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6.冒険者2


 ダンは〈ボンド堂〉の近くで下宿していた。月の給料の一割ほどの家賃で、一人暮らしにはそこそこの部屋。


 半年前に越してきたというのにまだ荷解きの済んでない塊がいくつか置いてあった。そのほとんどは趣味で集めたダンジョンに関する書籍だ。


 あくびと伸びを同時に行い、目が完全に開いたのを確認してから、ハンモックから転げ落ちる。


 どすん。


 ぼふ。


 勢いよくほこりが舞い上がる。若い単身者にありがちな掃除嫌いという病だ。


 〈ボンド堂〉へはものの数分で到着するのでゆっくりめに支度をして家を出る。


 〈ボンド堂〉は街の大通りに面していた。好立地と言えるだろう。周りの店も景気がよさそうだ。


 店の前で珍しく、フィレットに待ち伏せをくらった。嫌な予感がする。


「おはよう。早いね」


「おはようございます、ダンさん。その、朝の……いいですか?」


 予感は的中した。あれからというものの隔日に、あれこれ理由をでっちあげては吸引を行おうと迫ってくるのだ。朝からエネルギーを吸われたのではいい営業妨害だ。


 最近心なしかフィレットがより美人になった気がする。気のせいだろうか。

 だが求められて悪い気はしないのも事実だった。秘密を共有していることも、なんだか嬉しかった。


 店に入りドアを閉めて、他に誰もいないことを確認する。


 開店準備は下っ端のダンに一任されていて、この時間はまだ誰も来ないのだ。


 お互いに目を閉じて吸引する。こうすることで変に意識しないですむ。今誰かが、密室で接吻を繰り返す二人を見れば、確実に恋人同士だと思うだろう。それが実際に起こった。


 ガラガラという音とともに店内に姿を現したのは、数日前にダンが出会ったあの女性――ロッタだった。


「えーっと……これって、入ったらまずい状況だったかしら。ごめんなさいっ!」


 ロッタは目を丸くし顔を赤らめて、申し訳なさそうに、滞在時間一秒で、光の速さで退店していった。


「ちょっと待って!誤解だ」


 急いで追いかける。よかった。まだ店の前にきまり悪そうに突っ立ている。


「これには事情があって……」


 バレたなら仕方ないと、フィレットと二人で誤解を解く。


「なるほど、そういうことね」


 だがその顔は納得したとは言ってない。


「でもそれって、ちょっと健全な関係とはいえないわね」


 二人だけの秘密に、第三者から忌憚のない見解が示される。


「やっぱり、ロッタもそう思う?」図星だった。


「ま、私の知ったことじゃないけどね」


 あっさりしたものだ。もっと、嫉妬するとかあってもいいのに。いや、先日会ったばかりの女性に何を求めているんだ、と我に返る。


「で、今日はダンジョンを見に来てくれたんだよね?」


「ええ、そうよ」


「一週間前にまた明日って言ってたのに、なんで今日まで来なかったんだ?」


 ダンはあれは幻だったのだと思うようになっていた。あんな美人がうちの常連になってくれるはずがない。あれは疲れ果てた自分がみた白昼夢なのだと。


「ちょっと、いろいろあってね。ほら、引っ越しとか」


 やっぱりロッタとは話やすい、と改めてダンは思った。こうした軽いやり取りでも、自然と笑みがこぼれる。これは別に彼女に気があるとかそういうわけではないけれど、仕事とはいえ絶世の美人と話せるのは光栄以外の何物でもなかった。


「じゃあ、案内するからあっちの部屋で待ってて」


 とりあえずロッタを別室に追いやる。二人きりになったとたん、フィレットが口を開いた。


「誰ですかあの美人さんは。あんな知り合いがいたんですか」


 なぜだか怒りを向けられている気がするのは、気のせいではないはずだ。


「新しいお客さんだよ。この間ちょっと話をしたんだ」


「健全な関係とはいえないわね、だなんておせっかいな女です」


 ロッタの台詞を引用した部分は、明らかに険のある言い方だった。まさか、妬いているのか?それは例えば、飼い猫が野良猫に餌を横取りされたときのようなものだろうか。少なくとも、恋人を横取りした愛人への嫉妬感情のようなものではないはずだ。


「まあとにかく、エネルギー補給も済んだんだし、今日はもう帰ってよ。お店開けなきゃ」


「なんですかその言い方。私がまるでやっかいな女みたいじゃないですか」


 そう、その通り!とダンは心の中だけで同意した。


 フィレットは「まあ私も自分の仕事があるのでどのみちもう行きますけどね」と不満そうに言い捨てて出て行った。


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