タカラさがし
「ねえ」
「なんだい」
「これ、だれが持ってきたの」
マリちゃんは、かいじゅうみたいに口からたくさんの息をはき出しながら言いました。ハーっとすれば息は白くてあったかく、フーっとはくと透明なつめたい空気が出ます。そんな不思議について考えてるうちに、無視されていることに気づきました。
「ねえったら、ちゃんと聞いてるの」
「ん、ちょっと待って」
シンタロウくんはロープをしっかりとむすんで、まだジンジンとしびれる手のひらをグーパーしながらマリちゃんの指先を見ました。小箱にはキラキラしたのがたくさん付いています。
「いいね、それ」
みんなで作っているこの秘密基地は、ぴっと抱きついても手がまわらないくらいの太い木にはさまれていて、太陽が元気な日でも奥のほうは暗くてよく見えません。小さな光でもきちんとはじくその小箱は大切な物を入れるのにちょうどいいと、シンタロウくんは思いました。
「なにを入れようか」
「あたし、見たことないよ、だれが持ってきたの」
「知らない」
「じゃあ、使えないよ」
「なんで」
「だって、もしあたしたちの物じゃなかったら泥棒になっちゃう」
「ここにあったんだから、大丈夫だよ」
ユウイチくんとアカリちゃんはプールの日だから、今日は来ません。昨日なかったキラキラ小箱がここにあるということは、いつも朝早くにお参りするユウコちゃんが持ってきたのでしょう。シンタロウくんがそう説明すると、マリちゃんはにっこり笑って、「みんなの名前を書いて入れておこうよ」と言いました。
5人が仲よくなったのは、秋の遠足の日。大きなお寺にはたくさんの隠れるところがあって、シンタロウくんがぜったいに見つからないと思った建物の下に入ると、すでに4人が静かに座っていました。
ユウイチくんとアカリちゃんは塾で一緒。ユウコちゃんは同じマンションです。お母さんどうしも仲がよく、だから、そこにいるマリちゃんを見て、珍しいなと思いました。
見つからないようにひそひそ話。鬼の足が見えたときには息をとめます。体の左があったかくなったシンタロウくんは、こんな時間がずっと続けばいいなあと思いました。
「マリちゃんっていつもだれと遊んでるの」
「アカリちゃん、調理実習のあとでクッキーを作ったのよ」
そんなことを話しているうちに、声が大きくなっていきます。ついに鬼に見つかってしまいました。
遠足の感想文を書いているとき、シンタロウくんは、お弁当もおやつもバスも、いつもだったらいくらでも言葉にできるものを文字にできません。小さな声で笑いあったことだけが浮かぶからです。
そのことを書こうとしましたが、あの楽しかった時間が消えちゃう、そんな気がします。だから、遠足の前の夜にあんまり眠れなかった話を書くことにしました。そして、なんだか、さみしくなったシンタロウくんは、休み時間に思いきって言いました。
「ぜったいに見つからない秘密基地を作ろう」
口を大きく開いたときには、もう場所は決まっていました。ユウイチくんと塾の近くを歩いていたときに見つけたところ。たまにネコが来るくらいで、いつもひっそりとしています。
ダンボールで囲って、枝や葉っぱでおおってみる。そこにいろんな物を持ちこんで、ひそひそこっそり時間をすごす。あの続きをしてみたいとシンタロウくんは思いました。
秘密基地を作りはじめてから、ふた月がたちます。ユウイチくんとアカリちゃんは用事が多くてあまり来れません。ユウコちゃんは学校が終わるとすぐに病院へお見舞いに行きます。シンタロウくんは、マリちゃんと一緒にいる時間が長くなってきました。
手を動かすのがこんなにも楽しいことだなんて、捨てようとしていた物が宝物のように見えるなんて、シンタロウくんはたくさんのことを知りました。
ニャーゴという合図。
今日はどこをさわってほしいのでしょうか。6人目の仲間がやってきました。キラキラ小箱に名前を書いて入れるなら、早く名前を決めてあげないといけません。
「マリちゃん」
「なあに」
「ネコの名前、どうしようか」
「みんなで決めないとダメだよ」
最後にみんなで秘密基地に集まったのはいつだったでしょうか。マフラーを巻くようになってから、5人がそろうことはなくなってしまいました。毎日のように来るのは、シンタロウくんとマリちゃんだけです。
「じゃあ、明日、学校で決めようよ」
シンタロウくんは、学校でいつも静かにしています。みんなでネコの名前を考えるのを想像するだけで、とってもうれしい気持ちになりました。
「この子がいないよ、みんなって言ったでしょ」
シンタロウくんは気づきました。マリちゃんは名前をつけたくないのです。いつも「この子」と言うだけで、「あの子」とも言いません。目の前にいないネコの話をすることも、ネコに話しかけることもありませんでした。
でも、キラキラ小箱に入れる名前を決めないといけません。どうしようかと悩むシンタロウくんの右足に、ネコが体をこすりつけてきました。
ーーそうだ。いいことを思いついた。
本人に決めてもらいましょう。ネコに聞いてみて、そのときの鳴き声を名前にすればいいのです。
「なあ、おまえ、なんて名前にしてほしいんだ」
「わたしの名前はタカラだよ」
ネコはシンタロウくんの足をよじのぼろうとしています。毛糸のマフラーで遊びたいのでしょう。のばした前足をシンタロウくんにつかまれてしまいました。
「おまえ、いま、しゃべったよな」
シンタロウくんの変な顔を見て、ネコはおもしろそうにしています。でも、茶色のマフラーも気になってしかたがありません。
「ねえ、首に巻いてるの、ちょっと貸してよ」
ーーネコがしゃべってる。
マフラーを手にとって、シンタロウくんは座りました。
「名前、もう一回、教えてよ」
「タカラだよ」
「タカラ……宝物のタカラ」
シンタロウくんはマリちゃんを見ます。でも、マリちゃんは、落ち葉の色と形をそろえるのに集中しています。きれいに並べて飾りつけるのでしょう。小さなセロハンテープを持ってきたのはそのためです。
「タカラ、いつからしゃべれるんだい」
「わたしはずっと話しかけていたよ」
「名前、お母さんにつけてもらったの」
「ううん、なんて名前にしてほしいって言われたから、さっきタカラがいいなって思って決めたんだよ」
「なんでタカラがいいの」
「シンタロウくんはいつも宝物を大切にしてるから」
マリちゃんは、秘密基地の外へ出ていきました。きっと手のひらくらいの葉っぱをさがすためでしょう。
「タカラとお話しできるのって、僕だけなの」
「わたしはいつもみんなに話しかけてるんだけどね、はじめてシンタロウくんが返してくれたの」
タカラはマフラーをぐちゃぐちゃにしています。あっ、穴があいちゃった。でも、タカラは気まずそうな素振りもありません。穴を大きくするのに夢中です。
「やめてよ、お母さんに怒られちゃうよ」
ゾゾゾゾと風がふいてきました。秘密基地の外はさむいのでしょう。マリちゃんのくしゃみがかすかに聞こえました。
「じゃあ、わたし、もう行くね」
「待って、マリちゃんともお話ししようよ、名前を教えてあげないと」
ニャーゴと鳴いて、タカラは出ていきました。
ポケットから飴を取りだして、シンタロウくんはゴロンとなりました。屋根がわりの枝のなかに、黒い青の実が1つあります。どれくらい見ていたでしょうか。お尻のあたりがつめたくなっています。
ずっと前に拾った短いボールペン。折り紙はどこに置いていたっけ。
マリちゃんが秘密基地に入ってきたとき、シンタロウくんは、青色の裏に「タカラ」と書いたのをキラキラ小箱に入れたところでした。
「見て、大きな葉っぱ、きれいな形でしょ」
鼻の下がすこし光っています。そんなマリちゃんを見て、やっぱり外はさむいんだなあとシンタロウくんは思いました。
ーーあっ、マフラーがない。
困りました。こんなさむい日にマフラーをなくしてしまったと言えば、お母さんにきつく怒られてしまいます。
あわてて出ていこうとするシンタロウくんに、マリちゃんは声をかけました。
「どこ行くの、一緒にお飾りしようよ」
「ごめん、あとでね、さがさないと」
「なにを」
「タカラ」
「宝物をさがすの、どんなの」
説明している時間はありません。早く見つけないとマフラーはボロボロになってしまって、それはそれでお母さんに怒られてしまいます。
「キラキラ小箱に名前を入れててね」
短いボールペンを指さして、シンタロウくんはタカラさがしに出かけました。