第35話 真の黒幕
第35話~真の黒幕~
ジェイド・リッチモンド。
アーネスト公国の伯爵であり、多数の亜人と共存関係を謳う公国において、自種族至上主義を貫く差別主義者。これがアーネスト公国におけるリッチモンド伯爵の印象だ。
魔族の話を要約するとこうだ。
数か月前、この魔族はある目的でアーネスト公国にやってきた。その目的とは亜人族の人さらいだ。
亜人というのは人間よりも身体能力が高く、スキルも優秀なものを持つ者が多いと言われている。しかしその絶対数が少ないため、奴隷としての価値が高いそうなのだ。
そこに目を付けた魔族は、亜人族が多数暮らしているこのアーネスト公国から子どもを誘拐し奴隷にしようと考えた。
数人の仲間とともにやってきたそうなのだが、間抜けなのかあっという間に全員捕まり処刑されることとなったそうなのだ。
一人、また一人と日数をかけてまるで見せしめのように殺されていく仲間たち。しかも処刑の瞬間を残る者に見せつけるということをされ、生き残った魔族たちの心も次々に折れていった。
次は自分かもしれないという恐怖に怯え数日が経ち、いよいよ自分の番が来た時のことだった。
『ほう、お前なかなか使い勝手がよさそうだな』
断頭台に首をかけられ、いよいよここまでという時にかけられた言葉。
震え、きつく閉じた目を微かに開けば、目の前にいたのは一人の男だった。その男は興味深げに魔族を眺めこう言ったのだ。
『私のために働くというのなら命は助けよう。そうでないならそのまま死ぬが好い』
死の直前で与えられた生の可能性。その言葉がもたらす効果はいかほどの物だっただろう。ただでさえ日々、仲間の死を見せつけられた精神はすでに極限まで追い詰められている。
それでも死にたくないという思いのみが頭の片隅から離れずに、今この時までなんとか生にしがみついてきたのだ。
しかしそれもいよいよ終わりという時にそんな選択肢を与えられてしまったとしたら。それが仮に魔族にとっては敵である男からだされた隷従の提案だったとしても、もはや魔族にそれを拒むことなどできるわけがなかったのだ。
「お、俺だってこんなことしたくなかったんだ!!だけどこうする以外に仕方なくて、気づいたらいろんな場所で似たようなことをさせられてた。で、でもそれも全部俺の本意じゃなかったんだよ!やらないと殺されてたんだ、あいつらみたいにむごたらしく、まるでおもちゃのように。お前だってわかるだろ!?そんな理不尽に殺されたくなんてないだろ!?なぁっ!!」
魔族の告白がギレー火口に響く。すでに出血が危ないところにまで来ているのだろう、顔からは血の気が失せ、目の焦点も定まらなくなってきているがそんなことはどうでもよかった。
こいつの言う理不尽は理不尽ではない。こいつは理不尽の意味をそもそもにしてはき違えている。
理不尽の意味とは、物事の筋道が通らないこと、そのさま。というように辞典などには載っている。
それはつまり簡単に言えば、明らかに自分に非がまるでないのにも関わらず他者、あるいはそれ以外の何かから被害を被るということだ。
俺の場合で言えば、親に捨てられ、ある日突然に木山からいじめられ、そのまま誰からも軽蔑されいじめられ続けて来た。俺に非はないはずなのに。
そこに俺の意志の介入はまるでない。状況を覆そうとわめいてもますますひどくなるばかりで救いなどない。悪意の円環から抜け出せない生き地獄。そういうものが理不尽というものだ。
だがこの魔族の言うことはどうだ。もともとこの国に来たのは、亜人の子どもを誘拐するという犯罪のため。隷従を強いられたのは自分の罪のせいで捕まり、そこからなんとか逃げ延びるために選択の末のこと。
もはやそれは理不尽などとは程遠い、ただの自業自得、因果応報。この魔族の身から出た錆というに他ならないのだ。
「リッチモンド伯爵とやらの目的はなんだ?」
「俺は知らないんだ!!俺が言われたのは、ただこの火山の魔物をルグナン村へ向かわせろってことだけなんだ!それ以外は何も知らねぇ!!本当だ、嘘じゃない!!」
嘘か本当か、魔族の言葉の真偽はどうでもいい。もとより魔族の思考は、すでになんとかして生き延びたいというその一点に集約されている。この期に及んで嘘をつくとは考えにくい。
スタンピードの理由、そしてその背後の陰謀。聞きたいことはすべて聞いた。もはや魔族に聞きたいことはなく、これ以上有益な情報を持っているとは考えにくい。
どうするか。俺が魔族の処遇を考え始めた時だった。
「助けてくれよぉ……。まだ死にたくねぇんだ……。国に残してきた子どもがいるんだよぉ……。あいつのために、こんなところで死ぬわけにはいかねぇんだよぉ……」
言葉が次第に弱々しくなってきている。魔族の周囲の血だまりが先ほどから大きさが増さないところから見ても、もはや魔族の体の中に血はそれほど残ってはいないのだろう。
死が間近に迫り、心からの本音があふれ出す。これがこの魔族の行動の源であり、そして犯罪行為という愚かなことに手を染めた理由なのだろう。
「お前、名前は?」
「アイルだ……。息子はドイル……」
聞いてもない息子の名前まで答えるアイルと名乗る魔族。もう意識も保つのも辛いに違いない。俺の言葉もきちんと理解できず、自分の思いといろんなものが混同した答えとなってしまった結果。
「たの……む……。息子を……」
伸ばした手は虚空を泳ぎ、そして何かを掴むことはなく糸が切れたかのように力尽きた。
「……」
魔族は死んだ。俺が殺した。それ自体に問題などなく、なるべくしてなった結果であるはずだ。
それなのにどうしてこうも胸がざわつくのか。どうしてこんなにもイラつくのか。洞窟の奥で魔族を殺したときには何も感じなかったのに。どうしてこの魔族に対してはこんなにも心がざらつくのか。
こうしてゴウロン山のスタンピードは誰一人として死ぬことなく、ひとつの被害を出すこともなく収束した。
俺の心に、わずかばかりを棘を残して。
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