第80話 帝国、はじめての街
年が明けてもなくならない誤字への毎回の指摘、誠にありがとうございます。
第80話~帝国、はじめての街~
「初手で天使を殺すとは相変わらず恐れ入るの」
あの後、何事もなかったかのように橋を渡り切った俺達は、一路キュリオス帝国に向けて歩いていた。
当然だが橋はしっかりと落としてある。この大河を渡るには基本的には船が必要で、そこで生計をたてて暮らしている人たちがいる。俺が片手間で作った橋がその生活を壊してしまっては目も当てられない。
放っておくというのも考えはしたが、流石に見ず知らずの人の生活まで奪おうとは俺だって思っていないのだ。
「なんだ、エリザは天使の肩をもつのか?」
「そんなわけないじゃろ。儂はもとより神のやり方に疑問を持って離反した者じゃぞ?それにあんなやり方を許すほど儂は落ちぶれてはおらん」
「スルトはどうだ?一応はお前の親玉の子分だ。何か感じるところでもあるんじゃないのか?」
『あんないい子を殺せなんていう奴に何も感じることなんてない』
そういうと土偶であるスルトは、明らかに怒りを振りまいて前を進んでいってしまう。
これには意外だったのだが、今回の天使の来訪に一番怒っていたのはスルトだったのだ。
スルトはかつて神の命によって人々を滅ぼすために他の伝説の魔物達と破壊の限りを尽くした。その後、神に力を与えられた勇者たちにより封印されるまで暴れに暴れたわけだが、封印が解け世界を知るうちに神に疑問を抱くようになったのだ。
なぜ神はあのような命を下したのか。
確かにアンダーソン子爵のような救いようのない愚かな人類がいることは否定はしない。だが、カムイのスラムにいた姉妹や、ミレイユ達親子のように善良で、人を思いやることのできる人たちだっている。
そんな人たちを殺す必要など本当にあったのか。スルトの中でそんな疑問が俺達と旅をしているうちに強くなっているからこそ、天使の言った理不尽すぎる警告に我慢がならなかったのだ。
実際、俺が攻撃しなければスルトが付近一帯ごと消し飛ばしていたことだろう。カナデが焼却し終えた時、スルトはこれまで見たことのないほどの魔力を練り上げていたのだから。
「スルトさん機嫌悪そうですねー。あんな羽根つき人形の言ったことを気にしてるんでしょうか?」
「お前はどこまでも辛らつだよな……」
カナデのその言葉に苦笑しながらも、俺は特にスルトに声をかけることはなかった。
俺達は馴れ合いで旅をしているわけじゃない。スルトの過去の行いは今更変えられないし、俺はそれをかばうつもりはない。思うところがあるのなら、それをこれからの行動に反映させるしかないのだ。
スルトはこれからの旅で、それを見つけて行けばいいと思う。俺がこの世界で生きていく目的を見つけたように。
「さてと、とりあえずは帝国初めての街に到着だ」
そんなことを話しているうちに、目視できるくらいの距離に街が見えて来た。さて、帝国はいったいどんな場所なんだろうな。
◇
アーネスト公国が俗に言うファンタジー世界のイメージをそのまま投影したような国だとすれば、キュリオス帝国はそれとはまったくの別物だった。
「これは、正直予想以上だな……」
帝国最初の街の名はロータス。てっきり公国と同じような景色を予想していた俺は、その違いに度肝を抜かれることとなった。
公国が石やレンガを主とした中世の建築だとすれば、帝国は近代、産業革命以降に起こった機能性や合理性を重視した建築だ。
建材は鉄やガラス、コンクリートなどが使用されているのが一目でわかる。デザインは現代の様式に比べれば少し古さは感じるが、それ以外は元の世界の日本にあってもそこまで不自然さはないと思うくらいの完成された建築だった。
「はぇー、これはまたすごいですねー」
「まったくじゃな。500年前はこんな建物はなかったがの」
カナデとエリザもまた俺と同じ感想を抱いたようだ。国がひとつ違うだけで文明がまるで違う。確かに元の世界においても、鎖国していた日本は欧州より文明が遅れていたが、それと同じ現象が果たして同じ大陸で起こるものだろうか。
そんな疑問を抱えながら街に入った俺達が目にしたのは、まさにこの世の地獄だった。
『おい、これは一体何の冗談だよ……』
そのあまりの光景に魔物であるスルトがそう呟く。
確かにおかしいとは思っていた。いかに文明が進んだ街とはいえ、この街はあまりに無防備すぎたのだ。
外には魔物がはびこっているはずなのに、街の入り口には門番たる衛兵が一人もいない。加えて街の中にはまだ日が落ちきっているわけでもないのにここに住む人の喧騒がまるで聞こえない。
その答えは今目の前に広がる光景だ。
路上に倒れ伏す人、人、人。人間もいれば亜人も見受けられる人々は、そこかしこに無造作に倒れていたのだ。すでに冷たくなっている者、苦しみにうめき声をあげる者、亡骸の傍で涙も枯れ果てた様子で茫然としている者。
この光景を地獄と言わなければ他に何と言えばいいのか、俺には見当もつかなかった。
「これは、あの娘と同じ症状じゃ」
一体の亡骸に近づいたエリザがそう言った。見てみれば、確かにミルファと同じ黒いあざ、つまり黒死病の症状が見て取れる。
周囲を見渡してみれば、倒れているほとんどの人に同様の症状が見て取れたのだ。
「黒死病のアウトブレイクか!?」
俺はどうやら完全な思い違いをしていたらしい。てっきりミルファがかかっていた黒死病は、村でたまたま発生したものだと思っていたがそうではない。
あれは帝国で発生した黒死病のアウトブレイクが、ユーリシア川を越えて村まで波及したものだったのだ。
「これはまずいぞ」
もしこれが黒死病のアウトブレイクだとすれば、治療法のないこの世界では未曽有の事態になりかねない。
帝国内で起こっているとんでもない事態に、俺はこの世界に来てから一番の焦燥感を抱くのだった。
いよいよ帝国内部に入っていきますが、ここからいろいろと話が大きく動きます。矛盾点などあるかもしれませんがご容赦くださると幸いです。
帝都内部では新たなキャラも登場しますので、どうぞ今後もお読みいただければと思います。
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それでは次回もよろしくです。




