第183話 戦場の決着
第183話~戦場の決着~
カナデとスルト、ヨルムは戦場を駆け抜ける。
怒りにかられ、ありえない数の銀の槍と共に戦場を蹂躙していった様には少しばかり驚いたが、それでも三人ともすぐに己のすべきことに取り掛かった。
この三人は見た目こそ可憐な女子と言われても間違いはないが、中身は魔力の根源に近いと言われる正体不明の幽霊に伝説の魔物の二柱なのだ。身近な者の豹変に驚きこそすれ、やることを見失うほど動転するなどありえない。
「あいつ、キックスのこと結構買ってたもんな」
「そうですねー、恭介さんツンデレさんなんで絶対に言わないでしょうけど、キックスさんみたいなタイプ、嫌いじゃなさそうですもん」
「素直じゃない」
「そこが恭介さんの魅力の一つなんですよー、ヨルムさん。もう少し付き合いが長くなればわかってきます」
「そう言うもの?」
「そういうものです。さて、何やら恭介さんがまたよくない者とお話を始めたみたいですし、私たちはこの場所の掃除でもしましょうか」
およそ地獄とかした戦場で交わすような雰囲気ではないほどのんびりとした口調の三人ではあるが、それでも行っていることは凶悪極まりない。
青と赤の炎がアンデットをことごとく燃え散らし、その炎から逃れたアンデットもヨルムの大きく開けた口に次々と呑み込まれていく。
先ほどまで理不尽をこれでもかとまき散らしていたアンデット達だったが、さらなる理不尽の権化の前では為す術などあるはずがない。
理不尽な行いをした者には必ずそれ相応の報いがある。因果応報という言葉が生まれたのにはそれなりの理由があるということなのだ。
生き残ったわずかな防衛線を形成していたウールの街の者が茫然と見守る戦場で、アンデットは次々と数を減らしていくが、三人の表情はあまりよくはない。
敵は自分たちの足元にも及ばす、このまま時間とともに殲滅できることは間違いない。敵の親玉と思われるものについても見当が付いており、しかも前回すでに打ち負かしている相手だ。なんらかの手段で生き残り、さらに強化されているのは間違いないが、それでも三人とって脅威となりえるような相手ではない。
これまで悪魔の力を宿した魔族、天使の軍勢と戦いを繰り広げていたカナデ達にとって、相手が例え召喚者だとしてもそれが意味をなすことはないのだ。
だがそんな三人であっても、この戦場である者に明確に警戒をしていた。向かう方向にいるのは敵の親玉、背後には蹴散らしてきたアンデットの死骸。
そんな戦場で三人が一体何に警戒を示しているのかと言えば、それは自分たちのリーダーでもあり味方であるはずの恭介そのものだった。
「あれ、相当上位の悪魔じゃないか?」
「多分第四位のアスモデウス。しかもきっちり本性まで丸出し。あれを見た人間が生きてるところなんて見たことない。そもそも話せる人間も見たことない」
「ですよねー。なんかあれからすごい気配感じますもん。あ、恭介さん腕を吹き飛ばしましたね。マジぱねぇ」
三人の視線の先、その方向では今まさに恭介がアスモデウスと契約を交わしたところだった。
端から見れば依然見たアスタロスやバルベリスと並ぶ、恐らく自分たちが束になっても敵わないであろう悪魔に喧嘩を売っているようにしか見えないが、最後にはその悪魔であるアスモデウスが恭介をどこかおかしな奴でも見るような目をしていた。
それはつまり恭介がアスモデウスの想像の域を飛び越えたのであろうことが想像でき、つまりはアスモデウスの力を得たということと同義だ。
「提案です」
その光景を見ていたカナデは一直線に諸悪の根源に向かいながらもスルトとヨルムに言う。
「言ってみろよ」
「この後私はこのアンデットの元凶を問答無用で殺します。会話をするつもりもなければ躊躇する気もありません。ですのでお二方はそれを止めないでもらえると助かります」
カナデの言い方はあくまでもお願いだったが、口調と雰囲気は本気そのものだ。だからこそ、スルトとヨルムもいつもの冗談は混ぜず端的に返した。
「同意。私もそうする方がいいと思う」
「異議はないな。多分そうしなけりゃここら一帯がなくなるぞ」
スルトとヨルムもカナデに同意を示す。それを聞いたカナデは無言で頷くと一気に魔力を高めていく。放つのは魂まで燃やし尽くす煉獄炎。しかも以前の時と違い、今回は苦しめて燃やすために火力を落とすようなことなどしない。
「灰すら残しません」
高めた魔力を放つ用意が整った時、目の前に見えたのは大陸西の海で戦い、殺したはずの三好だった。
しかしあの時とは何かが違う様子にカナデは違和感を覚える。
隣に侍らしているやたら巨大なアンデットはともかく、三好自体の様子がおかしい。肌は異常に白く、まるで血の気が通っているとは到底思えない。さらにその眼は赤く染まっていて、余裕すら称えた目でこちらを認識しているはずの三好はそこに立っているのだ。
「関係ありませんけどね」
しかしそんなことで怯むカナデではない。例え相手の様子が明らかに変わっていようと、そんなことはまったく関係ないのだ。
「煉獄炎」
放たれた深青の炎に慈悲など欠片もない。一直線に三好に向かっていた炎は、抵抗する暇すら与えず三好ごと周囲一帯を焼き尽くしていく。
その炎は船上で戦った時の比ではなく、三好はもちろん、横にいた巨大なアンデットや他のアンデットを巻き込んで全てを灰に帰す。はずだった。
「おい、カナデ。お前手抜いてないよな」
「全力じゃありませんが、平気で立ってられるような炎にしたつもりはありませんよ」
スルトの静かな疑問にカナデもまた静かに返す。
目の前の光景はあまりに異常だった。普段、敵を燃やすことに第一にし、口を開けば燃やすと連呼するカナデが燃やすと決めた対象を燃やせていない。
もちろんそれが過去になかったわけではないが、その時は相手が相手だった。
「ふ、ふふふふふ。どうやらその炎も今の僕には効かないみたいですね」
深青の炎の中で、ゆらゆらと動く影。
「なら今度はもっと火力を上げるだけですよ」
「協力するぞカナデ。私がまずは細かく切り刻むからその後燃やせ」
「最後は私が食べるから大丈夫。燃えクズでも美味しく食べて見せる」
そう言って再び魔力を高めるカナデと、レーヴァテインと構えるスルトにゆっくりとお腹をさするヨルム。この三人にこのように迫られてしまえば、普通は我先にと逃げ出してもおかしくはない。それでも三好は炎の中からゆっくりとこちらに歩き出し、不敵な笑みを湛えていた。
「恭介さんが来る前に終わらせます」
カナデがその言葉と共に、先の炎よりもさらに強力な者を放とうとした時だった。
「そいつは俺の獲物だ。悪いが下がってろ」
炎を放つ直前、カナデと三好の間に割り込むかのように上空から降り立つ影が一つ。
「恭介さん……」
「こいつは俺が殺す」
そう言って怒りに染まった目を三好に向けた。この時を以て戦場に集う役者が全てこの場に揃う。そしてこれから始まるのは蹂躙劇。怒りに染まる一人の男による虐殺の幕が、今まさに上がった瞬間だった。




