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やよい軒のレバニラ炒めとから揚げの定食

 やよい軒というのは、私の中で、名前は知っているが行ったことはない店の一つだった。

 近くを通るまで、そこにあるということも知らなかった程度には、遠い存在である。なにしろ宮崎市には一件あるのみで、別に近所というわけでもない。

 なぜそのやよい軒の名を知っているかと言えば、いつだったか、高槻やよいの誕生日にちなみ、やよい軒高槻店に聖地巡礼の列ができたとかいう話をちらと耳にしたからだった。それ以来、高槻店でなくても、一度やよい軒にはいってみたいと思っていた。

 高槻やよいを知っている人には説明するまでもないだろうが、知らない人に一応ざっくりと説明しておくと、アイドルマスターというゲームに登場するアイドルの一人だ。わざわざそのゲームのキャラクターにちなんで同名の店に足を運ぶなんて、長串さんはさぞかしアイドルマスターや高槻やよいがお好きなんでしょうねと思われるかもしれないが、自己保身と保険のためにあらかじめ言っておく。

 長串さんの人は、アイドルマスターを題材に四本ばかり短編を書いているが、にわかプロデューサーどころか、アイドルマスターと名の付くゲームにはまるで手を付けたことのないクズの見本である。なんならコミカライズも、まだ手を付けていない。アニメは、かろうじてシンデレラガールズを視聴した。そのうちゼノグラシアは観たいと思っている。

 そのため長串さんの人の中でのアイドルのイメージはシンデレラ一門が基準であり、あとはやってもいないのに秋月涼も知っている。

 あの手の界隈は、二次創作が非常に活発で、原作を知らないのにキャラクターを知っているという方が存外に多いのではないかと個人的に思っていたりもする。

 ともあれ、そんなわけで長串さんの人は、特に高槻やよい個人に対して特に思い入れもなく、そもそもあまりよく知らない。6人きょうだいの長女であり、貧乏大家族で節約を得意とし、うっうーと独特な声を上げ、べろちょろなるカエルのポシェットを持っていることくらいしか知らない。なぜか怪力扱いされていたり、バストサイズがワースト2位だったりすることしか知らない。

 しかし知らなくてもやよい軒で飯は食える。

 私は飯を食いに来ただけであって、もやし祭りをしに来たわけではないのだ。

 少し早めの時間帯とあって、客はいなかった。あまり混んでいても落ち着かないが、ガラガラでも落ち着かない。最近こう言うのが、多い。

 タッチパネルの食券期を前に、少し悩む。写真はどれも、うまそうである。ここはお勧めと書いてあったり、定番のものを選ぶのが良いかもしれない。などと思いながらも私はなめらかに期間限定の項目を選んでいた。私は限定品に弱いのだ。

 どれもうまそうだが、目についたのはレバニラ炒めとから揚げの定食。

 ほほう。なかなか見ない組み合わせだ。中華っぽいからか、みそ汁ではなく、わかめのスープ。悪くない。

 唐揚げは、ごろりとしたのが三つ。味わいはややあっさりとしているが、とてもジューシーで、良い揚げ具合だ。申し訳程度にキャベツもついている。一緒についてきたオリジナルスパイスとやらをかけてみると、これは、中身を確認し忘れたのだが、塩コショウを強めにした感じだ。粒が細かいので、軽く振ったつもりでもドバっと出てくるが、味が濃い目の方が嬉しいという人には、むしろ評価点かもしれない。

 レバニラ炒め、というと、実は私はそれほど得意ではない。というのも、味の良し悪しが激しいからだ。不味いレバニラ炒めは、本当にまずい。レバー好きはこういうレバーでこそ、みたいな人もいるかもしれないが、私はあまり臭いレバーは好きではない。また、変に硬かったり、ぱさぱさしていたりすると、歯応えも嫌だし、飲み込むのも、なんだかつかえるようだ。

 だから私は、なんだか鉄分足りねえなという時には食べてみることにしているが、ほとんど薬みたいなもので、自分で処理するのは非常に面倒くさいので、外で食べるばかりで家ではまずやらない。費用対効果がよろしくない。

 ところが、やよい軒のレバニラ炒めではそう言うことが全然ない。いま書きながら、正直どんな味だったかすでに忘れかけているほど、素朴でごく普通の味わいで、つまりそれだけでもレバー嫌いの人間からするとすさまじいものだと思う。食べている最中にも、唐揚げに逃げるということがなく、白飯で誤魔化すということもなく、自然に食えていた。

 もやしやニラもたっぷり入っているが、レバーを埋もれさせるほどではなく、あくまで対等である。レバーの添え物でもなく、レバーのごまかしでもなく、一皿の料理としてまとまっている。

 からあげもそうだし、レバニラ炒めもそうだ。

 つまり、特別なうまさというものは全くなくて、下手すると翌日には味を忘れているようなごく普通の味わいなのだが、それがいいのである。安心する普通さだ。尖ったものはないが、それでいい。尖らなくていい。

 うまいうまいと有名な店の料理は、三日も食えば飽きるかもしれないが、やよい軒に三日通ったところで、なにも困らない。その料理に飽きても、他の料理もきっとこのようなのだろうなと安心して違うものを注文できる。

 これをけなしていると憤慨する人もいるかもしれないが、私からすれば手放しの称賛だ。こういう安心できる店というのは、あるようで、そうそうない。ほとんどないと言ってもいい。それが個人店でもない、清潔で居心地がよく他人を気にしなくてよいチェーン店となると、まずない。

 うわさのごはんおかわりロボットもあったので、使ってみた。茶碗を置いて、ボタンを押せば、ぼとぼとっと飯が落ちてきて、重量をはかって、ちょうどよいところで出してくれる。このぼとぼとっがいい具合で、程よく空気を含んで柔らかく落ちてくるので、へたくそがよそったようなべたっとした感じになっらず、ふわりときれいに盛られる。美しい。

 大盛りのボタンがなく、一番多いのが中盛200グラムで、次が並盛の150グラム。そして100グラムの小盛とあって、最後に嬉しいことに50グラムの一口というのがある。飯とおかずのバランスを間違ってしまって、あと少しだけご飯が欲しいんだけど、という時に、この一口はとてもいい。

 私は勿論200グラム迷わずぽちったが。

 この機械は、数字が見えるから自分で調節できるし、店員に声をかけて、持ってきてもらってという手間もない。実にいい。

 機械に飯を注がれるのはどうにもなあ、と落ち着かない人もいるかもしれないが、私からするとどうして見えない厨房で誰とも知れない人が注いでいる飯に安心できるのかわからない。そもそも裏手で、機械で飯を盛っているところは割とあるように思う。どこだかのどんぶり屋はそうだった。ありゃ便利だと思ったものだ。水につけっぱなしのしゃもじみたいな不衛生を考えると、まったく。

 よっしゃまた来よう、というたぐいの店ではなかったが、しかし、もし困ったときにやよい軒があったら安心できるな、そう言う懐の深さが感じられるようだった。

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