第343話 ゆっくりと行われていた天使の侵攻
第343話〜ゆっくりと行われていた天使の侵攻〜
勝負、というにはそれはあまりに一方的すぎた。その場にいた龍人は十人ほど。それを抑えていた天使はその倍はいた上に、力天使以上で構成された部隊であった。
だが俺が予告なく一閃したロンギヌスにより、リーダーと思われる女性の龍人を犯していた天使以外は全員が一瞬で頭が胴と永遠に別れて死んだ。
「は……?」
間の抜けた声とはきっとこういうのを言うのだろう。突然のその状況に理解の追いついていないリーダー格の天使、どうやら主天使のようだが、そいつは突如として現れた俺に目を向けて間抜け面を晒す。
「何だ、おま……!?」
「喋んなよ」
目の前で起きた現象に驚きを見せながらも俺を見据える主天使だったが、煩いので片腕を落としてやる。
「え、あ、え?」
「その女性から離れろよゴミが」
理解ができない現象に戸惑う主天使にお構いなく一気に近づくと、俺は主天使を蹴り上げ近くの建物へと吹き飛ばした。
「後で診てやるからそれまでしっかりと彼女を見ておけ。あいつは俺がきっちり殺してやる」
焦点の合わない視線で項垂れる龍人の女性を恋人と思われる男の龍人に渡しそう言った。どうやら突然の俺の出現に戸惑っているようだが、それでも恋人を助けてくれたことを理解したのか、それまで堪えていた涙を見せて彼女を抱きしめ俺に礼を言う。
「ありがとう。ございます……」
「礼を言うのは後にしろ。服を着せて汚れた体を拭いてやれ」
「はい……」
恋人の腕の中に戻っても意識のはっきりしないところ見ると、どうやらあの主天使に何かをされたのだろう。後でインデックスに解析させれば何かわかるだろうが、今はそれよりも先にすることがある。
「おいゴミ。まだ生きてるだろう?それほど強く蹴ってねぇんだからとっとと出てこい」
その言葉と同時、倒壊した家屋の中から片腕のなくなった主天使が憤怒の形相で俺を睨みながら飛び出してきた。
「貴様ッ!!楽に死ねると思うなよッ!!」
「それはこっちのセリフだ」
怒りに塗れた主天使の動きは確かに早かった。自身の武器である大剣を出現させ、それを片手で振り上げ俺に斬りかかるまで一秒もなかっただろう。
だがすでに熾天使という存在を知ってしまった俺にとって、今更主天使などただの雑魚でしかない。
斬りかかるために近づいてきた主天使の顔面を掴み、そのまま思い切り地面に叩きつける。
「ガ、ぼ……!?」
およそ天使とはいえ、人の姿をした者から聞こえてはいけない音とともに主天使の動きが完全に停止する。手加減をしたおかげか、かろうじで生きてはいるがもう長くはないだろう。
「ゴミ、死ぬ前に答えろ。何でお前らがここにいる?答えれば楽に殺してやる」
放っておけばそのうち死ぬとはいえ、主天使が死ぬまでにはそれなりに時間がかかる。なまじ主天使という世間一般的に見れば強者という存在ゆえに生命力も強い。だから死ぬほどのダメージを受けてもなかなか死ねないという苦痛を今味わっている。
それ故俺は言ったのだ。俺の質問に答えるならその苦しみから解放してやると。
もとよりこの主天使を生かしておくつもりはないが、だからと言って楽に殺してやるつもりもない。そのために考えたのがこの方法だ。
「答えろよゴミ。何でお前らがここにいるんだ?」
「あ、……」
「答えないならまずは腕だ」
俺の問いに明確な答えを示さない主天使の残った腕を俺は遠慮なく踏み抜く。地面が陥没するとともに、主天使の腕がちぎれ絶叫が響いた。
「あギャぁぁああ!?」
「何でお前らがここにいる?答えないなら次は足だ」
「答えます!答えますからやめてください!!」
これがついさっきまで無理やり女性を犯していた奴の言葉だというのだからお笑い種だ。俺が他の天使を殺したことで自由になった龍人達も、そんな主天使の様子を蔑むように見ている。
「とっとと答えろ」
「神による命令なのです!この龍大陸を落としてこいと!!その命令を受けて私たちは今ここにいるのです!!」
それはあまりに聞き捨てならない答えだった。神、つまり最上の命令によりこいつらはここにきたと言ったのだ。
「それはミカエルも知っているのか?」
「み、ミカエル様ですか……?」
「余計なことを喋るなよ」
何を言われているのかわからない主天使は質問を聞き返すが、俺はそれを足を砕くことで黙らせる。どうにも話がきな臭く、苛立ちがどんどん溜まっているため俺の行動に自分でもあまり抑止が効かなくなっている。
「あガァ!?や、やめてください!?み、ミカエル様も知っています!!命令はミカエル様経由で出されたので、このことは間違いなく知っています!!だからそれ以上はやめてください!!」
痛みに顔を歪め、そう懇願する主天使を無視して俺は考える。ここに天使がいる理由が神、並びにミカエルの命令であるのならそれを邪魔することがいいとはいえない。
少なくとも俺はあいつらに勝てないと思ったから、戦うことを放棄したのだ。それなのにあいつらの邪魔をしてはここまで撤退した意味がまるでない。
だが、だからと言ってこいつらのやることを静観するほど俺も大人じゃない。あまりに胸糞悪いこいつらの行動を見てそれを無視して素通りするほど、俺はできた人間じゃないのだ。
「他にも天使はこの大陸に来ているのか?」
「は、はい!各地に散っています!何でも大陸の中心で龍王が何かをしようとしているので、それを邪魔するようにとの命令も受けています!!」
痛みのせいか、それを誤魔化すように声をはる主天使の言葉に俺はさらに考える。
龍王?そういえば昨日、リントヴルムがエリザに対して確か龍王様と言っていたような気がする。確かにあいつの強さと伝説の魔物である事実からして、龍王と言われてもうなずける。だとするならエリザはこの大陸で何かをしようとしていることになるが、一体何をしようとしている?
本気の度合いはわからないが、神が邪魔を命じる以上、それなりのことをしようとしているのは間違いない。だが何をしようとしているのかについてはまるで予想が立たない。
ニーナの存在に続き、再びの神たる最上とミカエル、そして天使とエリザの謎の行動。全てを捨ててこの大陸に来たはずなのに、逃げられない面倒ごとに俺はもう何度目になるかわからない舌打ちをした。
「お、お願いします!た、た、助け……」
「うるせぇよ」
顔面をひと踏み、それが主天使の哀れな最後だった。どちらにせよ生かしておくつもりはなかったし、何よりこいつのしていたことを考えれば命乞いなど聞く筈もない。せめてもの
情けが一気に殺してやることだったが、苛立ち混じりに殺してしまったことは悔やまれた。
だがどうにも雲行きが怪しい。結局面倒ごとに巻き込まれつつあるこの状況を俺はどうするべきが考え始めたのだが、この場にはまだ他の者がいることをすっかり失念していた。
「あ、あの……」
苛つきを隠すこともせずに考えにふける俺に対し、先ほど助けた女性を抱えた龍人の男が恐れ混じりに俺を呼ぶ。そしてそんな視線は他にもこの場にいた龍人からも同じように浴びせられていた。
「助けていただきありがとうございました」
それでもそうして礼を言えるのは、この男にが恋人を助けてくれた俺に深く感謝をしていたからだった。




