丸亀製麺のカレーうどん
仕事上がり、家に帰って晩の支度をするのも気だるい、とはいえ食わずに済ますのもつらい。
そんな腹具合も天気もはっきりしない夕時だった。
どうにも今日は飯を作る気がしないなという気持ちはずいぶん早くからあって、値は張るが味はまあ期待お上回ることのない昼飯を済ませた頃には、もうすでに今日は何か食って帰ろうという心積もりだった。
家ではまず面倒でやらない揚げ物を食いたいという気持ちもあったし、さっと済ませて家に帰りたいという気持ちもあって、かつ丼でも食っていこうかと最初は思った。チェーン店だが、かつやのかつ丼は、まず不安がない。
気持ちが変わったのは、そう言えば今日はこっちの方に出張ってきたからあそこの道をああ行けばあそこにたどり着くのだなと気付いたからで、一度気持ちがそちらに傾くと、あとは自然とそうすることになった。
つまり、丸亀製麺でカレーうどんを食おうということになった。
カレーうどんは、店舗によって出すところもあれば出さないところもあり、数量も限られている。だが一番のネックは、他は知らないが私がよくいく店では夕方の五時からしか出さないということだった。
普段は通勤路から大きく外れるし、わざわざ遠回りしてまで食いに行こうという気持ちにはならない。
休日にうどんでも食うべかと思っても、昼時ではカレーうどんが食えない。小説でも書くべえかと出かけた時は、朝から夜までこもって、出先でついでに飯も済ませるか、買って帰ることも多いので結局カレーうどんは食べたことがなかった。
どうしてもカレーうどんが食いたいといういわゆるカレーうどん欲はそこまでなかったのだが、ちょうどよい具合に出先からの帰宅ルートを大きく外れず、これを逃すといつ丸亀製麺のカレーうどんが食えるかわかったものではないという気持ちで、私はハンドルを握った。
私は他所でうどんを食う時は、基本的に丸亀製麺で食べることにしている。別に私は丸亀製麺から金を貰っているわけでも、格別な愛情を抱いているわけでもないし、讃岐うどんや香川県への反発として愛用しているわけでもない。
だがうどんを食うなら、まずここにしている。理由はすぐわかる。
丁度晩飯時とあって、店はやや混んでいて、少し並んだ。コロナ・ウィルスどこも閑古鳥が鳴くこのご時世だ、ようやっと客足が戻ってきたと、そういう具合なのだろう。
数量限定、との札に少々怯んだが、自分の番が来るなり、腹を据えてカレーうどんと短く注文した。そして大で、と付け加えた。並ではいささか不安だったし、特では少し重い。
早速まだカレーがあったかどうかなどと話す声が聞こえて不安に感じたが、幸い、あった。勝ったな。
ざっと湯切りされたうどんのなまめかしい白さが、まず目に嬉しい。そしてごうごうと音を立てて、その、なにそれ。あんまり気にして見たことがなかったが、なにやら音を立てる機械に当てている。あれは、多分、ブロワーか。風を勢い良く吐いて、手早く湯を切ろうというのか。ハイテクな。いや、ローテクか?
たっぷりかけられたカレーは、いかにもカレーといった素直な茶色だ。具は、豚肉と、油揚げ。油揚げが入っている時点で、私の心は満足げにガッツポーズしていた。やはり、カレーうどんといえば、油揚げだ。肉がなくてもいいが、油揚げはあってほしい。
受け取った盆をスライドしながら、手は反射的に天ぷら用の皿も取っている。馬鹿が。一日たいしなどというりせいてきなことはて動いてもいないくせに、カレーうどん大を食った挙句天ぷらまで食おうというのか。いうんだよなあ。
体はともかく心がデブなので、よどみなく天ぷらを選び始める。もう三十台に入ってしまったので、いままでの積立筋肉がそろそろ切り崩されていくが、気にはしない。
ざっと見た限り、卵がなくて、しょんぼり。好きなのだ、ゆで卵の天ぷら。自分ではまずやらないから。ごついかき揚げが一つだけあって、一瞬取ろうかと悩んだが、今日は違うなと横にスライド。サツマイモや南瓜にも心惹かれるが、カレーに対して少し重いか。結局、大きな茄子と、牛蒡、巨大かにかま、そして定番のちくわを選んだ。柏も行こうかと思ったが、ちゃんと我慢した。えらいぞ私。
我慢したおかげで、お代は千円と九十円。偉いぞ私。金遣いの感覚が死んでるからな。
財布を痩せさせ、横にスライド。
ネギをたっぷりとかけてやり、別にいらんやろと思ったが、せっかくなので天かすもかけておいた。正直天かすはほんとにいらんかった。カロリーだけ増やしやがって。
おひとり様御用達の長テーブル席に着くと、真ん中に、透明なつい立て。ウイルス防止の例のあれだ。大事だとはわかるが、おかげで卓上調味料がこちらとあちらで分断され、片側への供給が少なすぎる。
わざわざ席を立ち、何席分か歩いて塩を取り、天ぷらにぱらぱらぱらりこせ。私は丸亀製麺で天ぷらを食う時は、塩で食うと決めている。天つゆにそこまで期待が持てないからだ。
さて、早速カレーうどんだが、慎重にいかなければならない。何しろ跳ねるのだ。しっかり気を付けて食わねば、カレーまみれになる。などという理性的なことは、何口分かすすった後に考えて取って付けたが、手遅れだった。
服自体はまあ今日のは汚れてもいい奴だったが、衝立にカレーがはねて、露骨に、ああこいつカレーうどん食ったなという痕跡が残ってしまっている。妙な気恥しさがあって、丁寧に拭っておいた。
味はといえば、まあカレーうどんだなという味。期待を外れない。薄いということもなし、塩辛いということもなし、辛口でも甘口でもなし、中庸を行くカレーうどんだなと思わされる。出汁の香りは、そこまでしない。カレーに負けているという程、カレーも強くない。かなり、あっさりとした具合だ。
食べ終わった後、口元を手で覆って、はあと息を吐いてみたが、カレーの臭いがほとんど残らない程度である。
少々あっさりしすぎではないかとも思ったが、食べ終わった時の満足感は過不足なく、足るを知るというカレーではある。少なくとも、美味しく食べられるカレーうどんだった。これは素晴らしいことである。
何しろ私は以前、その店の名誉のためにも名は出さないが、他の店でひどいカレーうどんに出くわして大失敗したもので、それだけで嬉しいのだ。
それに、うどん自体がいい。というのも、腰があるうどんだからだ。腰のないうどんでカレーうどんをすると、どうにももっちゃりして、うどんをすすっているのか、やけにだぼつくカレーをすすっているのか、分かったものではない。
そう、私が丸亀製麺を好むのは、麺に腰があるからだ。宮崎で、ここまでしっかりとした腰があるうどんを探すのは、面倒なのである。うどん屋があちこちある癖に、どうにもやわいうどんが多くて困る。個人店は駐車場が狭いか、そもそもないかのことも多いので、それも面倒だ。
天ぷらまできれいに平らげて一息ついたが、もう少し入りそうな気はする。特でもよかったもしれない。うどん、二玉分。
だがこれくらいがまあ腹八分というものかもしれない。足るを知る、足るを知るだ。味もそうだし、腹具合もその方がいい、のだろう。
しかし、やはり、柏を取っておけばよかった。