インデアンカレーのカツカレーとソフトシェルクラブ
こいつカレーばっか食ってやがんな、と思われるかもしれないが、それは誤解だ。正確にはカレーも食ってる、だ。書いてないだけで、他にも食ってる。
以前通りかかったときに、金沢カレーなるのぼりを見かけてずいぶん気になっていたのだが、機会があって寄ってみた。
私は金沢に行ったこともないし、金沢カレーというものも食べたことはないのだが、なんとなく、金属の皿に盛られ、やや黒っぽいルーで、カツがのっかっているというざっくりとしたイメージはあった。多分ここで食べた味も、本場の金沢のそれとは違うと思うが、雰囲気は大いに楽しめたと思う。
食券を購入するスタイルだが、事前に軽く下調べした時とは、メニュー名が変わっていた。インデアンカレーではなく、スパイスカレーとあった。丁度西日が差し込んでいて見づらく、手早く選んでしまったから見落としたのかもしれない。また、名前の違いがそのまま中身の違いにつながるかも、わからない。
新しい店は、そのわからなさが面白くもある。
カツカレー、Mサイズ、それに、トッピングはなにがあるかと思って券売機を眺めてみると、ソフトシェルクラブなる文言がある。なに言ってんだこいつ、と思った私を許してほしい。
あまり聞きなれない人もいるかもしれないが、私はこいつを扱ったこともあるし、食べたこともあった。それはつまり、脱皮したての柔らかいところを〆て、殻ごと頂いてしまおうというなかなかに罪深い食材なのだ。脱皮のタイミングを見計らってやらねばならないので、手間もかかり、お値段も張る。
こちらのトッピングでも、五〇〇円した。カツカレー一杯で九〇〇円とかいうところに、トッピングで五〇〇円であるから、腰の引ける値段である。勿論押した。ぽちり通した。キャバァーンとも鳴らず、静かに無慈悲に食券が滑り落ちる。
半端な時間だったから、店には私一人だった。
気兼ねない、といえば聞こえはいいが、やや落ち着かない。先客がいれば、その人物を観察することで、店内の動き方というものが見えてくるが、これではすべて己の力で切り拓かなければならない。億劫だ。
店主も、このご時世だし、飯時からも少しずれているし、すっかり油断していたらしく、出された冷やのポットは氷を沈めたばかりで、ぬるかった。なんだか、申し訳ない。
少し待って出てきたカレーは、成程、なんとなくイメージ通りではある。金属の皿に盛られ、やや黒っぽいルーで、カツがのっかっていて、そしてその上に蟹がのっかっている。なんだか、ものすごいビジュアルだ。どういう由来でお前はカレー屋にやってきたんだ。手のひらに乗るくらいのカニが、きれいに足を広げてからりと揚げられて、鎮座ましましている。
イメージと裏腹に、また事前の下調べと違って、キャベツはなかった。いまはキャベツもトッピングになっているのだろうか。西日に負けて、適当に選んでしまったのが悔やまれる。
ともあれ、カレーだ。
カレーを食う前に、カツを食う前に、私はカニをどうにかしなければならなかった。サワガニ、じゃないな、ワタリガニだったか。こいつが場を支配していて、フィールドから除外しなければにっちもさっちもいかなかった。
はじめは、スプーンで割れないものかと試したが、うまくいかない。殻ごと食えるとは言っても、さくさく切れるほど柔くもない。仕方なしに持ち上げて、足から削っていこうと思ったが、なかなかタフなカニだった。足だけ食いちぎろうにもうまくいかず、根本ごとずるりと半身が取れる。慌ててむしゃむしゃと半身を口に放り、頂く。こりゃしょうがねえなと思って、甲羅と、残りの半身もなんとか口にねじ込んで、咀嚼する。
うまい。
揚げられているが、さくさくというのではない。カリッというのでもない。もしゃりもしゃりと、柔らかい殻を噛んでいる。素朴なカニの味が、カニの香りが、よい。身自体はあまりなく、痩せているようにも感じられるくらいだが、カニの旨味を、丸々食えている。悪くない。良い。良いが、なぜこいつがカレー屋に来たのかは、わからなかった。全然わからなかった。
なんだか初手からペース配分を崩された気分で、カレーに手を付ける。
はあ、なるほどね。こういう味だ。ふうん。へえ。まあこんなもんかな。
なんだか普通のカレーだなと思って食っているうちに、ぽかぽかと温まるスパイシーさが広がっている。ただ辛い、というのではなく、後から利いてくるタイプだ。唐辛子の辛さと言うより、胡椒のようなぴりりとくる辛さが、心地よい。
中盤から利き始めて、終盤まで楽しませてくれる。
カツもまた、やはり、ありふれたカツのように思えるのだが、これがあるとないとでは、やはり大いに違うだろう。カツのないカツカレーなんて、みたいな阿呆なことを言うつもりはない。ボリュームが違うというデブみたいなことも言わない。
ただ、しっくりくる。このカツがカレーの上に乗っかっていることで、妙な安心感がある。ただカレーだけ食べても、ああ、スパイシーでいいカレーだなという程度だが、ここにカツがやってくることで、不思議な満足感がある。スパイシーさを程よくやわらげ、そのうえで、豚の甘みが全体にふくらみを与えてくれる。最初からカレーに豚肉を煮込んだのではない、豚単体としてのうまさが、カレーとうまくかみ合うのだ。
西日が眩しくてやや落ち着かなかったが、良いカレーだった。
それにしても、あのカニはいずこから来たのだろうか、