第92話 雷獣の困惑
第92話~雷獣の困惑~
この丘陵にエリザベートが足を踏み入れたのはすぐに分かった。もとは同じ神に生み出され、その後も長い時をともに過ごしたのだ。魔力をどれだけ抑えようが、俺達伝説の魔物と呼ばれた存在は、互いの存在を一定距離以内であれば感じ取ることが出来る。
もし目の前にエリザベートが現れたらどうしてくれようか。封印されてから今日にいたる長い時の中で、そう考えたことは何度もあった。
神を、そして俺達を裏切ったエリザベートを許すことなどできるはずはない。いつか再び相まみえることになった時には、俺の手で殺す。そう、考えていた。
だからこそ、こうしてエリザベートが見える位置にいるというのに、どこの誰とも知らないやつらと戦っていることに俺は苛立ちを覚えていた。
エリザベートに敵意をみなぎらせる俺に対して挑んできた二人。一人は人のようだが、わずかに龍の因子を感じるところからすると、エリザベートの眷属なのだろう。もう一人は幽体の女性。渦巻くような魔力をその幽体から感じるところを見ると、おそらくこいつは強い。
そう感じたからこそ、俺は怒りの中で冷静に判断を下し、その女との1対1の戦いに持ち込んだのだ。
その目論見は正しかったと言っていいだろう。
この場所は長い年月俺が封印されていたこともあり、ほとんど俺に適した地域となっている。
空にかかる曇天は、その内部で雷を溜め俺に力を与える。また降りしきる雨は抵抗値を下げ、電気の通りを何倍にも高めてくれる。封印された俺の力は本来の力よりはるかに劣るが、それでもこの地域でならば負ける気などさらさらなかったのだ。
なのにこの幽霊はそんな俺の攻撃についてきた。
無数に落ちる雷を深青の炎ですべて受け止め、さらにはその炎でもって俺を燃やそうとしてきたのだ。
もちろん俺も雷をまとうことでそれを相殺する上に、降りしきる雨がその威力を抑えている。にもかかわらず俺が防御をきっちり行うのは、その威力が桁外れに高いと感じたからだった。
そこから遠距離での魔法の打ち合いがしばらく行われ、その後は近接戦へと展開していった。
魔法を得意とするのだから、接近してしまえば問題ない。そう思ったからこそ俺の方から戦闘スタイルを切り替えたのだが、あろうことか幽霊はそれに素早く対応してきたのだ。
爪による斬撃は炎をまとった腕にはじかれ、牙で噛み砕こうとすれば炎で作った盾に阻まれる。こちらの攻撃を的確にいなしたうえで、あろうことか格闘術や炎の斬撃による攻撃まで行ってくるのだから驚く他なかった。
いくら力が落ちているとはいえ、この俺に対してこうも対等に戦うことが出来る。敵ではあるが、その強さには賞賛を示すほかないだろう。
だがそれも時間の問題だ。
近接戦が出来ているとはいえ、決して熟練の動きというわけではない。こちらの攻撃に比べて幽霊の攻撃が当たらないところからもそれは明らかだ。
加えてもう一つの要因は魔力量の差だ。この幽霊、どうやら魔の根源に達する素質を持っているようで、その魔力量も通常に比して異常に高い。だがそれでも俺よりかは低いのだ。
高出力の魔力を放出して互いが戦っている以上、当然だが魔力量の多い方が魔法を長く使い続けることが出来る。さらにこの地域は俺の魔力に長年晒されているのだから、俺が魔法を使うのに最適化されているのだ。
魔力量が上、燃費が上。もはや俺に負ける要因など何一つなかった。
だからこそ驚いたのだ。ありえない場所からの攻撃に。しかもその攻撃が、槍による刺突だということに気が付いてしまったのだから。
「まったく、恭介さんはいつも遅いんです。スロースターターもいいですが、フォローする私の身になってほしいところです!!」
その正体不明の攻撃に幽霊はまったく動揺を示すことはない。横に大きく揺らいだからだ目掛けて、天高く立ち上る炎の柱でもって追撃を行ってくる。
『チィッ!!』
なんとかそれを回避するが、動揺のせいか左の後ろ脚に炎が掠った。ダメージとしては大きくないそれは、それでも俺のプライドを傷つけるには十分すぎるものだったのだ。
『どうなっている……』
「気づかない振りはやめたらどうです?今の攻撃が誰からのものかなんて、あなた自身でとっくに気づいているでしょう?」
再び続く幽霊との衝突の中、その言葉で俺はこれまで気にも留めていなかった存在へ初めて目を向けた。
エリザベートの眷属たる少年。
あいつはどうやら魔法がろくに使えないようなので、無数の雷による多角攻撃で始めから囲い込んでいた。
その攻撃で一瞬で終わると思ったのだが、しぶとくも回避によって生きながらえていたようだが、俺の脅威にはならないと踏んで放置していたのだ。
いつでも簡単に殺せる。そう思ったからこその放置。
エリザベートはこの戦いに関与はしないと初めからわかっていた。封印された俺と万全のエリザベート。結果は火を見るよりも明かだが、昔からそういった戦いはしないやつだと知っていたからだ。二人が危険になれば助けるくらいはするかもしれにないが、それ以上はない。そう考えたからこそエリザベートは最初から意識していなかったのだ。
だというのにこの少年はここまで生きていて、尚且つなんらかの手段を持って俺に攻撃をしてきた。伝説の魔物の一柱と呼ばれる俺に、まるでその気配を気づかせることなくだ。
それは異常だった。
『一体どうやって……』
本来ならこの状況で目の前の敵から視線を切るようなことなどしたくはない。したくはないが、そうせざるを得ない状況に俺はこの戦いが始まって初めてその少年を見た。
『……っ!?』
ほんの一瞬、少年と視線が合う。
その一瞬で理解した。真に危険なのはこの少年だということを。
“殺す”
少年の視線から感じたのは明確な殺意。その殺意が俺を一直線に貫いていたのだ。
警戒のレベルを最大限に引き上げる。先程の攻撃がいかなる手段を用いて行われたものかは未だにわからないが、それでもその攻撃が少年によるものなのは間違いがない。
そう思い全方向へどんな攻撃にでも対処できるように魔力を巡らせる。これなら次は防げる。そう思った次の瞬間に感じたのは、背中への激しい痛みだったのだ。
『な、何がっ!?』
「さすがは恭介さんです!!これだけ隙が大きければ今度は逃しませんよ!!」
何が起こったのか、背中の状態がどうなのかを確認する暇などない。俺が痛みに揺らいだ隙を見逃すような幽霊ではないからだ。
先ほどは遠距離の魔法を躱されたからか、今度の攻撃はいたってシンプル。炎纏わせた蹴撃の嵐が俺の顔面に降り注いだ。
『ぬっ!?グッ……!?』
「あははははっ!!いいです!!楽しいです!!燃えない敵はきっちり燃えるように下準備をしないといけませんよね!!」
蹴りにより俺の体毛が少しずつ焦げていく様子を見て、幽霊が高らかに笑った。もはやこちらに余裕などはない。こうなれば余力を残した戦いをしている場合ではない。
後に控えるエリザベートのために、体力、魔力共に残しておこうと思ったのだが、そうしていてはこちらがやられる。
この不利な状況をなんとかするためには、幽霊と少年、どちらか一人を倒してしまう必要がある。中途半端ではダメだ。こちらの今放てる最大の技でもって倒しきらなければならない。
「どうしたんですかっ!!もう降参なんですか!!」
ギアを一段上げた幽霊の猛攻が俺を襲う中、魔力を高め意識を集中させる。
地域一帯に広がる魔力をかき集め、体表に雷をどんどんと蓄電させていく。しばらくはこの地帯から雨や雷と言った現象が消えるだろうが些末なことだ。ここでむざむざやられるのなら、少しばかり過ごしにくくなった環境で暮らす方がまだいいというもの。
そう思い、一帯の魔力を雷に変換し、そろそろそれも完了するかという頃合いだった。
「自分を守っていた唯一の防御を取り払うなんて、よっぽどその技に自信があるんだろうな。ただしその技が出せればの話だが」
気づいた時には手遅れだった。必殺の技を放つまであとほんのわずか。だが敵はそれを許すほど甘い存在ではなかったのだ。
「龍牙槍」
必殺技も発動できなければそんなものはないも同じ。その言葉の示す通り、俺は次の瞬間には大ダメージを負って、自身を封じている鉄塔に打ち付けられることになるのだった。
優勢でことを進めていたはずの敵が逆転される瞬間って大好きです。トールさんには申し訳ないですが、今回はやられや役となってもらいました。
しかしカナデが今回もただのやばい奴になってますが、妙にはまっているので良しとしたいと思います。
皆様の応援のおかげで本作品もブックマークがようやく100人に達することが出来ました(現在少し減ってしまいましたが)。
これもすべて毎回読んで頂いている読者様のおかげです。本当にありがとうございます。連載開始から半年かけてという長い期間ではありましたが、それでも非常に嬉しく思っています。
これからも連載は続きますので、引き続きご愛顧のほどよろしくお願いします。
もしまだブックマークをしていない方がいましたら、是非していって頂けると作者がとても喜びます。評価までして頂けると、作者が泣いて喜びますので是非お願いいたします。
それではまた次回をお待ちください。




