第85話 皇女の説得と聖女の想い
第85話~皇女の説得と聖女の想い~
教会にはホールへと続く一番大きい入口の上に、バルコニーのようなものがある。神事の際や、神のお告げなどを街に住むものに知らせる際、教会の外に集まる者に教会関係者がそこからそれをしらせるための場所だ。
「皆さん!私はキュリオス帝国第二皇女、ナターシャ・キュリオスです!!」
その場所に今、ナターシャが立ち教会に助けを求め群がる人々に声をかけ始めた。
「私たちは教会の聖女であるセレス様と協力し、あなた方を呪いから解き放つ方法を発見しました!!」
ナターシャの声に、民衆がどよめき立つ。それはそうだろう。このまま座して死を待つしかないところへ、それを回避できるかもしれないという希望が出てきたのだ。どん底で与えられた一筋の希望。縋りつきたいのが人というものだ。
「待てよ。だけど呪いって浄化でしか解けないんだろ?聖女様とはいえ一日に二人が限界だったんだし、皇女様とはいえ何が出来るって言うんだよ」
「そうよ!それにあの人は自分だけ聖女様に浄化してもらって、教会に閉じこもったのよ!!きっと何かろくでもないことを考えてるに違いないわ!!」
一人の疑問が疑惑に変わり、そして最後には大勢の怒りへと変化していく。
この反応は予想していないわけではなかった。むしろそうなる可能性が高いと思っていた。それでも決行したのは、ナターシャがそうすることが自分の責任だと強く主張したからに他ならない。
安全に行くなら一人ずつ、確実に薬を飲ませる方がいいに決まっている。全員は救えないだろうが、それでもこちらに危害が及ぶことはなくそれなりの人数は救えたはずだ。
それでもナターシャはそれを選択しなかった。全員を救える可能性があるのなら、自分がどうなったとしてもそれに賭けたいと言って、自らが矢面に立つことを選択したのだ。
それは皇族としての意地なのか。それとも自分だけが助かろうとした罪滅ぼしなのか。俺としてはどちらでも構わないのだが、その行為はやはり民衆の怒りに火をつける結果となったようだった。
「ふざけんな!!」
「引っ込めよ!!」
「自分だけ助かろうとしたくせに!!」
「えせ皇女がっ!!」
怒号が怒号を呼び、もはや収拾が付かない事態となってきている。それでもナターシャは必死に説得を試みているが、所詮は一人。多数の民衆の声にかき消されその声は届くことはない。
客観的に見ればそれは非常に愚かな光景だった。冷静になって考えれば、仮にナターシャがどれだけ極悪人だったとしてもこのままでは自分たちは死ぬのだ。だったらナターシャの提案を受け入れるべきなのだ。
どちらにしても死んでしまうのなら、少しでも可能性に賭ける方がよっぽどましなはずなのだ。
「お願いします!私の話を聞いてください!!」
「お前のことなんて信じられるか!!」
「そうよ!どうせうるさい私たちを全員殺すつもりなんでしょ!!」
怒りはもはや妄想にまで至ってしまっている。こうなってしまったらもはや収拾は不可能。全員を助けることは不可能と言っていいだろう。
「プランBに移行だな」
俺はカナデとエリザに目を向けた。プランAはナターシャの説得により全員に薬を渡すことだった。だがそれはこの状況ではもはや不可能。そこでのプランBだ。
プランBと言っているが、早い話が街で少しでも話を聞いてくれる人に優先で薬を渡そうというだけのことだ。一人に飲ませることが出来ればその人が回復し、信憑性がまして薬を欲しがる人が増えてくる。その連鎖で少なくない人が救えるはず。
もちろんすでに末期状態の者はそこまで持たないだろうが、ナターシャの説得を聞き入れなかったのだから仕方がない。
そう思い、行動を開始しようとしたその時だった。
「息子を返せ!!」
民衆の最前列にいた男が何かをナターシャに向かって投げつけたのだ。
すでに別の行動をとろうとしていた俺達は反応が遅れ、ナターシャは突然のことに反応ができなかった。
投げられたのはどうやら石だったらしい。その石が必死に説得を試みていたナターシャの頭部に当たり、鮮血が辺りに散る。
その光景に少しの時間だが、民衆の怒号がやんだ。
人はどんなに怒りの最中にあっても、自分の予想を超える事態に直面するとその行動を止めてしまうものなのだ。
いかに怒りの対象とは言え、皇族相手に怪我を負わせる。それがどれほどの行為なのかわからない程馬鹿なやつはいない。
ふらつくナターシャに兵士たちが駆け寄ろうとする。だが、それをナターシャは片手で制すると、血が流れる頭を押さえながらもそのまま民衆に語り掛けた。
「あなた方の言う通り、私は国益を優先しあなた方を見捨てようとしました。それを否定することはしません。私に怒りを向けることは当然です」
ナターシャの言葉が怒れる民衆の耳に初めて届いた。予想外の事態に動きを止めた民衆に声が届く、最初で最後のチャンス。ナターシャはそれを見逃すことなく言葉を続ける。
「私をどう思おうと、どうしようと構いません。ですが今、私にはあなた方を救う術があるのです!!その結果、もしこのままあなた方が死に伏すというのなら、私も共に死にましょう!それでも気が済まないというのなら、あなた方の手で八つ裂きにされるのも本望です!!」
ほとんど捨て身の説得。自身の命をチップにしたその説得は民衆の心に迷いを抱かせた。
ナターシャを信じ、目の前に忽然と現れた希望に縋るのか。それともこのまま怒りに呑まれナターシャを糾弾し続けるか。
代償が大きいからこそ得られるリターンもまた大きい。出血を伴いながらも必死に訴え続けるナターシャの姿は、とうとうこの場の雰囲気を自分のものにすることに成功したのだ。
「まだ足りない……」
だけどまだ足りない。ナターシャの説得は確かに民衆に響き、迷いを抱かせるに至ったが、信じるところまではいっていないのだ。
教会に閉じこもり、国益を優先にしてしまったがゆえの代償。皇族としての当然の行為が、ここにきて自分の首を絞めている。
あと一押し、民衆からの支持を得ている者の説得があれば。
俺はそれに該当する人物に目を向けた。
「……っ」
迷い、葛藤、戸惑い。
それらが透けて見えるセレスの表情。これまで自分が信仰していた神を裏切るのか、それともこのまま傍観し全てを見捨てるのかの狭間で揺れ動いている。
「どうするんだ?お前の友人があれだけ体を張ってるのに、お前はそこで見てるだけか?」
「私は……」
「神に仕える身だからできませんってか?はっ、笑えるね。つまりお前は友人よりも神とやらをとるわけだ。今あそこで自分にできることを懸命にしている友人よりも、一度も見たこともない会ったことすらない神とやらを選ぶってわけだ」
「それはっ!そういうわけでは……!」
「だったら何だって言うんだよ!どんなに言葉を並べたところでお前のしていることはそういうことだ!俺はお前がどれだけ神に救われてどれだけ信心深いかなんて知らない!だけどここでナターシャを見捨てればお前は絶対に後悔することだけはわかる!!これから先、例えどれだけ成功を収めようが、この日のことをお前は絶対に後悔し続けるってことだけはな!!」
なぜ俺はこんなにも声を張り上げているのか。確かに神のやることに不満はあるが、ここまでしてやる義理なんてないはずなのに。
それでも俺はこうしてセレスを説得なんてしてしまっている。セレスに後悔をしてほしくないから。状況は全然違うが、俺のように全てを失うようなことになって欲しくないから。
「一つ、聞いていいですか……」
「なんだよ?」
「あなたは、神を信じますか?」
セレスは俺にそう聞いた。これまでにないほどに、強い意志を込めた目で。
だから俺も答えた。紛れもない俺の本心で。
「信じるわけがない。絶賛、殺害候補リストの一番上にランクインしてるよ」
「そう、ですか……」
俺の答えにセレスは小さくうなずく。そして何かを決心したように顔をあげると予想外の行動に出たのだ。
「あ、おいっ!?」
突然走り出したセレスはあろうことか、教会の正面入り口の扉を開け放ったのだ。
「みなさん!希望はここにあります!!聖女、セレス・ノールヴェンが宣言します!!今から皆様全ての浄化、いえ、治療を行います!!」
ロータスの街に、セレスの決意に満ちた声が響き渡ったのだった。
迷っていた人が、誰かの言葉で奮い立つ。これもファンタジーなんかの定番だと思いますが、一度は書いてみたいシーンだったりもします。
石をぶつけられて頭から出血とか、冷静に考えたらほんとに痛い。現実ではノーサンキューです。
もしまだブックマークをしていない方がいましたら、是非していって頂けると作者がとても喜びます。評価までして頂けると、作者が泣いて喜びますので是非お願いいたします。
それではまた次回をお待ちください。




