第315話 一人では不可能だとしても
第315話〜一人では不可能だとしても〜
俺の全てを賭けたグングニルの一撃を木山は受け止め切った。だが流石の木山も無傷とはいかず、全身は血塗れ。おまけに左腕は無くなり右足はちぎれかけている。
だがそれでも生きている以上、木山の体は次の瞬間には聖剣の能力により修復されていく。
このままでは木山は完全に回復してしまうだろう。そうなればもはや俺にはどうしようもできない。そんなことはわかっているが、それでも俺は追撃をかけることができなかった。
『残存魔力は一パーセントを切りました。あとは着地の状態を保つのに使えば残りはゼロとなります』
インデックスからの通告を聞かずともそんなことはわかっていた。すでに龍魔の状態は解け、魂魄励起も切れている。それまで限界を超える出力を出していた体はその反動に軋み、追撃に動くどころか新たな槍を振るうこともできはしない。
文字通り先ほどの一撃は俺の全身全霊を込めた一撃だった。後のことを一切考えず、あの一撃で木山を仕留めるだけに放った一撃。
だがその一撃すらも木山に通じなかった。正確にはダメージを与えられたのだから通じたのかもしれないが、耐え切られ回復されてしまえばそれは通用しなかったのと同じ。
「おい木山、最後なんだから教えろよ。どうやって今の攻撃を凌いだ?」
インデックスは俺の攻撃の補助に使っていたため、今の木山のしたことを分析できていない。
それを聞こうが聞くまいが結果は同じ。もはや何もできなくなった俺は木山に殺されるという事実は変わらない。それでも気になったのだ。今の一撃をどうやって耐え切ったのかが。この世界で何度も死線を超え、その上で身に付けた俺の力にいかにして対処したのかが。
「そうだな。最後だから教えてやるよ」
木山もまた最後だということに異存はないのだろう。聖剣を携え、完全に回復した体で一足の元にすでに立っているだけで精一杯の俺の前までやってきて言った。
「俺の天恵の中に、神域に到る者って奴があるんだがな、これがまた癖が強い能力なんだよ」
その天恵に関してはインデックスが解析していたが、戦闘があまりに激しすぎて木山の能力の解析にまで手が回らず能力が把握できないなかったものだ。
「神域、つまりは神の領域に足を突っ込むって能力なんだがな、恩恵はすごいんだが反動もでかいじゃじゃ馬みたいで俺もいまだに扱い切れてねぇ」
「神ね、お前が神だなんだと言い出す日が来るとは思わなかったな」
「違いねぇな。だがこの世界にはいる。そしてそいつは世界を制するほどの力を持っている。だからこそお前はそいつを殺そうとしてたんだろ?」
そう、有り余る力を行使し人類に理不尽を振りまく神。俺はそいつが気に入らなくて殺そうとし旅をしていた。だからこそわかる。その神の領域に足を踏み入れることの恐ろしさを。今の木山がたどり着いた力の凄まじさを。
「お前の一撃を喰らう直前、俺はそれを使って爆発的に身体能力を高めた。ほんの一瞬、それこそお前の槍が着弾する直前にだ。与えられる力は見ての通りだが、それ以上の時間使えば今の俺じゃぁ逆に体が吹き飛びかねねぇからな。ま、それもそのうち完全に制御してやるさ」
そう言って木山は聖剣をゆっくりと持ち上げる。どうやらおしゃべりも終わりらしい。
「流石は神ってか。与えられた能力で勝つ気分はどうだよ?」
「仮定がどうであれ最後にたってた奴が勝者だ。俺はお前を殺して勝者になる。結果に手段の云々はいらねぇんだよ」
俺の最後の口撃さえも木山の割り切った正論で粉微塵にされる。
これで終わり。足掻きに足掻いた人生だったが、どうやら最後はあっさりとやってきたようだった。
「言い残すことはあるかよ?」
言い残すこと。やり残したこと。それは山ほどあるし、できるなら全て叶えたい。だがどうやらそれは無理らしい。
「糞食らえ」
「やっぱりお前は最高だなっ!!」
振り下ろされた聖剣を前に、俺はゆっくりと目を閉じた。死を受け入れ、全てを諦めたのだ。
だがいくら待っても予想していた痛みと衝撃がやってこないことに俺は目を開ける。
「何勝手に死のうとしてんだっ!!私の目的に協力するって約束忘れたわけじゃないだろうな!!」
木山が俺に向けて振り下ろした聖剣、それを受け止めているのは美しい妙齢の女性だが、俺はそいつのことをよく知っていた。
「スルトか……」
「何惚けてんだ!!あいつを倒すためにここまで来たんだろ!?お前がここで死んだらカナデのことはどうするつもりだ!!」
身の丈ほどはあろうかという大剣、レーヴァテインを一気に振り切ったスルトは聖剣ごと木山を押し返す。ここに来る前にもスルトの器はさらに強化しているが、どうやらそれなりの強さにはなっているのだろう。でなければ木山の攻撃を止めることなどできるはずはない。
「女連れで乗り込んできたのかよ!?お前、この世界では随分変わったみたいじゃねぇか!!」
スルトの乱入に特に動揺することもなく、木山は再び聖剣を構えこちらに向けて突撃しようとしてくるが、それはさらに現れた者によって止められることとなる。
「ロードに仇なす不届き者へ死を」
加速しようと踏み込んだタイミングという完璧な不意打ちをかけたのは、誰であろう天使のシャルルだった。手に持つ槍を躊躇することなく木山の脳天に向かい放つ様は、不意打ちを含めてもはや天使の行いではない。
「はっ!随分とご挨拶な攻撃だな!」
「いいから当たって死んでください。あなたの声の一つ一つが耳障りです!」
完璧なシャルルの不意打ちであったが、それすらも木山は紙一重で躱し切る。真横に飛んでシャルルから距離を取ると、今度は魔法でシャルルの殲滅を図る。
だが木山の攻撃はまたしても不発に終わる。魔法を放とうとした瞬間、背後からの強烈な殺気を感じたからだ。その感覚に従うままに魔法を中断し、木山は聖剣を背後に向かって振り切った。
「なるほど、腐っても勇者ですか。完璧な一撃だと思ったのですが、今のを防がれるとなるとうざったいですね」
感覚に従い振るった聖剣は確かに何かを防いでいた。足元に転がるのは一本の矢。しかも矢が落ちた地面が変色し溶解している様を見るに、どうやら毒が塗られていたのだろう。
「物騒な攻撃じゃねぇか!」
「あなたを殺すための攻撃なんですから当然です」
そう言うと、再び矢を番え射出していくのは俺の眷属であるアイラ。アイラの放つ矢を回避するために、木山は止むを得ずさらに俺から距離をとった。
「お前ら……」
距離をとった木山と俺の間に立ち塞がるようにスルト、シャルル、アイラが並び立つ。
「はっ、一人じゃ勝てないから大勢でってか。元の世界では一人ぼっちだった奴が人気者になったじゃねぇか!!」
「それは当然。キョウスケは人を引き付ける魅力を持っている。勇者とは名ばかりの貴様とは違う」
スルト達を睨み、そう吠えた木山だったが三度訪れた不意打ちに再び聖剣での防御を余儀なくされる。
木山の頭上から降り注ぐは巨大な氷塊。しかもそれが無数ともくれば、流石の木山もそれ以上は何も言えずに聖剣で氷塊に対処するしかない。
空からのまるで隕石かのように落ちる氷塊を半ば呆けて見ていた俺の肩に、それを成した奴の手が置かれた。
「ヨルム……」
「死んではダメ。キョウスケが死んだら私のご飯の安定供給に支障が出る」
それは本心なのかどうかは分からない。だがこうして俺を守るため、そして俺と共に戦うために味方が来てくれた。何もかもを一人でやろうとし、そして一人で諦めて死のうとしていた俺のためにこいつらは来てくれたのだ。
「まさか諦めるつもりじゃないよな?」
短いスルトからの問いかけ。しかし力強い視線で俺を射抜いたスルトに対し、俺は答えに詰まる。
実力差はすでに理解した。理解してしまった。今の俺では木山には勝てない。勝てる糸口が見つからない。
「当たり前だ。少し休んでただけだ」
だが俺の口から出たのは、そんな弱気な気持ちとはまるで真逆の言葉だった。
「ならいい!とっととあいつを殺すぞ!」
スルトの言葉に同意するようにシャルルとアイラも頷く。それを見た俺はなんとも言えない気持ちを抱えていた。
勝てる糸口もないのになぜそんなことを言ってしまったのか。どうして先ほどまで諦めていたはずなのに、今はこうもなんとかなると思ってしまっているのか。
「心配しなくていい。みんなでやればなんとかなる」
そう言ってくれたヨルムの言葉が全てなのだろう。一人では無理でも仲間とならなんとかできるかもしれない。それは俺が今まで手にいれることができなかったこと。だが諦めずにここまで来たから手に入れることができたこと。
「反撃開始だ」
一度は諦めた闘志に再び火が灯る。仲間とともに、俺はもう一度木山を倒すために立ち上がる。
決着はすぐそこまで来ていた。




