第344話 天使の呪い
第344話〜天使の呪い〜
「ミリーはどうなんでしょうか……」
「今調べているから少し待ってろ」
天使に襲撃され壊滅状態となっている村の中、俺はアレットと名乗る龍人の男と他の龍人達に囲まれ、その恋人であるミリーの診察を行っていた。
主天使の情報に軽く動揺し冷静でなくなっていたが、アレットに主天使に犯され正気をなくした恋人であるミリーを後で診ると言っていたのだ。
未だ目を開けながらも覚醒しないミリーを心配そうに見つめるアレットを見て、流石に俺も八つ当たり気味に苛立ちを表に出すのは自嘲した。
どういう経緯があれ、俺がアレットにミリーを診ると言ったのは事実。余程差し迫った理由があるなら話は別だが、そうでないのなら約束を違えるわけにはいかない。俺はそう思い、横たえられたミリーの診察を行っていた。
『体内から天使の魔力を検出。これが脳に影響を及ぼしていると考えられます』
『解決策は?』
『天使と対となる魔力、例えば悪魔の魔力であれば対消滅が可能と考えられます』
『代替案を出せ』
『マスターの龍化した際の混沌でも同様の効力が可能と思われますが、マスターの混沌に彼女が耐えられない可能性が高いと考えます』
『他には?』
『天使の聖魔力の対、邪魔力、もしくは穢魔力により対消滅が可能と考えます。その魔力を含む魔力を確保することができれば治療は可能です』
インデックスの解析による回答に俺は内心で舌打ちをした。
このタイミングで悪魔の魔力など、嫌味以外の何者でもない。すでに俺の中からは契約をしていた悪魔の力は抜けており、悪魔の力を振るうことはできない。
ロキによれば、神を打倒することを目的としていた悪魔に対し、それを諦めた俺と契約をするメリットはないのだから消えるのは当然なのだそうだ。
それならこっちから願い下げだと思っていたが、まさかこんな形で悪魔の力が必要になるとは思いもしなかった。
代替案の提示もあるが、どれも簡単にはいきそうにない。そんな俺の苛立ちを感じ取ったのか、アレットが不安そうな顔で俺を見る。
「治らないのですか……?」
「原因はわかった。だがその治療のための道具がない」
天使に犯されたせいで天使の魔力に支配されるなど、面白くもない冗談だ。天使と言いながらやっていることは悪魔以下。思い出すだけで胸糞悪いが、今はそれを言っていても始まらない。
「誰か邪魔力か穢魔力について心当たりがある奴はいるか?」
解決策はあってもそれを見つける方法がない。この世界に来てから聞いたことのない魔力についての情報を求め、俺は不安気にこちらを見ている他の龍人たちにそう聞いた。
正直期待はしていなかった。中央大陸でそんな魔力など聞いたことは無かったし、この大陸に都合よくそれがあるとは思えない。
加えてただでさえ天使のせいで疑心暗鬼になっているところへの俺の登場だ。確かに天使から助けた形にはなるが、そのやり方からしてお世辞にも友好的に迎え入れるには野蛮すぎた。
「暗黒龍たちならその魔力について何か知っているかもしれません」
だがそんな俺の予想は良い意味で裏切られた。俺たちを囲む龍人の一人がそんなことを口にしたのだ。
「そいつらの場所は?」
「この村から少し西、大陸の中央エリアの境界の山脈、その洞窟の中に暗黒龍の集落があると聞いたことがあります」
聞き返す俺に、今度は別の龍人がそう答えた。
「暗黒龍は他の龍と馴れ合わず、長い間その姿を見たものはおりません」
「以前、住処の側に近づいた他の龍が殺されたという話も聞きました」
次々と別の龍人がそう俺に情報を与えてくれる。その予想外のことに少しばかり面食らった俺だったが、どうやら生き残った龍人たちは少なくとも俺のことを敵だと見ていないようだった。
『インデックス。彼女のリミットはどのくらいだ?』
『天使の魔力に完全に支配されるまで丸三日と予測されます。そうなってしまえばもはや彼女が正気を取り戻す可能性はゼロです』
『三日か、十分だな』
そう脳内でインデックスとの会話を終えた俺は、ミリーをだくアレットに向き直った。
「お前の女を助けるには暗黒龍の力が必要だ。連れてくるから少し待ってろ」
そう告げた俺に対し、アレットの瞳が揺れる。それもそうだろう。素性のしれない奴に大切なものの命を任せるのだ。特に詳しいことも話さず、当然俺のことも何も話してはいない。それで信じろという方がどうかしているのだ。
「わかりました。待っています」
だがアレットはそうはっきりと告げた。確かに命を助けはしたが、怪しさしかない俺に恋人の全てを任せると口にしたのだ。
自分で言ってなんだが、アレットのその潔さに俺は少し面食らってしまった。
「ですが一つだけいいですか?」
「なんだ?」
「なぜそこまでしてくれるのです?」
短い言葉の行間にはアレットの様々の疑問が混ざっているのだろう。俺が誰で、天使がなぜここにいて、彼女の容体はどうなっているのか。
様々な疑問をその一言に集約し、アレットは俺に尋ねた。
「気に入らないからな」
だから俺も答える。伝わらなくてもいい。俺の過去を知らない以上、わかるはずがない。だが俺は自分の思いのままにそう答える。
「強者の押し付ける理不尽が気に入らないんだよ、俺は」
それは俺の折れていた心に再び炎が灯った瞬間だった。神である最上とミカエルが絡んでいる天使の侵攻に手を出す。それはつまり、再びあの二人と対立することに等しい行為だ。
だが俺は今の俺の心に従った。またあの二人とぶつかるかもしれない恐怖よりも、今目の前にある理不尽をなんとかする方を選んだのだ。
もしかしたらこれもまた、誰かによって仕組まれたことなのかもしれない。再び俺を神に挑ませるため、そのために筋書きを書いた者がいるのかもしれない。
「俺がその理不尽を全部ぶっ壊してやるからここで待ってろ」
だとしても、俺は俺の意志で理不尽を壊すと決めたのだ。誰の指示でも筋書きでもない。俺が俺の意志でそう決めたのだ。
「よろしく、お願いします」
そうでなければアレットがこうして見ず知らずの俺に対し、涙ながらに頭を下げるなどあり得ない。
他の龍人たちが、同じように頭を下げるなどあり得ない。
「行ってくる」
だから俺はすぐに村の外へと向かっていった。背後に龍人たちの視線を感じるが、振り返ることはしなかった。
最上が何をしようとしているかは結局わからないままだ。この龍大陸を落とすことが、何に繋がるかもまるでわからない。
エリザもエリザで何かをしようとしているようだが、やはり俺にそれを知る術はない。
さらに地下施設の召喚者の忘れ形見であると思われるニーナという少女、サタンに乗っ取られいなくなってしまったカナデ。
考えることは山ほどあるが、どうすればいいのかわからないことに考えを割くのは建設的ではない。どうせ今までの流れからして、俺が動けば何かしら事態が動くのだ。なら好きに動けばいい。
まずはミリーの治療のため暗黒龍に会いにいく。それが今俺のすべきことだ。
俺はそう自分の中で新たな決意をし、天使により破壊された村を出て一路暗黒龍の住む山脈へと向かうのだった。




