第324話 闘いの結末
第324話〜闘いの結末〜
パシュパラストラ。それは神々ですら使うことを恐れたと言われるほどの力を持った神具。
生きとし生けるもの全てを根絶やしにし、万物を破壊することができると言われる武器。様々な形で描写される武器ではあるが、基本的には概念的な武器であるためあらゆる武器になる可能性を秘めている。
それゆえ今回は恭介が使用するため槍の形を取っていたに過ぎないのだが、武器の形は問題ではない。問題はその威力があまりに凄まじく、シルビアス王国の王都が全て消え失せてしまったということだ。
しかもその被害はそこにいた伝説の魔物達が、全力で防御を行うことで何とかそれだけで収めることができたのだ。もしそのまま恭介の攻撃が発動していれば、最低でも中央大陸は消しとんでいただろう。
「う〜む、どうやら一番いってはいけない方向に誘導してしまったらしい」
全てが消失した中で、真顔でそう言い放ったのは今回の発端でもある伝説の魔物の一柱であるロキだ。
イケメン紳士たる装いの彼が真顔で腕を組んで何かを言えばそれだけで絵になるのだが、今の状況でそれを許容できるものはいない。
「お前、どうやら死にたいらしいな」
そんなロキに詰め寄るのはレーヴァテインを構えたスルト。背後からはトールが紫電を纏って迫っており、ロキとしては心中穏やかではない。
「まぁ待ってくれ。そもそもこの作戦を呑んだのは君たちだろ?なら僕を責めるのはお門違いだと思うんだが?」
そう言って一歩後ずさるロキだが、下がった先にはアイラとシャルルがそれぞれ武器を構えておりそちらに逃げることも難しい。
『確かに俺たちはお前の戯言に付き合った。だがそれはお前が主をこれ以上悪い方向に行かないように立ち直らせると言ったからだ』
紫電は幾重にも分岐し、ロキへと襲いかかる。だがロキはそれを全て回避してみせるが、諸手を挙げて降参の意を示した。
「僕だってそのつもりだったんだけど、まさかあの少年があそこまで捻くれた奴だとは思わなかったんだよ」
トールの紫電を躱しながら、時折飛んでくるアイラの矢を拳で払いつつロキはそう叫ぶ。
そう、今回のことは恭介が予測した通り全てロキによる茶番。最上とミカエルがこの場を去った後、スルトを始めとした伝説の魔物へロキは思念を飛ばし自分の行うことに付き合ってもらうことにしたのだ。
どう見ても最上という存在に心を折られた恭介の再起。それをするために必要なことであるという方便でスルトたちには手を出さないように言い含めた。
その結果がこれ。恭介は全てを敵と認定しこれまでに見たことのないほどの威力を持った攻撃を放ち消えてしまった。残されたのは地形すら変わってしまった大地と、置いていかれてしまったスルト達という図のみ。
そこに輪をかけてロキの緊張感のない言葉が合わさればこのような状況になっても仕方がないのだが、それでもスルト達がロキを責め切れないのは自分たちにも非があるとわかっているからだ。
ロキという存在は伝説の魔物の中でも参謀的な立場に位置していた。作戦の立案や指揮など、人類を滅ぼすために効率的な動きをするため他の魔物達への指示を出していた。もちろん伝説の魔物ともなれば素直にそれに従うことは少なかったが、それでもロキの言うことが正しいことはわかっていたので最後には従っていた。それはつまりそれだけの信頼がロキにはあったということだ。
もちろん自身の戦闘能力も凄まじく、魔物のくせに徒手空拳を好むという変なところもあるが強いのは間違いない。さらに冠する二つ名である閉ざすもの、終わらせるものと言ったものに関連するスキルも持ち合わせており、そのスペックが高いのはもはや言うまでもない。
そのロキがいきなりの登場ではあるが自分にこの場を預けろと言ったのだ。過去の実績を知っているスルト達としては固有時間を止められていたせいで現状の把握もおぼつかず、とっさにロキに場を預けてしまったのは仕方がなかった。
だがそのせいで恭介は自分たちを見放し消えてしまったのだ。ロキを今すぐ殺したい気持ちはあるが、それでもロキに場を預けてしまった手前それをするわけにも行かない。その結果がこの中途半端な構図というわけだ。
「ロキ、そろそろあなたの目的を教えて。いい加減時間の無駄。そうじゃないならあなたを食い殺す」
「この中で一番目が本気な奴が言うと説得力が違う。わかったから他の奴らを止めてくれ。これじゃ落ち着いて話もできない」
それまでスルトやトールの攻撃を受けても余裕の笑みを崩さなかったロキだが、ヨルムの言葉には冷や汗を流しながらそう答える。
ロキはスルトやトールが先の理由もあり本気ではないとわかっていたからこそ、ガス抜きの意味も込めて付き合っていたのだが、ヨルムに関してはそうではないので態度を改めたのだ。
あの目はマジだった。
後にロキがそう語るほど、その時のヨルムは誰よりも殺気だっていたのだ。
「キョウスケがいないと私のご飯に支障が出る。そんなことは許されない」
食べ物の恨みは何よりも怖いというが、それを地でいくのがヨルムであり、その恨みをはらすための力も持ち合わせているのだから始末が悪い。
ヨルムの様子をみたスルト達がようやく落ち着きを見せるのを見ながら、安易にことを進めようとしたことをロキは軽く後悔をし始めるのだった。
◇
何もなくなったシルビアス王国の王都だった場所。そこでようやくロキが自分の思惑をスルト達に話し始めていた。
「お前達が世界中で暴れてるのは知ってたんだ。天使と敵対し、あっちこっちで戦いまくってるのを見て僕はチャンスだと思ったね」
手ごろな岩となった大地に座りながらロキは言う。
「お前達も知っての通り、神のやってることはおかしい。だから僕も独自に神に対抗するために動いていたんだ。オーディンと一緒にね」
「ならそのオーディンはどこにいるんだよ?この期に及んで姿を見せないのは無しだぞ」
ロキの言葉にスルトが噛みつくが、ロキはそれに静かに首を振った。
「見せないんじゃなくて見せられない。それが正しいかな?もはやオーディンはこの世にいないからね」
そう言ってロキは悲しげに空を見上げた。
オーディン。数多の神々の王であり、あらゆる苦難をその槍で以て退けたとされる軍神。それこそが伝説の魔物の最後の一柱だった。
「僕とオーディンは勇者に封印されるように見せかけて、あの時二人で姿を消したんだ」
かつて伝説の魔物が世界中で人類を滅ぼすために暴れていた頃、神はそれを抑えるべく異世界から勇者を召喚し強力な天恵を与えた。
神自らの命で動いていたはずなのに、気がつけば伝説の魔物達は世界の敵となり召喚された勇者達に封印されることとなった。エリザのみはその時に参加していなかっため封印はされていないが、その他の魔物は全て封印されたはず。だがロキはその前提が違うと言ったのだ。
「オーディンは最初から神のことを疑っていたからね。かと言ってエリザのような行動をとれば神の反感を買う。結果的に命令に従うフリをしていたというわけさ。結果としてオーディンの読みは正しくて勇者という抑止が現れた。だから僕たちは当初の計画通りに世界から姿を消したというわけ」
「なんだそれ!?だったらなんで最初からそれを私たちに言わない……!?」
「スルトは少し黙って。その辺は後で聞けばいい。それよりも今聞くべきは他のこと」
ロキの説明に食いついたスルトだったが、それはヨルムにより遮られる。スルトとしては今すぐその理由を問いただしたかった。かつて神に命じられるままに動き、そしてその時の短慮さを後悔しているから。
もう少しあの時の自分に考える力があれば、もしかしたら違った結果があったのかもしれない。だからこそ今こうして神を打倒しようとしている。そんなスルトにとって今のロキの言葉は聞き逃せないものだったのだが、言葉を遮るヨルムの気迫に押され口を閉ざした。
「あなたの狙いは何?オーディンとキョウスケの関係は?それが今一番大事なこと。それ以外のことはキョウスケを見つけてからじっくり聞く」
ヨルムのいう通りだった。今大事なのは消えてしまった恭介を見つけること。そのためにはロキの目論見を聞いておく必要がある。どこまでも冷静なヨルムの言葉にスルトを始め、トールもまたロキに無言で説明を求める視線を送る。
「お前達は疑問に思わなかったか?どうしてただの人間であるはずのあの男がオーディンの必殺であるグングニルを使えるのかを」
全員の視線に応えるかのようにそう語るロキの言葉が場を支配する。これから語られるのはきっと非常に重要なこと。それこそこの先の未来を左右する可能性すらあることだと誰もがわかっていたからこその空気。
そして語られるは驚愕の事実。
「あの人間はオーディンの生まれ変わりだよ。正確にはオーディンの力を宿した人間。僕の役目はそれをあの人間に自覚させ、その上で軍神オーディンの力を十全に使えるようにすることだ。そのためには折れた心のままじゃ困る。だからあえてあんな風に煽ったってわけさ」
伝説の魔物たるオーディンと別世界の人間であった恭介とのあり得ない繋がり。その意味を理解する時、ようやく神である最上の狙いの一端が見えてくることを、この場にいた全員が理解することになるのだった。




