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第182話 怒りの爆発

第182話~怒りの爆発~


「お前の望む代償を早く提示しろ。俺はお前に構ってるほど暇じゃない」


 いつの間にか取得していたスキルと現れたアスモデウス。考えることは山ほどあり、目の前の悪魔に対しては慎重な対応が望まれることは分かっているが、やはり今の俺にそれは出来そうになかった。


 一刻も早くこの元凶を作り出した原因である三好を殺したい。それこそこの世の全ての苦しみを味わわせ、懺悔と後悔の果てにその命を奪い去ってしまいたい。


 そう感じているからこそ、危険と分かっているアスモデウスに対してもそんな言葉を放ってしまったのだ。


『ほんとに命知らずね。そんなに死にたいのかしら?』


「俺にはするべきことがあるって言ってるんだ。自分の都合で出てくるお前に構ってる暇はないんだよ。これまでの悪魔のように力を寄越す代償があるなら早く言え。ただ無駄話をしにでてきたのなら今すぐ消えろ」


 そう言うと俺は手元の銀の槍を魔槍グングニルへと変化させていく。さらには背からは漆黒の龍の翼が飛び出し、現状の俺の誇る最強の形態へと姿を変えていく。


『あら、私と戦う気?』


「お前がそう望むならな」


 激昂のスキルのせいで渦巻く怒りを抑えることもせず、俺は自身の魔力を最大限に高めていく。龍化によりステータスが跳ね上がっている俺が怒りに任せて魔力を放出しているせいか、グングニルは不自然な明滅をはじめ、それに呼応するかのように大気が震え始めた。


 怒りに思考の大半は呑まれているが、それでも頭の冷静な部分はこの愚かな行為を止めるよう、ひたすらに警鐘を鳴らしていた。


 自身の持つ最大の力をぶつけたとしても、この悪魔には全く歯が立たないことはわかっている。だから今すぐその刃を引け。


 そんなことはわかっているはずなのに、口は勝手に違う言葉を紡ぎだす。


「やるのか、やらないのか、どうすんだ」


 踏み込む用意はすでにできている。俺はアスモデウスの次の言葉如何によっては、即攻撃に移るつもりだった。


『ふふ、そう怖い顔をしなくてもいいわよ』


 しかしそんな俺の決意に反し、アスモデウスはそれまで放っていた殺気をあっさり霧散させ、これまでよりさらに柔らかい微笑みをみせてきたではないか。


『挑発してしまってごめんなさいね。あまりにもアスタロスとバルベリスがあなたを評価するものだから、少し私もあなたを試してみたかったのよ』


 そう言って俺に手を差し出すアスモデウス。端から見ればそれは握手を求めているようにしか見えず、前の言葉から察するなら俺を認めたと考えるのが自然だろう。


「そうかよ」


 だから俺はその差し出された手を戸惑うことなくグングニルで貫いた。怒りで膨れた魔力で放ったグングニルはアスモデウスの手を消滅させるが、それを見たアスモデウスの表情から感情が抜け落ちた。


『なんのつもりかしら?』


 放たれるのはこれまでの殺気とは比べものにならない濃密な死の気配。その殺気に当てられたのか、俺の近くにいたマリアやアイビス、そのほかの者も軒並み気を失って倒れていく。


 しかし被害はそれだけにはとどまらない。それまで何度死のうとも不気味に蘇っては、兵士達に襲い掛かっていたアンデットたちまでもが、蘇生すらできずに滅びていくではないか。


「やっと本性を現したか悪魔。お前らみたいなやつが自分よりも下に見ている奴に手を差し出したりするかよ。手を取ったら最後、その時点で殺そうとしてる魂胆が見え見えだ」


『……』


「言ったはずだぞ。俺は忙しいんだ。無駄話をする気なら今すぐに消えろ」


 再度そう通告した俺に対し、アスモデウスはまるで能面のような表情で俺を凝視する。


『ふ、ふふ……』


 そして漏れるのは奇妙な笑い声。それと同時に美しい女性の口元が裂けた。


『ぎゃぁはははあはぁ!いいなお前!最高だよ!!俺を前にしてその啖呵!これだけの殺気を浴びて顔色一つ変えないどころか、それだけの言葉を吐ける胆力!気に入ったよ!最高だなお前は!!』


 それまでの容姿端麗な女性の顔はどこへやら、アスモデウスの顔はこれ以上にないほどに醜悪なものへと変貌する。言葉遣いはもとよりその様相はまさに悪魔の名を冠するにふさわしいといえるだろう。


『契約だぁ!俺が求めるのは人の魂!余計な交渉も詮索もいらねぇ!!純然な魂を俺に捧げるのなら、俺はお前に力を与えてやるぜぇ!!』


 アスモデウスが提示したのは魂。どうやらバルベリス然り、悪魔という種は魂にいたくご執心なようだ。


『さぁ、どうすんだ!お前が急いでるって言ったんだからとっとと決めやがれぇ!そうだなぁ、お前の魂なら三分の二を俺に譲渡するなら許してやるぞぉ?』


 醜悪な顔から舌なめずりするように俺を見るアスモデウス。悪魔の求めるものは魂。それはバルベリスの時から知っていた。だからこそ、俺はかねてより次の悪魔が現れた時に言ってやろうと思っていた言葉を口にする。


「この戦場で死んだ奴の魂、全部持って行っていいぞ」


 俺のその提案に、アスモデウスは醜悪な笑いを浮かべていた表情を辞め、まるでとんでもないものでも見る様に俺のことを見る。


『てめぇ、それ本気で言ってるのか?』


「当たり前だ。悪魔が魂を求めるのはバルベリスの時に先刻承知。この戦場には死人が多いし、アンデットも山ほどいるんだ。お前が必要な魂も山ほどあるだろ?」


『悪魔に吸収された魂のその後。お前はそれをわかって言ってんだろうな?』


「そんなもん知るか。だが予想くらいは出来る。大方お前ら悪魔に永続的に隷従でもされるんじゃないか?バルベリスがその契約を管理してるって言ってるくらいだ。輪廻転生なんてもんがあるのかは知らないが、その輪から外れるくらいにはなるんだろうな」


『そこまでわかっていながら俺にこの場所の死人の魂を渡すって言うのかお前は?悪魔である俺が言うのもなんだが、性根が捻じ曲がってんじゃねぇか、てめぇ。自分が強くなるためなら他人はどうでもいいってか?』


「ほんとに悪魔が言うことじゃないよな」


『あぁッ!?』


 まるで挑発するような俺の言葉にアスモデウスが憤る。


 本来なら鬼畜の所業を行うイメージを持つ悪魔が人間である俺に倫理を諭す。まるで意味の分からない構図となっているこの状況に苦笑を禁じ得ないが、何も俺だって勝算なくこんなことをしているわけではない。


「別にお前に渡した魂が永続的にお前のもとにあるわけじゃない。その内お前を殺して全部解放するからなんの問題もないな」


 これは俺の予想であるが、半ば確信だった。


 バルベリスは俺の魂を持っていく契約をした際に、俺がバルベリスを殺して魂を取り戻すと言った時にそれを否定しなかった。それは俺がバルベリスに譲渡した魂がきっちり管理されているということと同義であり、悪魔を殺せば魂が解放されていることを認めたのと同じ。


 つまりここでアスモデウスにこの戦場に漂う魂を譲渡したとしても、それを元の輪廻に戻す手段はある。それでもその選択をする俺がくそったれであることに違いはないが、その選択を戸惑う理由は俺にはなかった。


「この世界はあまりに理不尽がまかり通りすぎる。力が支配するこの世界じゃ力がない奴の意見は通らない。頂点の神からして腐ってんだからそれも止む無しなのかもしれないが、そんなものを俺は認めない。だが現状で俺はその頂に手が届かない。だからどんな手を使ってでも力が必要なんだよ。手段を選ぶ気は今の俺にはない」


 そう言い放った俺を見るアスモデウスの表情から考えを読み取ることは難しい。だがひとつわかることがあるとすれば、相手もまた俺のことを理解出来てはいないだろう。


 理不尽に抗う。


 それこそがこの世界で俺が唯一絶対と決めたことであり、今の俺の中核をなすものだ。


 しかしそれを成すためには力がいる。理不尽を押し返すにはそれ以上の力がいる。この戦場で死んだ者、サンドルの街で死にアンデットとなってここにいる者、全員が理不尽のもとで死んでいった。


 そしてまた、俺によりその魂すらも悪魔に渡されるという理不尽に晒されることになる。きっと皆俺を恨むことだろう。


『お前、ろくな死に方しねぇぞ……』


「神を殺そうとしてるんだ。どっちにしろいい死に方なんかしねぇよ」


 どこか呆れたような視線を俺に向けるアスモデウスに、俺は挑むようにそう返した。


 全ての理不尽の恨みは俺が引き受ければいい。蔑みたければ好きにすればいい。だがそれをされるためにも俺はこの理不尽をなんとかしなきゃいけない。そのためなら、俺はどんな所業でもする。アスモデウスに魂の譲渡を言われる前から、そう決めていたのだ。


『悪魔であるはずの俺よりもよっぽどお前の方が悪魔だな』


「誉め言葉として受け取っておく」


『いいぜ、その条件でいい。第四位の悪魔であるアスモデウスの名において、お前に力を与えてやるよ!!』


 その言葉によって、俺とアスモデウスの契約が成立したのだった。

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新連載を開始しました。 【『物理特化ですがなにか?~魔術は苦手だけど魔術学院に入学しました~』 是非こちらもよろしくお願いします!!
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