第190話 大陸北部の同盟
第190話~大陸北部の同盟~
ウールで起こったことと、三好が死ぬ前に言った驚愕の事実。それを全て話すのにかかった時間はそれほどではない。
恐らくは一時間もかからなかったとは思うが、その間に国王レックスを含め、アックスやシンディーの表情は絶望に染まるものとなっていた。
「まさか神が我々の敵、ですか……」
「そうだ。キュリオス帝国で起こったことは紛れもない事実。俺達は神の裁きと銘打った病気に倒れる人たちを山ほど見たし、それを助けた後に天使たちに襲われた。それだけあって神が人間の敵だとはとてもじゃないが考えられないな」
「で、ですがそれには何か理由があるのでは!?」
「ならあんたは理由があれば大量の人間が死ぬことを良しとするってわけだ?」
「そういうわけでは、ありませんが……」
俺の語る事実を受け入れがたいのか、シンディーは視線を彷徨よわせながらそう言うが、俺はそれをばっさり切り捨てる。
もちろんシンディーとて神の裁きなどというふざけたものを許容するわけではないだろうが、何か理由があるなどと神を擁護しようとする段階で、あの光景をみていないから言える戯言でしかないのだ。
「その神の部下である天使、しかも最高位の熾天使がシルビアス王国の召喚者と手を組んでいる可能性があるとすれば、はっきり言って大分まずい」
「公王はその戦力をどの程度と考えている?」
レックスが重々しく俺にそう聞いた。正直、あまり絶望するような状況を重ねて突きつけるのはどうかとも思ったが、この先の話をする上で伝えないわけではいかない。
「もし熾天使と召喚者がカンビナ王国を本気で侵略しようと考えるなら、一晩もたないで落ちることは間違いない」
だからこそ俺は真実を告げる。
「しかもその程度で終わるとは到底思えない。どこまでを向こうが考えているのかは知らないが、やろうと思えば世界の支配も可能だろうよ。それこそどっかにいるらしい魔王も含めてな」
そんな俺の言葉に、国王レックスはついに顔を青くするのを通り越し、すでに真っ白になっている。それはアックスとシンディーも同様だった。
天使という奴らの力は絶大だ。
もちろん俺達にとっては下級の天使や大天使、今では権天使であっても雑魚と言えるほどになったが、この世界の人間にとってはそうではない。最下級の天使であろうとも冒険者がそれこそ数人がかりでなんとか、一人では太刀打ちすることも難しいのだ。
そんな天使たちの最上位である熾天使がシルビアス王国にいるというのだ。しかもその数が一人とは限らず、その下の天使も複数いると考えればその戦力は測りしれない。
しかもそこに異世界からの召喚者達が複数いるとなれば、もはや普通の人間しかいないカンビナ王国に勝ち目はない。召喚者たる安藤達が五人戦線に加わっただけで俺達が来なければ今頃は王都が落ちていたのだ。まだ二十人以上の召喚者がおり、今やどの程度の力を持っているのかわからない木山がいる。
「このまま手をこまねいていれば、この世界はシルビアス王国の手に堕ちる」
部屋の中に静寂が広がっていく。おそらくだが、レックスたちとて今の状況が悪いことは分かっていたのだろうが、それでもここまでとは思っていなかったのだろう。
どれだけ悪くてもカンビナ王国とシルビアス王国の二国間の問題以上にはなりえない。そんな考えが粉々に砕かれたのだから、もはや何も言えなくても当然だ。
「私たちは一体どうしたら……」
アックスが弱々しくそう呟く。この中でアックスは俺達を除けば唯一召喚者の戦闘を見た者だ。それまで拮抗していた戦場を個人の力であっという間に覆す力を持つ者の存在。天恵という、ふざけた力で戦場を蹂躙し、味方の兵士を瞬く間に屠ったその圧倒的な力。
だからこそアックスは国王であるレックスたち以上に、今の状況がどれほどまずいものかがわかってしまう。相手がその気になれば、自分たちなど一瞬で殺されてしまう。生殺与奪の権利がもはや自分達にはないことに絶望をしてしまうのだ。
そんなアックスの様子に、一度は口を開きかけたレックスとシンディーも何も言えなくなってしまう。
アックスは若くも王族でありカンビナ王国の軍を率いる者だ。きっとこれまでも戦場で勇猛果敢な姿を見せてきたのだろう。だが今はその存在が一番に心が折られてしまったのだ。しかもまだ相手と直に相まみえる前に、ただその情報を聞いただけで。
「お終いだ……。カンビナ王国は滅びるしかない……」
だからこそ出た結論は国の滅び。このまま召喚者と天使たちに侵略され、殺されるという悪夢。もちろんまだシルビアス王国がそのような凶行に出ると決まったわけではないが、西の海上での戦いとウールでの戦いを考えれば、そんな甘いことは言っていられない。
「まだ諦めるには早い。そうさせないために俺はわざわざウールを救いに行ったんだぞ?」
状況は最悪。一縷の希望もありはしない。だがそんなことを許すつもりがなかったからこそ、俺は積極的にカンビナ王国を救援する方向に動いたのだ。
「大陸の南部はもはやシルビアス王国の手に堕ちただろうが、北部は今のところ無事だ。アーネスト公国、キュリオス帝国、そしてカンビナ王国の北部の大国に加えて、レヴェルなんかの小国で防衛線を築く」
「公王よ。一体何を」
レックスは俺の提案が理解できないのか、未だ青い顔をしたままでそう尋ねる。
だから俺は答えた。それは俺がシルビアス王国の状況を聞く前から構想していたこと。死骨山脈を超え大陸僕部に入り、東のアーネスト国々から西のカンビナ王国まで、北部の国を通り、その上層部との伝手を作る上で思ったのだ。
もし神が人類全体に攻撃を仕掛けるとしたら、その時には人類が総動員で戦う必要がある。
今回の提案は、そのための第一段階と言っていいだろう。
「レヴェル公国公王として、カンビナ王国国王に提案する。シルビアス王国と天使の侵攻に対抗するため、ここに北部大同盟を結成したいと思う」
それこそが俺の考える人類が神に抗うための最初の一歩。俺のその提案に、レックスだけでなくアックスもシンディーもまた、息を呑んだように俺の話に聞き入るのだった。




