第329話 龍の住む大陸
第329話〜龍の住む大陸〜
森の中でまず俺を出迎えたのは、木々の間を縦横無尽に走り回る小型の竜だった。竜というより恐竜という方がしっくり来るだろうか。発達した後ろ足と引き裂くことに特化した、鋭い爪を持つ前足。
前足の爪を振りかざしながら森をかけるその姿はまさに狩人。しかも気配の殺し方もうまく、必ず死角からの攻撃を仕掛けてくる。
仮にあのワイバーンの群れから運良く逃げ切り、命辛々上陸をしたものがいたとしても、この森に入ってすぐに命を落としたであろうことは想像に難くない。
しかもその恐竜が一匹ではなく気配を感知する限り数十匹は周囲にいるのだ。どうやら集団で狩りをすることが特性のようだが、この森に入ったものにとっては悪夢でしかないだろう。
『レベルは個体により差はありますが、100を超えているものが大半です』
「強いな。俺には関係ないが」
向こうが狩りを得意とし、死角からの攻撃をしてくるならこれ以上にやりやすい相手もいない。俺のすることは森の中を歩きながら、死角から攻撃してくる恐竜を一匹づつ殺していくだけ。向こうから攻撃してくるのだから、こちらは攻撃のために相手に近づくという余計な労力を負わなくていい。
「どんだけ殺せば諦めるのか楽しみだな」
竜ではあるようだが、恐竜の見た目なところからして爬虫類的な魔物だとすればその脳の大きさなどたかが知れている。考えることなどできるわけもなく、ただ無謀な攻撃を仕掛けては俺の槍の前に無残に死んでいくだけ。
次々と殺され減っていく恐竜軍団にたいし、俺はほとんど消耗はしていない。槍も魔槍ではなく、木山との戦いで辛うじて残っていたハイミスリル製の銀の槍。それでも刃こぼれなく殺せているのだから、相手とこちらの力の差は歴然。
「止まったか?」
俺の感知範囲の中にいた気配の半分ほどが無意味に死んで行った頃、ようやく恐竜軍団の攻撃が止まる。
「本能で危険を察知したか。それとも別の理由か」
あの恐竜に考える力がないことはわかっているのだから、だとすれば可能性は二通り。
生物としての根源的な恐怖という本能に従い逃げた。そうでないのなら外的な要因、つまりは指揮官たる誰かがいるということだ。
「まぁ、どっちでもいいか」
逃げたにしても背後に誰かいたとしても、それが俺になんの関係があるというのか。立ち塞がるなら殺す。それはこの大陸に上陸する前に決めた通り。
襲撃のなくなった森の中を、俺はさらに奥へと向けて歩いていく。手に持った銀の槍は、返り血で真っ赤に染まっていたのだった。
◇
大陸に広がる森は広く、中央大陸の中で最大の面積を誇る永久の森の実に五倍の広さにもなる。その森は中央大陸から上陸する方角に広がっており、さながら上陸する者を遮る防波堤のようになっていた。
その森を抜けた先にある街。その街の中でも一際大きな屋敷の中で、一人の男が驚愕に震えていた。
「ワイバーン部隊が壊滅し、ラプター部隊も半壊だと!?」
男の名はリントヴルム。この大陸、古くからの名は龍大陸の中にある東側を統べる守護龍の一人である。
龍大陸は龍の楽園として古くから栄え、伝説の魔物が跋扈し、人間と魔族が争いを繰り広げていた時にもそれに関わることはなかった、
龍とは高貴な存在にして至高の存在。それ以外の下等な生物などはどうでもいい。故に遥か昔から龍大陸に住むものはこの大陸から出ることはせず、それ以外の種族と関わることはしなかった。
下等であるとは思っているが関わる気はない。だからこそ、特に他の大陸へ侵攻をするなどのことはしなかったが、愚かにもこの大陸へ足を踏み入れようとした者には容赦をすることはなかった。
確かにこの龍大陸は世界を見渡してもあり得ないくらいに豊穣な地だ。それは様々な龍たちが自然を尊重し、そして共存してきたからこその恩恵。
自然から恵まれたものはしっかりと返していく事が礼儀。つまり龍たちは自然から恵みを受けた分、自分たちの魔力を大地に還元する事でこの豊かな大地を維持していたのだ。
それは他種族よりもはるかに魔力の多い龍だからこそできる事であるが、だからと言ってその繁栄を誰かに掠め取られるなど言語道断。それ故、過去に上陸を試みた者は、例外なく海に沈んでもらっていたのだ。
龍大陸は龍の暮らす国ではあるが、その土地は方角ごとに四つの自治区に分けられている。
北のユートピス、東のリントヴルム、西のリオガウス、南のアルケオス。
自治区の名前はそこを守る守護龍の名前であり、その自治区の中で最強の存在がその四柱だ。彼らは自分たちのやり方で自治区を守り、そしてさらなる繁栄を得るためにこれまでの間過ごしてきた。
時には天使が支配をするために来たこともあったが、その全てを返り討ちにして今の龍大陸の独自性が築かれているのだ。
それこそがこの龍大陸の神秘。あらゆるものを拒み、龍だけの楽園をこの世に実現し、そしてそれはこれからも続くと誰もが思っていた。
だがそんな龍大陸の平和が突如として崩れていく事態が発生したのだ。
最初の連絡は謎の飛翔体が大陸に向かっているというものだった。それの正体が何なのかはわからないが、この大陸に向かっている以上対処方法は同じこと。
飛翔隊が向かっていた龍大陸の東側を守護するリントヴルムはすぐさまワイバーン部隊をそこに向かわせた。
これまでも同じようなことはあったのだ。迷った魔物がやってきたり、使命感にかられた天使がやってきたり。だがそれらはいずれも簡単に迎撃できていた。だからこそ、今回も同じようにすぐに撃墜の知らせが来るとリントヴルムは思っていた。
『報告!迎撃に向かったワイバーン部隊の全滅を確認しました!』
だが知らせは予想とはまるで真逆。確かにワイバーンは龍ではなく竜であり、その中でも弱い部類ではあるが迎撃に向かってからの短時間で全滅するほど弱くはない。
上位天使がやってくればそんなこともあるかもしれないが、もし上位天使であれば見ただけでそうと気づく。そうであるならワイバーン部隊などそもそも投入はしないし、もっと精鋭を向かわせていた。
「一体何が来たんだ?!」
いきなりの事態に動揺を見せたリントヴルムであったが、すぐに落ち着きを取り戻す。確かにワイバーン部隊を退けたのは驚きだが、上陸したとしてもその先には天然の防壁である広大な森が広がっている。
上陸されたことは業腹ではあるが、その中で対処をすればいいだけの話だ。
そう考えたリントヴルムはすぐに森の暗殺者として名高いラプター部隊を謎の侵入者の抹殺へと送り出した。
このままむざむざ侵入者の侵攻を許せば、他の自治区の守護龍から何を言われるかわかったものではない。しかも今はもはや帰還はないと思っていた神龍様が戻られている時。龍以外の者の侵入を許すなどあってはならないのだ。
少しばかり焦りを覚えたリントヴルムではあるが、ラプター部隊を送り込んだ以上はもはや安泰だと思っていた。
この数千年。ワイバーンを突破したものはあってもラプターの潜む森を越えたものはないない。森の上空には激しい力場が渦巻いており、空を飛んで越えようにもその力場によって叩き落とされることになる。
故に森を通るしかなく、そうすればラプターに蹂躙される未来しかない。
もちろん大陸に住む龍にはその力場を越える手段はあるが、外からやってきた者にそれができるはずもない。
過去にそれすら越えてきた例外は確かにいるが、滅多に起こり得ないからこその例外。少しばかり焦りはしたが、今度こそ吉報が届けられると信じていた。
『報告!ラプター部隊は半壊!残りの個体は指揮官の判断により撤退させたとのことです!!』
しかしもたらされたのはまたも送り出した部隊の大敗の報だった。しかもラプター部隊を指揮する指揮官が撤退を判断したというのだから、侵入者が並大抵ではない事が容易に想像できてしまう。
このままではまずい。
他の守護龍から嫌味を言われるくらいならまだいいが、もしこの事が神龍様の耳に入れば自分は守護龍の席から追われることになるかもしれない。
それだけは絶対に避けなければならない。得体のしれない侵入者には悪いが、間違いなく完全に滅んでもらう。
「フォレストドラゴンに撃退の命令を出せ」
侵入者はここで間違いなく葬り去る。その思いを胸に、リントヴルムは低い声でそう告げたのだった。




