第187話 凶報
第187話~凶報~
それまで戦場に蔓延っていたアンデットはすでに消えていた。
術者である三好がことごとくその精神を折られ、すでに隷属させられていた魂もその呪縛から解き放たれたことにより、アンデットの不死性もなくなったのだろう。
スルトとヨルムが残党狩りとでもいうかのように、残ったアンデットを倒していく間、カナデは龍鬼化を解いた俺の横にぴったりっと寄り添っていた。
もっとも俺は龍鬼化の反動で、なかなかに体がボロボロであったが、それでも三好の前で無様を晒すわけにはいかないため虚勢をはってでも座り込むようなことはしなかった。
「あ……、あ……」
とはいえその虚勢が必要であったのか問われれば疑問が残るではあるだろう。虚勢を張る先の三好とは言えば、アンデットという特性ゆえ生きてはいるが、すでに精神は完全に折れている。傷ついた体の再生も先ほどからは止まっているところを見ると、もはや肉体はともかく魂が崩壊を始めているのだろう。
自身をアンデットにして不死性を得て力を得た。そのせいで三好は勘違いしたようだが、体はアンデットとなっても心は人のままだったのだ。
当然そんな三好が、俺のあれほどの残忍な行いを受けては再生しを繰り返して精神が持つはずがない。
インデックスによれば、アンデットは魂の破壊こそがその不死性を攻略する方法であるようだが、圧倒的な力によって何度も肉体を破壊されたアンデットは、やがて敵に屈して自ら魂を崩壊させることがあるとのことだ。
つまり三好はあまりの苦痛に苛まれた結果、魂が生よりも死を望んだということだ。
「キョウスケ、残ったの全部食べて来た」
「怪我人や生き残りも街に戻り始めて治療も始まった。被害は甚大だが、全滅は免れるだろうな」
「そうか、二人ともサンキュ。となれば後はこいつの処理だけか」
残党狩りと生き残りの避難を頼んでいたスルトとヨルムが戻ってきたことで、とりあえずウールの街の防衛線もひと段落が付いた。
正確に数は把握できていないが、防衛のために戦ったウールの街の者は三割が生きていればいい方だろう。すでにアンデットにされた者は俺達にはどうすることもできないため、カナデの炎に燃やされたかヨルムに形すら残らず食い散らかされている。
さらに残った魂にしても先ほどアスモデウスが全て持っていってしまっていた。
『あの緑色に言っとけ。魂ごと食ってんじゃねねぇってな』
どうやらヨルムが食べてしまった者は魂を手に入れることができないらしく、アスモデウスはヨルムに恨みがましい視線を送っていたが俺の知ったことではない。
それに当のヨルムはと言えば、それなりに満足したのか今は眠そうに目をこすっている。
この先アスモデウスに捧げられた魂については考えなければならないところではあるが、それはまた考えることになるだろう。今の強さのままではアスモデウスの足元にも及ばないことは必至。今後もさらなる力を求めることにもなるだろうが、それは今後の課題なのだからそれはいい。
「さて、お前の処遇を決めようか。なぁ、三好?」
俺が視線を飛ばした先でうずくまって呻いていた三好が、短い悲鳴をあげてさらに小さく縮こまる。だが当然そんなことで俺が三好に対し同情をするわけがない。
「容赦なんてしてもらえると思うなよ?お前のしたことを考えれば、まだ生かしてもらえてることが最大の恩情だと思え」
それは無慈悲な最後通告。三好の運命はもはやこの先死以外には何もない。そう告げられたも同然なのだから、三好がなんとかして助かりたいと懇願するように俺に縋りつくのもきっと当然なのだろう。
「い、いやだぁあああぁっ!!僕はっ、僕はまた死にたくなんてないんだぁっ!!」
それまでの不敵な笑みなどそこにはなく、今の三好は子どもの様に泣き叫ぶ哀れな敗者でしかない。
俺の足に縋りつき、助けて欲しいと泣き叫ぶその様は、いっそ清々しいほどに哀れだった。
だがここで俺が三好を殺すという選択肢はその程度で覆るものではない。というよりも、むしろこの場で俺に殺されるということが三好にとって最大の慈悲だということをこいつはまだ理解していないのだ。
単純に三好はやりすぎた。
木山に何を吹き込まれ、どれだけ崇拝してカンビナ王国での凶行に及んだのかは知らないが、三好のしたことは到底許されるものではない。
俺の仲間以外でこの場にいるのは唯一ウールの街の街長であるマリアと、キックスの近衛であったアイビスだけだが、二人ともにキックスの亡骸の近くにいながら三好に憤怒の視線を飛ばしている。
おそらくは俺の許可があればすぐにでも手に持っている剣を三好に突き立てたいところだろうが、それをしないのは俺がいるからだろう。
それでも二人のように三好に対して怒りを持つものは多数いる。ウールの街の者は言わずもがな、サンドルの街は皆殺しに近い形にはなっているが、それでも他の街に関係者はいるだろう。さらに海上での戦いの際にも多数の被害者が出ているのだから、王都やその近辺にも三好を恨む者がいることは間違いないのだ。
この場で俺が命を助けたとしても、そういった者達が三好を許すことはない。しかも幸か不幸かそういった者達はアンデットを、しかも三好のような高位のアンデットを滅ぼす手段など持ち合わせていないのだから、不死性ゆえに未来永劫の責め苦を味わうことになるだろう。
魂が自死を選ぶのが先か、被害者の狂気に耐えられなくなった精神の崩壊が先か。もはやどう転んでも三好に未来はないのだ。
「なぁ、三好。お前は全部が木山の想定内だと言っていたが、他には誰もいなかったか?例えば自分を天使だというような頭のいかれた奴とかさ」
自身の未来に怯え、もはやどうしていいかもわからずに俺の足に縋りつき泣き続ける三好に努めて優しくそう聞いた。
「て、天使……?」
「そうだ。天使でなくても明らかに強いと感じられるような奴が木山に接触してなかったか?」
質問の意味が最初は分からなかったのか、泣き顔を俺に向ける三好だったが、次第に何かを必死に思いだそうとする顔になると堰を切ったかのように捲し立て始めた。
「知ってる…、知ってるぞそいつ!!確か木山君がある程度レベルが上がって、そろそろシルビアス王国をとるって決めた時に突然現れたんだ!!」
「名前とかなにか言ってなかったか?」
「あ……、すぐに木山君と二人で話をするって追い出されたから詳しくは聞けなかったけど、最初にあいつ名乗ったんだ!!」
「なんて名乗った?」
三好に掴みかかり、すぐにでも問いただしたい気持ちを堪え、俺はさらに優しく三好に問い掛ける。次に飛び出るその言葉が、俺の予想と違うか、もしくは予想よりもいいことを願いながら。
「あいつ、あいつはこう名乗ってた!!ミカエル、熾天使ミカエルだって!!」
その答えに、俺だけじゃなく、カナデにスルト、ヨルムまでもが凍り付いたようにその場に立ち尽くすことになる。
状況は最悪だった。




