丸源ラーメンの肉そば全部乗せと鉄板玉子チャーハン
丸源ラーメンが宮崎に初出店したらしかった。
それで喜ぶかと言えば私はそもそも丸源ラーメンというのを全然知らず、名前を聞いたことだってなかった。
たまたま用事があって近くを通ったときに看板を見て、たまにはラーメンも良いかと思い、そしてまた時間もちょうどよく開店時間であったというだけのことだった。
私は事情も分からないままに開店五分ほど前に車をつけ、何人か並んだ後について受付に名前を書き、中に入ってようやくこれはおかしいぞとグランドオープンの気配に気づいたのだった。
この日は全く、失敗だった。
大失敗だった。
カウンター席に通され、ざっとメニューに目を通し、とりあえずと注文したのが表題の通り肉そばの全部乗せと鉄板玉子チャーハンである。
肉そばというのが看板メニューであるらしく、バリエーションはいくらかあったが、とりあえず全部乗せてみればよかろうという雑な判断だった。唐揚げやら餃子やらといったサイドメニューもあったが、そこでチャーハンを選んだのは写真が何とも言えず美味そうだったからだ。
まずチャーハンが来た。じうじうと音を立てる鉄板に炒飯がお玉で丸く盛られており、その周り、鉄板の肌に溶き卵が目の前で流し落とされる。それを自分で匙で混ぜて食うのだ。これは何とも楽しい見た目で、熱々のまま食えるというのもなかなかに嬉しい。味も悪くない。焼き加減も自分で好きにできる。
まあ、だからどうしたという人には、むかない。食べ終えてみると別にどうということはないのだ。抜群にうまい炒飯かと言われると、むつかしい。自分の手際に、左右され過ぎる。この辺りはもう、好みだろう。
このあたりで一息ついた私は、ドンと置かれたポットから茶をついで唇を湿らせた。珍しく緑茶で、なんだか不思議な感じはするが、油がさっぱりとするような気もする。
そうして一息ついて周りを見る余裕が出てくると、次から次へと客が入っては案内されていき、店内はごちゃついていた。このご時世によくもまあこんなに来るものだ。
失敗したなと私は思った。
しっかりと席と席の間には透明な衝立があるのだが、何事にも万全というものはない。こうも客が入ると店としても絶対安全であるとはなかなか言えないものであるし、面倒な客が出てきたらかわいそうだなとも思う。繁盛して儲けがでるのはいいことだが。
また多くて困るのは客だけでなく、店員も多い。それは、そう、グランドオープンを狙った客がどっと入ってくるのはわかっているのだから、店員も多い。客を案内し、注文を聞き、食い終わった客があれば会計をし、席を片付ける。厨房もそうだ。次から次へとくる注文をさばいて、運ばねばならない。
わかる。理屈はとてもわかるのだが、何しろ厨房がぎっちぎちだ。互いに行きかうのも大変なくらい厨房に人がぎっちり詰め込まれて、工場の機械を人間が肩代わりしているような具合だ。
つくづく失敗した。
やってきたラーメン、肉そばだったか、これはなかなかに良い見た目だった。これだけ込み合って忙しいとなれば多少崩れそうなものだが、盛り付けはあくまでも写真に忠実に、きちんと盛ってくる。
ただまあ、やはり失敗した。
全部乗せというのは、これはよくない。どんぶりは決して大きなものではなく、広口でもない。そこにあれやこれや、具体的には肉そばの名の通り薄切りの豚、紅葉おろしのような柚子胡椒おろし、チャーシュー、煮卵、海苔が三枚、極太のメンマ、それにたっぷりの葱。見た目ににぎやかだし、気持ちもうれしくなる。
だがこれを食うとなると話が変わってくる。
どんぶりが丸っこい、ちょうどよく収まるものなので、このたっぷりの具が遊ぶ余裕がない。そしてあれもこれもと入っているので、肝心の肉そばとやらの味わいがいまいちわからない。肉そばを食べたことがある人間のチョイスだった。うまいはうまいが、雑多な感じになってしまった。
ネギは、頭の青い部分がザクザクと細切りにされたもので、細いと言っても麺より太いようなかなり歯ごたえのあるもので、これがもともとの形なのか忙しいからなのかは知らないが、かなり食いでがあって、葱を食っているなという感じがする。どんぶりの中で温められて、それでもしんなりせず生葱の感じがして、葱好きにはたまらないだろう。しかし太い。
もっと太いのはメンマで、いや、これが本当に太い。普通のメンマを二、三本束ねたような太さだ。箸置きかよ。どんぶりに角材はいっとるやんけと思わず突っ込みかけるほどしっかりとした存在感があって、メンマ好きはこの太さにむせび泣くに違いない。ただ太いだけになかなか熱が通らず、やや冷たい。難しいところだな。
豚肉や柚子胡椒おろしはうまい。うまかったと思う。のだが、全部乗せの中で埋もれてしまった。普通に食べて見たかった。これはきっとおいしいという感じの素直な味わいだったのだ。残念だ。私が壊してしまった。
チャーシューは特筆すべき味でもないが、厚めで、しっかりとした食べ応えがある。よくあるとろとろの脂がのった、箸ですぐ崩れてしまう奴ではなく、しっかり肉感があって、個人的にはこちらの方が好きだ。
煮卵は、まあ、煮卵だ。いると嬉しいが、格別な存在感があるわけでもない。いなかったら、どうした、という気持ちにもなるが、いても褒め称えはしない。君はそう言う定番感がある。レギュラーメンバー程目立たないのだ。
丼の縁にそびえる海苔は、なにしろ立体的に盛り付けられているから、視覚効果は十分だ。真っ黒な海苔が、それも三枚もそびえている。堂々たるそのたたずまいには大満足だ。ただ、私はいつもこのラーメンのノリをどう扱ったらいいのかわからないでいる。パリパリのまま食えばいいのか。スープで浸して食えばいいのか。いっそスープの中で崩せばいいのか。謎だ。
高菜漬けもあって、これも少しとってみたが、失敗した。
開店直後で、冷蔵庫から出したばかりらしい、店のやる気と衛生管理がうかがえる良い品だ。だが、そのために冷たい。キンキンに冷えてやがる。あまりにも冷たい。開店直後はこういうトラップがあるわけだ。
食い終えて席を立って、会計もやはり時間がかかる。オープニングスタッフもまだ慣れていないし、そこにレジ横のチラシを見て持ち帰り品とか頼むのがいると、さらに時間がかかる。写真もうまそうだし、土産にしたいという気持ちもわかる。わかるが、混んでいる。後ろに並んでいる。私のように代金を用意してから会計に立てとまでは言わないが、頼む。
そうして待つ間にも、店中から元気のいい声が響いている。いらっしゃまいせ。ありがとうございました。何とか入りました。かんとか上がりました。何番さんどうぞ。
元気がいいのはいいことだ。しかし私は元気のいいラーメン屋と並ばなければいけないラーメン屋が好きではない。元気のいい掛け声を聞いていると、その陽の気に押しやられてしまいそうになる。そして陰の気を持つひねくれものには、その陽の掛け声の裏に様々な陰の気配が潜んでいるようでなんだか怖い。
失敗だった。
実に失敗だった。
今度来るときは、客の少ない時間帯に限る。




