第189話 再び王都マントルへ
第189話~再び王都マントルへ~
サンドルの街の末路、そしてウールの街の被害の状況はすぐに王都へ伝えられ、シルビアス王国のもたらした爪痕がカンビナ王国に与えたものは想像を超えて甚大だったという事実が王宮に重くのしかかった。
大陸の西の海上での防衛に成功した熱は一気に冷め、それこそその情報を聞いた王宮はお通夜ともいえるような空気に包まれたことは仕方がないことなのだろう。
「キックス様は立派に戦われました。被害が甚大とはいえ、ウールの街の住人が多く生き残ることが出来たのは、偏にキックス様が立ち上がってくれたからにほかなりませんわ」
俺達とともに戦いが終わったウールの街から王都マントルへ来ていたのは、マリアとアイビスの二人。ウールの地下街や、地下施設を通る際に多少の驚きを見せはしたが、二人は王宮にくるまでほとんど話すことはなかった。
その腕の中に、真っ二つに切り裂かれたキックスの遺体を互いに持ち、ただ王都までの道のりを黙って歩き続けたのだ。
俺は最初、あまりの二人の憔悴の様子から一日休息をとることを提案したのだが、二人はそれを頑なに固辞し王都に行くことを進言した。
『キックス様を出来るだけ早く王都へ帰して差し上げたいのです』
恐らくキックスの次に活躍したであろう二人にそう言われては、流石に俺もそれを無下にすることも出来ず、最大限に注意を払いながら二人を王都に連れて来たのだ。
念のためスルトとヨルムをウールに残してはきたので向こうは大丈夫だとは思うが、いざという時は地下の古代施設を開放する心づもりもあった。それほどに、ウールで俺達が得た情報は最悪のものだったのだ。
「キックス……」
しかし流石に国王を含め、王族が家族の無言の帰還を悲しんでいる時にそれを伝えるほど俺も空気が読めないわけではない。
国王レックスが、眠るキックスに縋りつきむせび泣く様子を見ながら、静かな決意を心に決めた。
木山の行いを止めなくてはならない。
もしこのキックスの死が、この世界の国同士の争いの末に起きたものであれば、それは仕方がないことだと俺は切り捨てただろう。
だが今回のことは、俺と同じようにこの世界に召喚された木山という存在が裏で全ての絵をかき、その上で三好がそれを実行したことなのだ。
本来この世界に存在しない者による凶事。もちろんそれが相応の理由があることなのであれば仕方がないとは思うが、木山のそれはただの自己欲求を満たすためのものだ。
自分の立場の確立のために俺を売り、さらなる地位を得るためにシルビアス王国を乗っ取った。そして世界の覇権を握ろうとでもしたのかは知らないが、こうしてカンビナ王国へ侵略を企てたのだ。とてもじゃないが、そこに大義名分があるとは思えない。
だからこそ唯一木山から離反している俺が、同じ召喚者である者としてあいつを止める必要があるのだ。それが俺にとってもあいつとの決着をつけることになるのだから。
「公王様。この度はウールの街の救援、本当にありがとうございました」
キックスを取り囲む話から一人外れたアックスが、そこから離れてその様子を見ていた俺にお礼を言ってきた。
「別にいいさ。俺がしたくてそうしただけだ。それに確かに元凶は倒したかもしれないが、サンドルは壊滅。ウールも被害な上にキックスは死んだ。とてもじゃないが、胸を張って誇れることじゃない」
「いえ、それでもあなた方のおかげで「なんでお兄様を助けてくれなかったんだ!!」」
俺とアックスが話す中に割り込んできたのは二つの影。会話を遮るように怒鳴る声が、尚も礼を述べようとしてくるアックスの言葉を遮った。
「あんたが遅かったからキックス兄様は死んだのよ!!」
「そうだ!僕たちのことを足手まといのように言っておいてなんだよこれ!!こんなことなら僕たちが自分で行けばよかったんだ!そしたらキックス兄様はきっと……!!」
捲し立てる様に俺に罵詈雑言をぶつけるのは、第三王子であるシックスと第二王女であるミンディーだった。
涙に濡れた目で俺に怒りをぶつける二人に対し、王都まで俺につき添うようについてきたカナデが一気に魔力を増大させた。
最初俺は、カナデにもウールに残るように言ったのだが、カナデは一向にそれを聞き入れることはなかったのだ。
『何を言われようと恭介さんの傍を離れるつもりはありません』
それはきっと、龍鬼化で怒りに呑まれかけ、さらに体力を相当消耗した俺を気遣っての事なのだろうが、それ以外にも俺のことを気遣ってくれたこともあるのだろう。
殺す以外の選択肢がなかったとはいえ、泣き叫び命乞いをするクラスメイトを殺したのだ。その感触は安藤達のように堕ちきった者を殺すよりもはるかに俺の心にダメージを与えていた。
例えどれだけ憎い相手でも、あんな最期を見せられては気持ちも萎える。三好の最期の言葉であるあのお礼が、さらに俺の心に消えぬ傷をつけたことも事実だった。
それに敏感に気づいたカナデだからこそ、こうして俺についてきたのだが、その俺に対して現実を知らない者達が吐いた言葉に我慢が出来なかったのだろう。
可視出来るほど一瞬で膨れ上がった濃密な深青の魔力が王宮の部屋に満ちていく。
「やめとけカナデ」
それに気づいたシックスとミンディーが一気に顔を青ざめさせ、まるで生まれたての小鹿のように足を震わせるのを見た俺はカナデにそう声をかけた。
「なぜです?こんなガキなんて燃やす方がいいに決まっています。礼を述べるどころか恭介さんのせいだと言っているんですよ!?生かして置く理由がありません!」
後の方になるにつれ語気を荒げるカナデに、俺は苦笑しながらもやはり手で魔力を抑える様に指示を出す。
「ここでこいつらを燃やしても何も利益はないだろ?現実の見えていないガキの言葉位聞き流せてこその大人だ。カナデの魔力に当てられたくらいでそんなになっちまう小物なんぞ構うだけ時間の無駄だ」
カナデの暴挙を止めるための言葉だったが、俺のその煽りはビビって泣きそうになっていた二人の幼いプライドを大いに刺激したらしい。
「「このっ!!」」
魔力を抑えたカナデに対し、逆に見せつけるかのように魔力を高めていくシックスとミンディーだが、俺に言わせればその魔力は脅威にはなりえないのだ。
「僕たちを舐めるな!!」
「兄様の仇よ!!」
何を血迷ったのか俺をキックスの仇とした二人が放とうとするのは火属性の魔術。ファイアボールといえばちょうどいいのだろうが、二人はそれを合わせることにより、さらに巨大なファイアボールを作り出したのだ。
「二人とも止めないか!!」
アックスが慌てて制止しようとするが、怒り心頭の二人の耳には届かない。
「喰ら……!!」
「俺に対して魔法を向けてるんだ。当然お前らも死ぬ覚悟はあるんだよな?」
二人が魔法を放つ直前、俺は静かにそう呟いた。その言葉に今まさに魔法を放とうとしていた二人の行動が止まる。
「どうした?早く打ってみろよ?もっとも、その瞬間にお前たちの首は落ちるがな」
アックスとシンディーの首元には、いつのまにか銀の槍が浮遊していたのだ。驚愕に目を見開く二人だが、ことはそれだけにとどまらない。
「……ッ!?」
見渡せば部屋の中に所狭しと浮かんだ銀の槍の葬列。それら全てが二人と取り囲み、今にも串刺しにしようと宙に浮いているのだ。それを見た二人にもはや取れる行動はない。先ほどのカナデの魔力に当てられた時以上に顔を青くし、その場でへたり込みながら失禁するという無様を晒すことになったのだった。
◇
王宮の一室。
先ほどとは別の部屋で、俺とカナデは国王レックスと第一王子であるアックス、そして第一王女のシンディーと向かい合っていた。
「先ほどは息子と娘がすまなかった。よく言って聞かせるゆえ、どうか許して欲しい」
「俺もそれなりに脅したからお相子だ。気にしなくていい」
そう言う俺に国王は弱々しい笑みを見せ軽く頭を下げて来た。おそらくは俺の気遣いに気付いたのだろう。
仮にも俺は一国の王という立場なのだ。その俺に対し、シックスとミンディーはあろうことかキックスを救援に向かったにも関わらず暴言を吐き、あまつさえ魔法を放とうとしたのだ。別に俺は大事にするつもりはないが、二人のした行為は立派な国際問題となったことだろう。
だからこそ俺はあえて二人を煽ることで攻撃を誘発し、それに過剰に対処することでこの件を水に流すことにしたのだ。
「レヴェル公王の気遣いに感謝する」
そう言った国王レックスに、今度は俺が苦笑を禁じ得なかった。気づいたのなら黙っていればばいいのに。しかしそれをしないからこそ、この国王はこの国をうまくまとめてきたのだろう。
「それで、できれば事の詳細を教えて欲しいのだが」
「ああ、悪いが事はかなり深刻だ」
話を切り替えるように、レックスはそう俺に問う。
ウールでのことの次第。レックスはそれを聞きたかったのだろうが、話はそれにとどまらない。
俺は今この国が、いや、この世界が置かれた現状を、ゆっくりと話し始めたのだった。




