第306話 シャルルV S智天使②
第306話〜シャルルV S智天使②〜
『神に仇なす者。ですが人類を守ろうとする者。その者の本質を探ってきてください』
智天使が主人から命じられたのはそんな抽象的なものだった。だが智天使にとってはそれだけの情報があれば十分であるとも言えた。
智天使とは智という頭文字が示す通り、天使の中で最も多くの知識を有する天使であり、こと知識という分野に関してだけならば熾天使をも凌駕するほどだ。
だからこそ智天使は主人のその命令だけで自分が何をするべきなのかをすぐに理解した。
すぐさま自身の力を十全に振える依代を用意し、主人の命令によりその本質を探るべき人物、つまりは恭介に接触するために動き出した。
接触するのは簡単だ。恭介の居場所など智天使には手に取るようにわかるのだから、接触しようと思えばいつでもできた。もとより天使のネットワークによるものもある上に、智天使の知識は世界各地の情報も網羅する。人一人を見つけ出すことくらい造作もない話なのだ。
だが智天使は接触をすぐにする事はなかった。もし主人からの命令が恭介を速やかに排除しろと言うものであるなら話は違っていたのだが、あくまで命令は本質を確かめる事。
人の本質の知るためには、ただ接触するだけでは到底知ることなどできるものではない。隣に立ち、日々を重ね、その上で相手の信頼を勝ち取ることでそれを知ることがようやく可能となるのだ。
しかし智天使にはそれができるはずもない。智天使が天使である以上、どうやって接触を謀ったとしても警戒をされるのがオチ。神の敵である恭介にとっては天使も当然敵だ。
現にこれまでにも何度も天使と敵対している恭介が天使に自らの本質をさらけ出すはずがない。もちろん隣に立つなどと言う事は不可能に近い。
ならばどうするかと智天使は考えた。天使にとって上位のものからの命令が絶対である以上、いかに難しくとも命令をこなさない理由にはならない。しかし目的を遂げるのは非常に困難を極める。
しかしあらゆる知識を内包する智天使であっても、接触すればすぐにでも戦いに発展する可能性が高い者の本質を探る事は容易ではない。そこで智天使はまず恭介と言う人物がどう言う人間であるのかを観察することにした。
実はこの智天使、恭介がキュリオス帝国で能天使を倒して直後からすでに恭介を陰ながら監視していたのだ。遠巻きに見ていることで目的を達する事はできないが、それでも人となりくらいは知ることができるだろう。運が良ければ何かきっかけを掴むことができるやもしれない。
そう思い恭介たちを監視していたのだが、そこから先で智天使が見た光景はこの世界の常識では計り知れないことばかりだった。
次に訪れたカンビナ王国では、召喚者を含めた天使を皆殺し。さらには悪魔と契約まで結んで自らの姿を龍に変えると言うもはや人間ではありえないことをやってのけた。
その後は魔大陸に渡ったのだが、ほぼ天使により支配されていたその場所で、恭介たちは見事に盤面をひっくり返して見せた。
並み居る天使を殺し尽くし、伝説の魔物を仲間に引き入れ魔王とも同盟を結んだ。加えて魔王の手を借りたとはいえ、最上位の天使である熾天使ガブリエルまでもを滅ぼすという偉業をやってのける。
そして最後には悪魔の中でも序列にして第二位であるベルゼブブとまで契約を交わし、ヘルの管理する冥界から魂を拾い上げるというもはや神の領域にまで足を踏み入れてきたのだ。
智天使はこの時相反する二つの感情を持っていた。一つは今すぐに恭介を殺すべきだというものだ。
途中からではあるが。恭介たちの旅路を見てきた智天使は恭介を天使にとっての天敵であると認識していた。相対した天使は全て殺され、それを糧にするかの様に恭介はどんどん力を増していく。世界の秩序を神が保ち、天使がそれを担っている以上、恭介と言うジョーカーを放置する事は非常に危険だと思ったのだ。
このままではいずれ天使は全て殺されてしまうかもしれない。その思いは日ごとに増していき、ガブリエルを滅したのを目撃した時にその思いはピークに達した。
実は誰もが戦いが終わったと思ったあの瞬間、恭介はこの世界に来て一番の命の危機にさらされていたのだが、それを智天使が実行に移さなかったのはもう一つの感情ゆえだ。
いく先々で天使を殺して回っている恭介だが、その結果多くの人々から感謝をされている。
帝国では天使から国を解放した者として奉られ、さらには神に抗う国として新たな王になった。カンビナ王国では召喚者の侵攻を阻止し、大勢の人々の命を救った。
魔大陸では天使の支配から解放し、魔族にとっての光をもたらすことに成功。そして召喚者や天使と戦うために人々を導き、実際に天使と戦えるまでに人々を育てることもしている。
智天使の主人は言った。神に争いながらも人々を守る者の本質を探れと。
そして実際に智天使が恭介を見て感じたのは、まさに主人の言葉通りのことを実行している恭介と言う人間の異質さだった。
なぜこの世界の支配者である神に抗うことができるのか。どうして人類などと言う愚かな者たちを守るためにそこまでできるのか。知れば知るほどに智天使には恭介と言う人間が分からなくなっていく。
このままでは主人の命に応えることができない。そしてそれ以上に恭介と言う危険な人間を放置しておくわけにはいかない。それゆえに智天使はついに恭介と接触することを選択した。だがそれは接触などと言う生温いものではなく、敵として恭介の前に立ちはだかると言うものだった。
人は危機に相対した時ほどその本質が色濃く出るものだ。勇気を秘めたものは危機に陥れば陥るほど力を増し、逆に臆病者は普段の行いが鳴りを潜めるが如く一番に逃げていく。
だからこそ智天使は恭介がシルビアス王国へと攻め込んできたこのタイミングでついに接触を決めた。すでに天使が召喚者と手を組んでいるのは周知の事実。ならば同じく天使である自分がいても何らおかしくはない。
そして何よりこの場所であれば、すでに召喚者により支配の済んでいるこの王都であるなら余計な邪魔が入ることもない。それゆえ智天使は姿を現したのだがここでもさらなる予想外に見舞われる。
「それならあなたにはこの場で死んでもらうしかありませんね」
そう言って自分に刃を向けてきたのは、恭介でもなければ一緒にいる伝説の魔物でもない。まさかの下級天使であったはずのものだったのだ。
神に従うはずの天使が別のものに従い、剰え上位の天使に対し刃を向けている。もはや異常を通り越して何が何だか分からない事態だった。
だがこの事実こそがきっと自分が追い求めていたものであると悟ったからこそ、智天使は恭介がこの場を任せて先に行くのを黙って見送った。
きっとこの下級天使と戦うことこそが、恭介と言う人物の本質を知ることにつながる。何の根拠もなかったが確信に近いその直感を智天使は信じることにしたのだ。
「かかってくるであるな」
対話は不要。語らいは交えた刃によってすればいい。智天使は迫りくるシャルルの槍を、同じ様に具現化させた戦斧によって迎え撃つ。
舞い散る火花に打ち合うたびに響く衝撃に次第に笑みが溢れていくのを智天使は感じていた。
最下級の天使をここまでにするのかあの人間は。
それはまさに感動。天使のヒエラルキーをも覆す恭介の異常性になぜか智天使は笑いが抑えられなかった。そしてその力を神ではなく恭介のために振るうシャルルに対して知らずこうこぼしていたのだ。
「羨ましいであるな」
最初から従う者が決まっており、それに疑問を感じることなく生きてきた智天使。対してそれに疑問を感じ、新たな主人のために生きるシャルル。
その言葉がこぼれた時、智天使は恭介の本質を垣間見た様な気がしていた。
摂理を壊す者。いや、違う。神によって与えられた摂理という名の理不尽に抗う者。それこそが恭介と言う人間の本質。
「帰って報告せねばいかんである」
もともと智天使が命じられた事は達成された。ならば後はそれを主人に伝えるだけ。
「だが少しばかり後輩への指導をするのもの悪くないのである」
離脱しようと思えばいつでもできる。だがそれをする事なくシャルルと刃を交える事を選択したのは、智天使にとって初めてした己の意思による選択だった。
恭介と関わった者は何かしらの変化をする。悪魔であっても伝説の魔物であっても、例え天使であってもそれは例外ではない。智天使もまた、それを知らず知らずのうちに体験することになったのだった。




