢が放たれる。騎馬武者が数騎倒れ、それでも突撃は継続。同時に儂の指示で法螺貝を鳴らして弓騎兵部隊が動き出した。
敵の動きに迷いが出たのが分かった。
こればかりは戦慣れした儂や美濃守殿でなければ分からんだろうな。
「弓矢部隊、休まず射続けよ!」
降り注ぐ矢の雨。敵足軽が倒れ、それでも突撃してくる敵兵。
そこへ種子島の轟音が鳴り出した。鍛錬通りに、四人小隊で中堅どころの敵指揮官と思しき者を狙い撃つ。
先頭の騎馬武者をはじめ、三十ほどが倒れこむ。間違いなく敵は足を止めた。恐らく種子島の轟音と、どうして倒れたのか分からぬ恐怖だろう。
種子島の名は知っていても、その脅威を知る者はまだ少ないのだからな。
そこへ横から回り込んだ弓騎兵隊が、馬を走らせながら敵陣目掛けて矢の雨を降り注がせる。彼らは矢を放つと、先頭を走る孫四郎に従い、躊躇いなくその場から離脱した。
弓騎兵部隊は軽装どころか鎧すら纏わぬ部隊。敵が弓矢で反撃に転じようとした時には、すでに距離を空けていた。
それでも後を追おうとした一部の間抜け共が、弓騎兵部隊に釣られて敵陣真横へ突出。狙い目だ!
「種子島部隊準備!弓騎兵部隊に釣られた間抜け共まで一町の距離で一斉射撃だ!」
やがて種子島の轟音が鳴り響く。若干、命中率が悪いように思える。あまり倒れていないようだ。
種子島はただ撃つだけでは効果が低いのかもしれん。やはり本来の指揮官狙い撃ちのように、四人で一人を狙う方が良いかもしれんな。
だが混乱はしているようだ。こちらも完全に足を止めている。
「全軍突撃!一気に踏み潰せ!」
盾の前面に槍の穂先がついた大盾部隊が全ての体重をかけて突撃を敢行。それを支援するように長槍部隊が槍の穂先を突っ込み、更に弓矢部隊が追撃を仕掛ける。
同時に両側から挟み込むように常備兵が襲い掛かり、弓騎兵部隊が更なる追撃を仕掛けようとしたところで、敵は逃走を開始した。
「終わったか?」
「はい、大勝利に御座います」
「よし、ならばまずは怪我の手当てだな。各自、手持ちの焼酎を使って消毒させろ。それと負傷者の確認も忘れるな。それとゆき、風は動かしたな?」
「はい。吉報をお待ち下さい」
何かお考えになられたのか?
「虎盛。まともに城を攻めては被害が大きいだろう?だから敗走兵に風を紛れ込ませておいた。夜中に門を開けさせる」
「そういう事で御座いましたか」
初陣で城一つを一晩で陥落。文字通り大手柄だ。
ならばその御期待に応えねばな。
天文二十三年(1554年)四月、三河国、武田晴信――
「ほう、敵が少数とは言え、やるではないか。山城守(小畠虎盛)や美濃守(原虎胤)の指揮も良いが、相当に鍛えておるな」
「御意。特に弓騎兵部隊が見事でしたな。全て足を止めずに、敵を釣りだしました。足を止めていたら、種子島に巻き込まれていたでしょう」
「うむ、だが種子島か。金がかかる割に、思ったよりも被害は少ないな。敵を混乱させる事は出来たようだが。それにしてもあの足場。どうして壊れぬ?勘助、其方、知っておるか?」
出陣前に二郎(武田信親)の『陰部隊』は、確かに木の棒や板等、複数の木材を背負っていた事を覚えている。あれを組み合わせて足場を作った事は容易に想像できるが、あれほどの人数が乗る事に耐えられるとは思えん。
となれば、何か理由がある筈だ。
「まず重要なのは柱に御座います。寸法は断面が縦横一寸半、高さ四尺、下部が鉄で補強されて尖って御座います。この木の柱を四本地面に打ち込んで、縦横高さ三尺の空間を作ります。次に前後左右の面に、斜めに若干長めの木の棒を交差するように設置させております。二郎様は『筋交い』と仰せになっておられました。この筋交い自体も簡単に設置できるように、幅が半分の木の棒が交差している箇所に穴が空けられ棒で固定できるように工夫がなされて御座いました。二郎様によれば、木組みと呼ばれる釘を使わぬ建築方法を参考にした物だと仰せに御座いましたな。この後、木の板を上に載せて足場と致します」
「ほう?話だけを聞けば、簡単そうに聞こえるな。だが脆そうでもある」
「仰せの通りに御座います。しかしながら、筋交いには歪みを抑える効果が御座います。その上で、木の棒を複数追加して、足場の床面を下から支えます。木の棒一本当たりにかかる重さを分散させる事で、床の崩落を防ぐ。仕組みは単純なれど、ここまで短時間で実行できるのは、陰部隊だけに御座いましょう。また種子島部隊に女子が多いのも、この足場には利点に御座います。女子は軽う御座いますからな」
面白い事を考え付いた物だな。あの足場、覚えておくとしよう。他にも使い所があるかもしれん。
それにしても、随分と早く遭遇戦は終わったな。既に二郎の部隊は列を整えつつ、手当てをしているようだ。手柄首の奪い合いも起きておらぬ。実に不思議だ。
「勘助、二郎の部隊は行儀が良いな」
「二郎様の部隊は、手柄首は部隊単位で共有するのだそうです。それによって手柄の奪い合いという無駄な時間を防ぐのだ、と」
「面白い、後で詳しく聞いてみよう。だが何故、足を止める?」
有り得ない。今ならそのまま城まで雪崩込み、一気呵成に圧し潰すべきだ。
そこへ近習が『二郎様からの使いにございます』と報せてきた。
「通せ」
やってきたのは、まだ年若い男。確か山城守が娘婿にした若者だ。
「御屋形様、二郎様より伝言を届けるように仰せつかりました」
「申せ」
「埋伏の毒。流言飛語。そう申せば御屋形様には御理解頂ける、と」
そうか、そういう狙いか。ならばあれは擬態か。
「他には何も言っておらんかったか?」
「今晩、飯を燃やす、と」
「分かった。二郎には任せると伝えよ」
「ははっ。それでは失礼致します」
いかん、笑いが止まらん。隣を見ると、勘助も笑っていた。
勘助だけではない。此度の戦に同行した者達、皆が笑っておる。やはり戦慣れしているだけの事はあるな。頼もしき者達だわ。
「これは明日から忙しくなるでしょうな。のんびり寝てなどおられませぬぞ?」
「分かっておるわ。どれ、少し早いが飯の支度だ。あとは交代制で仮眠を取る。それと三つ者を偵察に出しておけ。揺れた所から奪い取っていくぞ」
天文二十三年(1554年)四月、三河国、吉田城、牧野成時――
「何だ、何が起こっている!報告せよ!」
我が牧野家は今川家に忠節を誓った御家である。それは今川家が武田家に組み込まれてからも変わってはいない。
我らは足利将軍家に連なる名門今川家にお仕えする誇り高い御家なのだ。たかが甲斐守護職如きに屈するほど落ちぶれてはおらぬ。いつか武田家を滅ぼし、彦五郎(今川氏真)様の下、今川家再興を成し遂げようと心に決めていたのだ。
その為に、憎き武田家を討ち滅ぼそうと出陣したのだ。腹に据えかねるが、武田は我ら東三河勢を甘く見ているであろう。だがその隙を突かせて貰う。地の利はこちらに有るのだ。そこに先陣を務めるのは初陣の盲の小僧だという報せが届いた。
最初は呆けた。そして怒りを覚えた。東三河等、初陣の小僧如きで十分だ。そう判断されたからだ。この屈辱は、盲小僧の首を斬り落として甲斐の山猿に叩きつける事で晴らしてやる!
そう意気込んで家臣を出陣させたが、襲撃は失敗。逃げ帰った者によれば、盲の小僧は五千を越える大軍を率いていたという。馬鹿げた嘘を吐くにもほどがある。どこに初陣の小僧に、五千もの兵を与える者がいるというのだ。嘘を吐くなら、もっとマシな嘘を吐けと言うのだ。
この嘘報告をしてきた愚か者には罰として謹慎を命じ、逃げてきた兵を収容させた俺は、籠城戦の構えに入った。時間が経てば、周辺の反武田家、親今川家の者達が背後から武田勢を突いてくれるからだ。
守りを固め、時間を稼ぐ。それを基本方針と定めて、眠りに就いた。そこを凶報で叩き起こされたのだ!
「殿!蔵の兵糧が燃えております!これでは籠城できませぬ!」
「火を消さんか!馬鹿者!」
「無理です!油が撒かれておったようです!」
これは、噂に聞く武田の三つ者の仕業か!
……ん?何か、聞こえる?
『裏切りだ!裏切り者が出たぞ!』
『いやだ、死にたくねえ!村さ帰らせてくれ!』
百姓兵か?いかん!
「すぐに百姓共を抑えろ!無理そうなら斬って捨てろ!」
「殿!そのような事をしたら籠城もままなりませぬ!」
「ええい、うるさい!どちらにしろ、兵糧無しで籠城など出来んわ!」
刀を抜き払いつつ、廊下へ出る。こうなれば俺自ら斬り捨ててくれるわ!
「皆の者、出会え!足を引っ張る無能共を斬り捨てるぞ!」
俺の声に、近習や重臣が刀を抜きつつ後に続く。
そうだ、それでよい。邪魔する奴は全て敵よ!
「皆の者!斬り……」
百姓兵はいなかった。門は閂を外され、完全に開かれている。
百姓共はどうした!
「馬鹿が。百姓は殺さねえよ。今頃は夢の中だ」
声が聞こえた方に振り向く。
そこには槍を手にした若い男。そして背後には槍兵、弓兵、それに……種子島!?
「皆殺しだ!」
轟音。矢の風切り音。そして喚声。それを最後に、俺の意識は無くなった。
天文二十三年(1554年)四月、三河国、吉田城、小畠三郎太虎貞――
板敷の上とは言え、ぐっすり眠れて気分は爽快だ。大将首を挙げられたのにも大満足だ!二郎(武田信親)様にお仕え出来て最高だぜ!
昨日の手柄首を思い出し、気分が高揚してくる。そこに漂って来た鼻をくすぐる香りに、腹の虫が鳴き始める。
「飯だ飯だ。今朝は何だろうなあ」
さすがに贅沢は出来ないだろうが、それでも握り飯に漬物、味噌汁と出された。種類は少ないが食べ放題。こんなに嬉しい事は無い。特に俺は大食いだからな!
そう思いながら外を見降ろす。
そこには皆殺しにされた、この城の城主、牧野何とかっておっさんと、その家来達が屍を晒していた。
それをブルブル震えながら、百姓兵達が恐る恐る目を向けている。
そりゃそうだよな。アイツらは知らねえだろうけど、二郎様が手配した風部隊が夕飯に薬仕込んでグッスリ眠っていたんだから。昨日の騒動にも気付かずに、だ。そんで起きてみたら城内は武田兵で埋め尽くされている。自分らの殿様は主従揃って皆殺し。そりゃビビるわ。
しかも、彼等の前には城主の嫁さんと子供、一族全ての首まで並べられているのだ。
握り飯を飲み下した所で、ふと思いついた。
「……あー、アレ、なんて言ったっけ?敵、皆殺しにする奴」
「根切り、の事か?まあ百姓兵は見逃しておるから、根切りとは言い切れんが」
「義父殿、おはようございます」
うむ、と義父殿が重々しく頷く。義父殿の後ろには、義兄上や小畠本家にお仕えする郎党の方々が付き従っておられた。
もうすっかり顔馴染みだ。俺の出自も知っているが、一族として受け容れてくれる。
その気持ちに、俺も応えないとな。
「昨夜は手柄首を挙げたそうだな?」
「二郎様が火部隊を貸して下さったお陰です。これで俺も侍大将になれますよ」
「そうだな。二郎様への恩義、忘れぬようにな」
確かに義父殿の言う通りだ。俺一人の手柄じゃねえ。
二郎様の御好意もそうだが、準備をしてくれた風の連中、一緒に戦った火部隊の連中あっての御手柄だからな。それを忘れる訳にはいかないんだ。
「風の協力もありました。連中が撤退する雑兵に紛れて、中で工作してくれたお陰でもあります。今度、礼を言わねえと」
「良い事だ。期待しておるぞ」
「ええ、まだまだ戦は続きますからね。手柄首、もっと取らねえと。そうだろう?」
俺の近くで朝飯を食っていた俺の部隊の連中も『勿論でさあ!』と威勢よく返してくる。
「まあ昼まではここで休みだ。二郎様が種を撒き終えたら出陣ぞ」
「……種?」
「あの百姓兵達を開放し、親戚や知人を通じてこの一件を広めてもらうのだ。武田に歯向かえば、一族郎党皆殺し。敵対した城主は赤子まで殺された、と。そんな話が生き残りから広まったら、他の城の連中はどうするかな?」
うわ、えげつねえ。二郎様、本気で恐ろしいな。近くにいた時『最小の犠牲で戦を終わらせる』って言っていたけど、これの事だったのか。
俺の部隊の連中を見てみれば、若干、顔色が悪い。
二郎様によって救われた俺達だが、そんな俺達にしてみれば二郎様は御優しい御方だ。こんな冷たい一面を持っているとは、正直、思いもしなかったぜ。
「……婿殿。今後はなるべく二郎様の元にいるようにな。一か八かで襲い掛かる連中もいるかもしれん」
「そういう事もあるのですね。分かりました、なるべく二郎様の傍におります」
「最大の手柄は主人を守る事。そう心得よ」
「心得ました!二郎様もゆきも守り抜きます!」
何故だろう?義父殿は額を抑え、義兄上や郎党の方々は笑っておられた。俺は何かおかしい事を口にしたのだろうか?
天文二十三年(1554年)七月、駿河国、駿府城、武田晴信――
東三河への出陣、ひとまず完了した。東三河は全て武田の物となった。
連中、災難であっただろうな。二郎(武田信親)の『敵は全て皆殺し、降伏も許さん』という方針の前に、二郎を甘く見て襲い掛かった三家が返り討ちに遭い一族郎党全滅。二家は戦場から撤退中に降伏をしたが、二郎は降伏を受け入れずに戦を継続。彼等は徹底的に殲滅された挙句に、本拠にいた一族や留守居役も含めて全滅という憂き目に遭った。
この事態に武田家の宣言を無視していた、中立派と言う名の日和見国人衆が雪崩を打って俺や太郎(武田義信)に降伏及び助命嘆願の為に駆けつけてきたのである。戦をするより、降伏受け入れの時間の方が長かった気がするわ。
三河において、二郎の名前は『盲いた殺戮者』『血に飢えた虎』『暴君の再来』と語られているそうだ。
何せ敵対者は皆殺し、降伏しても皆殺し。中立は本領剥奪の上に僻地へ飛ばす。文句があるならかかってこい。皆殺しにしてやろう、と宣言する暴君ぶりを示したのだからな。
本領安堵は味方を表明した者だけなのだが、その表明した者が今回はいないのだ。親今川家な御家が幅を利かせていた地域である為だ。お陰で東三河の直轄地は七割程にはなるだろう。有難い事だ。
僻地へ飛ばされた連中は、俺や太郎に泣きを入れてきた。故に機会をくれてやった。
本領復帰したくば死に物狂いで手柄を立てろ。
有難い事だ。これで連中は必死で戦働きに励んでくれるだろう。謀反を起こすようなら踏み潰すまで。逃げ出すなら、放っておけば良いだけだ。
西三河は俺の所へ使者を送ってきた。敵対はしない、忠誠を誓う、といった内容だ。松平の子倅、俺の名から一文字取って松平次郎三郎晴康と名乗り始めたが、其奴が分家を説き伏せたと言う。
どうやらそれなりに知恵も回るようだ。特に宗家だけでなく分家まで説得したと言う点は、その知恵を認めるに値する。二郎が目にかけていただけの事はあるな。手柄を立てれば、東三河もくれてやっても良いかもしれん。
そうなれば松平は三河一国を支配する事になる。となると、しっかり紐をつけておかねばなるまいな。武田家から嫁をくれてやるのも考えねばならんわ。
そういえば、次郎三郎には俺の偏諱である、晴信の晴をくれて晴康と名乗らせたのであったな。これについても、二郎が献策をしてきたから認めたのだ。
本来なら、晴の字は与えてやれない。理由は偏諱だからだ。
だが二郎は、敢えてそれを犯すべきだと提言してきたのである。
『三河の子倅の名前なんぞ、こちらから伝えなければ、気にも留めぬでしょう。堂々としておれば問題は御座いませぬ。ましてや斜陽の足利将軍家。連中の御機嫌と、竹千代殿率いる松平家からの忠誠。どちらが価値があるか、一目瞭然に御座います』
『もし煩く申してきたら?』
『晴康の晴の字は、日ではなく目に御座います。武田晴信の目となるべく、一を足した字を作りくれてやった。故に、全く問題は無い、と説明すれば問題は御座いません。そもそも足利将軍家に、そこまで義理立てする価値が御座いますか?』
皆、唖然としておったわ。こうも堂々と足利将軍家を扱き下ろす男は、恐らくはいないであろう。だが二郎の言い分には一理あると感じ、晴の字をくれてやったのだ。
それにしても、俺の目となる、か。なかなか面白き言い分ではあったな。俺は偏諱を与えてやれんから、曽祖父から『昌』の字を与えておったが、この考えは色々と使えそうだわ。貰った方も俺の目となると評価された、と喜ぶであろうな。
その二郎で思い出したわ。我が家臣はと言えば、二郎の過激すぎる行動に絶句していた。問題なのは二郎の真意を理解していた者達が少なすぎる事だ。四天王や勘助を除けば、典厩(武田信繁)ぐらいしかおらんかった。信濃の真田には聞いておらんが、恐らく裏の意図には気付くだろう。
しかし太郎が『やりすぎでは?』と心配していたのは別の意味で頭が痛いわ。そのお陰で太郎は『慈悲深い御方』『お仕えし易い御方』と評価が上がっているようだが。
二郎の真意を説明してやったら、やっと納得出来たようだったな。二郎が憎まれ役、嫌われ役、汚れ役を演じてくれたお陰で、東三河の国人衆は俺や太郎に縋ってきたのだという事に。それは武田家当主の力を増す事を意味するのだ、と。
「最小の犠牲で東三河は支配出来た。ならば二郎は内政に回すか。西は事前に使者を送ったうえで行軍し、改めて忠誠を誓わせるだけで良かろう。まずは足場固めだ」
二郎には遠江を任せる。甲斐については、二郎の家臣が一部残って治水等を行うと聞いた。問題なく、仕事は行われるだろう。
『戦わずして勝つ』それが二郎の理想なのだ。その為にも、内政は必要不可欠だ。
その二郎はと言えば、誰かを呼んで話をしているらしい。三河からの帰りに同行させたと聞いているが。
「確か、松下、とか言ったか」
天文二十三年(1554年)四月、駿河国、駿府城、松下加兵衛――
「改めまして名乗らせて頂きます。某、頭陀寺城城主、松下加兵衛之綱と申します」
「わざわざ駿府まで来てもらって済まなかったな、どうしても内密で、直接話をしておきたかったのだ」
二郎様からの呼び出しを受け、私は僅かな供回りと共に駿府まで出向いていた。一体、どのような御用件だろうか。
「まず、藤吉郎の件だ。本当に助かっている。藤吉郎は今、甲斐の国で釜無川――遠江に住んでいる其方にしてみれば、天竜川のような洪水の起きる厄介な川の堤防工事の責任者を勤めさせている。無事終われば、甲斐の石高は二万は増えると見ている。それだけの成果が挙がれば、藤吉郎を侍大将に昇格させてやれる」
「それは藤吉郎も喜ぶでしょう。二郎様にお仕えさせた甲斐がございます」
良かったなあ、藤吉郎。お前の実力に相応しい主に巡り合ったのだろう。
それだけの才を活かしてやれなかった我が身の非才が恨めしい。
「それでだな。ここからが本題だ。まず藤吉郎の件での礼にも関わってくる。心して聞くのだ。まず秋を目途に俺が遠江全てを任されることになる。御屋形様としては遠江を生産力に優れた豊かな地にしたいとお考えなのだ」
「それは素晴らしい事にございますな」
「うむ。それにあたって、俺は現在の米での納税や賦役等全てを廃止して、永楽通宝――銭での人頭税のみに切り替える。これは甲斐では実行済でな、大きな成功を収めている」
つまり米ではなく、銭を主流にする、という事か。それにしても賦役も無くすとは、また思い切った事をされる御方だ。
それにしても、上手くいくのであろうか?
いや、甲斐で成功しているというのだから、何とかなるとは思うのだが。
「ゆき。松下殿に帳面を見せろ」
「こちらに」
二郎様の後ろに控えていた少女が、何やら書かれた書面を渡してくる。目を通したのだが、これは……
「税制改革だけでなく、軍備も大幅に変える。これからは常備兵の時代だ。御屋形様も常備兵の優位性に気付かれたようでな、推し進めていくと仰っておられた。だが反対者は多い。特に常備兵は、戦の有無に関わらずしっかり俸禄を払わねばならぬからだ。百姓兵なら、略奪だけで済むからな」
「仰せの通りにございます。皆、払わずに済めば払いたくなど無いと考えられましょう」
「そうだ。それは俺も理解している。だが嘉兵衛、其方には俺に賛同して貰いたい。嘉兵衛、正直に申せ。其方はどれほど率いる事が可能だ?」
これは答えねばなるまい。
別に隠す様な事でもないからな。二郎様もこちらが弱小の国人衆に過ぎない事は良く御存知の筈だ。虚勢を張っても意味が無い。
「兵は百ほどになります」
「その広さのままで兵を五百養えるとしたら、どうする?昔のやり方に拘るか?」
「それは……」
悩む、実に魅力的だ。俺も武士だ。戦場で手柄を立てたいという欲はある。それには兵の数を増やす必要がある。それを考えれば誘惑に駆られる。
だが、本当に可能なのか?
「其方の領地でな、砂糖を作って貰う事を考えている」
「砂糖、で御座いますか?」
「そうだ。其方の領地より東、今川家の重臣であった朝比奈が詰めていた掛川城の南東辺りで、サトウキビの栽培が行えるのだ。ならばそれより西にある、其方の領地で同じ事が出来ても、全くおかしくはないだろう?」
それが本当なら、実に美味しい話だ。砂糖はとても貴重な、価値の高い物。それを領内で栽培できれば、銭で雇う常備兵で数を揃える事も出来る。
「ある程度軌道に乗ったら、次は御屋形様を通じて帝に砂糖を献上する。駿河の澄酒のように献上品として取り扱ってもらうのだ。これによってお前の砂糖に箔を付ける」
「箔、とは?」
「砂糖の製法、サトウキビの苗、必ず他に漏れる。盗まれる事もある。その結果、余所でも作られ、品が増えて価格が下がる。だが献上品という箔が有れば、それとは無縁でいられるとは思わんか?」
そういう事か。確かに納得できる。他家に作られても問題は無い。これなら機密に気を使う必要もなくなる。場合によっては、わざと情報を流して恩を売るという選択もあるな。
改めて、二郎様を伺う。元服して半年ほどしか経たぬ筈だが、そうとは思えぬほどに堂々と為されている。戦場での評判とは真逆の、沈着冷静な御方だ。このような御方が、先を見誤るとも思えぬ。
惜しい。この御方から光が失われているという事実が、あまりにも惜しすぎる!
「御恩情、忝く存じます。必ずや二郎様の御下知に従います」
「頼むぞ。俺もすぐに遠江に赴任する。そうなったらしっかり働いてもらうぞ。それと言い忘れていたが、こちらから内政と税制の知識を持つ者を派遣する。上手い事対応してくれ。俺からの与力と言っておけば、家臣も下手な事は出来んだろう」
もう頭を下げる事しか出来ん。どこまでも付き従うのみだ。松下家は二郎様にどこまでも付いていこう。
天文二十三年(1554年)四月、駿河国、駿府城、武田晴信――
「松下とやらの話は終わったか」
「御意。以前、少しこちらの無理を聞いて頂いた故、礼をしたく連れて参りました」
「それならその場で済む話だろうに。何か悪巧みを考えておるのだろう?」
二郎(武田信親)が『勿論で御座います』と返してくる。まあ良い、今度は何をするつもりか楽しみだわ。
「ところで二郎。俺はもうすぐ出来上がる久能山の城に居を移す。同時に水軍の手配にも本格的に着手するつもりだ。だが問題は大将よ。兵は海賊連中で補えるが、奴らを束ねられるものがおらん。何ぞ宛は無いか?」
「そうですな……そういえば三年ほど前、伊勢志摩で海賊―とは言っても志摩の地頭ですが、それが北畠の援護を受けて複数合同し、同じ地頭のある一家を追放したと聞いた事が有ります。名前は九鬼。伊勢の山へ逃げたと聞いておりますので、これを召し抱えるのはいかがでしょうか」
「ほう。確かに声を掛ければ靡きそうだな。よし、人を遣わすとしようか」
よしよし、まずは実力を見てからだがとりあえずは暫定的に大将としておくか。待遇は、足軽大将だと軽すぎるか?これは少し考えてみる必要があるやもしれぬ。
「話は変わるが、其方には遠江へ移動してもらう。甲斐の地と同じく、お前の好きなようにすればよい。拠点も好きに決めよ」
「心得ました。必ずやご期待にお応えいたします」
「うむ、俺からは以上だが、其方からは何かあるか?」
「でしたら幾つか報告と、認めて戴きたい事が」
どんな内容だ?
興味はあるが、また妙な事を考えておるのやもしれんな。
「まず報告内容です。甲斐において硝石の製造に取り組んでおりましたが、それが試験的に成功いたしました」
「何だと?あれは確か交易でしか手に入らんと聞いておったが」
「仰せの通りに御座います。とは言え、製造が安定したとは言えませぬ。つきましては遠江で安定した製造を行いたく思います。その許可を正式に頂きたく存じます」
硝石。種子島に使う玉薬の中でもっとも貴重かつ重要な物。それを自作した、とは。これはしばらくは武田の秘密とした方がよかろうな。
「硝石の製造を他国に疑われぬ事。それを条件とする」
「心得まして御座います。次に種子島の製造も遠江に拠点を移したく。前線に近い方が効率が良いと考えます」
うむ、こちらも問題はない。種子島は武田ではまだ二郎ぐらいしか使っておらんからな。勘助や弾正(真田幸隆)達は二郎から融通して貰う事を考えているようだが。
「その上で、数年しましたら種子島を他国へ全て売り払う予定です」
「二郎、何を考えておる?」
「現行の種子島は、南蛮では型遅れの物にございます。故に新型の研究を進めてまいりました。半年ほどすれば第一号が出来上がる予定に御座います」
ほう?そういう事か。
「だがそれでは理由になるまい。旧型とはいえ、他国へ流せばそれだけ他国が強くなるではないか」
「問題御座いませぬ。その事は最初から計画しておりました。我が武田家で製造した種子島は全て通常の物より少しだけ口径が大きく作られております。他国はそれと気付かぬまま、買っていきます。そして実際に使ってから、首を傾げる事になりましょう。その原因に気付くかどうかまでは分かりませぬが」
二郎め、既に手を打ち終えておったか。ならば問題あるまい。
「分かった、ならば進めるがよい。他にはあるか?」
「あとは甲斐へ戻る前に、遠江の視察を一通りしておきたく存じます。それと遠江の産業育成の為に、甲斐からの資金の持ち出しと常備兵二千程を二年間赴任させる事。曳馬城の西、遠津淡海に港を作る事。最後に本格的な物資運搬の為、唐船及び南蛮船の研究の許可をお願い致します」
「問題は無いが、船を研究する理由は何だ?買うのでは駄目なのか?」
「それも考えておりますが、私はいずれ、これらの船は戦においても使う事になると考えて御座います。であれば、相応の知識が無ければ改良もままなりませぬ」
そういう事か、確かに言われてみればその通りではある。今の戦船も性能は良いが、いつまでも通じるという事はあるまい。必ず、どこかで限界が来る。
ならば念の為に手は打っておくべきだろう。仮に無意味に終わろうとも、全く無駄になる事もあるまい。
「良かろう、其方の好きにするがよい」
二郎は本当によく働いてくれるわ。二郎の将来が実に楽しみよ。
今回も拙作を読んで下さり、ありがとうございます。
甲斐国編は今回で終わり。次回からは遠江国編となります。新たな地、遠江国を富ませる事を期待されての赴任。ところが新たな問題が・・・と言った内容です。
それでは、また次回も宜しくお願いいたします。